聖域では女神がいない間の仕事を祭壇座の白銀聖闘士ニコルが進めていた。そこへ知らせが入る。
「青銅聖闘士彫刻具座のクォーツが参りました」
「クォーツが?アイアンへの案内の為に修業地へ帰ったはずだが」
ニコルは少し考えるとブラスを呼びに行かせた。聖衣修復に関係することならば聞かせておいた方が良いと判断したのだ。
「祭壇座のニコル。呼びましたか」
なぜか貴鬼と一緒にやってきたブラスは姉の姿を見て驚く。
「姉ちゃん。なんでここに?彫刻具座の聖闘士の宿命を背負ってあっちで一生暮らすんじゃなかったのか」
聞き捨てならないことが聞こえたがニコルはそれを後回しにしてクォーツに聖域に来た理由を尋ねた。
「お願いです。先生を助けてください」
余程急いでやってきたのかクォーツの服はぼろぼろになっている。差し出された書状を読んだニコルは思わず紙を握りつぶした。
「星矢達に戦いを挑むなどどなんて無茶を」
「え、師匠が神聖衣の聖闘士達に喧嘩売ったんですか」
ニコルは理解していないブラスに書状を渡すと、急いで魔鈴とシャイナを呼びにいかせる。
「聖域の一大事だ。ブラス、お前と貴鬼も向かえ。黄金聖衣修復の技を失わせるわけにはいかん」
急ぎ命じるニコルに書状を読んだブラスは無言で立ち尽くした。
「やめて邪武。戦う必要なんてないじゃないか」
「お前には無くとも俺にはある」
聖衣を着ようとしない瞬に苛立ちながら邪武は言葉を続けた。
「銀河戦争ではお前に負けた。その事は俺にはずっと気になっていたんだ。どんな理由があれ、お前と戦うチャンスを逃すわけにはいかねえ」
邪武は光速の拳を放つ。星雲鎖を出して防御に回している瞬は鎖で防ぐもののその威力は以前を遥かに超えていた。
「戦っても沙織お嬢さんが喜ぶはずは無いよ」
戦いを望まない瞬は何とか説得しようと試みる。邪武はそんな瞬を見て攻撃を激しくしていく。
「そうか、瞬、お前が本気にならないのはこいつに守られてると思ってるからだな」
邪武は星雲鎖を掴む。
「邪武!忘れたの、鎖には電流が」
「覚えているとも。そいつをどうにかするのが俺の修業だったからな」
邪武は流れる電流に構わず手刀を鎖へ叩きつける。
「サンダーホーン!」
「うわあぁぁぁっ」
邪武が放ったのは星雲鎖の電流を上回る電撃だった。瞬が手を離さなければ腕は黒焦げになっていただろう。
「これで星雲鎖は当分動かないだろう」
邪武は動きの止まった鎖を放り投げた。瞬は小宇宙を送るものの星雲鎖はピクリとも動かない。
「へっ、こっちには全ての聖衣の特徴を知っている彫刻室座の聖闘士が付いてるんだ。対処の仕方は習ったぜ」
鎖も金属である以上電気を通す。星雲鎖には敵対者に対して電流が流れる仕組みになっているが、それを超える電気を送り込むことで一時的にヒューズが飛んだような状態に出来るかもしれないと言うのがアイアンの意見だった。
「何故そこまでして戦わなければいけないんだ」
「それをいう必要はない。俺はお前を倒すだけだ。さあ、聖衣を纏え。神聖衣を着たお前に勝ってこそ俺はあのときの屈辱を晴らせる」
邪武は改めて聖衣を着るように瞬に勧めるが瞬は首を横に振る。
「戦う必要なんてないじゃないか。こんな事をしたら沙織お嬢さんだって悲しむよ」
「お前に言われる筋合いはない。それにお嬢様を守るのは俺だけで十分だ」
邪武の小宇宙が今までにないほどに高まった。
「ユニコーン・ギャロップ!」
光速の蹴りが瞬を襲う。
「うわあぁぁぁ!」
吹き飛ばされる瞬に邪武は油断なく構えをとる。
