『夏とともに逝け。』(中編)   作:LOORUME

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Grade Ⅵ 「絶体」

Grade Ⅵ 「絶体」

 

 

 

 紅い吸血鬼は運命を見た。数日中に、博麗の巫女・博麗霊夢は亡くなる。

 

 その話はあらゆる媒体で幻想郷中を駆け巡った。

 天狗の新聞や河童の交信。またある時は、面と向かっての噂という形で。

 

 

 そして予言では最期の日。永遠亭には大勢の妖怪が押し寄せた。霊夢との別れを惜しむように、永遠亭と迷いの竹林には、泣き声の地響きが起こっていた。

 

 その中心、霊夢の病室には今、その他に四人が居る。魔理沙、早苗、鈴仙、永琳だ。

 

 魔理沙と早苗は、霊夢の寝るベッドの横に丸椅子を二つ置き、それに座っている。

 永琳と並んで出口の前で佇む鈴仙は、俯いたまま顔を上げない。

 

 

 

「あのさ……霊夢、こういう時、何て言えばいいか……」

「…さあ、ね。思い出でも話せばいいんじゃないかしら」

「思い出なあ」

 

 魔理沙は顎に手を当て、考え始めた。横の早苗は既に唇が震え、目が潤んでいた。

 

「はあ、早苗」

「はい」

 

 溜息と、震えるその返事。

 

「そう悲観的にならないで。泣かないでよ」

「……」

「アンタはもう、神なのよ。人間じゃない。これから何度もこういう別れがあるだろうけど、その度に泣いてちゃ心が保たないわよ」

「……すいませっ…ひぐっ…」

 

 いよいよ、本格的に泣き出してしまった。

 霊夢の助言は届いたのか否か。さりとて、彼女がこのまま此処に居れば、今以上に私の死を引きずってしまうかもしれない。

 そう考えた霊夢は、一つ、提案をした。

 

「早苗、一回出直して、落ち着いてからまた来るといいわ」

「……はい」

 

 早苗はゆっくりと立ち上がり、涙を垂らしつつ、塩菜のように出口へ歩いた。足元は覚束無い。

 

 スライド式のドアにたどり着いた早苗は、取っ手を掴んでこう呟く。

 

「……さようなら、霊夢さん」

「ええ」

 

 そして出ていった。霊夢が死ぬまで、彼女と早苗が会ったのはこれで最後だった。

 それを察してか、この場にいる全員の表情は冴えなかった。

 

 早苗が退室したのを見送って、鈴仙はより一層俯いた。それを見て、霊夢は苛立ちを覚える。

 

「鈴仙、またその癖。ああもう、苛つくわ」

 

 いきなり名指しで話しかけられ、何のことだと鈴仙は疑問に思った。つい首を傾げてしまう。

 

「?」

「アンタはね、困った時に目を逸らしたり、視線を下げる癖があるのよ。それを治して、真ッ正面から立ち向かいなさい」

「……わかったわ」

 

 そんなことを言われる筋合いは無いと、一瞬思いもした。だが長年のよしみで、言う通りにするのも悪くない。鈴仙はそう思った。

 霊夢の苛立ちにつられて、永琳はふと思い出したように鈴仙に話しかけた。

 

「そうよ、鈴仙。前々から思ってたのよ、その癖を治すべきだって」

 

 そこから、永琳の説教が始まった。決して繰り返さず、全て的を射ている言葉のため余計に心が痛い。

 そんな叱咤を尻目に、魔理沙は口を開く。

 

「……まあ、思い出というより常時(いつも)の事だけどな。お前は強かったよな」

「まあ、そうかしらねえ」

 

 弾幕ごっこは美しさを競う競技と言えど、やはりルールは決まっている。美しさがどうのこうの言っても、勝敗は覆せない。

 どうしても勝ちたいのなら、または負けたいのならば、結局は精神の問題だ。

 物的に失ったり、信念を喪うことはあっても、命まではとらない。そういうルールになっている。

 であるからして、死なない限りは自分の勝ちだと思っても構わない。

 

 いくら勝っても、最後に死ぬのでは一生の敗北も同然だ。その点では、魔理沙は圧倒的に勝っていたのかもしれない。霊夢はそう考察する。

 

「霊夢に比べりゃ、私なんて才能が無いのと同じなんだろうな」

「違う」

 

