IS〈インフィニット・ストラトス〉~白天黒鎧~   作:孤独の空

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一章 獅黒獣機

「すまない。待たせた」

「……遅いぞ」

 まるで親友にでも挨拶するかのように柔和に謝る咲真と、罰が悪そうに返事をする一夏。

 咲真にとっては二人で仲良く、一夏にとっては険悪な空気の相手と並んで、教室に行く。

「何してたんだよ」

「いや、特に何も。戸籍上今は学生だからさ、遅刻っていうのを体験しておきたくて」

「あのなぁ、お前。そういうことは自分一人でやってくれよ。千冬姉は怖いんだからよ」

「うん、知ってる。でもそれならそれで、僕を置いていけば良いのに」

 そういうわけにはいかないと、一夏は不満を溢す。

 咲真は仮にもIS学園を襲撃したテロリストで、犯罪者。本来ならここに在籍できる身分ではないが、非常に特異な異例が国の上層部で起き、前例のない異常な処遇となった。

 織斑千冬から一夏に与えられた役目は監視役。姉として、弟を危険人物と常に二人一緒に行動させるのは顔面蒼白するほど気が引けたのだが、咲真と国との取り決めにより決定は揺るがなかった。

「いやぁ、楽しみだ。憧れてたんだよね、学生生活に」

「お前じゃ無理だろ」

「え、何で?」

「何でって、お前……!」

 あんなことをした後だろ! と、一夏は一喝。

「あぁ、あれね。何回も謝ったろ」

 あれと言うのは、言わずもがな学園を襲ったこと。咲真としては過ぎた事実として処理し、軋轢をなくしたい。だが、加害者の一夏として、受けた被害を簡単に忘れられるはずがないのも事実。

「お前、友達いないだろ」

「うん、いないね。ここが最初だし」

「言っとくけど、俺もお前のことは友達として見てないし、これからも見ないからな」

「おっと、それは困る」

 咲真は歩く速さを速め、一夏を止めるように前へ出る。

「僕はどうすればいい?」

「知らねぇよ。そんなこと」

「ふむ、アドバイズはなしか。じゃあ、僕の作戦を実演するから評価してくれ」

「は?」

そう言うなり、一夏の意見を聞かずに咲真は彼の手を握る。

「な、何するんだよ!?」

 まさか肉体的接触を図られるとは微塵も思わなかった一夏は驚いて手を振りほどく。

「いや、仲の良い二人は良く手を繋ぐと聞いたもんで」

「それは仲が良くなってから手を繋ぐんだよ! 順番が逆!」

「なんだ、そうなのか……」

 いつも表情を崩さず、ポーカーフェイスを貫く彼が目に見えて落胆したのを見て、少しばかり同情した一夏は会話を続けた。

「他には何があったんだよ」

「そうだね、腕を絡めたり、キスをしたり」

 仲良くなる作戦を列挙していく中で、自分が受けたのが一番難易度の低い内容であったことと、女子ではなく男の自分が実験体になって良かったと、一夏は恐怖にも似た安心を得た。

 初対面に近い、仲良しのなの字すら構成していない時期にそれらの接触を行った瞬間、女の子に壮絶なトラウマを植え付けてしまう。

「分かった。俺が悪かった。だから女子に触ろうとするのは止めてくれ」

「……? 良く分からないけど、君がそう助言をするのならそれに従おう」

 再び歩みを始めた二人で次に話題を振ったのは咲真。

「ところで、一夏は誰かと手を繋いだことはあるのかい?」

 いきなり下の名前で呼ばれたことに彼は苦言を呈そうとしたが、被害が自分だけに集中する分には問題ないと考え、半ば諦めに近い形で受け入れる。

「あぁ、あるよ。小さい頃だけど」

「ふ~ん。じゃあ、腕を絡めたことは?」

「それは、記憶にないな」

「そうか、じゃあキス」

「そこまで仲は進展してない!」

 ということは、と、咲真は揚げ足を取る。

「したい人はいるんだ」

「そ、それは……」

 それは咲真に告白するべき内容じゃない。と、変な返事をすれば裏を読まれてからかわれるかも知れないという様々な想いが一夏の中で葛藤して次の言葉を出せないでいると、

「らしいよ。そこの五人組さん」

 

