俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者 作:ぶらっどおれんじぃな
「失礼、麻帆良学園へはこの先を進めばよかったんでしょうかな?」
懐かしいOPにひとり苦笑をこぼしていれば、地面に寝そべりゲームに励んでいた俺の方へと声がかかった。口調は紳士的で、顔をあげれば立ち振る舞いも紳士的で、老年のジェントルマンは帽子を外して問いかけてきていた。
「ああ、この橋を越えればそうだな」
時刻は深夜――と呼ぶにはまだまだ早いが、日は落ち生徒は寮に帰っているころ。
俺は今日も今日とて夜間警備。麻帆良大橋の入り口で、メシを食うための金を稼いでいる訳だ。
なにぶん俺はよく食う。そのうえ良く飲む。ここで稼いだ金がほとんど食費に消えてるっていっても言い過ぎじゃない気がするね。
「では失礼しますよ」
そう言って老年のジェントルマンは俺のわきを通っていこうとする。
なるほど、コイツはジェントルマン気取っているだけのただの馬鹿だ。俺は一人、麻帆良大橋の前にいる。ここを通さないように――まぁ宿題したりゲームしたりはしているが、ここにいる訳だ。
ちなみに今日は中古屋で買った携帯機のゲームソフト。外で据え置きゲームはできねぇしな、暇な夜間警備の時は助かっているわけよ。
と、話を戻そう。とにかく俺は麻帆良大橋の入り口に道をふさぐよう立っている、もとい寝転んでいる訳だ――ということで、右手でゲームをカチカチ進めながら、俺は左手でジェントルマンもどきの腹を貫いてやる。
「そん、なんで……」
多分こいつは俺に対応できると思っていたんだろうさ。なんたって開いた口から洩れる声は驚愕の色に染め上げられていて、かすれるような音でジェントルマンもどきが問いかけてきたからな。
「悪魔を殺して貴方はへい「ゲームの邪魔すんな」……」
だからと言ってそれが俺に何の関係があるんだ? 俺はちゃんと夜間警備の仕事をこなしている。人間殺して給金がパーになる訳でもねぇ。悪魔を、魔物を殺したところで俺に何の揺らぎをもたらすはずがねぇだろ。
ということで、今日の夜間警備は実に平和で楽ちんだった。しかし……この世界のスライムってのは玉ねぎみたいじゃないんだな。そんなことを考えながら、俺はまたゲームの方に視線を落とした。
○●○
コスプレをした学生が見える。巨大なアーチが目に入る。チラシを配る客引きが視界に映る。歓声が町を覆いつくす今日は麻帆良祭の日だ。
まぁ俺のやることは変わらねぇんだがな。いつものように四葉の料理を食べて、酒を飲んで、寝るだけ。豪徳寺がクラスで模擬店、女装喫茶をやるんだと張り切っていたが俺には関係ない話。俺が出たところで客が逃げるだけだし、裏方で料理なんざ作れねぇし。
グッドマンが告白阻止のために特別警備があるんですの、とか言っていたが給金は足りているんで華麗にスルー。模擬店を回り尽して学際特別メニューを食わなきゃいけねぇからな。
てことで麻帆良祭二日目、『超包子』で四葉の料理に舌鼓を打っていたはずなんだが……何故だか俺は龍宮神社にいた。関係者以外立ち入り禁止、とプレートの張られた部屋で、俺は目の前で土下座をする超を見下ろしていた。
「これまでの数々のご無礼、お許しください王よ」
いつものあっけらかんとした声をどこに忘れてきたのか、真剣みを帯びた振る舞いで超は立ち上がる。その目に宿る光はどこかネギ少年に似ていた。
「私は世界を変えるために時を越えたネ」
「はー」
「貴方がそんなことに興味がないのは知っているヨ。でも、もし……もしも私が世界を変えることが出来たならば、その行いが貴方を楽しませることが出来たなら……」
超は苛烈な意思をその瞳に秘めていた。人生のすべてかけているのだと、雄弁に語るその光に、どんなことがあろうとも目的を果たしてみせると誓うその顔つきに、俺は思う。
これだから人間は素晴らしいのだ、と。
人間ひとりはわずかな力しか持ちえない。たったひとりの力では、世界を変えることなんて到底に不可能だ。それでも人間は、運命に抗い、宿命を踏み砕き、手と手を取り合って、己が理想を叶えんと努力し続ける。
ネギ少年は憧れた父を越える立派な魔法使いとなるために。
桜咲はその身に背負った宿命を乗り越えて友を守るために。
超は絶望したであろう運命を変えて進むために。
それは俺には無理な話だ。竜王の力を持った俺には、そしてザジのように定められた魔としての力を完全に持つ者には、己の天井を破壊し新たな空へと飛び出すことはできない。
俺の黒い翼は地平の彼方まで飛ぶことが出来ても、その境界を飛び越えられるのは白い翼をもった桜咲のように、この世界の勇者であるネギ少年のように、目の前で闘志を燃やす超のように――人間だけなのだ。
