すみません。リアルに忙し過ぎるんです…。
仮想世界・第10018フォルダ。
やはり、第45986フォルダに最初に来た時と同じ様な、四方八方、天井も床も壁も真っ白な空間。
先程3人の専用機乗りたちに盛大に天井に穴を開けられた第45986フォルダは破棄。
現在は予備の第10018フォルダに移動していた。
「…さて、唐突だが箒。明日、この世界を出るか?」
「…は?」
肇が唐突にそんな事を言うものだから、箒は口を開けて、驚く。
「?何をそんなに驚いてんだ?さっきまでお前は現実に戻りたい戻りたいって言ってたのに。」
お前は何を言ってるんだ?とでも言いたげな顔で箒に対して、肇は言う。
「い、いや、だってこういうのは徐々にやって行くものではないのか?」
少しあたふたしながら箒が肇に聴く。
「?いつ、誰が『そういうもの』だってルールを決めたんだ?」
「…え?」
さっきから困惑しかない箒に対して肇は悪戯っぽく笑いながら、言う。
「そんな面倒い事はとっくの前に済ませたよ。コツコツとバレない程度にさ。」
つまり、箒が暴力女だったころから、既に自我を持って、現実世界への出方を探っていた、というのだ。
だが、ここで箒の中に疑問が生まれる。
「…なら…」
「ん?」
「なら、お前はどの様にして自我を持ったのだ?」
肇の話を聴く限りではこの仮想世界の人間は全て束の思いのままに動かせる。
つまり全ての人間は束の管理下にある。
異常を知ればすぐに手を打つ。
なら––––––いや、束は自分の知らないところで手を打ち始めていた?
箒の中で、疑問が疑問を産む。
「…ああ、この世界の人間で異常があればあの天災が手を打つ。」
肇が言う。
「だが、何もこの世界の人間にワザワザ自我を持たせる必要は無いよ。」
肇はやはり、悪戯っぽく笑いながら言う。
「…ど、どういう…?」
「詰まる所…てか、正直な話、白状するとさ。俺…コンピューターウイルスの一種なんだ。」
「…は?」
箒の目が点になる。
コンピューターウイルス。
その名の通り、プログラムを壊す存在。
箒も知ってはいる。
肇自身が、それなのだという。
コンピューターウイルスそのものなのだと言う。
肇が、
コンピューターウイルス。
箒の中で衝撃が駆け巡る。
同時に、バラバラだった線が繋がり、物事に気付く感触が箒の中に芽吹く。
肇に出会ってすぐ、今まで当たり前に生きてきた普通を、はじめて異常だと認知した。つまり、これは肇に接触して、私の認知にかけられていたレイヤー補正を破壊して…。
そして肇を何故束が狙うか。
それは、自分の作った箱庭の世界が、どこの馬の骨とも知らないコンピューターウイルスに荒らされているから。そして、最愛…らしい、妹を取り返すため––––––だがここでまた疑問が生まれる。
「どうして…姉さんは…私をここに…」
真実を掴む。
するとまた疑問が箒の中で生まれる。
「…そりゃあ、現実世界が地獄だからなぁ〜。」
肇が言う。
「地…獄?」
また箒は困惑した声音で言う。
「そそ。地獄、地獄、…しかも世界を地獄に変えたのはあの天災だからなぁ〜。」
やはり、悪戯っぽく笑いながら––––––それでいて醒めた目で、言う。
「…まず、天災がデブリから発見した重力鉱石という鉱石が宇宙開発に滑車をかけ、コロニー開発にまで発展した…そんな世界観が現実世界だと言う認識の上で聴いてくれ。」
肇は、至極真面目な声音で言う。
「ある時、デブリから採掘された重力鉱石が事故で地球への直撃コースに乗ってしまった。直撃すれば…そうだな、例えば日本に落ちたとしよう、衝撃波で日本列島は粉砕され、衝突により地殻そのものが宇宙に巻き上げられ、破片は地球の裏側のブラジルにまで降り注ぎ…地球は火の星になって滅ぶ。…まぁ、想像を絶する大惨事になるって事だ。…当然、その未来なら人類は絶滅する。」
「‼︎⁉︎」
箒は驚いたが、言葉に出来ず、絶句する。
人類が絶滅するという、悪い三門小説みたいな展開に、現実を感じられなかったから。
「だからアメリカとロシアはありったけの核ミサイルで重力鉱石を細く破砕した。…結果的に人類滅亡…なんて悪い話は無くなった。」
箒は少しホッとする。もし、自分が行く現実世界が人類滅亡後の世界––––––だなんてのは、御免だったから。
