星矢の目の前には最終青銅聖衣に近い水準の大熊座の聖衣をまとった激がいる。聖衣が大改造される事は珍しくない。貴鬼が言っていたが、鷲座や蛇使い座の白銀聖衣も元々は男性用…というか男女兼用だったそうだ。それがある時代に活躍した聖闘士が女性であった為に女性に合うように改造されたのが現在の元となっているらしい。現在星矢が纏っている天馬座の聖衣も今は星矢専用になっていると言える。激の聖衣を見れば最初の聖衣の特徴である大きな肩や上半身が見て取れる。ただし熊の爪が肘や膝に取り付けられていること、頭部は熊の首を前後にしただけで後からは熊の顔がそのまま見えている事などが新しい特徴と言える。もしかすると動物らしい荒々しさを残すのが彫刻室座のアイアンという人物の癖なのかもしれない。
そして全身を覆う鎧を纏った激は星矢に勝っても劣らない小宇宙を放っていた。
「激、目を覚ませ。お前はアテナの聖闘士だろう」
「五月蝿い!俺と戦え」
激は近くにあった岩を片手で持ち上げると星矢に投げつける。
「ちくしょう!」
星矢が岩を砕く瞬間に間を詰めた激は砕かれる岩の中から手を突き出して星矢を掴む。
「ハンギング・ベアー!」
激の指が触れた途端、凄まじい激痛が星矢を襲う。星矢は激の手が完全に閉じる前に抜け出すものの、聖衣を貫通して肉体にダメージを受けていた。
「こいつは」
「星矢、お前は言ったな。聖闘士の力は怪力ではないと。原子を砕く力こそが小宇宙だと」
激は岩に手を触れると拳を握るように力を込める。
「俺はこの手で掴んだものの原子を即座に砕けるように鍛えた。もしお前が逃げなければ、俺の掌はお前を全て砕いただろう」
岩に無数の亀裂が走り砕け散る。その言葉に嘘はないのだろう。おそらくはかつて星矢に負けたことをばねに鍛え上げた技に違いない。
「さあ立て星矢。今度こそお前に勝つ!」
仁王立ちになって星矢を見る激の背後に大きな熊が立ち上がって見える。小宇宙も今まで戦った敵と変わるものではない。
「分かったぜ激。やってやる。お前の心を取り戻してやる」
星矢が小宇宙を高めると天馬がその背後に現れる。双方の小宇宙が天に昇る勢いで高まっていった。
聖衣を砕かれた激たちはアイアンに冥界の谷と呼ばれている場所に呼ばれた。
「はっきり言って、今のお前達では神聖衣を纏ったその星矢という聖闘士たちにかなわないだろう」
分かりきっている事でも実際にはっきり口に出されて激たちはショックを受ける。
「この地域は、冥界との戦いの為に似たような形で作られたいわば訓練施設だ。お前達にはここで修業して無理にでも強くなってもらう」
「どうしろってんだ」
蛮の言葉にアイアンは聖衣を見せる。
「修復はやっておく。出来る限り身を守れるような形にな。しかし問題はお前達の攻撃力だ」
アイアンはそこで谷を指した。
「お前達に強くなって貰うにしても時間がない。だからあえて目標を決め、その目標をクリアーしたものから参戦してもらう。もしもクリアーできなかったら俺が相手する」
「目標はなんだ」
那智の言葉にアイアンは指を3本折る。
「一つ目はお前達の今の最大技の威力を十倍以上に高めること。二つ目は相手の技への防御策。三つ目は今の技を超える技を編み出すことだ。それが出来ねば死ぬだけだろう」
死ぬと言う言葉に戦慄が走った。星矢たちと有無を言わせずに戦う事は反逆と取られても仕方がない。それでもやらなければならない。アイアンの言葉に激たちは改めて意志を固めた。
激が連れて行かれたのは第3獄に似た谷だった。
「ここは」
アイアンが手を振ると上から巨岩が転がり落ちてくる。
