第2獄の前、黒き風が吹く谷を模して作られたと言うその山頂に近い谷の上は常に強い風が吹いている。那智と一輝は正面から向かい合っていた。
「那智よ。お前達は何を企んでいる?皆、精神を操られてはいない。だが強い意志を感じる。それは女神に背いてまでやることなのか」
「甘くなったな、一輝。以前のお前ならば問答無用で幻魔拳を使ってきていたはず」
那智はそのまま一輝に背を向けると背後にあった狼座の聖衣箱を開ける。現れた聖衣は遠吠えをする狼を模していた。分解装着された聖衣は印象は変わらないものの以前よりも防御面積が広くなっている。頭部だけは以前と変わらず額冠の形をしている
「ならばお前の精神にじかに聞かせてもらうとしよう。くらえっ鳳凰幻魔拳」
「フォビア・ロアー!」
一輝が拳を放つと同時に那智の技が放たれる。
「何の技を放ったのかは知らんが那智よ。まったく効かんぞ」
一輝が那智の方を見ると、そこに那智はいなかった。
「どこへ行った」
一輝が周囲を見渡すと信じられない光景が飛び込んでくる。そこには息を弾ませたエスメラルダが走って来ていた。
「馬鹿な、この光景は」
一輝が背後を振り向くと師、ギルティーが立っていた。いつの間にか一輝自身も若くなっている。
「来るな、エスメラルダ、来るな~!」
この後に起こることを知っている一輝は必死になってエスメラルダを止めようと声を張り上げる。しかしギルティーの拳が振るわれ、エスメラルダは倒れた。
「エスメラルダ!」
絶叫する一輝は自身の叫び声で正気に返った。目の前では那智が膝をつき肩で息をしている。
「那智、お前は」
那智はふらつきながら立ち上がると一輝を見た。
「お前の精神攻撃の強さはこの身にしみている。だからこそ俺はフォビア・ロアーを編み出したのだ」
双方共に息は乱れ汗が流れ落ちる。
「この技は本人の最も見たくない記憶を再び体験させるという技だ。お前の幻魔拳の威力を少しでもそぐためには精神を動揺させるしかないと思ってな」
そう言った那智も鳳凰幻魔拳を破った訳でもかわしたわけではない。ただフォビア・ロアーによって一輝の精神が混乱し少しだが威力が落ちた。それに耐え切って立っていた。
「どうだ。一輝。鳳凰幻魔拳は使えないぞ。同じだけの精神ダメージの与え合いになるだけだからな」
「成る程。以前よりは成長したようだな」
一輝は那智に対して今まで取らなかった構えをとる。
「鳳翼天翔!」
「くっ」
一輝から放たれた烈風が那智を襲う。那智は両手を合わせて伸ばし、杭を打つように気合いをこめて突き出した。そのまま両手開いていくと風が左右にわかれて那智の両側をすり抜けていく。那智の背後の岩が削れて砕け散る。
「ぷはっ。見たか一輝。風という意味では俺とお前は似た技だ。気流さえ読めばお前の技を受け流すこともできる」
まるで何ともなかったように言い放つ那智だったが、実は防げるかどうかは賭けだった。この風の中で修行するうちに一輝の技も小宇宙の流れだと思えた那智は谷の風を鳳翼天翔に見立てて訓練した。しかし実際に技を見たわけではなかったのでどうなるかは分からない。結果なんとかうまくいったが、それは一輝が本気を出していないからだ。それを顔に出さないように精神力を傾け一気にダメージを与えることを考えながら、同時に自分の技へ小宇宙を高める。
「今度はこっちの番だ。くらえっデットハウリング!」
那智の拳が一輝に向かって放たれる。一輝はそれを避けようとするがかつての技よりも範囲が広がっていた技が鳳凰座の聖衣を削る。那智の技はまるで山羊座の聖剣のように大地に深い痕跡を残していた。
「こんなものか」
実力を試すという言葉に那智達はアイアンへ立ち向かった。神聖衣まで高めた星矢たちほどの力はないとはいえ再び地獄の修行を繰り返し、死の神タナトスの攻撃を防いだことで小宇宙も高まった。たとえ白銀聖闘士が相手でも良い勝負ができると思っていたのだが、結果はアイアンに一撃も加えられずに全員が倒された。
しかも、アイアンが自分の技を使ったのは彼が『壁』と呼ぶ技を先陣を切った蛮に使っただけであとは直前に使ったこちらの技を放って来たのだ。
「なんであんた、聖戦に出なかったんだ」
頭部パーツを二本指で使われたハンギング・ベアーで砕かれた那智は思わず口に出した。
ここまでの強さがあるならば聖戦に参戦すれば黄金聖闘士も死なずにすんだかもしれない。
「それは彫刻具、彫刻室座の聖闘士の役目というものが関係する。第一、聖域ではないが聖戦で戦ってたぞ」
那智には意味のわからないことを言いながら気絶している青銅聖闘士達を起こしていく。那智の次に向かった邪武の傍らにはアイアンの放ったデットハウリングが同じ技とは思えない切れ味で岩を切り裂いて大地まで刃が到達している。少なくともこれだけの威力を持たさなければ認められないと那智は思った。
