気づけばニューベガスとスカイリムのプレイ時間も両方二百時間を超えていました。
「なあ、昨日の深夜アニメ見た?」
下校中、同じく駐輪場へと足を向けていた柏木が問いかけてきので、藤枝は昨夜のことを思い出した。
ビデオに録画予約した番組は全部で三本。午後の再放送ドラマと映画、深夜アニメだ。
今時VHSを使っている人間がどれだけいるか知らないが、藤枝が実家から持ってきたものだった。
「まだ見てない。録画した」
「どれを?」
「萌え萌え新撰組」
「萌え萌え新撰組は名作だよな!今回の戊辰戦争編もいい出来だぜ」
萌え萌え新鮮組みとは、昨今流行している、歴史上の偉人がもし○○だったら~的なアニメーションだ。
単純明快なコンセプトで、新撰組の隊士が美少女だったら、というもの。
新米隊士である名称不明の主人公(一度も名前を呼ばれないし、顔も影になって映らない。声もついていない)が、近藤勇や土方歳三をモチーフにした美少女たちと幕末の時流に抗う物語。
基本的にふざけたノリの癖に、大まかな話の流れは史実どおり進むので、結構シリアスだったりする。
グッズの売れ行きも好調で、今年の冬には劇場版が公開された。現在放送しているものは二期だった。
「ああ、劇場版がスゲー売れたから、今度誰得な実写版になるらしいな。現役アイドルグループとハリウッドの原作レイプ部隊の夢のコラボレーション」
「その話はやめろ」
「まあ、帰ったら見るかな」
黛に夕食をご馳走になる約束があるから、その後になるだろうが。
藤枝はそれほど熱心なファンではなかったが、軽妙なかけあいがなかなか面白いと感じていた。
今日の回は淀千両松の戦いが描かれる筈だった。
「俺もう見たぜ」
「ああ」
「今回はあそこが特に面白かったんだよな、あの新政府軍の」
「その話は明日にしろ」
ネタバレは禁止。
大体の流れは他の新撰組のドラマやら小説やら漫画やらで知ってはいる。
だが、それとこれとは別だ。演出ひとつ、台詞ひとつとっても、新鮮さが薄れてしまう。
「えっと、あの・・・・・・」
「ん、大和田さんじゃん。ごめんごめん・・・・・・そんじゃあ、また明日」
クラスメイトの大和田伊予が、遠慮がちに〝通行の邪魔だ〟と意思表示をしていた。
確かに、駐輪場の通路の真ん中で話していたから、通行の邪魔になってしまっていた。
道を開けて柏木が挨拶すると、軽く挨拶を返してくれる。
「あっ、うん。また明日」
「またねー」
でかい男二人が話していたら、女子からしたら注意しづらいかもしれない。
こんなんじゃ〝これだから男子ってダメねえ!〟とか言われてしまいそうだ。
「じゃーな」
「おう、またな」
そして、柏木は一足先にマウンテンバイクを駐輪場から探し出すと、自転車を押して去ってゆく。
「・・・・・・どこにとめたっけ」
早朝の記憶を引っ張り出そうとするが、今朝はいろいろあったので上書きされてしまっている。
一年の場所で、C組の生徒のものが多く止まっている場所を探す。
そして、いくつもの自転車が道を塞ぐように停められていた場所に藤枝の自転車はあった。
実家から持ち出したシティサイクル、いわゆるママチャリだ。五段階変速機付き。
引っ張り出して、鍵を差し込み、鞄をかごにつっこみ、またがる。
揺らめく短髪、流動する空気に体温を奪われる感覚に包まれながら、藤枝は校門を潜り抜けた。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
夕方と呼ぶにはいささか早い。
地元の学生や若者たちで埋め尽くされたアーケードを、藤枝は大荷物抱えながら歩いていた。
すわサンタクロースかと言うような、クリーニング屋で貰った巨大なビニール袋を片手で二つ背負い、もう片手には五十センチ以上積み重なった古紙を提げている。
「・・・・・・重い」
当然、重い。
指に食い込むビニール紐が痛くなって、いったん下ろしてから逆に持ち直す。
一人暮らしとはいえ先進国の青少年。
弁当を食べれば弁当箱がゴミになり、ジュースを飲めばペットボトルがゴミになる。
一ヶ月間の生活で排出されたゴミの量は決して少なくない。
燃やせるゴミなどは指定ゴミ袋がいっぱいになる前に腐臭を放ち始めるので頻繁に出すが、資源ゴミは貯まる一方だった。
「二回に分けりゃあ良かったかも・・・・・・」
昼にそんなことを黛に話すと、スーパーマーケットのサービスを紹介された。