「だが、細く破砕された重力鉱石はユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ各地に降り注いだ。」
肇が言う。箒は、また緊張する事を迫られる。
「…そして地球規模の重力偏差…要は重力の偏りが生じた。…ユーラシアやヨーロッパを中心に…その結果どうなったと思う?」
箒は、わからない、と首を横に振る。いや、なんとなく察しはついている。でも、口にするのが怖くて––––––言えない。
そんな箒の心情を読み取ってか、肇は複雑な顔をする––––––が、あえて現実を突きつけた。
「まず重力偏差によって、大規模な海洋移動が起きた。…重力偏差の中心地だったユーラシア、ヨーロッパ、アフリカに、海が、数十メートルクラスの大津波となって押し寄せたんだ。人も、街も、田畑も、みんなその大津波に飲み込まれて––––––ユーラシア、アフリカ、ヨーロッパ、そして余波を食らった北米東海岸と南アメリカは––––––山脈などを残して、ほとんど全ての土地が、水没した…ユーラシア大陸も、アフリカ大陸も、南アメリカ大陸も、北米東海岸も…みんな、海の底に沈んでいった。…後に大海崩って言われるようになる、大厄災さ。」
諦観と悲観的な、そして恐怖と絶望の入り混じった声音で言う。
「当然、人が大勢死んだ。…多分、数十億単位でな。…生き残った国家の首脳や有権者たち1000万人は、我先にと国民をおいてコロニーに逃げ込んだ。…今の地球は生き残って、法治国家として存続している国がどれだけあるかは知らん。…だが少なくとも、日本は無事らしい。」
箒は、日本が健在ということに安堵したが、ユーラシアのことで絶句する
ユーラシア大陸やアフリカ大陸が海に沈んだというのだ。
そんな事があるはず無い––––––感情が否定する。
だが、肇は外の事を知っていて–––––––つまり、肇の言う世界が、現実の、世界、で––––––…
「さらに醜いのがな。日本はアメリカと組んで日米連合として、フランスはカナダと組んでフランス・カナダ同盟として、戦争してんだよ。僅かな土地と食料、資源、そして大海崩直前にヨーロッパで発生した新型伝染病のワクチンを巡ってさ。…まさに、地獄だろ?」
自嘲するように、肇が言う。
箒は、やはり、絶句したままだ。
自分の行きたいと願っていた現実世界が、まさかそんな地獄だなんて、思ってもいなかったから。
先程言った有権者の中に束は入っていただろう。
––––––そして、箒から現実世界の認識が削除されていたということはつまり––––––箒は、有権者の中にはいなかった。
地球に置き去られた、ということになる。
だから束は愛してやまない箒に不幸な思いをさせる前に、こんな、仮想世界に精神ダイブさせて––––––。
…そんな世界なら、いっそこのまま仮想世界にいた方が良いのか––––––?
「天災がお前にしたのは、お前の想像通りだろう。」
肇は、箒の思考を見透かすように言う。
「…けど、このままだとお前、遠からずこの仮想世界ごと消滅(ロスト)するぞ。」
肇は警告するように言う。
「どういう…」
箒は、さらに困惑する。
「…この仮想世界を形作るスーパーコンピューター…それの電源たる発電機の老朽化だ。」
肇が、言う。
「もしこのスーパーコンピューターに電力が供給されなくなれば、この仮想世界ごと、お前は消えることになる。」
つまり進むも地獄、退くも地獄、というのだ。
「それでも…」
箒は、呟く。
「それでも…出たい。この、世界から。」
箒は、一瞬揺らいだが、この世界に留まっても死が来るならいっそ––––––…と、決意を固めて、強い声音で、言い放った。
「こんな世界で死ぬより、絶望的でも、まだ希望のある現実世界で生きる方がマシだ。」
「…そっか。」
肇は、少し悲しそうな、寂しそうな顔をして、呟いた。
(はぁ…ホンットに頑固娘のツンデレ女だよ…創造主サマ…いや、香月さん。)
そして肇は内心、愚痴を漏らした。
■■■■■■
現実世界、カナダ・エドモントン郊外・国道16号線
月夜が照らす暗黒の世界を、薄汚れた衣服を纏い、誰もが死んだ様な瞳をして、地獄から這い出てくる亡者にさえ見える、900人近くの難民が、カナダの、生き残った数少ない大都市であるバンクーバーを目指していた。