そしてそれぞれが技を編み出して修行に励む頃、那智はアイアンの家にいた。デットハウリングは十倍に高め対幻魔拳の目安は付いたものの新たな技が思いつかなかった。邪武も同様で、2人で組み手をしてどんな技があるかを考えていた。
「おい、一寸来い」
アイアンに呼ばれた那智達は呼ばれたほうに寄っていく。
「邪武は肉体を使う技だから組み手が役に立つだろうが那智、お前の技は自然現象を操るものだ。組み手では思いつかないだろう」
悩んでいたことを言われて那智はたじろぐ。アイアンは全員に的確なアドバイスを与えていた。それを知っていたのでそのまま話を聞き続ける。
「取り合えず日本語と英語の本をかき集めてきた。自然を操るものはまずイメージが必要だから、ここからどんな現象があるか調べると良い。邪武、お前は俺と組み手だ」
図鑑から漫画、推理小説から科学雑誌まで集められるだけ集めたという本は多岐に渡っていた。作るからには最強の技を作ろうという思いで本を読み始めると、ある幻想活劇小説の一説が那智の感覚に閃いた。
「これだ。これならできる」
こうして那智は新たな必殺技の基本原理を見つけた。その頃邪武はアイアンに吹き飛ばされてスパイラルホーンの原型を閃いたという。
「まだまだ終わった訳じゃあないぞ一輝。俺の技はこれからだ」
デットハウリングを避けられた那智はすぐさま新たな技を放つ。
「これが今の俺の最大の技、クラッシュハウリングだっ」
デットハウリングと全く同じ腕の振り。しかしそれはデットハウリングとは比べ物にならない力で一輝に襲いかかる。
一輝が避けた場所の岩が消滅した。風を使う技と同じ原理でありながら威力は別物だ。
「ソニックブームか?かまいたちか?」
一輝は放たれている波動の正体を読み取ろうとする。
物質にはそれぞれ固有の振動数がありそれに合った振動を与えると物質は破壊される。 大きな中華風の店で大きな銅鑼を見たことがある人もいるだろう。銅鑼の近く立って銅鑼の音を鳴らされた時、銅鑼の音の振動に合わせて身が震えた人もいるだろうか。これは音の波に肉体が波打って共鳴するからである。風が波打って振動を生み出し共鳴させ、物質を崩壊させている。それが那智の新しい技のようだ。
「むっ」
一輝は小宇宙を全開にして避けるが左右の腕から波状攻撃されるその技は避ける場所を読むように打ち込まれてくる。
「埒があかんな。くらえ、鳳翼天翔!」
一輝は避けるのをやめて攻撃に攻撃をぶつけるように放つ。
「まだまだやられるかぁ!」
鳳翼天翔を逆に巻き込むように振動波をぶつけてくる那智。灼熱の烈風と超震動の波動がぶつかり合う。
「ぐはっ」
「くうっ」
同等だった力は技をかけた人間ではなく周囲の気候そのものに変動をきたしていつもの何倍もの突風が吹いた。技が均衡していただけに別の方向からの衝撃は2人のバランスを崩す。
2人の技が嵐となって周囲に吹き荒れ、それが収まった時には地形が変わっていた。
「ううっ…。一輝はどこだ」
瓦礫の中から那智が立ち上がる。アイアンが防御を考えて作り直した聖衣はひび割れながらも那智の肉体をしっかり守っていた。しかし、その腕は赤黒く染まり垂れ下っている。
振動波を放つほどの速度を出すには片手ではまだ完全ではなかった。本来ならば空気を掴みやすいように加工された模様の腕部聖衣で、両手で空気を振動させそこから超震動波に持っていくのが普通だったが、無理に片腕で連射したことが那智の腕に重い傷を与えていた。それでも那智は与えられた役目を全うするために一輝を探す。
瓦礫の崩れる音がした方を那智が振り返ると、一輝が起き上がるところだった。この場所で修行したために突風の吹く前兆を読み取って技を回避するために別の技を使った那智とは違い全身に2人分の技を浴びたらしい。聖衣が粉々に砕けている。
「流石に自分の技をくらったのは威力があったようだな」
「ふん。忘れたか、那智よ。我が不死鳥座の聖衣は例え一片の欠片、一握りの灰からでも戦う意思を失わなければ何度でも蘇るということを」
一輝の体から今までにない小宇宙が立ち上る。那智もそれに対抗するように小宇宙を高める。一輝の背後に鳳凰が、那智の背後に狼が浮かび上がりどちらかが攻撃を仕掛けてもおかしくないその時、一輝の体が光に包まれる。
そこには神聖衣を纏った一輝がいた。
「神聖衣になるとはな。この地の大気に含まれる冥界の空気に近い成分のためか」
一輝は構えを取らずに那智を見る。小宇宙は高まり先ほどと同じ勝負が始まってもおかしくないという状況にかかわらず、逆に那智は小宇宙を消した。
「那智、何故小宇宙を消す」
「お前が神聖衣になったのならば俺の役目は終わりだ。後はアイアンに任せる」
那智はその場にどっかりと腰を下ろす。一輝もその場に腰を下ろし那智の言葉を聞いた。