『夏とともに逝け。』(中編)   作:LOORUME

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Grade Ⅳ 「曇天」

Grade Ⅳ 「曇天」

 

 

 

 今月に入ってもジメジメしてるのは変わらず、もはや習慣になった曇り空眺めをしている時だった。

 魔理沙がいきなり訪問して来て、とある人物を連れてきた。

 

 スカートの部分が膨らんでいる茶色い服を着た、金髪の彼女は黒谷ヤマメだ。

 旧都に住まい、特に何をするわけでも無く、気ままに暮らしていると聞く。

 

 私の前に座って、快い笑顔で会話を開始した。

 

「魔理沙に一生のお願いだ、って頼まれてやってきたよ」

「お、おい。それは言わない約束だろ」

「お前しかいないんだ、って頭を下げられた時は、こっちが吃驚したよ。いやはや、友情ってのは良いねぇ」

「おい!」

 

 ヤマメは魔理沙の声が聞こえないふりをして、一方的に私に話していた。

 だがまあ、これ以上いじめると魔理沙が可哀想だ。

 

「はいはい、で、治りそう? 勘で検討はついてるけど」

「ん……」

 

 しばしの沈黙。

 

 ちなみに服は脱いでいない。能力で、大体の具合は分かると言うのだ。

 

 彼女の能力はたしか、病気を操る程度の能力。なるほど魔理沙が頼りにしたのも解る。専門家ということだ。

 

「んーー、この病気は、私には治せなさそうだね」

「は?」

 

 眉間にシワを寄せ、明らかに不快そうな声を出す魔理沙。

 

 やっぱりか。そう言えば、そうだ。

 

 確かにヤマメは、あらゆる病気を操ることが出来る。もちろん発症から悪化、逆にその病を和らげたり、取り除くことも出来る。

 ただし、が付く。

 

 彼女が操れるのは感染症のみに限られるのだ。

 

 私のがんは、病原菌が感染するタイプでは無い。

 たまたま生まれた悪性の細胞が、脳の細胞を侵食した結果、脳の活動に悪影響を及ぼす、というものだ。感染症ではない。

 

 そのことを魔理沙に説明すると、悔しそうに帰って行った。

 

 残ったヤマメは、最後にすまんね、とだけ残して帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 私は、相変わらずの曇り空を眺めるのにも飽きてきた。そんな生憎の天気を思い浮かべ、ひとつ疑問に思った。

 

 なぜ人は、曇りや雨が悪くて、晴れが良いと思ったのだろうか。

 

 潜在的な本能で、鼠色や灰色は気持ち悪い色で、青空色は気持ちの良いものだと考えたのかもしれない。

 

 しかしだ、考えてみてほしい。雨が降らず田畑が潤わなければ、人は食糧を得ることが出来ず、餓死してしまう。肉だけで十分だと言う人はあまり居ないし、何より水が無ければその動物も自分も死んでしまう。

 

 なのに何故、人は雨を嫌うのか。それは自分が農業をやっていないからだ。

 逆に農家が晴れを嫌うかと言えば、そうでもない。太陽光を無くして、植物は育たない。

 

 まあ結局のところ、天気が良い、悪いというのは、日常生活の中で快適に過ごせるか否か、という問題なのだ。

 

 今だってジメジメしている上に、空気がどんよりしていて気分も下がる。早く梅雨が明けて欲しいものである。

 

 なんて、下らない思考に一段落がついたところで、数日ぶりの訪問者がやってきた。

 

「よお、霊夢」

 

 何時も通り、白黒魔法使いは玄関からは入ってこなかった。庭に着陸して、ブーツを脱いで縁側から侵入した。

 

「いらっしゃい、魔理沙」

「……どうしたんだ、そのポーズ」

 

 なんの事だろうか、と思って目を開いて自分の姿を見てみた。

 なるほど。

 

「たまには、座禅でもやってみようと思って」

「それは…巫女がやる物なのか? てっきり坊主と尼さんだけだと思ってたぜ」

「ウチには神様が居ないからね。どうとでもできるのよ」

「自由だな。…剃刀要るか?」

「……いらないわ」

 

 再び目をつむって、思考の沼に入り込んだ。すると魔理沙も隣に座って座禅を組み、

 

「ふふん、面白そうだな。私もやるぜ」

 

と言った。ご自由にどうぞ。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「なあ、霊夢」

 

「……ん?」

 

 意識を集中させなければ座禅の意味が無くなるのだが。

 まあいいか、気まぐれで始めたものだし。

 

 片目だけ開き、魔理沙を見た。

 

「……弾幕ごっこを、しないか」

 

「……はい?」

 

「最後の弾幕ごっこを、さ」

 

 そうか。忘れかけていたが、既に私が死ぬまで二ヶ月も無い。となると、もう何時やれるか分からなくなるのか。

 ………そっか。

 

「わかったわ。やりましょう、今直ぐ。ただ()()くと」

 

「もちろん、お前が辛いって言うんなら無理強いはしないが───え?」

 

「だから、やろうって。一抹の未練も遺さないくらい、徹底的に潰してあげるわ」

 

 こうして、恐らく最期になるであろう弾幕ごっこを始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「懐かしいわね。弾幕の練習をしたのも、初の弾幕戦をしたのも、全部ここ。……アンタと一緒にね」

 

「ああ」

 

 博麗神社の境内。空中に浮かぶ感覚を慣らしながら、開始の瞬間を待っていた。

 

「霊夢、最後なんだから本気で来いよ? 私も全力でやるから」

 

「あら、病人のお婆ちゃんなんだからお手柔らかにね?」

 

