あたしと比企谷の友達Diary   作:ぶーちゃん☆

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長いです……orz
やはり物語の〆はどうしても長くなっちゃいますね><

まぁ二つ三つに分ければいいだけの話なんでしょうけど、やっぱりコレはこの1話だからこそ意味があるのかな?
なんつって(笑)


ではではどうぞ!




日記11ページ目 祭りの終わりに思うこと

 

 

 

 体育祭運営委員会発足からもう幾日経ったことか。

 正直、もうこれはマズいなんてもんじゃない。

 

 あの悪夢の文化祭と同じように出席率がダダ下がり状態で、ただでさえ進捗が思わしくないってレベルを超えているのに、ここにきてこの体育祭の目玉種目、チバセンへの反対意見の嵐。

 

 危険では? と反対意見が持ち上がり、それに向けて、救護班の設置やら地域消防との連携、ルール厳罰監視の徹底等々対案を雪ノ下が瞬時に用意した今日の会議では、反対する委員達を余計に刺激する格好となってしまった。

 

 それに加え、今日は委員長様が会議開始から一切口を開いていないというオマケつき。

 まぁ元々口を開いたところで役に立たないどころか、下手をするとその開いた口に遥だかゆっこだかのモブ子モブ美コンビが乗っかってきて、余計にこじれるという悪循環になってしまう為、結果的にはいいのかも知れないが。

 

 だがやはり最高責任者たる相模が、ずっと下を向いたまま黙っているだけでは執行部の面目も立たず、それはそれで現場班からは不満の色がありありと伺えた。

 

 喋ってもアウト、黙っててもアウト。やだ! 相模さん八方塞がりじゃないですか! 八万方塞がりまである。どんだけ全周囲を塞がれてんだよ。

 

 

 「さて、どうしようかね……」

 

 まだ作業時間だというのに、会議室に残って作業しているのは俺たち首脳部のみ。

 そんな状況に、めぐり先輩がうーんと唸りながらそう漏らす。

 

「でも、ゆきのんが説明したこと以上のものってないような気がするんですけど……」

 

 そう。問題提起された直後に、雪ノ下があれだけ筋の通った対案をすぐさま出したというのに、それでさえも賛同を得られなかった。

 

 つまりこれはすでに理非の問題などではなく、単純な反感。首脳部側が気に食わないことによる単なる反抗心。

 元々の発端からして、相模に対する不信感からくる感情的なものなわけなのだから、いくらこちらが理路整然と正論を並べ立てたところで、もうあいつらの心は動かない。

 

 すでに相模からの謝罪は済ませてある。まぁあれは謝罪というには稚拙すぎるけども、正直相模にはあれが精一杯だろう。

 すでに謝罪までも済ませてしまっている今、感情で動いているあいつらに対して、もうこの現状を打開するには相模が退くことくらいしか無いのかも知れない。

 感情的になって一切筋を通そうとしないあいつらに屈するだけの、あまり面白くない算段ではあるけれども。

 

 

 ……もしくは、あいつらを脅す……か。

 

 

「……なぁ、あいつら……現場班は、筋も通さずマンパワーで体育祭の開催を人質に取って、力ずくで我が儘を通そうとしてるだけだよな」

 

「……ええ、そうね」

 

 俺の発言に雪ノ下が首肯する。

 

「だったら、俺たちも同じような手口を使わないか?」

 

「……どういうこと? ……なにか具体的な案でもあるのかしら」

 

「ああ。……相互確証破壊ってやつだよ」

 

 俺はそう言い放ってニィッと笑う。それはもう通報されちゃうレベルの気持ち悪い笑顔で。

 やだ雪ノ下さん! そんな顔しないで!

 

 

 ──そう。あいつらがマンパワーで体育祭を人質に取るのなら、こちらはそれ以上のマンパワーを使って、さらに強烈に人質を取ってやればいい。

 お互いに人質を取り合って破壊しか生み出さない状況をお膳立てしてやれば、より立場の弱いあいつらは従わざるを得なくなる。

 

 本来ならそんな状況を首脳部側が作るべきではないことは承知している。

 しかし我が儘を数の力で無理やり通そうとするあいつらの低次元なやり方。そして出来れば相模を降ろしたくない俺たちの立場。

 その全てを鑑みた場合、この手段こそが残された唯一無二の方法。

 

 そして俺はこの場に残された首脳部陣に、この作戦の具体的な方法を説明しようと口を…

 

 

「あ、あの……」

 

 開いた瞬間に、ここにきて突然相模が口を開いた。

 ……なんだよ、邪魔すんなよ煩わしい……とは思ったのだが、まぁこれでも一応は委員長様だ。とりあえず一旦説明を諦めて渋々相模へと目を向けると、相模はカタカタと小刻みに身体を震わせながら、スカートをギュッと握って俯いたままだった。