「「「「「 え ! ? 」」」」」」

 

 廊下の角から箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラが揃って出て来た。

「みんな、いつからそこに」

「最初からだよ」

 五人の代わりに答えたのは咲真。

「わたしは、お前の監視に来た」

 ラウラが先陣を切ってから、他の四人も次々に咲真の悪口や一夏への憂いを口にする。

「へぇ、良かったね。愛されてるじゃん」

「そういうお前は嫌われてるけどな」

「そうだね。こりゃあ、一夏の言う通り当分友達は出来そうにないね」

 

     ◇

 

「あ、あの……。咲真くん?」

「はい、何でしょう。真耶先生」

「ちゃんと、先生の話も聞いてほしいなぁ、って」

「ちゃんと聞いてますよ?」

 咲真は教室に入って席に着くなりエアディスプレイを開き、赤外線キーボードを黙々と叩く。それは授業が始まってからも継続し、先述の暴動事件もあって他の生徒は怖くて何も言えず、頼りの綱の千冬も黙認すらしている。

「えっと、じゃ、じゃあ、その……。この問題を解いて欲しいなぁ、とか思ったり」

 キーを叩く手を止めずに、彼は黒番を一瞥。

「マイソール条約です」

 咲真の答えの結末を知りたいのか、クラスの意識が真耶先生に向く。

「せ、正解です」

「で、では次に……」

「面倒なんで端から答えて良いですか?」

「え……?」

 宣言通り、彼は右端の問題から順番に答え、その尽くを正解に導く。

 これには真耶先生も圧倒され、これ以降ついに彼を注意しようとする者はいなくなった。

 こういう状態が三日ほど続き、咲真は不動の孤立状態を確保することに。

 しかし、とある一人の女生徒が、腰を引きながら話しかけてきた。

「ね、ねぇ。咲真くんで、良かったかな……?」

 咲真は彼女をチラっとだけ見て、返事はしなかった。

「…………」

「…………」

 少しだけ気まずい空気が流れて彼女が退室しようとしたところで、

「勇気要ったろ」

「……え?」

「確か、二年生の黛薫子(まゆずみかおるこ)先輩ですよね」

「わたしのこと、知ってるの……?」

「いえ、そういうわけではなんですけど、一年一組以外の名前はまだ覚えてなくて、顔を参照して名簿から捜しただけです」

「そ、そうなんだぁ。びっくりしたぁ」

 無愛想で平坦な咲真と会話が続いて成立した。それだけの小さな事実ではあるが、距離を置いている生徒は二人の会話にとても興味を持っていた。

「ところで、今日はどうしたんですかわざわざ」

「いやぁ、ねぇ。ちょっと、ジャーナリストの血が騒いじゃって」

「そうですか。じゃあ、僕もテロリストの血を騒がしても良いですかね」

「それは、ちょっと、困るなぁ……」

 苦笑いをした彼女の表情を察して、咲真は素直に謝った。

「おっと、これは失礼した。きつすぎたか。冗談です」

「うん、そうだね。それは、あまり話題に出さない方がいいかもね」

「一夏にも似たようなことを言われたな。うん、善処しよう」

 話をする間も、ディスプレイから目を離さず、キーボードを忙しなく叩き続ける彼を、好奇心もあって薫子は深く覗き込んだ。

「ところでさ、何してるの?」

「ISの修理」

「へ?」

「前に六人と戦ったときに自滅覚悟でエネルギーを暴走させたからさ、動力源が壊れちゃいまして。この後ツーマンセルの模擬実践が控えてるので、それまでに直さないと」

「へぇ、ISを操縦できるだけじゃなく、修理も出来るんだ」

「だってそりゃあ、僕が造ったし」

「――え!?」

 それまで、密かに聞き耳を立てていたクラス中が一斉に驚きの声を上げ、薫子もメモの手を止めた。

