IS〈インフィニット・ストラトス〉~白天黒鎧~   作:孤独の空

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五章 悪女人外

 死に物狂いでISを走らせたものの、咲真は間に合わなかった。

 抵抗した者がいなかったため、幸いにも負傷者はおらず、学園の破壊工作も最低限のものに収まったが、どこを探しても布仏本音の姿はなかった。

 事の発端は、彼が回収したコア。動物で例えるところの仮死状態で眠っていて、機能はまだ死んでいなかった。それが外部からの刺激、どこからか受けた信号を受け取り、受信機としての機能を発揮。最後の機能として電磁パルスを発生し、学園中の電子機器を麻痺させ、その効力はISすらも機能停止させた。

「咲真、すまない。どうにも出来なかった」

一生に見れるか見れないかのレベルで、千冬が頭を下げた。それほどまで、彼女は責任を感じていた。

「いえ、先生たちのせいじゃないです」

 本音を言えば、自分自身のせい。狙われていることを深読みせずに、何も手を打たないまま放置していたのがそもそもの間違い。浅慮だった。だから、彼女が攫われた。

「俺がきちんとやらなかったから」

「いいえ、咲真くんのせいでもないですよ。本音さんのことは後は国に任せましょう」

「えぇ、そうですね……」

 密かに拳を硬く握り締めた咲真は、誰にも声をかけずに、誰の返答も返さずにその場を去ろうとした。

「おい、咲真。どこへ行くつもりだ」

「いえ、別に。どこにも行かないですよ。自分の部屋へ戻るだけです」

「……変な考えは起こすなよ」

 咲真が静かに、けれど激しく怒りを燃やしていることを、千冬は見抜いていた。

「えぇ、大丈夫です。――でも、何かあったら連絡します」

 それから数時間後、咲真は何も告げずに、単独で学園を出発した。

 

     ◇

 

 咲真が着いたのは、太平洋上に打ち捨てられた、絶海に浮かぶ空母。

 コアの受信履歴を解析した咲真は、コアを片手にシグナルを逆走した。

「やぁ、久しぶりだね。来てくれると思ってたよ」

 長い髪を風になびかせて、腕を広げながら再会を喜ぶ彼女のシルエットと声に、咲真は見覚えがあった。

「俺は二度と会いたくなかったよ」

 先日、本音と遊びに行ったときに、すれ違いざまに殺気を放ったワンピースの女性。

 それが、目の前に立っている本人。

「まぁまぁ、そう硬くならずに、自分の家だと思ってくつろいでよ」

「じゃあ、まずは銃口を全部下げろ。話はそれからだ」

 彼が甲板に足を降ろしてから、艦橋の窓という窓から、照準が光を放っていた。

「いいや、それは無理な相談だ」

 お互いに威嚇状態でけん制しあっていては話し合いにならないと咲真は提案したが、彼女がしたいのは対等な対談ではなく、一方的な要求の快諾のみ。

 害を加える行為以外は許可するが、あくまでも主導権は彼女が握る立場。

「それに、下手をすれば本音ちゃんの命が危ないよ?」

 友達の命を脅かされるのを承知で動くほど、彼も鬼ではない。

 それに、一人でここまでやってきたのは本音を助けるため。

 彼女を盾にされてしまえば言う通りに従うしかない。

「よしよし、良い子だ。それじゃあ、白天を置いてくれるかな」

「どうせ拒否権はないんだ。いちいち訊いてくるな」

 ISを解いた咲真は、白天の待機状態、三球の黄色の球体を彼女の足元に投げた。

「ふうむ、御苦労さん」

「おい、約束だ。本音を返せ」

「もちろん。でも、君に抵抗されると非常に困るから、僕の計画が終わるまで大人しくしてもらうよ」

 咲真にこれ以上の用事はなく、本音を返してもらえればそれだけで撤退する予定だったが、彼に対してかなりの危機感を抱いている彼女はそれだけでは満足しなかった。

「大丈夫、二人一緒にしてあげるから」

 突然、何か太い縄で首を絞められた咲真は、脳に酸素が供給されずに失神。

 次に目を覚ましたのは、

「よかったぁ……」

 本音の膝の上。

 どうやってここまで運ばれたかの過程は関係ない。ここがどんな場所だって構わない。彼女の膝の上なら猛獣に囲まれた檻でも、強風が吹く断崖絶壁でも、快眠できると彼は自信を持って豪語できる。