「どうした、こんなものか。油断を誘ってるなら無駄だぞ。お前が臆病者ではない事は十分分かっている」
よろよろと立ち上がる瞬に再び技を放とうとしたとき邪武に向かって何かが飛んで来た。
「むっ」
邪武が受け止めるとそれは邪武の手を切りつけながら止まる。
「こいつはフェニックスの羽か。一輝!来たか!」
邪武の手の中の金属片は不死鳥座の聖衣の尾羽を構成するパーツだった。邪武が身構える前に強大な小宇宙が生まれ、それが人型を取っていく。
「フェニックス、一輝」
名乗りを上げた一輝は瞬の前に立ちながら邪武を見る。
「兄さん」
「邪武よ。一体何があった」
一輝の言葉に邪武は油断なく構えながら一輝の背後を見る。
「お前が操られていない事は分かっている。俺も精神攻撃を使うのでな」
「那智、今だ!」
一輝が邪武に問いかけようとした瞬間激しい突風が吹き荒れて周囲が見えなくなる。
「兄さんっ」
「瞬、一輝は俺が相手になってやる」
那智の声が響いて、風が収まった後には一輝が消えていた。
「兄さんを連れ去るなんて」
「あいつも一輝と戦うために修業してきた。さあ、お前も覚悟を決めろ」
邪武の言葉に瞬の意志が固まったのかアンドロメダの聖衣が分解、装着される。
「君達が何を考えているのか分からない。でも、皆を傷つけようと言うなら僕はそれを止める」
一気に小宇宙が燃え上がる瞬を見て邪武は笑みを浮かべる。
「そうだ、それで良い。これで勝てばあのときの敗北は帳消しになる!」
邪武は再びユニコーン・ギャロップを放つ。しかし今度の攻撃は瞬の振るった星雲鎖に弾かれる。
「ちっ。やはり鎖をどうにかしないと戦いにならないな」
「邪武、君が鎖を気絶させるなら僕はその電撃に耐えて見せる」
二度見た技は効かないと言外にいう瞬の言葉に邪武は拳を突き出して宣言した。
「ならば食らってみるか。俺の最大の技を」
邪武の背後で一角獣がいななき小宇宙が一気に燃え上がる。瞬は邪武の動きを止めるべく星雲鎖を放った。
「グレート・キャプチャー!」
邪武は自分に向かってくる鎖に再度電撃を放つ。
「サンダー・ホーン!」
三角鎖と邪武の右の指先がぶつかり合い電撃が双方の先端からぶつかり合って火花を上げる。どちらの電撃が強いか競うように放たれる雷に2人は小宇宙を注ぎ込みその激しい閃光が2人を包み込んだ。
「うわぁぁぁぁっ」
「ぐおぉぉぉぉっ」
光が耐え切れなくなったように爆発に変化し、その爆風が2人を吹き飛ばそうとする。一瞬瞬は光で眼を失い力の均衡が失われる。邪武も眼を光に潰されるが瞬との距離を意識に刻み付けていた邪武はそのまま何千回、何万回と繰り返した動作を繰り返す。
爆風に身を削られながら鎖を右手に絡めて封じ、左手を瞬の体へ当てた。
「スパイラル・ホーン!」
相手を倒すのではなく動きを封じ吹き飛ばすことを前提として放たれた小宇宙は爆風もあって瞬を空高く吹き飛ばす。鎖でつながれたままの2人は鎖の長さまでしか離れる事はない。邪武は鎖が伸びきる直前に瞬のバランスを崩すために鎖を引っ張り、同時に地を蹴って瞬の後を追う。
「セイント・ホーン!」
上から落ちてくる勢いに下から放たれた矢のように切りあがる邪武の蹴りが瞬に突き刺さる。
瞬は宙に舞いながら邪武の攻撃で気を失った星雲鎖を正気に戻すために小宇宙を送り込んでいたが、下から放たれた攻撃に守りへと意識を集中する。無意識にネビュラ・ストリームが自分の周りを覆うように展開された。
