一ヵ月後、那智が聖域に帰ってきた。
「ただいま戻りました、お嬢さん」
教皇の間には沙織とニコル、シャイナ、瞬が集まっていた。
「聖衣はどうしたんだい。那智」
瞬が言うとおり那智は聖衣を着ていない。
「あっちでどれほどの腕か試されてな。俺たちが必殺技を放ったのに涼しい顔してクリスタル・ウォールを使って弾かれた。こっちが力入れてたもんだから逆に聖衣が壊れて、今修繕中だ」
那智は瞬に応えた後アイアンの人となりを話した。
「黄金聖衣は直ったのか」
ニコルの言葉に那智は首を振る。
「まだだ。前に言っていた例の言葉、あれは聖衣の事だ。それぞれの聖衣の一部を材料に使うらしい。聖なる水というのは杯座の白銀聖衣の能力で生み出される癒しの水だそうだ」
「すると一輝と紫龍を呼ばなければいけないな。瞬、一輝の居場所は分かるか?」
「いいえ。でも、必要だとわかればきっと来てくれます」
「そういうことにして置こう。それらがそろわないなら修復できないのだな」
「そうだ。それと聖なる炎がいると言っていたな。炉座の聖衣がそれを作るのだとか」
「杯座の聖衣はかつての聖戦で杯部分が失われてしまった。それを修復できるのかどうか」
「アイアンはブラスならできると言っていたぞ」
「後で聞いてみよう。それで腕はどうだ」
「一つ持って行った聖衣は一日で修復した。腕は確かなようだ。ただ材料に関してはアテナを含めて絶対に必要だという事は分かった。あと、神聖衣の聖闘士がいるならそっちの血のほうがいいといっていたな」
「じゃあ僕が行くよ」
「いや、星矢たちと皆で行ったほうが良い。血はかなり必要なようだからな」
瞬の言葉を那智は訂正する。
「まずは杯座の聖衣を修復してからだ。那智、ブラスに持って行ってくれ」
目の前に出された杯座の聖衣は、彫像形態の杯を支える手の部分しか残っていなかった。
「これを直すのか」
「ブラスは出来るのかい?」
「やってみるさ」
貴鬼に応じてブラスは自分の聖衣箱を開く。
「これが炉座の青銅聖衣か」
現れた聖衣は四方に柱のようなパーツが上のパーツを支えていた。炉と言っても実際のモデルになった科学実験器具ではなく、竈と上に乗せる鍋のような作りになっている。竈らしい部分には炎の形をとったパーツが中に入っている。
ブラスは炎のパーツを取り出すと代わりにその場所に火をつけた。勢い良く炎が燃え上がる。ブラスは杯座の聖衣箱を取り上げると炉の上に置く。
「何をするんだ」
「何って、聖衣箱を溶かしてるんだ」
驚いた貴鬼に表情を変えずにブラスは燃えていく革ベルトを見ていた。
「聖衣箱というのは、言わば聖衣の一部なんだ。特殊な物質が用いられてる聖衣は結構ある。そういった材料を含め、まったく同じ材質で聖衣と聖衣箱は作られる。そして完全に破壊されてしまった場合、材料として溶かして使う」
聖衣箱の表面は溶けていき既に箱に穴が開いている部分もある。
「そうか。黄金聖衣もこうやって修復するんだ」
貴鬼は箱を見て思いついた。
「だと思う。黄金聖衣を修復した事はないから分からないけれど、使い方は同じだろう。ただ、完全に壊された場合、聖衣の心はどうなるのか分からない」
「聖衣の心?」
「そう、心。聖衣が普通の鎧と違うのは材料だけじゃない。心を持ち、正義の聖闘士にだけ力を貸すのが特徴の一つだ。歴代の聖闘士の心がそれに影響を与えてると聞いたけれど、 完全に消滅したのに心が宿るかは分からない。もしかするとその心を与える為に女神に来て欲しいのかもしれない」
「それはありえるかもな」
修繕の様子を見ていた那智が口を挟んだ。
「聖なる炎でだけ聖衣箱は溶かすことが出来る。その炎を生み出すのが炉座の聖衣だ。もしやり方を知っていてもこいつがないと修復できないだろうな」
「じゃあムウ様はどうやって修復する気だったんだろう」
貴鬼の言葉にブラスが答える。
「女神がいるなら、その手で炎をつけてもらったらそれが聖なる炎になると聞いたことがある。それを使う気だったんじゃないかな」
「なるほど」
