俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者   作:ぶらっどおれんじぃな

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第四話

 行き先を告げるアナウンスが響く。ビジネスバッグを持ったサラリーマンや肩から旅行鞄をかけた老若男女が見えるここは新幹線のプラットホーム。

 

 今日は待ちに待った修学旅行の日だ。修学旅行といえばあれだ、授業中の早弁や昼休みの学食や放課後の買い食いを超える、学生にとって最大の楽しみだ。俺のテンションが上がるのは仕方がない話。モンバーバラのステージにでも立ちたい気分だな。

 

 行き先は京都。個人的にはハワイにでも行きたかったんだが、俺が昼間の警備とかいう訳のわからないものに駆り出されている内に決まったんだからまぁ仕方がない。給金は良くて授業も出席扱いになる、と龍宮に誘われて出たおかげでずいぶんの間は腹いっぱい食えたしな。

 

 しかし……右を見渡せど、左を見渡せど、俺のクラスメイトはいねぇ。麻帆良の制服はちらちら目に入るから時間と場所は間違ってないはずなんだが。

 

 うーむと首をひねっていると携帯に着信。画面に表示された名前は豪徳寺だ。

 

「おー、どうした?」

 

『竜崎は土産は何がいい?』

 

 ……は? 土産?

 

『マカデミアナッツでいいか? にしても災難だったよな、修学旅行の日に親戚の葬式なんてよ』

 

 親戚の葬式? 親戚なんざ俺にはいねぇよ。両親がいないんだから夜間警備に出て金を稼いでる俺に、親戚なんざやつらはいねぇぞ。

 

『ま、いろいろ良さそうなものは買ってきてやるからそれで我慢してくれな。じゃ、俺はそろそろ搭乗時間だからさ』

 

 それだけ告げると通話が切れる。

 

 落ち着け、まだ慌てるような時間じゃねぇ。とりあえず酒でも飲んで落ち着こう。酒瓶だらけのバッグから適当に一本取りだしてラッパ飲みする。アルコールが俺をほろ酔いにさせることもないが、いつもの調子に落ち着いてきたぞ。

 

「未成年の貴方が公衆の面前で何をしていますの!」

 

 ゴミ箱に空の瓶を押し込んでいる俺に、後ろから声がかかる。生やした金髪みたいに高圧的な態度で、大口開けたグッドマンはぷりぷり怒っている様子だ。

 

「ゴミはゴミ箱に捨てるのが常識だろうが」

 

「そうではなくて! ……はぁ、なんでこの私がこんなことに……」

 

 怒ったり落ち込んだり情緒の安定しない女だな。カルシウムとってるか? 好き嫌いが激しいんじゃねぇのか?

 

「どうぞ、貴方へ連絡です」

 

 グッドマンから差し出された携帯を耳に当てると聞き覚えのあるような、ないような、しゃがれた声がした。

 

『ワシじゃ』

 

「ワシなんて知り合いはいねぇ」

 

 ぴっと通話終了ボタンを押せば、またすぐに鳴りだす電話。

 

『麻帆良学園長近衛近右衛門じゃ!』

 

 じゃあ最初に言えっての。あの歳で自意識過剰かよ。

 

『以前にお主は言っておったな、好きにさせてもらうと。という訳でワシも好きにさせてもらうことにしたぞい』

 

「ほー」

 

『お主のクラスはハワイへ行くことになっておったがお主には京都に行ってもらう。京都観光に行く高校生クラスは残念ながら今年はおらんかったでの、ネギくんのクラスに欠員が出ておるからそこと一緒に回るように。それと、付き添いとして高音くんをつけておるからの』

 

「なんでだ?」

 

『それが一番安全じゃからの。四葉くんのおるところで無茶はせんじゃろう』

 

 まぁ四葉に何かあったら俺のメシ事情が大きく変わるからな。

 

『そういう訳じゃ。まぁどうしてもというならば帰ってくれても「いいぞ」そうか、ならこちらの条件を飲んでくれたかわりにワシの酒蔵から好きなものをもっていってくれていいからの。ではせっかくの修学旅行じゃ、楽しんでくれの』

 

 ハワイに行ったところでメシを食って酒を飲んで、それ以外にやることも特に思いつかなかったからな。京都の方が俺の舌に合うものは多いかもしれねぇし、そう考えると渡りに船だったのかね。

 しかし学園長の酒蔵か……帰ってからの楽しみが増えたな。

 

 ぽいと携帯を投げ返せば、不機嫌そうな顔を崩さないようにしながらグッドマンは受け取った。

 