「三時になったら起こしてくれ」

「やぁ! 寝ないでぇ!」

 目を瞑った咲真を、彼女は本気で往復ビンタした。

「いた! やめろ! 分かった、起きるから!」

 仰向けから上体を起こした彼は、部屋を見渡す。

 空母の内部なだけあってか、二人が放り込まれている部屋は四人一部屋の隊寮。ただ、扉だけは手が加えられており、頑丈で堅牢な水密扉が使われている。

 しかもご丁寧に、服も軍服に着替えさせられている。

「本音は大丈夫か。何か危害は加えられてないか」

「うん、大丈夫。わたしより咲真くんは平気? 気絶してたけど」

「あぁ、特に異常はない。本音こそ、袖が短いようだけど問題ないか?」

「へ……?」

 彼女は気丈に、平常に、通常通りに接しているが、指は心境を表すように震えている。

 少しでも場の空気を和ませようと、本音の不安を和らげようと、咲真は似合わない冗談を口にしたが、苦手なものを即興でやっても効果は薄かった。

「悪い、なんでもない。それより早くここから出よう」

「あ、でも……」

 人の力では到底、電動カッターを使っても数時間はかかるのは確実な高密度の扉を素手で開けようとした咲真を、本音は当然ながら止める。

 が、それをまったく意にせずに咲真はノブに手をかけた。

「大丈夫だ、問題ない」

 ギギギっと、ひっかき音が鳴った。

 壁と扉の隙間から、白い埃が吹いた。

 重厚な扉が、手前に僅かにズレた。

「よし」

 右足を軸にした回転から、咲真は蹴りを放った。

「――――」

 そのあまりにも常識を超えた、常軌を逸した光景を目の当たりにして、本音は絶句。開いた口が塞がらなかった。

 咲真はISの補助機能を一切借りずに、素の腕力と脚力だけで、水を通さないことを前提の、潜水艦にも使われる分厚くて密閉性に優れた水密扉を、たった一発の蹴りで凹みを入れただけではなく、根元から蹴っ飛ばした。

「ほら、さっさと出るぞ」

「え!? う、うん……」

 不安と恐怖に押し潰されそうな本音の心情を察するように、咲真は手を繋いで無機質な廊下を歩く。

「ね、ねぇ。他のみんなは」

「来てない。俺だけで来た」

 相手の要求は単独での投降。人質の安全を保障できるように、危険であってもなるべく要求を飲むようにした。

「ここの座標を送っておいた。甲板に上がる頃には着いてるはずだ」

 早速歩き出した二人は、不幸にも巡回途中の兵隊と鉢合わせした。

 その手には銃が握られている。

「咲真くん逃げ――」

 ISは取りあげられていて、向こうは数人で、銃を持っている。

 見つかっていない今ならやり過ごせると考えた彼女は、身を隠そうと咲真を引っ張るが、

 時既に遅し。

「へぇ、機兵か。ISが猛威をふるう時代に珍しいもんを配置するもんだ」

 編隊のど真ん中へと、喧嘩を売りに行った。

 初めに、咲真に銃口を向けた相手を、引き金を引く前に接近して銃身を逸らし、首の骨を折る。

 次に銃を乗っ取って、正確に的確に、額を撃ち抜く。

「おっと、」

 けれどしかし、銃弾は彼らの眉間からポトリと落ちた。

「貫通すると思ったけど、さすがに強化してあるか」

 息の根を止めた兵士の首がグルンと彼の方へ向いたのに合わせて、一斉に銃撃が始まる。

「あー、うるさいうるさい」

 咲真は、軽く手をかざした。

 以前、ラウラの攻撃を素手で制止させたのと同じ挙動で、まるで写真のように鉛弾を止めた。

「極晶憑臨」

 弾装が空になったのを見計らって、

「切界」

 手刀に乗せた空気の刃で、彼らの首を刎ねた。

「……まぁ、だよな」

 機兵隊。その名の通り、機械の兵隊。身体のパーツごとに独立して機能しており、お互いがお互いを繋ぎ合って動いている。有事の際には使い物にならなくなった局部を自ら取り外してまで戦闘や作戦を続行するほど、主と命令には忠実に仕える。

