Grade Ⅳ 「曇天」
今月に入ってもジメジメしてるのは変わらず、もはや習慣になった曇り空眺めをしている時だった。
魔理沙がいきなり訪問して来て、とある人物を連れてきた。
スカートの部分が膨らんでいる茶色い服を着た、金髪の彼女は黒谷ヤマメだ。
旧都に住まい、特に何をするわけでも無く、気ままに暮らしていると聞く。
私の前に座って、快い笑顔で会話を開始した。
「魔理沙に一生のお願いだ、って頼まれてやってきたよ」
「お、おい。それは言わない約束だろ」
「お前しかいないんだ、って頭を下げられた時は、こっちが吃驚したよ。いやはや、友情ってのは良いねぇ」
「おい!」
ヤマメは魔理沙の声が聞こえないふりをして、一方的に私に話していた。
だがまあ、これ以上いじめると魔理沙が可哀想だ。
「はいはい、で、治りそう? 勘で検討はついてるけど」
「ん……」
しばしの沈黙。
ちなみに服は脱いでいない。能力で、大体の具合は分かると言うのだ。
彼女の能力はたしか、病気を操る程度の能力。なるほど魔理沙が頼りにしたのも解る。専門家ということだ。
「んーー、この病気は、私には治せなさそうだね」
「は?」
眉間にシワを寄せ、明らかに不快そうな声を出す魔理沙。
やっぱりか。そう言えば、そうだ。
確かにヤマメは、あらゆる病気を操ることが出来る。もちろん発症から悪化、逆にその病を和らげたり、取り除くことも出来る。
ただし、が付く。
彼女が操れるのは感染症のみに限られるのだ。
私のがんは、病原菌が感染するタイプでは無い。
たまたま生まれた悪性の細胞が、脳の細胞を侵食した結果、脳の活動に悪影響を及ぼす、というものだ。感染症ではない。
そのことを魔理沙に説明すると、悔しそうに帰って行った。
残ったヤマメは、最後にすまんね、とだけ残して帰って行った。
♢
数日後。
私は、相変わらずの曇り空を眺めるのにも飽きてきた。そんな生憎の天気を思い浮かべ、ひとつ疑問に思った。
なぜ人は、曇りや雨が悪くて、晴れが良いと思ったのだろうか。
潜在的な本能で、鼠色や灰色は気持ち悪い色で、青空色は気持ちの良いものだと考えたのかもしれない。
しかしだ、考えてみてほしい。雨が降らず田畑が潤わなければ、人は食糧を得ることが出来ず、餓死してしまう。肉だけで十分だと言う人はあまり居ないし、何より水が無ければその動物も自分も死んでしまう。
なのに何故、人は雨を嫌うのか。それは自分が農業をやっていないからだ。
逆に農家が晴れを嫌うかと言えば、そうでもない。太陽光を無くして、植物は育たない。
まあ結局のところ、天気が良い、悪いというのは、日常生活の中で快適に過ごせるか否か、という問題なのだ。
今だってジメジメしている上に、空気がどんよりしていて気分も下がる。早く梅雨が明けて欲しいものである。
なんて、下らない思考に一段落がついたところで、数日ぶりの訪問者がやってきた。
「よお、霊夢」
何時も通り、白黒魔法使いは玄関からは入ってこなかった。庭に着陸して、ブーツを脱いで縁側から侵入した。
「いらっしゃい、魔理沙」
「……どうしたんだ、そのポーズ」
なんの事だろうか、と思って目を開いて自分の姿を見てみた。
なるほど。
「たまには、座禅でもやってみようと思って」
「それは…巫女がやる物なのか? てっきり坊主と尼さんだけだと思ってたぜ」
「ウチには神様が居ないからね。どうとでもできるのよ」
「自由だな。…剃刀要るか?」
「……いらないわ」
再び目をつむって、思考の沼に入り込んだ。すると魔理沙も隣に座って座禅を組み、
「ふふん、面白そうだな。私もやるぜ」
と言った。ご自由にどうぞ。
「………」
「………」
「………」
「なあ、霊夢」
「……ん?」
意識を集中させなければ座禅の意味が無くなるのだが。
まあいいか、気まぐれで始めたものだし。
片目だけ開き、魔理沙を見た。
「……弾幕ごっこを、しないか」
「……はい?」
「最後の弾幕ごっこを、さ」
そうか。忘れかけていたが、既に私が死ぬまで二ヶ月も無い。となると、もう何時やれるか分からなくなるのか。
………そっか。
「わかったわ。やりましょう、今直ぐ。ただ
「もちろん、お前が辛いって言うんなら無理強いはしないが───え?」
「だから、やろうって。一抹の未練も遺さないくらい、徹底的に潰してあげるわ」
こうして、恐らく最期になるであろう弾幕ごっこを始めるのであった。
♢
「懐かしいわね。弾幕の練習をしたのも、初の弾幕戦をしたのも、全部ここ。……アンタと一緒にね」
「ああ」
博麗神社の境内。空中に浮かぶ感覚を慣らしながら、開始の瞬間を待っていた。
「霊夢、最後なんだから本気で来いよ? 私も全力でやるから」
「あら、病人のお婆ちゃんなんだからお手柔らかにね?」
「断るぜ!」
それを合図に、弾幕ごっこを開始した。
