真剣で青春謳歌しなさい!   作:阿見

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第十話

「はい、チーズ・・・・・・っと」

 

ぱしゃり、と四人並んでの撮影会。

実に楽しげだ。

 

意識を失った男四人が縛り上げられて恥部を露出させた上、ガムテープで鼻フックされていなければ、だが。

まあ、ある意味楽しげだ。

 

同様のものを連中一人一人の携帯で撮影。

これに怪文書を添えて残されれば、もう二度と悪さをする気にはなれまい。

不良と呼ばれる人種は妙に面子を重んじる。恥を晒したり舐められたりするようなことは望まないだろう。

藤枝は死んだ魚のような目で自前の携帯電話のJPGファイルを確認する。

 

「いらねーメモリーを刻んでしまった」

 

彼らの住所や名前、電話番号、メールアドレスなどは携帯電話を見ればすぐにわかった。

パスワードでロックされていたのは大柄な外国人のもの一つきりだ。恐るべき無防備さ。

悪意をまき散らすのは得意でも、自分が悪意を向けられることには不慣れらしい。

 

「・・・・・・あまり恨んでくれるなよ」

 

俺だってやりたくてやってるわけじゃあないと、失神した男達を見下ろして藤枝はひとりごちる。

これは最高の手段でも、最善の解決法でもないが、比較的マシな方法だと自分を納得させるためだった。

彼は数秒間自分の携帯電話の液晶画面を見つめた後、ポケットにしまう。

結局藤枝は、武蔵がさらわれたことを通報することはなかった。

仮に通報したとしても、女子学生がさらわれた、とは言わなかっただろう。

年頃の少女がさらわれたなど、外聞が悪すぎる。

幸いにも暴行を受けた形跡はなかったからこの程度で済ませたが、そうでなかったら往来を歩けないようにしてやったところだ。

伊藤も骨を折ったりなどの大怪我はなかったから、本当にほっとしたものだ。

大事に及ばなかったから、大サービスでパンツを上げておいてやろう。

 

「おっと」

 

無様に失神する連中に背を向け、武蔵のいる場所に向かおうとしたところで、藤枝は思い出したように振り返った。

手足をベルトで縛り上げているのだから、仲間の一人も呼んでおいてやるべきだろう。

今の気候ならば一夜を明かすぐらいでは大事には至らないだろうが、万が一があれば寝覚めが悪い。

 

「出血大サービスだな」

 

無意識に一人ごちてから、藤枝は己の血が滴る左腕を見て口の端を吊り上げた。

そして、出入り口付近の作業台に置いておいた、男たちの携帯電話の一つを開いてメール履歴を調べる。

すると十数分前に〝板垣辰子〟という人物にメールを送っていたことがわかった。

内容は、急ぎこの工場まで来てほしい、というもの。

長髪の男の名前が板垣竜兵であることは携帯電話を調べて知っていたので、おそらく兄弟だろうとあたりをつける。

住所もこの近辺だったはずだ。

 

「なら、いいか」

 

独り言をつぶやいて携帯を作業台に放り、今度こそ藤枝は彼らに背を向けた。

板垣達子が来る前に武蔵を連れて去ればそれでお仕舞。

ひょっとしたら黛が駅にいるかもしれないので、探さねばなるまい。

 

「ん・・・・・・?」

 

これからすべきことに意識を向けた時、がしゃがしゃと、連続した金属音が工場内に響き渡る。

そして、背後から音とともに突如差し込んできた外灯の明かりに藤枝は目を細めた。

 

「誰だ?」

 

「・・・・・・リュウちゃん?」

 

女性のシルエットが逆光となって視界に映し出されていた。

よく見れば、自分よりもいくらか上背がありそうな長身の女性のもので、均整の取れたプロポーションの持ち主。

こんな場所にはいかにも不似合いだ。

彼女の視線の先には、半裸で手足を縛られ、意識を失った男たちが。

 

「お前・・・・・・」

 

ぽつり、と女性が口を開いた。

彼女のおっとりとした目つきが、鋭い猛禽のそれに変わってゆく。

そう、藤枝が理解すると同時、空気の質が変わったような気がした。

彼女は手近にあった、ゴルフクラブ状に先の曲がった鉄材を手にする。

目つきは、鋭い。

 

「・・・・・・怒ってるのか?よせ、争いは虚しさを増すだけだ」

 

