冥王と聖戦が終わった後神聖衣となった青銅聖衣は最終青銅聖衣の段階に戻り、パンドラボックスに収められた(一輝は除く)。今度こそ二度と戦わずにすむことを願っての封印だったが、それは戦いとは違う所で破られることとなった。
「黄金聖衣を修復する事は不可能ということか」
女神を補佐する聖闘士として選ばれた白銀聖闘士祭壇座のニコルはうめき声を上げた。
「オイラの技術じゃあ完成まで何年かかるか分からないし、すぐ新しい技術を習得出来るとも思えない。全部技術を教わった訳でもないし…」
牡牛座の角を修復しタナトスに破壊された聖衣を修繕しきった腕を持ちながら済まなそうに顔をうつむかせる貴鬼の頭に手を乗せてニコルは気にするなと言った。
「技術は進歩するものだ。お前はまだ修行の身。まだこれから高めればいい」
一応慰めたものの聖域の象徴とも言える黄金聖衣がないのは色々な意味で問題だった。十二宮には星矢たちが詰めているがあくまで一時的な代替行為でありいずれは黄金聖闘士を選ばなくてはならない。
「ただ、ムウ様が言っていた事があるんだ。もしもこの戦いで帰れなかったら、彫刻室座か彫刻具座の聖闘士を探せって」
「彫刻具座の聖闘士?」
星矢が声を上げる。聖闘士には八十八の星座の数だけ聖衣が存在すると言われているが修復者は牡羊座のムウだけだった。しかし神話の時代には今より激しい戦いが繰り広げられていたはずで、確かに1人で数十の聖衣を修復していたとは考えづらい。
「何だよ。そんな奴がいるならさっさと連れてくればいいじゃないか」
星矢の言葉にニコルが首を振る。
「いや、その2人の聖闘士は数百年前から行方不明だ。その聖衣もどうなったのかは分からない」
「でもムウがそう言った以上、確率は高いと思います」
瞬の言葉に貴鬼が声を上げた。
「そうだよ。オイラは知らないけど、ムウ様がおっしゃったんだ。ちゃんと意味があるに違いないよ」
「分かった。まずは探索から始めよう。アテナ、よろしいですか」
「ええ。ですが十分注意して下さい」
沙織の一声で方針が決まり生き残った聖闘士やグラード財団の情報収集員が各地に飛び立った。
発見の報は意外なところから上がった。歴代教皇の覚書を整理していたニコルが教皇シオンの書いた走り書きを見つけたのだ。ムウに聖衣製作を教えていた頃のものと見えるその紙片にはアルゼンチンのフォークランド諸島に彫刻室座の聖闘士が居ることが書かれていた。一度会いにいかせようか考えていたらしい。今もいるかもしれないと猟犬座のアステリオンが出向き、走り書きの場所で聖闘士と出会ったのだ。
「それで彫刻室座の聖闘士はいたのか」
「ああ。俺が会ったのはその弟子とか言う聖闘士の1人だ。師の命を受けて聖域に話があるということだ」
ニコルはアステリオンの能力を知っていたので聞いてみた。
「本当なのか」
「いや。小宇宙は感じるし悪人ではないが、俺の力をもってしても読みきれなかった。無心じゃなく精神障壁が発達しているみたいだな」
付いてきたというその弟子に会うべく教皇の間に聖闘士達が集まった。修復者として貴鬼、手の開いていた青銅聖闘士一角獣座の邪武、直に話したことがある猟犬座のアステリオンと祭壇座のニコルという面々だ。
「始めまして。炉座の青銅聖闘士ブラスです」
「彫刻具座の青銅聖闘士クォーツです」
彫刻室座の聖闘士の弟子という2人は後ろに合計四つの聖衣箱を下ろして跪いていた。彫刻具座の聖闘士は女性で仮面をしている。
「私が祭壇座の白銀聖闘士のニコルだ。それで、彫刻室座の聖闘士のことを教えてもらいたい。現状は知っているか?」
「はい。黄金聖闘士が全て死亡し、黄金聖衣も5つが神聖聖衣の一部となって存在しない状態だという事は聞きました」
アステリオンに目をやると頷いたのでニコルは話を進める。
「そこまで分かっているならば話は早い。黄金聖衣の修復は可能か」
「こちらには修復者は居ないのですか」
逆に返された質問にニコルは貴鬼に目を向ける。
「彼がそうだ。しかし、全ての技術を学んではいないので完全に消滅した聖衣の再生は出来るかどうか不明だ」
