真剣で青春謳歌しなさい!   作:阿見

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つなぎがおかしかったので前話の途中からちょっと修正


第十五話

 

 

 

「クソっ、うぜえ、うぜえ、超うぜー!」

 

ここは金柳駅前のゲームセンター。

耳が麻痺しそうな喧騒の中でも、一際うるさく怒号が響き渡った。

声の主、板垣天使は蹴飛ばすように椅子から立ち上がり、今までプレイしていた3D格闘対戦ゲームの画面を見下ろして、もう一度、くそ、と吐き捨てる。

見れば、画面にはYOU LOSEと表示されていた。

 

「・・・・・・」

 

怒号を聞いて台越しに覗き込んできたのだろう、不意に対戦相手と目が合った。

様子を伺うような眼差しが癇に障ったのか、彼女は不愉快そうに睨み付ける。

 

「あんだよ?」

 

「ひっ」

 

対戦相手の学生らしき男は一目散に逃げていった。

無理もない。今にも人を殺しそうなほどに荒んだ目つきだ。

可愛らしい名前や外見とは裏腹に、板垣天使は川神近辺で名の通ったアウトローである。

 

「どいつもこいつもバカにしやがって・・・・・・・!」

 

昨日、彼女は次姉と兄に土をつけた相手を探し、一日がかりで手掛かりを調べたのだ。

二十件以上のコンビニエンスストアを回り、アルバイト店員、伊藤誠を発見したのは夕方だった。

そして、尋問の結果、予想を遥かに上回る凶悪な男が下手人だと判明し、彼女は情報を手に自宅へ戻った。

これだけ苦労したのだから、家族はねぎらってくれるものだとばかり思っていた。

しかし、彼女を待っていたのは、ため息と嘲笑だった。

兄や彼の友人からは、メンツを守る手助けをしてやっているというのに感謝の言葉一つなかった。

それどころか、余計なことをするなと言われる始末。

長姉からは馬鹿を見るような目で見られてしまうし、次姉は感謝の言葉こそ述べてくれたものの、終始、困ったような愛想笑いを浮かべていた。

 

「あー、イラつく!」

 

そして、いてもたってもいられずに彼女は家を飛び出した。

ゲームセンターで知人に愚痴って鬱憤を晴らし、ファーストフード店で自棄食いをした。

しかし、昨日は朝から活動していた為に睡魔が襲い、結局時計の針が頂点を指す前には自宅に戻ったのだが。

 

《~~♪》

 

「あーっ、もー・・・・・・ん?」

 

その際に、顔を合わせたくなくてこっそり自室に忍び込もうとしたのにすぐに見つかってしまったことを思い出して頭をかく。

すると、不意にポケットの中の携帯電話が鳴った。

すぐさま画面を開き、待ち受けを確認すると、メールが一件入っていることが分かった。

もしかしたら、自分に取った態度を謝るつもりになったのか、と文書を開く。

 

「ざっけんな!腐れホモ!」

 

兄からの噂が出回っていることへの文句だった。

天使は何もかもが気に入らないと、今度は本当に椅子を蹴り飛ばした。

 

「あいつすげー荒れてるけど、なんかあったの?」

 

「さあ?」

 

そんな彼女を川神学園の制服を着た男が遠巻きに伺う。彼の名は柏木といった。

最低でも週三回はゲームセンターに足を運ぶ彼は、放課後になるや家にも帰らずここに直行したのだ。

同様の趣味を持つ板垣天使とは顔見知りで、いつになく荒れた様子の彼女を見つけて気になったらしい。

 

「おっす、なんかあったのか?」

 

「あ?・・・・・・んだよ、カシワギかよ。なんでもねーよ!」

 

「どう見ても・・・・・・まあいいや、そういや知ってるか?」

 

「知るわけねーだろ」

 

「昨日言ってた殺人鬼の話あるじゃん?女の人助けたバイトっての、実はオレのダチでさ」

 

「うるせー!もうその話はすんな!・・・・・・今なんつった?」

 

「ん?だから、勇敢なアルバイト店員?オレのダチ」

 

言いながら、柏木は自分の携帯電話を開き、画像ファイルにアクセスして天使に見せた。

液晶画面には、クラスメイトに囲まれて浮かれた様子の伊藤誠が。

天使は目を細めてその姿を食い入るように見つめる。

 

「・・・・・・」

 