 

 

 ──ああ、これはあれか。もう辞めます宣言か──

 

 まぁ……仕方ないだろう。むしろ相模にしては、よくここまで粘ったと感心しちゃうまである。

 奉仕部への三浦からの依頼としては失敗してしまうが、今俺が説明しようとしているこの作戦も成功するかどうか不確定なこの現状では、このままだとめぐり先輩からの依頼も同時に失敗してしまう可能性すらあるわけだし、それは致し方ないことなのかもしれない。

 何よりも辞めたいというのが相模本人の意志であるならば、それを否定する権利は俺たちには無いのだ。

 

 そんなことを思いながら相模を見ていると、相模の口から出た言葉はあまりにも意外なものだった。

 

 

「……うちに……うちに明日もう一度だけ、チャンスをもらえないかな……」

 

「は?」

 

「……まだうちにはやれることが……違う。やらなきゃいけないことがひとつだけある……。本当は今日やろうと思ってたけど、足がすくんで出来なかった。……だから、明日だけ……もう一度、チャンスをください……」

 

 

 ……まさかの続投宣言である。しかも、なにか考えがあるってのか?

 いやいや、こいつ状況分かってんのか? もうあの連中を動かすには、脅すかお前が辞めるしかねぇんだよ。

 今更お前なんかがどうこう出来るようなレベルなんかじゃない。

 

「お前、なに言ってんだ。ちょっと状況理解しろ。もう時間的に余裕とかねぇんだよ」

 

 こんな言い方したところで、俺が大嫌いな相模からしたら、必要以上に反発するか無視するくらいしか無いだろう。

 俺としたことが、ちょっと感情的になってしまい少々悪手だったかもしれない。

 

 果たして相模は俺を憎々しげに睨み付け、低い声で反発する。

 ん? 睨み付ける? なんだ、この違和感は……

 

「うるさい……そんなのあんたに言われなくたって分かってる……。うちだってこれでダメなら覚悟はしてる……!」

 

「……っ」

 

 相模と視線を交わし、“俺に”向けられたその言葉を聞いて、先ほどの違和感の正体に気付く。

 

 ──相模が俺を見た。そして相模が直接俺に向けて意見した──

 

 あの文化祭以来、相模と目が合ったのは初めてだ。

 いつも粘つくような憎しみの感情を向けて来ても、決して俺とは目を合わせなかった相模。

 

 体育祭運営委員会が始まってからもそれは変わらず、こうして首脳部会議をしていても、俺のことは視界に入れないようにしていた。それはもうわざとらしいくらいに。

 

 そんな相模が俺を見た? そして視線を交わしたまま俺に意見した?

 しかもその目は、確かに俺に対する嫌悪感は映っていたが、なぜだかいつか感じた狡猾な蛇のような、いやらしい感情は籠もっていないように思える。

 どちらかと言えば……負けず嫌い?

 ちょうど雪ノ下が『比企谷くんごときに負けるわけないでしょう?』と得意の負けず嫌いを発揮してる時のような、お前なんかに負けるかよとでも言いたげな、そんな目だと感じた。

 

「……比企谷くん。いいんじゃないかしら。委員長がそう言っている以上、私たちはそれに従いましょう」

 

 そんな相模の不思議な強い意志を感じたのか、雪ノ下は明日一日だけは相模に一任する事にしたようだ。

 

「そうだな。ま、雪ノ下がいいならそれでいい」

 

 そもそも俺には部長様の決定に意見する権利とか無いですし。

 

「ただし」

 

 そう言って雪ノ下は相模に厳しい眼差しを向ける。

 

「相模さん。猶予も余裕も無いと言うのは本当のこと。貴女のやり方が不発に終わることも初めから考慮に入れた上で、私たちは今から先ほど比企谷くんが言っていた相互確証破壊案についてもこの場で検討します。貴女が明日の会議で説得を失敗した時点で、すぐさま貴女を外して計画を移行するわ。それでもいいかしら」

 

 あまりにも厳しい物言いだ。表面だけ見れば、失敗した場合は単に作戦を第二フェーズに移行するだけのように聞こえるが、その実相模の成功など一切期待していないという表れ。

 外すと明言した時点で、「もう貴女には後が無い。それでもやるつもりかしら」と退路を断っているとも言える。

 

 相模なら、この雪ノ下の圧力に気圧されて諦めるという選択肢を選んでもおかしくはない。少なくとも二の足は踏むはずだ。

 

「うん。それでいい」

 

 だが違った。こいつはそんな圧を掛ける雪ノ下の目を真っ直ぐに見据え、なんのためらいも無くそう即答した。

 不安げにカタカタと身体を震わせたままだったのが、単に虚勢を張っているだけの愚者ではないというリアルさを滲ませながら。

 

