『夏とともに逝け。』(中編)   作:LOORUME

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明るめの内容です。



Grade Ⅲ 「梅雨」

Grade Ⅲ 「梅雨」

 

 

 

 人は何故、服を着るのか。

 私が露出狂というわけではない。真面目な話だ。

 

 古来より、人は服を着てきた。私の巫女服はそれの技術をより集めた先人の努力の結晶と言えるだろう。

 

 それは防寒のため。あるいは自分の恥部を隠すため。そう、弱いところを隠すためなのだ。

 

 文化として服を着ない、弱点を隠さない()()()()()()なる人たちがいるそうだが、あれはもう最強と言っても過言では無いだろう。

 あれ以上に精神が勝るものはありえない。たとえ神や仙人だったとしても、服を着てる限りは。

 

 決して脱衣を推奨してるわけではない。

 

 それに、彼らぬーでぃすとと私の差が、今、顕著に現れている。いや、私達か。

 

「うぅむ、服が黴臭い。困ったな…」

 

 藍が、干し終わった巫女服を持って唸っていた。

 

「この時期は辛いわよね」

 

 布団の中から、居間で立ち尽くす藍を見上げながら。自分の服なのだが、まるで他人事のように言う私。自覚はしている。

 

 私は言った。この時期は、と。そう、最近ちょうど梅雨入りした具合だ。

 

 梅雨の時期は空気が湿気り、服が乾きづらくなったり、食べ物がカビやすくなるのだ。

 

「いや、本当に辛いのだが。尻尾にもノミが入ってムズムズするし、服は乾きづらいし…」

「服くらい、あんたの妖術でなんとかできるでしょ。ノミは…(ちぇん)でも呼んで毛繕いしてもらったら?」

「ああ、その手があったか。扇風の術でも使うかな。二つ目の案も頂くぞ。いや楽しみだ」

 

 そう言って、藍は居間を横切って縁側から庭に出て行った。どのように楽しみなのかは聞かない。

 

 しかし、私達のような術を使える人間や妖怪にとって、梅雨とはその程度なのだ。ぬーでぃすとさん達には悪いが。

 

 そもそも、精神的に強くとも肉体的防御が無ければ、死んでしまう状況もあるのだ。

 

 銃弾が飛び交うなかを全く同じ身体能力の男が横切る場合、素っ裸なのとちゃんとした装備に防弾チョッキをつけているの。

 どちらが生き残る可能性が高いか、一目瞭然だろう。

 

 攻撃は防御を兼ねると言う。だが攻撃できるタイミングまで耐えうる防御が無ければ、この言葉は成り立たない。すべては防御の上に成り立つのだ。

 

 結局、人が服を着るのは防御性を高めるため、と言えるだろう。

 

 ▽-▽-▽

 

 と言うようなさっきの出来事と自論を見舞いに来た萃香に話したところ、このような感想を頂いた。

 

「いや、ヌーディストつったって四六時中素っ裸なわけないでしょ」

「ああ」

 

 さすがに時と場は弁えるか。少し思考が極端すぎたようだ。

 

「それにさ、全員が精神を鍛えるためだったり、黴臭い服を着たくないからそうなったわけじゃと思うぞ。むしろ黴を嫌う程度で裸になられちゃ困るんだが…」

 

 なにやら萃香がみみっちいことを言っている。

 

「花見の時に裸になった鬼は何処かしら。酒に酔って気分が良くなった程度で脱いでもらっては困るわ」

「な、何十年前の話をしてるんだ! 昔の話だろう、忘れろ!」

「嫌よ。大事に墓場まで持っていくわ」

「く、くそ……」

 

 私も、最期に思い浮かべる萃香の姿が裸とかは絶対に嫌だから、今のうちに目に焼き付けておこう。

 

 さて、縁側で私の隣に座る幼女。両手に手枷と鎖をつけ、頭に角を生やした鬼。彼女こそが、伊吹(いぶき) 萃香(すいか)だ。

 片手に伊吹瓢(いぶきひさご)という紫色の瓢箪を持ち、時々それを煽って中に入った酒を飲んでいる。

 

 鬼だから幼女なのに酒を飲んでも大丈夫だ。

 

「…最期……花見……。それにしても、最期の花見ねぇ。今年は出来なかったわね」

 

 庭に生える一本の桜の木をぼんやりと眺めながら言う。もう既に花はすべて散り、空白は青い葉で埋められている。

 

「ああ…。すまんね、紫から止められてたんだよ。無理をさせるな、だってさ」

「別に、謝ってほしいわけじゃないけど…」

 

 会話が途切れた。けど、なんだと言うのだ。私は何て言ったらいいんだ。

 

 二人に空気が重くのしかかる。

 ああもう、私のせいでこんな空気になってほしくないのに。

 

 そんな今にでも逃げ出したい空間に、違う音が混じった。玄関からの声だ。

 

「霊夢ー、いるー? 居なくても一緒だけど、入るわよー!」

 

 わあ、不法侵入。

 

