お待たせしました。8ページ目になります!
ようやくここまで辿り着きました……
今回の話は、この作品を最初に思い描いた時点で、実は一番書いてみたかったかもしれない場面へと続くシーンだったりします。
それではどうぞ!
一日の授業を全て終えた人気の少ない教室。そんな弛緩しきった時間帯な現在、あたしは友人と気ままなアフタースクールタイムを楽しんでいる。
でも今日は朝からとても憂鬱な……違うか。ここ数日はずっとこんな冴えない気分が続いている。
原因はよく分かっている。それは、我が友人のあまりの不器用過ぎる生き方に対する……不満? 憤り? それとも……心配……?
あいつのことはまだまだあたしには知らないことだらけだし、これからたくさん知っていけたらな……って思ってるけど、たぶん今まさにこの瞬間もあいつは不器用な生き方で自分を傷つけているんだと思うと、そばに、隣に居てあげられないことがもどかしくて堪らない。
はぁ〜……なんであたし……
「総武受けなかったかなー……」
「……おーい、心の声、超漏れてるよー」
「え、マジで!? やばいちょっと恥ずかしいんだけどウケる」
「ウケないわよ」
ここ最近では最大級クラスのジト目で睨んでくる千佳に、あはは〜と苦笑いを返すあたし。やばい恐ぇ〜……!
「まーた比企谷君のことでしょ? ……まったく、まぁあらかた事情は聞いてるから気持ちは分かるけどさ、あんたここ最近浮かなすぎだから」
比企谷と再会してから数週間、比企谷の部屋で遊んでから数日が経ち、比企谷と友達になれて浮かれているはずのあたしは、ここ最近ずっとこんなんだ。
比企谷と再会してから“友達とはなんぞや”なんて考え始めたあたしだけど、そんなよく分からない不確定な友達の中での数少ない親友とも呼べるこの仲町千佳にだけは、比企谷のことを色々と相談してたりする。
だからこの子はあたしの憂鬱をちゃんと理解してくれているし、なんだかんだで一緒に考えたりもしてくれるのだが、どうやら今あたしがボソリと呟いてしまった心の声だけは看過できなかったようで、若干お怒りのご様子。
「あのねー、もしかおりが総武受けててなんかの間違いで合格してたとしたら、わたし達は出会えなかったんだからね!? それ分かって言ってんの? このばかおり!」
……やばい千佳が愛おしい!
なにこの子可愛すぎじゃない? なんかの間違いでってところはちょっと失礼だけども! ウケる!
「ごめんよー、千佳〜。あたしやっぱ海浜一本に絞って良かったよー」
そう言って軽くハグると、千佳はまんざらでも無さそうにコホンと咳払いをひとつ。
「……うむ。まぁ許してやろう」
チョロすぎウケ…
「あんた今チョロすぎウケるとか思ったでしょ」
「ま、まっさかー! ったく千佳ってばちょっと被害妄想強すぎなんじゃない?」
……千佳ってば相変わらず勘がなかなか鋭いのよね……未だに睨んでるし……
「はぁ〜……ま、いいや、かおりだし」
やれやれとアメリカンなリアクションで首を横に振る我が友人。なんかあたしの扱いが日に日に雑になっていってる気がしないでもないけど、まぁそれはあたしのせいか。
でもま、なんで総武を受けなかったもなにも、ホント間違ってあたしが総武に行っていたとしたら、たぶんあたしは比企谷とこんな風に友達にはなれなかったと思う。
あくまでもあの再会と衝撃の目撃があったからこそ、表面上しか見てなかったあたしにもホントの比企谷が知れたワケで、下手したら相模さん辺りと薄っぺらい友人関係になっちゃってて、比企谷に悪意を向けてた可能性だってあるわけだし、そう考えるとやっぱあたしは海浜で正解だったんだろうなって思う。
おべんちゃらでもなんでもなく、あの時比企谷が言ってくれたような“長いこと付き合っていける友達”ともこうして出会えたわけだしねー!
そんなことを考えながら千佳をニマニマ見ていると……
「……人が呆れ果ててんのになにニヤニヤ見てんの……? 腹立つ」
雪ノ下さんばりの冷たい目で見られちゃった!
そりゃないぜ、長いこと付き合っていける友よ……!
