『夏とともに逝け。』(中編)   作:LOORUME

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Grade Ⅱ 「表情」

Grade Ⅱ 「表情」

 

 

 

「じゃあ霊夢、片づけるよ」

「はあい」

 

 八雲藍はそう言って、ちゃぶ台に手をついて立ち上がった。

 

 白い道士服の上から、青い前掛けのようなものを被せた服装。

 金髪に金の瞳。何より特徴的なのは、服の後ろから、ちょうどお尻の位置から出た九本の尻尾。ふわふわだ。

 

 彼女は自分と私の分の食器を重ね、お盆に載せて歩き出した。

 

「手伝う?」

「いいよ、このくらい」

 

 そう言って、台所へ消えて行った。

 

 彼女は、紫の命令で私の家の家事をやっている。それくらい出来るというのに、藍も聞いちゃくれない。

 実際に病人なのだが、ここまで病人扱いされると逆に辟易する。

 

 今みたいに炊事だけでなく、洗濯、食器洗い、風呂の準備までしてくれる。所帯染みる前に誰かに娶ってもらったほうがいいんじゃないか。いやもう手遅れか。

 

 彼女はそれだけじゃなく、体を拭いたり、背中を流したり、下の世話まですると言い出した。さすがに断った。

 

 そうするよう命令した紫も紫だ。人に指図するばかりで彼女は何もしない。勝手なものである。

 紫が、せめて八雲家の家事を手伝わなければ藍の仕事量は二倍になると言うのに。さぞ辛いだろう。

 

 そう思って、藍にそのような内容の事を言ってみると、辛くもないらしい。

 元々八雲家の家事と結界の管理補佐をやっていたのだが、私の世話をするようになってからは結界の管理は全て紫がやるようになったらしい。

 それに、少しは家事をやるようになったのだとか。いい事である。

 

 ただ、紫一人で結界の管理ができるのか。それだけが不安だ。

 

 なんていう考えを、ぽつらぽつらと考えながらぼーっとしていると、今から自分が何もすることがないと気付いた。

 家事は言わずもがな。出掛ける用事も(そもそも外出させてくれない)、会いにくる予定の友人も居ない。

 

 あー、暇だ。

 暇だと思うと、増す増す暇に思えてくる。

 満腹になって、眠気に誘われるかと思ったがそうでもない。無理しても昼寝は出来なさそうだ。

 

 しょうがない。適当に本棚から小説でも持ってきて読むか、と立ち上がったところ、玄関から声が聞こえた。

 

「ごめんくださーい。すいませーん!」

 

 鈴仙の声だ。そうだった。完全に失念していたが、今日は検診の日だった。一週間に一度、鈴仙が具合を見にくるのだ。

 

 玄関に顔を出すと、やはり、鈴仙が居た。

 

 鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ。長ったらしい名前だが、格好は簡単に言い表せれる。

 ウサ耳、紫髪、赤眼、制服、ニーソ。これだけだ。

 

「あら、出迎えてくれるくらい元気なのね」

「あのねえ、私だってこれくらい───おっと」

 

 一瞬立ちくらみでフラつくと、鈴仙が支えてくれた。

 

「だ、大丈夫? お願いだから大人しくしててよ」

 

 ……彼女の言うとおりにしておこう。

 

 

 藍の入れてくれたお茶が、ちゃぶ台の上にふたつ。藍は洗濯物を干してくると言って庭に出て行った。

 

 そして私の正面に座るのは、もちろん鈴仙。先程から熱を計ったり、血圧を計ることに集中している。

 

「症状は、どうですか?」

 

 どうやら医者というのは、普段友達口調の相手にも、診察となると丁寧語になるものらしい。

 

「相変わらず、悪いわよ。しいて言えば、朝に起こる頭痛の痛みが増したかも」

 

 その言葉を聞いて鈴仙の表情は一段と暗くなった。状況は悪化している。

 

「そう、ですか…」

 

 苦笑いの鈴仙が、お茶の水面を覗く。

 一寸、分かりきった質問をしてみることにした。

 

「どう、治りそう?」

「……………」

 

 笑顔は固まり、やがて顔をしかめ、俯いてしまった。

 