邪武の最大技とは今までの全ての技を相手へと叩き込むコンビネーション・アタックだった。サンダー・ホーンで星雲鎖を封じ、相手に螺旋のねじりを加えながら吹き飛ばす新技スパイラル・ホーンで動きを封じつつ上空へ打ち上げ、予測の簡単な落下中にユニコーン・ギャロップを彗星拳のように一点集中で放つ。その全てがセイント・ホーンと呼ばれる技なのだ。
落下する瞬と繋がる鎖を外しながら邪武は地上に立ち上がった。瞬は例え重症を負ったとしても立ち上がってくる。そんな確信があった。
邪武が瞬の落ちた地点を見るとそこには今まで見たことの無い輝きが舞っていた。思わず駆け寄ろうとした邪武の体を見えない何かが止めた。
「これは…」
「ネビュラ・ストリーム。僕の作り出した気流だ」
立ち上がった瞬の体は全身を覆う形の黄金聖衣のような、しかしそれとは異なる存在感を放った聖衣を纏っていた。
「それが…神聖衣か」
始めてみる聖衣の神々しさとそれを纏えなかった自分への怒りが邪武に衝撃を与えた。
「そう。邪武。もう降参してくれないか。これ以上はやっても無意味だ」
「やってみなければ分からないだろう」
「ネビュラ・ストリームが君の周りを覆っているいる。ストリームは僕の意志でストームへと変化する。もういいじゃないか」
瞬は最後の説得を試みる。しかし邪武は横に首を振った。
「確かに神聖衣が出た時点で俺の役目は終わったようなものだ。だが、1人の男としてはお前と決着をつけたい」
邪武は構えをとると瞬に向かって稲妻を放つ。
「サンダー・ホーン!」
放たれた稲妻は瞬に一直線に向かう。しかし瞬の周りを覆う気流に防がれた。
「ネビュラ・ストリームは僕の体もおおって守っている。鎖が君に効かないとしてもストリームが僕を守っている」
「新技を隠してるとはお前もやるようになったな」
「この技は君の技を防ごうと無意識に編み出したものだよ。言わば邪武のおかげで出来た技だ」
気流の流れが激しくなり気流から強風へ早さを変えていた。
「だとしたら俺も遠慮なく技を放つことが出来る。安心しろ瞬。この聖衣はアイアンが全身全霊を掛けて作ったものだ。命は助かるように出来ている。遠慮なく打って来い!」
邪武は最も研鑽を積んだ最高の技を瞬めがけて放つ。
「ユニコーン・ギャロップ!」
「ネビュラ・ストーム!」
邪武の攻撃が当たるよりも早く竜巻となった気流は邪武を吹き飛ばし天高く舞い上げた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
邪武は体の自由を束縛されながらも小宇宙を燃やし身体を縛り付ける気流を弾き飛ばそうとした。しかし気流は邪武の身体を繭のように包みながら決して動きを自由にさせない。
「邪武!」
頭から叩きつけられた邪武に瞬が駆け寄る。一角獣の兜は砕け散り頭からは血を流している。
「しっかりして、邪武!」
「くそっだからお前は嫌味なんだ」
眼を開いた邪武が瞬を睨む。
「地面に叩きつけられる直前、お前が地面と頭の間にストリームを送り込んだのが分かった。そのお陰で威力が軽減されたんだ」
「僕は殺したいなんて思わないよ」
「手加減されたんだ。負けた言い訳も言えねぇ。そういうのが嫌味ってんだ」
邪武に敵意がないのを見取った瞬は戒めを解放する。
「邪武。何で僕達を狙ったのか教えてくれないかい」
邪武は眠りそうな頭を振ってはっきりさせると瞬を見た。
「俺が言われたのはお前の聖衣を神聖衣に変化させると言うことだ。後はアイアンに聞けば良い」
邪武はそれだけ話すと意識を手放した。全ての力を使い切って眠る姿は初めて安らいだようだった。