IS〈インフィニット・ストラトス〉~白天黒鎧~ 作:孤独の空
千冬と真耶は、咲真が持ち帰ったコアの解析を進めていた。
厳格な空気が流れる中、それを壊すように部屋の扉が開かれ、光が入る。
「やぁ、順調ですか。織斑先生、山田先生」
「え! 咲真くん!?」
生徒に存在を公表していない、入室経路すら載せていないこの部屋に飄々と侵入した彼に真耶は声を大げさに上げるが、千冬は彼の傍若無人っぷりを知っているのもあって、諦めと呆れに近い表情でため息を吐いた。
「で、お前は何をしに来た」
「いえ、単純に作業の進み具合を確認しにきただけです」
二人の横に、まるで正規のメンバーのように咲真が着く。
「僕の見立てではこれ、ちゃんとしたISのコアではないですよね」
ISのコアを造ることができるのは、咲真を除けば束のみ。白天は莫大なエネルギーが籠った結晶からエネルギーを供給することで機能している特別性なので、ここでは割愛する。
「え、えぇ。そうです。分かりやすく言うのなら、これは受信機です」
コアの正体は、遠方から送られてくるシグナル・信号・命令をキャッチし、機体に伝達する役割を持つ只の中継機関。人体で言えば脳の部位に当たる部分であり、心臓部であるコアとは「ISを動かす」という結果は同じでも中身は完全に別物。
「ですが、不明な点もあります」
これには命令を受信する機能しか備わっておらず、肝心の機体を動かす機能はない。
つまり、これだけでは動力源として成立しない。
「咲真くん、他に目ぼしいものはなかったですか」
「いえ、なかったですね。あのときに手に取ったのはコアと機体と肉塊ですし、スキャニングもしたので確認漏れもありませんし、全部持って帰りました」
「おい待て。肉塊ってなんだ。わたしは聞いていないぞ」
「いえ、だって、確実に発禁ものですし、あの状態のまま運べるわけないですよ」
事実、あの場に居た咲真以外の者が、吐き気を催すなど気分を害した。
なので咲真はみんなに気を遣って学園に持ってくる前に中身を洗浄した。
「それでもだ。いいから話せ」
どれだけ柔らかい表現を使って遠まわしに念を押しても、千冬は一向に「わたしは構わない」という姿勢を崩さない。
ついに咲真は折れてありのままを赤裸々に話すと、案の定、真耶は口を押さえながら退席した。
「その他に、女は何か言ってなかったか」
「そうですねぇ。『中に人がいなきゃ起動しない』とかは言ってましたけど」
「……それだよ」
「いやいや、何を言ってるんですか」
元々ISはパワードスーツ型の兵器。人が搭乗しなければ意味がないと主張する彼に、千冬は真っ向から反論する。
「じゃあ、お前のISはどう説明する」
確かに、白天は咲真の意思一つで、命令一つで遠隔操作できるが、それは咲真製の特別品であるがゆえ。既存のものと比較してはならない。
「すまない。例えが悪かったな」
ISは、人が乗らなくても最低限起動はする。そうでなければ、待機形態から即装着という芸当は出来ない。
「あの女は確かにそう言ったんだな」
「僕が聞いていたんです。間違いありません」
咲真はスモーキーズの待機形態を見ておらず、回収した機体にもそれらしき機能が見受けられない。登場時には既に人を乗せて動いていた。
だとすればすることは一つ。問題は誰が実験台になるか。
「咲真、遠慮しなくていいんだぞ」
「ははは。何を仰いますか。こういうのは先生のお仕事ではないですか」
お互いに自身の保身に精いっぱいになっているときに限って、
「はぁ、少しは落ち着きました……」
真耶がタイミング良く帰って来た。
お陰で、
「お、これは丁度良いところに来たな。山田先生」
「ぜひ先生にやってもらいたいことが御座いまして」
「え……!?」
逃げようとする彼女を千冬が制し、抵抗する彼女を咲真がISまで連れて下半身に装着させる。事前の打合せも、口裏を合わせることもなく、始まりから終わりまでスムーズに進行した。
