あたしと比企谷の友達Diary   作:ぶーちゃん☆

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日記23ページ目 突き付けられた真実は、答えの出ない海の底

 

 

 

「おー、すごい」

 

「マジすっごいよねー」

 

 伏見稲荷の四ツ辻から京都を見下ろし、その眺望に由比ヶ浜と折本が感嘆の吐息を漏らす。そんな元気一杯の二人をよそに、傍らのベンチでは疲労を隠しきれない雪ノ下がはぁ……と溜め息をひとつ。

 こいつのステータス値って偏りすぎだよな。他はほぼカンストなのに体力だけは初期値って……

 とはいえ俺も結構疲れちゃって縁台に座ってるけども。所詮チャリ通だけで身に付く体力などたかが知れてるってね。

 

「おー、見て見てかおりん! あそこ超キレー」

 

「どれどれー? あ、マジで綺麗ー! やっぱ紅葉の京都って……なんつーの? あー、あれあれ、味わい深いよねー」

 

 そんな、へたってお茶を啜っている雪ノ下と俺とは違い、こいつらホント元気だよね。折本は趣味のロードで体動かすのは慣れてるだろうし、由比ヶ浜はアホの子だからな。

 にしてもやはり深いという感想の浅さは異常。

 

「ちょっと比企谷ぁ、いつまで休んでんのー? 比企谷も一緒に京の景色を楽しもうぜー」

 

 そんな、まるでバカみたいに元気一杯な子供達を、疲れた体を押して微笑ましく眺める親のような心境に浸っていた俺に、突然折本がそう言って襲い掛かってきた。

 

「お、おいちょっと……引っ張んなって……」

 

「なんでー? じゃあ早く立ちなってばぁ。ったく、おじいちゃんじゃないんだからさー」

 

 にひひっと満面の笑顔で無理やり縁台から立たせようと腕をグイグイ引っ張る折本なのだが、そんな折本を……じゃなくて、なぜか引っ張られてる俺に寒々しい視線を向けてくる雪ノ下さんと由比ヶ浜さんがなんか恐いんですけど。

 

 そんな、普段ならまず有り得ないメンツでなぜか京都観光を楽しんでいる自分たちの姿を振り返る。なんでこんな事になったんだっけ?

 

 

× × ×

 

 

『比っ企谷ー!』

 

 千本鳥居の石段を上った先にこいつは居た。

 いくら修学旅行先が同じだったからとはいえ、京都なんて観光先はいくらでもある。だから、まさかホントに旅先で顔を合わせる事になるなんて思いもしてなかった。

 なのに、俺は折本がおいーっすと手をぶんぶん振って笑顔で駆け寄ってくる姿を見て、驚くでもなく笑ってしまったのだ。まるで、こうして会ってしまうのを『ああ、やっぱりな』とでも思わんばかりに、当然のように。

 

 

 折本が合流した後は軽くカオスだったんだよなぁ……

 雪ノ下と由比ヶ浜は一瞬唖然としたあとなぜか不機嫌になってたし、それ以上にカオスだったのは折本の連れの女子生徒達。

 折本が駆け寄ってきたと同時に、『おぉ……! あれが!』と、仲町を除いた見知らぬ女子三人が、遠巻きからなぜか俺に興味津々。

 その後もさんざんきゃーきゃー騒ぐ女子高生軍団からの品定めされてるような視線に居た堪れなくなっていると、なぜかその子たちはニヤニヤしながら折本を押し付けていった。なんなの? 実は折本って虐められてるのん?

 てっきり仲町も来んのかと思ってたのだが、「じゃあ比企谷くん! ウチのかおりをよろしくねー」と、他の三人と共ににまにまと口元を押さえながら石段を下りていってしまったのだ。

 

「なぁ、折本」

 

 ほんの二・三十分前の妙な邂逅を思い出しつつ、力ずくで俺の腕を取ってビューポイントへと引っ張っていく折本に話し掛ける。

 てかさ、二の腕にふにょふにょ肉まんがすげぇ当たってるんだけど、ちょっと自重してくんないかな、こういうの。

 精神的にかなり来るんだよ。主にあいつらのゴミでも見るかのような視線がさ。

 まぁゴミを見るように見られてるってことは、つまり俺が折本のアレの感触にゴミのような表情しちゃってるって事だよね!

