いやあ、やっぱりモチベーションあがりますね。
可能な限り返信するので、気が向いたら気軽に感想残してってください。
≪きりーつ、礼≫
「それでは、の。気をつけて帰るでおじゃる」
公家顔の担任教師が退室するなり、にわかに一年C組の教室は騒がしくなった。
既に隣のD組B組の生徒が放課後を満喫し始めているから、なおさら。
そんな中、黛由紀江は鞄に文房具をしまうと、足早に教室から出た。
今朝の一件で藤枝と顔が合わせづらかったからだった。
今日は移動教室が多かったこともあり、彼女は午前中から休み時間の度に教室から姿を消して、藤枝と顔を合わせずに済んでいた。
これが正解ではないと心の中でわかってはいたのだが、なかなか踏ん切りがつかない。
勇気が足りない時は概してそういうものだった。
「せっかくだし、一緒に帰ろうぜ」
「ふえ?!」
しかし、不意打ち気味にかけられた言葉に黛は素っ頓狂な声を上げてしまった。
誰あろう、藤枝だった。いつの間にか黛の背後を取って、彼女の肩に手を置いている。
いたたまれない気持ちで頭が一杯になっていたとはいえ、知らず背後を取られたのは武芸者として既に練達の域にある彼女にとって不覚の出来事だった。
「黛の家ってどこなんだ?下宿って噂で聞いたけど、寮なのか?」
「え、あっ……あわわわ」
「帰り道で買い食いなんてどうだ。昨日コンビニでさ……」
黛の動揺も無視して藤枝は一方的に話し続けた。しかもかなり馴れ馴れしい。
奥手なタイプ相手に控えめに喋っていても、ろくに会話が弾まないだろうと思ってのことだった。
人によっては不快感を覚える類の押しの強さだったが、それが功を奏した。
二度逃げることははばかられたのか、彼女は藤枝と並んで歩きだす。
「あ、あの……どうして気配を消して近づくんですか?」
「そうしないと逃げるだろ?」
「それを言われると弱いです……」
直裁にやめてくれとは言えなかったから、質問の形をとったのだが、逆手に取られてしまった。
今朝一度会話の途中で逃げ出してしまったことが負い目になっているので強く反論できない。
それに、どうしてそんなに気配を消すのが上手いのか、とも聞きたかったのだが、タイミングを逸してしまっては聞きづらかった。
押しの弱い黛ならば、尚更。
「それよりあれ、やらないのか。腹話術」
『オラを煽るとはやるじゃんよボクゥ……ビキィ』
「あ、あのですね。松風が喋っているのは腹話術ではなく、付喪神が宿っているからでして」
「へえ」
藤枝はものすごくどうでもよさげな返事をした。
孤独な人は身近な動物や器物に親しみを覚え、友人のように振舞うという。
親があまり構ってくれない子供がよくやるあれと似たようなものかもしれない。
そう考えれば、特段珍しいことでもなかった。
黛のように人前で漫才始めるほど非常に重篤な者は滅多にお目にかかれないが。
「こっ、この冷ややかな返しは予想外でした」
『藤枝っちって、冷たいのか大物なのかわからんってばよ』
「冷たいは酷いな。今のご時勢、俺ほど親切な男はなかなかいないはずなんだが」
『自称親切者ほど信用ならないものも無いんだぜー』
「いけませんよ松風。藤枝さんほど友達がたくさんいる人が親切でないわけがありません」
どちらの言葉も同じ黛の口から出ているものなので、どちらも本音だと考えるべきかもしれない。
心にもないことは腹話術にしても言いはしないだろう。
つまり、自称すると胡散臭いが、友達がいっぱいいるのはたしかなので親切なのだろうな、ということだろうか。
しかし、友達が多くいることと本人の善性はさほど関係ない。
「分別よりも愚行のほうが取り巻きを呼び寄せるものだ、なんて言葉もあるな」
『つまり……!まゆっちに友達がいないのは!盲点だった!』
「……そこは、意見がわかれるところだろ」
「冷淡なツッコミが心に突き刺さります……」
そうは言えど、かなりオブラートに包んだ物言いだった。
刀を携帯して、携帯ストラップと喋る少女がまともかどうか。
百人にアンケートをとれば、九十人ぐらいは、いいえ、に丸をつけるのではなかろうか。
善悪は関係ないにしても、人が寄ってくる見た目と、そうでない見た目がある。
