厨二病の功罪、または禍福。   作:真白

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00話 「ものろ~ぐ的ぷろろーぐ」

 

 

 

 不覚にも歓喜の念を抱いた自分に罪はないだろう。

 一度目の生を終えて転生を経験し、二度目の人生を異世界で過ごした半生の中で、これほどの喜びは滅多とないことだ。

 今ならば、これまで自分に降り掛かってきた、あらゆる理不尽の災禍を帳消しにできるほど喜悦に浸れる。そう、気分は「最っ高にハイッ!」ってヤツだァ!!

 

 己が手掛けたものは、言ってみれば高校の選択科目で工芸を選んだド素人が、傍目に憧れた一流の陶器を見よう見まねで模倣した粗製品である。贋作とさえ言えない駄作。虚仮威しもいいところ。

 しかし、考えてみてほしい。当人の出来る範囲の知識と技術を必死に盛り込み、手間も暇も惜しみなく注ぎ込んで、機能的には大差のないであろう代物がなんとか仕上がったのだ。

 尚且つ、取り敢えずは最低限度の出来ではあると、紛うことなく己の憧れた代物の類似品か、代替品か、どの程度の鑑定結果なのかはこちらで判断はできないが、とにかく一定の成果として認められたら?

 不確かな努力の軌跡が、目に見える形で実を結んだのだ。嬉しくないはずがないだろう。

 

 しかし――。嗚呼……、しかしっ! それだけ喜ばしい半面、かなりの厄介事に巻き込まれた現在の状況は、なんとも呪わしい限りだった。

 

 唯一自身の作品を認め、就職までさせてくれた会社が実はブラックな非合法企業で、そこのタコ部屋に軟禁されて生涯贋作造りを強制された前世を思い出すぐらいに暗澹とした気分である。

 ちなみに前世の死因は自殺である。遺言は『ちょっと根源に至りたくて』などという、大人になっても忘れられなかった厨二病の赴くままの動機を、完成済みの大量の商品に丹念に刻んでやった自分は悪くないはずだ。

 

 

 

 閑 話 休 題(コーヒーブレイク)

 

 

 

 コーヒー党が落ち着くにはカフェインが一番である。贅沢を言えば、カカオ含有率のすこぶる高い、苦味のあるチョコレートが手元にないのは非常に難点だが。如何せん、この時代はまだ製菓会社の主力商品ではないので、仕方がない。

 おそらく現代日本では絶対に手に入らないであろう異世界産の缶コーヒーを飲み干すと、空き缶を300メートルほど離れた同じ未遠川沿いの公園に設置されたゴミ箱で放り投げる。

 風による軌道修正も計算に入れた放物線は綺麗な山なりを描き、それはスチール製の網目が特徴的な缶入れにダイブした。

 …………そして缶は、缶入れの中から跳ね返った勢いそのままに、すぐ側のベンチで仲睦まじく寄り添っていた年頃のカップルに向けて、無情の凶弾と化した。

 

 ……すまん、若人よ。これも試練と思ってくれ。

 

 俺は額に空き缶が激突して気絶した少年を少女が慌てて介抱する青春の1ページを祝福すると、さっさと他人の振りに徹して海浜公園から冬木大橋へと早足で向かう。

 春もうららかな木漏れ日と川風が心地良い涼やかさを運んでくれた。散歩をするには良い日であろう。思索に耽りながら、この街――『冬木市』を散策するには持って来いの日和である。

 

 

 

 

 

 

 

 転生。いわゆる死んで生まれ変わることですね。

 前世の時分――奈良崎央司として生きていた頃には、二次創作の分野で大隆盛したこのジャンルを一オタクとして読み漁ってきたのだが、自分自身がそれを経験するとは、夢には思っても実際に起こる事態であるとは一度として思ったことはなかった。まあ当たり前であるが。

 