 だってしょうがないじゃない。すごく柔らかいんだもの。

 

「ん? どしたの?」

 

 友人のそんな邪な気持ちなど知る由もない折本は、あくまでも純粋にこてんと首をかしげる。

 なんだろうか。すごい罪悪感。

 

「……あ、いや、すげぇ柔ら……じゃなくてだな……。今日ってお前らグループ行動日なんじゃねーの? ホントに良かったのか? こっちに来ちまって」

 

 正直なところ、こいつが居る事が……こいつの純粋な笑顔が隣にある事が、今日の俺にはとても有り難い。

 

 

 昨夜の獄炎の女王との予期せぬ邂逅で、俺の中には少なからずモヤッとした感情が芽生えはじめていた。

 

『あいつは空気を読まないで合わせんの』

 

『あれって結構危ないわけ。海老名が器用だからなんとかなってるだけ』

 

『あ、じゃあもういいやって。笑いながらそう言ったの。超他人みたいな感じで』

 

『あーしさ、今、結構楽しいんだ。でも、海老名が離れていったら今みたいにはできなくなるかもしんない』

 

 

 三浦の口から放たれた海老名さんを表す言葉の数々。

 俺の知っている海老名姫菜像とは掛け離れているそんな言葉の数々が、なぜか妙に心にストンとハマってしまった。

 

 そしてそのハマった海老名姫菜像をあの日の……あのおかしな依頼をしてきた海老名さんの姿に当てはめると、今まで見えてこなかった真実に辿り付けそうな、そんな気がしている。

 

 あと少し……あと少しであの依頼の真実(ほんとう)に辿り付けそう気がするのだ。しかし、それに気付きたくないという自分も間違いなくどこかに存在している。

 

 そんなモヤモヤを抱いてしまっている俺の心には、折本の笑顔がとても効く。なんていったらいいのか、こいつのどこまでも真っ直ぐな笑顔を見ていると本当に落ち着くのだ。

 物事の裏ばかりを見ようとする自分の悪癖がバカらしく思えるほどに。

 

 だから今のモヤついてる俺には折本が傍に居てくれることが本当に有り難いのだが、それでもやはり本当にこれでいいのか? とも考えてしまう。

 

 言うまでもなく、折本にとっての友達付き合いとは、まさにこいつの青春そのもの。

 三度の飯より友達が大好きなんじゃないの? と思えるくらいに友達付き合いを大切に考えている折本には、この修学旅行というイベントは何よりも大切な一大イベントだろう。

 そんな貴重な時間に友達をほっぽっておいて、こっちに来てしまっても良いのだろうか。

 曲がりなりにもこいつの友達のひとりとして、心配になってそう声を掛けてみたのだが、折本はあっけらかんとこう答えた。

 

「ん? 大丈夫じゃない? あの子らも口裏合わせといてくれるらしいから絶対バレないってー! そりゃ直に担任に見付かったらヤバいけどねー、あはは〜」

 

「……は? あ、いや、そういう事じゃなくてだな……ホントに良かったのか? せっかくの修学旅行なのに友達と遊ばないで、って意味なんだが。いいのか? こういうのってお前にとって大事な時間なんじゃねぇの?」

 

 本当にこいつはどこまで本気なのか。

 たまに鋭いなと感心する時もあれば、こうやってこちらの意図にまったく気付かないボケをかます時もある。

 

 しかし次の折本の語る言葉で、それは俺の間違いであると痛感させられる事になる。

 

「あー、そっちね。てかバッカじゃないの? せっかくの修学旅行だからこそ、こうしてレアなシチュエーション楽しんでんじゃん。 千佳たちとは明日も一緒に遊べるけど、比企谷とはもう京都で遊べないでしょ? だったらこっちを取るに決まってんじゃん。あたしにとっては今が超大事な時間なんだけど」

 

 

 ──そう、こいつはどこまでも本気なのだ。別に鋭いとかそういうのではなく、ただ真っ直ぐなだけなのだ。

 真っ直ぐに物事を見るからこそ、時に鋭く、時に鈍感なように見えるだけであって、本質的にはただ自分の感じた事をそのまま口にして、そのまま行動に移しているだけなのだ。

 

 そんな、一切裏を読む必要がない奴からこそ、俺は折本が好きなんだろう。

 あ……ひ、人として、友達としてって意味なんだからね!?