「まったく、私のクラスはハワイに行く予定でしたのに……貴方のせいですわよ」

 

 むくれた声を出すがな、右手には付箋だらけのパンフレット、左手には売店で買ったであろう駅弁、首からカメラぶら下げてその態度はないんじゃないか。

 

「竜崎さーん!」

 

 じとりと見る目に気づいて慌ててそれらを背中に隠したグッドマンの後ろから、今日も今日とてキンキン叫ぶ声が聞こえた。

 視線をやれば桜咲。隣にはグッドマンと同じようにはしゃいだ持ち物のマクダウェルが目に入る。

 

「私たちの班に配属されることになったみたいですので、旅行の間はよろしくお願いします」

 

 俺の胸辺りまで斜め四十五度に頭を下げる桜咲の後方に目立つ長身がいた。へいへいと生返事を渡してずかずかそいつの方へと歩み寄る。俺を見てぱっかり桜咲のクラスメイト達が道をあけるから楽でいいね。

 

「たーつみやちゃーん」

 

「やあ竜崎さん、災難だったね」

 

 ふふんと笑ってごまかそうとする龍宮の首ねっこを猫みたいに持ち上げて、俺の目指すは駅の売店。

 

「おばちゃん、とりあえず酒を全部頼むわ」

 

 

 

○●○

 

 

 

 ネギ少年のクラスで修学旅行というのは意外に正解だったのかもしれない。車内販売しだした出張超包子もあるし、わきに積まれた酒の山もある。まぁいつもお小言のうるさいグッドマンがいるが、今はマクダウェルと一緒に新幹線から見える景色に釘付けだ。

 

「こんなに飲んで大丈夫なんですか?」

 

 不安そうな表情で桜咲が問いかけてくるが、その辺りはまるで問題なし。竜は酒好きという例にもれず俺も酒好きだが酔っ払ったことはないし。うつろな顔つきでトランプにいそしむ龍宮には感謝だな。

 

 桜咲の班は俺を入れて六人と一体。マクダウェルと絡繰とグッドマンと――隣で俺にお酌するザジだ。

 何故だか知らんがこいつはいつも俺にこんな態度だ。会えば両手いっぱいの飯を持ってくるし、酒を飲んでいればこんな感じ。まぁこいつは無口だし、俺も楽でいいから放っといているんだが。

 

 そういえば絡繰は復活したんだな。マクダウェルをへこましてやったときに首から引きちぎったんだが、まぁ大丈夫そうで何よりだ。粉々にしたはずの小さい人形を膝にのせて、マクダウェルの方をじっと見てやがる。

 

「お菓子にジュースはいかがですか?」

 

 車内販売が通り過ぎていくのを見ながら、便所と言い残して立ち上がる。

 

 台車を押すのは黒髪の眼鏡女だ。ぺりぺりよくわからん紙を何枚か破り捨てながらその背中を追いかけて、車両と車両の間に入ったところでデコピン一発、気絶させる。おお、ちょうどよく駅に止まったし捨てとこ。

 

 誰だかはわからねぇが、俺の安らかな酒の時間を邪魔するのは許されねぇよ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 修学旅行の定番である京都だが、俺が来るのは初めてだったりする。

 既視感の中の世界でも修学旅行に行っていたような気もするが、ぼんやりとしか記憶にはない訳で。てなことで楽しい一日目だった。

 

 神社仏閣巡りが主な行程だったが、まぁマクダウェルとグッドマンがはしゃぐはしゃぐ。やれ写真だ、やれタペストリーだ……そのテンションは姦しいクラスメイトを凌ぐ勢いだったな。

 実際、引率主任の新田に叱られていたしよ。自称600歳が、高校生が、中学生の真ん中で怒鳴り散らされてんの。いやー俺だったら勘弁願いたいね。

 

 てことで、はしゃぎつかれたんだろう二人はとっとと布団の中でいびきを立てているらしい。同じ班とはいえ男と女。さすがに部屋は別々だから桜咲から聞いた話なんだがさ。

 

 片手に持った袋の中に酒を詰め込んだ俺は買い出し帰り。私は班長ですからね、と、わざわざ着いてきた桜咲はぐびぐび空いた手で酒をあおる俺を先導するように京都の町並みを進む。

 

「寝坊して起きられなかったとかは止めて下さいね」

 

 私……班長ですから、と、律義な桜咲は得意げな声色だ。

 

 薄暗い通り。月明りと街灯が照らすそこには人っ子一人いない。時刻はまだ深夜と呼ぶには足りない時間。京都の人間はみんな早寝なのかね?

