俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者 作:ぶらっどおれんじぃな
「ようよう嬢ちゃん、俺と勝負しねぇか?」
「いやいや竜崎殿、遠慮しておくでござるよ」
にこにこ笑顔で話しかけてみれば、俺より少し小さいだけのところにあった糸目が下がる。期待していれば返ってきたのはにべもない返答。かーなしいね、俺は悲しいよ。
「んだよ、古菲はのってくるのにさ」
「拙者、自分の身をわきまえたでござるよ。それに竜崎殿はお腹がすいただけでござろう」
見抜かれてやがる。じろじろ睨んでみても、表情ひとつ変えずに糸目の少女、長瀬はそういえば、と続ける。
こいつ、話を変える気だな。つまんねーの。前は俺を見れば勝負でござるー、勝負でござるー、ってうるさかったのにさ。やっぱり財布の中身を空っぽにしたのがまずかったか……。それともあれか? 並んで買ったって言っていたプリンを巻き上げたのがまずかったのか?
「竜崎殿は魔法というものを知っているでござるか?」
「おー、俺魔法生徒だし」
「魔法生徒?」
「そそ、魔法を知ってる生徒。この麻帆良は魔法使いの都市なんだとよ」
「はー、やはり世界は拙者の知らないことであふれているでござる」
という訳で俺は手を出す。
「何でござるか?」
「教えてやったんだから飯をおごれ。酒でもいいぞ」
「拙者は修行帰りで、今は残念ながら手持ちがないでござるな」
いやー残念でござる、などという長瀬は白々しい態度。
だが甘いな長瀬、俺は知っているんだぜ。お前が修行帰りに必ずプリンを食べるってことをな!
浅ねぎ色の道着を着た長瀬の懐に手を突っ込む。ほれあった、やっぱり俺の予想通りだ。
「いつの間にっ――って、それは拙者が楽しみにしていたプリンでござるよ!?」
デカい身体のくせにやいやい喚くが俺はきにしなーい。返すでござるー、と、伸ばしてくる長瀬の腕を避け、足を避け、飛んできた苦無を避け手裏剣を避け、ばりっとふたを開けて一気に流し込む。コンビニで買ったやつか、いまいちだな。
「修行後の楽しみが……拙者のオアシスが……」
がくりと膝から崩れ落ちた長瀬を見ながら俺は告げる。
「今度はもうちっと美味いやつで頼むぜ」
○●○
差し出されたのはホカホカ湯気を立てる肉まん。がぷりと噛みつけば肉汁が口いっぱいに広がる。
「この肉まんを作ったのは誰だーっ!」
「私が作ったネ、どうかな?」
「四葉のが美味いな」
ぷっくり頬をリスみたいに膨らませて、お団子頭の少女はぷんすか抗議の声をあげる。
「せっかく作ったのにその言い方はないネ!」
「事実だからな」
うなだれたお団子頭――俺がいつも世話になっている中華屋台のオーナーである超は、まぁいいネ、と取り繕うように膝を払って口を開いた。
「竜崎サンは今日の夜間警備に出るのかネ?」
いつもは賑やかな世界樹広場。まだ夜の帳が落ちたばかりだというのに今日は静けさと暗闇に満ちていた。
それもそのはず、今日は大停電の日だ。
大停電っつーのは、麻帆良を覆っている学園結界とやらをメンテナンスする日のことらしい。なんでも電力と密接に関わっているそうで、そのあおりを受けて麻帆良全体が一晩漆黒の中に沈むことになる。
まぁ詳しいところは俺にはさっぱりなんだが、シンプルなところで俺に関わってくる。麻帆良を覆っている結界が無くなるってことは、麻帆良への侵入者が増えるってことで、今日この日は魔法先生も魔法生徒も総増員で警備に当たることになる――つまり、俺の夜間バイトの時間だ。
原作にこんなイベントあったかね? 『魔法先生ネギま!』は読んだことがあるって言っても流し読みだったわけで、もう転生して数年の月日が経っている俺の頭の中からは内容なんざぽぽぽぽーんだ。
あった気もするしなかった気もする。うーむ、わからん。
「そのつもりだな」
「じゃあしっかりと稼いで来て欲しいネ」
そう言うと超はもじもじ指を弄る。竜王の力を持った俺には暗闇の中でもそんな姿はしっかり認識されて目に入る。無論、あげた顔がほんのり紅くなっているのもな。
「なんだか夫婦みたいなやりとりヨ」
「ないな」
