俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者   作:ぶらっどおれんじぃな

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第二話

 俺こと竜崎辰也は転生者である。つまり、この世界の異物ということである。

 

 しかし転生、転生なぁ。死んだあと意識持ったまま別の身体で生まれなおすのが転生らしいが、なんで俺がそんなハメになってんだ? 既視感の中の世界で死んだ記憶はねぇよ。なのになんで俺、転生してんだろな。

 

 まぁ気づけば『魔法先生ネギま!』の世界で生きている俺ではあるが、俺の知る『魔法先生ネギま!』とは週刊誌で連載していた漫画なわけで。俺自身が本来存在しないはずの人物であることくらいは居残り常習犯の俺でも理解できる。

 もちろん、俺には美味いものを美味いと感じる味覚もあれば景色を見て感動する視覚もあり、ざわざわ煩わしい喧騒を取り込む聴覚も、汗臭い匂いを感じる嗅覚も、軟らかさと硬さを区別できる触覚もある。五感すべてそろって、間違いなく俺はこの世界で生きているという自覚はある。

 

 だが俺は転生者だ。それはきっちりと理解しているつもりだ。

 俺は本来物語の中にいない異物。だから俺には友人と呼べる人物が少ない。うん、仕方ない話だな。

 

 いや、クラスメイトとは普通に話すよ。豪徳寺とか、山下とか、そこまでコミュ障なつもりも、竜王な俺――とか言って厨二患って孤高気取るつもりもねぇからさ。

 

 とはいえ俺には友人と呼べる存在は少ない。何故だ?

 

「今日こそ麻帆良空手研究会は貴様に「邪魔」ふぐあぁぁぁっ!」

 

 向かってきた道着の男の肩をつかんで倒し、背中をずんと踏みつけてやる。ぐぺぇっ、と、どこから出してんのか理解できないうめき声をあげて気絶した男の上で周りを見る。

 いるわいるわ、バット持ったり木刀持ったり素手だったり、男の群れが俺を怯えと敵意をコトコト鍋で煮込んだ目で見つめてくる。

 

「かかれぇーっ!」

 

 うおおぉっ、と、むさ苦しい雄たけびを上げながら向かってくるやつらを千切っては投げ、千切っては投げ、無双ゲーさながらに蹴散らして俺は首をひねる。

 なんで俺には友人が少ないんだろうな。

 

「どー思うよ?」

 

「後ろの光景を見てから考えるんだな」

 

 そんな言葉に後ろを振り向く。痛い痛いと喚く男たちの群れが見える――死屍累々とはこのことだろう。

 

「で、どー思うよ?」

 

「貴様――いや、貴様はそういう男だったな」

 

 ずかずか歩みを進め、いつものように世界樹近くの広間で暖簾を出している中華料理屋台『超包子』の椅子に腰を掛けてみれば呆れたため息が俺の方へ吐き出された。

 

「あんな風に他人と接していたら友人も出来にくいですよ」

 

 お通し代わりの卵スープを差し出しながら、『超包子』の若き料理人――四葉五月はたしなめるような言葉を投げかけてくる。

 

「仕方あるまい四葉、この男は頭がおかしいんだ」

 

 くつくつ笑いながらの言葉に苛ついた俺は悪くない。隣で姿形に見合わないワインを喉に流し込む金髪幼女――マクダウェルは俺の方を見ながら人形のような容貌を引き裂くかのごとく唇を歪めた。

 

「意味わからんのだが」

 

「その考え方がおかしいんだよ」

 

「どこがだ?」

 

「その返しが、だ」

 

 意味わからん――と、そういえばこのマクダウェルは俺にとっての友人なのかもしれねぇな。俺が魔法生徒として麻帆良に顔通しされ、怪訝な目で見てくる高畑をその場でへこませて。周りから妙な視線を受けながら中等部の寮へと向かっていた帰り道に笑いながら話しかけてきたんだったか――いいものを見させてもらった、ってさ。

 

 それからことあるごとに絡んでくる。貴様はおかしいだとか、私が本気を出せば世の中の理不尽さを教えてやれるんだがなとか、私は真祖の吸血鬼にして大魔法使いなのだとか。

 まぁ俺に言わせれば、へぇ、で、だから、という話。だって吸血鬼ってあれだろ、DQで言えば『こうもりおとこ』だろ? こいつは女だが。大魔法使いだって『だいまどう』だろ。