 

「竜崎さん――捕らえられています」

 

 言葉尻には鋭さが混じりあたりを見回していた。竹刀袋の紐を解き中からでかい刀を取り出した武芸者さんは威嚇する獣のようなまなざしだ。

 

「こんばんは、刹那センパ「どーん」めぷっ!?」

 

 なのでその原因を潰してやる。空になった瓶を両手に刀を持った少女の顔面にストライク。あお向けに転がる眼鏡の割れた少女の足をつかんで投げ飛ばし、振り返れば目を点にした桜咲の顔があった。

 

「いくぞ」

 

「あ、え、はい。すいま「みごとやなぁ」へっ?」

 

 京都はあれなのか? 急に現れてみるのが流行りなのか? 

 初めて触れる文化に感心していれば、りーんと鈴の鳴る音が聞こえた。

 

 俺は腕をあげて、飛び交う蠅でもつまむように迫るそれを掴む。握られていたのは桜咲がいつも振り回している刀そっくりで、木造の柄を持つ手をたどってみれば黒髪の女が楽しそうに微笑んでいた。

 

「師範!」

 

 おいおい、いきなり斬りかかってくるたぁ随分なところで剣を教わっていたんだな。桜咲にはちょっと同情するわ。

 

「噂の悪竜、噂以上で嬉しいわぁ」

 

 ころころと喉を鳴らす黒髪の女はコスプレにしては年齢がいき過ぎている気がするが、赤い袴に白い羽織という巫女姿でぺろり唇を濡らした。しかしどうもその仕草には練習したような感じ……なるほど、コイツは処女だな。

 

「なんや、失礼なことを考えておりませんでしたか?」

 

「気のせいだな」

 

 ぱちん、女は鞘に刃を収めると恭しく頭を下げる。

 

「はるばる京都へよういらっしゃいました。うちは青山鶴子、この娘の師匠をさせてもろています」

 

「師範、どうしてこんなところに?」

 

 青山と名乗った女に駆け寄りながら桜咲が尋ねると、ほほほと笑いながら答える。

 

「近衛の翁からアンタを鍛え直しとくれと頼まれましてわざわざ来たんや。個人的に興味あることもありましてな」

 

 俺の方を一瞬見てから桜咲の肩をがっちり握って、青山は何度か深呼吸すると凛と表情を作って口を開く。

 

「刀子はんに彼氏できたゆうんは……ほんまでっしゃろか?」

 

「はい、いつも楽しそうにしていますよ」

 

 葛葉先生、神多羅木と付き合いだしたらしいな。補習の時も携帯を握っては、にへにへデレデレしていることも多いし。まぁクールな葛葉先生のいろんな表情が見られるのはラッキーだわな。

 

「離婚してざまぁみろて思っとったのにもう……なんで素子はんも景太郎はんと結婚しとんのにうちだけ……」

 

 ぶつぶつ呟く青山を心配そうに見つめる桜咲。……あー、これは面倒くさくなりそうだな。という訳で、竜崎辰也はクールに去るか。

 

「……ほな逝きましょか」

 

「え、師範、なにか雰囲気が……というよりも私は修学旅行中でっ!」

 

「実家に帰らなければあかん用事があると伝えとるさかい心配あらへん」

 

「お嬢様がっ! このちゃんの護衛がっ!」

 

「悪竜と闇の福音がおるとこにつっこむ阿呆はおらん。おってもさっきみたいなオチやわ」

 

「竜崎さん、待ってください! 竜崎さん!」

 

 羽交い絞めにされて助けを呼ぶ声には耳をふさごう。

 

「竜崎さぁぁぁあぁぁぁっ!!」

 

 ドップラー効果を背後に俺は宿を目指す。さらば桜咲、お前の犠牲は忘れないぜ。

 

 

 

○●○

 

 

 

 結局桜咲は二日目になっても、三日目になっても戻ってこなかった。班長ですからね私は! と、気取っていた桜咲の気合は空回りだったわけだ。

 

 そんな三日目の夜、何故だか俺は森にいた。

 

「竜崎さん、貴方には道すがら聞いておきたいことがあります」

 

 隣にはグッドマン。いつもにも増してやけに真剣な表情だ。

 

「貴方は何のためにその力を振るうのですか?」

 

 そんなこと――正直考えたことがないわ。

 

 転生していつの間にか得ていた竜王の力。人様の力を拝借してんのかもしれねぇが、今は俺の身に宿った俺の力だ。俺の思うがままに、自由に使ったって文句はねぇ話だろうさ。

 