「こんな美少女がいうのにその反応は「竜崎さーん!」むぅ」
ぶーたれた超の声を遮ったのは相変わらずきんきん叫ぶ桜咲。手に持った懐中電灯をぶんぶん振りながら、駆け足で俺の方へ向かってきた。
隣にいるのは……お嬢様か。俺の視線に気づくとぺこりと頭を下げる。うん、礼儀正しい子だ。
「でわでわ、私はこれで失礼するネ」
今度は美味しいって言わせてみせるねと、去っていく超と入れ替わりに、桜咲は俺の前で立ち止まると腰に手を当てて薄い胸を張った。
「メールは読んでくれましたか?」
「読んでないな」
「だと思ってました、なので直接伝えに来ました。私は今夜の夜間警備には用事があって出られそうにないのです」
律儀な性格してんなぁ。俺だったら無視してるぞ。
「それと、私がいないからって無茶をしないでくださいね!」
「んなことなんで俺が気にする必要があるんだ?」
「……そうでした、そういう人でした」
はぁとため息をついて落胆した顔色の桜咲は、きりりと顔つきをまとめあげ直して再び胸を張る。もといまな板のように薄い胸を張る。
「とにかく伝えましたので、くれぐれも、くれぐれも! よろしくお願いします」
今度食事をご馳走しますので、そう告げてから頭を下げると桜咲は踵を返す。その直線状にはやはりお嬢様。
「桜咲」
声をかけてみれば振り返った桜咲の顔は、その動きに合わせて踊るサイドポニーのように楽しげだった。
「仲良くなれてよかったな」
「……はいっ! ですがもうあんな危ないことは止めて下さいよ!」
あーあー、聞こえない聞こえない。
○●○
爬虫類を連想させるその容貌は口から吐き出された凶悪な炎によってその存在を塗り替える。巨大な翼が開かれれば、大地と空の境目を自在に滑空する。
それは正しく幻想にこそある生き物で、それを人はワイバーンと呼ぶ。
「強いぞー、かっこいいぞー!」
「つよイ」
いつもの麻帆良大橋の近く、ぎゃんぎゃん茶毛短髪のガキは膝に小さな子供を乗せて、ワイバーンの上で興奮していた。
うるせぇ。こちとら大停電で授業が早く終わったかと思えばいつもの倍の宿題が出てんだ。ありえねぇ、これは何かの陰謀だな。
「大変そうだね」
地面に座ってうんうん唸る俺に声をかけてきた龍宮は、スナイパーライフル片手を持ったままニヒルに笑った。お巡りさーん、銃刀法違反者がいまっせ。
「わはははっ! この春日のいるところに来たのが運の尽きだな!」
俺は夜間警備で組むことになる人間が何人かいる。桜咲に隣にいる龍宮、ワイバーンの上で悪党面の春日とその膝の上のココネが主な相手だ。図書館島からせっかく連れ出したのに、すっかりあいつらのおもちゃだな。まぁあいつも楽しそうだから構わねぇけどさ。
桜咲はお嬢様のために俺から目を離さないようにしていたんだろう。龍宮と春日は楽だから、という理由で俺と組むらしい。俺を相手にしている侵入者の注意力なんて紙切れ当然とは龍宮の弁、回収すればいいだけっすからとは春日の弁だ。
ココネは春日のパートナーだそうだ。しかしあんなガキが戦いの場に出るとは……そういえばネギ少年もか。漫画とはいえ世も末だわ、世紀末だわ。
てことでいつも俺は気楽に夜間警備に出ている訳で、ワイバーンに乗った春日無双の今日は宿題が進む進む。
「貴方は今の状況を理解しているのですか!」
……進まねぇ。
隣でゴルゴ気取りに黙々と引き金を引く龍宮とは違って、俺の目の前の金髪はふんぞり返ってお小言だ。
「聞いているのですか貴方は!」
聞いてませんよー。
「図書館島からワイバーン連れてくるだけでも大ごとだというのにすべてを他人任せであなたは何をやっているのですか! 麻帆良を守る魔法生徒としての自覚はないのですか!」
俺は基本的に魔法先生と魔法生徒から避けられている。その例外がいつも組む四人な訳で、もうひとつの例外が目の前の金髪、ウルスラ通いのグッドマンだ。
こいつはやけに俺に絡んでくる。同級生だからか? よくわからんが、ことあるごとにやれ自覚がー、自覚がーと喚いてくる。
俺が何をした? 強いて言えば認めさせてやりますわー、と向かってきたときにへこませたくらいだぜ。魔法が解けて素っ裸になったわけだがそれは俺のせいじゃねぇ。こいつが下に何も着てなかったのが悪いんだ。
