聖闘士星矢~ギガントマキア前伝~   作:伊鬼名

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5話目です。混ざって書いていない設定のうち、話に重要でないのは、この話の舞台である修行場所は冥界を模して作った対冥界用の修行場という程度です。


海蛇座と白鳥

 第2獄に似た黒い泥の混じった大地。湖と沼沢地の境のあやふやな場所に市と氷河はいた。

「ここはまるであたしの聖衣の元となったヒュドラの故郷のような場所ざんすねぇ」

 のんびりという市だが氷河の攻撃を全てかわしている。

「くっ」

 氷河に対して市は今のところ攻撃をしていない。氷河はそれを兄弟の情けかと思っていたがここまで一方的な展開になると話は別だ。市の話からすると女神を頂点とした新たな聖域を作る為に黄金聖衣の修復を題目として女神を呼んだと言うのだ。ギリシャで聞いた話ではアイアンは弟子のブラスいわく『夢幻』という精神操作系の技を使うらしい。市がそれを使われたのかどうかは分からないがどちらにしてもぐずぐずしてはいられない。市は時間を稼ごうと言うのか避けるばかりである。

「この足場が悪い中、良く動けるものざんす」

「足場など簡単に作ることが出来る」

 氷河は小宇宙を高めるそれと同時に氷河の足元から氷が張っていき市のいる場所を越えて沼沢地全てを凍らせる様に広がっていった。

 氷河には市の足を捕らえようという考えもあったが市は捕まらずに氷の上に立つ。

「さすがは氷河。こんなことが出来るなんて驚きざんす」

 考えが読めない独特の表情で市は告げる。この表情のために氷河はますます焦りを募らせた。以前の市は自信過剰なところがあり作戦だろうと相手を褒めるような事はしなかった。今目の前にいるのはまさしく蛇のようにつかみ所の無い存在になっている。

「市、今はお前に構っている時間はない。一撃で決めさせてもらうぞ」

 氷河は高めていた小宇宙を一気に解き放つ。

「ダイヤモンドダスト!」

 結晶のまま降り注ぐ雪が突風と共に市に吹きつける。

「おお危ない危ない。さすがにこいつを食らったら命が無いざんす」

「何?」

 ダイヤモンドダストは市に届く前に消失する。氷河は何が起こったのか確かめようと小宇宙を延ばそうとした。

「これはっ」

「ようやく効いてきたざんすか」

 自分の感覚がおかしいことを感じた氷河はそのまま膝を付いた。風邪とは違う寒気と目眩がする。

「馬鹿な。ヒュドラの毒にやられたとでもいうのか」

「正解ざんす。新技、ポイズンストリームは速さと効きはたいしたことがないざんすが、どんな聖衣や小宇宙も透過して相手の感覚を狂わせる。わずかな感覚の狂いが勝負を大きく分ける事はよくあることざんす」

 市がのらりくらりと逃げていたのも毒を吸わせるための罠だったと氷河は気づいた。

「さて、氷河。もう一度聞くざんす。アクエリアスの黄金聖闘士に推薦するから、こちらの味方にならないざんすか?」

 市は氷河に声をかけるが氷河は市を睨みつける。

「言ったはずだ。黄金聖衣は自らふさわしい者を選ぶ。下らない細工をした聖衣に選ばれたとして師、カミュが喜ぶものか」

 氷河の答えに市は大げさにため息をつく。

「それじゃあ仕方ないざんす。氷河、覚悟っ!」

 ヒュドラの牙が氷河に向かって振り下ろされる。しかしそれは氷河の凍気に阻まれた。

「おやっ」

 薄皮一枚とはいえ凍りついた手に驚いて距離をとる市に氷河が立ち上がる。

「市よ、確かにお前は以前のお前よりも強いのかもしれん。だが俺もあの頃の俺ではない」

 氷河の背後に白鳥が浮かび上がる。市は細い目をますます細めて氷河を見る。

「確かに。氷河、あんたは冥王と戦った最強の勇者、あたしは死神の攻撃を受け続けて立ち上がったとは言え一介の聖闘士。格が違いすぎるざんす」

 再び言葉を紡ぎ出す市に氷河は油断無く構える。

「何を言おうと無駄だ。この氷河、クールになればなるほどに力が増すのは知っているだろう」

 市の言葉を挑発と読み取って返す氷河。毒は抜けきっていないものの動きに支障は無い。

「これはきつくなってきたざんすねぇ」

 市は初めて構えをとった。

 

 アイアンに修業を課せられた市は打倒氷河の為に以前よりも激しい修業を繰り返した。たとえ女神のためと言う事は分かっていても一度負けた相手にリベンジできるのだ。無様に負ける事はできない。蛮を除いた全員がかつての屈辱を晴らすために修業に熱が入る。