天使は昨日、伊藤の話をそのまま長姉に聞かせたときのことを思い出した。

鼻で笑ってから、バラエティ番組を見るためにテレビをつけた彼女に説明を求めたのだ。

すると、順序立てて理路整然とした説明が返ってきた。

 

第一に、そんな噂など聞いたこともないという。

彼女の勤め先には多種多様な客が来店する。その手の情報に詳しい者もいた。

一昨日の晩〝締め上げ〟てみたが、大喜びするばかりで結局何の情報も手に入らなかったそうだ。

少なくとも、警察病院から脱走した殺人犯の話、など、一昨日の時点では事実どころか噂ですら出回っていない。

 

第二に、伊藤の話す殺人鬼とやらの行動は、事件の顛末と符合しないのだという。

竜兵たちには、殴る、蹴るといった打撃による外傷は殆どなかった。

それこそ、竜兵が鼻を打った一撃程度で、それも鼻血が止まれば痕も残らない軽いものだ。

連絡したのも含め、屑を痛めつけ、辱めるのが好きなサディストだったら、そんな風に気を遣うようなことはしない。

鼻フックと緊縛のセンスは光るものがあるが、Sにしては楽しんでいるように見えないらしい。

・・・・・・それはどうでもいい。

 

第三に、辰子を倒せる実力者が変態の下種なら、自分と天使に攻撃を仕掛けなかった理由について説明がつかないという。

これは言葉の通り。

 

以上の点をもって、亜巳は、天使が伊藤に出鱈目を吹き込まれたのだと結論付けた。

聞いた当初、天使は頭が煮えたぎっていてその意見に納得出来なかった。

しかし、今になってみるといちいちもっともで、腑に落ちる。

写真の男のにやけた顔が無性にむかついて見えたのが決め手かもしれない。

 

「そいつの住所どこかわかるか?」

 

「なんで?」

 

「・・・・・・なんでもいーだろ」

 

「いや、よくねえし」

 

目的もわからないのに個人情報を漏らしたりできない。

が、噂をすれば影とはこのことか、丁度目をそらした先の駅前のロータリーに見慣れた友人の姿を見つける。

 

「って、いた」

 

「あ?」

 

周囲をきょろきょろと見まわし、背中を丸めて自転車を引いている姿は遠目にも目立つ。

バス乗り場を横切り、駅へと向かっているようだ。

彼の自宅は駅の西口の向こうにあるから、帰るところなのだろう。

 

「あいつに何の用・・・・・・って、いねえ」

 

柏木が振り返ると、既に天使の姿はなかった。

一体何の用事があるのか、と考えるも、彼はすぐにここに来た目的を思い出し、喧噪の中へと飲み込まれていった。

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

スロープ沿いに川神駅を通過し、西口までたどり着いたところで伊藤誠は背後を振り返った。

視線を感じたような気がして見知った顔を探すが、人が多すぎて判別がつかない。

まだ夕方と呼ぶにはいくらか早い時間帯で、若者でごった返していた。

 

「まあ、大丈夫か・・・・・・」

 

なんともなしにひとりごちる。

彼の帰宅ルートのうち、最も人通りが多い場所がここだった。

西口を抜ければ、自宅のマンションにはもうすぐだ。

とりあえず自宅までは何事もなく帰れそうだ、と気を取りなおし、リラックスするように首を鳴らした。

 

「う・・・・・・いて」

 

しかし、予想以上に凝り固まっていた首が嫌な音を立て、伊藤は顔をしかめる。

先日の暴行が後を引いているわけではない、不調の主な原因はストレスだった。

昼休みに藤枝から聞かされた不安要素は、彼の胃と肩に強烈な負担となって伸し掛かっていたのだ。

さらに、放課後には学園長から呼び出しを受け、噂の事情説明を求められたこともストレスの一因となっている。

 

(超こえーんだけど、あのジジイ)

 

後ろめたさがあるせいか、初めて入る学園長室という場所は空気が嫌に重く感じられた。

年齢不詳の仙人のような外見をした学園長と差し向かいで話を聞かれるのも、まるで胃を掴まれるような心地だった。

いっそのことと、全部ぶちまけてしまおうかとさえ、彼は思っていた。

しかし、今更言うに言えなかった。

人気者の立場が惜しいというよりも、今更全部嘘でした、などとは言えない。

嘘をついて持て囃された分、バレた後の落差を想像してめまいがする。

 