 

「……さいですか」

 

「あれ? なんで頭掻いてんの? 今のどっか照れる要素あった?」

 

「……」

 

 なんで頭掻くのが照れ隠しってバレてるのん……? クソ恥ずかしいんですけど。

 

「あ! さっきからあたしが比企谷の腕に胸当ててるから照れてんでしょ。比企谷ってマジでむっつりだよねー、ウケる」

 

 おい確信犯かよ、とんだビッチじゃねぇか。

 八幡的には友達に対して邪な気持ち抱いちゃってちょっと罪悪感だったのに、俺をからかう為にわざとやってたんですかそうですか。

やめてよぅ……そんな悪い笑顔で覗きこんでこないでよぅ……!

 

 やれやれ、モヤついた気持ちなどどこへやら、どうやら悪戯好きな友達のおかげで、しばらくはモヤモヤも忘れられそうだな。

 

 

× × ×

 

 

 伏見稲荷をあとにした俺たちは、予定通りに東福寺へと移動する。

 この東福寺、京都でも指折りの紅葉の名所らしく、さすがはじゃらん雪ノ下チョイスの、正に女子に好まれそうなデートコースだ。 このコースのチョイスを戸部の手柄にすれば、海老名的にポイントたっかーい♪ 間違いなし。間違いないかな。そんなことも無いね。

 

「あ、そーいえばさぁ、戸部くん? の調子はどんな感じなのー?」

 

 その東福寺への移動中、不意に折本がそう訊ねてきた。あ、まずい、それ言っちゃいます?

 

「……呆れたわね。比企谷くん? あなた、部外者である折本さんに依頼の話をしているの……?」

 

 ひいっ……! 晩秋の京都が一瞬で真冬になりました。やっぱ京都は寒みーなぁ。

 

「あ、言っちゃまずかった? ごっめーん」

 

 なんでお前謝ってんのにそんなに楽しそうなのん? 絶対悪いとか思ってねぇだろ。まぁ口止めしてなかった俺が悪いんだけど。

 

「お、おう、すまんな。まぁ折本は完全部外者だからこそ別にいいか、ってな。戸部たちの事を知らん奴なら問題ないだろ」

 

「……」

 

 信じられないくらい冷たい目を向けてくる氷の女王様。

 やめてよ! せっかくの紅葉の名所なのに、俺たちこのまま散っちゃうんじゃね? って紅葉がガクブルしてっから!

 そんな命儚い紅葉たちのことを想ってか、優しい雪ノ下はこめかみを指で押さえながらも、「……まぁ、いいでしょう」と許してくれました。

 紅葉さん良かったね! 少しだけ寿命が伸びたよ! 俺の。

 

「良かったじゃーん、許してもらえてっ」

 

 と、満面の笑顔で背中をバシバシ叩いてくる友達に恨みがましい視線を向けていると、先ほどまで雪ノ下と一緒に俺をめらめらと睨んでいた由比ヶ浜が突然遠くを指差す。

 

「あ、とべっちだ」

 

 どうやら先に東福寺に到着していたらしい戸部と海老名さんが、紅葉をバックに記念撮影をしていた。

 しかし気になったのは、そんな戸部達ではなくその周りの連中……

 

「葉山達も一緒だったのか……」

 

 確か今日は雪ノ下がリストアップした女子好みのデートコースを由比ヶ浜経由で戸部へと伝えられ、それを武器に戸部が海老名さんを誘ったはずだよな。

 ならなぜあいつらまで付き添ってんだよ。

 

「朝食を食べた時は見かけなかっただけで、一緒に行動していたのかもしれないわね」

 

「うん、まぁ二人っきりだと気詰まりな時もあるしそういう意味だと隼人くんたち居るなら安心かも」

 

「……でもあれだと普段どおりだな」

 

 やはり葉山の動きは明らかにおかしい。

 初日からうっすらと疑問に思っていた事だが、とてもじゃないがあいつが戸部の背中を押しているようには見えないのだ。

 そう、まるで告白に繋がる可能性のあるムードを、自らこそげ取るような行動。

 ……あいつは、一体なにが目的なんだ……?