「おっと、口が滑った。これは禁則事項だった」

「ちょ、ちょっとその話もう少し詳しく聞かせて!」

「残念だけどその期待には答えられないです。上の方からきつく釘を刺されておりまして」

 現在、ISを新たに造ることが出来るのは、「篠ノ之束(しのののたばね)」一人だけ。外装を、機体だけを新装することは可能なものの、肝心のISの動力源「コア」はブラックボックスに包まれており、既存のIS以外の新機体を造ることは叶わない。

 その、「ISを操縦できる男」という特別性に加え、「ISを新造することが出来る」というのは、国とって何よりも優先せざるべき事柄であり、何よりも保護しておかなければいけない人材ということである。

 それを鑑みれば、彼がここに在籍できている特例も、ある程度は納得できる。

「い、いや! 何でもいいから! ほんと! 小さな情報でも良いから!」

 ジャーナリストの血が沸騰し、抑えきれない値にまで上昇した彼女は、咲真すら引くレベルで迫る。

「え、えっと、そうだな……」

「うんうん!」

「修理とは言っても、僕の知識と技術じゃ元に戻すことは出来ないです」

 咲真のISの動力源に用いているコアは、「極星閃晶」と呼ばれる、惑星一つが爆発する際の莫大なエネルギーが詰め込まれている未解明の、地球には存在しない代物。

 外見は球状のクリスタルで、常に青白く発光している。比較的目を奪われるほどのミステリアスな雰囲気を放っているが、その実、内部では先述したビックバンすら軽く起こせるほどの未知のエネルギーが常に渦巻いている。

 意図的に安定はさせておらず、ある程度不安定な状態を保つことで、いつでもエネルギーを放出できるようにしてあるが、その具体的な基本構造は咲真本人ですら把握していない。しかし同時に、咲真は唯一の「取り扱いの仕方」を知っている人物なので、間違った手順や工程を踏まなければ危険はない。

「こ、壊れたって言ってたけど、だ、大丈夫なの」

「大丈夫ですよ。外装は中身の影響を受けて硬質化してるから、今の地球上で外装を破れる武器は存在しません。それに、壊れたのはエネルギーをISに供給する機関だから、動力源自体に影響はないです」

「……暴発の危険は?」

「はい、問題ないです。だから僕の手元にあるんです」

 国に預けていたら、好奇心旺盛な科学者たちに弄られて暴走・暴発するのが目に見えているから、国も安全のために彼に持たせている。

「でも、肝心なのはそこじゃないんですよ」

 咲真の機体「白天」は、通常のISに使われる素材を用いておらず、エネルギー伝達率が高い未発見の鉱物から構成されている。そのため、予備を確保することが難しく、代替や交換が利かない。

 だから、機体を小型化させて、不要なパーツから引っ張って、無駄な箇所を削って、装甲を薄くすることしか、今のところ修理する手段がない。

 それに伴い、壊れれば壊れるほど、欠ければ欠けるほど、コアから供給されるエネルギーが少なくなり、全体の出力が低下する。

「よし、終わった」

「どう? 良い感じ?」

「駄目ですね。近似値に近付けただけです。まぁそれでも、戦闘に差し支えはないので別に良いんですけどね」

 予鈴が鳴ったのを見計らって、咲真はディスプレイを畳み、席を立つ。

「ほら、先輩だって次は授業でしょ?」

「そ、そうね。今日はありがとう。良い話を聞けたわ。直ぐに記事にするから、期待して」

「僕の体裁も考慮して下さいよ」

「分かってるわよ。捏造をしなくても十分面白い記事が欠けそうだし、無用な手は加えないわ。……それと、また明日も伺って良い?」

「えぇ、勿論。どうぞ。その方が僕にも益がありますし」

 