だから、打ち合わせたとおりに、善意でやった、あとは知らぬで通したのだ。

ようやった、と学園長は白い眉を撓ませて褒めはしたものの、細い目の奥では笑っていなかった。

 

「あ、そうだ」

 

藤枝に連絡しておいたほうがいいだろうか、と伊藤はポケットを探った。

携帯電話を取り出して、新規メール作成へアクセスする。

しかし、自転車を引いて歩きながらではいけないと思い直し、彼は液晶画面を閉じて携帯をポケットにしまった。

以前、同じことをして不良とぶつかりそうになり、しこたま殴られた上に金を奪われた経験がそうさせた。

 

この時、彼の致命的なミスをした。

メールなど後で送ればいいと初めから自転車に乗って、その場を去れば彼は無傷で帰れただろう。

自転車を停めてメールを打ち始めていれば、打ち掛けのメールを送信し、SOSを発することができたかもしれない。

しかし、今となってはもう遅い。

後頭部に痛みを感じる間もなく、彼は意識を手放して倒れこむ。

路傍の植え込みの中に引っ張り込まれる彼の姿を見ていたものは、誰もいなかった。

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

目覚めた伊藤が最初に気づいたのは、頬の痛みだった。

ひりつくような痛みとしびれるような衝撃に皮膚がごわつき、顔をくしゃりと歪め、ゆっくりと目を開く。

 

「・・・・・・ん、ふが」

 

やけに薄暗いから、彼はここが自室だと勘違いした。

頭を殴られた為か、意識を失う前のことを覚えていなかったせいだ。

尿意でも覚えて夜中に目が覚めたのだ、布団は蹴とばしてしまったのだろう。

そう、霞がかった思考が結論を出し、彼は無意識に体をゆする。

しかし、どうしたことだろう。身体が動かない。

 

「あー?」

 

否、体は動くが、手足が何かで縛られたようにつっかえて動かないのだ。

何が起きているのかと伊藤は視線を横に動かし――

 

「ぐ、はっ・・・・・・?!」

 

顔面を何か硬いものが襲った。

鼻の奥で何か弾ける感覚が先んじて、後から熱っぽさが顔の中に広がる。

ばたばたとこぼれる鼻血に溺れそうになり、彼は必死にもがいた。

喉がふさがらないよう、前後不覚になりながらも腹筋を使って必死に上体を起こす。

 

「かっ、うぐっ・・・・・・な、なにが・・・・・・」

 

「おっ、起きた起きた」

 

広がった視界に捉えたのは、彼にとって二度と見たくない顔だった。

恰好こそ違うが、赤毛をツインテールに結った髪型と、とがった犬歯のワンポイントは印象的だ。

 

「おい、顔は傷つけるなと言っただろうが!」

 

「うっせーなぁ。こうでもしねーと気が済まねーっつーの」

 

さらに、見たくない顔と、聞きたくない声が割り込んでくる。

自分を傷つけるな、という内容の訴えなのに、伊藤にはそれが自分を労わる心から出るものでないことがわかってしまう。

彼の目の前にいる男はこの上ないほどの危険人物だった。

ましてや、今の彼は手足をガムテープで縛られて、身動きが取れない。

ぞっと、背筋が粟立つ。

 

痛みと寝起きの混乱の中にあっても、彼は状況を理解した。

目の前にいるのは凶悪極まる不良たちで、ここは先日武蔵を誘拐する際に用いた車の中なのだろう。

見れば、こちらの様子をうかがう運転手の姿もあった。

窓の外、厚めのスモークの向こうに見える景色もビルの壁面ばかりでどこか薄暗く、狭苦しい。

エアコンの室外機の音が建造物の隙間を反響していることから、どこかのビルの資材置き場か何かだろうか。

 

「情報を引っ張り出すのが第一だろうが。先走りやがって・・・・・・」

 

「テメーらがヘタレてっからウチが見つけてやったんだろ?まずは、ありがとうございます、だろーが!」

 

「や、頼んでないっすけど・・・・・・」

 

「あ゛ぁ?」

 

「あ、いや、すんません・・・・・・あざっす・・・・・・」

 

