真剣で青春謳歌しなさい!   作:阿見

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展開をいじるに伴い、ちょっと修正


第十四話

 

 

 

「・・・・・・アイツはその人を下着姿にして乱暴しようとしたんだ。

 見ていられなくて・・・・・・俺は、勇気を振り絞って、奴に殴り掛かった。

 だけど、アイツは強かった・・・・・・自分を棚に上げて、クズを殴るのがやめられないほど楽しいんだ、って、笑いながら、何度も・・・・・・

 顔の痣、それのせいです。服の下にもたくさんあります・・・・・・

 邪魔した俺をターゲットにしたらしくて、縛り上げてからサッカーボールみたいに蹴りだしたんです。

 それから、向かいのコインランドリーの大型洗濯機の中に閉じ込めて水を・・・・・・ううっ、もう嫌だ・・・・・・!

 アイツは狂ってる!どうして俺がこんな目に合うんだよ!」

 

「マジかよ・・・・・・あれ?でも、それだとなんでウチに電話かけてきたんだ?」

 

「え?え、えーっと・・・・・・ギャラリーの前でヤるのがイイんだって言ってました!

 ほ、本当に最低な男だ!野獣ですよ、いや、それ以下だ!だから俺は殴り掛かったんです!」

 

「・・・・・・あ、あの変態ヤロー・・・・・・ぜってーぶっ殺す・・・・・・!」

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

「って感じ」

 

昼休み、ようやく機会を得た藤枝は、教室棟、一階階段裏のスペースで伊藤を問い詰めていた。

しかし、藤枝の内心とは裏腹に、伊藤の口調は気楽なものだ。

〝それっぽい嘘〟を、悪びれもせず、情感たっぷりに再演した伊藤に、藤枝は困惑のまなざしを向けた。

 

「俺は一体何者なんだよ」

 

「被害者ぶれって言ったじゃん」

 

確かに同じ被害者として、共感を得られるように話せ、とは言ったが、ここまで大げさにするとは予想していなかった。

 

褒められる点もないではない。

武蔵を見知らぬ他人として正義感で助けたに行った、としたことは藤枝は高く評価した。

自分が気づいた時には既にいなくなっていた、と言った点もである。

知らぬ存ぜぬが通るなら、それが最高だ。

 

散らかった噂話を整理したところ、コンビニ店員に助けられた女とやらは一人しか出てこない。

おそらく、先ほど伊藤が言った下着姿にされた女性、板垣辰子と混同されて広まった可能性が高い。

当面の間目立つ体操服で外出するのをやめ、軽率な行動を控えればトラブルは避けられるだろう。

 

「いや、言ったけどさ・・・・・・じゃあ、ジャンキーとかって話はどっから出てきたんだ?」

 

「それな、不良といったらドラッグだろ?だから脅かす目的で言ったんだよ。

 あれは・・・・・・最近噂になってる既知外ですよって。

 もともと東京の警察病院にオーバードーズで入院してたらしいですけど、脱走したらしくて・・・・・・みたいな

 そんでさ、傑作なんだよ。キョロキョロしだしてさ、壁の張り紙見つけてんの。こないだ店長が張ってたやつ」

 

「張り紙?・・・・・・ああ、見ているよ、ってやつか。何枚も張っちゃって、まるでパラノイアだよな」

 

「あそこ監視カメラないからな。よくゴミ漁られる上に、先週自転車のサドル盗まれてキレてんだよ。

 んで、それ見て顔青くしてめっちゃ声震えてんの。あれお前にも見せたかったわ」

 

「・・・・・・あまり調子に乗ってると、しっぺ返しを食らうぞ」

 

「でも悪く言えって言ったじゃん」

 

「あのな、俺はあいつらの縄張り荒らしたんだぞ?

 次もあるような言い方をしたら血眼になって探し出そうとする奴も出てくるだろ?」

 

「でも所詮チンピラだろ?同じクズ同士ならともかく、連続殺人犯にはビビッて手を出せない。どうせ弱い者いじめしかできない奴らだ」

 

「どうだろうな。柳を怖がるような可愛い奴らばっかりだといいんだが」

 

「まあ、人のうわさも七十五日っていうしな。見つからなきゃ諦めるだろ」

 

「七十五日で消えるような、もう少し当たり障りのない嘘にしてほしかったね」

 

「そんな注文はされてないし、つーか、お前こそ何したんだよ?