     ◇

 

「遅いぞ、咲真」

 ISの模擬実践のために、一年一組はアリーナに集まっていた。そこでまたも、一夏を道連れに咲真は遅刻をした。

「今度は、『遅刻をしてみたかった』とかいう下らない理由じゃないだろうな」

「千冬姉、今度はちゃんとした理由があって」

「織斑先生と呼べ」

 いつものやり取りを終えた後で、咲真の弁明が始まる。

「このISスーツっていうの、とても着辛いですね。ひっかかったりして苦労しました」

「ひっかかった……」

「山田先生」

「ひゃい! すみません!」

 あらぬ妄想をした彼女を、千冬先生は小さく叱った。

「よし。それではこれより、ISの模擬戦闘訓練を始める」

 遅れた男子二名が列に加わってから、専用機持ち六名が前へ出される。

「並ぶ必要あった?」

「静かにしてろ。怒られるぞ」

 私語が聞こえたのか、千冬がゴホっと咳払い。

「今回はお前たち専用機持ち同士でタッグを組んでもらう。各自好きな相手と組んでくれ」

「織斑先生、質問が一つ」

 一人だけ挙手したのは咲真。

「嫌われ者の僕は誰とコンビを組めばいいでしょうか。率先して僕を選んでくれる人はいないと思うんですが」

 それも想像の範囲内と、千冬は一つの妥協案を提示する。

「あぁ、だからお前が選べ。どの道三人が余るんだ。大した問題ではない」

 他の五人は不満があるような、納得できるような出来ないような微妙な顔をしながらも、千冬が提案したこともあって仕方ないしに受け入れた。

「ふん。教官がいうのなら従うしかないか」

「それで、お前は誰を選ぶ」

「セシリアで」

「えぇ!?」

 思考する間もなく、即答で選ばれたことで彼女は戸惑う。

「な、何故わたくしなんですの!?」

「相性が良いから」

「あの、意味が分からないのですけれど……」

 襲撃時の一戦では、セシリアは十八番の遠距離も、奇襲に近い近距離も大した成果を上げられずに完封。相性が良い悪い以前の問題ではなく、実力の差が開き過ぎている。

「はぁ、どうしてわたくしだけがこんな目に」

「そう気を落とすなよ、セシリア。今回は敵同士じゃない分良いじゃないか」

「確かに一夏さんの言う通りなのですけれど」

 嫌いな相手との共闘は正直気が進まない。

 でも、監視として咲真と四六時中同行しなくてはいけない彼にそんな愚痴は口に出来ないと、彼女は本音を呑みこんだ。

「それではお前たち、準備しろ」

 咲真とセシリアは西側に、シャルロットとラウラが東側へ待機し、軽い作戦会議を済ませた後、

「模擬実践、開始!」

戦いのゴングが鳴る。

「よう、ラウラ」

「何だ。気安く話しかけるな」

「まぁ、そう言うなって。あの頃以来だなって思ってよ」

「何だ?」

「いや、ほら。だってあれだぞ? 合法的に俺にリベンジ出来るチャンスなんだぞ」

「ほう。お前、分かってるじゃないか」

「さっさと来いよ。二連覇達成だ」

「後悔するなよ」

「ラウラ、援護するね」

「あぁ、任せた」

 前衛の咲真とラウラが同タイミングで突撃。後衛のセシリア、シャルロットの援護射撃合戦の元、拳を交える。

「食らえ!」

 彼女が振り上げたプラズマ手刀を、咲真は素手で受け止めた。

「バカな!? 固定化したエネルギー兵器だぞ!!」

「あぁ、大好物だ」

