俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者 作:ぶらっどおれんじぃな
炎が舞う、水が穿つ、風が炸裂し雷が疾走する。
疾風怒濤の敵意が暴風雨のように襲い掛かる森の中でノートを開き俺は首をひねる。
「宿題が終わらねぇ」
だから憂鬱、ああ憂鬱。明日は小テストもあるって豪徳寺のやろうが言っていた。最近はテスト結果も芳しくないからな。提出物くらいまともにやってねぇと教師の目が怖い怖い。
「なんなんだよ……なんなんだよお前はぁぁっ!」
炎が舞う、水が穿つ、風が炸裂し雷が疾走する。その原因となっている男が大声をあげる。
うるせぇな、こちとら明日の準備で忙しいんだっての。
肌に触れたって傷ひとつつかない俺を見て男が叫ぶ。
てかあぶねぇだろ、俺のノートが駄目になったらどうしてくれんだ!
「見てわかんねぇかな、この橋を通せんぼしてんの。こっから先は麻帆良学園、許可のない魔法使いは勝手に入れないことになってる訳よ」
時刻は夜、見上げれば星と月が黒い空にちりばめられた頃に、俺はため息を吐く。
『麻帆良学園』。漫画の中で出てきた地名を口に出し、漫画の中だけで存在するはずの魔法の饗宴を目にし、やはりここは俺の生きた普通の世界とはまるで違うんだと改めて思い知らされる。
俺は気が付いたら麻帆良学園の学生として過ごしていた。目の前で授業を繰り広げる教師に見覚えはあった。隣でペンを走らせる友人にも、俺の影に隠れて惰眠をむさぼるクラスメイトにも、見覚えはあった。
だが同時にここではないどこかで生きていた――そんな既視感を俺は覚えた。
それを確定づけたのが色とりどり、様々な髪の色。ぐるりと見渡したクラスに赤髪はいるわ、青髪はいるは、金緑黒白、絵の具のパレットかよって突っ込みたくなる頭がいっぱいに広がっていたんだよ。
ここで思ったね、これはおかしいって。
金髪や茶髪はいたよ、既視感の中の世界でも。赤や青もいたよ、パンクかアウトローな人たちだけだったけど。
けどさ、眼鏡かけていかにも真面目くんって感じの男が真っ赤な髪の毛なんだぜ? どー考えたってこれはおかしいだろ。
次におかしいって思ったのは窓の外に広がっていた馬鹿デカい木。
テレビで見た屋久島の千年杉なんて目じゃない、ビルの高さに相当するようなそれを見たとき確信した――俺、違う世界にいるんだってな。
窓に映った俺の髪の毛紫色だったんだぜ? そんな髪色に染めたこと何ざねーよ。
「うおああああっ!」
いい加減うっとうしいな、こちとら頭ん中で覚えた漢字がどんどん消えてってんだぞ。
やっぱり小遣いが足りないからって夜間警備なんて受けるんじゃなかったかな。静かな図書館島で、あいつの背中にでも乗ってのんびりやっとくべきだったか。
迫ってくる侵入者。振りかざされた剝き身の剣。その腕をつかみ取って、デコピン一発地に沈める。
めこりと額がへこんでいるが気にしない、気にしなーい。
だが死なれてしまっては寝覚めが悪い。殺したらなんたってわざわざ出てきた夜間警備の給金がパーだぜ。
という訳で携帯、携帯、と。
「ハロー桜咲、元気してるか」
『竜崎さんですか、何の用でしょう?』
「いやーまたやっちまったZE!」
『またですか! 息は、息はあるんですか!?』
ちらり、地面で寝っ転がってる侵入者に目を向ければこひゅーと聞きなれない呼吸音。……ああ、喉が破れてら。
「喉破れて虫の息だな。どーしよっか? 焼いとくか?」
『駄目ですよそんなこと! 死んでしまったらどうするんですか!』
ポン刀持った武芸者さんがよく言うわ。
『龍宮ーっ! 春日さーん! また竜崎さんが!』
電話口で叫ぶ桜咲の声につい、面倒になってしまったのは俺だけの秘密だ。
という訳で通話を切って、時間を確認して、ノートを持って俺はその場を立ち去る。
俺の受け持ち時間は過ぎてたわけだしもう十分だろ。
胸にたまった欲求不満を熱く燃え上がらせて、俺は空に向かって口を開く。
吐き出した呼気は真赤に燃える炎となって闇夜を焦がす。
歩いて帰るか、飛んで帰るか……よし、今日はとっとと帰って寝よう。でもって明日早起きして宿題を終わらせるんだ!