少女のヒエラルキーは竜兵とほぼ同格、運転手より上にあるようだ。

その様子を見た伊藤は、昨日のように少女を丸め込めればやり過ごせるかもしれないと考える。

口内へ流れ込んでくる鼻血を飲み下し、なんとか話をしようと声をかける。

 

「な、なんでこんなことを・・・・・・昨日、全部話したじゃないか。また話せっていうなら、話すけどさ、逃がしてくれよ。俺も被害者なんだ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

だが、その態度は少女にとって逆鱗だった。

自分の間違いに彼が気づいたのは、手酷く痛めつけられ、何もかも白状した後のことだった。

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

「お・・・・・・?」

 

外出から帰ってきた藤枝を待ち受けていたのは見慣れぬ少女だった。

丈の短いカジュアルなオーバーオールに身を包み、特徴的な長い赤毛をツインテールにした小柄な少女だ。

四階、藤枝と表札の入った玄関の前、ベランダの欄干に凭れるようにして携帯電話をいじっている。

 

「こんにちは」

 

空室だった隣に越してきたのだろうか。

右手は膨らんだビニール袋でふさがっていたから、左手を軽く上げて挨拶を一つ。

書店を冷やかし、道草ついでにスーパーで購入した夕飯の材料だ。

料理が得意な友人に触発され、彼は久しぶりに生ものを購入していた。

 

「おっ」

 

挨拶でようやく藤枝に気付いた少女は、壁から背中を離した。

そして、向き直るなり品定めでもするようにじろじろと顔を見つめる。

ひとしきり見回してから、彼女は壁と体の間に隠していた何か、を手にした。

ステンレスのヘッドが夕闇の中で鈍く光る、ゴルフクラブだった。

誰のものかは不明だが、真新しい血がついている。

 

「おめーがフジエダ?」

 

「ああ、うん・・・・・・僕フジエダくん」

 

もしや一昨日の延長戦か、と、藤枝は額に汗を浮かべて後ずさる。

目の前の少女に見覚えはなかったが、特徴的な声には聞き覚えがあった。

辰子らを迎えに来させるために電話を掛けた、天ちゃん、と携帯電話に登録されていた相手だ。

どうやら、どうかして身元が割れたらしい。

 

「ええと、引っ越しの挨拶とか?」

 

「挨拶?まー、そんなトコかな」

 

後退りながら藤枝は状況を整理する。

ここにいる、ということは何かしらの方法で自分を調べた、ということ。

身元が簡単にわかるようなものは残していないし、顔もろくに見られていない筈だ。

となれば、伊藤か武蔵が捕まったのかもしれない。なんとかして聞きださねば。

 

と、そこまで考えた藤枝は、ふと階段を昇ってくる足音に気付いた。

二階から上がってくる三階の住民かと思いきや、もっと近い。

四階の入居者は彼ひとりだけ。同居人もいないし、管理人でもなければ四階には来ない。

そして、足音はスニーカーの擦れるような音と、革靴の硬質な音が混じっているから、複数人いる。

囲まれれば一巻の終わりだと判断し、藤枝は足を止めて少女と向き合った。

 

「ここがどこだか分ってるか?叫べばすぐに警察が飛んでくるぞ」

 

「はぁ?やれるもんならやってみろよ。そんかわり、仲間の無事はホショーできねーけどな?」

 

「・・・・・・勘違いしてるようだ。俺に仲間なんていない」

 

「それなら、あの伊藤とやらは好きにしていいってことか?」

 

「いや?知らない名前だ。まず、何の話なんだかさっぱりだな」

 

背後から投げかけられた問いに、藤枝は振り返りながら答える。

見れば、声の主である板垣竜兵と大柄な外国人、そして金属バットを手にした男が道をふさいでいた。

緊張感に喉が渇き、唾を飲み込む。

 

「卑怯者なだけあって嘘が上手いな。写真を見ていなければ信じてたぞ」

 

「写真?俺は写真写りがよくないからな。他人とよく見間違うぜ」

 

言いながら、藤枝は手にしていた荷物を降ろして中からダイエットコーラを取り出した。

軽く掲げて、前方の竜兵にも、背後のツインテールの少女、天使にも見せびらかす。

キャップを開け、ポケットから白い色の何かを取り出して、これ見よがしにペットボトルの中に何かを入れようとする。

 

「おい!変な動きはするな!」

 

「喉が渇いたんだ。急な来客のくせにその程度で文句言うなよ・・・・・・な」

 

