俺は水母棲姫に恋をして   作:あーふぁ

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2話

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」

 

 分厚い金属の塊みたいな、特注である大型の車いすに座っている水母棲姫に俺は力強く叫ぶ。

 執務室には俺と水母棲姫だけ。

 彼女は金属のような艤装は軍に取られ、出会ったときに着ていた黒い布の服のみだ。

 大きな口と大きな片足がある下半身は車いすに固定されていて、上半身は普通に車いすに乗っているように見える。

 あの暑い夏の日の砂浜ら出会って、今日で8日。一緒に過ごし始めて2日。

 陸上に上がってから弱る様子もなく、俺と一緒なら静かに過ごしてくれている。

 でも今は別だ。大きく騒いでいる。

 彼女は軍の研究にために1度身ぐるみを剥がされて生態データを取られ、服も成分検索をされていた。

 それがひどく嫌だったらしく、彼女の頭につけている大きな黒いリボンを赤いエイボンに交換しようとしたら抵抗されている現在だ。赤いのも良く似合うと思っての親切心で。

 出会ったころと違って、腕をおおっていた金属の物がないから物理的ダメージはあまりないものの心にダメージがくる。

 初めて会った印象は、強気でプライドが高いと思っていた。

 けど今の彼女は涙目で嫌がり、リボンを外そうとしている俺の腕を一生懸命に押さえている。

 お互いに無言で力比べをしていると執務室の扉が大きく開けられ、警護のために部屋のすぐ外にいる艤装を装備した不知火が声を荒げて入ってきた。

 

「そこをどいてください、司令!」

 

 きつい眼光と怒鳴り声を水母棲姫に向けてくるが、俺はそれからかばうように水母棲姫の体を抱きしめて不知火の顔を向ける。

 

「ダメだって不知火! これは俺と彼女とのコミュニケーションなの! いちいちそんなものを向けられたら仲良くできないじゃないか」

「ですが司令」

「不知火の出番があるなら俺が怪我してからだから。いや、そういうことは起こさせないけどね?」

 

 俺の手は彼女の頭を抱き抱えながら、夜の闇のように黒くて美しい髪を撫でている。そうしていると水母棲姫も俺の真似をするかのように、人間そっくりのほっそりとした手を首に回してきて俺の短い短髪を撫でてくる。

 それを見て不知火は諦めの溜息をついて、扉を閉めて部屋の外に出て行った。

 安心の深い息をつきながら、手をそっと水母棲姫のリボンに手をかけた途端、彼女の頭突きを頭に受けて俺は床と嬉しくないキスをした。

 

 ◇

 

 彼女のリボンを取り外すのは諦め、おとなしく執務机で書類を書く。そのあいだ日本語の文字が読める彼女は車いすの上で俺がいくつか渡した本のうち、1冊を読んでいる。

 本のタイトルは「ソロモンの指環」というものだ。動物行動学入門ということで彼女と出会った次の日に買い、俺の元に再びやってくるまでその本を熟読していた。

 俺が読んだのと同じ本を彼女が気にいっていて読んでいるのはなかなか嬉しくなる。

 何分かその姿を見てにやついてから、仕事にかかる。

 軍から多くの艦娘を取り上げられた俺の仕事。それは『深海棲艦と友好関係を築けるか』というものだ。

 そうして日々過ごしてわかったことをペンを持ち、細かく書く。

 彼女がどうしたら怒ったか笑ったか泣いたか。

 思考は人間に近いのか。人間を憎んでいるのか。友好の可能性はあるのか?

 俺が経験したことを細かく、私見も入れて書く。

 書いているなかで俺も軍の人たちがどうしてもわからなかったことがある。それが俺にとって最重要の悩みごとだ。

 それは。

 子供が産めるかということだ。

 出会った時、俺は彼女に子供を産んでもらいたいぐらいに強い一目惚れをした。だが、彼女には人間みたいな構造が見当たらないということだ。これには残念に思った。

 けれど、子供が産めないというのがなんだ。

 彼女と合法的に結婚するのも目標のひとつだ。出会ったときに俺は告白をし、彼女はキスをしてくれた。つまりは相思相愛。

 書類の中身が報告からどうやったら結婚できるかに変わってしまったことに気付き、その紙は丸めて部屋の隅に投げ飛ばした。

 投げ飛ばしたときにふと気付く。

 彼女に利用価値があれば調べられるだけ調べて捨てるということもないのでは。

 実際、彼女が着ていた服の素材。あれは布のように柔らかいが決して水は染み込まず、表面加工技術が人間のとは違うことがわかった。

 そういう貴重な情報のように、彼女たち深海棲艦と友好的関係になれば人類にも利益が出るはず。海底資源、海底調査。宇宙と同じ、まだまだ未開なことが多い海の底。

 これから彼女を生かし続けるためのことを考えると少しばかり落ち込んでしまう。

 天井へと顔を向け、ぼうっとしていると視線を感じる。

 その方向を見ると、水母棲姫の彼女はなんだか不安な目をしていた。

 

「俺は子供がいなくてもお前を墓場まで愛せるからな!?」

 

 自分の心が後ろ向きになったためか、責められている気がして恐らく彼女が思っていることと違うことを言い訳にしてしまう。

 ……思えば彼女の声は聞いたことがない。いや、言葉にならない声は聞いたことがある。

 でもいまだ『言葉』を俺は知らない。

 言葉もなしに人類と深海棲艦はわかりあえるのだろうか?

 歴史上、人類は言葉がわかっても絶えることなく争いを続けてきた。では深海棲艦相手ならばどうなるだろうか?

 深みにはまっていく暗い思考を、頭を振ってなくす。

 疲れた頭を癒すために立ち上がり、水母棲姫に近づいては彼女の控えめな胸に抱きつく。

 その胸は人間と代わりなく柔らかい。体温が低いことを除けば。

 抱きつき、わずかに微笑む彼女に頭を撫でられて何分かの時間が過ぎる。

 俺は思う。

 理解できなくても、そこにあることには必ずなんらかの理由があるはずだ。

 そう、水母棲姫が人間のように子供を産めないのに柔らかい胸があるように。

 世界のため、俺のためにも相互理解を深めていかないといけない。俺がまだ若くいれるうちに戦争が終わり、きちんと結婚できるように!

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