「ねぇ、プロデューサー」
ふとそんな声が聞こえる。ここは本社なのでプロデューサーなんて腐るほどいる、はず。
いるよね?そういえば俺武内さん以外会ったことないぞ。あれぇ?この会社二人しかいないのか?
だとしたらあの人どんだけアイドルの面倒見てるんだよ。いつか過労死しちゃう。
それともマネージャーはいるとか?見たことないが。
そもそもプロデューサーに見てもらっていたアイドルが、知らないマネージャーにいきなりバトンタッチされても嫌がるだろう。ソースは杏。俺も嫌だし。
「ねぇ、聞いてる?」
まぁ他の担当の子も嫌がるだろう。今では俺も少しずつ担当を増やされつつある。武内さんコースに足を突っ込み始めた。絶望するな。
あいつらもマネージャーなんて嫌だろう。それに手塩にかけたアイドル達を他の人間に任せるつもりはない。信用できないしな。
しかしなぜ俺の担当アイドルが増えているのか。それはあのドS専務のせいだ。杏のプロデューサーに戻りたいと話をした時、あれだけ舌論に自信があると言っておきながら実際には負けたのだ。
しかし将来性を買われ、これからもアイドルを成功させ続ける事を条件に譲歩された。
忌々しい。
「ちょっと無視しないでよ!」
ずっと聞こえていた声が前から聞こえ、姿が見えた。それはニュージェネの一人。
「…渋谷か。俺を呼んでたのか?」
「そう。ちょっと話があるから」
話?そんなものは自分のプロデューサーにしてくれ。
「武内さんなら今デスクにいるぞ」
「知ってる。そうじゃなくて比企谷プロデューサーに話しがあるの」
まじか。絶対ろくでもない話だ。もうすでに嫌な予感がするし。
そうと決まれば撤退だ。
「すまん、ちょっと用事あるから…」
「今逃げたら、杏に比企谷君とデートしたって言うから」
怖いこの子怖いよ!
「…なんだよ」
「その、プロデューサーとの事で話があって…」
今言ったプロデューサーとは武内さんの事だろう。
「あんま廊下で話す話題でもないな。場所を変えるぞ…俺のデスクでいいか?」
「うん」
「私、杏と比企谷君の事知ってるんだよね」
なんで知ってるんでしょうね。ばれすぎだろ。なんならアイドルはほぼ知ってるまである。
「…それで?」
「いや、その、アイドルとプロデューサーって難しいでしょ?だから、どうなのかなって」
どうなのかなってなんだよ。
「どうもこうも…ん、どうだろうな」
「なにそれ」
やだこわい。
なんでこんなに睨まれるのん。それにあんまり可愛い女の子と話したくないんだが。
「なにそれとか言われても…。それに、少しは知ってるだろ」
「知ってるけど、そうじゃなくて本人達の気持ちが知りたくて…」
知ってるんですね。どんだけプライバシー漏れてんだよ。
それにちらちらと指輪を見てくる。…それもばれてるんですかねー。
「…気持ちも何も特別な話はないぞ。そもそも女の子と交わせるような話題すらない」
「はぐらかさないで」
やだー、この子の目怖い。
「知りたいんだってば。どうしてアイドルと付き合おうと思ったのか」
こんな真っ直ぐな目は苦手だ。どうしてもプロデューサーとして何かを感じてしまう。
なるほど。流石に346トップクラスのアイドルだ。さしずめ蛇に睨まれた、というやつだろうか。
「…別にアイドルと付き合おうとか考えてた訳じゃない。ただ杏がアイドルだっただけだ。あいつが何だろうと多分す…ほれ…惹かれてた」
「でも実際杏はアイドルでしょ?ダメだとか考えなかったの?」
「考えた。考えはしたが、」
言いたくないな。なんで担当でもないアイドルに恥ずかしい話をしなきゃいけないんだ。
それがなくても最近はそういったことが多かったんだ。これ以上は精神的にきつい。
「…なに?なんで止めるの?」
…こういう目は嫌いだ。女の子にこういう目をされると、自分が悪いことをしている気分になる。俺が悪いのか?
