真剣で青春謳歌しなさい!   作:阿見

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颯爽更新


第八話

 

 

 

 

夜の街を一人の少女が歩いていた。

ネオンがともり始めた街中に、人並みよりも優れた見目に特異な格好はいささか目立つ。

誰あろう、武蔵小杉だ。彼女は今日一日のことをぼんやりと考えながら、駅までの道を辿っていた。

ふと、人通りの多い道で一度振り返るが、顔見知りの顔はひとつもなかった。

 

「はあ・・・・・・」

 

ため息をつく。

朝には、少しばかり重たい足取りで登校すると、いつも通りのクラスメイトたちが待っていた。

どうやら決闘に敗北した、という事実はいまだ出回っていないようだった。

彼女もそのことに触れることはなかった。

プライドがそうさせたのか、あるいは別の何かがそうさせたのかは本人にもわからなかった。

ただ、いつも通りではない反応を覚悟していたので、肩透かしを食らった気分ではあったが。

 

昼休みには、藤枝平馬の様子をC組まで見に行った。

あのクラスには苦手意識があったので、さりげなくクラスの前を通るフリをしつつ、中を覗いた。

クラスメイトたちとくだらない話をしながら、コンビニ弁当をつついていた。

数日前に初めて会ったときから、捉えどころがないというか、どこか胡散臭い男だとは思っていた。

 

放課後には、部活が休みだったので自主トレを行った。

町内一周、というわけではなかったが、知っている場所を増やそうとも思っていつもと違うコースを走った。

その結果、無様をさらした藤枝を見つけ、面倒事に首を突っ込んだ。

普段の武蔵小杉ならば、遠目で見て、ろくでなしのろくでもないトラブルだと鼻で笑っただろう。

だが、今日はそうはしなかった。

単に、自分を負かした藤枝の老いた牛のような態度が気に入らなかったからかもしれない。

あるいは、そんな藤枝がへいこらする相手を打ちのめせば、自分の優位を証明できると思ったからかもしれなかった。

そうでもなければ、傍若無人なろくでなしどもに対する怒り、義憤によるものだろうか。

どれかといえば・・・・・・武蔵は再びため息をついた。

 

「あっ・・・・・・充電切れてる」

 

自宅に今から帰るとの連絡を入れようと、ポケットの携帯電話を引っ張り出すが、液晶は真っ黒なままだった。

思えば藤枝に食事に招かれた時、家族にメールを送ったのだが、その時既に電池残量は三分の一を切っていた。

あれから二時間は経っていたし、そんなものだろう。

 

「・・・・・・うーん」

 

周囲に視線を巡らせると、ガソリンスタンドと、その対面のコンビニが視界に入った。

コンビニには公衆電話があった。今時公衆電話自体の使用頻度も減っているだろうし、駅にも近いというのに珍しい。

電話だったら駅でかけてもよかったが、武蔵はコンビニに立ち寄ることにした。

思えば、今日は情報誌の発売日だったはず。

 

いらっしゃいませ、と愛想のいい店員の声に迎えられ、武蔵は商品を物色する。

目当ての情報誌を籠に入れると、その脇に並んでいた旅行雑誌にも目が行く。

どうやら、今若者の町として川神が人気らしく、特集が組まれているようだった。

 

「ふむふむ・・・・・・」

 

取り合えず、立ち読み。

パーカーにブルマの格好で、コンビニで立ち読みなど年頃の乙女の姿ではない。

人工島、大扇島の観光スポット、各種サービスなどが広告付きで載っていた。

夏になればもっと人が増えるだろう、と窓の外を眺め、武蔵は雑誌を元の場所に戻す。

そして新商品のプレミアムシュークリームを籠に追加して会計。

レジの学生バイトと思しき男がじろじろと見てきたが、気にせず店を出た。

 

「あっ、電話しなきゃ」

 

一人ごちて財布の中から十円玉を取りだす。

昔はテレホンカードを財布にいれていたが、携帯電話が普及して以降、使用する機械も、手に入る機会も少なくなった。

コンビニ横の駐車場、通りから陰になった場所にある公衆電話へと足を向ける。

ぽち、ぽち、ぽち、と自宅の番号をダイヤルしたところで、突如背後に気配を感じた。

 