「お前のやってる事は無駄だ」

 そんな時アイアンに言われた言葉に市は衝撃を受けた。

「どういう意味ざんす。あんたでも容赦しないざんすよ」

「お前には技が無い。メロウポイズンというのはヒュドラの牙のことで、お前の技ではない」

 無意識に思っていたことを言われて市は愕然とする。

「そんな。それならどうすればいいというざんすか。あたしにはこれしかないざんす」

 中国拳法の蛇拳を初めとして蛇の動きを取り入れた格闘技を修業していた市は泣きたい気分になる。

「何か困ることがあるのか?」

「大有りざんす。考えていた技を全否定されたんざんすよ」

 市の考えとしては蛇の動きからスカーレット・ニードルのように氷河の星命点へメロウポイズンを打ち込むことを考えていた。光速の動きは必要なく、純粋に体術でそれを行えば勝機があると考えていただけにアイアンの言葉はきついものがある。

「お前は毒を使う聖闘士というものの意味を知らないな」

 アイアンはそういうと丸一日悩んだ市の元に一冊の本を持ってきた。

「これはわが一族に伝わる冥闘士との戦いをつづった書物の一部だ。今回の大戦まで暇だったから俺が色々と分類してみた」

 渡された本にはヒュドラの聖闘士他、歴代の聖闘士の内毒を使った者達が書かれていた。

「一時間だけ見せてやる。その間に毒使いの意味を知れ」

 アイアンに言われただけではない。市は毒使いと言うある意味武器を使うよりも女神に嫌われそうな立場の自分を保つ為に急いで本を開いた。主な内容は冥王との戦い方だったが、その戦いは参考にならなかった。蛇座、蛇使い座、といった蛇を冠する星座から最も有名な魚座の黄金聖闘士についての記述まである。まったく異なる技は参考になっても使えない。ただ、その戦い方に市は注目した。毒使いの聖闘士は毒使いの冥闘士や怪物と戦い、またどうしても人数の劣る戦いで罠を仕掛けて味方を守っていた。それは魚座のロイヤルデモンローズが教皇の間までを守るように結界を張り巡らせ、また味方を毒から救うために自分の体で抗毒薬を作った者など、攻撃よりも防衛に重点を置いている。

 自分自身の技はさておき、毒は卑怯者が使うではないかと悩んでいた市はその事に気づいて救われる。

「毒を武器ではなく防具として使う。これはあたしには無かった発想ざんす」

 アイアンが本を取りに来たとき市の顔は晴れていた。

「何か良い技でもあったか?」

「そんなもの師匠から教わったわけでもない人の技を使うわけにはいかないざんす」

 アイアンは何か言いたいことがあるようだったが市を見てやめた。心が定まった戦士に言うのは失礼だと感じたからだ。

「新しい技を早く編み出すことだ。クリアしなければ俺が戦うからな」

「分かってるざんす。氷河はあたしが倒す」

 強い言葉で言い放って市は修業を再開した。

 

 ポイズンストリームはあくまで肉体の周りを巡るだけのもので攻撃の技ではない。その物理的な防御力はたいしたことがないものの氷河の凍気を防ぐだけの力はある。

「それでは披露するざんす。氷河、これがあたしの必殺技ざんす!」

 市の背後に立ち上った多頭蛇が自分に向かって牙をむくのが氷河には見えた。

「水蛇掌!」

 螺旋する水流が氷河に向かってきた。

「ダイヤモンドダスト!」

 氷河も技を放って迎え撃つ。凍気が水流を凍らせるかに見えたが、水流はまるで生きた蛇のように凍気を避けて氷河の足を貫く。

「何っ」

氷河が足を見ればそこにはヒュドラの牙が突き刺さっていた。

「どうざんすか?あたしの技は」

「忘れたのか市。このキグナスの聖衣を突き破ることなど出来ないと言うことを」

「勿論覚えてるざんす。だからこそ、この技は生まれたざんす」

 市は氷河の言葉に動じずに次々と技を放つ。

「水蛇掌!」

「聖闘士が一度見た技を食らうと思うか」

 氷河は水蛇掌をたやすく避ける。しかし水流は何度も方向転換をして氷河に迫った。

「水蛇掌!」

 左右の手から放たれる技は複雑な軌道を描いて氷河を追い続け、ついに片方を防いだ拍子にもう片方が足に突き刺さる。

「くっ」

 氷河は思わず膝を付いた。いつの間にか牙は4本刺さっている。

「これは、海蛇座の星命点か」

 突きたった牙の並びを見て悟った氷河は市を見る。

「蠍座のミロの技をくらっただけに、さすがにばれるざんすね」

「スカーレット・ニードルの真似事とはな。だが威力は大して無いようだが」

「それは小宇宙を毒に変えるなんて技はあたしには難しいもんざんす。折角ヒュドラの牙があるなら、有効利用しないと」

 市は揺らめきながら技を放つ。

「そう何度も当たるか!ホードルニースメルチ!」

 キグナス最大の拳が水蛇掌を全て巻き込んで天へと吹き飛ばす。

「くくぅっ」

 市も姿勢を低くし、爪を地面に突き立てて吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえた。凍気はポイズンストリームを集めることで防ぐ。