悔しそうにうつむく貴鬼を見ないようにニコルは続ける。
「それでは我が師の伝言をお伝えします。まずは聖闘士の数が足りないと思われるので、聖衣を持ってきました。鳩座、コンパス座、定規座、子馬座の青銅聖衣です。お納めください」
後に並んだ四つの箱が確認され、運ばれていった。
「次に黄金聖衣を蘇らせるためには私の修行地では手に入らない材料が必要です。それを揃えて送っていただきたいのです」
「承知した。どのような材料だ」
「まずは聖闘士の血、弟子が我々しか居ないのでどうしても足りません。黄金聖衣の聖衣箱、不死鳥の灰、龍の鱗、聖なる水と火、一角獣の角、女神ご自身…」
「ちょっと待てよ。お嬢様を連れて来いってのか」
邪武がブラスの言葉に口を挟んだ。
「はい。出来ればお越しいただいて近くで小宇宙を得たいということでした。後はこまごまとしたもので、真の金、金星砂…」
ブラスが言い終わると沈黙が支配した。
「しばらくあちらの部屋で休憩するがいい。女神の判断をいただく」
ニコルの言葉にブラスとクォーツは教皇の間を出て行く。
「さて、どうするか」
「冗談じゃない。女神をあんな危険な場所に連れて行くのは反対だ」
「どういう場所だい?」
アステリオンの言葉に興味をもって貴鬼が聞いてきた。
「雪に覆われた火山のてっぺんにあって、普通に散歩しても遭難や墜落の危険があるような場所だ」
「それはそれとして、聖衣の修復の件だが貴鬼、材料はあるのか?」
ニコルが話を本題に戻す。
「分からない。不死鳥の灰とか龍の鱗なんて見たことも聞いたこともないよ」
「ふむ。するとそれが黄金聖衣に関わる秘伝の一部だったんだろう」
考え込むニコルに邪武が挑むように話し出す。
「考えるまでもない。お嬢様をそんな危険なところにやれるわけがない。彫刻室座の白銀聖闘士をここに呼べばいいんだ」
それは全員が話を聞いたときに感じたことだったが、実際どういう風に修復するのかが分からない以上どうにもしようがない。
「とりあえず邪武。お前は分かる限りの材料と、黄金聖衣箱を持って何人か連れて行ってくれ。材料の説明が必要なことを告げてな」
ニコルの決定に邪武、蛮、激、市、那智の5人が行くことになり運ぶ物の選別が始まった。
その頃、休憩室では男女に別れて歓談が行われていた。元々は情報を得ようとする策だったのだがそんな気分は飛んでいる。
「だから、俺が嫌だって言うのに姉貴の奴は引っ張っていくんだぜ。堪らないよ」
「その気持ちは分かる。俺もそんな感じだったからな」
炉座の青銅聖闘士ブラスと話すのは天馬座の聖闘士星矢である。星矢が話しかけて氷河が情報を集めるように役を振っていたのだが、姉に叱られた弟として二人が意気投合してしまったのだ。彫刻具座の青銅聖闘士クォーツはブラスの姉、星矢は姉星華とは再会したばかりだが姉のような師匠がいる。年が同じことも手伝ってか姉に対する文句の言い合いになっていた。
「でも、クォーツさんだっけ、教皇の間では一言も話さなかったみたいだけど」
「ああ。師匠から言われてたんだ。こちらに残る以上、俺が話すようにって。ちなみに持ってきた聖衣のうち鳩座は俺が修復したんだぜ」
「へぇ。じゃあもう一人前なんだな」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ聖衣修復を出来るのか」
氷河がブラスの言葉に反応して口を挟んだ。
「白銀聖衣までならまあやった事はある。黄金聖衣はやったことがないから分からないけど、普通に修復ならできるだろうな」
「じゃあもしかして聖衣修復の手伝いに来てくれたのか?」
星矢の言葉にブラスは頷く。
「ああ。案内は姉貴がするから、俺はしばらくこっちで修復を手伝うように…」
急に顔を青くするブラスに2人は驚く。
「どうしたんだ」
「大丈夫か」
「やばい、しまった。これを言うのを忘れてた。また姉貴に叱られる」
頭を抱え込んでしまったブラスに星矢と氷河は呆れて顔を見合わせた。
隣の部屋では白銀聖闘士鷲座の魔鈴、蛇使い座のシャイナがクォーツと話していた。
「すると、どんな方法で黄金聖衣を修復するのかは知らないんだね」