マクダウェルは――どうなんだろうな? いや、あいつは光の中で生きていけるタイプか。グッドマンやネギ少年との掛け合いを見ていてもそんな感じだしよ。ま、たかだかこうもりおとこもどきだからな。
「私のお願いをひとつ、聞いて欲しいのネ」
逸らすことなく超の視線は俺のそれと絡まりあう。燃える瞳の想いが――ただ俺には心地よく、遠く感じた。
「いいぞ、聞いてやる」
「本当か「ただし今日以降俺の超包子での飲食は全部タダで頼むぜ」おっ、大赤字になってしまうネ……」
たははと笑う超の姿はいつも見るそれに戻っていた。
ま、これで当分俺の食事事情は安定するわけだし、夜間警備のバイトに励まなくてよくなるし万々歳ってやつだな。四葉の料理が財布を気にせず腹いっぱいかぁ……おっと、よだれが垂れちまうわ。
「と、まだ条件がある」
「竜崎サン……条件を盛りすぎていやしないかネ?」
まさか可愛い乙女にエロいことをする気なのカ、と身体を抱きしめ頬を染める額に軽くデコピンをくれてやればうずくまる超の姿を見て、俺は気づけば笑っていた。
「うるせぇよ」
○●○
十数年ぶりに開催された『まほら武道会』。鍛え抜かれた者たちの一対一の決闘は大いに観客を盛り立て、麻帆良に、そして武の世界に大きな1ページを刻んだ。
その中でも一番に観客を、選手たちを震え上がらせたのはエキシビションマッチとして行われた高畑・T・タカミチと竜崎辰也の一戦だろう。
その光景を選手として間近で見ていた当時麻帆良学園中等部三年生の長瀬楓はその戦いを次のように語ってくれた。
あの日――というかあの日はお主、実況席に座っていたでござろう? 詳しい解説が欲しい、でござるか……あいあい、クラスメイトの頼みとあらば仕方がないでござるな。
あの日、相対したのは拙者の知る限り最高の武人と最強の存在でござった。
高畑殿は最高の武人でござる。鍛錬に鍛錬を幾重にも積み上げて、一歩ずつ、一歩ずつ強者への階梯を踏み固めながら進んでいった御仁。故に驕りはなく、慢心もなく、己の弱さを知っているからこそ強くなることが出来た武人の鏡でござるよ。
片や竜崎殿は最強の存在にござる。鍛錬など必要もなく、強いが故にただ強い。虎がなぜ強いのか、という問答を知っているでござるか? その言葉を正しく彼は体現する、生まれながらの強者にござる。
戦いは始まる前に終わっている――とはよく言う話でござる。自身が鍛えているからこそ、自身の強さを正確に把握しているからこそ、相手の力量が解ってしまう。
あの戦いは始まる前にすでに終わっていたでござる。それでも彼が挑んだのは、彼が高みを目指す武人で、後に続く者たちを導く教師で、何より――男の子でござるからな。
開幕の火ぶたは破裂音にて切って落とされたでござる。
腕を組み仁王立ちをする竜崎殿に対し、高畑殿はポケットを鞘代わりに拳圧を放つ『無音拳』という技術を使っておられた。絶えることない拳圧の弾幕、爆竹を鳴らしたかのような破裂音の連続。それを竜崎殿は変わらぬ態度で受けておられた。
次に動いたのもやはり高畑殿。気と魔力を合一させた純粋な力の塊をその身に取り込み――巨大な大砲から放たれたような一撃が竜崎殿に何度も、何度も、執拗に降り注がれたでござる。それでも竜崎殿は平然とし、腕組みを崩さず、ただ高畑殿を見ておられた。
そして訪れたのが……そうでござる、あの状況でござる。あれは拙者の目をしてもすべてを確認することはできなかった。ただ……ただ、あれこそが高畑殿が積み上げてきた日々、武の結晶であることは間違いないでござる。
闘技場を蹴り、高畑殿は上空へと跳びあがり、ちょうど竜崎殿の真上にてあれを放った。
あれは先の無音拳よりも更に速く、巨大な大砲から放たれた一撃よりもさらに重く鋭く、例えるならば数多を貫く槍の如き拳撃の暴風でござった。
実際ふたりが立っていた闘技場はちり芥のように粉砕され、発生させられた衝撃と轟音は観客の意識を刈り取っていったでござる。おろ? そこで意識が飛んだにござるか。それはそれは鍛え方が足りぬでござるな。今度一緒に修行でもどうでござる?
遠慮されるとは悲しいでござるなぁ。と、話を戻すにござる。拙者は一度、エヴァ殿の別荘での修行中にあれを見たことがある。『千条閃鏃無音拳』――それが高畑殿が放った技の名前でござるよ。
拙者があの場に立っていたならば、間違いなく闘技場と同じ運命をたどっていたでござろう。
しかし――わかっていたこととはいえ、やはり竜崎殿はそこに立っておられた。
ほんの少し傷のついた頬に手を触れ、乱れた髪を直しながら、金色の瞳は嬉しそうに高畑殿に向けられて、深紅の舌を収めた口がゆっくりと開かれた。
――才無き身でよくぞここまで鍛え上げた。
そう告げると竜崎殿は拳を一撃。それですべてが終わりにござる。
しかしあの一撃は――おお、古がちょうどよいところできたでござる。あれは専門家に聞くのが正解でござるよ。
えー、何アルか? 師父の最後の一撃について?
