見渡す限り、水中のような背景の中をデジタルの数式と情報、電子、電気信号が飛び交っている、果ての見えない、延々と続くようにすら見える奇妙な空間。
そこを箒と肇は漂っていた。
「…うん。脱出成功だな。追ってもいないし。」
肇が呟く。
「さて篠ノ之、お前、真実が知りたいっつてたけど…篠ノ之?」
肇は声を箒に掛ける。
だが、無反応。というか箒は驚愕していて肇が眼中にない。
「おーい篠ノ之〜?」
「何だ…これ、は…?」
肇の声に反応し、口を開く。
「何って…IS学園のあった第02016レイヤー(層)から降りたとこにある第19654レイヤー(層)だけど?」
後頭部に両手を組み、まるでハンモックに寝転ぶような姿勢で情報の流れに身を任せ、漂いながら肇が余裕の声音で言う。
「そ、そうではない‼︎だから…この光景は何なんだ⁉︎まるでコンピュータの中にいるようではないか‼︎」
箒は焦りながら、言う。
「そりゃそうだ。だってここ(世界)、お前の姉が作ったスーパーコンピュータの中にある仮想世界だからな。」
肇はさも当たり前の様に、さらりと言う。
だから箒は余計に驚いてしまう。
「は?えっ、ちょ、ど、どういう…というかなんで…」
「さぁ?電気信号で動くプログラムの人間はともかく、お前みたいに肉体から精神を飛ばしてるのは何でか知らん。」
さらに、肇はさらりとトンデモない事を言う。
プログラムの人間––––––つまり異常にまみれていたIS学園の生徒たちは全て電気信号で動くモノに過ぎないというのだ。
それだけではない、箒が肉体から精神をこの世界に飛ばしているというのだ。
…訳が分からない。
「…ちょ、ちょっと待ってくれ…少し整理させてくれ…つまりなんだ?私は私の精神そのものと言いたいのか?」
「正確にはお前自身の精神をある程度のレイヤーで補正した…まぁ、ようはアバターってトコだな。」
箒は焦りながら聴くが、肇は依然として、先ほどから姿勢を変えずに余裕を持った声音で応じる。
アバター。
自分を投影したもの。
ゲームやサイトで自分が使役するキャラクターそのものの事も指す。
今の箒は、それなのだと、肇は言う。
とてもではないが信じがたい––––––だが、今目にしている光景が、きっぱりそれを否定する事を妨げている。
そして、箒は口を閉ざす。
肇も箒の心情を察してか、口を閉じる。
両者の間に沈黙が訪れる。
「…ん、そろそろか。」
第21986レイヤー(層)にまで来た時、肇は呟く。
そして、箒の手を掴む。
「へっ⁉︎なっ‼︎」
思わず箒は驚き、はしたない声を上げてしまう。
「ちょっとばかし、腹がヒュッてなるぞ。」
肇は面白そうな、楽しそうな、そんな顔で言う。
「な、何が–––––––」
箒が聴く––––––が、デジタル形式のリングをくぐった瞬間、まるで荒れ狂う洪水状態の河川のように情報の流れが加速する。そして情報の流れに乗っている箒と肇も––––––
「ひ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「あはははは」
ジェットコースターに乗っているような感覚に、襲われる。
「よっしゃ着くぞ〜‼︎」
「ひい、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
肇は本当に楽しそうな…というか本当に笑いながら、楽しんでいる。
そして箒は肇とは対象に、可愛らしい悲鳴を上げながら、泣き出す1歩手前の状態になっていた。
そして2人はQRコードの書かれた円形のゲートをくぐり––––––
「よっと。」
「あ、痛ッ‼︎」
第45896フォルダという場所に、肇は跳び箱を飛び越えた後の姿勢であるYの字で、箒は腰を床に相当するモノに打ち付ける形で入った。
「いや〜面白かった。今の状態加速ポイントって言って処理速度上げる為のポイントでさ。意外と楽しかったろ?」
陽気に笑みを浮かべながら、肇は言う。
「…………。」
「え?あ、あの篠ノ之?」
「…ぐすっ…」
見ると、箒は泣き出してしまっていた。
「ばかぁ…死ぬかと思ったぞ…すごく、怖かったんだからぁ…。」
「あ、え?えっと、あ、えっと…。」
肇はあたふたと慌てふためき、箒にどう声を掛けるべきか、悩まされる。
…とりあえず、
「ごめん。」
謝る。
「いや、ISに乗ってるから、まさか怖がるとは思わなくて…。」
「それとこれとは別だ…ばかぁ…。」
「わ、悪かった。悪かったから。今度から事前に言うから許してくれ。」
やはりオロオロしたまま肇は言う。
と、そこに、
「肇…女の子泣かせたの…?」