 あの時もそうだ。彼女は、あの時も同じような表情をしていた。

 

 

 ▼-▼-▼

 

 

「あなたの余命はあと、たったの五ヶ月もない」

 

 衝撃の瞬間だった。口が開いたまま閉まらない。

 

 鈴仙も少なからず衝撃を受けていた。おおかた、師匠に治せない病があるなんて、とでも思っているのだろう。

 

「詳しいことはあとで検査するけど、恐らく貴女の頭の中には腫瘍がある。つまり、()()ね」

「……」

 

 私は何も言えず、ただ耳を傾けることしか。

 

「その腫瘍は日に日に大きくなって行く。あなたの脳細胞を糧にして、巨大化するの」

「……」

 

 鈴仙の表情は暗くなり、ただ、師匠のいう事を真剣に聞いていた。

 

「頭痛や、眩暈の原因はそれ。脳が圧迫されて行って、正常に働いてくれなくなるの」

「……」

 

 しかし、その説明が進むにつれて、鈴仙の視線は下の方に下がって行った。

 

「しかも最悪なのは、その腫瘍───膠芽腫(こうがしゅ)が、肥大化しすぎていること。……私が手を付けられないほどに、ね」

 

 後に検査をして分かることだが、実際にがんだった。

 私にはもう、助かる手だてはないのだ。

 

 カチコチと言う時計。

 ひゅうと吹く隙間風。

 ばさばさと煽られたカーテン。

 ぎしりと鳴く木製の床。

 かさりと動く永琳のカルテ。

 

 全ての音が、私を襲う。

 

 体だけが宙に浮いて、ふわふわ漂っているようで、ぐるぐる激流に流されているようで。

 永琳との距離が、部屋の大きさが分からなくなってきた。遠いようで近いようで。広いようで狭いようで。

 頭が混乱しすぎている。落ち着かないと───。

 

「うぐっ!?」

「霊夢!?」

 

 突然の吐き気に、咄嗟に口を押さえる。心配したチルノが、後ろから肩を抱いてくれている。少し、落ち着くかも。

 

 そんな様子を見て、永琳は口を開いた。

 

「……今日は、永遠亭(うち)で休んで行きなさい。明日からは、神社で絶対安静。週に一度は鈴仙を回診に行かせます」

 

 嫌な汗が額に浮かぶ。

 

「あと、回りの妖怪にも、霊夢には無理をさせないように言っておくわ」

 

 その言葉を聞いて、チルノは涙ぐむ。

 

「霊夢…。あたいが遊びに誘ったから……? だから死んじゃうの….?」

 

 状況は理解しているらしい。だけど違う。チルノのせいじゃない。

 でも返事をするほどの余裕は今の私には無い。答えかねていたところ、永琳が助け舟を出してくれた。

 

「違うわよ、チルノ。むしろ貴女が遊びに誘わなければ、霊夢はもっと無理をしていた。本当にありがとう」

「……」

 

 次の日から、私の床伏(とこふ)しライフは始まるのだった。

 

 

 ▽-▽-▽

 

 

「ごめんなさい。今日はもう帰ってくれないかしら」

「え、ど、どうしたの? 私が何かした?」

 

 私の進言に、驚いた顔を見せる鈴仙。

 

「ううん。ちょっと、気分が悪くなっただけ」

「…そうよね、休まないと。長話しちゃってごめん」

「いいわよ」

 

 そう言って鈴仙は、最後にお茶を一口飲んで玄関に歩いて行った。

 

 鈴仙の表情をみると、どうしてもあの時のことも思い出してしまう。すると宙に浮いているような、気持ち悪い感覚も一緒に思い出してしまう。

 だから、彼女には悪いが帰ってもらった。一種のトラウマかもしれない。

 

 彼女の事は、嫌いなわけがない。だったらどうして、こんなにも、気持ち悪く感じてしまうのだろうか。

 

 

 

 

 鈴仙が帰ったあとで、自分を嫌悪した。どうしてあんなことを思ってしまったのだろうか、と。

 

 帰って行く時の鈴仙の悲しそうな顔が、()()()みたいに頭にひっかかっていた。

 

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