 

 そして翌日は相模に完全に一任するという決定を下し、あとは相模が不発に終わった時のための、雪ノ下曰く“正々堂々姑息で清々しいくらいの底意地の悪さ”溢れる俺の作戦を実行する為の作戦会議に残った時間を充てるのだった。

 

 ちょっと雪ノ下さん言い方酷くないですかね……

 ちなみにその説明が終わった頃に、めぐり先輩から「やっぱり最低だね」と笑顔で言われて泣きそうになったのは内緒。

 

 

× × ×

 

 

 翌日、この日も会議開始時間は過ぎているというのに、相も変わらず会議室はざわざわと騒音を撒き散らしている。

 これはもうある意味恒例行事ともいえる。この体育祭運営委員会が発足してから、皆が黙って会議の開始を待っていたことなど一度としてないのだから。

 

 まぁつまりはいかに首脳部が舐められているかということに他ならないわけだ。むしろこれは陰湿な抗議活動まである。まぁそりゃそうだよね。なにせ委員長が初日から遅刻をやらかしたんだから。

 

 そんな騒々しい会議は、いつも誰も聞いていない議事進行で幕を開ける。

 誰も聞いていない委員長の議事進行が適当に進んでいった辺りで、ようやく耳を傾け始めるって流れだ。

 

 今日は相模がなにかしらの腹を括っている日。そんな会議のスタートはどうするつもりなのだろうかとただ黙って相模を見ていたのだが、相模は議長席から動かない。

 昨日と同じように、俯いてギュッとスカートを握りこんだままだ。

 

 

 ──はぁ……こりゃダメか……

 結局相模は相模か。傲慢でデリカシーに欠ける癖に、いざとなると自己保身から尻込みしてしまって、こうして動けなく……いや、動かなくなる。

 

 ま、ある程度はそんな覚悟もしていた。なんなら相模が下手なことをしてこれ以上現場班を刺激してしまわないだけマシなのかもしれない。

 ならばもう、残念ながら相模の委員長としての仕事はこれにて終了だ。もう作戦をあちら一本に絞ってしまおう……と、雪ノ下と目配せした時だった。

 

 

「……う、運営委員会の皆さん! きょ、今日はうち……私から、皆さんにお話がありまひゅっ…!」

 

 

 なんと、もう諦めていた相模が、壮絶に噛んだり声を裏返らせたりもしながらも、勢いよく席から立ち上がり、大声を張り上げて現場班の連中を黙らせたのだ。

 

「え、なに……?」「ど、どしたの?」「びっくりしたぁ……」

 

 こんなこと今まで無かったのに……そんな感情を抱いた現場班、いや、俺たち首脳部も驚いて、一斉に相模を見る。

 そんな集まる視線を一身に受けたヘタレで緊張しいの相模は、泣き出しそうなくらいに目に涙を一杯に貯めて、燃え上がりそうなくらいに顔を真っ赤に染め上げ、それでも俯かずに真っ直ぐ前を、委員会メンバー全体に顔を向けている。

 

 

 ──そして、相模南、一世一代の独白が始まった。

 

 

× × ×

 

 

「……まずはこの場を借りて、心から謝罪します……皆さん、本当に申し訳ありませんでした……!」

 

 そう言って相模は深々と頭を下げる。

 突然の謝罪劇に会議室はシーンと静まりかえるも、相模はそんなことなど意に返さず謝罪の言葉を続けた。

 

「委員長でありながら初日からやる気のない遅刻に始まり、また、運動部に所属してるわけでも無い癖に、運動部員である皆さんの都合や負担も一切考えず…………身勝手で考えの浅い発言で皆さんに不快な思いを与えてしまいました……! 本当に……すみません……でした……っ」

 

 さらに続く相模の謝罪に、次第にざわつき出す会議室。

 

「……ちょ、ちょっと南ちゃんさぁ……いきなりなに言い出してんの……?」

 

「そうだよさがみん……別にあたしら、そんなの聞きたくて部活時間潰してまで会議に来てるわけじゃないんだけどー……」

 

 その中の中心たる遥だかゆっこだかが騒ぎ始めると、その不満の波はさざ波のように会議室全体へと広がり出す。

 

 

 

 

 ────マジかよ相模……お前のやらなくちゃならない事って、まさかこれなのか……? 単なる謝罪なのか……?

 

 ……お前、なんも解ってねぇよ。勘違いもいいとこだ。もう謝罪で済むような、そんな段階はとっくに過ぎてんだよ。

 それどころか、お前はすでに謝罪は済ませてある。それなのにこの期に及んで無駄に頭を下げたところで、それは逆効果でしかねぇよ……前に一度謝ったのに、この土壇場にきての当て付けのような謝罪。

 こういう感情的で理不尽な考えの連中は、それをどう取ると思う?