「こ、これって血とか肉とか骨とかが詰まってたものですよね!? 死んだ人が入ってた中身ですよね」
「大丈夫ですよ山田先生。僕がきちんとナノレベルまで汚れは落としておきましたから」
「そういう問題じゃありませんー!」
彼女の抵抗も虚しく、スモーキーズの下半身は電源を入れられた。
しかし、二人の思惑通りの結果にはならなかった。
「あれ、何も起こらない。おかしいな。予想が合ってれば人を入れれば動くはずなんだけどな」
「ほら! ほら! もう分かったでしょう! だから早く外して下さいー!」
二人の予想では、受信機として回収したコアが命令を受け取り、搭乗者の生体エネルギーを動力にして機体を動かす。そう解釈しなければ機体が動く道理に納得がいかない。
「咲真、外してやれ」
「はいはい~」
「返事は一度で良い」
彼がISを外そうとした瞬間、
「うお!?」
真耶のつま先が咲真の前髪を掠める。
「山田先生!?」
「ち、違うんです! 脚が勝手に……!」
二撃目を、腕部展開した白天で受け止めた咲真は、結果が立証されて用済みになった下半身を、中の真耶の脚を傷つけずに装甲だけをPICでプレスした。
「ふぅ、これで大人しくなったかな」
「うぅ、ごめんなさい」
「何故、山田先生が謝るんです?」
「分かってるなら最初からしないで下さいよぅ!」
泣きじゃくる彼女を余所に、咲真と千冬の予想は確証へと昇華した。
「これはまずいことになったな」
相手の目的は不明。構成員も判明していおらず、人数も定かではない。おまけに、ISと互角以上の戦闘力を持つ、搭乗者を選ばない兵器を所持している。
一番厄介な点は、もし敵組織が機体を造る技術を個人で確立していたら、だ。準備さえ整ってしまえば、簡単に戦争が起きてしまう。
「山田先生」
「は、はい!」
「引き続きコアの解析をお願いしたい」
「特に、信号がどこから送られたかを重点的に」
千冬は、あまり見たことがない、積極的に首を突っ込む彼に怪訝な目を向ける。
「え、何ですか」
「何が目的だ」
「前にも言いませんでしたっけ」
咲真が学園に来た理由は、「青春を謳歌する」こと。その邪魔をする者がいれば、当然ながら黙って指をくわえているはずがない。それに襲われるのは初めてではない。最初は授業中に襲われ、今回は街中で白昼堂々と宣戦布告を受けた。
思えば初回時にきちっと動いていれば良かったと、咲真は後悔している。
きちんと手を打っていれば、少なくとも二回目の襲撃は防げたかも知れない。
「大丈夫ですよ。織斑先生が考えていることにはなりません」
千冬が危惧している最悪の事態。それは咲真が敵側のスパイだということ。
「あぁ、だと良いがな」
◇
朝一で教室に入った咲真を出迎えたのは、珍しく眉間にしわを寄せて怒った本音だった。
「どうしたんだ、そんな顔して」
「どうしたじゃないでしょ~?」
いつもの雰囲気を大切にしながら、さりげなく「怒っている」というオーラも同時に表現するという、何気に難しい技法を使いながら彼の頬を引っ張る。
「優っくんに学園まで連れ戻された後、わたしを置き去りにしたでしょう」
「あ……」
そういえばと、咲真は自分の罪を認めた。言い訳も弁明もなく、普通に忘れていた。
「その、なんだ。すまん」
「ふふ~ん。どうしようかなぁ」
「今度埋め合わせするから」
「……本当?」
彼女の表情に変化があったのを、咲真は見逃さなかった。
「ほら、あのとき喫茶店で話した新しいスイーツバイキングのお店。次の休みはそこへ行こう。それに一昨日は俺の服を買ってもらったし、今度は俺が選ぶよ」
もちろん、全部奢りで。
「ほんとう!?」
この破格の提案に、本音は瞳を輝かせた。
しかし、この会話を教室でしたのがいけなかった。