空は相変わらずの、曇りだった。
魔理沙は、星をモチーフにした弾幕を多く使う。彼女も魔法使い的で気に入ってるのだろう。あとはレーザーを使用する。
これは彼女について全般に言えることなのだが、魔理沙は大雑把な部分が多い。
というのも、以前はブーツも脱がずに家に上がろうとしたりとか、今も無駄に大量に弾幕を撒き散らしていることから判るだろう。
それに抗う私の動きは、なるべく効率的に。常に最も最善手を。
霖之助さんに言わせれば、私は瞬間移動しているように見えるらしい。だがそれは違う。
第三者が弾幕ごっこを見ている時、少なからずプレイヤーがどのように回避するか分析するものである。
最善手を打った私の行動と、第三者の予想が食い違った時、それは起こる。いわばミスディレクションだ。
そもそも、霖之助さんはしばしば妄想が過ぎるのだ。あまり彼の言う事を、間に受けてはならない。
そうこうしているうちに、魔理沙の弾幕が尽きた。
「あら、もう終わり。だったら私が攻めるわよ」
「……いいぜ、来いよ」
攻守交代。
攻めや守りなど、厳密に決められてはいない。今のは気分だ。だからもし、いきなり魔理沙が攻めてきても文句は言えない。
まあ、彼女だったらしないだろうけど。
私は、基本的に自動追跡のお札を使用する。けれど一枚一枚無駄にはできない。全部手書きなのだから当たり前なのだが。
よって私の攻撃の特徴として、最低限のお札で相手を追い詰め、長引かないようにする、という感じだ。
それに対抗して回避する魔理沙は、やはり雑に避けていた。無駄に大回りしたり、くるっと一回転したり。
そんなだから彼女はいつも、負けてしまうのだ。
いや、ひょっとするとパフォーマンスとしてやっているのかもしれない。
そもそもスペルカードルールは、美しさを競う一面もあったはずだ。その面では魔理沙は、私に圧倒的に優っていた。
無駄に振りまいていた星もそうだ。あれも、よりレーザーの美しさを引き出す為にやっていたのか。
攻撃を停止した。
「………? どうした霊夢。眩暈か?」
「……いいえ」
「じゃあなんだ」
「魔理沙、アンタはずっと、私に勝っていたわ」
「はあ?」
何言ってんだこの紅白巫女。おめでたいのは服装だけにしとけ、とでも言わんばかりの、はあ?だった。
なんだとこのやろう。
「美しさではいつでも、アンタが勝っていた」
「ああ?……ああ。情けってやつか。最後だけは勝たせてやりたいってか。それとも今回も私が勝つっていう余裕か───」
どちらにせよ、と言って魔理沙は続ける。
「どちらにせよ、そんなモンは不要だ。残念だが私はまだ諦めちゃいないからな。勝利は頂くぜ」
「そんなんじゃ……いえ、そうなのかしら。アンタは弾幕の美しさで勝っていた。……だからこそ、私は明確なルールとしての勝利を貰うわ!」
ここからが本番。スペカ合戦が始まった。
♢
「は、はは───」
魔理沙の渇いた笑いが、境内に虚しく響く。
「───負けち、まった……。最後なのに…はは…うぅっ……」
笑いはいつの間にか失せ、嗚咽に変わっていった。
「ちょ、ちょっと魔理沙。泣いてるの…?」
小さい頃以来、彼女が泣いている所は一度も見たことがなかった。
彼女は強く、変化したのだと認識していた。けど違う。本質的に、彼女は何も変わっていなかったのだ。
例え人間から魔法使いになったとて、それが彼女の内部に影響することはなかった。むしろ心の壁を厚くしただけだった。
でも、どうして彼女はそこまで哀しかったのだろうか。
「泣いてなんか……うぐっ。…泣いてるさ! だってよ、だってよぉ───」
「お前が死んじまったら、一生私は追いつけないんだぜ!? 私は、それが怖くて、恐くて……」
……なるほど。
彼女は確かに、ヤマメとはあまり仲が良くなかったはずだ。それでも頭を下げ、必死に頼み込んだのはそれが故か。
そこまでして私を延命しようとしたのだ。
魔理沙も、私に勝ったことは一度や二度ではない。だがそれがどれも、勝利と言うには美しさに欠けていた。
彼女は、美しい弾幕を使い、ルール上でも勝ちたかったのだ。
しかし、彼女は最後のチャンスを逃してしまった。
最後と言った以上、私もこれからやるという事はあり得ないだろう。魔理沙もそれでは踏ん切りが付かないはずだ。
「……そう」
「霊夢ぅ、逝くなよ…! 生きろよ!くそぉ…」
涙声。おそらく、今までに無いくらい絶望している。
これからどれだけ弾幕を上達させても、ずっとずっと私に勝つことはできないという、どうしようもない事実に。
「なんでッ、なんで永琳は治せないんだよ! 治せよッ!」
「………」
理不尽、としか言いようが無い。ただしこの場合は誰も悪くない。言うなれば運命の理不尽。
『たまたま』、それだけで人はいとも容易く死ぬのだ。
空から夕立が降り始めるまで、魔理沙の嗚咽は続いた。