 

『なに? また謝んの? 謝っとけば済むとか思ってんの?』

 

『なんか言うこと聞いてくんない自分たちに対する当て付けみたいじゃん? なんかまるでこっちが悪者みたいなんだけど』

 

 ……残念だが、こういう連中はこういう風にしか捉えない。なにせ自分たちが多数派。自分たちが力を持つ正義だと思っているのだ。

 これはもう駄目だ。早々に切り上げさせなければならない。逆に火に油を注ぐ行為にだってなりかねないのだから。

 

 

 ……だがしかし大きな勘違いをしていたのは俺の方だった。

 謝罪はもう済んでいる? なにを言ってんだ俺は。あんなのは謝罪では無いと、自分でも解っていたではないか。

 

 あれは単なるその場しのぎの方便。謝罪の名を借りた自己保身に過ぎない。だから感情的に批判するだけのこいつらには届かなかったのだ。

 謝るという行為によって相手から見返りを求めるというのは、そんなのは謝罪でもなんでもない。本当の謝罪というのは、自己を顧みないことなのだ。

 

 逆説的に言えば、なんの見返りも求めない、一切自己を顧みない謝罪は、きちんと相手に届く。いや、届かざるを得なくなる。

 そんな当たり前で普遍的な物を、俺はこの後まざまざと見せつけらることとなるのだった。

 

 

× × ×

 

 

 会議室の不穏な空気に当てられた相模が、カタカタと震える身体を押して深々と頭を下げていた顔をあげたのだが、その顔はすでに涙と鼻水にまみれていた。

 体面ばかりを気にする無駄にプライドが高いあの相模が、そんな涙まみれの顔を拭おうとも隠そうともせずにさらに言葉を続けたことで、悪態を吐いて騒ぎ始めていた連中も一気に口をつぐむ。

 

 

「……うち……私は、文化祭でも委員長を務めました。……でも、それはもう酷いもので、いい加減に適当に仕事をして……責任も全て人に押し付けて…………。たぶん、この中にもそんな私の無責任な姿を見てムカついていた人だって居ると思います……っ」

 

 予想外の展開に驚きを隠せない。

 まさか相模が文化祭の話を自ら持ち出すとは夢にも思わなかった。あいつにとって、文化祭は永遠に触れたくない黒歴史のはずだから。

 そして、当時の自分のダメさ加減を受け入れているということもまた、驚きを隠せない要因のひとつである。

 

「……それなのに体育祭も初日からアレだし、そりゃ私の言うことなんて聞きたくないって人もたくさん居ると思い……ます。……確かにそれは分かります……理解します……。でも……でも! 今回は一生懸命頑張りたいんです……! また私のせいで、一生懸命頑張っても報われなくなっちゃう人達の足を、もう引っ張りたく無い……から……!」

 

 ……なんだ、これ……? まったく理解が追い付かねぇぞ?

 自分のせいで頑張りが報われなくなる人達……いったい何のことを、誰のことを言っているというのだ、こいつは。

 

「……だからお願いします……! うちにじゃなくて、体育祭の為に力を貸してもらえないでしょうか……!? もううちのせいで……一生懸命な人達の努力をっ……台無しにしたくないから……!」

 

 とてもじゃないが、あの相模のセリフとは到底思えないような青臭いセリフ。自分の為じゃなく体育祭の為。そして一生懸命な誰かの努力を台無しにしたくない。

 これほどの殺し文句なんて、他にあるのだろうか……

 

「……うちはっ……その為だったら出来ることはなんだってします! 頭を丸めろって言われれば丸めるし、土下座しろって言われればいくらでもします……! やっぱりうちが気に食わなくて辞めろというなら…………委員長を辞めますっ……」

 

『うちだってこれでダメなら覚悟はしてる……!』

 

 ……こいつ、嘘でもなんでもなく、本当にちゃんと覚悟してんだな。

 

 具体的な責任を口にされれば、特に覚悟もなくただ文句だけを垂れ流している無責任な連中では絶句するしかなくなる。

 もう勝負はついてるだろ、これ。ここまでされたら、ここまでの顔をされたら、なんの主義主張も持たない烏合の衆たるこいつらには、もう何も言い返せるわけもない。……だって、それをしてしまえば……

 

 しかし相模はここまできて最後にさらなる止めを刺す。

 マジでこれオーバーキルだわ。

 

「でも! 委員長辞めたからって、このまま無責任に仕事を放り投げたりはしない……! いち委員会人員として、朝から晩まで、遅れてる仕事をこなします……っ! それでも間に合わなければ、家にだって持ち帰るし土日だって出てきます……! ………だから……だか、ら……うちに、運営委員会に力を貸してくださいっ……」