白々しい言葉を口にしながら、藤枝は自分の周囲に視線をめぐらせた。

恐らく、目の前の女性の名前は板垣辰子なのだろう、と。

そして、自分の足元で鼻血をたらしてくたばっている兄弟の復讐に怒りを燃やしているのだろう、と。

 

「二分でいいから話し合わないか?誤解がありそうだ。きっと分かり合えると思うんだが」

 

相手から顔を背け、周囲に視線を巡らせながら藤枝は言葉を重ねた。

だが、聞く耳を持たぬようで彼女は長いコンパスで歩幅を刻んでいる。

相手のパーソナリティは不明。兄弟を痛めつけられた恨みが、言葉で止まるだろうか。

そもそも、薄暗い廃工場の中でも顔を見られてしまうのは非常にまずい。

脅迫がまったく無意味なものに成り下がる。

 

「チッ」

 

舌打ち一つ。

足元でくたばっている連中の一人からキャップを奪い、藤枝はそれを目深にかぶった。

自分の視界が半分近く塞がる上に、顔も殆ど隠せないが、無いよりはマシだろう。

 

「何をした・・・・・・?」

 

「大したことは、特にッ・・・・・・!」

 

返答をはじめから求めてはいなかったのだろう。予想を上回る素早い飛び込みと痛烈な振り下ろし。

手にした鉄材の長さは目測で一メートル十センチ強。

スイングスピードと床と接触する際の音から察するに、重さは二キロから三キロ。

当たればどこをやられても重傷は免れない。

だが、動きは早くとも予備動作が大きいため、咄嗟のバックステップで辛うじて回避。

 

「くそッ」

 

したつもりだった。

紙一重で回避は失敗。

藤枝の目測では避けた筈だったが、予想以上に踏み込みが深かった。

致命打にはならずとも、わずかに鉄材を引っ掛けた右頬が破れ、眼前で血の珠が弾ける。

 

「うっ、そだろッ?!」

 

「はぁッ!」

 

他でもない自分の血に視界を奪われたことで、追撃を察知できたのは直撃寸前だった。

わき腹に迫る斧の一振りのような後ろ回し蹴りを防御できたのは、幸運以外の何者でもなかった。

思考ではなく、本能で反射的に背後に跳びつつ、右腕で脇腹を防御。

硬い靴底が腕にめり込み、みしり、と不快な音が鳴った。

 

「うおッ、ガッ、は・・・・・・?!」

 

威力を削ぐために背後に跳んだのは、果たして正解だったのだろうか。

まるで時速百キロで走る自動車に撥ねられたかのように、藤枝はしばしの浮遊感を味わった。

そして、数メートル後ろに位置していた金属棚へと激突する。

まるで怪獣と戦っているようだ、と胡乱な意識で藤枝は考えた。

 

「うっ・・・・・・ぐ、うぅ・・・・・・」

 

耐震補強され、床に固定されている筈の金属棚だったが、加速度のついた七十キロ超の体を受けとめることは出来なかった。

錆びたナットが弾け飛び、ゆっくりと横倒しになる。

棚とともに倒れこむ中、目を閉じなかったのは藤枝にとって幸いだった。

完全に倒れこむのと同時、首を支点にして後転。追撃である、わき腹狙いの鉄材での一撃を辛うじて回避。

 

「おらッ!」

 

「あっ・・・?!」

 

更に回避途中、三点倒立の要領で静止し、辰子の手首を蹴り上げる。

当たればラッキー程度の意識で放った一撃だったが、つま先は的確に辰子の手首の腱を強打し、鉄材を手放させることに成功。

彼女がたたらを踏む数秒間の間に藤枝は立ち上がり、即座に数歩距離をとって自身の状態、相手の状態、そして周囲の状況を確認した。

 

「うっ、げほっ・・・・・・はぁ・・・・・・痛ぇな、畜生・・・・・・」

 

自身の身体の具合は軽傷。だが、背中と側頭部と脇腹と右腕の痛みから、呼吸が整わない。

相手、辰子は藤枝以上に呼吸が荒い。だが、疲れなどの不調からではなく、興奮状態にあるからだと思われる。

周囲の状況、棚に散らかされていたゴミなどが散乱している。

なお、彼我の距離は五メートル。中間には鉄材が転がっている。

 

「・・・・・・無事か?」

 