根も葉もない噂が大好きな近所のおば様レベルの聴覚で、これを聞いていた、一夏ぞっこん組以外の女生徒が群がるように集まって来た。
「え!? 優神くん本音ちゃんとデートしたの!?」
「や、デートっていうわけでは……」
咲真は特に考えないで苦し紛れにそう答えたのだが、何故か本音は再び不機嫌に。
しかし、それを気にかける時間はなかった。
「いいなぁいいなぁ! ねぇ、今度はわたしとお出かけしよう!」
「あ、ずっるーい! わたしが先に話しかけたのに」
「ちょっとちょっとぉ! 抜け駆けは禁止よ!」
押されるように流されるように埋もれるように、咲真と本音の距離は段々離れていく。
最早それは一夏の一言だけでは治まらない一種の騒動にまで発展してしまい、隣のクラスから野次馬まで現れる始末。
「(これはちょっと、面倒臭いな)」
熱気に当てられ、悪い癖で非情モードに入ってしまった咲真は、最悪ISを使って強引にでも鎮圧しようかとタイミングを図っていたが、そこへ群れのボスが堂々参戦。
「おい、お前たち」
千冬のドスの利いた威嚇ともとれる声に、関係のない生徒まで凍った。
「うるさいぞ。迷惑だ。さっさと席に戻れ」
怒鳴るまでもなく、一喝するまでもなく、彼女は蛇のように睨みつけるだけでその場を制した。まるで蛙を睨む蛇のようだと、野兎に狙いを定める猛禽類のようだと、戦々恐々。
「よし、席に着いたな。それでは、授業を始める前に、咲真」
「え?」
不意打ちに名指しで呼ばれて、何かしでかしたのかと勘繰る。
「親が危篤だ」
その宣告に、クラスがざわついた。
咲真も、表情を硬くさせる。
でもそれはまた別の理由。咲真に両親はいない。「親の危篤」とは、二人の間で予め決めた、秘密裏の非常事態が起こった際に、咲真を緊急招集させるためのキーワード。
「至急、この後職員室に来るように」
「はい、了解です」
ホームルームが終わり、咲真が通されたのは職員室ではなく、コアを保管している例の隠し部屋。
「なんですか。一生のお願いをこんな簡単に使っちゃって」
「お前には今日一日、街中を散策してもらう」
「えぇっとつまり、僕に餌になれと……?」
「まぁ、そんなところだ」
これは、千冬の彼に対する当てつけであると同時に、実力を高く買って信頼していることを示している。
「でも、別に僕を街中に放り出さなくてもいいじゃないですか」
「何を言っている」
前に一夏が狙われたとき、学園のイベント中に幾度も乱入・侵入された。更に咲真が入学し、次に彼に狙いが向いたときにも、授業中というのに構わず派手に襲撃され、学園の施設・資産的な意味でも大打撃を受けた。
「ほほう、つまり学園の被害を外に向けるためと、そういうわけですね」
「うるさい。こっちも毎度毎度破壊されては採算が合わん」
上には「咲真の行動の幅を見極めるため」という建前で説明して許可を貰っている。
「もちろんいつも通りお前の行動は逐一政府の人間が見張っている」
「うわぁ。そんな予感はしてたけど、直に聞くとやっぱ萎えるなぁ」
咲真が手渡されたのは、携帯型のデバイスと小型のイヤホン。
「何かあったら言え。必要ないだろうが、直ぐに駆けつける」
「わぁお。それは心強い。もしかしたら白天の出番はないかも知れませんね」
「あぁ、そうなれば良いんだがな」
◇
学園から送り出された咲真は、街に着くなり手渡されたデバイスを額に当て、イヤホンを口に放り投げて噛み砕いて咀嚼した後、用済みと言わんばかりに携帯をごみ箱に捨てた。
「あー。あー。聞こえるー? 見えるー?」
咲真の網膜にディスプレイが表示され、頭には直接声が響く。
『おい、どうした咲真』
「いえ、只のテストです」
そう、これはテスト。学園の監視カメラにハッキングをした彼が、自由にカメラの映像を覗けるかを試したテスト。
機能を切り替えれば、音声込みで好きな箇所の映像を流したり、サーモグラフィーなど、元のカメラにはなかった機能まで使うことが出来る。