めきりと背中に力を込めれば飛び出してくる紫の翼。
ばっさばっさ空に飛び上がり、目指すは高等部の男子寮。
侵入者? 後で桜咲たちが回収してくれたってよ。
○●○
俺はいわゆる転生者である。名前は竜崎辰也という。
何を言ってるかわからないとは思うが、これは疑いようのない事実だ。
授業中にそーいえばそうだったと軽い感じで思い出し、漫画の中の世界なんだなと認識し、同時に不思議な感覚が俺を襲った。
鏡の前に立てばいよいよその感覚は強くなる――人間の格好をしているが本当の俺はこんな姿だったのか、と。
なんだか違う気がすると頭をひねっていれば、俺の歯並びがギザギザになっていた。次いで両手のひらが人間のものじゃない、紫の鱗をまとったものに変わっていた。そうそうこんな姿だと勝手に納得していれば背中から羽が生えていた、尻尾も生えていた。
鏡の向こうの俺は、DQに出てくる竜王そのものの姿になっていた。
実際の俺を見てみれば人間そのもの。しかし鏡の向こうの俺は竜王そのもの。首を横に振れば鏡の向こうの竜王もあわせて首を振る。
それからが大変だった。普通に学生していた記憶がある俺の身体能力が馬鹿みたいに跳ね上がったからだ。
走れば自動車を追い抜くし、扉を開ければ蝶番ごとへし取れるし、加減が効くようになるまではもう大変だったね。
幸いだったのは俺が麻帆良の学生だったってこと。俺ほどじゃないが常識に外れた生徒が多数在籍している麻帆良ではなんとか、俺の存在は許容されたわけだ。
「竜崎さん!」
許容されたわけだ、うん。
キンキン叫ぶような声に振り返ってみれば、身長くらいある竹刀袋を持ったサイドポニーの少女が俺の名前を呼んでいた。
「桜咲か」
「桜咲か……じゃないですよ! 昨日のあれはどういうことですか!」
昨日のあれ……ああ、あのせいで小テストは散々だったわけよ。結局居残りさせられて、放課後教師とみっちりと。あーあ、葛葉先生と二人きりだったってのはちとうれしかったが、せっかくの男子高校生の放課後が居残りでつぶれるとか。
「虫の息ですよ! 私たちが来たときは死にかけですよ! 竜崎さんはいないし、あの後どれだけ「桜咲、注目されてんぞ」はうぅ」
周囲の目線を浴びて、小さくなりながら駆け寄ってくる桜咲は恥ずかしさで顔を染めながらも俺への小言を止めない。
「龍宮にはあんみつをおごることになりましたし、春日さんにはからかわれてしまいましたし、散々だったんですよ!」
「へいへい、すまんすまん」
「本当にそう思っているならもうああいうことは止めて下さい!」
そんなことを言いつつ、毎度毎度俺の戦後処理をしてくれる桜咲はちょろい娘な気がする。将来変な男に騙されないか、俺はちょっと心配だわ。
俺の隣を歩く桜咲との出会いは唐突だった。
こいつが麻帆良に入学してきた初日、魔法を知る者の顔合わせのために呼ばれた会合の後、欠伸をしながら歩く俺の前に抜身の刀を持って現れた。
曰く『貴方は危険すぎる』だとさ。
いや、まぁ俺が転生していて、竜王の力を持ってるって気づいた後に高畑をへこましたことはあったよ? そのせいで魔法先生からは目をつけられてたよ?