× × ×
「まぁそれはそれとしてさ、なーんかあたしに出来ることって無いのかなー? どうせあのバカ、今頃ろくでもない目に合ってんだろうけど、学校違くちゃどうすることも出来ないしさー」
「……あー、体育祭運営委員やってんだっけ?」
「そ」
ホントあのバカ何考えてんだろ。
まぁ電話とメールでいきさつは聞いたのよ。比企谷が入ってる部活のこととか、今までは何となくしか分からなかった文化祭でのあの一幕の概要とか。
だから状況だけはそれなりに理解してるつもりではいるんだけど、やっぱ頭で理解すんのと心で理解すんのは別物じゃん……? いくら考えても、どうしても心が理解してくんないのよね……
てかそれはそれとして奉仕とかウケる! あの雪ノ下さんともう一人の女の子と三人で奉仕とか、もういかがわしい匂いしかしないんだけど!
まさかこないだ比企谷んちで見たエロい漫画みたいなエロイベントが毎日のように部室で繰り広げられてんじゃないでしょうね!?
やばい超お腹痛い!
「ちょ、ちょっとかおり……? な、なにいきなり爆笑してんの……? 今の笑う流れだった!? マジで恐いって……!」
「ぶっ! あはははは! ひぃ〜っ、だって……だって奉仕部ってなによ!? ホント比企谷面白すぎでしょー、反則だっての! もう死んじゃうってばー」
「……」
もう友達を見る目から珍獣を見る目に変貌した視線も気にせず笑い続けること数十秒? ようやく息を整えたあたしは、先ほどの話の続きを語りだす。
「……ふぅ〜。で、さ……ホントあのバカってどんだけお人好しなのよって話。……あんな目に遭っといて、まだあのめんどくさい女の子と関わるなんてさ」
「いきなりの大爆笑は無かったことになっちゃうの!? 意味分かんなくてわたしがモヤモヤするんだけど!?」
……おっと、話を急ぎ過ぎたみたいで千佳は置いてきぼりになっちゃってたみたいね。
でもまた「まぁかおりだし」で流してくれたんで助かる。てか「まぁかおりだし」って冷静に考えると結構ヒドくない? ウケるからまぁいいけど。
「ホントあいつって生き方が不器用なんだよね……いくら部活だからってさ、また関わらなくたってよくない……?」
「……んー。ま、あんま詳しいとこまでは教えてくんないから知んないけどさ、でもその比企谷くんがそういう人だって知れたからこそ、かおりは比企谷くんとこんなに関われることになったんだし大好きになれたんじゃん?」
「大好きとかウケる! 友達としてね? 友達として」
「うっさい、話の腰を折んないでっての」
「はい……」
だから千佳マジで恐いってば……
「ね? 友達としてだろうがなんだろうが、そういうトコを発見できて好きになったんなら、じゃあかおりはそんな比企谷くんとこれからも付き合ってくしかないじゃん」
「……だよねー。それは分かってんだけどぉ……でもさぁ、あたし出来ればもう比企谷にあんな顔させたくないんだよね。関わらなかったら知らないで済んでたことだけど、もう知っちゃったからさ……」
──あの日、総武高校の屋上で一人佇んでいた比企谷の顔は、とてもとても苦しそうな顔をしてた。
『当たり前のことなんだよ、俺にとっては。何か解決しなきゃいけないことがあって、それが出来るのは俺しかいない。なら普通に考えてやるだろ』
あんたはそんなカッコつけたこと言いながら、あの時自分がどんだけ情けない顔してたのか自分で分かってないでしょ……。それはもうヒっドい顔してたんだから。
まるであんな結果が比企谷にとっては普通の出来事みたいに言ってたけどさ、見ててなにが辛いって、あんたが自分の傷みに気付いてないことが一番辛いのよ……
「それにあいつは文化祭のあとも「今までと特に変わらない」なんて言ってたけど、あんなん絶対ウソだっての……あのバカ、そういうことくらい言ってくれりゃいいのにさー……」
「……でも、おいおい話してくれるって言ってくれたんでしょ?」
……そうなのだっ。友達になろうって言った時も比企谷んちに行くってなった時も、あれだけ嫌っそうな顔を隠そうともしなかった比企谷が、ちゃんとあたしの目を見てそう言ってくれたのだ。
「……へへーっ、まぁね〜!」
「おーおー、嬉しそうな顔しちゃってまぁ! あんたさっきまで死にそうな顔してたくせにー、どんだけ現金なのよ」
やー、まぁそりゃ少しくらいは嬉しくなるって。……す、少しだけ、ね?
だってつまりはこれから長い付き合いになるって……少しずつ心を開いていってくれるって言ってくれたってことじゃん……?