「ん?」
『どうした。またテストなどというふざけた内容ではないことを祈るが』
「あぁ、いえ。引っかかりましたよ」
『なに!?』
「案外簡単でしたね」
人通りが多いメインストリートを歩く彼の後ろ約四十メートル付近の建物の影に、赤外線スキャンの外見情報から判断して長髪の女性が咲真の動きを窺うように隠れている。
「このまま路地裏まで誘導しますね」
『待て咲真。まずは――』
突然、ノイズが鳴って砂嵐が流れ、眼球の前の映像が途絶えた。
「あれ……?」
余計な横槍を入れられるのを嫌った彼は、元から一方的に通信を切るつもりだったので、通信が途切れたことに対してあまり興味を持たなかった。
「さて、どこから来るかな」
廃倉庫のど真ん中で待ち構える咲真は、神経を張り詰める。
瞬き一つほどの刹那でISを展開できるようにトリガーに指をかけ、展開と同時に全方位に瞬時にPICを広げられるように集中する。
「(さぁ、どこからでも来い)」
足音が近づき、気配が近づき、相手が姿を現したのは、堂々と真正面から。
「はぁ、しっかりバレてんじゃねぇか。やっぱ俺に尾行なんてのは似合ねぇよなぁ。しかも、代表候補生でもない子供に俺が寄こされるなんてよぅ。ったく、あの女。クライアントだからってこんなチンケな依頼を寄こしやがって。次会ったらぶっ殺してやる」
愚痴を溢して、毒を吐いて、整った顔をしている彼女は、残念にも酷く不機嫌そうな表情で美貌を台無しにしていた。
「あぁ、何だ。お前か。がっかりだよ」
対する咲真も、同じく憎まれ口を叩く。
「あぁん? お前、俺を知ってるのか?」
「知ってるも何も、あんたの素性はこの中だ」
コンコンと、彼は自分の頭を指さす。
「えぇっと、確かなんだっけ。IS装備開発企業の渉外担当『巻髪礼子(まきがみれいこ)』? 亡国機業のオータム? んで、どっちで呼んで欲しい?」
「ほう……」
想像以上に咲真が出来る人物だと判断したのか、投げ遣りだった彼女の表情が一変。
活気に満ちた顔つきに。
「てめぇ、何者だ?」
「さぁ、何者でもないよ。それでも知りたいんなら、白天を奪った後に好きなだけ調べれば? まぁ、出来ればの仮定論だけど」
「なんだよ。そんな簡単な条件で良いのかよ」
「簡単なんかじゃないよ。特に、生徒会長の楯無に勝てなかったあんたが俺に勝てるなんて道理はないんだから、今のうちにさっさとUターンしなさい」
「おい、クソガキ」
彼女の表情が、また変わる。活力に満ちた活き活きした顔立ちではなく、怒気に歪ませた形相に。
「どうやら俺に殺されたいみたいだな」
「あんたに殺せるわけないだろ。所詮、噛ませ犬の雑魚モブキャラなんかにさ」
彼女の怒りの度合いを表すかのように、一陣の強風と共にISが展開・装着される。
オータムの専用機「アラクネ」。亡国機業は以前、各国の軍事用ISを強奪していた時期があった。彼女の機体も、専用機と謳っていながらその実どこかの国から奪った盗品。
伝承に登場する化け物、蜘蛛の下半身を持つ女性の姿で描かれる同名のアラクネをモチーフにしている通り、蜘蛛型の下腹部に八本の脚を備えている。
「うっわ。また虫かよ。そろそろ嫌いになりそうだ」
白天を着た咲真は片腕のPICでオータムの弾丸を受け止めながら、徒歩で距離を詰める。
「嘗めんじゃねぇぞこんのクソガキがァ!」
やけくそ気味に、彼女は更に大量の銃火器を取り出して攻撃を続けるが、片腕の極星閃晶を丸ごと一つ行使している白天に、鉛弾数千発ていどの重量など肩こりの原因にすらならない。
「ならこいつはどうだァ!」
次に取り出したのは、三脚で設置して初めて銃身を安定させることの出来る、人が使うことを想定していない巨大なロケットランチャー。
ISであればそれすら軽々と持ち上げることは計算上では可能だが、まさかそれを実戦で持ってくるとは咲真は思わなかったので、驚きで目を見開いた。