 

 

 

 

 ────こいつ、意外と凄いな。ちょっと侮ってたわ。

 

 涙まみれでここまで言い切り、またしても深く深くこうべを垂れる相模に否を唱える者などもう居ない。正確には、居られるはずもない。

 

 まだ十七歳の少女が、みっともなく泣き叫びながらも必死で頭を下げるこの姿を見て、もしもまだその弱々しい少女に反旗を翻すものがあるとすれば、そいつは悪者だ。

 心の中では納得のいかない部分があっても、まだ相模に対してムカついていたとしても、この場でそれを口にしてしまえば、それはこの空気の中では間違いなく悪となる。

 つまりこの相模の謝罪行為はある意味、謝罪される側にとっては最強で最悪な強制と言ってもいい。

 

 相模にそこまでの考えがあったかどうかは知らない。まぁそこまで考えが及んでいたとは到底思えないけれど。

 それでもこいつはやってのけた。自分で蒔いた種を、自分の手でしっかりと刈り取ったのだ。こんなにしゃくり上げて、綺麗な顔をこんなに汚してまで。

 

 

 参った。正直参った。こんなのは想定外だ。

 こんなにも簡単なことだったのだ。感情的になってる連中に唯一相対出来るもの、それは同じく感情的なものだけだったという単純なお話。

 

 

 あんなにも悪巧みを話し合ったのに、あんなにも策を弄したのに、こんなにも簡単で単純な、相模のみっともないながらも本物の謝罪ひとつで、全て解決してしまったのだ。

 ただ捻くれた物の考え方で物事を解消するだけの己の底の浅さに、呆れを通り越して思わず笑ってしまう。

 

 

 そして雪ノ下とめぐり先輩に肩を抱き抱えられながら、会議室を退出する弱々しくも強い相模南の後ろ姿を眺めながら、悔しいけども、ほんの少しだけあいつに感心してしまった俺の口元は口角が上へと歪んでいるのだった。

 か、勘違いしないでよね! 単なる苦笑いだなんだから!

 

 

× × ×

 

 

 予想通り、相模の必死のお願いに不満を口に出来る者など居るわけもなく、その後の委員会運営は驚くほど順調に事が運んだ。

 

 会議及び実務での出席率は、今までが嘘だったかのように概ね100%の出席率が続き、また、やる気を出さなければ……一生懸命やらなければ悪者になってしまうというある種の強迫観念も手伝っているらしく、遅れまくっていた作業も急ピッチで進んでいき、一時は間に合わないかとまで思われていた作業も、期限まで多少の余裕が残るほどにあっさりと片付いた。

 

 また、その際またしても驚かされたのが、その実務面における相模の仕事っぷり。

 あれだけ委員会メンバーの前で泣き叫んで醜態を曝した相模は、てっきりもう現場班とは共に仕事をしないものかと思っていた。

 実際めぐり先輩や由比ヶ浜もそんな相模を気遣って、現場の仕事はやらなくてもいいと進言してたくらいだし。

 

 それでもあいつは進んで現場へと赴いた。当初は人手が足りずに困り果てていた入場門製作等の大工仕事にまで。

 

 はっきり言って相模は現場班連中からすれば、ある意味腫れ物扱いだ。

 そりゃそうだろう。現場班からすりゃ、感情的になって滑稽なくらい熱くなっていた自分たちよりも、さらに熱い感情をぶつけてきて泣き喚いためんどくさい女だもん。

 下手なこと言ったら、またいつ泣き喚きだすか分かったもんじゃないような地雷そのもの。

 

 だから相模が手伝いに来ると、どいつもこいつも触れたくないもんだから、基本的に相模はぽつんとぼっちになっていた。

 それでもあいつは気にせず、ひとり黙々と作業を進めたのだ。

 

 これがまぁ、遅れていた作業が急ピッチで進んだ要因のひとつなのかも知れない。

 本音を言えばまだまだムカつく相模委員長様に黙々と作業している姿を見せ付けられたら、現場班も発奮せざるを得ないもんな。

 俺はそんな相模の姿に、いつかのスローガン決めの時の自分の姿が重なってしまったりもしたものだ。

 

 

 

 ──そして、あの悪夢の文化祭に引き続き、山あり嵐ありだったこの体育祭もこうして順調に進んでいき、運営委員会も一般生徒も関係なく、全生徒が入り交じる最大級の盛り上がりの中、この祭りも無事に幕を閉じていったのだった。

 

 

× × ×

 

 

 体育祭も無事終了し、その後の片付けも当日分としてはようやく一段落。あとは後日に回しますか、ということで、運営委員会は一旦の解散となる。

 

 教室に戻り帰り支度を済ませて、秋風が吹き抜けていく人気の無い廊下を歩きながら、俺は今回の運営委員会の、相模のことを振り返っていた。

 