「うぐっ?!」

 

「ぐっ?!っつう・・・・・・」

 

布で口を押さえられ、路地に引きずり込まれそうになった。

そう認識すると同時に肘撃ちを行う。幾度となく練習した技は、綺麗に〝敵〟の肝臓付近にめり込んだ。

布には薬品が染みこんでいたらしく、頭の中で火花が散りはじめた。

たたらを踏みつつも、なんとか武蔵は相手に向き合う。

 

「・・・・・・誰よ」

 

「・・・・・・」

 

だんまりを決め込む相手は、マスクとサングラスで顔を隠していた。

通りを歩けば即通報ものの、犯罪的な格好。路地から出て大声を上げれば、すぐに誰かが気づいてくれる。

いきなり襲われて、身の程知らずを手ずから痛めつけてやりたい気持ちもあった。

だが、武蔵は放課後の藤枝の言葉を思い出し、安全な手段を選ぼうとした。

 

「誰かっ・・・・・・?!って、むっ・・・・・・!」

 

しかしならず者には仲間がいたようだった。

ブ厚いスモーク窓の黄色いバンが彼女の退路をふさぐように路地に乗りつけてきた。

後部座席のドアが開くと、体格の大きな外国人らしい男が掴みかかってきた。

避けようとサイドステップ・・・・・・を踏もうとして、つんのめる。

先ほど嗅がされた薬物によるものだ。彼女に知る由もなかったが、粗悪な麻薬の類だった。

それが彼女の神経を暴走させていた。

 

「ケンチャン、コノオンナデショ?ボコル?ボコル?」

 

「そうだよッ、このクソアマがァ!」

 

顔を隠した男は武蔵の肩を掴み、壁に向かって突き飛ばした。

おぼつかない意識では立ち止まることも受身をとることも出来ず、肩から壁に激突してしまう。

萎えそうになる足を、なんとか踏ん張らせるだけで精一杯だった。

 

「このっ・・・・・・卑怯者・・・・・・!」

 

「このガキ!」

 

そんな相手にも、男は容赦せずに拳を振り上げる。

顔を殴られる、と相手の悪意を感じて武蔵は目を瞑った。

しかし、その暴力は悲鳴じみた何者かの叫び声で中断される。

 

「なっ、何してんだお前ら!警察呼ぶぞ!」

 

今さっきまで武蔵がいたコンビニのオーナーだった。

四十を過ぎたぐらいだろうか、彼は手にしていた缶のゴミ袋を必死に振り回してならず者たちに襲い掛かる。

 

「アウッ?!」

 

しかし、勢い余って腰をやってしまったらしく、へなへなと座り込んでしまった。

小声でおー痛い、おー痛い、と呟いている。

そこに無慈悲な蹴りが飛んできて、腰痛もちのコンビニオーナーはコンクリートの地面を転がった。

 

「クソがっ、さらっちまうぞ!」

 

「オラ、タテ!」

 

「・・・・・・放しなさいっ・・・・・・!」

 

流石にこれ以上目立ってはいけないと思ったのか、ならず者達は武蔵を連れてバンへと乗り込んだ。

中には運転手の男が待機していて、顔を隠した男と外国人の男の二人が武蔵を押さえつける。

彼女はいくらか暴れたが、そこは女の細腕。二人がかりで押さえつけられてはかなわない。

どうやって逃げるか、そんな考えも、再び口に押し当てられたハンカチからの薬品臭に意識ごと奪われていった。

 

「ええええ、えらいこっちゃ・・・・・・オーナー大丈夫っすか!?」

 

その一部始終を、コンビニから出てきた男が見ていた。

名は誠、姓は伊藤。川神学園一年C組のれっきとした日本男児である。

家計の足しに、とコンビニバイトに精を出していたのだが、まさか誘拐事件を目撃してしまうとは。

さきほどレジで会計した時に、S組の武蔵小杉だよなあ、と思っていた矢先のことであった。

伊藤はオーナーに駆け寄ると、コンクリートの地面に落ちた彼の眼鏡を拾い上げる。

 