武蔵を寝かせている場所、工場奥に据え付けられた棚付近、ブルーシートで覆われている場所に目をやる。

視界からは隠されていても、シート一枚に物理的な防御力はない。

仮に鉄材のようなものを投げられたり、棚が倒れこんだりしてはひとたまりもないだろう。

可能な限りこの場を荒らすべきではない。

速やかに外に逃げるなり、決着をつけるなりせねば。

周囲に何か使えるものがないか視線を巡らせつつ、呼吸を整える為の時間稼ぎも兼ねて説得を試みる。

 

「ハア、ハアっ・・・・・・待ってほしい。誤解がある」

 

「うるさいっ」

 

にべもない。

こうも頭に血が上っている相手では説得は難しそうだった。

それに、十秒足らずではろくなアイデアも浮かばない。

だが、武蔵と伊藤を連れての逃走も不可能となると、戦うしかこの場を切り抜ける方法はない。

それでも、藤枝はもう一度だけ言葉をかけてみる。

 

「なあ、これが最後だ。このままおとなしく帰してくれないか?悪いようにはしない」

 

帰ってきた答は拳だった。

藤枝は脳内で現在の状況を確認する。

工場前で身動きが取れない伊藤がいて、工場奥には身動きの取れない武蔵がいる。援軍は望み薄。

目の前には自分に害意を持っていて、自分以上の実力を持っている板垣辰子。

彼女が自分を叩きのめせば、彼女の手で、あるいは彼女に解放された四人によって、身動きの取れない二人の友人が害される可能性がある。

となれば、これは戦いだ。

戦いに大丈夫などなく、勝てる保証など誰にもできないが、死力を尽くすしかない。

負けて失いたくないものがあるのならば。

 

・・・・・・藤枝は予測していたように、顔面狙いの右拳を半身に構えることで回避し、すれ違うように立ち位置を交換する。

そして、右拳の回避とほぼ同時に初動を開始した、辰子の追撃の中段回し蹴りを飛び込み前転で回避。

片足を上げて崩れた体勢からは、即座に次の行動に移ることは出来ない。

その隙を見逃さず、藤枝は足元の鉄材を拾いつつ、前転の勢いのまま走り出した。

目標は、正面出入り口。

 

「逃がさないよ・・・・・・!」

 

僅かな隙をついて藤枝が稼いだ距離は四メートル。

 

しかし、それは辰子にとっていまだに射程範囲内であった。

 

人並み外れた脚力から繰り出されるタックルで肉薄し、そのまま地べたへと引き倒す。

あらゆる地力で劣り、ちょろちょろと隙を突きながら逃げ回る相手を始末する、確実な対処法だ。

 

ましてや、相手は全力疾走している。回避行動に移るには必ず隙が生じる筈。最早、詰みだった。

 

唯一気をつけるべきは藤枝が手にした鉄材による反撃。

だが、数キロある獲物を自由自在に振り回せる技量も腕力もあるようにも見えない。

となれば、これも対処可能。

 

そう、彼女は本能で理解し、僅かに口の端をゆがめた。

 

「はあッ!」

 

獲物を仕留める獣のような素早さで辰子は跳びかかる。

しかし、彼女は二つの思い違いをしていた。

一つは、藤枝の突然の全力疾走を逃走のためだと判断したこと。

もう一つは、手にした鉄材は攻撃のために使用すると判断したこと。

 

「むっ・・・・・・んぐっ?!」

 

突如、辰子の視界が闇で塗りつぶされた。

べちゃり、と顔に生ぬるい何かが張り付いたのだ。

気持ち悪いし、鉄くさい。

これはいったいなんだ、と思考し、顔を触れるよりも早く、轟音。

それこそ、金属が擦り合わせる音と、金属が圧し折れる音をミックスしたような、異音だった。

彼女には知る由も無いが、それは工場正面入り口の錆びて穴の開いた鋼板に、藤枝が振り下ろした鉄材が突き立てられた音だった。

ゴルフクラブ状に曲がった鉄材は上手く穴に引っかかり、音を立てて金属を引き裂きながらも藤枝の身体を一瞬空中へと持ち上げる。

結果、藤枝の腰を捉えるはずであった腕は空を切り、勢い余った辰子は無様に地べたに胸と腹を打ち付けることとなった。

藤枝がわざわざ開けた正面入り口へと駆けたのは、この為だった。

 

「わざわざ倒れこんでくれたか!」

 

「はっ?え、ちょっ、お前何やってんの?」

 

「うるさい!話しかけるな!邪魔するな!殺すぞ!」

 

「はい」

 