きちんと縛った古紙や、洗ったペットボトルやトレーといった資源ゴミを回収する為に、専用のボックスを設けているらしい。
最近では大体どこのスーパーでもやっていて、藤枝の自宅から最寄の大手チェーンでもやっているそうな。
家事が出来る人は、目の付け所が違うらしい。
感心しながら荷物を抱えなおして道を行く。急ぐと縛った古紙がズレてぶちまきかねないので、ゆっくりと。
「おわっ」
「あ?」
前から歩いてきた男にぶつかりそうになってしまった。
六人の集団で、端を歩いていた一人が仲間とのふざけあいで横に飛びのいてきたからだった。
反射的に藤枝は避けたが、電柱の金具にビニール袋を引っ掛けてしまい、無数のトレーが路上にぶちまけられてしまう。
「なんだよ、気をつけろ」
「ん、ああ・・・・・・悪いな」
気をつけろとはそのままブーメランにして返してやりたいぐらい腹の立つ言い草だが、一応口先だけで謝っておく。
トラブルはごめんだ。暴力はいけない。
「・・・・・・チッ、腰抜けが」
男は舌打ちひとつすると、トレーを拾い集めるために地面に置いたペットボトルの袋を蹴り飛ばしてから背を向けた。
心底鬱陶しかったが、藤枝としてはこれ以上絡んでこなければそれでよかった。
ここ川神は、若者の町らしくあの手の連中が多い。
それに、藤枝の自宅は私鉄の近くであり、アーケード街である金柳街に近かったが、そこから二百メートルも歩けば、親不孝通りとあだ名される風俗街も存在した。
あだ名どおり、親不孝者たちがたまり場としていて、治安は近辺でもすこぶる悪い。
「何してんのよ」
「ん?」
散らばってしまったペットボトルと、トレーをかき集めようと屈んだところで真上から声がかけられた。
見上げれば、最近よく見るブルマ姿。今日はパーカーを羽織って登場。
そいつは、妙に据わった目で藤枝と、彼に絡んできた男を代わる代わる見てからもう一度言った。
「何してんのよ。この程度のヤツ相手に」
「はあ?」
「よせよ。そっちこそ何言ってんだ」
何にイラついているのか、わざと聞こえるように言うもんだから、男は反応して戻ってきた。
藤枝を通り過ぎ、ブルマ・・・・・・ではない。武蔵の前へ。
眉間にしわを寄せ、今にもポケットからナイフでも抜きそうな目で武蔵を見下ろす。
「今なんつったテメエ」
「アンタ、プライド無いわけ?」
完全無視。男には目もくれず、武蔵は藤枝に詰め寄る。
気持ちの悪い、不可解な生き物を見るかのような、心底不愉快そうな表情だ。
「女の癖に俺を無視してんじゃねえッ!」
当然といえば当然だが、挑発された上に無視を食らえば黙ってはいられまい。
男は、ぷっつん、と聞こえてきそうなぐらい顔を真っ赤にして武蔵につかみかかろうとする。
しかし、あっさりと伸ばした両手は払いのけられ、腕をひねり上げられる。
「あっ、てめっ、痛え、痛い痛いやめろッ!」
「正当防衛だからね」
手を離して背中を押すと、男はぺたんと地面にひざを付いた。
怪我のひとつもしていないが、プライドはいたく傷ついたようで、彼は人でも殺しそうな目で藤枝と武蔵を睨んでいる。
彼と一緒に歩いていた者たちも、仲間が虚仮にされたことに表情が変わる。
一触即発。臨戦態勢に入ってしまった。
たった今あしらわれた男も含め、相手は六人。内一人は別格に体格が良い。多勢に無勢だった。
「リュウさん、この女オレらで貰ってもいいっすか」
「好きにしろ・・・・・・俺はこっちを貰う」
「ふふん、上等じゃない。かかってきなさ「これ持て」え?おわっ!?」
そうとわかれば即座に撤退。
たった今かき集めて破けた箇所を縛ったビニール袋をひとつ武蔵に抱えさせ、藤枝は片手にビニール袋を持ち、もう片方の手で古紙を抱きかかえる。
そして、逃走。
武蔵の手を引いてブティックと薬局のビルの隙間に入り込む。
「逃げるぞ!」
裏路地を疾駆する影二つ。それを追いかける影六つ。
裏路地というものは入り組んでおり、不潔で、狭い。
こういった場所では地の利というものが最大限に発揮される。
目的地までの最短ルートを走るのではなく、なるべく以前通った路地を通らず、退路を残しつつ、見通しが悪く多くの分岐のある場所を通るのが逃走のコツだった。
「何で逃げてんのよッ!あの程度・・・・・・!」
「お前その格好で喧嘩する気かよバカ!」
「バッ、バカとは何よ!バカにバカ呼ばわりされるなんて!」
「おいっ、待ちやがれクソガキ!」
「あっ、クソっ。ちょっと黙れバカ!」
「もがっ!?」