 つまり、頭部を切り離しただけで止まるわけがない。

「なら、徹底的にバラすか」

 手中に収めた銃弾を機兵の関節に当てて動きを止めてから、千切っては投げ、殴っては蹴り、避けては逸らし、潰しては挟み、飛ばしては転がしと、一騎当千の動きで、機兵隊をたちまちスクラップにしてみせた。

「おい、本音。もう出てきていいぞ」

 身を潜めていた本音は、まるで小動物のように廊下の角から顔を出す。

 安全を確認して彼の元に駆け寄ろうとするが、立ち上がれない。

「あれ、おかしいな……」

 彼女はIS学園の生徒ではあるが、代表候補生ではない。優先的にISを触る機会はあれど、緊急時に国から招集される機会はない。

 特別な学園の、特別な枠に収まってはいるが、根はオシャレを楽しみ、恋に生きる一人の女生徒。

 本物の銃を、命の駆け引きを、被害が及びかねない距離で見るのは初めて。

「ごめん、咲真くん。立てないや」

「しょうがないな」

 腰が抜けた本音を、彼は抱き上げた。

「重く、ない……?」

「いや、全然」

「あ、ありがとう」

 お姫様抱っこされて、こういう目に遭ってしまったが、彼女は内心悪い気はしなかった。

「ところで、どこに向かってるの」

「まずは白天を返してもらう。話はそれからだ」

 まるで、ISの場所を知っているかのように、咲真は真っ直ぐ迷いなく走る。

 まるで、経路図が頭に入っているかのように、咲真は躊躇なく駆ける。

 そして、本音を抱いてからは、まるで避けているかのように、機兵隊とばったり遭遇しなくなった。

「なんだ、ここ」

 蹴破った扉の先に広がっていたのは、ここが空母の内部だということを忘れさせるくらい天井を高く切り取られた格納庫。

 奥の壁には、外部から改造を施したような操作盤が埋め込まれており、カプセルには待機形態の白天が収まっていた。

「あれ、案外遅かったわね」

「あんたがあんなのを配備するからだ。お陰でルート選びとタイミングに少し手間取った」

 咲真が気になったのは、白天の扱い。あまりにもおざなりに、あまりにも雑に拘束されていることから、一夏の百式のように、その稀有性と特異性を目的とした犯行ではない。

「そうか、お前の目的は――」

 白天のコア、極星閃晶のエネルギー。

「あら、急がなくていいの? 貴重なものなんでしょ」

「問題ない。お前たちには過ぎた代物だ」

 所有者の彼でさえ、メンテナンスをする際には細心の注意を払い、運用時にはエネルギーの供給と排出に気を遣っている。

 今日一日で手に入れた人間に満足に扱えるほど単純な構造はしていない。

「お前をぶん殴ってからゆっくりと取り外す」

「あら、わたしと戦うつもり」

「いや、殴る」

「――IS、起動――」

 彼女のブレスレッドが、光る。該当番号はなく、識別番号もなく、国家登録もない、彼女自身のインフィニット・ストラトス。

「ゼラ・ゼフィール。三女の地位に懸けて、わたしの障害を打ち倒します」

 蛇魂皇ナーガ。三匹の蛇が絡まり合ったような王冠を頭に乗せた、舞踏会のドレスを模したIS。その装甲はISと言うには薄く、その兵装はISと表現するには少なく、その武装はISに分類するにはあまりにも手持ち無沙汰だった。