「…考えはしたが、わからなかった。でも最終的に気持ちを伝えた。明確な答えが出た訳じゃない、でもずっと隣を歩きたいと思った。ただそれだけだ。…もういいか?」
渋谷は少し考え、しかし、
「駄目。それじゃ私はどうすればいいと思う?お互いがそう思わなきゃいけないんでしょ?あの人がそう思ってくれると思う?どうすればいいのかな…」
お、俺に言われても。別に俺は恋愛の達人じゃないぞ。むしろ初心者だ。
「わからん。ただあの人だって男だろ、だから気持ちを伝えていけば少しは傾くんじゃないか?可愛い女の子に好かれて嫌な男はいないと思うぞ」
多分。
「そ、そうかな?うん、頑張ってみる。不可能じゃないんだよね?比企谷君達が証明してくれるんだし」
それ以上言わんでくれ。恥ずかしい。
「ああ、そうだ。渋谷の実家って花屋だよな?」
「ああうん。そうだけど」
「ならこういうのって作れるか?」
そういってある資料を見せる。正直あまり相談したくない話だが、できれば内々で済ませたい話だった。
「…うん、お母さんに相談しなきゃだけど多分大丈夫じゃないかな。専門って訳じゃないけど。けどこれって…」
「あまり勘ぐるな。それじゃその内お願いする。…あ、それと」
「なに?」
「これやるよ。この前昔の担任に会ってな。友達の結婚式で当たったそうだ。誰と行くかは知らんがペアチケットだから一人しか誘えないからな」
そういって渡したのは遊園地のチケット。平塚先生から杏とどうだと貰ったものだが、あまり力になってやれなかったし渋谷にやるほうがいいだろう。それに杏と行くならきらりも一緒だろうしな。
てかあの人どんだけ当ててんだよ。在学中も当たってたな。その時もどうだと言われたが俺も行く相手がいないし、先生にもいないしで二人して絶望した。
「これ…、ありがとう!今度誘ってみるね!それと花の事は任せて!」
「おう」
「だるい…」
「だな…」
「もう!二人とも、しっかりするにぃ!きらりはきらきらした衣装を着れて、はぴはぴすゆよ?」
ただいま式場。といっても二人の、というわけではない。
しかしきらりと杏は綺麗なウエディングドレスを身に纏っている。はずだ。
「ソファへ横になりたい…」
「我慢しろ。それ着てちゃ無理だろ」
「八幡も着れば?もちろんスカート」
「きゃはー☆ハチ君も着ゆ?一緒にきらきらしたい?」
「するわけないだろ…」
今日は二人が揃ってウエディングドレスの特集だ。この二人が選ばれたのには理由があった。
もちろん今をときめくアイドルであるというのは一番の理由だが、それともうひとつ。
二人のサイズでもドレスを用意できますよと言う宣伝目的でもある。
「失礼な話だよね。杏がちっちゃいって言いたいんだよ」
「杏ちゃんは小さくて可愛いよー?」
「きらりも大きくて可愛いよ」
「にょわー☆杏ちゃん大好きー!」
仲良いな、おまえら。百合なのん?
まぁ実際問題二人とも似合っていると、思う。思うだけだが。この仕事は間違いなく成功するだろう。
100万部売れる。…言い過ぎか?
しかし俺がそう考えるのとは裏腹に、杏の機嫌は悪くなっていく。
なぜだかはわからないが、この仕事を受けるのは嫌だったそうで、
「凸レーションの方で受けられないの?要するに身長の問題なんだよね?」
「悪いがあの二人だと年齢的な事もあるし、ウエディングドレスならお前のほうが映える。ギャップとかな」
「…そっか。うん、わかった」
そんなことで結局杏に決まった。
でもここまで嫌がるなら他のアイドルを考えるべきだったか…。
「…それで、いつ俺はお前達の姿を見られるんだ?」
今は控え室にいるが、二人が着替え終わって入っていい許可を得たが、目に入ったのは部屋を仕切るカーテンだった。何故かドレス姿を見られたくないらしく、今だに二人の姿を想像することしか出来ない。べ、別に変な想像はしてないよ?はちまんうそつかない。
「…見られたくない」
「んー、杏ちゃんが見られたくないらしいからおあずけ、だよ?」
何故だ。しかし無理矢理にでも見ようとすれば嫌われそうだし、見ないことにする。
「どうせ撮影になったら見ることになるんだぞ?」
「…そうだけど」
あれえ?嫌われたわけじゃないですよね?小町、お兄ちゃん泣きそうだよ。
「そろそろ準備おねがいしまーす!」
スタッフの声がする。しかし杏は余程今の姿を見られたくないらしく、出てこようとはしない。カーテンの向こうできらりも困ったように動いている。
「…はぁ。わかった。撮影が終わるまで外で待ってるから」
外へと歩き出す。が、どうにも残念な気持ちで一杯だった。
見たかったけどな、杏のドレス姿。
「よかったの?」
「うん。だって八幡にはまだ見られたくないし…」
こんな姿見られたくない。だってこの姿を見るときは本当の…の時に見るべきじゃないかなぁ?
八幡はわかってないよね。まぁ八幡に女心を分かれと言う方が無理あるのかな。
「うんうん、気持ちはわかるよ。ハチ君はわからないみたいだけどねー☆」
「はぁ」
私は悪くないのに自己嫌悪。
でもさ、そういう気持ちって大事じゃないかな?