 しかし、長生き……する前に自殺したな。うん、死んでみるものである。

 創作物に酷似した異世界へトリップするなどという、己の中ではかなりの王道に属する転生を経験したのだから。まさにリセット・ザ・ワールド。

 

 おまけに転生先の世界は念能力がある世界。そう、『HUNTER×HUNTER』の世界である。

 死亡フラグが乱立し、主要キャラとてあっさりと死亡する。命の価値がとても低い、自己責任なら善人キャラでも他者の死を当然とばかりに納得して受け入れる世界観。

 二次創作の転生先危険度ランキングでは、割と上位に位置するであろうシビアな世界だった。

 書き手がメンヘラ病患者だと、暗殺一家や旅団に近しいポジションに組み込まれるという、まともに考えれば自殺行為としか思えない二次創作も多々あるが、面白い作品ほど無常観溢れる殺伐とした内容なのも、原作への愛だろう。

 

 さて、そんな世界に生まれ落ちた当時の俺は、自殺するほど追い詰められていた前世のメンタルをそのまま引き継いでいたので、それはもう酷い有様だった。

 

 泣かない。無表情。ほとんど微動だにしない。食事の欲求も最低限。排泄時も無反応。

 

 うん、不気味過ぎる赤ん坊だわ。当然ながら捨てられました。俺だってそうす……いや、取り敢えず養子に出すとか施設に入れるとかしねーの? いきなり人を雇って魔獣が跋扈する山奥に捨てさせるとか、どんだけシビアな世界なんだよ。

 当時は「あぁ、こんなもんだよね」とあまりの急展開であろうともマイペースに諦観に浸っていたのだが、捨てる神あれば拾う神あり、と言うべきか。魔獣に拾われました。大きな黒い狼で、俺はオオカミ少年(嘘は吐かない)として生活することになった。

 

 しかし、オオカミ少年生活も長くは続かなかった。

 授乳生活の最中、森の中で同じぐらいの大きさの大人しい仔熊とじゃれていたら、いきなり全身から湯気が迸っているではありませんか。

 すわ干支忍じゃないのに勝身煙が!? とか的外れな誤解も束の間、それが突然開いた精孔から漏れ出る生命エネルギー、すなわちオーラであることを悟り、慌てて【纏】をするべく精神を集中させた。コックを全開まで捻った蛇口のようにどんどん溢れ出るオーラを必死に止めようとした結果、衰弱死する寸での所で【纏】の修得に成功する。

 この時はヤバかった。インフルエンザ罹患ピーク時の何倍も辛かった。あわやリセット・ザ・ワールド二回目かと思ったぐらいだ。

 

 無事に全快した俺は【纏】を完璧に修得するために【点】の瞑想を繰り返し、ついに寝ながらでも【纏】を行えるようになったのである。

 そして俺に待っていたのは、独り立ちの刻だという母狼からの通達だった。

 どうやら【纏】をまともに覚えたら一人前扱いらしい。そういうことは先に言ってほしかった。

 まぁ、念に目覚めた以上は、最低限の護身は成ったとお墨付きをもらったと思おう。

 俺は母狼に感謝の念を伝えると、人里目指して山を降りた。衣服は自殺者や遭難者のを手洗いしたものを身に纏い、どこからどうみても完璧な浮浪児の出来上がりだった。

 

 山を降りたら保安官に保護されましたよ。逃げたせいで麻酔銃食らったし、無茶しやがる……。

 で、起き抜けの俺が見たのは、同意なしでDNAを照合した結果、身代金目的の誘拐で帰ってこなかった不幸な幼児の発見という大手柄にニヤける不良保安官の図でした。

 いい歳して独り言とか、よっぽど寂しい生活だったんだろうな~って同情してる場合じゃない。誘拐? 身代金? ホワーイ?