 こちとら竜王ですよ、誇り高き竜族の王にしてDQシリーズ最初の魔王ですよ。正直どうでもいいわ。

 

「まぁ有象無象の正義を語る魔法使いたちよりも見てて心地よいのは間違いないがな」

 

 赤い舌でこぼれたワインを舐めとるのは金髪幼女のくせに似合わない色っぽいしぐさ。だがどうもテンプレ的な、頑張った感があるような……なるほど、コイツたぶん処女だろ。

 

「貴様……何か失礼なことを考えなかったか」

 

「気のせいだな」

 

 と、話を戻そう。日々の訓練を欠かさないマクダウェルに生暖かい視線を向けてから、出されたスープを一息で飲み干し空になった器を置いて考える。

 

 本来『魔法先生ネギま!』はネギ少年が青春しながら成長する物語なんだろう。そこに俺の居場所はない――故に、俺はネギ少年に携わらず生きていくつもりなのだ。

 

「なんですかこれはーっ!」

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 びっくりしたような叫び声に振り向いてみれば、赤毛の少年が倒れ伏した男たちに駆け寄りながらこちらを睨み付けていた。

 

 あれは――そう、あの姿は見たことがあるな。確かあれがこの物語の主人公、ネギ少年のはずだ。

 

「貴方がやったんですか?」

 

 俺のそばに近寄って、少年は指をさす。その先を見れば担架で運ばれていく男たち。いやー、救急隊員ってのは大変な仕事だよな。こんな乱痴騒ぎにまで出動しなきゃいけねぇんだからさ。俺はごめんだね、ああごめんだ。そこまで愁傷に人助けなんざ考えたくもねぇわ。

 

「貴方がやったんですか!?」

 

「そうだな」

 

「どうしてこんなことするんですか!?」

 

「邪魔だったから」

 

 顔を髪の毛と同じ真っ赤にするネギ少年。そいえばコイツ教師らしいな。元は漫画の中とはいえ、クラスのやつらはプライド刺激されるだろうさ。ご愁傷さまです。

 

「もう怒りましたよ……マギステル・マギ「ネギーッ!」ふえ? アスナさん?」

 

 ぶつぶつ呟きだしたネギ少年の声は、キンキン桜咲よりもうるさい声で中断させられる。振り向いた方につられて視線をやれば、ツインテールの少女がすげー速さでこっちに向かってきていた。

 キキー、と、急ブレーキをかけてネギ少年の手に肩を置いて、俺の方を見て露骨に顔をゆがめて一言。

 

「げっ、『麻帆良の悪竜』」

 

 『麻帆良の悪竜』ってのは俺のあだ名。まぁ竜ってのは理解できるよ。俺の名前竜崎辰也だし。

 しかし悪ってのがまるで理解できねぇさ。授業にも真面目に出る、居残りもする、最近は宿題もまともに出す、テスト結果は褒められたもんじゃねぇが清廉潔白な俺が悪とは……。

 

「帰るわよネギ、関わっちゃダメな人間ってのはどこにだっているものなの」

 

 聞こえてんぞ、少女よ。

 

「でも、僕は教師として……」

 

「でももすともないの! いいから帰るわよ!」

 

「でもこの人は悪い人ですよ!」

 

「頭のおかしい悪いやつでも関わっちゃいけない頭のおかしさなの!」

 

 ……わかった、おーけー理解した。つまりこいつら俺に喧嘩売ってるわけだ。

 

 やいやい言い合っているネギ少年とツインテール少女の間に無理やり身体をねじ込ませ、その頭に手を置く。へっ、と、声が聞こえたが俺はきにしなーい。ぶん、腕を振り上げれば二人は空の上――かさりと小さく枝を揺らす音がふたつ聞こえた。

 

「俺チンジャオロースな」

 

「用意できていますよ」

 

 注文に合わせて出てきたピーマンと牛肉の饗宴に、生唾を飲み込んで椅子に座って割り箸を二つに割る。

 

「やはり貴様はおかしいな」

 

 いつもよりも楽しそうなマクダウェルの声色に首をかしげつつ、俺は目の前の料理をがつがつ食べていく。うん、いつもと変わらぬ美味さだな。

 

 

 

○●○

 

 

 

「お主は何を考えておるんじゃぁぁぁあぁっ!!」

 