 咄嗟に出た一言に、自分でも吃驚する霊夢。あまりにも速く、本当に私が発した言葉なのか、と。

 しかし出てしまったのなら、それには理由がちゃんとあるはずだ。その答えを、ゆっくりと頭の中で束ねる。

 

「……魔理沙は、才能があるってどういう事だと思う?」

 

 慎重に尋ねる霊夢。一緒に考えさせようという魂胆だ。対して魔理沙は、さして考えたふうでもなく、あっさりと答えた。

 

「あ、謎かけか?…いや、そうだな。お前みたいな、窮地に追いやられても逆転できる奴のことか?」

 

 彼女の言い草に、霊夢は内心で自嘲する。

 

「違うわ。それがこの様じゃない」

「……じゃあなんだよ」

 

 魔理沙の言う才能が私にあるならば、自分はきっと瞬間的な発想でこの不治の病さえも治してるはずだ。

 じゃあ何故私は治せなかったのか。

 それは、魔理沙の言う才能が私には無く、その上魔理沙の言う才能が才能ではないからだ。ややこしいが。

 

 一生をかけて出した、才能の意味とは。魔理沙はじっと見つめる霊夢の眼に、心の奥まで見透かされている気がした。

 

「才能とは、一瞬の閃きじゃない。何十年も同じ姿勢で同じ情熱を傾けられることなのよ」

「………」

「アンタがこの言葉を聞いて、それでも自分に才能が無いと思っても別にいい。でも、アナタには才能が溢れている。と、私は思うわ」

 

 照れくさくなって、霊夢は魔理沙から視線を外した。

 

「…そうか」

 

 ぎこちなく、でも最大限の表現に、魔理沙は綻んだ。

 

「ありがとうな、霊夢」

「いいえ」

 

 一度、霊夢は微笑んだ。

 しかしそれはすぐに切り替わって、魔理沙の後ろで待機する二人、具体的には永琳を睨んでいた。

 剣呑な眼差しで、まるで見定めているかのように。

 

「永琳」

「癖を治すには新たな癖で塗り変えるのが一番だと言うわ。だから……何かしら」

 

 鈴仙の説教を中断して、霊夢の方向へ振り向いた。

 五ヶ月間、ずっと考えてきたこと。それの結論ともいえる部分を、単刀直入に言った。

 

「アンタ、嘘ついてるでしょう」

 

「……末恐ろしいわね」

「ど、どういうことだ?」

 

 魔理沙は理解できず、ただ途惑うことしかできなかった。そんな魔理沙にも理解できるよう、永琳は最初から話し始めた。

 

 死ぬ直前だからこそ、告白できる事実を。見定めなければならない真実を。

 

 ▼-▼-▼

 

 あれは、霊夢が病院に来た日だったわ。

 症状を聞いてみると、がんの確率がかなり高い。だから今すぐにでも手術をするべきだった。

 

 そう、あの時はまだ、私の技術さえあれば、()()()()()()()()()()()

 でもそれは出来なかったの。出来たけど、させてくれなかった。

 

 霊夢の病を判断した私は、迅速に手術の準備をしようと、一度退室した。そこに現れたのが、紫だった。

 

 あんな性格してるけど、結構霊夢に溺愛してるのよ。だからてっきり事情を察知した紫が、速く手術をしてくれ、って頼みにきたのだと思ってたわ。

 

 けど違った。残酷に、愛情に溢れたが故に、彼女はこう言った。

 

「もうあの子が苦しむ姿を見たくない。だからお願い。あのままにして」

 

 紫のいう通り、霊夢はどこか無理をしているような気がしていたの。人間の体で六十を超えても、まだ博麗の巫女でいるなんて、無茶をしている、と。

 

 ……ごめんなさい。今考えると、あの時は正常な判断ができていなかったみたい。動揺していたのかしら。

 

 

 あなたを見殺しにしたのは、私。ごめんなさい。

 

 ▽-▽-▽

 

「何、言ってんだよ、お前」

 

 師匠が頭を下げる姿を見るのは、初めての鈴仙。それは魔理沙も一緒だが、彼女は昂ぶっていた。

 

 魔理沙はもう、落ち着いてなどいられなかった。親友は助かるはずだったのに見殺しにされるなんて。

 今にも殴りかかりそうな勢いだった。

 