「ふふっ、はいはい良かったねー。……ま、どうせ今は他校だからなんにもしてあげられない。んで今は忙しくて遊んでももらえない。だったら今のかおりに出来ることなんて限られてんじゃん」
そう言って千佳は真剣な顔であたしを見る。
「……なに?」
そんな千佳の真剣な顔に、あたしもらしくなく真剣な顔でそう返すと、千佳はニコッと笑ってこう言ってくれた。
「今は比企谷くんを信じて待つ!」
「ぷっ、なにそれウケる」
「……んでさ、体育祭終わったら無理やり連れ出してでも遊んじゃえばいんじゃないっ? 疲れた比企谷くんが思いっきり楽しんじゃえるくらいにさー」
「……ウケるっ」
……そうなんだよね。結局のところ今のあたしにはそれくらいしか出来ないんだよね。なにせ自分で言ったんだから。比企谷のこと信じるから、無茶だけはしないでねって。
じゃ、ここは大切な友達である千佳が言ってくれてる通り、今はただ信じて待って、そしたらまた疲れきってるであろうあいつを思いっきり楽しませてやろっかな!
いやー、やっぱあたしっていい友達持ったな。千佳に出会えてホント良かった。
そんな想いが胸いっぱいに溢れてると、その素敵な友達の千佳の目が妖しく光る。
「そこでひとつ提案がありまーす! 総武の体育祭が終わったらさ、一緒に遊びに行こうよー。ダブルデートってやつ? ほらっ! 比企谷くんに葉山くん誘ってもらってさぁ♪ だって実は比企谷くんと葉山くんてちゃんと知り合いだったんでしょっ?」
…………す、素敵な友達よ……あんたってやつは……
「ちょっと千佳!? それ、比企谷にかこつけて、単に自分が葉山くんとお近づきになりたいだけじゃん!」
「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでくんない? 話を聞く限りじゃ、そうそう家から出ないであろう比企谷くんと外で遊べる口実を作るチャンスでもあり、ついでに、つ、い、で、に、わたしも葉山くんとお近づきになれるチャンスが上手い具合に重なった、言わばWIN-WINな関係じゃん」
「……ちょっと千佳、次の生徒会長選挙に出馬しそうなアレの演説に毒されてんじゃないの……?」
マジで千佳までああなるのはやめてよね……
アレは外側から見る分にはウケるけど、身内がああなっちゃったら扱いに困るからね? マジで。
「……はぁ〜、ったく」
ま、とは言うものの、意外と悪くない提案ではあるのかも。
比企谷じゃ女子と二人でどっか遊びに行くなんて「恥ずかしいからやだ」ってバッサリ切り捨てそうだし、そうするとまた比企谷んちに押し掛けるかあたしんちに呼ぶかくらいしか選択肢なくなっちゃうし。
もちろんそれでも十分楽しいし、あいつとダラダラまったり過ごすの好きだから別にいいんだけど、でもやっぱたまにはどっか遊びに行きたいじゃん?
だとしたら、二人きりよりは断然ハードル下がりそうな気がするのよね。
千佳が葉山くんと遊びたいんだってさ、って理由付けがあれば、なんだかんだ言いながらも渋々付き合ってくれるかもだし。
そしてあの二人、好き嫌いは別としてだけど、たぶんお互いに結構認めあってそうだしね。そうじゃなきゃ急を要する屋上のあの場面で、なんの打ち合わせもなくあんな手段が取れるわけないもんね。
「しゃーないなー。じゃあ総武が体育祭終わったら一応聞いてみてあげっから。……言っとくけど、あくまでも比企谷次第だかんね? あたしだって比企谷に嫌な思いさせたくないし、無理には言わないかんね? 十中八九嫌がると思うから変に期待はしないでよね」
「マジで!? うんうんそれでいーよー! さっすが心の友っ」
あたしもほんのついさっきまで、あんたを心の友って思ってたよ……! あの感動返せ!
……あはは、ま、こういう裏表の無いとこも含めて、これから長いこと付き合っていけるであろう友達なんだけどねー。
× × ×
しっかし千佳のヤツ! 言いたいこと言うだけ言って、「ごめん! 今日バイトなんだー」とかってとっとと帰っちゃうんだもんなぁ、あの薄情者め!