「ならば力づくで動かして「集中できねぇだろうが」めぽっ!?」
影がグッドマンの身体を包みだしたところをデコピン一発、気絶させる。魔法が解ければやっぱり素っ裸。コイツ露出狂の気があんのかと心配になるな。
さーて、これでやっと取り掛かれると振り向いてみれば俺のカバンに刺さった氷柱。携帯はポケットの中だ。財布もそうだ。あそこにあるのは俺の宿題だ。
……マジか。
橋の方を見ればマクダウェルが見えた。氷柱出しながら高笑いしているマクダウェルが見えた。ついでにネギ少年とツインテール少女、白い羽出して飛んでいる桜咲と頭にオコジョ乗せて応援しているお嬢様も見えた。
そーかー、桜咲はネギ少年と仲良くなれたんだなー。それで今日の夜間警備に出られなかったわけだー。
ちらりと横を向く。龍宮は目をそらした。
「あのヤロウ」
背中に力を込めればめきり現れる黒い翼。
ひとたび羽ばたくだけで俺の身体は風を貫きマクダウェルの下へ。
「マクダウェル……テメェやってくれやがったな」
突如として現れた俺の姿に驚愕した様子だが関係ないね。俺の貴重な明日の放課後の方がずっと大事だ。
「俺の宿題を「うるさいぞ! このガキを倒して封印を解いたら次は貴様の番だからな! せいぜい震えて過ごしていろ!」……ははっ」
人間キレると逆に冷静になるとは言うが、身をもって理解した。
封印? その身体にぐるぐる巻いてる変な鎖のことか? それがなければ思い残しもねぇ訳か?
こいつは味方、コイツは味方。頭の中で繰り返しながらマクダウェルに手を向ける。
放たれたひかりのはどうはマクダウェルに絡んだ鎖を消し飛ばす。
キョトンとした顔のマクダウェルの正面に立ち俺は静かな声でつぶやく。
「来いよ……かかってこいや」
結果? こうもりおとこもどきかだいまどう風情が竜王に敵う道理なんざねーよ。
○●○
その日、麻帆良学園の歴史始まって以来の――いや、魔法史に名を残す戦いが繰り広げられた。
近くで様相を見ていた当時麻帆良学園中等部三年生の桜咲刹那はその戦いのことを次のように語る。
――あの日、私はエヴァンジェリンさんと戦っていました。いえ、もちろん封印が解かれる前のですがね(笑)。
ネギ先生の父君の情報を彼女が持っているという話を聞き、私のこの羽をお嬢様と一緒になって受け入れてくれた彼と明日菜さんの力になりたいと思って私はあの場にいました。
正直、良い勝負だったと思っています。彼女を追い詰め明日菜さんが地上の絡繰さん――エヴァンジェリンさんの従者を押さえ、私が宙に浮く彼女と切り結び、タイミングを合わせてネギ先生の魔法が打たれるはずでした。
そうです、そこに現れたんです。竜崎さんがです。
彼は黒い翼を背中に生やして私とエヴァンジェリンさんの間に割って入ると言っていました――俺の宿題をどうしてくれるんだ、と。実に彼らしいですよね(笑)。
その竜崎さんの言葉にエヴァンジェリンさんが反論したと思ったその時です。ひかりが周りを包んだんですよ。
そうすればもう彼女はいなくなっていましたね。どこかに消えたとかではなく、今まで私が戦っていた彼女が、です。
向き合ってみるだけで喉はからからに枯れてしまいますし、近づいているだけで私の羽はぱきぱき凍っていましたよ。羽ですか? ええ、大丈夫です。あの後このちゃん……失礼、お嬢様がお風呂でお湯をかけながら溶かしてくれましたから。
話が逸れましたね。エヴァンジェリンさんの目的はネギ先生の血を飲んで封印を解くことでしたが、その目的が意外な形で成されてしまったわけです。
そうなってしまえば私たちのことはもう眼中にありませんでした。軽く腕を振るうだけで私たちを吹き飛ばしたエヴァンジェリンさんは竜崎さんを連れて麻帆良大橋を抜けた先、少し開けた広場に向かいました。
私たちは後を追いました。たどり着いた時、エヴァンジェリンさんは小さな人形と絡繰さんを従えて笑っていました。竜崎さんは苛立った顔でひとりです。