「この通り山頂が崩れやすい地質になっている。星矢という男は流星拳の使い手のようだから、数を質量で補って岩を避ける事だ」
小宇宙で衝撃波を飛ばしたことを感じさせない口調でいうアイアンに改めて驚きながら激は星矢の拳を思い浮かべた。
「避けなければいけないのか?」
激はアイアンに言葉を返す。
「腹案があるようだな。別に避けなくても構わない。流星拳を受けてなお立ち上がり星矢を倒せるほどに強くなるならば」
現在、激は星矢を圧倒していた。あれから速さを鍛え、ハンギング・ベアーを鍛えた。その全てをぶつけるように星矢に突進する。
「ハンギング・ベアー!」
「ペガサス流星拳!」
流星拳に正面からぶつかって吹き飛ぶ激は岩壁に激突する。起き上がった激の体には傷一つなく聖衣の完成度の高さが見て取れた。
「ふう。少し油断しちまったな」
激はぐるぐると右腕を回すと星矢に向き直る。
「さあ、星矢、お前の最大の力をぶつけて来い」
激はタックルをするような形に構え星矢と対峙する。
「ペガサス流星拳!」
星矢の拳撃が全身に降り注ぐ中、激は構わずに星矢に突進する。聖衣のためか傷一つ負うことなく星矢を掴もうと手を伸ばし、その足をしっかりと掴んだ。
「ハンギング・ベアー!」
「うわあぁぁぁぁ」
星矢を掴んだ激はそのまま吊り下げるように腕を挙げると勢い良く地面にたたきつけた。激のハンギング・ベアーは星矢の聖衣の脚部を砕き小宇宙が足を折る。
「くそっ」
足をやられては天馬自慢の俊敏な動きが出来ない。星矢は蹴りを放って激の手を振り解くと間隔を取った。
「ふん。女神の血を与えられたのにこの程度か。星矢、どうせならば神聖衣になれるまで小宇宙を高めてこい」
膝を突いた星矢に激が再び襲い掛かる。
「ハンギング・ベアー!」
「ペガサス彗星拳!」
星矢の拳は激の胸を打ち、激は仰向けに倒れる。
「さすがに簡単には倒させてくれないか」
埃を払いながら立ち上がる激に星矢は違和感を感じた。星矢の彗星拳は激を押し倒しただけのようだがそれにしても激の守りが堅すぎる。
シーホースの海将軍や蜥蜴座の白銀聖闘士のような空気を使った防壁でも引いているのか。しかし周囲の気流に変化は見られない。激の様子を目ではなく小宇宙で感じると陽炎のように激の体を何か取り巻いているようだ。
「もしかしてこれは」
激の体を覆う小宇宙。それが普通の戦闘で体を覆う小宇宙の何倍もの濃度をであることに星矢は気が付いた。
「ほう。気が付いたか。俺のこの体は小宇宙によって守られている。聖衣を破壊されたとしても、聖衣ほどの防御力を生身の体で持つことが出来る」
星矢と戦うとき激の心に一番引っかかったのは星矢との速さの違いだった。星矢は流星拳を見れば分かるように速さを重視した戦い方で、自分は力を重視した戦い方である。天馬と熊ではどう考えても馬のほうが速い。
星矢に破れて真の聖闘士としての修業をつみ真の意味のハンギング・ベアーを編み出したときもどうやっても勝てるとは思わなかった。勿論鍛えれば牡牛座の黄金聖闘士アルデバランのように巨体であっても光速の動きが可能になる事は知っている。しかし今回は時間がない。そこで激は速さを捨てた。聖闘士としての音速の速さを鍛えるのはやめなかったがそれ以上に星矢の拳を受けても倒れないような頑丈な体とその体を覆う鎧のような特殊な小宇宙を鍛えたのだった。
「ベアーズ・ファーとでも呼んでおこうか。この小宇宙の鎧がある限り、お前の攻撃は全て耐え切って見せる」
「だったらそれ以上の力を叩き込む!ペガサス流星拳!」
再び襲い掛かる流星拳をまるで海でも泳ぐように掻き分けて激は星矢に突き進む。
「くらえ、大熊座激の最大の奥義!」