 通常、ISの武装は持ち主の意思で展開・格納する。機体をハッキングされでもしない限りは搭乗者の意に反した動きはしないはずなのだが、

「おい! どういうことだ!」

 ラウラのプラズマ手刀は、彼女に刃を向けた。

「貴様! 何をした!」

「さぁ、何だろう」

 しかし、片腕を掴まれているため、逃げることは許されない。

「ラウラ!」

「邪魔はさせませんわよ!」

 シャルロットの援護も、射撃能力に優れたセシリアの前では尽く撃ち落とされてしまい期待できない。

「ならば」

 両肩にそびえる二門のレールカノンの砲身を、横に倒す。

 至近距離でリーチの長い武器が頭を下げるとなれば、砲口は咲真の目の前に落ちる。

「えっと、マジ?」

「この距離なら、止められはしない!」

 実弾の、圧倒的破壊力を有する二つの物理砲弾を、ゼロ距離射撃の接射で放たれれば、どんな機体でさえ無事では済まない。ISのエネルギー以前に機体が壊れる。

腕一本を犠牲にして勝利が得られるのなら、安い代償と、砲身は熱を持った。

「今だ!」

 シャルロットの機体「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ」は、拡張領域を既存機の二倍にまで増設しており、追加した武装の数だけで二十は超える。

 豊富な武装に加え、彼女自身の技術「高速切替」により遠近を問わない戦いを繰り広げられる。

 相方が主導権を握ろうとしたのを確認して、シャルロットは射撃戦を放棄。

 懐が甘いセシリアの懐へと潜り込んだ。

「ごめんね、セシリア。僕も負けるのは嫌なんだ」

 弾幕を突破し、近接ブレードに持ち換えた彼女を、

「うわッ!?」

 背後から青いレーザーが襲った。

「そんな、何で!?」

 ブルー・ティアーズ六基は、主人を護るようにセシリアの元へ戻っている。

 まさか新兵装か! と、後ろを確認した彼女を、

「隙だらけですわ!」

「しまった!」

 レーザーライフルが撃ち抜く。

「よそ見している場合ではないぞ」

 一方、地上ではセシリアの安否を気にしていた咲真がピンチに立たされていた。

「ちょっと、離しちゃくれないか?」

「ふん、断る」

 砲弾が放たれた瞬間、白天の翼は大きく発光。咲真とラウラの間の空気が弾け、二人を引き離す。

 その際に、咲真は直撃寸前だった砲弾を逸らし、無傷で済ませる。

「くそ、何だ今のは。シャルロット、無事か」

「う、うん。危なかったけど、なんとか」

 得意の高速切替で実体シールド二枚、エネルギーシールド二枚の防御パッケージ「ガーデン・カーテン」を盾にしたお陰で、シャルロットは大きな損害を避けられた。

「あっぶね。冷や汗かいた」

「あの、助けて下さいましてありがとうございました」

「気にすんな。仮にもパートナーだ。お前が離脱しちゃ困る」

 さて、と。咲真とラウラは頭を働かす。

 戦いは一旦振り出しに戻り、お互いの戦法もある程度把握できた。

「セシリアは徹頭徹尾射撃に専念」

 遠近両用と戦えるシャルロットにセシリアを一対一でぶつけるのはあまり得策ではない。

「二人の相手は俺に任せろ」

 なので、以前、六人を相手に相打ちで無双を果たした咲真が、先陣を切る。

「シャルロット。わたしに考えがある。咲真のISはどういうわけかエネルギー兵装を操る。加えて、襲撃時にお前が受けたとされる『動けなくさせる兵装』も積んでいる可能性がある」

