※私がにじファンで書いていた川神市逗留記の内容覚えてる方がいるとは思いませんが、携帯電話のやり取りは一部流用してます。
「なんだ・・・・・・さっきはキツく言ったが、あんまりくよくよしなさんな。懲りないところがきみの長所だと思うぞ」
「バカにしてる?」
≪~~♪≫
スーパーでゴミ出しを終え、自宅への帰り道。
どこまで着いてくる気なのかは知らないが、すっかり機嫌を損ねてしまった武蔵をどうしたものか藤枝は悩んでいた。
適当な言葉を並べながら考えていたところで、不意に能天気なメロディーが辺りに鳴り出した。
どこからだ、と一瞬焦って周囲を見回したところ、音の発生源は藤枝のポケット。
携帯電話の着信音だった。
「ちょっと失礼・・・・・・もしもし」
≪そ、その・・・・・・・・・・・・ふっ、ふじっ・・・・・・・・・・・・・!≫
「あの」
≪・・・・・・・・・すーーー、はーーー、すーー・・・・・・・・・・・・≫
ぶつ切り。通話時間は九秒。通話相手は非通知。
呼吸音を聞かせて何が楽しいのかはわからないが、気持ち悪い。
おそらくいたずらだろうと藤枝はあたりをつけた。
着信拒否のやり方はどうだったかな・・・・・・と、先日読んだ筈のマニュアルを思い出そうとする。
しかし、ポケットにしまうよりも早く、再度携帯電話は鳴り出した。
「もしもし」
≪あっ、あのっ、まっ、ま、黛由紀江でしゅ!≫
「ええと、その・・・・・・うん。藤枝です」
≪あのっ、そのっ、初めてお友達に電話をかけるので、その、緊張してしまいまして・・・・・・≫
「さっきのも?」
吐息を聞かせてきたのも黛だったらしい。
≪は、はい。すみません・・・・・・≫
≪いきなり着信拒否されたかと思ってまゆっち、めっちゃ落ち込んだんだってばよ。
リダイヤルする時のあの凄絶な覚悟には全米が涙したよ。木製のオラでさえ目頭が熱くなったね≫
「いや、すまない。今どこにいるんだ?」
≪あっ、建設会社ビルの前のコンビニです。その、地図の見方がよくわからなくて≫
建設会社前というと、今朝約束を取り付けた際に目印にした高層ビルのことだった。
高層ビルの正面玄関は今藤枝が武蔵と歩いている通りに面している。
振り返って目を凝らしてみれば、ビル対面のコンビニの公衆電話には、長いものを背負った女性の姿が見えた。
「ああ、わかった。今すぐ迎えに行く」
それだけ言って通話を切ると、藤枝は後ろについて来ていた武蔵をちらりと振り返る。
これから約束があるのだ。放り出していくことは手頃な選択肢ではあったが、精神衛生上憚られた。
五秒だけ考えると、藤枝は彼女に提案をしてみる。
「夕飯、どうだ。手伝ってくれた礼ってことで」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
四階建てのアパートには、経年劣化を思わせるペンキのひび割れが何本も走っていた。
駅からほど近いと言っても、今時エレベーターのひとつもない物件はあまり好まれない。四階に入居していたのは藤枝のみだった。
鍵を開けて友人二人を通すと、黛が持ってきていた荷物を降ろす。
ずっしりと重量感たっぷりの保冷バッグだ。
「ふー、すごいな。どれだけ入ってるんだ?」
「えっ?!そ、そのっ、持っていただいてすみません!」
「いや、別に責めてるわけじゃない」
単に何が入っているのか気になっただけで、他意はない。
そもそも、黛が肩からでかいバッグをかけていたから、貸せと言って半ば無理やり持ったのは藤枝だった。
何をそんなにびくびくしているのか。
「ああ、もしかして緊張しているのか。人見知りだったもんな・・・・・・」
「い、いえ、そんなことは・・・・・・!」
「すまない、友人を連れてきたんだ。ほら、あれだ。同級生の武蔵小杉。女の子の友達も居た方がいいだろ?」