まず、最初に動いたのはエヴァンジェリンさんでした。絡繰さんが両手に持っていた大きな銃から弾丸の雨を降らせる中を両手に曲がった刃、ククリを持った人形は目にもとまらぬ速さ――本当にそうとしか表現できない速さで竜崎さんに肉薄すると首筋めがけて振り抜きました。
実際、この動きが見えたのは私と、いつの間にか隣にいた龍宮くらいだったでしょう。お嬢様もネギ先生も明日菜さんも、その場にいた私たち以外はぽかんとしていましたからね。
え? これで終わっただろうって? ……わかっていませんね、貴方は竜崎さんという人間をまるで分っていないです。
並の人間ならそれで終わりでしょう。私があの場に立っていたら首と胴が離れていたでしょう。
ですがあの場にいたのは、あの竜崎さんです。
立っていました、そのままの姿で。首に押し付けられたククリを平然とした顔で受けて。
次の瞬間、小さな人形の下半身は粉々でした。その光景に目を取られていると、今度は絡繰さんの首が引きちぎられていました。ばちばち電気をあげながら。ロボットではなかったら絡繰さんとはお別れでしたよ(笑)。……すいません、少し不謹慎でしたね。
エヴァンジェリンさんですか? いえ、彼女もやはり名のとどろく大魔法使いなのだと改めて実感させられましたね。
竜崎さんがぽいと絡繰さんの首を投げ捨てたと同時でした。あたり一帯を埋め尽くすような大きさの氷の塊が彼の頭上から急落下しました。
ええ、そうです、もちろん無事でした。逆にその氷の塊を押しとどめ、エヴァンジェリンさんに投げつけていましたよ。次に竜崎さんを襲ったのは氷の雨です。空一面を覆いつくすような大量の魔法の射手が一斉に彼めがけて突き進んでいきました。
それに対して竜崎さんは大きく口を開くと離れた私たちの肌を焦がすような炎を吐いたんです。それだけで氷の雨は一瞬で溶けてしまいました。
エヴァンジェリンさんは震えていましたよ。対する竜崎さんはいつもと変わらず飄々とした態度で、彼女に向けて手招きしていました。
…………。いえ、すいません。あの戦いを思い返すたびに後悔するんです。なんでもいい、どんな方法でもいいからここで止めておくべきだった、と。
凄まじい魔力の奔流でした。それこそ気持ち悪くなって、胃液がせりあがってくるような感覚を覚えました。ついふらついてしまうと足下でぱきりと音がするんです。はい、凍っていました。あたり一面、見渡す限りの地面が凍っていました。
この状況はお嬢様には拙い、そう思った時でした。不意に肌を刺すような寒さが無くなったんです――学園長でした。私たちの前に立ち、竜崎さんとエヴァンジェリンさんの周りを囲むように結界が張っていたんです。
びっくりしながら時間を確認すれば、とっくに大停電の時間は過ぎていました。にもかかわらず麻帆良は闇夜に包まれていました。そうです、麻帆良の結界に回す電力を彼らの戦いから出る被害を押さえるために回したんです。
周りを見渡せばたくさんの魔法先生と魔法生徒がいました。大停電の日なのに大丈夫なのかな、と思ったんですがそれも無用な心配でした。彼らに交じって見たことのないような人いました――恐らく麻帆良の神秘を狙ってきた侵入者たちでしょう。
誰も、彼も、異常な魔力と異様な光景に引き寄せられ、動けなくなっていたんです。
そして――始まりました。先ほどまでの戦いはただの準備運動だと思い知らされました。
エヴァンジェリンさんは魔力の塊を握りつぶして、氷のドレスを身に纏っていました。恐らく近づくだけで死をもたらすような、そんな圧力を持っていました。
そんな彼女に竜崎さんは躊躇いなく歩みを進め……二人の拳が激突しました。
私たちを襲ったのは衝撃でした。踏みとどまれないほどの。隣にいたお嬢様は実際しりもちをついていましたからね。私が手を添えていなかったらネギ先生のようにコロコロ転がっていたでしょう。
そんな衝撃が何度も、何度も、地鳴りのような音を立てて襲ってきました。
先にしびれを切らしたのはエヴァンジェリンさんでした。中空に浮かび上がると呪文を呟き、氷の茨が雷のような速さで竜崎さんを取り囲むと彼の周りを空間ごと氷漬けにしてしまいました。
エヴァンジェリンさんは高笑いしていました。これで勝ったと、見せつけてやったのだ、と。
