俺は水母棲姫に恋をして   作:あーふぁ

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4話

「俺の子を産んでくれ!」

 

 夏も終わりに近づき、気温がわずかずつ下がってくる日のこと。執務室に俺、水母棲姫、不知火と3人でやってきた。

 朝、執務室に来る途中、上層部の艦娘である大和から渡された書類を見て、出産できないことを知りながら叫んだ。そして俺は車いすの水母棲姫のおなかに頬ずりをする。普段ならただ喜ぶだけだが、今は悲しみが混ざっている。

「司令、現実逃避しないでください」

 

 服ではなく、直接に肌に頬を当てていると、いつも通りに艤装を装備している不知火が溜息と共に呆れたように言ってくる。

 けど現実逃避したくもなる。

 渡された書類の内容はまとめるとこうだ。

 

『水母棲姫を捕獲してから鎮守府近海の深海棲艦出没率が増えた。海上輸送路も襲撃され鎮守府の運営は危ない。この手紙を持ってして水母棲姫の研究を終了。今日中に書類をまとめ、明日処分する』

 

 そういう内容だ。

 もちろん到底納得できない内容だが、俺も軍人。それも提督という階級だ。艦娘を指揮し敵を撃破するのが仕事。

 水母棲姫のおなかから顔を離し、見上げると慈愛に満ちた目が俺を見てくる。

 彼女と出会って1か月。ちょっとずつ意志疎通ができ、いまだ会話ができていないが仲良くなってきたと思う。もう少し時間があれば俺への愛が彼女に届く日も近いだろうと思ってた。

 だが、もうそんなことはありえなくなった。

 新聞や同僚からでは連戦連勝、と聞いているが深海棲艦の勢いは衰えを知らない。押されているのでは、という噂も流れた時もあるがすぐにそれは止められる。

 こうやって水母棲姫を俺から奪うのだから、戦況はよくないらしい。原因もはっきりしていない深海棲艦の出現率増加に怯えているのを、水母棲姫に都合よく責任を押し付けて不安を回避するようだ。

 愛する人をなくすことが決まり、深海棲艦と和解しようという俺の努力も無駄になることは何の言葉を持ってしても癒されることはない。

 俺は水母棲姫に抱きつきながら悲しんだ。

 それから報告書を今日1日でまとめるために、涙が流れようとも黙々と書いていった。

 不知火は心が荒れ悲しんでいる俺をそっとしてくれている。

 水母棲姫はいつも通りに俺が与えている本を読んでいる。

 今日渡した本は、アランの幸福論。未来や過去に振りまわされず、体と心の動きは幸せに直結している。礼儀もまた幸せになるひとつの要因。

 明日、殺されるという者に対して渡す本としては皮肉になってしまうだろうか。嫌がらせになってしまうだろうか。

 俺はただ、幸せを教えれなかったから本で知ってもらいたいだけなんだ。

 会話らしい会話もなく、あっというまに夜となる。

 書類はまだ終わらず、肩こりがひどく痛む。

 机から顔をあげると、窓のそばに寄っていた水母棲姫が外を眺めている。

 その視線の先は夜空だ。

 明かりがついた執務室から月が出ている夜空を眺めている。でも明るいところからは見づらいものだ。

 

「不知火」

 

 俺のそばで書類を見ていた不知火は、その言葉だけで言いたいことが伝わり、すぐに執務室の明かりを落とす。

 暗闇に包まれた執務室。でも、目が慣れてくると窓からは月明かりが入ってきて、柔らかなな光は俺の心を落ちつける。

 月明かりを浴び、暗い執務室に浮かんだような水母棲姫。

 

「水母棲姫、明日でお前と俺はお別れだ」

 

 愛称をつけることもできず、キスすることも会話することもできなかった。それに俺は不満だった。

 だが水母棲姫のほうがもっと不満だったろう。自由もなく、見張られる日々。

 彼女は俺に顔を向け、にこりと笑う。

 それは明日、己が死ぬことを知ってか知らずか。それはわからないし、聞きたくもない。

 

「私はあなたが好きよ。いつも顔を見てくれるから。他の人は異形である足ばかり見てくるから嫌いなの」

 

 突然の流暢な言葉。高く澄んだ声。

 初めて聞く音に意識は固まる。視線の先にいる水母棲姫が口を開いて言った言葉が信じられない。研究班の報告では人間の言葉をうまく発することができず、声も低いだろうという予測だったはず。