 あの泣き叫んで醜態を曝した日から今日この日まで、相模は俺と一切の関わり合いを持っていない。

 俺だけじゃない。あの遥とゆっことも、もう相容れることなどないかのような関係性になっている。

 

 

 こんな風になってまで、なぜあいつがあんな捨て身の行動を取ろうと思ったのか、結局分からずじまいではあるものの、まぁそれで良かったのかもしれない。

 相模も遥もゆっこも他の委員会の連中も、そして俺もまた、この体育祭で起きた綺麗では無かった出来事や心中など記憶の彼方へと追いやって、また元の生活へと戻っていくのだろう。

 一時は時間を共にした委員会仲間ではあるものの、こうして最後に残ったのはそれまでとなんら変わらない他人の関係性。

 ……まぁそれでいいではないか。俺もあいつらもその関係性を上手に保って、これからも交わることなく過ごしていくことだろう。

 

 

 そんなことを考えながら階段を下りて廊下を曲がろうとしたところで、危うくひとりの女子生徒とぶつかりそうになってしまった。

 あっぶね、これでもし身体が少しでも触れてたら、下手したら事案発生の可能性だってあったぜ……と冷や冷やで顔を上げると、そこに立っていたのは誠に運の悪いことに、まさについ今しがたまで俺の思考の中心に居た件の人物だった。

 体育祭の文字が躍っている紙束を抱えていることから察するに、まだ運営委員会の事後処理中らしい。さっき解散になったってのに御苦労様です。やっぱ社畜って辛いよね。

 

「……」

 

「……」

 

 とはいえ、まぁここで俺たちの間で挨拶が交わされることなどはないのだ。

 お互いに目を逸らしたまま黙り込む。が、意外にも相模が口を開いた。

 

「ねぇ、そこ、どいてくんない」

 

 こちらに視線を向けることもないまま不機嫌そうに言う相模に対して、俺からは特に口を開くこともないだろう。

 無言で道を譲ると、あとは離れていく足音がただ聞こえるだけ。

 

 

 ま、思ったよりはえらい進歩なんじゃねぇの? 前までだったら、無視して去っていきながらも、わざとらしく溜め息吐いたり聞こえるようにボソッと「キモ」とか言ってただろうし、それを考えればこれは上出来だと思う。

 こうして俺と相模は、少しずつ少しずつではあるけれど、二度と交わることのない他人という関係性の中で、お互いに上手に立ち回っていくのだろう。

 それが俺たちには最も適した関係性…

 

 

「比企谷!」

 

 

 と、不意に相模が俺の名を呼ぶ。……あれ? なんで俺呼ばれてんだ? もう交わらないんじゃなかったっけ?

 

 何事かと嫌々振り返ってみると、なんつうか……お怒りというか憎々しげというか、とにかく真っ赤な顔をヒクヒクとヒクつかせながら俺を睨み付ける相模が、廊下の先で仁王立ちしていた。

 

 呼び止められはしたものの、相模は俺を睨み付けたまま動かない。ただただぷるぷると震えている。

 

「……んだよ。用が無いんならもう行くぞ」

 

 あの相模が俺を呼び止めた以上、なんの用件も無いわけがない。無いわけがないんだが、こいつは停止しちゃってるし俺は気まずいしで、ぶっちゃけ早々に立ち去りたい。

 だから俺はわざとらしく舌打ちをして踵を返した……その時だった。

 

「あ、あんたには! ……い、色々と迷惑掛けたし……世話にもなった。……くっ…………そ、そのっ………………あ、ありがとうございまし、た……。あと……ぐぎぎっ……ム、ムカつくぅ…………す、すみません……でし、た……!」

 

「」

 

 …………なんだこれ?

 え? なにこれ。なんか今、俺は相模から感謝されてんの? 謝られてんの?

 そんなに歯を食い縛って、悔しそうなぐぬぬ顔で頭下げられても、謝意なんだか謝罪なんだか憎悪なんだか分かんねぇんだけど……

 てか「くっ」とか「ぐぎぎ」とか「ムカつく」とか声に出ちゃってるからね?

 

「……お、おう」

 

 本来であれば、お前に礼を言われる筋合いは無いとか、お前に謝られるようなことをした覚えは無いと言うところなんだろうが、これちょっとそんなの言う雰囲気じゃないですわ。

 だってこいつ全然謝ってるとかって感じじゃないんだもん。そんなに悔しいんなら頭下げなくたっていいんですよ?