お為ごかしを宣いながら、藤枝は空き部屋のダンボールからクッションを二つ取り出して持ってきた。
いささか時代遅れな、流行から外れた間取りのリビングにはちゃぶ台とテレビと座椅子がおかれている。
小さな窓から吹きこむ風にカーテンが揺らめくたび、赤い西日が部屋へと入り込んだ。
「友人じゃないけど」
「友達以上でも未満でもいいから、ほらほら座れって!ああ、トイレはそこ。ところで、電磁調理器あるけど、カセットコンロとかいる?」
「あ、一応持ってきました。寄せ鍋にしようと思ったので」
『藤枝っちの家に何あるか聞かなかったから、寮で下ごしらえしてきたんだぜ』
言いながら、黛は保冷バッグを開けて見せる。
中身は食べやすいサイズに切った食材だった。
流石に豆腐などはそのままだが、白菜や葱などは既に食べる形になっている。
「よく出来た嫁だ」
『嫁いでないよ?』
「嫁いでないです」
ちょっとした冗談のつもりだったが、すげなく切り捨てられてしまった。
藤枝は曖昧な笑みを浮かべて見せると、視界の隅で武蔵が少し興味深そうな顔をしていることに気がついた。
黛もそのことに気がついたようで、きょろきょろと視線を動かしながら、恐る恐るといった様子で武蔵に話しかける。
「あ、あの・・・・・・S組の武蔵さん、ですよね」
「え、そうだけど・・・・・・って、怖っ!」
恐る恐るというか、恐ろしい顔をして話しかけていた。
「黛は美顔体操のしすぎで顔面筋肉痛なんだよな。後こいつは松風って言って、確か所持者の世間体以外に害は無いタイプのSCPなんだっけ?」
『そんな設定ねーよッ?!ってかヒドくね?!』
「取り合えずそういうことにしておこう」
日常的に腹話術的な要領で、携帯ストラップと漫才を行うことと、緊張のあまり挙動不審な行動を取り、肉食獣が獲物を見るような目で相手をねめつけてしまうことを、どう説明したら理解を得られるというのだろう。
少なくとも、藤枝には気の利いた言い訳が思い浮かばなかった。
「うぅ、そういうことにされました・・・・・・ではなくて、そのっ・・・・・・」
「その?」
「よ、よかったら、とっ、ともっ・・・・・・」
「とも?」
「え、ええと・・・・・・たくさん持ってきましたから、遠慮なさらず召し上がっていってください!」
「今ヘタれなかった?」
『ヘタれてないよー。ぜんっぜんヘタレてないですよー』
言いながら黛は食材をちゃぶ台の上に並べる。
海老、帆立、蟹、白菜、長ネギ、春菊、エノキ、シメジ、肉団子、豆腐。
言うとおりたくさん持ってきたようだった。煮えれば体積は変わるだろうが、それを考慮に入れても多い。
武蔵はそんな黛の様子を眺めると、ひとつため息をついた。
「それじゃあ、いただくわ」
「はいっ!」
『友達作るにはまず胃袋からってまゆっちの母ちゃんが言ってた!』
小芝居しながら、黛は持参したカセットコンロを手早く組み立てた。
そして、同様に持参したブ厚い鍋を布巾で拭いてセット。
既に下ごしらえは済んでいるらしいので、後は材料を手順通りに投入するのみ。
「いやー、ありがたいなホント。鍋なんていつ振りだろう」
「料理はされないんですか?」
「さっぱり。それこそ冷蔵庫も空っぽ・・・・・・いや、少しは入ってるか」
座椅子から立ち上がり、藤枝はダイニングのシンクの脇に設置された小型冷蔵庫を漁った。
中身は1.5Lダイエットコーラが一本、2Lウーロン茶が一本、牛乳が一本、500MLジンジャーエールが三本。
牛カルビ弁当が一つ、五目餡かけ焼きそばが一つ、サラダが各種合わせて三パック、そしてサンドイッチがハムサンド、玉子サンド、それぞれ一つずつ。
チルドルームには中華クラゲが一パック、使いかけのレタスとタマネギ、人参が。
食生活は推して知るべし。
そして、冷凍庫を覗いたところで、先ほど武蔵に言った事を思い出した。