 取り敢えず、生みの親の所へ戻るのは死亡フラグの臭いがプンプンするため、このままでは不味いと判断した俺は、しないよりマシ程度の稚拙な【絶】で逃亡した。

 この時点でなんかもぅ、前世の末期とか引きずってるのも馬鹿らしくなって開き直り、第二の人生を堪能することに意識が向いたのは幸いだった。

 

 そこからは早かった。駆け足のような人生である。

 野生児生活を続けること三年。ひたすら【発】以外の基本技と応用技の修練に励む。

 独学だと限界を感じ、心源流の道場に内弟子として入門して五年。独自の応用技も開発した。

 年齢が二桁を超える頃には天空闘技場に参加して二年。錘で実力を縛って昇降を繰り返す。

 選手として稼ぐのではなく、賭け専で儲け続けてさらに一年。眼力はプロの賭博師レベル?

 ハンター試験に合格し、証(ライセンス)の恩恵と資金のゴリ押しで、希少な神字の専門書の入手に乗り出して五年。この五年が個人的に一番充実していた気がするな。

 そしてついに、前世から引き継ぐ自身の厨二病を形にすることに成功した。

 

 特質系だった俺が開発した能力は三つ。全て具現化と操作系を兼ねた固有能力である。

 

 【魔術基盤(マギリングデバイス)】、【魔術回路(マテリアルサーキット)】、【魔術刻印(スペルバインダー)】。

 

 やっちまったよ。型月厨だったせいとはいえ、神字のバックアップとブースト効果が前提とはいえ、念であの世界の魔術師を再現できちまったよ。

 でも別に根源目指さないから魔術師じゃなく魔術使いなのだが、それはどうでもいいことである。

 

 魔術使いになってからも、純粋な念能力者としての研鑽と魔道の歩みを怠らず、プロハンターとして古文書狩りをし続けた。

 そんなこんなで二十年の月日が経った頃、たまたま事前にグリードアイランドの発売を知った俺は、運良く1本入手でき、腕の立つプロハンターに声をかけてクリアを目指した。

 動機は二次創作でお馴染みの、【挫折の弓】や【離脱(リーブ)】、【同行(アカンパニー)】、【再来(リターン)】、【磁力(マグネティックフォース)】などで元の世界に帰還、というネタを試してみたかったからである。

 人選には気を遣ったし、成功報酬も一人50億を14人雇ったのだ。半年でクリアすることができた。

 【一坪の海岸線】入手イベントでは、レイザーによって一人死亡、三人半死半生に追い込まれたが、先に【大天使の息吹】を入手していたため負傷者は即座に完治。死んだ者には報酬の三倍を遺族に渡した。即死でなければなんとかなったんだが……。

 そして二時間ほど前、電子マネーを全て貴金属類に換えて、『礼装(笑)』な四次元ポケット的鞄に収納した俺は、クリア報酬のカード全てを使って帰還を試すことにした。

 

 

 

 結果、なんと【再来(リターン)】によって地球の日本に戻れたのである。

 懐かしい湿気を含んだ陽気。黄砂の漂う春の気候。周囲に溢れる日本人。そして何より向こうにはない清々しい平和ボケした空気。間違いなく日本へ還ってきたのだ!!

 

 39歳(肉体年齢は25歳で老化停止中)にもなって、故郷に戻るとは、感慨深いものがあった。あったのだが、そんなものはすぐに吹き飛んだ。

 帰還してすぐ右手の甲に軽い痛みを覚えたのだ。念能力か!? と警戒したが、的外れな予想だったと痛感した。

 だってそこには、型月厨である俺にとっては、とてもとても理解できるモノが刻まれていたのだから。

 

「令呪ですか、そうですか。…………ってなんでやねんっ!!?」

 

 どうやら聖杯に認められたようです。俺の念能力で開発した魔術回路(倒置法?)。

 いや、嬉しいよ? 嬉しいんだけどね? 帰還の転移先が冬木市ってどうなのよ。これが『Fate(運命)』だっていうのか、作為感バリバリ過ぎて厄介事の臭いしかしねーよクソがっ!!!

 

 以下、冒頭の文まで冷静さを取り戻すまで十数分を要す。

 


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