……そういえば先ほど準備運動だったと言いましたね。私が思うに、エヴァンジェリンさんは全力だったと思います。
そうです。準備運動だったのは竜崎さんの方です。
砕け散りました、氷は。唖然としていました、エヴァンジェリンさんは。
現れたのは紫の鱗をまとったドラゴンでした。
咆哮ひとつ、本当にそれだけです。私たちの目の前にあった結界は見るも無残に砕け散りました。
ドラゴンになった竜崎さんが起こした行動はたったふたつです。咆哮と、その爪を振るうこと。エヴァンジェリンさんはバラバラになっていました。多分、彼女が真祖の吸血鬼ではなかったら間違いなく存在から消滅していましたね。
実際のところ、背後にあったものすべてがえぐり取られていました。幸い背後にあったのは林と、人もいましたが侵入者の人たちだけだったので魔法先生や魔法生徒に被害は出ませんでしたが。
それが私の見たすべてです。
○●○
私には認めさせるべき同級生がいる。
名前は竜崎辰也。私のことを公衆の面前で裸にした魔法生徒だ。
彼は脅威だ。
「タカミチもいっしょに修行するんだ」
「ああ、僕も鍛え直さないといけないと思い知らされたからね」
「私も、私も頑張ります!」
私は今、悪の代名詞である『闇の福音』の別荘にいる。ダイオラマ魔法球の中に入ってみれば様々な季節を体感させられ、これを見ればやはり彼女は大魔法使いなのだと認めざるを得ない。
「まったく、なんで私まで……これで老けて彼氏ができなかったらどうしてくれるのよ!」
「その時は俺がもらおう」
「えっ!?」
「……私、お邪魔ですか師範代」
あの日――私は気絶していてその場を実際に見たわけではありませんが、竜崎さんと『闇の福音』の戦闘以来、学園長はネギさんへの方針を変えた。
麻帆良全体の戦力向上のため、ネギさん自身の成長のため、全身全霊を込めてバックアップすると。
「ふわー、これが魔法かー」
「近衛さんには回復魔法の才能がありますね。神の名のもとに――ではなくとも、大切な人を思って行使するのが回復魔法。これを忘れてはいけませんよ」
この魔法球には私以外にも魔法先生や魔法生徒がいる。
「ええいうるさい! 痛くなくては何も覚えんだろうが!」
「これだから野蛮な悪の魔法使いは! まずは座学でその危険性と効用を重々と理解してからだね!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
先ほどからネギさんの指導方針を議論しあう『闇の福音』と私の指導教官であるガンドルフィーニ先生、二人の言い争いをたしなめる麻帆良大学の明石教授。『悠久の翼』に所属する高畑先生、英雄の息子であるネギさん、その従者である神楽坂さん。麻帆良一の剣士である葛葉先生に麻帆良屈指の武闘派である神多羅木先生に京都神鳴流の剣士である桜咲さん。
そして、学園長のお孫さんである近衛木乃香さんとシスターシャークティ。彼女を関わらせることを決めたというだけで学園長の本気さが理解させられる。
彼のことを学園長は脅威だといった。それは麻帆良だけに過ぎない、魔法使いだけにとどまらない、世界全体の脅威だと。
故に、私は思うのです。
認めさせてやりましょう。貴方に私たちの正義を。
教えて差し上げましょう。その力の行使の仕方を。
人々を影ながら救うため、無私で魔法を使うことこそ魔法使いの本懐なのですから。
「負けませんわ! この高音・D・グッドマン、必ず貴方を認めさせてやりますわ!」
拳を突き上げ叫びながら私は思う。
高潔なる理想に目覚めたならば、心を入れ替えたならば、私が手を引いて歩いて差し上げると。
貴方のその力があれば、きっと数多くの人々を救えるのだと。
「出前アル……って何アルかここ!?」
「これが魔法でござるか。壮観でござるな」
……誰ですの、急に現れた貴女方は。私がせっかくかっこよく決めたというのに。
「師父からの出前届けに来たアル」
「あいあい、拙者も竜崎殿に手伝えと言われて」
彼女たちを見て私は思う。竜崎さん――貴方はいったい何を考えてますの?
高音は二年生ですが、都合上三年生に変更しました。