「さすが氷河。凄い威力ざんす」

「減らず口だな。市、お前はまだ何か隠しているだろう」

 市の口調から水蛇掌だけが技で無い事は読めた。市のように不意をつく戦い方ならば今も周囲を回っているポイズンストリームがネビュラストームのように竜巻に変化してもおかしくは無い。

「大した技じゃあないざんす、よっ」

 市はそう言って技を放つ。まったく今までと変わらない呼吸に氷河は避けるよりも早く市を倒したほうが良いと判断して技を放つ。

「ホードルニースメルチ!」

 再び吹き飛ぶかに見えた水蛇掌は逆に熱気で氷を溶かして突き進み氷河に突き刺さった。

「うわあぁぁぁっ」

 市の拳が突き刺さった場所から激痛が走った。かつてのスカーレット・ニードルを思い出させるような痛みは、灼熱の熱さを伴って氷河の体を駆け巡る。

「やれやれ。うまく引っかかってくれたざんす。こいつは毒蛇掌。ヒュドラの毒を宿す技ざんす。毒を小宇宙にこめるのは難しいと言っても、出来ないとは言わなかったざんすからね」

 氷河は市の戦略を理解した。スカーレット・ニードルのように星命点を打つのも技の一部。水蛇掌は牙を相手に打ち込む技。どう避けてもあたりに来る水蛇掌を避けるよりも先に使い手を倒すことを選んだ場合猛毒を含んだ毒蛇掌で体内に直接毒を送り込む。どちらの技でも最後まで決まれば相手は苦痛に倒れる。

「昔のあたしならともかく、氷河、今のあたしはヒュドラの毒の意味を正しく理解したざんす。かつてヘラクレスが最大の武器としたヒュドラの毒は、炎のごとき熱さで体を蝕んだというざんす。言わば炎を宿しているも同じ。凍気を溶かすほどの猛毒を使う時点で、あたしはあんたより有利だったざんすよ」

 市は苦しむ氷河に近寄った。

「ダイヤモンドダスト!」

 氷河が起き上がるのと同時の拳に市は一瞬反応が遅れる。咄嗟にポイズンストリームで体を包むものの吹き飛ばされた。

「市よ、見くびるな。こんな技はミロのスカーレット・ニードルに比べれば物の数ではない」

 氷河の小宇宙がさっきよりも高まっていた。市の毒牙を受けながら、氷河は舞い上がる白鳥の如く構えをとる。

「なるほど。それでは最大の技を打ち合って一気に決めるとするざんす」

「望むところだ」

 市は今までの地に伏せるような蛇の姿勢から大の字になっての構えをとる。その四肢の一つ一つが蛇の首のようだ。

 氷河はカミュより授かった最大の奥義を放つ為に構えをとる。毒に苦しむ姿を見せずにただ小宇宙を高める。

 周囲に毒気と凍気が渦を巻いて立ち上り、ぶつかり合った。炎毒の熱気が凍気と混ざり合い水蒸気が生まれる。そんな中氷河の聖衣が輝きを増し神聖衣へと変貌していく。

「八岐海蛇掌!」

「オーロラエクスキューション!」

 市の最大技とは水蛇掌、毒蛇掌を混ぜて合計8つ放つものだった。市にとってこの技は騙しの技の一部であり、水蛇掌と毒蛇掌のどちらがどれだけ来るかを疑わせる技、または一気に牙を相手に打ち込むための技である。蛇の狡猾さに活路を見出した市は詐術と会話で手数を増やした。しかし今放っている技は全てが毒蛇掌であり、純粋な真っ向勝負を望んでいることが窺えた。

 8匹の毒蛇はうねるように氷河に襲い掛かる。それはヒュドラというよりは八俣の大蛇と呼んだほうがふさわしい。氷河は今までを越える小宇宙を注ぎ込み燃やし上げる。双方の技は拮抗していた。

「がはっ」

 市が突然血を吐いて膝を突く。力のバランスが崩れ、一気に凍気が蛇を駆逐した。

「市ィィィ!」

 凍っていく市に氷河が駆け寄る。抱き起こした市の体は表面だけが凍ったに過ぎなかったが、それは異常に熱い体のためだった。

「これは」

 うっすらと眼を開けた市が氷河に微笑みかける。

「大丈夫。ただ、毒をくらい過ぎただけざんすよ。寝ていればすぐに直るざんす」

「馬鹿な。するとお前は自分の肉体に毒を与え、それを毒蛇掌として放っていたのか」

「氷河に勝とうというなら、そのくらいしなけりゃあ無理ざんしょう」

 市は黙って目を閉じる。

「市?しっかりしろ」

 氷河の声が氷原に響いた。

 

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