「うッ、けほッ!けほッ‼︎」
その内の一人の若い女性が、酷く咳込み、道路に蹲る。
肌は血の気を感じさせない青白い色で、赤紫色の斑点が所々点在していた。
「おい、大丈夫か?」
難民の内の一人の男が心配そうに声をかける。
「バンクーバーに着けばきっと伝染病の治療を受けられる。それまで頑張れ。」
男が、若い女性を励ます。
その男の肌もやはり、女性ほどではないが、肌は血の気を感じさせず、赤紫色の斑点が所々点在していた。
彼らは、大海崩前にヨーロッパで発生した新型伝染病に感染しながらも北米東海岸に逃げ延びた、欧州人やカナダ人だった。
今まで彼らは互いを励まし合い、罵り合い、それでも必死で、バンクーバーを目指して、一生懸命今日まで生きてきたのだ。
その彼らの目の前に、エドモントン市街を囲む様に、高さ3メートルのフェンスがそびえ立つ。
フェンスの向こうにはフランス国旗やカナダ国旗のマークを肩に描かれた防護服に身を包んでアサルトライフルで武装した兵士達が12名ほど、いた。
その指揮官らしき兵士が拡聴器で、
『ここから先は、フランス・カナダ同盟の領土です。みなさんは感染の疑いがある為、お通しできません。』
そう、言う。
「どう…して?」
誰かが言う。
「私たちは治療して欲しくてここまで来たのよ⁉︎」
誰かの言い放ったその言葉を皮切りに、彼らは津波の如く、フェンスに押し寄せる。
まるでゾンビ映画に出てくるゾンビの群れのように。
『落ち着きなさい‼︎フェンスから離れなさい‼︎』
指揮官が怒鳴るが、難民たちには聴こえない。
「隊長ダメです!突破されます‼︎」
フェンスが音を立てて軋み、変形し始める。
「クソが!上の連中は何してんだ⁉︎」
兵士が愚痴る。
彼らには発砲許可は下りていない。だから、発砲は出来ない。
発砲すれば命令違反で懲罰。
だがこのままではエドモントン市街に数百人の感染者が雪崩れ込む。
そうすればバンクーバー以東に住む市民が新型伝染病に感染し、爆発的大規模感染を引き起こしてしまう。
「ダメだ止められな…」
部下が言いかけた瞬間、空を劈く爆音が響く。
フランス軍の戦術機ラファールの、跳躍ユニットの駆動音だった。
ラファール・管制ユニット内。
目に映る光景には、伝染病ウイルスを治療して貰おうと、エドモントン市街のフェンスに押し寄せる数百もの難民。
その内数人は、3メートルものフェンスを乗り越えようとしている。
『HQから全部隊へ、発砲を許可する。難民の流入を阻止せよ。』
瞬間、フェンスの警備部隊から一斉に銃撃。
難民の前例にいた人間から血飛沫が舞い、悲鳴と怒号が交錯する。
『お前らそれでも人間か––––––⁉︎』
難民の一人がそう怒鳴る。が、すぐ射殺された。
(…相変わらず胸糞悪い任務だ…‼︎)
ラファールの小隊を率いるシャルロット・デュノア少尉は、舌打ちをしながら、内心、吐き捨てる。
『こんな、の…人間のやる事じゃ…ない……』
小隊の新米兵士が言う。
確か出身はフランスのリヨンだったか…。
あの難民の中にいるであろう同じフランス人や同盟関係のカナダ人が目の前で虐殺されている。
残虐な光景が、彼女の精神を蝕んでいるのだろう。
「小隊全機傾注‼︎」
シャルは号令をかける。
「難民に向けて直接撃つな。威嚇するだけでいい。…殺せば私たちはあそこで難民を射殺している奴ら以下になると心得ろ‼︎」
「「了解‼︎」」
シャルは、全機にそう命じる。
少しでも抵抗を取り除くべく、そう言ったのだ。
やらなければバンクーバー市のカナダ人260万人とフランス領・バンクーバー島ビクトリア租借地の同胞20万人が新型伝染病に感染してしまう。
それは阻止せねばならない。
だが阻止するには殺しもせねばならない。特に先程のような新米は、手を汚すべきではない。
手を汚すべきは––––––
「私一人で、充分だ…‼︎」
今回は短いですが、ここまでです。
肇の正体と口から明かされた現実世界の状況…それでも現実世界に帰ることを選んだ箒…
その現実世界…
新型伝染病。
難民。
フランス・カナダ同盟。
ビクトリア租借地。
そしてオリジナルのシャルロット・デュノアの存在。
前回までは日本でしたが、北米は如何な情勢なのか…?
次回も不定期ですが、よろしくお願いします。