 

 

「どれどれー? どれが戸部くんなの?」

 

 そんな、葉山に対する不信感がじわじわと息吹きはじめていた時、折本の間の抜けた声が耳をくすぐる。

 どうやら折本の位置からはそちらが見えづらかったようで、背伸びしてなんとも興味津々に俺の肩越しから覗きこむ。だから近い近い。耳に熱くて甘い吐息が掛かってるからやめて!

 

「……あれだ」

 

「お! あの人かぁ。ヤバい、マジでちょー軽そうじゃんウケる! ってことはその隣の清楚系が海老名さん!? うっそ! あんな大人しそうで可愛い子が例の強キャラなの!? 超ウケるんですけど」

 

 ……こいつマジで重い空気クラッシャーだな。こいつが居ると、おちおちシリアス思考にも陥れやしないわ。

 ま、こうして思わず苦笑が漏れてしまうくらいが、俺にとってはちょうどいいのかもな。

 

「へー! でもいつも通りって言っても、なんか楽しそうだし別に良くない? 無理に引き剥がすとなんか怪しいしさー」

 

「まぁな。海老名さんに変に意識されても困るし」

 

 折本の言う通り、元々勝ち目がオブラートくらい薄いこの勝負。いい雰囲気を作る前から警戒されちゃったら元も子もないのだ。

 であるならば、いざ告白する時まではいつも通りの方が吉なのかもしれない。

 

「告白とかしようとしてくる時って、周囲のざわつき加減でわかるものね。からかいだったりあざけりだったり、そうした周りの声が耳に入ってくる。そういう前兆があって大体呼び出されたりするもの」

 

「経験談ですか……」

 

 心底嫌そうにそう吐き捨てる雪ノ下。性格の酷さについつい忘れがちだが、そういやこいつって見た目がコレだからすげぇモテるんだよね。能力にせよ見た目にせよ、本来なら敬意を評さなきゃならない相手なんだよなぁ。

 まぁ俺からすれば、この悪魔に告白する勇気のある勇者にこそ敬意を評したいまである。

 

「あ、超分かるー! ああいう空気って、正直うんざりするよねー」

 

 おっと、油断してたらこっちにも経験者が。そしてそんな折本達に遠慮がちにウンウン同意する由比ヶ浜もまた経験者か。

 っべー、このメンツの中にプロぼっちひとりとか、俺の場違い感パないっしょ!

 

 しかしそんなモテ組のやりとりで思い出したが、そういや折本もかなりモテるんだっけな。そりゃ、まぁどちらかといえば美少女と言っても差し支えない程度のルックスではあるし、なによりこいつは性格がいい。

 誰に対しても分け隔てなく優しく明るく元気な笑顔で接するこいつは、モテない童貞男子を勘違いという地獄へ突き落とす、憐れな被害者製造器、無意識の小悪魔だったりするんだよね。

 あ、その被害者がこんなに近くにも居ましたねっ!

 

「あ、でも比企谷んときはそういう空気とか一切無かったんだよね。油断してたから超ビビッちゃったんだっけ、あははー」

 

「……は?」「……え?」

 

 え、ちょっと折本さん? あんたいきなりなに言うてくれはりますのん?

 ここで被害者の名前をいきなり発表しないでくださるかしら!?

 

「……ん? …………あ、やばっ……!」

 

 自分の失言に気付いた折本は、冷や汗たらたら真っ青な顔をして固まる。やめて! どうしよう比企谷ー……! って視線を送ってこないで!

 そんな折本と俺を交互に見やり、雪ノ下と由比ヶ浜は修羅のような目を向けてくる。

 いやいや折本さん、これもうやばいじゃ済まないから。もう戸部の告白なんてどうでもいいよぅ……! まずはこの空気をなんとかしてよぅ……!