聖衣箱が溶けたのを見るとブラスは炎を消した。後は冷えて固まるまで待つだけだ。
「それで、結局女神は行くことにしたのかな」
「ああ。聖なる炎の事もあるし、あんたは修復を続けなけりゃいけないんだろ。だったら仕方ない」
那智の様子にブラスは思いついたことを聞く。
「そういえば師匠はどんな具合だった?」
「彫刻室座のアイアンか?俺たちの聖衣をクリスタル・ウォールでばらばらにしてくれたよ」
教皇の間と同じ話をする那智に貴鬼が尋ねる。
「ちょっと待って、クリスタル・ウォールはムウ様並のサイコキネシスが必要だよ。そんなに強いのかい?」
「強いかどうかは知らないけど、師匠の技はどんな攻撃も弾き返すと言う『壁』と、相手の精神を操って自白させる『夢幻』って呼んでるものだけだぞ」
「するとアイアンは攻撃技を持たないのか?」
那智の問いにブラスは頷く。
「ただ、人の技でも見ただけで使ってくるからな。俺の必殺技も簡単に真似されて、何度も編み出し直したことがある」
話している間に箱だった金属は冷えて固まった。それをブラスは手にとって残っていた聖衣と一緒に杯座の聖衣として蘇らせる。
「貴鬼、一緒にやってくれないか。急ぐみたいだから」
「え、良いの?」
「修復するのが第一だから、急ぎなら分割してやったほうが早い」
ブラスは特にこだわる気はないらしく大体出来た鎧としての部品を貴鬼に渡す。ブラスは聖水を取るのに深い形のほうが良いと思ったのか、完成した聖衣の杯部分は杯と言うよりも甕に見えた。
「これが杯座の白銀聖衣か」
那智が簡単の声を上げる。ブラスの修復の腕は確かなもので、貴鬼と一緒にやったのにちぐはぐなところがない。杯を捧げる姿をうまく表していた。
「完成したのか」
教皇の間に聖衣は運ばれ、水が注がれる。
「これで聖なる水になっていれば完璧なのだが」
杯座の白銀聖衣に伝わる能力は二つ。一つは汲んだ水が飲めばいかなる傷も癒す聖なる水となると言うこと。もう一つは覗き込めば未来が見えると言うものだ。
「取り合えず俺がやってみます」
ブラスが杯を覗き込む。
「う~ん」
「何が見えるの」
貴鬼の言葉に唸るブラス。
「聖衣を修復している爺さんが見える」
「へえ。オイラにも見せてよ」
貴鬼も覗き込む。
「わっ」
「どうした貴鬼」
ニコルが声をかける。
「黄金聖闘士になったらしいオイラの姿が見えた」
「それは」
喜びに溢れる貴鬼の声。確かに未来にありそうな話だ。
「とにかく、杯座の聖衣は完成したようだな」
ニコルはアテナに那智と神聖衣を運ぶ旨を伝える。
「ニコル。私も行こうと思います。確実に黄金聖衣は修復しなければならないのでしょう。確率が上がるならば、そのほうが良いでしょうから」
「…分かりました、アテナ。ですがお早めにお帰り願います。聖衣がどれだけ重要と言っても、アテナよりも重要ではありません」
ニコルの言葉に頷きながら沙織は旅の準備を命じた。
フォークランド諸島は南極大陸に最も近い島々だ。最近の地球温暖化の影響で氷が溶けて村が消えつつあると言う場所もあるそうだが、彫刻室座の白銀聖闘士アイアンのいる場所は元々火山の山頂付近なので雪は少ない。そんなことを説明しながら那智は星矢たちを案内した。今回は戦いではなくあくまで聖衣修復の手伝いが目的のためか一行はのんびりと進んでいた。
「すごい霧だな」
星矢の言うとおり山の麓では濃霧が発生していた。
「大丈夫。アイアンは色々な道具も作っているから、こんなものを用意して置いた」
那智が取り出したのはランタンである。
「これの光は濃霧の中でも良く見える。小宇宙も放っている。お嬢さんは危ないから俺が手を引いていくが、他の皆はこの光に従ってくれ」
濃霧の中に入り込んだ一行はしばらく進んだが、一歩先も見えないような霧に、たよりは那智のもつ明かりだけとなっていた。
「お、霧が晴れた」
星矢が霧から抜け出すと、周囲には誰もいなかった。明かりは少し先の岩にぶら下がっている。
「皆はどこだ?」
「待ってたぜ」
岩の上には激が座っていた。
「激。どうしてここに。ここはどこなんだ」