視界が塞がれ、受身も取れずに倒れ付した辰子の背後から、男二人の声が。

そして、背中に柔らかい衝撃が加わったと彼女が理解するよりも早く、畳み掛けるように予想外の自体が起こる。

こともあろうに、背後の男、藤枝に手によってズボンがずり下げられたのだ。

 

「―――えっ」

 

素っ頓狂な声が出た。

今の自分のおかれている状況が、彼女には信じられない。

いつだったか、小学生の男の子が同級生相手にズボン降ろしをやっているのを見たことがあった。

やんちゃだなあ、などとのんびりした感想を抱いたものだ。

だが、当然といえば当然だが、自分がされるなど夢にも思わなかった。

ましてや、相手は自分と近しい年齢と思しき男である。

わずか数秒ではあるが、辰子の思考回路は完全に混乱した。

 

「えっ、うっ、嘘っ!?なぁっ・・・・・・?!」

 

「薄い水色か・・・・・・」

 

「ああ、やめっ、変態っ!見るなあ!見ないでー!!」

 

「おっ、おい、お前これはヤバいんじゃ・・・・・・!」

 

「同じことを二度言わすなよ。向こうへ行け」

 

「はい」

 

「去らないでえ!助けてぇ!だけど見ないでー!」

 

辰子は顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。

それこそ、顔に張り付いた何か、を剥がすことさえ忘れている。

彼女は足をじたばたと動かして抵抗しようとする・・・・・・が、下ろされたズボンで動きが阻害され、その隙にベルトで足を縛られてしまった。

更に太ももの付け根と足首まで見事に縛り上げられ、下半身は最早ピクリとも動かせない。

 

「このっ、放せっ!」

 

慌てた辰子は背中に乗った藤枝に反撃しようと腕を伸ばす。

だが、今の体勢は所謂バックマウントポジション。

背中に馬乗りになった相手に反撃するのは容易ではない。

逆に腕を掴まれ、藤枝自前のベルトでまたもや簡単に縛り上げられてしまった。

 

「いい子だ」

 

しかし、混乱に乗じているというのもあるが、この藤枝という男、縛るのが嫌に上手かった。

サバイバル染みた経験故だろうか、まるで肉屋のように、生物の骨格や間接、筋肉、腱の構造をしっかりと理解している。

見てくれはともかくとして、辰子の五体は力を込められないように縛り上げられていた。

 

「いやっ、やだー!?助けてアミ姉っ・・・・・・!?」

 

「申し訳ないが黙ってろ」

 

止めとばかりに今の今まで顔に張り付いていた、生ぬるい液体で濡れた何か、を口枷にする。

それは、先ほどまで藤枝の腕の傷口を縛っていたハンカチで猿轡をした、ということだ。

もはや全ての抵抗の術を失った辰子に出来ることは、それこそ藤枝を睨みつけることぐらいだった。

 

「ぅじゅぅぅぅぅ・・・・・・!」

 

「何言ってるかわからねえよ」

 

威嚇もどこ吹く風で受け流すと、今まで目深に被っていた帽子を辰子にかぶせる。

そして、彼女のジーンズのポケットから携帯電話を取り出すと、パスワードを確認。ロックはなし。

通話履歴からニックネームのものを発見すると、通話ボタンを押した。

液晶画面に映っている通話相手の登録名は、天ちゃん、というもの。十中八九親しい間柄だろう。

電子音が三度ほどループするのを聞いていると、ぷつりと電子音が途切れた。

 

≪あっ、タツ姉なにしてんのさー。リュウのバカは?≫

 

「二人ともここでくたばってるから迎えに来いよ。市道沿いの工場だ。コインランドリー前の・・・・・・心当たりぐらいあるだろ?」

 

≪ハア?≫

 

「早く来ないと穴と言う穴に棒突っ込んじまうぞ。ダッシュで来いよ、ほら急げ」

 

≪・・・・・・ッ、そこで待ってろ!テメエ、タツ姉に変なこ≫

 

ブツ切り。話を最後まで聞く義理はない。

放置せずに迎えを呼んだことで、温情は使い切ったとばかりに藤枝は唾を吐いた。

 

「次があるならこんなに寛大にはなれない。仕返しなんて考えるなよ」

 

辰子にそれだけ言い残すと、藤枝はその場から消えた。

この拷問部屋めいた惨状を板垣天使が発見するのは、それから五分後のことだった。

 

 

 

 

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