 不知火を見ると、不知火も固まっている。

 水母棲姫は再び窓の外に視線をうつすとようやく俺の頭も動き出す。

 惚れた女が俺を好きだと言ってくれている。その彼女は明日死ぬことに。

 理性では必要な死だが、感情ではとてつもなく嫌だ。

 その感情は抑えれず、よくない考えを頭に持つ。

 

「不知火」

「司令にはやめていただきたいのですが」

「いや、もう決めたことだ」

「……わかりました、不知火も付き合わせていただきます」

 

 多くを語らずともわかってくれる部下に心の中で感謝をし、同時に迷惑をかけることを悔やむ。

 机にある書類を引き出しに全部しまい、俺は椅子から立ち上がる。

 予定の行動は頭の中で考える。

 事前の下見も計画書も何もない。ただ、覚悟だけはある。

 全て頭で計算し突発的行動にうつる。

 水母棲姫はそのまま部屋で待たせ、俺と不知火は部屋を出る。

 深海棲艦の艤装を保管している部屋に行き、見張りを殴っては縛る。それから水母棲姫の艤装を持ちだし、執務室に戻って身に着けさせた。艦載機や砲弾は没収されていたことは残念だったが仕方ない。

 それから鎮守府内で陽動をする不知火と別れた。そのときの不知火は日ごろの鬱憤が晴らせる、といったやる気に満ちた顔が怖く、頼もしくもある。

 

 ◇

 

 俺と艤装を身につけた水母棲姫は海に来ていた。そこは初めて出会った、あの砂浜だ。

 鎮守府の隅にあり、人目がつかないことは素晴らしいと喜ぶ。

 艤装装備の重たい水母棲姫を車いすごと砂浜へと強引に運ぶ。

 月明かりの下にいたのは大和だ。

 俺と水母棲姫が出会ったときにも遠くにいて、今日の書類を届けてくれていた大和。

 大和は艤装装備でこちらにしっかりと砲口を向けていた。

 聞こえる音は俺の荒い息、波の音、鎮守府から聞こえる砲撃音と警報。

 車いすに乗せている水母棲姫の拘束は解いてあり、すぐにでも海に逃げれる状態になっている。

 でも大和がそれを許してくれるようには思えない。

 

「提督、今すぐ戻ってくださるなら大和は嬉しいのですけど」

 

 殺気を持った威圧的な目と声、それを正面から受けた俺は恐怖の感情に支配されかける。すぐにでも大和の言うとおりに水母棲姫を連れて戻りたくなるほどに。

 でも戻ったら殺されることはわかっている。愛した女は敵とはいえ、俺は守っていきたいと思っている。

 1人の女さえ守れないというは男として、とてもかっこ悪いことだ。

 車いすの水母棲姫の前に立ち、戦うことを覚悟する。

 どうやっても負けることが決まっていても。

 

「長生きしたいよなぁ」

 

 水母棲姫と結婚などもう夢のまた夢。それでもわずかな希望があるかぎり生きていたい。

 大和に向かって大きな声で呟くと同時に、腰に下げているホルスターへ素早く手を伸ばす。

 手が拳銃を掴んだ瞬間、大和は瞬きもせず俺の足元へ向かって砲撃をしてきた。

 それは直接あたらずとも爆発の勢いは足元にあたっただけで死んだと思えるほどだ。

 体が大きく吹っ飛ばされ、宙に舞い上がる。消えかかる意識のなか、落ちる場所と姿勢に注意しつつ受け身を取ってから落下した。

 砂浜の砂とはいえ、それは硬いものだ。20mほど飛んだと思う俺の体はどこかの骨が折れ、身動きがまったく取れなくなった。

 それでもまだ生きている。首だけを大和に向けると立ったままでいて、車いすは投げつけたのか大和の足元でひしゃげて落ちているのが見える。

 水母棲姫は自力で立っていて、俺の落とした拳銃を握っている。

 大声で「早く海へ行け」と声を出したつもりでも声はなく、かすれ声しか出せない。

 気付いたのか、まったくの偶然なのか水母棲姫は俺を見て泣きそうな表情になり、拳銃を投げ捨てて近寄ってくる。

 陸上では満足に動けない彼女は手で這うようにしてやってくる。その後ろには大和が近付いていて、拳銃を拾っていた。

 来るな、と俺は水母棲姫に手を伸ばす。けど伸ばした手は、水母棲姫のほっそりとした白く小さな手で包まれた。

 