むふふっ、私が解説してあげるアル!
師父が放った最後の一撃は間違いなく一発だったアル。でも四発だったアル。
何言ってるかわかんないアルか? でも、あれは一発で四発だったアル。これは私の拳にかけていい事実ネ。
後で師父に聞きに行ったら教えてくれたアル。あれは格闘の極みにある一撃だて。
確か名前は――そう、『ばくれつけん』て言ってたアル!
……およ? 朝倉どうかしたアルか? ちょっと顔色が変アルよ?
○●○
私には追い求め続けた王がいるネ。
名前は竜崎辰也。私の生きた未来に燦然と名を残す世界一有名な存在だ。
彼は誰よりも自由だった。
「超も桜咲と同じで律儀だよな」
麻帆良祭最終日、ネギ坊主にカシオペアを渡し同等の条件で戦った私の戦場で、私は敗北を喫した。未来で英雄と呼ばれる彼はその異名に違わぬ片鱗を私に見せつけ、カシオペアの扱いには一日の長がある私を越えていった。
そんな私を竜崎サンは一笑で切り捨てて、未来に帰るためにクラスメイト達とお別れをする私をかっさらっていった。ここは図書館島、麻帆良の地下深くに根を張った魔法使いたちの秘匿されるべき神秘の詰まった空間だ。
「そんな言い方、しないで欲しいネ。私は貴方のために……」
そこまで言いかけて言葉に詰まる。私は竜崎サンに顔を合わせず帰るつもりだった。あれだけ堂々と宣言し、追い求め続けた王の前で誓いを立て、道化師のように彼を楽しませるためだけに用意した舞台で私は盛大にスベってしまったのだからネ。
合わせる顔がない――それが正直な私の想いだった。
だが、やはりというべきか。竜崎サンはそんな私の想いなど欠片と気に掛けることもなく、私をここに連れてきた。世界樹の根が空間に張り巡らされ、宙に浮くようにかけられた石畳の橋の上で、彼は少し得意げに口を開く。
「ここは俺がいつも宿題をするプライベート空間でな。お前のクラスのジト目のチビには教えるなよ、また人がごった返しちまう」
軽口を叩きながら竜崎サンが手をあげると、通路の奥から地鳴りのような咆哮が聞こえてきた。現れたのは巨大な翼と爬虫類のような容貌を持つ、ワイバーンと呼ばれる幻想の生き物だった。
彼はそれの顎を猫でも扱うように撫でると、ぐるぐるとワイバーンは嬉しそうな声をあげる。
それを引き連れた竜崎サンの後を私は追いかける――王を笑わせることに失敗した道化は処刑されるのが常。このワイバーンは私の命を刈り取る存在なのだろうか。
そう考えると私は覚悟をしていたとはいえ――私の人生のすべてをこの計画にかけていたとはいえ、魂の奥底からくる震えが私の歩みを蝕んだ。足は重く、鈍くなる。それでも竜崎は私に目をくれることもなく、ずんずんと歩いていく。
ようようと追いついたところで、彼は肉まんを手に食べていた。世界樹の幹が地下深くに沈み込むように生えた場所で、いつの間にか傍らに立っていたザジから受け取ったんだろうネ。ザジの手は肉まんをいっぱいに詰めた『超包子』の袋を持っていたヨ。
この空間を私は知らない。麻帆良の中でも最高のセキュリティーをかけられて、覗くことのできなかった場所だ。
「お前が俺に何を望んだのかは知らねぇし、お前に王と呼ばれる筋合いもねぇ」
ここが私の墓場か――そう思い目をつぶった私に、彼は私の覚悟など路傍の石に過ぎないとでも言いたいような口ぶりで続ける。
「だがお前は俺との賭けに負けた……その責任は取るのが筋だ」
そう告げると彼は世界樹を引き裂いた。そこにあったのは黒いローブにくるまれた人影。
「お前は俺を知っているんだろう? だったら見届けろ……俺の存在理由をな」
空間が歪み世界が歪む。これは……転移魔法カ?
「竜崎サン! 貴方は何をするつもりネ!」
私の方をまっすぐ見つめる竜崎サンはいたずらっぽい笑みを浮かべ、四葉に料理を頼むような軽い口調で言ってのけた。
「ちょっくら世界でも支配しようかと思ってな」
ああ、ここまで来てもあなたはやはり自由ネ。
誰にも縛られず、何事をも気にかけず、ただ己のやりたいように進んでいこうとする。
故に私は憧れた。私も貴方のように自由に生きてゆきたいと。
故に私は夢想した。貴方が支配する世界ならば悲しみは消えてくれるのではないかと。
そして――私は竜崎サンたちとともに麻帆良から消え去った。