 だがまぁ、強いて言うならば――

 

「俺の存在理由のためだな」

 

「存在理由? よくわかりませんが、強大な力は無力にあえぐ人のために使うべきですわ。力なき人々のために無心で捧ぐ……それが魔法使いとして正しいことだと私は信じておりますの」

 

 それは大層なこって。しかし百人いれば百人の考えがある訳で、グッドマンの考え方は褒められたことなだろうが俺はごめんだわ、ああごめんだ。

 

 高尚で高潔な理想を掲げるのは人として正しいと思うよ。それに向かって邁進する姿には敬意すら覚えるね。

 この世界の勇者であるネギ少年も自分の目標のために頑張っているということは桜咲から聞いた。なんでもマクダウェルの別荘とやらで修行に励んでいるらしい。魔法先生も一緒になってネギ少年を鍛えているそうだわ。

 

 己を鍛える。

 そのために努力を重ねる。

 故に――人間は素晴らしい。

 

 しかし、古菲や長瀬を送り込んだのは正解だったな。おかげで昔みたいに長瀬も勝負を挑んでくることが増えたし、俺の胃袋は満足ですよ。

 

 ……そういえばネギ少年の姿が宿では見えなかったな。自由行動が終わった後も帰ってきてなかったみたいだし、新田がぷんすかしていたさ。どうやらお嬢様の実家に泊まることになったらしい。ま、いろんな場所に行っていろんな人に出会うのは成長には欠かせないことだわな。

 

「で、なんで俺はこんなところに連れ出されているんだ?」

 

「もちろん――魔法生徒として、正しき行いをなすためですわっ!」

 

 影が身体を包み、黒い道化がぬらりグッドマンに背負われるように現れる。伸ばしたそれは刃のごとく、目の前にいた抜身の刀を両手に携えた女の方へと直進した。

 

「こんばんは、悪竜はん」

 

「現れましたわねっ」

 

 こいつは……ああ、あの時投げ飛ばした眼鏡少女。闇夜に溶けるように地面を這う影をふわりと躱して、にちゃりと妙な笑みを顔に張り付けていた。

 

「どーゆー状況よ」

 

「関西呪術協会の本部が急襲を受けましたの! 私たちはさらわれた近衛さん救出のための応援ですわっ!」

 

 多数の影が槍のように形を変えてグッドマンの周りに集まったかと思うと、眼鏡少女めがけて振り注がれる。それをいなし、弾き、相変わらず妙な笑みを張り付けたままに懐に手を突っ込んだ。

 

 取り出したのはよくわからん紙。投げつけてみれば光が地面を走った。そこから現れたのは赤い肌、虎縞の腰巻、手には金棒、頭には角――鬼だ。他にもカラスのくせに人間みたいな天狗に尻尾を生やした妖狐。大小さまざまな妖怪があふれんばかりに俺とグッドマンの前に姿を見せた。

 

 その中の、ひときわ大きな鬼が予想通りのガラガラ声で尋ねてくる。

 

「いやはや、当代のに出会えるとは長生きはしてみるもんだの。して、わしらに何の用ですかの?」

 

 数多の視線が注がれる先には眼鏡少女――ではなく俺がいた。

 

「俺か?」

 

「それ以外に誰がおるんですかの」

 

 眼鏡少女は張り付けていた笑みを崩してぽかんとしていた。グッドマンも間抜け顔だ。

 

 にしても急に言われると困るな。うーむ首をかしげていれば、ふわりと幽鬼のような雰囲気の桜咲が白い羽を広げて俺と眼鏡少女の間に降りてきた。てか汗クサッ! いつものサイドポニーはほどけてざんばら頭だし、張り付いて塩のふいた制服は乱れて薄い胸が見えてんぞ。

 

「……ク」

 

「く?」

 

「クケーッ!」

 

 怪鳥のような声で繰り出す剣閃は眼鏡少女の下へ。前に夜間警備で見た時よりもかなり鋭くなっている。

 

「いや、刹那センパイとやるんはまた今度で「クカーッ!」待ってくださいなっ!」

 

 ぎんぎん刃を交じり合わせて桜咲は眼鏡少女と森の中へと消えていった。

 

 残ったのは俺と、状況についていけていないグッドマンに俺の言葉を待つ妖怪が多数。

 

「ま、とりあえずグッドマン」

 

「……ハッ」

 

 再起動を果たしたこいつに聞いてみるか。

 

「関西なんとやらはどっちの方向だ?」


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