 だから、なるべく接近戦は避け、エネルギー兵装ではなく実弾を中心に使う。

 近接距離での戦いを避けるため、シャルロットが砂漠の逃げ水で付かず離れずに距離を保ちつつ、隙を見て大技を叩き込む。

「セシリアはどうするの」

「それは――」

 彼女たちの作戦会議は、

「さぁ、続きと行こうか」

 咲真の襲撃によって中断。

「シャルロット! さっきの通りだ! 近付けさせるな!」

「了解!」

 ありったけの、数撃って当たればラッキーと言わんばかりの数の銃弾を、彼女は放った。

「お前の相手はわたしだ!」

 咲真の上を飛び越えて、セシリアへ奇襲を仕掛けようとしたラウラは、

「おっとそれは困る」

 不可視の斥力によって地面へと叩きつけられ、シャルロットの足元へと転がる。

「一体なんなんだあの力は」

「立ってラウラ!」

 セシリアの射撃の効果も勿論だが、弾幕を突破する咲真の動きが不規則で変則的過ぎた。

 直進したかと思えば後退し、横へ移動したかと思えば急停止。前兆も予備動作もなく、縦横無尽に飛び回り、駆け回る咲真には、一発の銃弾すら掠りもしない。

 おまけに、エネルギー兵装操作能力を使って、セシリアの外れたレーザーを球状に纏め、まるで衛星のように時機の周囲を一定のルートを巡回させているので、間を縫って狙撃させなければならない。

「わたくし、咲真さんを助けた方がよろしいのかしら……」

 ラウラ組から見れば、懐に入られないように弾幕を絶え間なく展開し、チャンスを待つしかない。しかし、咲真組から見れば、銃弾の壁に阻まれて思うように進撃できない。

 動かない戦況をどちらかへ傾けるには、一発の変化を入れる必要がある。

 セシリアは、予め白天の能力を説明されていた。

 白天の翼は、ISの基本システム「PIC」を独自に発展させたエネルギー拡散制御装置。動力源から供給されるエネルギーを時機の周りに分布し、空間に圧力を加えることで機体制御を行う。拡散可能領域は上下左右を問わず機体周辺の円球状五十メートル。BT兵器などのエネルギー系統の武装や攻撃、射撃ていどなら意識を傾けなくても簡単に制御下に置くことが出来る。

 レーザー兵器を主体とした相手なら一方的に封殺し、味方なら軌道を自由自在に操って変幻自在の運用が可能。咲真が言っていた「相性が良い」というのはこのこと。

「今なら、シャルロットさんとラウラさんは咲真さんに集中している……」

 咲真への援護射撃を継続しながら、近接戦用のショートブレード「インターセプター」を片手に、銃撃戦の中へ単騎突撃。

「え、セシリア!? いつの間に!」

 彼女のアドリブに、シャルロットとラウラは一瞬度肝を抜かされるが、咲真は即興で息を合わせた。

「セシリア。離れるなよ」

「えぇ、了解ですわ!」

 彼女を背後に追従させ、周回させていたレーザーの塊をブレード状に形態変換。

 ラウラのプラズマ手刀と刃を交える。

「よし、今だセシリア」

 彼の頭上から、ライフルを構えたセシリアが顔を出し、引き金へ指をかけた。

「そうはさせないよ!」

 案の定シャルロットが邪魔をしようとしてきたが、ブルー・ティアーズ二基から発射されたミサイルがそれを阻む。

「効かないよ!」

「知ってる」

 ミサイルを防ぎきったシャルロットが防御を解いたタイミングで、咲真は予め背後に忍ばせていたラウラのレールカノンの砲弾を放り投げた。

「うわ――ッ」

「シャルロット!」

「人の心配をしている場合ではなくてよ!」

 目を逸らしたラウラの眉間へ、

「しま――」

 セシリアの一撃が決まり、

「以上、そこまで! 試合終了!」

 ツーマンセルの模擬実践は咲真とセシリア組の勝利となった。

「やったぜ」

「えぇ、やりましたわ」

「――あ?」

「どうしましたの、咲真さん」

 シャルロットとラウラは互いに励まし合い、咲真とセシリアは勝利の喜びを分かち合う最中、

「なぁ、織斑先生」

「なんだ」

 咲真は惹かれるように蒼穹を仰ぐ。

「このアリーナって、エネルギーシールドで囲まれてるんですよね」

 以前の反省から、IS学園はところどころの施設にIS機侵入防止用のバリアーを張っている。現技術では最新のISのエネルギーシルドを流用しているため、ISの攻撃には難があるが、防衛部隊到着までの時間を稼ぐくらいはわけない。