だからって原作でネギ少年に携わっている彼女が俺に向かってくるなんて思ってもなかったわ。
とはいえ降りかかる火の粉は払うのが俺の主義。右手を竜王のそれに変えて、驚愕を顔に塗りたくった桜咲の頭をつかんで地面に押し付けて、それでおしまい。
びっくりした様子の高畑が現れて、間に入って引き剥がされて――それから妙にこいつは俺に関わってくる。
なんでだろ? 『魔法先生ネギま!』は流し読みしたくらいしで内容はたいして覚えていないんだが……まぁ何か俺に対して思うとこがあったんだろうよ。
「そういえば桜咲、近衛とやらとは仲良くなれたか?」
何故か俺のうしろをてこてこついてくる桜咲に、沈黙のままも悪いかと話を振ってやる。大概この話を振れば勝手にしゃべってくれるからな、楽でいいわ。
「いえ、その、前と変わらずあんまりです」
「はー」
「しかしこの前は体育で同じチーム分けになりましてね、そのときお嬢様は相変わらずやさしく私に話しかけてくれたんです」
「ほー」
「『せっちゃん、同じチームやね』と。なのに私はそうですね、頑張りましょう、なんて言葉しか返せず……」
「へー」
「私たちのチームが勝ってハイタッチをしようと駆け寄ってくれた時も、申し訳程度にしかその手には触れることができず、いえ、久しぶりに触れたお嬢様の肌は相変わらずやわらかくて女性として羨ましいなーと思ったりしたんですけどね」
「ふーん」
そうこうしている内に麻帆良の名物である世界樹が頭上を覆っていた。鼻孔にぷんと腹の虫を刺激する匂いが入ってくる。
ここ、世界樹広場には学生が運営する屋台が数多く店を出している。寮では自炊しなきゃいけないからな、そんなものできない俺は度々ここにやっかいになっているという訳だ。
確か今日はいるはず……いた。
目当ての金髪ふたつくくりを目標に、待ってくださいー、と後ろで喚く桜咲を無視して進む。
「はろはろ、古菲。今日も俺と模擬戦はいかが?」
声をかけると天真爛漫な笑顔が返ってきた。
「今日は師父が来る日だから楽しみにしてたアル! 鍛錬の成果を見せるアルヨ!」
よし、格闘バカが釣れた。
「じゃあ今回も前と同じ条件で。十分以内に俺を一歩でも動かすことができたらお前の勝ち、まともに戦ってやろう。できなかったら俺の勝ち、今日の晩飯はお前のおごりだ」
「了解アル!」
そう言って構える古菲、カバンの中から漫画を取り出す俺。
だん! 石畳を鳴らす踏み込みとともに拳が俺の腹に吸い込まれた。
○●○
私には妙な知り合いがいる。
名前は竜崎辰也。私とは違いその身に宿した力を余すことなく振るう麻帆良男子高等部二年生の魔法生徒だ。
彼は普通ではない。
「なんで動かないアルカー!」
「そりゃお前の攻撃が弱すぎるからだな」
麻帆良武道四天王の一人に数えられる古菲さん。中国拳法の達人である彼女の攻撃を漫画を読みながら、飄々とした態度で受ける彼は普通ではない。
それは大の大人を吹き飛ばす古菲さんの攻撃を飛び交う虫のように気にも留めない今の姿はもちろんのこと、その身に宿した力が普通ではないのだ。
麻帆良に入学して初めて彼を見たとき覚えた感覚は戦慄と驚愕だった。その場に集まっていた魔法先生も、魔法生徒も、彼からは距離を置いていた。それは何故か――その答えはすぐにわかった。
彼は人間ではない――私と同じように人間ではなかったからだ。
お嬢様にとって危険となるかもしれない彼を私は放っておくことができなかった。だから刃を手に、私は彼に向かった。
私が強ければ、その力を彼に示すことができれば、お嬢様に対してのけん制になると、そう思って。
だが彼は私を一蹴した。異形の姿にその右腕を変え、気づけば私は彼に押さえつけられていた。
めきめきと頭蓋を地面に押さえつけられながら私は理解した――逆らってはいけない相手だったのだと。
高畑先生が間に入ったことで事なきを得たが、介入がなかったら私はあの場で死んでいた。そんな確信めいたものが後になればなるほど湧き上がってくる。
彼は躊躇いがない。麻帆良にある様々な神秘、魔法具であったり、優秀な生徒であったり、シンボルである世界樹であったり、それらを狙い侵入してくる者たちをその手で千切り、その足で弾き、口から吐く炎の息で焼き尽くした数は片手では足りない。
故に私はできる限り彼のそばにいることにした。お嬢様に彼の魔の手が伸びたとき、逃がせられるだけの時間を稼ぐ盾となるために。
――だが同時に、私は彼と触れ合うことで別の感情が生まれてきた。
どうして彼はその身に宿した力を躊躇いなく振るうことができるのだろうか? 魔法先生から疎まれても、魔法生徒から怯えの目を向けられても、どうして彼は一人そこにたたずんでいられるのだろうか?
恐ろしくないのだろうか? 恐れられることが。
怖くないのだろうか? 怖がられることが。
「へい、おっしまーい。今日は腹いっぱい食えるぜ」
「うぅ、バイト代がパーアル」
その声に顔をあげれば彼と古菲さんの決闘という名のカツアゲが終わっていた。うなだれる彼女をしり目に彼――竜崎さんは私のほうを向いて手招きしていた。
「ついでにお前も食っとけ。桜咲も料理できない子だろ?」
「そんなことはっ……すいません、できない子です」
腰かけた机の対面に座れば腹の虫の動きを誘う中華料理が次々と運ばれてくる。
ばくばく遠慮のかけらもなく皿を空けていく竜崎さんを見て私は思う。
貴方はどうして――そんなにも強く在れるのですか?