「うっ!?」

 

ぽちゃん、とダイエットコーラの中に何かが入れられると、皆一様に半歩退いて腕で顔を守った。

原理はともかく、ラムネ菓子を炭酸飲料に入れると激しく噴き上がることを知っていたからだ。

だから、それを向けられることを予感して身を縮めたのだが、結局何も起こりはしなかった。

ペットボトルに投入されたのは、ただのレシートを丸めたものだったのだ。

そして、それを知っていた藤枝は彼らの隙をつき、口の開いたペットボトルを男たちに放り投げ、背後の少女に襲い掛かる。

 

「なっ?!は、放しやがれ!このっ・・・・・・」

 

少女はすぐに反応してゴルフクラブを構えるも、藤枝のほうが早かった。

せっかくの凶器も、構える前に相手の間合いの内に入られれば意味を持たない。

特にゴルフクラブのような鈍器、それも重心の偏ったものであれば、尚更。

体格では圧倒的に勝っており、腕を取り押さえて引き倒せば逆に人質をとれる。

形勢逆転だ。

これで交渉にうつれる、と藤枝は僅かに口の端を上げた。

 

「・・・・・・なーんてな!」

 

「うぐっ?!」

 

しかし、そう上手くはいかなかった。彼の考えは甘かったらしい。

板垣天使、彼女はゴルフクラブで武装しただけの素人ではなかった。

突如側頭部を襲った衝撃に藤枝は手を放してしまう。

鼻の奥から、つんといやなにおいがした。

膂力で勝る藤枝に右肩と左の二の腕を抑えられながらも、天使は手首のスナップでシャフトを扱き、勢いよくヘッドを引き戻したのだ。

引き戻す際のしなりと、ヘッドの重さによる威力は卒倒するほどのものではなかったが、意識の外からの攻撃に藤枝は知らずのうちに壁に手をついてしまう。

 

「ヘヘっ、師匠直伝のゴルフクラブ護身術ナメんなよ?」

 

「くそがッ、舐めやがって!」

 

「ぐ、ぶっ・・・・・・!?」

 

ダメージに意識が混濁した数秒間で状況は一変した。

横合いから飛んできた拳に藤枝が無意識のうちにできた抵抗は、衝撃を逃がすため首をひねることだけだった。

しかし、それでも竜兵の強烈な打撃で口の中を切り、藤枝の口の端からは鮮血が零れる。

 

「っ、は・・・・・・」

 

「この雑魚が!」

 

「がっ」

 

竜兵は、昨晩何もできずにやられた借りに、コーラを引っ掛けられた怒りも上乗せして拳を振るう。

二発目は先ほど天使によって攻撃を受けた側頭部に叩き込まれた。

二十キロ近い体重差がある相手の渾身の攻撃だ。

無防備に受けた藤枝はフリッパーにはじかれたピンボール球のように廊下を転がった。

 

「まだ寝るには早いぞ!」

 

「お、おいリュウさん、死んじまうぞ。そんくらいにして携帯、携帯」

 

頭から血を流して倒れこんだ藤枝に尚も攻撃を加えようとする竜兵を、金属バットを手にした男、ケンが制止した。

仲間の暴力性を目の当たりにして怒りも冷めてしまったのか、言いながらも腰が引けている。

仰向けに倒れ、ピクリとも身動きしない藤枝に近づき、そうっとジャンパーのポケットを漁る。

 

「あったあった。あ、ロックがかかってる・・・・・・パスワードは・・・・・・おい、お前教えろよ」

 

「・・・・・・う・・・・・・あ、痛ぇ・・・・・・」

 

顔をぺちぺちと叩かれ、藤枝は小さく呻いた。

頭蓋が割れているのではないかと疑うほどの痛みに、意識が飛んだり戻ったりを繰り返している。

指輪で飾られた拳でついた側頭部の裂傷から派手に出血したせいかもしれない。

 

「携帯ごとぶっ壊しちまえば済む話だろうが」

 

「あ、そうっすね・・・・・・」

 

「チッ、どれほどのもんかと思ったが・・・・・・コソコソ不意打ちするだけが能のカスだったか」

 

「ハッハー、That's too bad!」

 

がつ、がつ、と何かを壊す音と、耳障りな笑い声。

そして、得体のしれないざらついたノイズだけが、藤枝の頭を反響していた。

 

 

 

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