 部屋全体を震わすような怒声に俺の後ろに立っていた桜咲がびくりと肩を震わせる。

 ぎりぎり射殺すような視線を振りかけてくる男は近衛近右衛門――この麻帆良の学園長だ。

 

「何がですかー」

 

 俺も高校生だ。つまりある程度は大人に向けて進んでいるわけだ。ということで敬語で返す。だが学園長はぷるぷると肩を震わせながらまた叫ぶ。

 

「ネギくんには不干渉じゃと会合で通達したじゃろうが!」

 

「出てないですー」

 

「プリントも配ったじゃろうが!」

 

「もらってないですー」

 

「刹那くん経由で伝えたじゃろうが!」

 

「聞いてないですー」

 

「ええっ!? ちゃんと伝えましたよ!」

 

 縋りつく子犬のような視線を桜咲が向けてくるが無視、無視。だってさ、俺には覚えがないんだもん。

 

「とにかく! ここで改めて伝えたからの! ネギくんには不干渉! これが我々魔法使いたちの方針じゃ!!」

 

「なんでですかー?」

 

 と、ふいに浮かんだ疑問を口に出してみれば学園長ははあはあ肩で息をしながら答える。運動不足か? 年寄りの運動不足はボケにつながるらしいぞ。

 

「彼には才能がある、その翼で世界を羽ばたくための手助けはするべきじゃ。しかして過度な干渉は彼の道を阻むこととなりえる――故に、我ら魔法使いは不干渉の立場をとる」

 

 過度な干渉、ねぇ。ちらと後ろを向いてみればむくれっ面の桜咲が目に入る。

 

「桜咲、お前はネギ少年の生徒だったか?」

 

「え、あ。はい、ネギ先生は私たちの担任教諭ですね。龍宮や春日さん、エヴァンジェリンさんも同じクラスですよ」

 

 ……なるほど、理解した。これはあれか、かの勇者ロトと同じパターンか。

 アリアハンの王様は才能がある、英雄オルデガの子供に僅かな金銭とルイーダの酒場にいる素人同然の仲間たちを渡して旅に出させた。まぁそれはいい、なんたってゲームの世界だからな、それはいい。

 だが目の前の学園長はゲームと同じことをさせようとしている訳だ。

 

 ネギ少年は『魔法先生ネギま!』の主人公、つまりはこの世界の勇者だ。少年漫画で連載されていたということはいずれ世界を救うことになるのかもしれない。そんな結末だった気がする。

 

 だが、俺が生きるこの世界は漫画であると同時に現実だ。転生者である俺がしっかりと生きる現実――若き才能にすべてを託そうとは何様のつもりだ?

 

「凡愚め。己が力の無さを不干渉という鎧に隠れやり過ごすつもりか」

 

 学園長のひきつる顔が俺の金色の瞳の中に像として映る。

 腕が変わる、顔が変わる、身体が変わる、存在が変わる――窓に映るは竜王の御姿。

 

「貴様の言など俺には僅かな揺らぎともなりえぬことを知れ」

 

 振り向けば抜身の刃。初めて出会った時のように、身体を恐怖で震わせた桜咲の横を抜けて、俺は扉に手をかける――気づけばいつもの人間の姿でそこをつかんでいた。

 

「つーことだ。そもそも俺は魔法使いじゃねぇ……俺は俺で勝手にやるさ」

 

 扉を開けば和気あいあいといった声の聞こえる女子中等部の廊下。翻す短いスカートにしみひとつない太ももがたくさん。

 学園長もあの歳でスケベとは……元気なこって。

 

 

 

○●○

 

 

 

「今日こそは「はい、うるせぇ」わああああぁぁっ!」

 

 赤毛の頭をつかんで投げる。

 

「いい加減にしなさい「はい、煩わしい」よおおおおおっ!」

 

 飛んで向かってくる脚をつかんで投げる。

 

「マギステル・マギス「しつけぇ」てええぇぇぇっ!!」

 

 呟きだした口をふさいでそのまんま投げる。

 

「こんのおぉ「邪魔くせぇ」おおおおおぉぉっ!!」

 

 振りかぶっていた机ごと一緒に投げる。

 

 しかしあいつらも粘着質。

 あの日、俺が世界樹の上にネギ少年とツインテール少女を投げ飛ばしてから毎日のように同じ光景が繰り返されている。まったくこちとら静かに四葉のメシも食えねぇぜ。

 