だって私は乙女なんだし。
どうにも居心地が悪い。
杏たちに外へ追い出され、式場の外で手持ち無沙汰だ。
なにかしたのか?今日の杏は機嫌が悪い。確かに杏は仕事が好きじゃないが、それでも最近は結構真面目にやってくれていたんだが。
まぁ考えていても答えはでないだろうし、あとで聞くことにしよう。
「君はプロデューサーだよね?彼女達の仕事を見てなくていいのかな?」
いきなり話しかけられ、後ろを見ると今回の仕事を頼んできた、衣装の会社の社員であろう人が話しかけてきた。
「まぁそうですね。貴方は?」
「すみません、名乗ってませんでしたね。『幸福の木』の清水といいます。この度は仕事を受けていただきありがとうございます」
そういえばそんな名前の会社だった。
「いえ、こちらこそ。今後ともよくしていただければ」
「ええ、もちろん。それよりも、見ていかないのですか?」
「うちのアイドルに渋られちゃったので。終わるまでは外で待機ですね」
なんかこの人距離感が近いな…。あまり近づかないでほしい。今さら勘違いも何もないが、それでも女の人が近づいてくると警戒してしまう。
「…失礼ですが、結婚なされてるのですか?」
「いえ、まぁ彼女はいますね」
なんで女の人はこうも目ざといんだ。
「そうでしたか。…あの二人のどちらかでしょうか?」
「なっ!そ、そんなわけないでしょ。あいつらはアイドルですよ?」
いやいや、まさか一目見てわかるなんてことはないはず。だよね?
杏からもらったものとはいえ、外では外すべきなのか。でも一度外して仕事してたら杏は今日の比じゃないほど機嫌悪かったし、それはまずい。
「それは失礼しました。いえ、見られたくないっていうのはそういう意味かと思いましたので」
「そういう意味、ですか?」
「ふふ、男性はわかりづらいのですかね。もし結婚したい相手がいて、その人との結婚式以外でウエディングドレスを着るようなことがあった時、その相手には見られたくないものですからね。だって初めては本当の結婚式の日がいいでしょう?」
…なるほど。かわいいな、と思ってしまった。いや可愛いのだが、どうも照れ臭い。
あれ、八幡、リア充過ぎ?
「なるほど。それで付き合ってると思ったんですね。けど俺の相手は一般人ですよ。あいつらとは釣り合わないでしょう?」
あはは。とひきつった笑いを見せる。失礼じゃないですかね。
「でも好きになったのなら釣り合うとか関係ないですよ?そう思いませんか?」
「まぁそうですけどね。あいつらは恥ずかしいだけみたいですよ。あまり気の知れない相手に見られたくないでしょ」
「気の知れない?少し話しましたがそうは感じませんでしたよ?」
「まぁ少しは信用してもらってるようですね」
これ以上嘘をつくのはどうも気分が悪い。いや、この人は悪くないけど二人の関係が秘密にしなくてはいけないものなのでどうにも状況が悪い。
「…そういえば、二人のサイズのドレスっていうのは珍しい気がするんですけど、普通なんですかね?」
「そうですねー、普通にあると言えば語弊があります。ないことないんですけど、やはり一般のサイズと比べるとどうしても種類が少ないんですよ。そしてそのような方のニーズに答えるのが私達の会社なのです!」
びっくりした。いきなり立ち上がったぞこの人。意外に熱い人だったか。
「私達は一般のサイズはもちろん、双葉さんや諸星さんのような方でもいろんなデザインが選べるようにと沢山の物を揃えています!それが売りですからね!だからこそ彼女達のようなモデルさんは探してもいないのですよ。いえ、モデルさんってだけならいますけど。同時に世間に興味を持っていただけるような方はなかなかいなくて。だから非常に助かりました!」
「あ、ああ、いえ。ども」
熱い、熱いよこのひと。ちょっと相手するの疲れるんですけど。
「貴方もぜひ、結婚式をする際はうちの衣装を使ってくださいね!」
「は、はい。そうですね、考えておきます」
考えておこう。
それが必要になるのは杏が引退したあとになるのかもしれないが。
「もしもし、お疲れさま。珍しいね君のほうから電話してくるなんて」
「ん?ああ、確かに僕は色々な方面に顔が広いよ。もしかして仕事で頼みたいことでもあるのかい?」
「プライベート?へぇ本当に珍しいね。それで?」
「…ああいや、すまない。そんな事を頼まれるとは思ってもなかった。うん、僕の知り合いに頼めば可能だと思うよ」
「そこは確実に大丈夫だよ。それこそ僕との約束を破れば潰すことも出来るくらいだからね。え?怖い?君が頼んだんじゃないか」
「わかったよ。また詳しい話をしよう。日取りも決めなくちゃだしね。…ところで、見返りはあるのかい?」
「友情は見返りを求めない?僕と君は友人だったのかい?僕が思うに友人っていうのは便利な言葉だよね?」
「脱線してる?ごめんね、君と話すのは割りと好きなんだ。じゃあまた会って詳しくはなそう。お疲れさま、比企谷君」
次、本当に最後を迎える場合、5000字代の縛りが守れそうにありません。
10000字を軽く越えるかもしれません。わかりませんけど。
短編としてどうなんですかね。今まで通りに分けた方がいいでしょうか?