「はい。ああ、でも先生は聖衣箱を必ず持ってくるようにと言っていました」
シャイナの問いに答えるクォーツは決して怯んでいない。
「箱を?何に使うんだろうね」
「それにしても、あんたの弟で大丈夫なのかい」
魔鈴の言葉にシャイナも反応する。
「聖域に残るのがあの坊やじゃあ貴鬼の足手まといになるかもしれないよ」
「仕方がありません。あいつは修復の腕なら十分あるのに興味がないことは聞こうとしないんです。あいつを一人前にするには自分で考えさせるような環境に放り込んだほうが良いと先生が」
「言いたい事は分かるけど、こっちはいい迷惑だね」
シャイナがため息をつく。
「コンパス座の聖衣と定規座の聖衣は炉座の聖衣と一緒に聖衣修復に使うのを手助けするものです。だから大丈夫だと思いますけど」
クォーツの言葉を信じるしかない2人だった。
ニコルの元に魔鈴や氷河からの報告が回ってくるとニコルは沙織にまとめたことを報告に上がった。
「すると、炉座の青銅聖闘士が聖域で聖衣修復を手伝ってくれるのですね」
「はい。コンパス座、定規座の聖衣は修復の手助けになるそうです。聖闘士候補生の中から才能のあるものを選んで早めに授けようと思います」
「炉座の聖闘士、ブラスといいましたか、彼はどうしています?」
沙織はニコルに尋ねた。
「貴鬼と聖衣修復の技術を教えあっています。あちらでは独自に修復術が発展し、こちらの技術も知らないことがあるとか」
「友達になったようですね」
「はい。ややうっかり者のところはありますが聖闘士としては十分です。後は黄金聖衣さえ蘇れば」
ニコルが見る先には、修復に向かった邪武達がいた。
「今日はここで泊まりましょう」
火山の麓にある街で彫刻具座の青銅聖闘士クォーツは足を止めた。
「何言ってんだ。早く行こうぜ」
「そうざんす。黄金聖衣は一刻も早く修復しないといけないざんすよ」
蛮と市が口々に言うのにクォーツが街を指す。
「先生は月に一度街に下りて必要なものを買い込みます。もしかしたら出会えるかもしれません」
「もし会えなかったら?」
「普通に行けば済むことです。激さんもきつそうですし、ここで装備を整えても悪くないでしょう」
那智の言葉に返してクォーツは馴染みらしい宿に向かった。激は一番力があるということで一番多く荷物を持っていたのだが、ややきつかったらしく汗をかいている。
「先生は大体この宿に泊まって寝るまで飲み続けるんです」
「そんな呑兵衛だったのか」
聖闘士も酒を飲むが、日本人の彼らは法律のためかあまり飲む事はなかった。
「とりあえず酒場を探して見ましょう」
邪武の言葉を無視してクォーツが酒場に入る。
「おう、クォーツちゃん。久しぶりだね」
女将が声をかけてきた。常連らしく仮面を見ても驚かない。
「こんにちは、女将さん。先生来てる?」
「いいや、まだのようだね。そろそろ来る頃だとは思うけど」
「じゃあ食事をお願い。6人分」
そこでクォーツの後にいる5人に気づいたのか女将がクォーツに手招きした。
「あんたの婿候補かい」
「いやだ、違うわよ。先生を訪ねてきたの」
「あらそう。あんたの先生は偉いからね。遠くから学生が訪ねてきてもおかしくないね」
女将はそう言って厨房に入った。席に着いた5人は複雑な顔をしている。
「学生に見られたのは初めてだ」
「でも確かに日本人なら学校行っててもおかしくない年だしな」
激と蛮の口調は戸惑いというよりは自嘲が混じっているようだ。黄金聖闘士の師匠を持ったわけでもない彼らの学力は高いものではない。
「おうおう。おめぇらいい女連れてるじゃねぇか」
しんみりとした気持ちで食事をしているところに酔っ払いが絡んできた。後にはごつい男達が控えている。
「ジャック。いい加減にしないと出入り禁止にするよ!」
厨房から女将の声が飛んできたが男は気にもとめずにクォーツにしだれかかった。
「おい、俺たちは食事中なんだ。酒はあっちでやってくれ」
邪武が男を引き離すと後ろにいた黒服が邪武を掴む。
「坊ちゃまに逆らうんじゃない」