「あのー」

 

 まぐまぐ租借しながら振り向けば、いかにも大和撫子といった感じの少女が立っていた。

 

「うち、近衛木乃香って言います」

 

「こらご丁寧に、竜崎辰也だ」

 

 近衛、近衛木乃香――ああ、桜咲の話の中にいつも出てくるお嬢様か。ということは……いたいた、桜咲だ。お嬢様の頭の向こう、木の影に隠れながらすげー眼で俺を睨んでやがる。

 

「あんなー竜崎さん、何があったんかよーわからんのんですけどあのふたりをいじめるんは止めたげてほしいんや」

 

 そーいえば桜咲はネギ少年の仲間になるんだったか。いつだったか……んー、覚えてねぇわ。だがまぁはやーい段階じゃなかった気がする、うん、たぶん。

 その上、桜咲は俺と同じような感じだ。身体の中に何か飼ってる匂いがプンプンする。

 

 つまりこれは……なるほど、良いチャンスか。

 

 がしり、お嬢様の頭に手を置く。ふえ、という言葉とともに返ってきたのは小動物みたいな眼差しと――猪みたいに向かってくる桜咲の姿。おいおい、白目と黒目が反転してんぞ。

 

 だが俺には関係ない。前例にもれず、俺は腕を振り上げる。

 

「ひゃあぁぁぁぁっ!」

 

「お嬢様ぁああぁぁぁっ!!」

 

 だん! 地面を蹴り飛び上がった桜咲は白い翼を背中に生やし、天高く舞い上がっていくお嬢様の下へ。

 

 ――さて、これで静かになった。今日はいい日だ。ということで酒でも頼もうかね。

 

 

 

○●○

 

 

 

 私にはお世話になっている常連客がいる。

 名前は竜崎辰也。私が麻帆良で初めて厨房に立って作った料理を食べてくれたお客さんだ。

 

 彼は不器用だ。

 

「言葉にして伝えればいいと思います、乱闘騒ぎを収めてから目をつけられているって」

 

 私の言葉を無視してがつがつマーボー豆腐を口に運ぶ彼はこのお店、『超包子』のオーナーである超鈴音さんが最初のお客さんとして捕まえてきた人だ。以来、週に何度もここを訪れて私の料理を残さず食べてくれている。

 たぶん、この麻帆良で一番私の料理を食べているのが彼だろう。

 

 お皿を空にして、わきに置いていた紹興酒の瓶を一気に飲み干して、げっぷと喉を鳴らした彼は不器用だ。

 だから私にはどんな言葉が返ってくるかわかる。

 

「メシに埃が入るのが邪魔だっただけだ」

 

 それだけ言って次の皿とお酒の瓶を彼は催促してくる。

 

 彼は無口だ――というよりも、無駄な言葉を他人にかける必要がないと思っているのだろう。

 

 お酒に酔った人が暴れている時も、恨みを持った人がお礼参りに来た時も、怪訝な目を沢山の人から受けている時も、彼は変わらず相手を視線で、腕っぷしで、沈黙させた後に黙って私の出したお皿を空にする。

 

 誰かと一緒になごやかな食事もいいものですよ、そう提案したことが一度あった。でも彼はいたずらっぽく笑みを浮かべて――メシを食うときは誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃいけねぇ……独りで、静かで、孤独で――そう言ったっきり黙ってしまった。

 その日のお会計の時、美味いメシのときは特にな、そう付け加えた彼の言葉がとてもうれしかったのは私だけの秘密だ。

 

 彼はその粗暴さと不器用さが相まって人に避けられている。故に彼は一人だ。

 同じクラスのエヴァンジェリンさんと食事を共にしていることは稀にあるが、だからと言ってそこに特別と会話があるわけでもない。

 

 怖くはないのだろうか? ひとりぼっちでいることが。

 寂しくないのだろうか? ひとりっきりでたたずんで。

 

「四葉、次は酢豚にするわ。もちろん酒もつけてくれな」

 

「未成年の飲酒はダメなんですよ」

 

 ぶーたれた年齢より幼い顔に、しかたがない、といった風を装ってお酒の瓶を竜崎さんに手渡しながら思う。

 

 だからせめて私は料理を作ろう。

 

 貴方がここにいるときだけは心やすらかに過ごせるように――そんな願いを込めて。

 


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