「い、伊藤君・・・・・・俺は大丈夫だから・・・・・・!」

 

「は、はい!」

 

腰を抑えながらのた打ち回る姿は、とても大丈夫そうには見えなかったが、オーナーは確かにそう言った。

だが、警察に連絡して、という意味でそう言ったのだが、そこで伊藤は勘違いをした。

彼はスタッフ用の駐輪スペースにある自分の自転車の鍵をはずす。

 

「伊藤君・・・・・・?」

 

「追います!」

 

ママチャリに跨った伊藤は、風のような速さで車の後を追った。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「一番好きなガンニョム何?俺エイジ」

 

「ロボットアニメにはあまり詳しくなくて・・・・・・しいて言うならターンエーでしょうか」

 

『まゆっちは不良漫画とかよく読むよ』

 

「松風、イメージが崩れるからそういう暴露はいけませんよ」

 

≪~♪≫

 

益体もない話をしながら川沿いの道を歩いていると、不意に藤枝の携帯電話が鳴り出した。

相変わらずの能天気なメロディーは、異性と歩く夜道には似つかわしくない。

 

≪ぜーーーー、はーーーー、ぜーーーー、はーーーー≫

 

反射的に携帯を取ると、聞こえてきたのは本日二度目の呼吸音。

携帯の通話画面を確認すると、伊藤誠、と表示されていた。

すぐさま切ろうかとも思ったが、一度目は松風から抗議を受けたので少しだけ待ってみる。

 

≪はーーーーー・・・・・・おい藤枝!ヤバイ!何がヤバイって・・・・・・ヤバい!うっ、うひょーーーー死にそう!≫

 

「ラリってんのか?」

 

≪違う!ドーパミンは出まくってるけど、本当にヤバいんだ!ええと、アレ!ブルマの・・・・・・≫

 

「武蔵小杉?」

 

≪そう、武蔵小山!あいつがさらわれた!今追ってるとこっ・・・・・・うっ、ごほっ、ごほっ!≫

 

「武蔵がさらわれた?おい伊藤、今どこだ」

 

名前が間違っていたが、訂正するよりも遥かに重要な点が会話の中にあった。

さらわれた、と伊藤は確かに言った。誰に、と藤枝は考えを巡らせる。

一番に思い当たるのは、数時間前に揉め事を起こした連中。その中でも、武蔵に腕をひねり上げられた男だろうか。

それとは別に恨みを買った人間、あるいは学生を狙った変質者、という可能性もあったが。

 

「す、すみません!」

 

「あっ、おい」

 

不意に黛が藤枝の携帯を奪った。

気弱な彼女らしからぬ行動だったが、いつもと雰囲気が少し違うと藤枝は感じた。

武蔵がさらわれた、と聞くと驚きに目を見開くもつかの間、すぐに眉間にしわを寄せて視線を鋭くした。

たびたび緊張のあまり浮かべる恐ろしい形相に近かったが、口元は歪な笑みの変わりにへの字に結ばれている。

 

≪は、誰?≫

 

「黛ですっ!武蔵さんはどうしたんですか!」

 

≪ええと、武蔵小山の消息は・・・・・・ええと≫

 

「どうなんですか!」

 

≪ひいっ、怖いよ、俺・・・・・・ええと、倉庫街のほう?橋渡って・・・・・・あ、曲がった。

 でかい廃工場のとこね。首都高くぐった先の、京羅木工業のところを曲がって・・・・・・真っ直ぐ行ってる・・・・・・≫

 

伊藤の声が弱くなってきていた。

自転車で自動車を追いかけているのだから当然だった。

幸いというべきか、悪目立ちしないように気をつけているのか、バンは法定速度で走ってはいた。

だが、基本的に車は自転車よりずっと速い。

ショートカットを駆使して、信号を利用して距離を詰めても、視界にぎりぎり収めるのがやっとだった。

いよいよカーブの少ない工場地域に入り、もう見失いそうだ。

 

「すみません、場所が良くわかりません。他に目印になるものは・・・・・・あっ」

 