邪武は一瞬戸惑った。聖闘士としてこの黒服を吹き飛ばすのは簡単だ。しかし平和を守る聖闘士が一般人に暴力を振るう事はできない。その間をどう捉えたか、酔っ払いがクォーツの腕を掴んだ。
「さあ、こっちに来い」
「そこら辺にしといてくれないか」
後からのんびりとした声がかけられた。
「アイアン先生」
クォーツの言葉に男が目的だった彫刻室座の聖闘士だと分かる。
「なんだぁ。手前も逆らうのか」
「とんでもない。ただ、そんなに酒を飲んでたならすぐに酔いつぶれるぞ」
「俺は酒には強いんだ」
酔っ払いが声を上げた途端崩れ落ちる。
「ほら言わんこっちゃない。あんた、さっさと連れて行かないと、急性アルコール中毒かもしれないぞ」
慌てて黒服が酔っ払いを連れて行くのを尻目に彫刻室座の白銀聖闘士アイアンは弟子の隣に椅子を持ってくる。
「女将さん、いつものくれ」
「あいよ」
向き直った時邪武たちは言い様のないプレッシャーを感じた。さっきの酔っ払いも強い小宇宙をぶつけられて気絶したのが分かった。
「あんたがP.N彫刻室座さんざんすか」
聖闘士と言えないので市は星の名前で確認を取る。
「そうだ。見たところ金色の箱しかないようだが、他のはどうした」
邪武が代表して応える。
「それだが、不死鳥の灰とか龍の鱗とか、一体何なんだ?」
「そんな事も分からないのか」
アイアンが目を閉じて唸る。
「修複者は何を習っているんだ」
「修復者だったP.N牡羊座の星を持つものは前に死んでしまった。黄金を1から修復する技術はまだ教わっていない」
邪武が応えるとアイアンは目を開いた。
「女将さん、酒はまだかい」
「ちょっと待っておくれよ。はい、お待ち」
つまみになりそうな肉と野菜をいためたものと一緒に持ってこられた酒を受け取ったアイアンはグビリとそれを呑む。
「おい、話を聞いてるのか」
蛮が思わず口にするとアイアンは青銅聖闘士達を睨んだ。
「下手をすれば俺が全てをやらねばならないかもしれないというときに、酒を飲まずにいられるか」
「すいません、先生。材料の事を知らないとは思いませんでした」
クォーツが詫びる。
「あれ、そうするとあんたは材料が何か知ってたのか」
激の言葉に頷くクォーツは改めて聖域の聖闘士を見た。
「不死鳥の灰とは鳳凰の星、龍の鱗は龍の星、一角獣の角は一角獣座、聖水は杯の星が作る水です」
星は聖衣という意味で使っていると思われた。つまり、
「一輝を探さないといけないな」
那智がぼそりと呟いた。
「なんだ、不死鳥は一輝っていうのか」
アイアンが口を挟む。
「何も知らないのか。今回の聖戦で戦ったのは、ペガサス、ドラゴン、キグナス、アンドロメダ、フェニックスだ。最後の形態まで行ったのもな」
「そいつは凄い」
アイアンがコップを置いた。
「後は俺の所で話を聞こう。あんまり話しやすくない」
アイアンが勘定を置いて店を出る。その後に青銅聖闘士が従う。
「そう言えば、さっきの男に何かしたのか?」
「軽く息を止めただけだ」
那智の言葉に軽く手を振ってアイアンが応える。物騒な言葉に本当に大丈夫なのかという雰囲気が青銅聖闘士達の間に流れる。
「そこに立ってろ」
町を出てすぐの陰になる場所でアイアンは輪を地面に書いてその中に弟子達を入らせる。
「じゃあ、行くぞ」
一瞬、地面が揺らいだかと思うと次の瞬間火山の真上に一向は立っていた。
「うおっ」
蛮が声を上げる。
「ようこそ、我が工房へ」
瞬間転移をたやすくして見せたアイアンは笑って家へと招いた。
「なるほど、そういう事情か」
工房というよりは住居といった建物の中でアイアンは今回の聖戦の話を聞いた。
「お前達の聖衣を見せてもらっていいか」
「ああ、いいぜ」
邪武が聖衣箱を開けるとアイアンは一角獣の青銅聖衣を色々な方向から見ていく。
「腕が劣っているというわけではなさそうだ。経験をつめば十分いい腕になるだろう」
「そうか」
共に戦った仲間として邪武たちは貴鬼が褒められたのを喜んだ。
「だが、そうなってくると前よりも難しくなるかもしれない。お前らの協力が必要だ。手伝ってくれるか」
「黄金聖衣が蘇るなら何でも協力するぜ」
邪武の言葉に頷く4人にアイアンは事情を説明し出した。