 

 

 それから数秒数十秒の間、ぷるぷると頭を下げる相模と、それを見て固まる俺という謎の構図が続いたのだが、堪忍袋の緒が切れたのか、ついに相模がうがぁとキレた。

 

「あぁぁ! やっぱダメだぁ! ムカつくムカつくムカつくぅ!」

 

 ……いや、勝手に謝って勝手に礼言って勝手に怒るってどういうことですかね。

 すると頭を上げた相模は、耳まで真っ赤に染め上げた涙目な顔で睨むと、ビシィと俺を指差す。

 

「いい!? 確かにうちはあんたに感謝もしてれば反省もしてる! でもやっぱあんたが大嫌いなことには変わり無いんだから勘違いしないでよね!? その偉そうな上から目線で何でも分かってるみたいな顔がマジ気に食わないっての!」

 

「……お、おう」

 

「だから別にあんたに許して貰おうとか許して欲しいとか思ってないからマジ勘違いすんな!」

 

「……お、おう」

 

「でもあんたなんかにいつまでも上から目線されんのはやっぱムカついてしょうがないのよ! 比企谷のくせにさぁ!」

 

「……お、おう」

 

「だから覚えてなさいよね! いつかあんたにうちを認めさせてやる! いつか「やっぱ俺ごときじゃ相模さんには敵わねーわ」って思わせてやる! …………だから……だからぁ………………覚悟しとけー! ばぁぁぁぁかっ!」

 

 

 そう力一杯吐き出した相模は、凄まじい勢いでプイッとそっぽを向くと、どすどすと音を立てんばかりに怒り肩で去って行った。

 

 

 ばぁぁぁぁかって、お前は小学生かよ……

 それにすげぇな俺。お、おうしか言ってねーよ。オットセイにでもなっちゃったのん?

 

 

 

 ──意味分からん……マジで意味分からん……

 

 ただ……ひとつだけ分かったことがある。

 それは、俺と相模の今後の関係が、決して交わることのない他人という関係性よりは、一歩だけ進んだ関係性になるのだろうということ。

 その一歩が前進なのか後退なのかは知らんけど。

 

 

× × ×

 

 

「……と、まぁこんなことがあったんだが……マジで意味分からんわ」

 

『マジでー!?』

 

 身体も心も疲労困憊のまま帰宅して、なんとか飯も風呂も片付けた俺は、現在愛しのベッドに体を投げ出したまま、唯一のお友達(笑)に報告の電話をしている。

 ここのところ本当に忙しかったし、あの相模の乱以降全てが不確定要素になってしまったって事も手伝い、相模の乱も含めて「体育祭が終わってから全て話す」とこの友達に約束していたのだ。

 

 ま、こいつにも要らん心配掛けまくっちゃってたみたいだし、今回の件に関してはこいつが気に病むような結果ではない。

 むしろ要らん心配が軽減されるであろう結果となった為に、事の顛末すべてを話すことにしたのだ。

 おいおい何でも話すって約束しちゃったしね。

 

 しかし結果的に言えば全部話したことを後悔している。だってこいつ、俺が話し終えてからずっと笑い続けてんだもん。なんかそろそろ呼吸困難で死んじゃうんじゃないだろうかと心配になっちゃうくらい。

 

 死因→ウケたから。とかマジウケる。

 

『〜〜〜っっっ!! ば、ばぁぁぁぁかっ! てぇ! あはははは! ばぁぁぁぁかっ! ってぇ! ぶはっ! ヤバイ苦しい! あたし死んじゃうって!』

 

 あ、ホントに死んじゃいそうなんですね。ご冥福をお祈りします。

 ……たぶんこいつ、ベッドの上で転げ回って、足も手もバタバタさせながら悶えてんだろうなー。

 

 結局どれほどの時間こいつの笑いに付き合ったのだろうか。ようやく深く息を吐き出し落ち着いてきた我が友。親友らしい仲町さんも毎日大変だろうね。同情しちゃう。

 

『ふ、ふぅぅぅ〜……いやー、面白かった〜。ったく、危うく比企谷に殺されるとこだったんですけど』

 

 俺のせいなの!? なにこの理不尽。

 

『ひひっ、それにしても……そっかそっかぁ。あの相模さんがねぇ! なかなかやるじゃん』

 

「……いや、あの相模さんもなにも、お前は相模のことなんて知らんだろ」

 

『え……? あ、いや、うん。……まぁ知んないっちゃ知んないけどー……知ってるっちゃ知ってるじゃん?』

 

 じゃん? て言われても困るんだけども、まぁ折本は初見が一番酷い相模だったわけだしな。

 

「……にしてもマジで良く分からん……あいつが文化祭の裏事情に気付いてたっってのもなんでか分からんが、何よりも理解出来ないのが、なんであいつっていきなりあんなに変わったんだ? ってところなんだよな」

 

『なんで?』

 

「なんつうか……俺の持論なんだよ。人はそう簡単には変わらん、ってな。そんなに簡単に変わるんなら、そんなのは元々自分でもなんでもない」

 