 

「や」

 

 そこに救いの神が現れた。爽やかな笑顔で手を掲げて近寄ってきた葉山である。

 あなたが神だったのか。

 

「葉山君。今ちょっと立て込んでいるのだけれど」

 

「隼人くんちょっとあっち行っててくんないかな」

 

「は、はは……」

 

 ちょっと? 神頑張って?

 なんなのお前、どんだけ雑魚キャラなんだよこの役立たずが。確かに今の二人は超恐かったけれども!

 

「は、葉山くんじゃーん……! お、おいーっす」

 

「……あれ、折本さん? なんで君がここに?」

 

「やー、あたしらの学校も昨日から京都来てんだよねー。で、さっき比企谷たちとたまたま会ってさー」

 

「そうなんだ、奇遇だね……」

 

 早くも逃げ出しそうになったエセ神葉山に折本がなんとか追い縋り、それを見掛けた戸部達もこっちに歩いてくる。ふぅ……どうやらこの場だけはなんとか事なきを得たようだ。

 グッジョブ折本、お前が神だったのか。役立たずの葉山とはえらい違いだぜ。

 そもそもの原因は君にあるんだけどね? 神は神でも死神でした。

 

「……比企谷くん、あとで詳しく聞かせてもらえるかしら」「……ヒッキー、あとでちゃんと話そうね」

 

 振り返ればヤツラが居る。え? なんでそんな素敵な笑顔なのに声が暗黒の波動に包まれてるのん……? ……今のはただの幻聴だったと思いたい。

 

 

 よし、一旦残酷な現実から逃げ出そう。

 とりあえず現実を直視するのをやめて、雪ノ下たち以外の状況を考えてみた。

 そういやなんで葉山は折本に対してこんな気まずそうな顔してるんだ? 折本もそんな葉山の様子に疑問符を浮かべてキョトンとしている。

 ま、おおかた奉仕部の依頼中に他校の奴と遊んでた俺達に、内心苦笑いしてるってとこだろう。

 

「ちゃっすー、結衣達も来てたーん?」

 

 と、そこで戸部が入る事により、とりあえずは場が和む。

 戸部が癒し効果になるとか、どんだけカオスだったんだよ俺ら。

 にしても「来てたん?」じゃねぇだろ。誰の為に来てると思ってんだよアホめ。

 

「ん? つーか誰々!? なんで余所の学校の女子連れてるん? っべーわ、もしかして隼人くんの知り合いかなんか!?」

 

 って馬鹿野郎、ちょっと周りを確認してから発言しろよ。

 隼人くんの知り合い? に獄炎さんが過敏に反応してんじゃねーか。

 ただでさえ天敵雪ノ下の存在を見とがめた瞬間に敵意剥き出しでカツカツ歩いて来てたのに、さらに輪を掛けて超恐くなっちゃっただろうが。

 

「あ、違う違う。まぁ葉山くんも知ってるっちゃ知ってるけど、あたしは比企谷の友達なんだー。んん! 比企谷の友達の折本かおりでーす! よろしくねー」

 

「あ、そーなん!? 俺、ヒキタニくんの友達の戸部っす! ヨロシクぅっ」

 

 あーしさんの圧に怯えている俺をよそに、こいつらはこいつらで早くも自己紹介を済ませている。

 二人してサムズアップして「うぇ〜い!」とか言ってるし、なんなの? このノリ。マジでリア充ってすげぇわ。そして意外とこいつらってうぇいうぇい気が合いそうでちょっと恐い。お願いだから折本にべーべーが感染りませんように。

 あと戸部。俺達って友達だったの? 初耳なんですけど。まぁこの軽いノリで上手くあーしさんからの圧も消失したことだし、一旦は我慢しようかな。

 

「つーか修学旅行先で他校の女友達と落ち合ってるとか、やっぱヒキタニくん、いやさヒキタニさんっべーわ!」

 

「なにそれウケる!」

 

 うん、やっぱウザすぎてこいつと友達とか我慢出来ないや。今すぐ戸部を葬むっちゃおう。

 

 

 

 

「ヒキタニくん」

 