 もしお前に会うことがあっても、絶対に自分たちのことを言うなって言ってたけど・・・・・・

 喋ったらリューとかいう奴が俺のことを掘り殺すんだとさ。IQ低い言いぐさだよね」

 

「そういうお前のIQはいくつなんだ」

 

「俺?五十三万」

 

「・・・・・・浮かれてるところ水を差して悪いがな、嘘がバレたらお前殺されるぞ」

 

嫌いな不良を右往左往させて大喜びしているが、落とし前、とは何も職業暴力団だけの文化ではない。

伊藤は彼らに顔も名前もアルバイト先も知られている。

現状、一番危険なのは間違いなく彼だった。

 

「心配しすぎだって。俺と?お前と?武蔵小金井?本当のこと知ってるのは三人だけだろ?

 誰も話さない。どっからバレるって?連中は全員気を失ってた」

 

「辰子とかって女は起きてた」

 

「え?」

 

「背の高い美人の・・・・・・手足は縛って口も目も塞いだがな。

 俺が襲おうとしていないことも、お前が自分を助けたりしてないことも、分かるはずだ」

 

更に言えば、残した怪文書の内容とも随分と食い違う。

辰子のみならず、藤枝の姿を見ていない誘拐犯たちも、何かしらの違和感は持つだろう。

詳細を話していない以上、それを責めることはなかったが、藤枝は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 

「・・・・・・あ」

 

「バカ野郎」

 

「ど、どど、どっ、どうしよう!?」

 

「どうしようもない。それこそ、口裏合わせてくださいってお願いでもするんだな」

 

「できるわけねーだろ!あのうすらでかい暴力ホモの双子の姉なんだぞ!」

 

「双子だったのか?似てない双子だ」

 

誘拐犯たちの携帯電話のメールボックスを調べた時のことを思い出す。

同じ板垣姓だったから兄弟姉妹だろうとは思っていたが、双子というのは予想外だった。

世の中には似てない兄弟などいくらでもいるが、二卵性でも双子なのだから少しぐらい似そうなものだ。

藤枝はぼんやりと脳内で福笑いを作った。

 

「くそ、くそう、死にたくねえ。掘り殺されるなんて死んでも嫌だ」

 

「とりあえずバイト先変えたほうがいいと思うぞ」

 

「・・・・・・ちくしょう、あそこ家から一番近くていいとこだったのに」

 

「後、しばらくの間は外を出歩くときに帽子でも被れ。カツラでもいい」

 

「マジかよぉ、なんとなくで人生棒に振るとかありえねーんですけど」

 

内閣調査室のエージェントでもないのに人目を忍ばなければならないとは。

伊藤はがっくりと項垂れ、廊下の床に両手をついた。

 

「人のうわさも七十五日だ。連中の記憶からお前の顔が薄れるまでやり過ごすんだな」

 

「なんでお前そんな余裕なんだよ」

 

「正直に言うと、余裕じゃない。さっきから考えがまるで纏まらない」

 

藤枝の言葉は真実だった。

冷静でも余裕でもなく、意識的に現実逃避しているだけだ。

実害も実体もない噂をいつまでも信じ続ける人間はそう多くない。

いずれ、冷静になったゴルフクラブの少女が再び伊藤を探し始めるのは目に見えている。

そして、彼が見つかって捕らえられれば藤枝も一蓮托生だ。

騙されたと悟れば、尋問に暴力を用いるのをためらうまい。

次は嘘は通用しないだろう。

 

先日、彼が不意打ちして絞め落した不良相手ならば、写真という保険がある。

ただ、ゴルフクラブの少女のように、安全装置を気に掛けることもなく襲い掛かってくるような相手は手の打ちようがない。

確かに、二度と歯向かえなくなるような、汚いやり口ならいくらでもある。

しかし、誰もそんなことはやりたくなかった。

 

「とりあえず、見つからないように気を付けろ。

 だけど、もし捕まったら俺の名前も住所もしゃべっちまっていいぞ。

 ただ、武蔵の噂はあまり流れてないみたいだから、そっちはしゃべらないでくれ。

 そうだ。昨日説明書を読んで知ったんだが、短縮ダイアルというものがあるそうだ。俺を登録しておいてくれ。

 コール一回で即切れば・・・・・・ワン切りって言うらしいな、まあ、それで何かあったと思って駆けつける」

 

「うおぉ、誰か俺を助けてくれ・・・・・・!」

 

「自分の身は自分で守るんだ」

 