「というか、友達いないってのは聞き捨てならないな。俺はすっかり友達気分だったんだが」
「い、いえ!今朝は逃げ出してしまいましたから……と、友達と思って、いいんですか?」
『ここでもし嘘だよーんとか言われたら、マジでまゆっち不登校になるかもしんないから答えには気をつけてね』
「俺は今脅迫されているのか……?」
松風の言葉に、藤枝はかえっていらない悪戯心を刺激されたが、今回ばかりはおさえることにした。
視点の定まらない胡乱な眼差しで刀を握り締める黛の姿は、今の言葉以上に脅迫的だからだ。
混乱の極みにあっても黛があれを振るうとは思わないし、振るう姿を見たこともないが、あれは人の命を絶つには十分すぎるしろものだろう。
凶器というのは存在するだけでも恐ろしいものだ。
「もちろんだ。朝も言ったけど、いつでも気安く話しかけてくれよ」
「……あ!ありがとうございます!不肖ながら黛由紀江!お役に立てることがあればなんでも言ってください!」
「そうか。じゃあ、金貸してくれ。五千万ぐらい借金があるんだ」
「えっ……そ、それは流石に実現不可能というか、今の私では力量不足と言いますか……」
『うわっ……オラの友達料、高すぎ……?』
「……言うまでもないだろうけど、冗談だ。別にいい、役に立つとか、そういうのは」
ポリシーとか、信条とか、そういった大したものでもない。
友情に損得をつけるとろくなことにならないのは経験則から知っていたし、美しくない。
そもそも、得があるから友達とつるんでいるわけではない。
やりたくてやってるだけのこと。取引ではない。
「で、ですが……せっかく友達になってくださったのに、それでは何もお返しできません」
「チョロいなあ」
「ちょろっ?!そっ、その言葉だけは聞き捨てなりません!」
『ちょ、チョロくねーよ!?まゆっちほどの鉄壁の淑女は他にいねーよ?!』
「なら、そんな大事に考えるなって。これからの人生、友達が出来るたびにそうするつもりなのか?」
何人友人を作れるかは不明だが、これから先一切友人が出来ないとは思わない。
思えない、ではなく、思わない、なのは希望的観測というやつだが。
何にせよ、礼を言われたり、特別恩に感じられたりすることではないと藤枝は思っていた。
『だけどまゆっちにとって、友達を作るっていうのは生まれてこの方悲願だったんよ。
友達百人計画、打ち立ててから進展なしで十年近くなるし……』
「せめて、記念すべき友達第一号ぐらいは……」
その言葉には、第二号は永遠に現れないかもしれないし、という悲観的なニュアンスもこめられていた。
律儀さ、懸命さも良かれ悪しかれだなあ、とか思いつつ、藤枝もあいまいにうなづく。
「ううん、そこまで言うなら……じゃあ記念に何か食べにでもいくか?」
「はっ、はい!腕によりをかけて用意します!」
「いや、そこらのファミレス、あるいはコンビニでもいいんだが。ほら、あれだ。カップラーメンとか好きだぞ、おれ」
一度目はあまり気合を入れなくてもいいんだぞ、と遠慮する。
「是非、用意させてください!」
「……うん。ありがとう」
しかし、二度目は素直に受け取った。
遠慮は一回までにする、というよくわからないポリシーが藤枝にはあった。
実際、藤枝もカップラーメンやらレトルトカレーばかりの成人病一直線の暮らしに嫌気がさしていたのかもしれない。
一人暮らしをしている以上、料理が出来ないわけもなかったが、どうしても面倒くさいという気持ちは生半可なやる気では打ち破れない。
「それじゃあ、まあ、そっちの都合のいい時で。楽しみにしてる」
「はいっ!」
そんな風に喋りながら、二人で昇降口までやってくる。
一年C組の下駄箱を見つけて、自分の上履きを取ろうと近づくと、突然腕を掴まれる。
「何勝手に帰ろうとしてるのよ」
見れば、武蔵小杉だった。
今朝不慮の事故で負傷してから姿を見なかったが、どうやら怪我も残らなかったらしい。
前髪を手でどかして額を見ても、ぶつけた跡が腫れたりはしていないようだった。
しかし、それが気に障ったのか、手を払いのけて彼女は一歩後ずさった。
「きっ、気軽に女の子の髪に触れないでよね!」
「すまない。怪我が気になったもんでね」