「あれ、どうしたの。君のことだからてっきり二機目を取り出すかと思ってたけど、そんなものはなかった?」

「勘違いするな。俺はただ、お前をぶん殴りたいだけだ」

「まぁ、怖い」

 咲真の足元から何かが飛び出た。それが首に絡みつこうとしたところで、捕獲。

「同じ戦法は通じないぞ」

 蛇だった。胴体が三センチほどの、人の骨などいとも容易く締め折ってしまいそうな太さの毒蛇。

 それを、

「……おかしいな」

 咲真は素手で握り潰した。

「それもISの一部なんだけどさ」

 咲真は、地面を蹴る。両足で、軽く、けれど力強く。

 ゼラと彼の距離が、またたく間に縮まった。

「!?」

 咲真のつま先がゼラの眼前へ飛び込んできたところで、ISの視覚補助と反射向上の機能もあり、彼女は咲真の蹴りを間一髪で避ける。

「おしいな」

 けれど、微かに肌を撫でていたようで、彼女の頬に一筋の赤い線が垂れた。

「ベイビーズ!」

 彼に人間以上の脅威を感じたゼラは、自身のISの一部である蛇たちに招集をかける。

「大混蛇荼羅(だいこんじゃだら)」

 一匹同士で連結。群衆同士で結合。塵も積もれば山となる。一匹一匹では大した大きさではなくとも、個々ではそれほど強くなくとも、一ヶ所に集まって力を集約させれば足し算方式で強くなり、強大になる。

「ほぅ、でかいな」

 胴体は大の大人二人分。体長は三十メートルを優に超えるアナコンダ。

 人一人など軽く締め殺せるし、咲真なんて一呑みで胃袋行きになる。

「でも、図体だけでかくてもなぁ」

「なら試してみよっか!」

 巨木クラスの尾が咲真を襲う。生身でまともに受ければ即死は免れない殴打を、

「!?」

 片手で受け止めたばかりか、体格差をものともせずに背負い投げを決めた。

「さーてさて。ちょっと出て来てもらおうか」

 仰向けに倒れたアナコンダの腹を歩き、ゼラが潜んでいる部分を掘り始める。

「くっ、離れろ触るな!」

 引っ張りだそうと腕を伸ばした咲真の腕を、絡みついた数匹の蛇がへし折った。

 反射で腕を引っ込めた隙にゼラは距離を取る。

 咲真は残った蛇を潰したところで、あり得ない方向に曲がった腕を見てため息を一つ。

「どうしてくれんだ、これ。お前を殴る以外に無駄なエネルギーは使いたくないんだけど」

 本音、ゼラ。二人は言葉を失った。

 何故なら、まるでビデオの逆再生をするように、彼の腕が元通りに治ったから。

「咲真、くん……?」

「悪いな、本音。怖がると思ってこういうのは見せたくなかったけど、そう簡単には行かないみたいだ」

 咲真は、本音の方を向かない。背中を向けて、頑なに目が合わないようにする。

「――なんなんだ」

「ん?」

「お前は一体なんなんだッ!」

「……お前と同じだよ。この時代から外れたはみ出し者だ」

 跳躍。そして、到達。

 ゼラの埋まっている箇所にクライミングの要領で掴まり、右手にあるものを見せる。

「見えるか、この蛇。さっきどさくさに紛れて拝借したやつだ」

 蛇魂皇ナーガは、万単位の蛇を操作するIS。一匹一匹を個別に操ることも出来なくはないが、訓練をしなければ両手で別々の文字を書くのも難しい人間が、その数万倍の数を同時に捌くのには無理がある。

 だから、ナーガは蛇一匹に対し、数百の蛇を使役するための仲介端末を植えてある。

 ある蛇に命令すれば、同様の命令が百匹にも伝わる。

 逆説的に言えば、ある蛇がいなくなれば、数百の蛇が命令を受け付けなくなる。

「お前――」

 咲真が蛇を潰すと、腐り落ちるようにアナコンダの腹の部分の崩壊。

 収まっていたゼラが露わとなる。

「極晶憑臨」

 空気が、大気が、気圧が、咲真の手中へと集束していく。

「なんで、なんで、お前が――」

 陽炎のように、空間が揺れる。水が渦を巻くように、景色が歪む。

「極星閃晶の力を持ってるんだ――ッ!」

 彼女の腹部で、

「列波」

 衝撃波が放出された。

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