少なくともそういう意識でいてくれなければ困る、と付け足す。

新しく覚えた携帯電話の機能も、できれば使う機会がないことを祈るばかりだった。

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

伊藤との密談を終えた藤枝は、一人教室で昼食を取った。

はじめは友人を探したが、密談のせいで出遅れてしまったのだ。

わびしくコンビニ弁当を食べ終えて、今はガムを噛みながら廊下を歩いていた。

右手に提げられた半透明の茶色い袋の口からは、割り箸やトレーがのぞいている。

彼の目的地は階段脇のゴミ箱だった。

教室のものには、弁当の容器など、匂いのするものを捨ててはいけない決まりになっている。

 

「あっ、藤枝さん!」

 

味のなくなったガムを包み紙に吐き出し、弁当と一緒にゴミ箱に放り込もうとした時、背後から声がかけられた。

振り返って見れば、上階、一年C組は最上階にあるので、屋上となる、から降りてきたらしい、黛の姿が。

なぜか嬉しそうに口元が緩んでいる。

 

「元気そうだな」

 

「はいっ、元気ですっ!」

 

藤枝が挨拶を返すと、よほど嬉しいことがあったと見えて、彼女は二段飛ばしで跳ねるように階段を降りてきた。

翻るスカートを手で押さえてはいるが、薄緑色の布地がちらりと見えて、藤枝はさりげなく目をつぶる。

彼女はそんな様子に気づくこともなく、百点を自慢する小学生のように弾んだ声で話し始めた。

 

「武蔵さん、また一緒にお昼ご飯を食べよう、って誘ってくれました!」

 

「そうか。そういえば今日か・・・・・・それは良かったな。弁当、どんなのだった?」

 

一昨日、武蔵が黛に礼をすると言っていたことを藤枝は思い出した。

昨日も、明日屋上で、と武蔵が念押ししているのを聞いていた彼は、だから屋上から降りてきたのか、と納得する。

 

「今が旬の筍ご飯でした。おかずは和食中心なんですけど、彩り豊かでどれもすごくおいしかったです」

 

『アレ地味に手間かかるんだぜー。魚の焼き物とか、昨日から下ごしらえしてくれてたっぽいしさ』

 

「魚偏に春で、さわらって言うんですよね。初めて食べました」

 

『ハイここで北陸娘クイズ入りまーす』

 

「なんだって?」

 

『ほくりくむすめクイズね。ほくりくっこ、じゃねーから気をつけなボーイ』

 

「・・・・・・」

 

藤枝はどう反応していいものかと、かすかに目を細めた。

とはいえ、せっかく上機嫌なところにわざわざ水を差すこともない。

眉間をもんで気を取り直し、身振りで先を促すと、浮かれた様子で黛は話し始める。

 

「実は、私の地元でもサワラって呼ばれてる魚があるんですけど、関東だと・・・・・・」

 

「カジキだろ」

 

「・・・・・・予想外の早押しでした。えと、正解です」

 

地元の加賀でサワラと呼ばれ、売られている魚は関東ではなんと呼ばれているでしょう、という問題だった、と黛は副音声で補足する。

正確には、関東でも地方によって様々な呼び名があるのだが、藤枝は訂正しなかった。

なんでそんなことを知っているのか、というと、単純なことだ。

 

「金沢に一度行ったことがある。綺麗ないい街並みだよな」

 

『おっ、藤枝っち見る目あるじゃん』

 

ほんの数日の滞在だったが、スーパーや商店街で見慣れない魚を眺めたりもした。

切り身のパックの値札に、サワラ(カジキ)と書かれていたことも、藤枝の記憶には残っている。

よく鳥頭だと友人にからかわれる男だが、どうでもいいことはよく覚えている。

 

「こっちじゃ弁当なんかでは定番なんだけどな、西京焼きとか幽庵焼きで」

 

「そうなんですか?」

 

『食に限らず意外と文化違うよねー』

 

「ああ。しかし、意外だな。筍ご飯もだが・・・・・・お母さんに作ってもらったんじゃないのか?」

 

武蔵が台所に立つ姿が想像できなかった藤枝の、単なる偏見である。

しかし、その言葉には予期せぬところから返答があった。

 

「むっ・・・・・・ほんと失礼なやつね」

 