「断るぜ!」

 

 それを合図に、弾幕ごっこを開始した。

 空は相変わらずの、曇りだった。

 

 

 魔理沙は、星をモチーフにした弾幕を多く使う。彼女も魔法使い的で気に入ってるのだろう。あとはレーザーを使用する。

 

 これは彼女について全般に言えることなのだが、魔理沙は大雑把な部分が多い。

 というのも、以前はブーツも脱がずに家に上がろうとしたりとか、今も無駄に大量に弾幕を撒き散らしていることから判るだろう。

 

 それに抗う私の動きは、なるべく効率的に。常に最も最善手を。

 霖之助さんに言わせれば、私は瞬間移動しているように見えるらしい。だがそれは違う。

 

 第三者が弾幕ごっこを見ている時、少なからずプレイヤーがどのように回避するか分析するものである。

 

 最善手を打った私の行動と、第三者の予想が食い違った時、それは起こる。いわばミスディレクションだ。

 

 そもそも、霖之助さんはしばしば妄想が過ぎるのだ。あまり彼の言う事を、間に受けてはならない。

 

 そうこうしているうちに、魔理沙の弾幕が尽きた。

 

「あら、もう終わり。だったら私が攻めるわよ」

「……いいぜ、来いよ」

 

 攻守交代。

 攻めや守りなど、厳密に決められてはいない。今のは気分だ。だからもし、いきなり魔理沙が攻めてきても文句は言えない。

 まあ、彼女だったらしないだろうけど。

 

 私は、基本的に自動追跡のお札を使用する。けれど一枚一枚無駄にはできない。全部手書きなのだから当たり前なのだが。

 

 よって私の攻撃の特徴として、最低限のお札で相手を追い詰め、長引かないようにする、という感じだ。

 

 それに対抗して回避する魔理沙は、やはり雑に避けていた。無駄に大回りしたり、くるっと一回転したり。

 そんなだから彼女はいつも、負けてしまうのだ。

 

 いや、ひょっとするとパフォーマンスとしてやっているのかもしれない。

 そもそもスペルカードルールは、美しさを競う一面もあったはずだ。その面では魔理沙は、私に圧倒的に優っていた。

 

 無駄に振りまいていた星もそうだ。あれも、よりレーザーの美しさを引き出す為にやっていたのか。

 

 攻撃を停止した。

 

「………? どうした霊夢。眩暈か?」

「……いいえ」

「じゃあなんだ」

「魔理沙、アンタはずっと、私に勝っていたわ」

「はあ?」

 

 何言ってんだこの紅白巫女。おめでたいのは服装だけにしとけ、とでも言わんばかりの、はあ?だった。

 なんだとこのやろう。

 

「美しさではいつでも、アンタが勝っていた」

「ああ?……ああ。情けってやつか。最後だけは勝たせてやりたいってか。それとも今回も私が勝つっていう余裕か───」

 

 どちらにせよ、と言って魔理沙は続ける。

 

「どちらにせよ、そんなモンは不要だ。残念だが私はまだ諦めちゃいないからな。勝利は頂くぜ」

「そんなんじゃ……いえ、そうなのかしら。アンタは弾幕の美しさで勝っていた。……だからこそ、私は明確なルールとしての勝利を貰うわ!」

 

 ここからが本番。スペカ合戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「は、はは───」

 

 魔理沙の渇いた笑いが、境内に虚しく響く。

 

「───負けち、まった……。最後なのに…はは…うぅっ……」

 

 笑いはいつの間にか失せ、嗚咽に変わっていった。

 

「ちょ、ちょっと魔理沙。泣いてるの…?」

 

 小さい頃以来、彼女が泣いている所は一度も見たことがなかった。

 彼女は強く、変化したのだと認識していた。けど違う。本質的に、彼女は何も変わっていなかったのだ。

 例え人間から魔法使いになったとて、それが彼女の内部に影響することはなかった。むしろ心の壁を厚くしただけだった。

 

 でも、どうして彼女はそこまで哀しかったのだろうか。

 

「泣いてなんか……うぐっ。…泣いてるさ! だってよ、だってよぉ───」

 

 

 

「お前が死んじまったら、一生私は追いつけないんだぜ!? 私は、それが怖くて、恐くて……」

 

 ……なるほど。

 

 彼女は確かに、ヤマメとはあまり仲が良くなかったはずだ。それでも頭を下げ、必死に頼み込んだのはそれが故か。

 そこまでして私を延命しようとしたのだ。

 

 魔理沙も、私に勝ったことは一度や二度ではない。だがそれがどれも、勝利と言うには美しさに欠けていた。

 

 彼女は、美しい弾幕を使い、ルール上でも勝ちたかったのだ。

 

 しかし、彼女は最後のチャンスを逃してしまった。

 最後と言った以上、私もこれからやるという事はあり得ないだろう。魔理沙もそれでは踏ん切りが付かないはずだ。

 

「……そう」

 

「霊夢ぅ、逝くなよ…! 生きろよ!くそぉ…」

 

 涙声。おそらく、今までに無いくらい絶望している。

 これからどれだけ弾幕を上達させても、ずっとずっと私に勝つことはできないという、どうしようもない事実に。

 

「なんでッ、なんで永琳は治せないんだよ! 治せよッ!」

「………」

 

 理不尽、としか言いようが無い。ただしこの場合は誰も悪くない。言うなれば運命の理不尽。

 

 『たまたま』、それだけで人はいとも容易く死ぬのだ。

 

 

 空から夕立が降り始めるまで、魔理沙の嗚咽は続いた。

 

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