「それの強度って、どのくらいですか」

「そうだな。ISの断続的な攻撃ならともかく、通常兵器ではまず壊せない。それがどうかしたか」

「なるほど。それでしたら、早く皆さんを避難させて下さい」

「あの、咲真くん……? 一体何を言って――」

「早く!」

 次の瞬間、アリーナの天井を打ち破って、黒い何かが落下してきた。

「全員退避しろ! 織斑、篠ノ之、鈴は奴を抑え込め! 被害を拡大させるな! 残りの専用機持ちは生徒の避難を誘導!」

「いいえ、その必要はないみたいです」

 砂煙の中から姿を現したのは、獅子に似た黒い、IS反応を発する四足の獣。

「狙いは俺のようですから」

 視線を向ける先は、優神咲真一人。

「まさか、獣型の無人機だと――ッ!?」

「そんなの今はどうでもいいです。終わった後に好きに解体して下さい」

 相手の体勢が整う前に、咲真は獣の顎を掴んで反対側の観客席まで投げ飛ばした。

「まったく。様式美か、通過儀礼か。イベントが敵襲で頻繁に中止されるのに、今度は授業すらまともに受けられないのかよ。――おい、俺は本当は犬派なんだけど、今回だけは特別にじゃれ合ってやる」

 

     ◇

 