不機嫌さが滲み出た声に藤枝は振り返った。

屋上への階段の踊り場には、案の定、最近見慣れた体操服姿が。

いつもの動きやすそうな格好だが、今日は風呂敷で包まれた四角い何かを携えている。

どうやら話を聞いていたらしい。

二人で降りてきたところ、藤枝を見つけた黛が先に駆け下りたようだ。

 

「失礼ですまないんだが、きみが米糠で筍茹でてるイメージがわかなかった」

 

「一通りの教養は身に着けてるって言ったでしょ、料理もプッレーミアムにこなせるわ。

 ・・・・・・というか、そういう自分はどうなのよ、三食コンビニ弁当?」

 

武蔵の視線の先にあるのは、藤枝が手に下げたままのビニール袋だった。

コンビニのロゴの向こうに、黒いプラスチック容器とカラフルな紙容器が透けて見える。

豚焼肉弁当、三百九十八円と値札の張られた空の弁当箱と紙パックの野菜ジュースだった。

 

「いつもだと栄養が偏ってしまいますよ」

 

「大丈夫だ、ほら、野菜ジュース」

 

『野菜ジュースってホントに栄養取れんの?ムサコッス知ってる?』

 

「ちゃんと食事で取ったほうが体によさそうな気がするけど・・・・・・って、ムサコッス言うな!」

 

「そんな感じしますよね」

 

「・・・・・・」

 

説教されているような気分になって、藤枝は目をそらしてゴミを処分した。

今では食生活が中食中心となっている彼だが、川神に越してきてすぐの頃は自炊を試みたりもしていたのだ。

しかし、いくつかの理由から結局一週間と持たずにやめてしまった。

理由としては、時間の問題、冷蔵庫の容量、使い切れず余る食材、等々。

そしてなにより、自分のためだけに料理を作って一人で食べるのは虚しい。

 

「俺も寮にすればよかったかな・・・・・・そういえば、黛の寮って、あの寮母さんが三食・・・・・・いや、二食か。作ってくれるのか?」

 

藤枝は、昨日、寮に保冷バッグを返しに行った際に挨拶した寮母の顔を思いだす。

四十代中盤だろうか、ふくよかで気風のいい、いわゆる、おかみさん的なイメージを具現化したような女性だった。

 

「平日の朝食と夕食は麗子さん・・・・・・あっ、寮母さんです。が、作ってくれてます。

 ですけど、土日はなくて、自炊する人もいれば外で済ませてくる人もいるみたいです」

 

『出来ない、出来てもやらない人が多いっぽいね』

 

「面倒くさいのさ、みんな。風間君なんか、土日はどうせ三食外食だろ?」

 

続いて、藤枝は行動力の塊のような友人の顔を思い浮かべた。

以前、料理は作れるようなことを言っていたが、彼に自炊をしているようなイメージはない。

時々電話で美味い店めぐりや、新店舗発掘に誘ってくることもあり、その印象に拍車をかけていた。

 

「あまり寮にいないので、たぶんそうだと思います・・・・・・あ、でもこの間の日曜日は皆さん集まって夕食を食べましたよ」

 

「ああ、言ってたな。それで友達できたって?」

 

「はい!クリス先輩の歓迎パーティがありまして。川神先輩たちも来て、賑やかで羨ましいなー、って思っていたら、風間先輩が私のことも誘ってくれたんです!」

 

『ホンマ風間さんの優しさは五大陸に響き渡るでー』

 

「なかなか馴染めなくとも、希望を捨てずに過ごした三週間は無駄ではありませんでした・・・・・・!」

 

「・・・・・・」

 

先日、新しく友人になった者たちの名前を黛は藤枝に教えた。

その中には、丁度その当日川神学園に転入したクリスティアーネ・フリードリヒの名もあった。

彼女の入寮パーティを切っ掛けに、友人をたくさん作れた、ということらしい。

しかし、そうなると逆に気になることが藤枝の脳裏に浮かんだ。

 

「しかし・・・・・・」

 

「はい?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

『気になるじゃん』

 

「楽しそうで何よりだと思っただけだ」

 

彼が口にしたのは偽らざる気持ちではあったが、しかし、に繋げようとした本来の言葉ではなかった。

実際に言おうとした内容は、君自身の歓迎会はなかったのかい、というもの。

話しかける切っ掛けが無かったというようなことを言っていたから、無かったのだろう。

下手に聞けば落ち込むかもしれないし、察しはつくから聞きはしなかった。

しかし、言いづらそうに口ごもったことは彼女にもわかったようで、黛は照れくさそうにはにかんでみせる。

 