「おい武蔵。冷凍庫にアイス入ってるから食べていいぞ。ただし、晩御飯の後な」
「いらないっちゅーねん」
「・・・・・・」
「ああ、もちろんきみもいくらでも食ってくれよ」
『ちゃうねん!』
「べ、別にそんなつもりで見ていたわけでは・・・・・・!」
黛が気になったのは、藤枝がわざわざ武蔵だけ名指しして言ったことで、ほんの好奇心だった。
別にアイスが大好物だから、私にもくれないかなー、とか思っていたわけではない。
ねだったような形になってしまって、赤面する。
「遠慮しないでくれ。そうだ、ご飯はいるか?一応冷凍したのがあるんだ」
「うどんを持ってきてありますけど・・・・・・武蔵さんはどうしますか?」
「えっ?どちらかと言えばご飯も欲しいけど」
「それなら、私もいただいていいですか?」
『えっとー、オラの分と合わせて茶碗一杯分ぐらいかなー』
「それじゃあ・・・・・・三つ温めておくか」
藤枝は一番自宅の家電で酷使されている電子レンジを開け、三つ冷凍されたおにぎりを並べる。
あたためを二回押し。温まるまで解凍にはしばらくかかるとの電子表示が出た。
それまでテレビをつけたり、会話をしてもよかったが、客に鍋を作らせている脇でそれは少し憚られる。
そこで、藤枝は同じく暇そうに部屋を眺めていた人間を呼びつける。
「武蔵、ちょっと来てくれないか」
「あによ」
『チラッ』
「チラチラッ」
「いや、気にしないでくれ」
「すみません・・・・・・」
こういった機会を今の今までほとんど持てなかったから、黛は周囲の人間が気になってしかたないようだ。
一人にやらせてばかりで悪いからな、とだけ言って、藤枝は保冷バッグの中身をちょろっと覗く。
そして残りの食材などが無いことを確認すると、ほとんど空の食器棚を指差した。
「サラダ出すから、きみは食器並べてくれ。箸は・・・・・・割り箸でいいか?」
「わかった」
やはり手持ち無沙汰だったらしく、武蔵は素直に食器をちゃぶ台へと運び始めた。
藤枝も冷蔵庫の中からサラダを出し、ちぎったレタスと一緒に三つの小皿に盛り付ける。
男と同じ皿をつつくのは、ひょっとしたら女の子は嫌がるかな、と思ったからだった。
そして、最後にコップとジュースを運び終えると、そろそろ鍋も煮えてきたようだ。
「これは美味そうだな」
「黛さんって料理得意なんだ」
「はっ、はい、料理は母に習ったものでして、その・・・・・・どうぞ召し上がってください!」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
腹もくちて、録画した再放送ドラマをのんびり眺めながら、インスタントの緑茶を啜る。
ベテラン俳優の演じる壮年の刑事が、淡々としながらも確実に犯人を追い詰めていた。
「この人超カッコいいよな」
「私はどっちかって言うと相棒の人のほうが好みだけど」
「スマートで格好いいですよね」
「皮肉っぽいけど、実は涙もろいところも可愛いのよねー」
「あっ、わかります!」
食事前の居心地の悪い空気もどこへやら。黛と武蔵は好きな俳優や役柄のことできゃあきゃあ話し始めた。
ひざ突き合わせて食事して、一緒にテレビを見れば女というものは仲良くなれるのかもしれない。
思い返せば、藤枝にもテレビの話題で盛り上がって仲良くなった友人は少なくなかった。
ひょっとしたら、男もそうかもしれない。
「・・・・・・寄せ鍋、美味かったよ?」
疎外感を感じたからか、藤枝は食事中に散々言っていたことを再び口にした。
藤枝が用意したサラダは良くも悪くも普通のコンビニサラダだったが、寄せ鍋はとても美味しかった。
魚介類や肉団子から出た出汁が美味くブレンドされ、その旨みが野菜に染み込んでいた。
武蔵も藤枝と同意見らしく、頷いて偉そうに評価する。
「うん、なかなかね。少し食べ過ぎたかも・・・・・・」
「そう言っていただけると嬉しいです!」