「深海棲艦と結婚したい、なんてずいぶんとバカな提督がいると思いましたが。……ここまで大馬鹿でしたとは」

 

 俺の体を抱きしめてかばうようにしている水母棲姫を見下ろしながら、すぐそばまでやってきた大和は顔に手をあてて呆れたような溜息をつく。

 持っていた拳銃を俺へ向けると2発撃ってきた。その弾は頭の近く、砂浜へとあたり砂が飛び散る。

 驚いて目を閉じる。でも動かない。ここでかわすようなそぶりを見せると水母棲姫ごと砲撃してくる気がした。

 恐る恐る目を開けると、大和の諦めたような顔がやけに印象に残る。

 

「大和はこれから不知火ちゃんを説教してきます。まだ暴れているようですから」

 

 遠くからはまだ爆発音と警報が聞こえ続けている。予想以上に不知火が強いか、鎮守府の警備態勢が甘かったのかがわからないけれども。

 大和は拳銃を海へ投げ捨てると、何も言わず悠然と立ち去っていった。

 充分に大和が離れたのを確認し、俺は体にひっついてくる水母棲姫を離そうとするも離れてくれない。

 涙目の水母棲姫は顔をあげ、砂に汚れた俺の顔を大事そうに撫でてくる。その手を掴み、そっと押し返す。

 

「お前は俺の嫁となる女なんだから生きてもらわないと困る」

 

 体が痛むなか、できる限りの笑みを向けると彼女は戸惑いながらも離れていく。

 けれどもなかなか海へ向かうことはせず、手で追い払う動作を繰り返す。それでようやく海に入っていく。

 俺は目をそらし、海に入った彼女を見ないことにする。見るとお互いに別れづらくなろうとするから。

 何十秒か経ち、人工的な波の音が聞こえ、遠ざかっていく。

 安心したのと残念な気持ちが入り混じる。

 もう会うことはないと考えると、胸が痛いどころではない。

 

「キスぐらいしたかったなぁ」

 

 映画やドラマではこういう別れの時はキスをするのが普通だ。それがなくてひどく残念だ。

 体が痛みを感じるなか夜空を見上げる。

 鎮守府のほうでも砲撃音と警報音はやみ、あとはお迎えの兵士たちを待つだけだ。

 ―――3週間後、裁判にかけられた俺は貴重なサンプルを逃がした罪で予備役となり、軍需工場で働き始めた。

 不知火は上司に従っただけということで罪は逃れたが、別な鎮守府へ異動となった。

 俺は不知火と連絡を取ることも不可能になり、艦娘さえも見ることもない生活になってしまった。 

 

 ◇

 

 水母棲姫を逃がした日から6年。

 人類は深海棲艦との戦争に負けた。

 島国である日本は資源輸入が制限されたことで文明レベルが衰退し、1900年代前半のような暮らしになった。

 大陸の内陸部では資源争いで人間同士の争いが活発化したと聞く。

 世界の海上交通路は深海棲艦が管理するようになり、沿岸部も支配された。

 過激的な軍人や艦娘は処分され、他の残った人間は食料自給率をあげるため、多くの人が農業や漁業をはじめた。漁業については深海棲艦の管理の元でやっているが、人間同士で管理していたときより漁獲量が増えたのは深海棲艦が戦うだけの存在ではないのだと思う。

 俺もその例にたがわず、工場の仕事がなくなって農業をすることに。

 でも海がとても恋しいため、海が見える沿岸部で仕事を始めた。

 誰も住んでいなかった一軒家を借りて畑を耕す。でも1人じゃない。元艦娘の不知火と一緒に暮らしている。

 不知火は両目を怪我で失ったために敵にはならないと判断され、深海棲艦に殺されることはなかった。

 暑い日も寒い日もお互いを助け合って生きてきた。

 不知火と暮らしていた、夏の暑いある日のことだ。

 家で不知火と一緒に昼飯を食べていると、不知火が玄関へと顔を向ける。

 

「お客さんが来たようですよ」

「ん、そうか」

 

 目を失ったぶん、音については敏感に反応するようになった不知火が教えてくれる。そしてすぐに呼び鈴の音がなった。

 食事中を邪魔されるのは気分悪いが、滅多にこない訪問客を無視するわけにもいかない。

 重い腰をあげて玄関に行くと、引き戸の擦りガラス越しにシルエットがあった。

 それは大きな車いすに乗っていて、頭には黒く大きなリボンと黒い服を見につけた人が。

 




終わり。
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