男が一人、藤枝たちを指差して叫んでいた。騒いだせいで見つかってしまったらしい。
藤枝は抱えたゴミをビルの非常階段の裏に目立たぬよう投棄すると、すぐさま武蔵を肩に抱えあげ、もう片方の手で口を塞ぐ。
「舌噛むなよ!」
そして再び脇道へと紛れ込み、じっくり数分かけて逃走を行う。
時に階段を上り、建物の内部を通り、階段を下りて、闇にまぎれる。
やがて、相手が疲れてきた頃を見計らい、先ほどゴミを投棄したビルディングの階段脇に隠れ、近くの外の大通りに出る路にあるものを置いた。
「・・・・・・」
「くそっ、逃げ足速ぇぇ・・・・・・」
息を潜めていると、先ほど揉めた男達の一人が何かを見つけたようだ。
ほかでもない、藤枝が仕掛けておいたものだった。
「・・・・・・おっ、あいつのか? もらっとくか・・・・・・やれやれ」
彼はこれ見よがしに落ちていた小銭入れを拾うと、もう一度だけ周囲を見回してから大通りへと抜けていく。
駅の方に逃げたみたいだ、と、携帯で連絡をとっている声も確認できた。
もう戻ってこないことを確認すると、藤枝は警戒を解く。
進路と思考を誘導する為に置いておいたものだが、効果覿面だったようだ。
だが、二時間ちょっと働いて得たバイト代と財布が無用のトラブルに消えたことが腹立たしい。
「はーーっ」
「・・・・・・」
内臓まで出てくるんじゃあないかと思うぐらい藤枝は大きくため息を吐いた。
怪我をしなかった、させなかったのは不幸中の幸いだが、顔を覚えられたり、恨みを買ってしまったりしたかもしれない。
それに、藤枝はブレザーこそ脱いでいたが、ズボンで川神学園の生徒だとわかるし、武蔵に至ってはブルマだ。モロバレ。
「もう行ったみたいだ・・・・・・おい、武蔵」
「・・・・・・」
返事が無い。
返事の変わりに身じろぎし、近くにあった缶専用のゴミ箱が小さく音を立てた。
「・・・・・・ん?ああ、すまん」
見れば、顔を真っ赤にしている。
理由は簡単。うるさいから手で口を塞いでいたのだ。藤枝も藤枝でいっぱいいっぱいだったので忘れていた。
呼吸が出来ないらしく、弱弱しくもがいている。
「大丈夫か?」
「・・・・・・はーーーーーっ。プッレーミアムな人生の走馬灯が見えたわ・・・・・・」
「すまない。騒がれたらまずい事になってたからな」
下手に騒いだりして見つかれば囲まれる。
人目が無ければ何をするかわからないし、誰も助けもきてはくれない。
人通りの少ない路地裏に逃げるというのはそういうことだった。
ただ、土地勘があるのでほぼ確実に連中を撒く自信はあった。
それに、あの時は一秒でも長く姿を見られたくなかったのだ。
そう説明しながら、藤枝は小銭入れを拾い直し、古紙の束の上に腰を下ろした。
「・・・・・・余計なお世話よ。というか、どさくさに紛れて胸をさわったわね!」
「きみは、自意識過剰だ」
「うるさいっ」
悲しい目をして、噛んで含めるように言うものだから、藤枝の言葉には真実味があった。
確かに少し自意識過剰だったかもしれない、と武蔵は思い直す。
「胸と言えるほどのものではなかった」
「殺すわ」
手近な凶器を探した。
なかった。
「すまん。ただの冗談だ。ほんの一瞬腕が当たっただけだろう。ジュース奢ってやるから勘弁してくれ」
「ジュース一本分の価値、って言ってるように聞こえるんだけど」
「・・・・・・きみは、自意識過剰だ」
「どっちの意味よ!」
言いながら、武蔵は脛を蹴り飛ばそうとする。
だが、足を上げられてあっさり靴底でつま先を受け止められてしまうと、彼女は悔しげに口の端をゆがめた。
「あの情けない姿見て、アンタに負けっぱなしなのがますます我慢ならなくなったわ。再戦しなさいよ」
「さっきみたいに、余計なことに首突っ込まないって約束するなら、幾らでもやってやるよ」
「あれは・・・・・・」
言いかけて、口をつぐむ。
先ほどの事は、他人が売られた喧嘩に横から首を突っ込んだも同然だった。
相手に非があろうと、因縁つけられた当人が丸く治めようとしていたのをぶち壊した以上、正義も道理もない。
いくらか冷静になってきたのか、武蔵は視線を落として黙り込んだ。
「ほらっ、アイスでも奢ってやるから、スーパーまでそれ持ってくの手伝ってくれないか」
藤枝は意識的に明るい声を出して、武蔵を促した。
灰色で鋭角に切り取られた空を見あげれば、空が赤くなり始めていることに気づいただろう。
もうすぐ、黛との約束の時間が迫っていた。