赤い瞳に青い髪をして、眼鏡を掛けた少女が現れた。
「…最低。」
ストレートに言い放つ。
「率直に言われたら結構痛いんだけど…。」
肇は苦笑いしながら少女––––––更識簪に言う。
「簪⁉︎なぜ、ここに––––––⁉︎」
思わず、箒は驚く。簪は2週間前に行方不明になったままだったから。
「別に大した事ない。ただ箒みたいに肇に思考のリミッターを外してもらっただけ。」
「リミッター…?」
「急に今まで普通だと思ってた事を異常だと再認識したり、認識しないように仕組まれていた欠落していた記憶を認識したり…とか。」
それを聴いて箒は思い当たる。
先程、欠落していた記憶を認識したり、今まで見過ごしてきた異常を再度認識したり…それらは肇が何らかの手を加えたのだろう。
肇の言っていた事から察するに、簪はプログラムの設定そのものをいじり、箒は精神にかけられていた、レイヤーによる補正を解除したのだろう。
「どのようにしたのだ?」
「そこは企業秘密。」
箒の問いに、そう肇は応える。
「あるいは御都合主義––––––というやつか?」
箒が言う。
「痛いところ突くなぁ…てか、御都合主義に満ちた仮想世界にいたお前が言うか?」
「望んでいた訳じゃ、ない。」
「…まぁ、そうかも知れないな。ところで、紅椿を渡してくれるか?」
肇が言う。
「…何に使うんだ?」
渡しはしたが、少し、箒が警戒しながら言う。
このISは白式同様、姉が手掛けたものだ。
何かトラップを仕込んでない訳がない。
「…ふーん、その程度のもんか…。」
ふと肇が呟くと、中指で待機形態の紅椿を弾く。
すると、空間ウィンドが表示され、『セキュリティ制圧』と表示された。
箒は驚愕する。
なぜならISを指で弾いただけで制圧してしまったのだから。
「さて、簪、あとは頼む。」
「うん…。」
そういうと、ペタン、と腰を床に相当する何かの上に降ろし、紅椿をいじり始める。
「…ところで篠ノ之。」
「…なんだ。」
「一応聞くけどお前、今すぐにでも元の世界に帰りたいのか?」
「当たり前だ。何時までもこんな異常な世界にいたくなんかない。」
「…そうか…。」
すると少し哀れむような眼差しで、肇は箒を見た。
まるで現実世界が如何なものか知っているかのように。
だが箒はそれに気付かない。
元の世界に帰る事で頭がいっぱいなんだろう。
「今すぐに帰るつもりなのか?」
「…できるだけ、早く帰りたい。」
「そうか…。」
そんな会話をしていると肇の眼前にウィンドが表示される。
そこには、ゴーレム––––––と束が呼んだ無人ISがやって来ていた。
『散々探し回らせてくれちゃって…束さんをコケにしたらどうなるか教えてあげるよ‼︎』
ゴーレム越しに束が言う。
「…ちょっと彼奴ら、はたき落としてくる。」
そういうなり、肇は待機形態らしいドッグタグに触れ––––––
「––––––紫電弐式、起動。」
静かに、けれど芯のある声で、肇は言う。
すると灰色を基調として、各部に赤い頭部のメインカメラ(目)や各部のサブカメラを身に付け、頭部に一角のブレードアンテナを付けた、全身装甲型のISを肇は纏う。
「…さて、と…ちょっと、破壊してくる。」
肇は、そう呟く。
「…あ、あの、国崎。」
心配そうな顔で箒が声をかける。
「なんだ?」
「…死ぬなよ。」
「善処するよ。」
肇はそう言うと、腰部にある跳躍ユニットを吹かし、第45896フォルダの、ゲートをくぐって–––––––外に飛び出した。
眼前には6機のゴーレム。
『ノコノコ出てきて、バッカじゃねーの⁉︎』
束が耳障りな声をゴーレムにつけたらしい外部スピーカー越しに、放つ。
『さっさと死んじゃえ––––––‼︎』
束が叫ぶと同時に、ゴーレムはレーザーを放つ。
そしてそれは、突っ立ったままだった紫電弐式に命中する。
『あはは‼︎ザマーミロっての…⁉︎』
束は高らかに勝利を確信したが、直ぐにそれは粉砕された。何故なら、紫電弐式は未だ健在だったからだ。
ふと、肇が言う。
「…篠ノ之束、ひとつ良い言葉を教えてやろう––––––『弱い犬ほど、よく吠える』、だ。」
瞬間、レーザーの着弾で生じた煙幕を切り裂きながら、メインカメラの紅い輝跡を走らせながら、紫電弐式が、牙を剥いた––––––。
今回はここまでです。
肇は、「その世界」では束以上のチートですが、「その世界」の最後では…おっとこれ以上はネタバレ。
ちなみに肇のISの紫電弐式はマブラヴTEの戦術機、Su-47ベルクートがイメージ元ネタです。
「その世界」が終わったら、「この世界」の話になりますが、「この世界」が長いため、「その世界」を端折ります。
すみません。