「粉々になりなァ!」
そして当然ながら、そんな規格外の爆弾が起爆でもしたら、甚大な被害を齎しかねない。
それを知ってか知らずか、オータムは躊躇なく引き金を引いた。
「おいおい。ふざけんなよ」
結論として、被害は倉庫にすら及ばずに最小限に抑えられ、咲真も無傷で済んだ。
過程として、咲真は従えていた弾丸を一か所に纏めてオータムのロケットにぶつけ、発生した爆風と熱風をもう一方のPICで閉じ込めた。
「もうちょっと周りを考えて戦え」
咲真は手中の爆風を解放し、倉庫の粉塵を巻きあげた。
「くそ! どこに行きやがった!」
視界が真っ白になり、ISの補助がなければ満足に見ることが出来ない彼女の正面から、
「ほら、来てやったぞ」
咲真は近づき、脚を一本掴む。
そのままぬいぐるみを投げるように無造作に投げ飛ばした。
「ハッ! こんなもんでこのオータム様が――」
「はいはい。ここはちょっと広いから次行こうね」
空中で体勢を整え、持ち堪えた彼女を、咲真が渾身の飛び蹴りを入れる。
倉庫の壁を貫通してなお、アラクネは雑居ビルのコンクリートまでを突き破った。
オータムが着いた先はレストランの厨房だったようで、営業中に外壁を破って八本脚の機械が登場したのだから大パニックは必然。
叫び声をあげながら、職員たちは避難をした。
「おっと、やべぇ。俺も人のこと言えねぇな」
彼女を追って来た咲真に、オータムは怒りに任せて発砲。
「チクショウがァッ!」
けれど、八本脚の発口から放たれたのはレーザー。
重量が皆無に等しいエネルギー攻撃は、咲真にとって絶好のカモ。
「なん、だと……!?」
ならばと、彼女は実弾にシフトするが、それは既に完封された戦術。
全弾撃ち尽くして、アラクネの銃器は使い物にならなくなった。
「さて、これでゆっくり話が出来るな」
マウントポジションを取った彼は、アラクネの脚を全部PICで折り、念入りに動けないようにした。
「はん。ノコノコ近づきやがって」
「あん? んだこれ」
咲真の腕には、いつの間にか付着した白いネバネバした粘液のようなものが。
「なぁ、知ってるか。蜘蛛の糸っていうのはな、案外頑丈なんだぜ」
瞬間、咲真は両腕を上に持って行かれ、縛られる。翼も一纏まりにされ、足も何重にも糸で巻かれ、宙釣りの状態で縛られた。
「やっぱガキだなぁ。隙を晒した瞬間にこうも簡単に捕まるんだからよ。……さて、俺様の脚を壊した代償はきっちり払ってもらうぞ」
「なぁ、知ってるか?」
「あ? 今更命乞いしたって意味ねぇぞ。俺はお前を好きにして良いって言われてんだ」
「いやいや、そういうことじゃなくて。俺が言いたいのは蜘蛛の糸のこと」
確かに蜘蛛の糸は、人が思っているより頑丈で伸縮性と粘着性がある。一たび身体に絡まってしまえば、抜け出すのは困難。
が、それは同じ虫からの目線。
「蜘蛛の糸に捕らわれた程度で、人の動きが止まるとは思うなよ」
かつて一夏が捕縛された、彼一人の力では脱出できなかったアラクネの糸を、咲真は特に力を使うような素振りも見せずに、コアの力も借りずに素の腕力だけで引き千切った。
これには短気なオータムも言葉を失った。
「よし、オータム。さっきの話の続きをしよう」
「ハッ! 断る!」
「そうか。それはしょうがないな」
オータムの頭を掴み、厨房の床に叩きつけて、咲真は馬乗りになる。
「なら、ちょっと痛めつけるか」
情報を引き出すために、咲真は手始めとして、彼女の小指の骨を折った。
絶叫する彼女を見下すまでも、楽しむまでもなく、痛みを与える咲真の表情は、マシーンのように平然として酷く真顔。
「人の骨は全部で二百六本あるらしい。それを死なないように下から一本ずつ折っていく。言いたくなったらきちんと申告すれよ? じゃないと癖になって止められない」