「ここは地獄の一丁目。星矢、お前の墓場だ」
激は岩から飛び降りると星矢に殴りつけた。
「なっ」
紙一重でかわす星矢に更に連続して攻撃を叩き込む。
「一体どうしたんだ!」
「星矢、お前を倒す!」
激が声高く宣言すると同時に星矢の聖衣箱が開き天馬座の青銅聖衣が星矢に装着される。
「ふっ青銅聖衣か」
激は構える星矢の姿を笑うと、背後にあった大熊座の聖衣箱を展開した。
「それは!」
大熊座の青銅聖衣は星矢の見たことのない形になっていた。それは立ち上がった熊の姿をしている。その足が激の脚部と膝へ、胴体部分が二つに割れて胸と腰へ、腕が肩と腕部に分かれて装着され、熊の頭が前後ろ逆に装着されて頭部全体を覆うマスクになった。
「これが彫刻室座のアイアンによって作られた新生大熊座の聖衣だ!」
全身を覆う形で作られた聖衣は激の巨体を包み、間違いなく力を高めていた。
「待っていたぞ、紫龍」
「蛮か?」
明かりが放つ小宇宙を追っていた紫龍の前に現れたのは蛮だった。
「邪武と戦いたいのは山々だが、今回は味方だからな」
「何を言っているんだ」
蛮の言葉に問い返す紫龍に、蛮は小宇宙を高めた。
「なんだ?何故小宇宙を高めている?」
「紫龍。お前には恨みはないが、これも地上の平和のためだ。死んでもらう!」
「なんだと。どういうことだ」
「話をしている暇はない!」
蛮の小宇宙に反応して子獅子座の聖衣が現れる。激と同じように作り直された聖衣は、獅子座の黄金聖衣に似た形をとっていた。大きな違いは獅子の鬣がない為に腰のパーツがベルトとして胴体を覆っているのと、頭部が獅子の顔を模した兜になっていることだ。肩のパーツも正方形で黄金聖衣よりは短い。
「紫龍。目の見えないお前には分からないかもしれないが、この新しい聖衣は女神の血を受けたお前の聖衣に勝っても劣らない。さあ聖衣を付けろ。生死をかけた勝負だ!」
氷河は霧を抜けた後他の人間の姿が見えないことに違和感を抱き聖衣を装着していた。
「罠だったのか?だとすれば那智は操られている事になるが」
左右が雪が積み重なった氷河となった場所で、氷河を待っていたのは市だった。
「遅いざんすよ、氷河。こちらから行こうかと考えてたところざんす」
「市。一体何があったんだ」
「何もないざんす。ただ氷河、あんたと戦うのがあたしの役目と言うことざんす」
「何!」
「銀河戦争では聖衣の力に頼りすぎて負けたざんすからね。今回はそんな油断はないざんす」
市が座っていた聖衣箱から降りると箱が展開する。海蛇座の聖衣は海蛇というよりも伝説の元となったヒュドラの形を取ってそこにあった。首が8つあるのは市が日本の八俣の大蛇をイメージしたためだろうか。
その八つの首が両手両足両肩を首一つづつが覆い、二つの首が左右から体に付く。尻尾が縮んで腰の部分となり、首元にネックレスとして飾られていたヘッドパーツが装着された。ヒュドラの首は両肩の付け根、肘と拳、膝についている。
「さ、始めるざんす」
蛇が鎌首をもたげた。
「瞬、お嬢様は無事だ。そのことだけは安心しな」
瞬の前に立ちはだかった邪武がそう告げた。瞬は構えていたネビュラ・チェーンを静かに下ろしながら油断せずに邪武を見る。
「何故こんなことを」
「これもお嬢様の為だ。今の聖域ではお嬢様を守れない。黄金聖衣がない状態では神話からの守護も役に立たないだろう」
「そんな事はないよ」
「いや。俺たちはそのためにこの場所に新たな聖域を作る!」
邪武が聖衣箱の鎖を引くと、光と同時に一角獣座の青銅聖衣が現れる。それは最終青銅聖衣の天馬座の聖衣に似ていた。ただし一角獣座と天馬座の聖衣の一番の違いである肩のパーツは一角獣の腰についていた。
「銀河戦争じゃあ確かにお前に負けた。瞬。今回は絶対に負けねぇ!」
「何故争わなければいけないんだ。聖域はちゃんと機能してるじゃないか」
「もう遅い。お嬢様は彫刻室座の聖闘士が玉座へ案内した。後は準備が整うまでに現在の最強聖闘士であるお前らを倒せば終わりだ」
「そんな事はさせない」
星雲鎖を構えた瞬が邪武と相対した。