『……うっわ、比企谷ってやっぱめんどくさっ。 ウケる』

 

 ほっとけ……

 

『……んー、でもさ? まぁ確かに簡単には変わんないのかも知んないけど、逆に“自分にとって簡単ではない大切なきっかけ”があったら、人って意外と簡単に変わっちゃうのかもよ?』

 

「……そんなもんか……?」

 

『うん。人って単純だもん。だってあたしだって変わったし』

 

 いや、お前は昔から全然変わってねぇけど……悪い意味で。

 そう思ってたのに、折本はついつい俺が赤面しちゃうような恥ずかしいことを平気で言いやがった。

 

『だってあたしは、あの日比企谷と再会してすっごい変わったもん』

 

「……っ!」

 

『あ、比企谷いま照れた? ウケる!』

 

「照れてねーよ……」

 

 ばっか超照れまくりっすよ。だってお前それ、俺とのあの再会が、お前にとっての簡単ではない大切なきっかけって言ってるようなもんじゃねぇか……

 なんか折本のニヤニヤ顔が簡単に想像出来ちゃって、それがまたなんともむず痒い。

 

『……それに、比企谷だってずいぶん変わったと思うよ? だって最初はあんなに嫌そうにしてた癖に、今ではちゃんとあたしのこと友達って言ってくれるし、こうやって色々話してくれるようになったしねー』

 

「……っ!」

 

『あ、比企谷また照れた? ウケる!』

 

 ……もうヤダ……もうこいつから笑いというものを奪ってやりたい……

 

『…………だからさ、相模さんにもあったんだよ。“簡単ではない大切なきっかけ”が。それは、たぶん比企……んーん? なんでもなーい。……それは……勝手にあたしが口に出しちゃいけない相模さんの問題だもんね』

 

「……は? んだよ……気持ち悪りぃな」

 

 相模になにがあったのかなんて俺には関係の無いことだし、実際なにかあったかどうかも知ったことじゃない。

 でもまぁこいつがそう言ってるんだし、やっぱりなにかがあったんだろう。知らんけど。

 

 

『あ! そうだ比企谷ー。体育祭も無事終わった事だし、ちょっとお願いがあんだけどさー』

 

 するといきなり折本は話をコロッと変え始める。この自由人さんめ。

 

「……んだよ」

 

『あのさ、今度…………んー……』

 

 なぜそこで止まる。折本らしくねぇな。そんなに言いづらいことなのん? あの折本が言いづらいとか恐怖でしか無いんだが。

 しかしそうでは無かったらしい。言いづらいというよりは、どうやら俺に気を遣っただけみたいだ。

 

『……やっぱ今日はいっかー。もうヘトヘトでそろそろ寝たいよね』

 

 まさか折本が俺に気を遣えるようになるとは……さすが「あたしも変わった」と言うだけある。ちょっと感動して泣いちゃいそうだよお父さん。

 

『だからそれはまた今度ね。よし、んじゃ今日はそろそろ解放してあげよっかな? …………っと、じゃ、最後に一言だけ』

 

 そう言って折本はこほんと軽く咳払いすると、すぅっと息を吸い込んだのちに大声でこう宣うのだった。

 

 

『比企谷! 体育祭おっつかれー』

 

「……声でけーよ。……ま、あんがとな」

 

『おうよ、んじゃまた明日ねー』

 

 明日も電話すんのかよ……

 

 

 

 

 ──あー……マジで疲れたー……

 

 折本との電話を終えて、俺は大の字に寝転がる。

 元来俺は省エネ第一のエコロジー派だっつうの。こんなに疲れちゃうのは俺向きではないのだよ。

 ……そうボヤきつつも、捻くれものの俺はこうも思うのだった。

 

 

 

 ──こんなに晴れ晴れとした疲労感であるならば、まぁたまにならいいかもな──

 

 

 と。

 

 

 

続く

 

 






というわけで、これにて体育祭編も大団円となりました!
この作品を思いついた時点でどうしても書きたかったシーン、『原作のさがみんラストシーン『他人の関係性』シーンがどう変化するのか』と『折本の「体育祭おつかれー」』をようやく書けました♪


明らかにさがみんSSだろ……ってくらいの回が続いてしまいましたが、でもこの作品のテーマは『爆弾娘折本が予定よりも早く降臨した場合のこの世界の変化とは?』なので、これでもちゃんとコンセプト通りなんですよ?(汗)

ま、まぁ予定よりも遥かにさがみん成分が強くなってしまったのはご愛嬌(苦笑)


それでは次回からはちょこちょことフラグを立てておいたダブルデート回となりますのでお楽しみに☆

ちなみに体育祭編が結構重い感じになっちゃったので、ダブルデート回はお気楽に行きたいと思いますー(^^)

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