 今日は回診の日ではない。ならばこの声の主は鈴仙でもない。だがその声には聞き覚えがあった。

 

 そいつはずかずかと家に入り込み、縁側で座る私の背中を見つめながら言った。

 

「ご機嫌よう」

「……いらっしゃい」

 

 振り返って、一応歓迎の言葉をかけてあげる。それが誰なのかは、予想通りだった。

 

 まず私を射止めるように見つめる紅い瞳。銀と青の間で耀く髪を持ち、全身を白いドレスに身を包む。彼女はレミリア・スカーレット。紅魔館の主人だ。

 

「吸血鬼も結構行儀良くなったわね」

「ああ、その通りだ。それにしても───」

 

 さらっと皮肉が受け流された。

 

「それにしても、霊夢の家は快適ね。ジメジメしてなくて最高だわ」

 

 言われてみれば、そうかもしれない。ちょうど萃香が来た頃からだろうか、空気がさっぱりしていて比較的快適だったと思う。

 ん、待てよ。萃香が来た頃から?

 

「ああ、萃香の能力ね」

「今頃気づいたんだ。そう、私の能力だよ」

 

 彼女は確か、密と疎を操る程度の能力を持っていたはずだ。それを利用したのか。妖怪・空気清浄機の伊吹萃香さんです。

 

 レミリアに、横に座ったらどう、と聞いてみたが、いやいいと断られた。すぐに済む用事らしい。

 

「それで、何が用で来たの?」

「昔は用もなく神社に来たものだけれど…懐かしいわね」

「……?」

「ああ、すまん。ひとつ、提案が有って来たんだがな───」

 

 レミリアは、何時だって人の目を見て話す。眼球ではなく、その奥の、自分の思考まで見透かされているんじゃないかと錯覚するほど。

 見つめられれば、目を逸らすことはできない。

 

 妙な緊張が走る。

 

 

「霊夢、吸血鬼にならないか?」

 

 

 

 吸血鬼。ヴァンパイア。

 

 西洋の妖怪で、かなり上位のものに分類される。上位どころか、最強と言っても過言では無い。

 

 苦手な物はニンニクと、銀と、十字架と、流水と、太陽光。

 

 弱点こそ多いものの、それを補って余りある強靭な筋力と堅固な肉体と膨大な体力。ただ単純にそれだけで、あらゆる妖怪の頂点に立ってきたのだ。

 

 そして挙げるべき一点として、不死だということ。これはあらゆる妖怪に共通する場合が多いが、よっぽど微塵切りにされなければ死ぬことはまず無いと言っていいだろう。

 

 そしてもう一つ特徴的な点として、人間でも吸血鬼になれる、ということだ。

 

 もちろん名の通り、人間からの吸血を栄養の大半としているのだが。食事目的の吸血と、繁殖目的の吸血行為は一線を画す。

 

 食事の場合は一方的に襲うだけだが、繁殖する場合は、両者がお互いを信じることが絶対条件らしい。

 以上のことを、紅魔館の図書館所蔵の本で読んだことがある。

 

 つまりレミリアが言いたいのは、お前さえ望むのなら、一生の命をくれてやるぞ、と。

 

 しかし、そのことに対していち早く反応したのは私ではなく萃香だった。

 

「貴っ様…。霊夢を人外にしようと言うのか? ふざけるのも大概にしろ!」

「………萃香」

「それがどれだけ霊夢の心を傷つけるか、分かっているのか? 妖怪の苦しみを霊夢に味わわせるつもりか?」

「…萃香」

「そんなこと私が許さない。それでも尚やろうと言うなら、私を倒してから……」

「萃香!」

「ひっ!」

 

 萃香があまりにも言う事を聞かないので、年甲斐もなく怒鳴ってしまった。私の一喝は相当効くようで、萃香は身を縮こませていた。

 

 そんな萃香の手を握り、言い聞かせる。

 

「……萃香、私は誰になんと言われたって、人間のまま死ぬつもりよ」

 

 萃香は、どこか安心したような表情になった。

 

 そして私はレミリアに向き直り、改めて返答を。

 

「レミリア」

「うん」

「私は、吸血鬼にはならない」

「……そう。わかったわ」

 

 それを聞いて残念そうな、でも分かっていたような、納得したような表情になった。

  改めて確信したのだろう。人間と妖怪は、共存することはできない、と。

 そして思い出しているのだ。従者、十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)の最期を────。

 

 

 

 

 

 

 レミリアが帰り、元の状況になった萃香が、ゆっくり口を開く。

 

「……いいのかい?」

 

「なにが?」

 

「あの時はああ言っちゃったけど、どこか吸血鬼になってほしいっていう考えもあったんだ。霊夢と一緒に生きていきたい、って…」

 

「ふふ、ありがとね」

 

「こんなのは私の我儘だって分かってるさ。…でも、どうして、断ったの?」

 

「………だって……」

 

「………」

 

 しとしと、しとしと。雨が降り始めた。

 

「二度と太陽を見れなくなるなんて、嫌じゃない」

 

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