「あ・・・・・・す、すみません。少しはしゃぎすぎました」

 

「いや、嬉しい時はちゃんとはしゃいだほうがいい」

 

「え、か、川神先輩って三年の川神百代先輩のこと?」

 

「はい、二年生の一子先輩もですけど」

 

「風間先輩とかクリス先輩ってのも、アレよね」

 

武蔵が驚くのも無理はない。ほんの数日で築かれた黛の交友関係はすさまじいものだった。

特に、川神百代、一子姉妹、クリスティアーネ・フリードリヒ、風間翔一。

おそらく、学園の生徒に知っているかと尋ねて回れば、ほとんど全員が知っていると答えるだろう。

一年首席の武蔵も有名人といえば有名人だが、彼らほど名が通っているわけではない。

 

「むむ・・・・・・そのあたりの面子と比べちゃうと、まだ私もプレミアムさが足りないわ」

 

「前々から聞こうと思ってたんだが、そのプレミアムってのはなんなんだ?」

 

「何って、武蔵家の人間としての高級感というか・・・・・・一歩先を行く感じするでしょ?」

 

言いながら、武蔵はモデルがカメラの前でするように気取ったポーズをとった。

生意気そうなツリ目が特徴の顔立ちは、学園でも上位に入るほど整っているし、スタイルもメリハリがないではない。

体操服で気取ったポーズをとる滑稽さはともかく、見目そのものはかなりよい。

 

「・・・・・・」

 

しかし、黛の隣で、しな、を作っても引き立て役にしかなっていない。

顔は好みによるだろうが、背といい胸といい腰といい、発育が違う。

返答に困った藤枝が口ごもり、品定めでもするように二人の間で視線を往復させると、不躾な眼差しに気づいた二人は羞恥に顔を赤くした。

 

「なっ、なにを見比べてんのよ!」

 

「あ、あわわ・・・・・・」

 

「ああ、いや、セクハラだったな。すまない。

 なんだ・・・・・・人と比べて卑屈になることなんてないぞ。きみも十分魅力的だ」

 

「すごいムカつくんだけどコイツ・・・・・・」

 

女性を褒めるときに、も、とか、十分、とか言ってはならない。

それは、相手を不機嫌にさせる、デリカシーに欠けた上から目線の物言いだ。

そのことに言ってから気づき、藤枝がバツが悪そうに頭をかくと、武蔵もため息をついた。

 

「まったく、食生活改善に手伝ってあげようかと思ったけど、やめよっかな」

 

「申し訳ない・・・・・・何の話だ?」

 

「コンビニ弁当ばっかりじゃ、そのうち身体壊しそうってこと」

 

それは藤枝自身も思っていたことだった。

だが、同時に、だったらどうしろというのだ、とも考える。

仮に栄養バランスを考えた献立やレシピを渡されたところで、実行までにはいくつもの壁がある。

費用面はともかく、手間暇の問題や冷蔵庫のスペース、一人暮らしの食卓と小売りの食材の分量に付随するいくつかの問題も踏まえ、結局自炊は諦めたのだ。

 

「まぁでも?怪我が治って決闘したところで調子悪いやつに勝っても仕方ないし?」

 

「あ、でしたらお昼ごはん、ご一緒しませんか?藤枝さんのお弁当も作ってきますから」

 

「どうしてもって言うんなら、作ってきてあげないことも・・・・・・うぇ?!」

 

黛の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは、藤枝ではなく、横で聞いていた武蔵のほうだった。

藤枝はちらりと彼女の方に怪訝そうな眼差しを向けるが、すぐに視線を黛へ戻す。

表情は楽しげではあるが、冗談を言っている風でもなく、本気で言っているらしい。

 

「台所は共用なので毎日は難しいですけど、時々でよければ・・・・・・」

 

「・・・・・・いや、いい。ありがたいんだが、そこまで甘えるつもりはない。迷惑だろ」

 

「い、いえ!そんな、迷惑なんかじゃないです。料理好きですし」

 

「そうか?」

 

藤枝は先日の鍋を思い出し、無意識に唾を飲み込んだ

黛は武蔵の料理の腕を褒めていたが、彼女も一般的な女子学生のレベルを大きく超えている。

きっと、何が出てきても食べ飽きたコンビニ弁当などとは比べ物にならないだろう。

しかし、時々というのがどの程度の頻度かは不明だが、何度も作ってくれるような口ぶりに、藤枝も思い悩む。

遠慮は一度までと決めてはいたが、かける負担を考えると頷きづらい。

そんな内心を知ってか知らずか、武蔵が横やりを入れた。

 