「返せ。倉庫街なら電車ですぐに行ける」

 

藤枝は倉庫街へのアクセスを思い出す。間違えていなければ、私鉄が合ったはずだった。

今なら帰宅ラッシュの時間帯だから、そう待たずに乗れるだろう。

会話しながらも、彼は急ぎ足で駅へと足を向けた。

 

≪藤枝・・・・・・心臓が爆発しそう。俺死ぬかもしれない≫

 

「頑張れ生きろ。死んだら大和田さんが悲しむぞ。いや、まだ他人だからな、悲しまないか。まあ、もし死んだら俺が悲しんでやるから頑張れ」

 

≪ちっ、ちくしょう!他人のまま死ぬなんて嫌だ!うおおおお!≫

 

伊藤は奇声を上げた。あるいは、裂帛の気合、とでも言おうか。

いらないことまで喋っているから苦しくなるのだと思ったので、藤枝は一旦通話を切ることにする。

 

「そっちについたらかけ直す。一旦切るぞ」

 

「藤枝さん!武蔵さんが今どこだかわかりますか?!」

 

「うるさいな、今から調べるから取り合えず電車に乗る・・・・・・ええと、申し訳ないが、一人で帰ってくれないか。もう近いだろう・・・・・・なんなら、タクシー呼ぶか?」

 

流石に一日二度も誘拐事件は起きないだろう、と思ってのことだった。

そもそも藤枝は黛が、すごーく強いのではないか、とも思っている。

というか、刀担いだ女に絡んでくる人間は普通いない。

言いながらも、携帯電話の通話画面を呼び出して、タクシー会社の電話番号をダイヤルしようとする。

登録こそしていなかったが、バイト先で泥酔した客を二度ほどタクシーに押し込んだ経験があったので、すっかり覚えてしまっていた。

しかし、黛はそんな藤枝の手を止め、いつになく強い口調で言い放った。

 

「いえっ、友達が困っているのに何もせず待っているなんてできません!」

 

気弱そうに見えて、やはり自己主張はしっかりしている。止めるのはおそらく無理だった。

藤枝はため息を一つだけつこうとして、止める。

その代わりに一つだけ言っておく。

 

「・・・・・・なら、俺から離れるなよ。一人か二人ぐらいなら守ってやれるから」

 

「先鋒は任せてください!」

 

どうでもよかったが、どうにも決まりが悪かった。

藤枝は頭をかいて渋い顔をすると、顔を叩いて気合を入れなおす。

そして彼らは駅に向けて走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

 

 

 

 

 

 

なんとか工場地域の半ばまで追跡を続けた結果、バンは小さな工場跡に停車した。

伊藤は見つからないように自転車を対面のコインランドリーの脇に隠すと、そうっと工場の敷地内に侵入する。

既に足は乳酸漬けだったが、脳内麻薬の影響か、彼は異様に高いテンションを保っていた。

 

「ツイサラッテキチャッタケド、ドースンダヨ」

 

「ブルマっつーと川神学園の生徒だろ?あんまやりすぎるとヤバくね?」

 

「うっ、うるせえな!今更何言ってんだよテメエら!」

 

「ダッテサ・・・・・・リューサンニソウダンシヨウヨ」

 

敷地入り口に落ちていた看板の影に隠れてバンから降りてきた男達の様子を伺うと、武蔵の処遇で揉めているようだった。

体格のよい外国人らしい男に軽々と抱えられているが、ぐったりしていて意識はないらしい。

取り合えず男達が工場内へと入っていくのを確認すると、携帯を取り出してメール機能を起動。

〝このコインランドリー向かいの工場にいる。コンビニも近くにあった〟

脳に酸素が足りなかったので、この程度の分しか書けなかったが、対面のコインランドリーと、周囲の景色を数枚撮影して添付送信。

メールが届きました、というメッセージを確認すると、伊藤は手近にあった折れた角材を手に立ち上がる。

気分はベルセルク。今ならドラゴンだって倒せるような気がする。

 

「ファアアアアアアアアアアア!!」

 

奇声を上げて伊藤は工場内へと特攻した。

当然ながら捕まった。

 

 

 

 

 

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