 あまりの戸部のウザさにハチマンが斬る! ことを密かに決意していると、不意に背後から声が掛けられた。

 

 軽やかに歌い上げるような、調子っぱずれに明るいその声へと振り向くと、そこには……仄暗い瞳で俺を見つめるひとりの少女が、その暗い瞳とは不釣り合いなほどの笑顔で立っていた。

 

 

『あ、じゃあもういいや』

 

 

 普段なら決して人前では見せないであろう陰を孕むこの海老名さんは、間違いなく昨夜三浦から聞いた海老名さんの本来の姿なのだろう。

 そしてこの姿を隠そうともせず俺に晒すということは……きっと、そういう事なのだ。

 

 海老名さんは一言だけ声を掛けたきり、ひとり静かに歩きだす。その行動は、暗に付いて来いと言っているのだろう。

 仕方なく後ろを付いていくのだが、その背中はまるで陽炎のように、今にもスッと消えてしまいそうな儚さで。

 

 ああ……面倒くせぇな。やっぱ向き合わなきゃなんねぇのか。あの謎の依頼の真実(ほんとう)に。

 

 

 観光客が行き交う順路の端、人の流れが及ばない場所で足を止めると、彼女は微笑を浮かべてこう一言告げる。

 

 

「相談、忘れてないよね?」

 

 

 ──ああ、そうか。全部繋がったわ。戸部の依頼、葉山の謝罪と修学旅行初日からの行動、そして海老名さんの依頼……いや、依頼じゃないんだな。あれは……そう、お願い。

 俺は、気配を押し殺したように静に一歩を詰めてきたその微笑と台詞で、この人の意図をようやく悟った。

 いや、たぶん昨夜の三浦の話を聞いた時にはなんとなく解っていたんだろう。……ただ最後のピースが、今この瞬間にはまっただけの話。

 

 

「どうどう? メンズたちの仲は? 睦まじい??」

 

「…仲はいいんじゃないか。夜とか麻雀してるし」

 

「それじゃ、私が見れないしおいしくないし! もっとさ、私のいるところで男子たちが固まってるの見るのが一番いいんだけどなー」

 

「まぁ、俺たちも嵐山行くし、そのときに……」

 

 

 ……なんという空々しい会話なのだろうか。 お互いがお互いに真実(ほんとう)を知っていると知っていながら、わざとその真実を表に出さないように装い確認しあう。

 俺が最も嫌う欺瞞でありながら、今はこの欺瞞にすがらなきゃならない二人の立場と関係性。

 

「よろしくね」

 

 そんな欺瞞で塗り固められた空々しいやりとりを終えて、彼女は“みんな”のもとへと戻っていく。

 そんな欺瞞にすがってさえも失いたくない“みんな”のもとへ。

 

 

 

 ──遅せぇよ……なんで初めっからハッキリ言ってくんなかったんだよ……あんたの真実の気持ちを……

 初めからそう依頼してくれてたら、いくらでも解決法なんて見つかっただろうに。

 

 ……いや、それは無理だ。先に戸部からの依頼を受けた以上、それは相反する重複依頼。奉仕部としては受けられない依頼となってしまう。せめて依頼の順番が逆であったのなら……

 それが解っているからこそ海老名さんはああいう方法を取ったのだ。奉仕部への依頼ではなく、俺個人への、藁にも縋る切なるお願いとして。

 

 

 あとたった数時間後に迫った決着の時を前に、俺は俺がどうするべきか、答えを出さなくてはならない。

 こんな短い時間で、一番効率が良く、一番適した答えなんて見つかるのだろうか……

 

 

 

 

 葉山グループと別れたあとも、思考の海の底で最良の解を捜し求める。

 そんな俺の目に映った誰かさんの顔は、いつものにひっとした元気な笑顔ではなく、情けのない友達を心から想う、優しいお人好しな心配面。

 しかし俺は、そんな優しいお人好しの目を、こいつと同じように真っ直ぐ見つめ返すことは出来ないのだった。

 

 

 

続く

 






今回もありがとうございました!

ついに次回はあの場所へ、あの時へと辿り着きます……!
やー……上手く書けるかしらん……?



ではではまた次回です〜(^^)/



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