 しかし霊夢の反応は、全く逆だった。特に怒った様子もなく、相槌を打った。

 

「そう」

 

 予想はついていて、覚悟もできていたとは言え、それで冷静でいられるのは常人には出来ない。異常だ。

 それを見て、魔理沙は不安になる。

 

「霊夢……?」

「大丈夫、私は。それよりも───」

 

 霊夢は虚空に視線を移す。ちょうど、永琳と魔理沙の中間。

 

「紫、そこにいるんでしょ」

 

「…ごめんなさい」

 

 気がつけば紫が居た。さっきまで永琳の方向を見ていて、紫が立つ位置は視界に入っていた筈なのに、魔理沙は気がつかなかった。

 

 そして第一声で詫ぶ彼女は、同時に頭を下げている。あの八雲紫がだ。

 今の状況に、鈴仙は混乱する。幻想郷の賢者とも言える二人が、同時に謝るなんて、あり得ないことだと彼女は思った。

 

「傲慢な行動だったっていうのは分かってる。でも、雨の日も嵐の日も、博麗神社にたった独りで居続けた貴女は、どこかで苦しんでいるような気がして……」

 

 紫の顔は、悔しさに埋れている。

 

「早くあなたには巫女職を降りて、手頃な男性を見つけて幸せな家庭を築いてほしかった。けどあなたは、一生涯博麗の巫女で在り続けると言ったの」

 

「………」

 

「霊夢をなんとか辞めさせられないかとちょくちょく見張っていたら、永遠亭へ行った時に居合わせたの。診察をした永琳の反応を見て、これは利用できると思ったの。思ってしまったのよ」

 

「ありがとう」

 

「え?」

 

 罵られるか、下手しなくても殴られるくらいは覚悟していた紫。予想外の一言に、呆けた声を出してしまう。

 

 自分がやった行動は決して褒められたものではないし、それは絶対にあってはならないことだ。

 なのに、それなのに、霊夢は感謝の言葉さえ言って魅せた。

 

「この五ヶ月間で気付いたんだけどね、私って、独りじゃなかったのよ。藍に家事やってもらったり、みんなにお見舞いに来てもらってるうちに、死ぬ事とかどうでもよくなったわ」

 

 室内にいる全員がぽかんと口を開いた。

 

「いい、紫? 私が苦しみながら巫女をやっていると思ったら大間違いよ──」

 

───こんな楽しいコト、他では味わえないわ。

 

 霊夢は軽い口調で、話を続ける。

 

「苦労はしてたけど、苦しみなんて一切、無かった。むしろみんなと出会えて本当に良かった。紫がこんなに私のことを考えてくれてるなんて、嬉しかった。だから、ありがとう」

 

 気がつけば、この場にいる全員の目から水が滴っていた。胸の奥でじくじく痛む悪い予感を無視して、今はただただ涙した。

 

「ッ………。さ、紫と魔理沙。まだまだお見舞いの客は来ているの。後が詰まっているわよ」

 

 霊夢は奥歯を噛み締めて、若干の涙声で必死に平常を取り繕った。ならば私も、とばかりに二人は立ち上がった。

 

「ああッ、そうだな。私は退散するぜッ」

「ぐずっ…。じゃあね、霊夢」

「さようなら」

 

 今一度、再び霊夢は満面の笑顔を浮かべた。

 

 魔理沙は、吸血鬼の予言する運命など、嘘っぱちだと思ったし、今の霊夢の様子を鑑みれば、まだ少しは生きていられるんだと信じていた。

 

 じゃあ何故、涙が出るのだろうか。何故、胸のざわめきが止まないのだろうか。

 

 答えは、すぐそこまで来ている。

 

 

 魔理沙はドアの取っ手を掴み、紫はスキマを半分開く。

 

 その瞬間だ。霊夢の脈が停止したのは。

 

 永琳の声に反応した鈴仙が、すぐさま蘇生処置を施そうとする。だが、効果なし。

 

 魔理沙は元いた立ち位置にすぐさま戻り、霊夢の手を握って呼びかける。

 

「全く、霊夢はお茶目さんだな、はは。からかうなよ。霊夢? 霊夢!」

 

 必死の叫びも届かない。

 

 霊夢は、死んでしまった。ちょうど、秋が始まろうかという季節だった。

 

 セミの鳴き声が止んだ。




あとは、後日談を残すのみです。
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