 咲真だけが狙われているのは、生徒を避難する側からすれば好都合。

 邪魔なく、危険なく安全に移動できるからだ。

 それを分かっているから、咲真も避難経路から遠い場所で時間稼ぎを始めた。

「山田先生、避難の状況は!」

「まだ、布仏さんがいません!」

「なんだと!? どこにいる!」

 その会話を偶然耳にした咲真は赤外線スキャンでアリーナ内を探してみた。

 すると、瓦礫の陰にうずくまっているように人影の反応が一つ。

 獣を瓦礫の下敷きにして動けなくしてから、救出に向かった。

「お、いたいた。確か、布仏本音さんだっけ」

 よほど怖かったのか、言葉を発しないものの、首を縦に振って肯定。

 抱きかかえるなり、外へ運ぼうとしたのだが、

「おい、これはどういうことだ……?」

 まるで閉じ込めるように、アリーナのエネルギーシルドが再構成されていた。

 おまけに、外部との通信も遮断されている。

 けど、それほどまずい状況でもない。敵を壊せば、それで済むのだから。

「本音さん。今からちょっと選び辛い質問をするんだけど、必ずどっちか選んで」

 一つ、戦いの余波が及ばないように、怪我をしないように、アリーナの隅に隠れている。

 二つ、咲真に抱きかかえられながら戦うか。

 前者は、一定の安全が確保されているものの、五十メートルを離れれば咲真のフォローは届かない。

 後者は常に危険が付きまとうものの、動力源の直近に位置することになるため、被害は及びにくい。

 彼女は一人のなるのが嫌らしく、一緒にいることを選んだ。

「そうか。分かった。じゃあ、なるべく早く終わらせるか」

 咲真は左側に彼女を抱きかかえ、右手の人差指と中指をピッと立てる。

「極晶憑臨」

 胸部の動力源に高負荷を与え、通常よりも大量のエネルギーを誘発。

 右手部の極星閃晶へ渡し、PICの機能を増大。

 大気に圧力を加え、基準点と指向性を、立てた指に纏う。

 そして、

「断空」

 下から上へ、真っ直ぐに振り上げる。

 凝縮された空気は、描いた直線上に沿って、亀裂を地面とアリーナに入れた。

 地面にはまるで地割れでも起きたかのような深い溝が刻まれており、アリーナに至っては完全に分断されてしまっている。

「おいおいおいおい。嘘だろ……」

 そんな、受けたら即死即壊必須の一撃が直撃して尚、獣は平然と立ち上がった。

 しかも、傷という傷は見受けられない。

「まさか、俺と同じ……!?」

 マグラグラム。白天のエネルギー供給部に使われている鉱物。その最大の特徴は、エネルギー効率が良いこと。純度が高ければ高いほど、全体のマグラグラムの比率が高いほど、エネルギーを運ぶ・エネルギーを透過する能力が高くなる。

 無傷。ということは、獣型ISの機体・装甲に使われているのは純度百パーセントのマグラグラム。レーザー類、エネルギー系統の攻撃は一切通用しない。

「これは、ちょっとまずいかな」

 白天には、PICの機能を増大する目的で組み込まれている極星閃晶以外の武装は積まれていない。これだけで飛行・攻撃・防御の全てを、武装の切替とタイムラグなしでいつでもオールラウンドに賄えることが出来るからだ。

 しかし、それが欠点となった。その一手が効かないとなると、もはや殴る蹴るの原始的な手段しか残されていない。

 しかも、更に追い打ちをかけるように、

「あ、やべ!」

 プシューっと翼と、胸部と手部の極星閃晶が音と蒸気を上げながら、ゆっくりと地面に降りる。

「これは、かなり不味いことになった」

 極星閃晶に高負荷をかけた影響で、暴発を防ぐために機体が冷却期間に入ったのだ。

 約一分間は無防備になり、ISの機能は何も使えなくなる。

 出来ることはといえば、物理的に動かすことくらい。

「ごめん、本音さん。ちょっと怖い思いをさせることになるけど、少しだけ我慢して」

 それでも、相手は都合よく待ってはくれない。

 襲いかかってきた獣の頬を、咲真は殴りつける。

「あぁ、もう! しつこいな!」

 僅かでも時間を稼ぐために、なるべく長くバックステップを踏み、なるべく獣を遠くへ投げ飛ばす。

「よし! 戻った!」

 ISのアシスト機能と、PICを使った後押しで、殴る。

 けれど、直前で反発し合い、当たらない。

「なんだよこいつ。完璧に俺対策してきやがって」

 咲真は気付く。獣の動力源に使われているコアもまた、極星閃晶だということに。

 彼が打ち込んだPICの斥力の分だけ、同じ量の力をぶつけてきたのだ。

 つまり、打撃も通用しなくなった。

「あぁ、くそ。また、これしかないのか」

 腕で包んでいた本音を降ろすと、左手の極星閃晶を取り外し、彼女に預けた。

「これ、もっとけ。無事に帰りたいなら絶対に離すなよ」

「さ、咲真くんは……」

「心配すんな。簡単にはくたばらねぇよ」

 右手の極星閃晶が光を放つ。それは、負荷が加わりエネルギーを放出している証拠。

 獣が駆け、食らおうと開けた大口に、

「よしよし、良い子だ」

 咲真は殴る要領で右腕を突っ込んだ。

「良いか? 絶対に、離すなよ――ッ!」

 そして、相打ちではなく自滅覚悟で、エネルギーの制御を放棄した右手の極星閃晶は、星一つを破壊するほどの威力で爆発。

 した刹那、胸部の極星閃晶が起動。爆風と余波を包み、極限にまで圧縮。

 それでも、アリーナ丸々一つが全壊するほどの破壊は免れなかった。

「あぁ、ちきしょう……。これは思った以上に負担が大きいな――」

 本音の無事を確認した後、

「よう、元気か……」

「う、うん。でも咲真くん……腕が――」

「あぁ、良かった」

 電源が落ちるように、彼の意識は途切れた。

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