「・・・・・・最近、少し借りを作りすぎたわね」
思い出したように言うと、武蔵は細い顎に指を当てて考え込んだ。
先日の土曜日の昼には、藤枝から半ば押し付けられた形だったが肉まんとコンビニ弁当をご馳走になった。
そして、今さっき黛の作った寄せ鍋をご馳走になって、貰ってばかりでは流石に気がとがめると言うもの。
大抵の人間には返報性なる習性が備わっており、武蔵小杉も例外ではなかった。
「そうだな。俺からも奢って貰ったしな」
「賞味期限切れのコンビニ弁当と肉まんだけどね」
「美味かっただろ?」
「まあ、不味くはなかったわ」
「コンビニチェーンの中では一番美味い筈なんだけどな・・・・・・まあ、比較対象にはならないか」
藤枝は、バイトするならば絶対あそこだ、と川神に越してくる前から決めていた。
いわゆる定番商品が多く、安定して美味いものが並べられている。
小学校、中学校時代、晩御飯の都合がつかない時に散々弁当を食べてきたので、やろうと思えばレビューさえ書ける。
とはいえ、今食べた寄せ鍋の味に比べたら、否、今言ったように、比べ物にならない。
「いい物食わせてもらったからな。俺も何かお礼しないとな」
「いっ、いえ。お友達になってくれた記念ですから、お礼されては・・・・・」
「えっ、友達になったのを恩に着せてるの・・・・・・?」
「そんな、邪推も甚だしい。おい、そんな人間性を疑うような眼差しを向けるんじゃない」
「ちっ、違うんです武蔵さん、これは私から言い出したことですから!本当です!」
「・・・・・・」
藤枝になおも疑惑の眼差しを向ける武蔵。
気弱そうな黛が過剰にフォローしようとするのも、その疑念の一因となってしまっていた。
「俺はそんなに酷い男に見えるのか?」
『藤枝っち、ムサコッスに恨まれるようなことでもしたん?』
「ううむ・・・・・・」
松風を通して投げかけられた言葉に、藤枝は眉間に指の付け根を当てる。
あるといえばあるような、無いといえば無いような、言語化するのがどうにも難しい。
あるいは、単に負けたのが悔しいからか、生理的な不快感があるのかもしれない。そう決め付けて思考停止してしまえば、単純明快で楽だった。
「誰がムサコッスか!・・・・・・っていうか、さっきから聞こうと思ってたけど」
『え、何?友達いない暦ゼロ年のまゆっちに何か質問?』
「その・・・・・・何?・・・・・・その・・・・・・腹話術?」
正直言って引くんだけど、とは言わず、含ませるだけで言葉尻を濁す。
本人を目の前にして、歯に衣着せずに言ってしまわないだけの情けが武蔵小杉の心にも存在した。
「いえ、松風は付喪神でして」
「・・・・・・ふーん」
「あうぅ・・・・・・」
『この冷たい返しもしかして流行ってんの?』
「何のこっちゃ」
藤枝が似たような返答を先日行っていたことを、武蔵は知らない。
彼女はしばらく黛の、顔やら松風やら刀やらをじろじろと眺め、もう一度顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。
そして、数秒の思索から意識を引き上げると、武蔵は黛に再度問いかける。
「黛さんってお昼ごはん、どこで誰と食べてるわけ?」
「え?ええと、普段は校舎裏のベンチで・・・・・・一人で、です」
詰問するような口調だったから、少しだけ黛も怯んだようだった。
それ以上に、入学してから二週間以上の間一人ぼっちで、目立たぬ日陰で食事を取っていたことを再確認して泣きそうになる。
「それなら、今度一緒に食べましょ。そうね・・・・・・明後日がいいわ。明後日のお昼、私が作って持ってくるから」
「え・・・・・・いいんですか?」
「恩を受けて返さないようじゃ名が廃るってもんだし。他のがいいなら聞くけど」