あたしはバイト休みだし比企谷は遊んでくれないし色々とモヤモヤしてるしで、今日はパァッと遊びたかったんだけどなー。いやまぁバイトあるんだからしょうがないけどさ。
そんなわけで今あたしは学校帰りにひとり千葉をぶらついている。
そりゃ友達と一緒に遊ぶ方がずっと楽しいけど、たまにはこういうのもアリっちゃアリかな。気の向くまま好きな服屋とか雑貨屋をぶらぶらすんのも、まぁまぁ楽しいかも。
でもこんなこと千佳の前で口走ったら「あんたひとりで居ようがみんなで遊んでようが、どっちにしたって気の向くままじゃん……」って白い目で見られそう。
ホント心外だよね、あたしこれでもまだ十六歳の幼気(いたいけ)な乙女だっての。
まぁ幼気かどうかは置いといて──さっそく置いといちゃうんだ、ウケる!──、元来あたしはロードに乗ってひとり気ままにツーリングするのが趣味だったりするし、もしかしてあたしって意外とぼっち属性があったりして。
とはいえ、ひとりで居るとどうしても頭の片隅に余計な考えが沸いてきちゃうんだよね。
比企谷は特に変わらないって言ってたし、あたしはそんな比企谷を信じるって言ったし、でもいつかそういうのを遠慮しないで話してくれるようになるのを待つってことも決めた。
……それでもやっぱり気になっちゃうよね、そりゃ。大切な友達があたしの知らないところでどんな辛い思いをしてるんだろ……って。
結局あたしがその事実を知ったところでなにをしてあげられるってわけではないし、そもそも何かをしてあげたいなんて考え自体がおこがましいのかも知んない。
でも、それでも……ひとりにでも気持ちを知ってもらえたら、少しは気が楽になるんじゃないのかな? なんて、身勝手なあたしは考えてしまう。
ぐぅ〜……
そんなあたしの性格とは真逆のセンチメンタルな思いに胸を傷めていても、やはり身体は正直に反応してしまう。
今鳴っちゃうの!? このデリカシーの無い腹の虫め! ……やっぱご主人様に似るのね、ウケる。
「お腹へった〜……あ、ここでいっか」
柄に無くセンチメンタルに思いを馳せるにも、まずは腹ごしらえから! ってことで、あたしは近くにあったドーナツ屋に入ることにした。
あんま食べちゃうと夕飯食べられなくなって親に怒られちゃうからなぁ……。よし、ここはフレンチクルーラーとポンデリング、あとはカフェオレで一旦小腹を満たす事にしよう。
……そこはドーナツ一個にしておけよ、と思いながらもね。さすが幼気な乙女。
目的のドーナツを購入して二階に上がると、店内は程よく混み合っていた。
「んー……と」
まぁ満席ってほどでは無いから、どこに座ろうかな〜と店内をぐるりと見渡していた時だった。
「……へぇ」
あたしの視点は一点に止まる。パッと見ただけでも伝わってくる、ジメジメとした空気を漂わせるひとつの席に。そして思わず口から漏れ出た声は、自分でも驚くくらいに低く暗く……
──面白いモノを発見してしまった。
面白いとか思いつつも、なんか知らないけどあたしの表情は明るい笑顔ではなく、初めて経験するんじゃないかってくらいの暗い笑み。びっくりだわ、あたしってこんな笑顔出来るんだ。
そしてあたしは迷わずその席へと向かう。ジメジメとした空気が漂う……ジメジメとした空気を撒き散らしている人物が座るその席へと。
「すみませーん。ここ、相席いいかな」
あたしの呼び掛けにその子は戸惑い、顔を上げて辺りを見渡す。
「……え、あの……他にも席空いてますけど……」
そんなの見れば分かるっての。
だからあたしは言ってやった。その子に、笑顔で。
「だよねー。でもごめん、ちょっとだけお話したいことあんだよね。もちろん無理にとは言わないんだけど、もし良かったらでいいからちょっとお話しない? …………あたしさー、比企谷の友達なんだ」
比企谷の友達。そう聞いたこの子の目は、明らかにその色を変える。
戸惑い半分、嫌悪半分ってとこだろうか。
……数秒の沈黙ののち、あたしを睨み付けたままのこの少女はようやく口を開くのだった。
「……比企谷の、友達……? その物好きなお友達さんが、うちに……なんか用……?」
続く
今回もありがとうございました!
ついに出会ったこの二人。
原作では実現しなかった(実現の必要性は一切無い笑)この出会いが、今後なにをもたらすのか?……ってところがどうしても書いてみたかったんですよねー(^皿^)
それではまた次回で!