「む……なら、いいわ。だけど、無視して帰ろうとしてんじゃないわよ。しかも彼女連れ?」
緊張に身を縮める黛を、武蔵はじろじろと見た。
男女が二人で話していれば、そういう関係なのだろうな、とこじつけるのは武蔵に限った話ではない。
否定するのもつまらないし、肯定するのも嘘くさいので、藤枝は適当にあしらうことにする。
「そう思うなら邪魔するなよ」
「あっ、気が利かなくてごめん……じゃない!手紙読まなかったわけ?」
「手紙?」
「……」
誤解を解こうか解くまいか、そんなじっとりとした眼差しで見つめてくる黛を無視して、藤枝は鞄の中を探った。
教科書やらプリントやらの間に、ピンク色のハートのシールのついた白い封筒を発見。中には丁寧に折りたたまれた便箋が。
そこには筆ペンで書いたと思しき綺麗な字で
≪突然のお手紙ですみません。いつもあなたのことばかり考えています。
ですが、まだ直接思いを伝える勇気がありません。意気地なしの僕をどうか許してください。
―――あなたのナイスボートより≫
と書かれていた。
「い、言っておくけど私が書いた手紙じゃないからね!」
「こんなに熱心に想われると、流石に俺も絆されそうだな」
「だから違うって言ってんでしょ!」
「あ、もう一通便箋がありますよ」
「どれどれ……」
次に、黛が口を開けた鞄の中から見つけた、もう一通の白い封筒を手に取る。
表にはわかりやすく、果たし状、と書かれていた。
開けてみれば、面白みのない文面でお決まりの言葉がつらつらと。
場所は武道場、条件は無手の一本勝負。
ついでに、一年C組の生徒は絶対に連れてくるな、とも書かれていた。
「なかなか来ないから見にきたら帰ろうとしてるし……」
「すまない。教室の前で待っててくれれば良かったんだが」
「あのクラスはちょっと……」
つい、と武蔵は目を逸らした。
今朝の一件で、一年C組に対して言葉に出来ない苦手意識を持っているらしい。
さんざ無視された挙句、額をしたたか机に打ち付けて気を失ったとなれば無理もないかもしれないが。
「ところで、さっきの手紙はなんだったんですか?」
「伊藤だろ。あいつ入れる机間違えたな……」
黛の疑問の声に、藤枝は半ば脊髄反射的に思い当たる人物の名を上げた。
おそらく、藤枝の席と、隣の女子生徒の席を間違えたのだ。
藤枝は隣の席の女子生徒、大和田伊予の下駄箱を見つけ、そこに手紙をねじ込んでおく。
思えば、以前ストーカー染みた行為を働いていた伊藤に説教、もとい説得を試みたことがあった。
改心したとは言っていたが、本当に全うな手段を用いているらしい。
差出人不明のラブレターに良い効果があるかどうかはともかく、藤枝は彼に内心で声援を送った。
「まあいいだろ。あまり人の色恋沙汰に首を突っ込むもんじゃない。忘れろ」
「……それもそうですね」
不可抗力とはいえ、クラスメイトのラブレターを覗き見てしまってバツが悪い。
いらないことはさっさと忘れてしまうに限る。頭を振ると、藤枝は鞄を担ぎなおして口を開いた。
「それじゃ帰るか」
……
…………
……
「ちょっと待った!何度も同じネタを繰り返すのは見過ごせないわ!」
「いや、これは天丼という伝統的な手法で……」
立ち去ろうとしたところ、待ったがかかる。誰あろう、武蔵だ。
半ば本気で存在を忘れていたことを誤魔化すように、藤枝は言葉を返しながら目を逸らした。
「黛、悪いな。誘っておいてなんだが、先約があったみたいだ」
「あ、いえ。私のことはお気になさらず……よろしければ、お供しましょうか?」
「うーん。クラスメイトつれてくるなって書いてあったしな。ゴメンよ。今度必ず埋め合わせする。それじゃ、またな」
「はっ、はい。それではまた」
サムズアップひとつ。藤枝は武蔵とともに、体育館に併設された武道場へと去っていった。
取り残された黛は、口元を少しだけ緩めて一人呟く。
「……松風」
『わかってるって』
「友達に、またね、と言える。こんなに嬉しいことはありません」
『泣いてもいいんだぜ。それは悲しい涙じゃないんだから』
満足げに微笑み浮かべ、軽快な足取りで家路を辿る彼女を、健気と言うべきか。
なんにせよ、どう思おうとそれは個人の自由だった。