「ちょ、ちょっとまった!」

 

「どうした」

 

「え、えっと・・・・・・ま、黛さんの人のよさにつけ込むのはよくないんじゃないの?」

 

「人聞きが悪いな、厚意だよ。とはいえ、確かにそうまでしてもらうのは気が引ける」

 

「そうそう」

 

『マブダチに遠慮とかいらねーよ?』

 

「ありがとうマブダチ。でも、一方的に貰ってばかりなのは俺の精神衛生上よくないんだ。

 ・・・・・・そうだ、たまに弁当でも持ち寄って昼食をとるのはどうだ?大した腕じゃないが、俺も作っていく」

 

藤枝の作る弁当と黛が作る弁当が等価かどうかは別として、一応体裁は保てる。

それに、弁当を持ち寄って昼食をとるのはコミュニケーションのきっかけになる。

友人を誘って食卓を囲めば、新しい友人を作れるのではないだろうか。

 

「そうだな、いろんな奴誘っておかず交換したり、お喋りしたり・・・・・・楽しいと思うぞ」

 

「は、はいっ!楽しそうです!」

 

『その発想、やはり天才か・・・・・・』

 

「・・・・・・ま、それはそれでいいけど」

 

≪~~♪≫

 

こくこくと頷いて目を輝かせる黛とは対照的に、武蔵はやや不満げに口をとがらせたが、納得したように頷いた。

日程は細かく決めず、そのうち、と曖昧に約束を取り付ける。

すると、見計らったように昼休みの終了を知らせる五限の予鈴が鳴った。

いけない、と黛は口を開いた。

 

「あっ、す、すみません、日直なんです・・・・・・武蔵さん、今日は楽しかったです、ありがとうございました!」

 

「あ、うん。それじゃ、また」

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

早歩きで教室に向かう友人の背中を見送ってから、藤枝は武蔵を振り返る。

今までの、友人と話す、リラックスした表情とは違う、どこか険のある表情だった。

 

「少し、話いいか?」

 

返事を聞かずに、人差し指を立てるジェスチャーで、大事な話だと仄めかす。

短いことだが、今日中にどうしても伝えておかなければならないことだ

彼の意図は伝わったようで、武蔵はまっすぐに視線を返して話を聞く姿勢を作った。

 

「しばらく体操服で外を出歩かないでほしい」

 

「は?」

 

「今朝のHRで変な話があったと思うんだが・・・・・・S組ではなかったか?」

 

「ああ・・・・・・あの噂の不審者ってもしかしなくてもあんたのことでしょ、なんであんなことになってるわけ?」

 

「・・・・・・噂に尾ひれがついたんだ」

 

「ヒレのほうが本体より大きくなってるんだけど」

 

「それに関しては俺のせいじゃない。だから当分目立つ格好はやめてくれって話だよ」

 

「ふん、当たり前でしょ。今日だって制服で登校したんだから」

 

いわれなくてもわかっている、という風の答えを聞いて、藤枝も首肯した。

先日の連中が武蔵を付け狙っているかはわからない。

しかし、まだほとぼりも冷めていないうちは、可能な限り目立つ行動を避けるべきだ。

誘拐犯も脅迫文を真に受けているうちはおとなしくしているだろうが、噂が広まったせいでそれも怪しくなっている。

そうでなくても、ゴルフクラブの少女のように無思慮な行動に走る者がいるかもしれない。

 

「それがいい。取りあえず、そんなところか。携帯登録してあるよな?いつでも連絡してくれ」

 

言いながら、藤枝は自分の携帯電話を確認し、武蔵と別れる。

そして、一人になって少し考え込んでから、彼はもう一度携帯電話を開いた。

履歴を全て消去し、アドレス帳にアクセスする。

そして、番号やメールアドレスの文字列の最初と最後の二文字を入れ変え、名前をイニシャルにした上でひっくり返した。

特に明確な理由は無い。四桁のパスワードが信用できなくなっただけだ。

 

「・・・・・・何もないといいんだがな」

 

藤枝平馬のアドレス帳に登録されている名前は二十にも満たない。

ほんの数分で作業を終え、ひとりごちる。

予想外のことばかりで、先のことはまるで予想もつかないが、彼は頭のどこかで嫌な予兆を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

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