「い、いえ!とんでもないです!お友達とお喋りをしながらすごす昼休み・・・・・・こんなに嬉しいことはありません!」
『やったねまゆっち!』
黛のあまりの喜びように戸惑い、武蔵は視線をそらし、頬を指先でかく。
積極的に友人を欲したことはなかったから、友達とお喋り云々は、彼女にとってはその程度のことでしかない。
しかし、喜ばれて悪い気はしなかった。
「そ、そんなに嬉しいの?私と一緒にお弁当食べられて?」
「その、実は武蔵さんのこと、教室でもいつも話題に上っていてうらやましいと思っていたんです」
「・・・・・・ま、まあ?そうよね!私ぐらいプッレーミアムな人間になると、話題も独占しちゃうわよね!」
「ああ、彼女いつも体操服だよなー、とか、あの触角で何を感知してるんだろうなー、とか話してるよ」
褒められて調子に乗った武蔵を見て、藤枝のいらないいたずら心が刺激された。
からかい半分ではあったが、そういった話題は確かに人の口に上ったことがあった。
他には、スリーサイズどのぐらいだろうな、なんて話題も一度か二度あったが、言うことはなかった。
デリカシーが無いのは仕方ないにせよ、白い目で見られることを好むわけではない。
「表出なさい」
「ふ、藤枝さんっ!」
「すまない、冗談だ。実際はまあ、決闘がどうとか、入試で一番だったとか、そんなんだな」
「そ、そういえば、先日の決闘はどうなったんですか?」
「・・・・・・」
黛の問いに、武蔵の眉がぴくりと動いた。
そして、すうっと細くなった眼差しで藤枝の顔を見つめる。
今さっきまで忘れていたが、今日武蔵が不機嫌だった理由の最たるものが、そのことだった。
S組を掌握してからこの方、連日勝利を重ねてきた武蔵小杉がC組の藤枝平馬に負けた。
そのことを学園の者達が誰も知らない。
虎視眈々とトップの座を狙うクラスメイトたちにこき下ろされることさえ覚悟していたが、拍子抜けだった。
「何で誰にも言ってないわけ」
「それは俺の勝手だろ?」
「話を逸らした先に地雷があるなんて」
『この時のオラたちには、知る由もなかったのでした』
「・・・・・・気が抜けたわ」
武蔵は眉間のしわを解いて、ため息をついた。
一方、黛は一触即発状態が解除されて、ほっと一息、という様子だ。茶化したつもりはなかったが、結果としてそうなった。
ひと時弛緩した空気が流れると、武蔵は窓越しにすっかり暗くなった空を眺め、そして壁掛け時計に視線を移す。
既に時計の針は六時半を回り、夕暮れから夜へと移り変わろうとしていた。
「それじゃ、そろそろ帰ろうかしら」
「あ、私も門限がそろそろなので・・・・・・」
『規則破りとかまゆっちのキャラじゃないしね』
寮生活を営むならば、規則を無視するわけにはいかなかった。
少し名残惜しそうにしながらも、黛は自分の荷物を確認して立ち上がる。
藤枝も火元の確認だけすると、ジャンパーを羽織って黛が手にするよりも早く保冷バッグを担ぎ上げた。
中身はついさっきこの場にいる三人で消費され、行きよりもずっと軽かった。
「送る」
「道はもう覚えましたから、心配ありませんよ」
「そう言うなよ。あれだ、急にひとりになるとさびしいからな。送らせてくれ」
『あっ、藤枝っちもそういうことあるん?まゆっちもそう』
「ま、松風!」
単なる口実だったが、黛にとってはとても共感できるところだったらしい。
松風と小芝居を行う黛を、藤枝が生暖かい目で見つめていると、そんな二人を武蔵は横切って玄関へと向かった。
彼女は、ブルマにパーカーの身一つだから準備などする必要もなかった。
「きみも送るから、少し待っててくれ」
「いらないわ。駅まですぐだし。黛さん、今日はありがとね」
「あ、はい。こちらこそ」
「あっ、おい・・・・・・俺には?」
言うだけ言って武蔵は去っていってしまう。
アパート裏の非常階段から降りたようで、少しの間、金属を踏む軽快なリズムが響いていた。