雄叫びを上げて星矢の残ったもう片方の足を掴んだ激はハンギング・ベアーを放った。聖衣を砕き星矢の足から小宇宙を注ぎ込みながら激はジャイアントスイングの要領で回転を始める。
「ベアー・ローテーション!」
強烈な回転と共に天高く投げ出される星矢の体は天を巡る星々のように飛ばされていった。
「まだだ。早く戻って来い星矢よ。俺は全ての力を出し切った訳じゃあないぞ」
激のは天高くから落ちてくるだろう星矢が帰ってくることを信じて迎え撃つ為に構えをとった。
星矢は高く舞い上げられたその頂点から落ちようとしていた。激最大の技と言うだけに回転は頂点に達しても体を自由にせず全身の骨が折れるような衝撃と共に地面にぶつかるのを待つだけとなっていた。かつて受けた鯨座やヘラクレス座の白銀聖闘士の投げ技との違いは振り回して勢いを使って投げたためか遥かに高さや勢いが強く、足からそそがれた小宇宙が体中をバラバラにするように駆け巡っている。
「こんなんじゃ駄目だ」
星矢は最後まで諦めない。激は操られているかも知れないが、だとしてもこの技は地道な修業の末編み出したもの。激が全ての技を見せきって戦うのにまだ星矢は全てを見せていない。
「燃えろ、俺の小宇宙。冥界のあの時、神と戦ったあの時と同じ、それ以上に!」
星矢の小宇宙が爆発的に燃え広がっていき天馬がそこに降臨する。
「来たか、星矢!」
地上で上空の小宇宙を感じた激は先ほどまでの星矢とは異なる力を感じた。そのまま落ちてくる場所で迎え撃ちそのまま再び最大の技を放とうとしていた構えていた激に空から流星と貸した星矢が衝突する。
「がはぁっ」
吹き飛ばされた激は衝撃波だけではない小宇宙の力を受けたが何とか踏みとどまる。舞い上がった煙が落ち着いてくるとそこには黄金を超える輝きと強さを秘めた、激の知らない聖衣を纏った星矢が立っていた。
「それが神聖衣か」
「ああそうだ。激、今度こそお前の目を覚まさせてやる」
「やれるもんならやってみろ!」
激は星矢に向かって腕を振り下ろした。星矢は真正面からその手と握り合う。力で勝るはずの激がそれ以上進むことがかなわず力が拮抗して互いににらみ合う。ハンギング・ベアーの要領で小宇宙は激の掌から放たれているにも関わらず、星矢の小宇宙がそれを阻んでいる。
「まだまだだっ!」
激はわざと力を抜いて星矢を引き寄せると、そのまま腕を星矢の体に回し背骨を折るように抱え込む。
「ハギング・ベアー」
全身から小宇宙を放ち星矢の聖衣を全身の骨を砕こうとする。
「やられてたまるかっ。ペガサス彗星拳!」
零距離からの彗星拳は激のブレストパーツを破壊してその巨体を吹き飛ばす。
「ぐおぉぉぉっ」
激は衝撃に耐えて再び星矢に挑もうとするが星矢の姿がない。
「どこに言った」
「ここだ」
星矢は激の背後に回ると、その体を掴んだ。
「これで最後だ、激!ペガサスローリングクラッシュ!」
足の骨が折れているだろうに星矢は一番の大技を放とうとする。
「させるかぁっ」
激も小宇宙を燃やしてそれを阻止しようとするが耐え切れず体が空へ飛び上がる。
「うおぉぉぉぉぉっ」
「うわあぁぁぁぁっ」
星矢が激と天に舞い上がると同時に今までの激闘の衝撃でがけ崩れが発生する。巨岩が今までに無いほど大量の土砂が降り注ぐ中、2人の姿は消えていった。
そして土砂崩れが収まった後には誰もおらず谷が埋まってしまったかに見えた。その時光の柱が立ち上り土砂を弾いていく。
「うおぉぉぉぉぉ!」
光の柱とも見間違う小宇宙の中を純白の天馬が駆け上がってくる。それは神聖衣を纏った星矢に変わりそのまま激を地面に放り出した。