「お前。拷問とか、可愛い顔してやることがえげつないな」
「あぁ、俺は目的のためなら手段は選ばない」
それにここは知り合いの目がない密室。遠慮も容赦も配慮も必要ない。
彼は宣言通り、彼女が言いたくなるまでそれを続けた。
「はは、ははは――」
「ん? どうした? 吐きたくなったか? それともおかしくなったか?」
「あぁ、可笑しいよ。とても可笑しい」
言う気配がなかったので、もう一本サービスで折ることにした。
「――だってよ、あっちは大変なことになってるって言うのに、お前はここでのんびりお楽しみとか、笑わない方が難しいぞ」
「お、やっと話す気になったか」
「過ぎたことだ。好きにすればいいじゃねぇか」
もう一本、追加。
「俺はな、只の時間稼ぎだ。お前の目を逸らすためのな。今じゃ学園は大変なことになってるはずだぜ。お前の大切な人も、一体どうなってるか、見物だぜ」
「大切な人? そんなの俺にはいないぞ」
「……は?」
彼女の場違いな素っ頓狂な声に、咲真も自身の大切な人を連想してみる。
大切な人に該当する人物は、恋人。だが、友達はいても相思相愛の異性などいない。
「あれ、違ったか? ほら、あいつだよ。一緒に服を買ってた女だよ」
「――お前ッ!」
布仏本音。これといって特別に意識したことはない只の女友達の一人で、それはIS学園では当然以上の、男女比から計算して必然といえるほどの関係の内の一人。
一定の付き合いがあるなら、情が移るのは当たり前。怪我をすれば心配をし、泣いていれば慰め、喜びは共に分かち合う。
しかし、彼女に危険が迫る可能性が発生するのが、どれほどの精神的プレッシャーを自身に与えるのかを咲真は知らなかった。
「あぁ、良い顔だ。そうだよ、それだよ。お前のすかした仏頂面が大嫌いだったんだ」
◇
時間は少しだけ遡り、場所はIS学園に移る。
咲真が発ってから、それほど時間は流れなかった。
まずは、授業中に黒番のディスプレイが点かなくなったことから始まった。
次々と電子機器がブラックアウトし、ついには蛍光灯すら消えた。
「停電。にしては妙ですね」
「……山田先生、ここに居て下さい。わたしは原因を探ってきます」
「心当たりがあるんですね」
「あぁ、大分な」
千冬が教室から出て行こうとしたとき、耳をつんざくようなけたたましい音を立てて、学園中にアラート音が鳴り響いた。
それは、学園の全セキュリティ、システムが落ちたことを意味している。
「久しぶりだな、織斑一夏」
次に、壁を大破させて、黒いISに身を包んだ女が現れる。
「お前は……ッ!」
彼女の名は「織斑マドカ」。専用機「黒騎士」を駆る、亡国機業のメンバーの一人。
「そう身構えるな。本当は今すぐにでも殺したいところだが、今回の目的はお前ではない」
指名されたのは、布仏本音。
「え、わたし!?」
「あぁ、お前一人だけで良い。そうすれば他の者には手は出さない」
だが当然ながら、クラスはそれを容易く許すはずもない。
「おっと、止めておけ。今、お前たちのISは使えない」
「なんだと――」
意味のない脅しだろうと、専用機持ち数人は問答無用でISを起動させるが、
「なっ、どういうことだ!」
「ブルー・ティアーズが応答しない?!」
「言っただろ。お前たちのISは使えない状態だ」
誰も、身動きも反抗も出来なかった。ISにはISでしか太刀打ち出来ないことは、代表候補生は日々の特訓の中で身に染みて理解しているから。
「だが、それでも歯向かいたい奴は好きにしろ。わたしは一向に構わん。『殺すな』という指令は受けていない」
千冬も、何も出来なかった。後悔と無力の中で、生徒が攫われる様を、黙って見過ごすしかなかった。
「咲真に伝えろ。確かに貰い受けたと、無傷で返して欲しければ、四十八時間以内に一人で基地に来い。白天との交換条件だ。それまで命の保証はしてやる」