俺は竜王、誇り高き麻帆良の覇者   作:ぶらっどおれんじぃな

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第七話

 俺こと竜崎辰也は転生者であり、この世界の異物である。

 

 既視感の中の世界で見た『魔法先生ネギま!』の世界で気づけば生きていて、俺の知る『魔法先生ネギま!』とは週刊誌で連載していた漫画で、俺自身がこの世界には本来存在しないはずの人物であると理解していた。

 そんな中で四葉の作る美味いものを美味いと感じる味覚もあれば、桜咲が人の輪の中に入る光景を見て感動する視覚もあり、自覚がーと喚く煩わしいグッドマンのお小言を取り込む聴覚も、ザジが注ぐ酒の匂いを感じる嗅覚も、殴り合ったマクダウェルの肌の柔らかさを触覚もあり、五感すべてそろって間違いなく俺はこの世界で生きているという自覚を持っていた――はずだった。

 

 だが考えてみろ。俺は既視感の中の世界でそれを読み、俺自身を転生者だと理解していた。けれども既視感とは――デジャヴとは、未経験であることは自覚しているが、あたかも遭遇する事を体験しているかのように感じることだ。

 

 転生していたのなら、俺が本当に転生者なら、そんな感覚は覚えるはずがない。記憶の中に、古ぼけて埃かぶっていようとも確かな記憶の中に、俺はそれを覚えていたはずだ。

 

「お前が俺に見せたんだな」

 

 黒いローブの人影にそう問いかけるが人影は何も答えない。

 

 疑問は足りない頭で考えてもまだまだ浮かぶ。もし俺が転生者で、前世を生きていたならなんであんなに宿題に苦労しなきゃいけなかったんだ? 前世の俺が同じように居残り常習犯だったとしても、もう少しうまくやる方法を考えるはずだろ。

 だが俺はしなかった。そんなこと考え着くことすらなかった。

 

 そのうえ、何より、俺は前世でどんな顔をしていて、どんな親から生まれて、どんな友人と生きたのか、どんな人生を生きたのか――それを覚えていない。

 

「もう全部理解しているつもりだ。あれはお前が俺に見せた未来予知かなんかなんだろう?」

 

 歴史を感じさせる石造りの建造物の中、人影は何も答えない。

 

 俺の生きているこの世界に、魔法は元々あったのだ。だが俺はそれを認識していなかった。だから漫画の中だけに存在するはずのそれを既視感の世界で見たときに、これは漫画だと思い込んでしまった訳だ。ありえない髪色の人間がいるからここは違う世界だと。

 

 だがそれは違った。そう頭の中で変換して知りえない情報を知りえる情報として処理しようとした訳だ。

 

 俺は髪を染めたことなんてない――元から俺の髪の毛は、紫色のままだったってことだ。

 

「ネギ少年が進んでいくかもしれない未来、やがて自分を滅ぼすかもしれない存在――」

 

 人影は――何も答えない。

 

 ネギ少年の進んでゆく道を、仲間を得て力をつけ世界を救うために羽ばたいてゆく道を、目の前の黒いローブの人影が予知した未来を、俺は何故か見てしまった訳だ。

 こいつが麻帆良に封印されていて、俺が麻帆良にいたからかね? その辺はさっぱりわからんな。

 

「それを見てお前は何を思った?」

 

 俺の身体は変わる――俺の歯並びはギザギザになり、次いで両手のひらが人間のものじゃない紫の鱗をまとったものに変わり、全身を鱗が覆い、腹には金の皮膚が張り、背中からは分厚い羽が生え、太い尻尾が生えていた。

 

 俺が前世を生きたなら、人として生きたなら、鏡を見たときに映る人の形に疑問を覚えるはずがない。

 

 俺は元々、こうだったってことだわ。

 

 マクダウェルに言わせれば、俺はおかしいらしい。

 人を殺すことに躊躇いを覚えず、たった独りで居ることに寂しさも感じず、力の使い方を考えることもなく、数多の異形を従えて、思うがままに生きる俺は、光の中で生きるマクダウェルに言わせればおかしいらしい。

 

 けどさ、俺にはそれが理解できない訳よ。

 躊躇いを持つ理由も、寂しさを感じる理由も、力の使い方を考える理由も、数多の異形を従える理由も、思うがままに生きる理由も、考えたことすらないね。

 

 てことで俺は向かい合う、目の前の人影に。

 

 俺がお前に思うことはたったひとつ――

 

「生きながらえることしか考えられない愚者よ、世界を躍らせることでしか生きられない弱者よ。貴様如き矮小なヒトガタが勇を持ち進むべき道に蔓延るな」

 

 雑魚め、だ。

 

 瞬間、世界が止まる。突き出された人影の力によって時間が止まる。

 

 だが、それがどうした?

 

 俺は竜王。

 世界に認知される勇者と魔王の饗宴の、その初代魔王を冠したこの『りゅうおう』に、留まることしかできない貴様がなにをする。

 

「雄雄雄雄雄雄雄津!!」

 

 俺は叫ぼう、この胎動を。

 世界に知らしめそう、我は此処に在りと。

 

 咆哮は止まった時間にヒビを入れ、魔法だか何だか知らんがそれを粉砕する。

 

 お、初めて感情を見せたな。だが甘く、ぬるく、遅すぎる。あんぐりと大口を開けて、黒いローブの人影を頭から飲み込んでやる。

 

 味はいまいち……やっぱり四葉の料理のが美味いわ。しかも何か異物が入っているしよ。プッと口から吐き出せば、胃液と唾液まみれの赤毛の男が床に転がった。しかしこの男、ネギ少年にどこか似ているな。

 

 と思ったら頭の中で声が響いてくる。やれあれをしろだの、やれこれをしろだの、やれ計画を実行しろだの。だからといって俺に言わせればへぇ、で、だから、という話。『ひかりのはどう』を唱えてやればスッキリ、頭の中から声はいなくなった。

 

 ぐぐぐっと力を入れてやれば人の姿に変わる。ま、違和感はあるとはいえメシを食うにも酒を飲むにもこっちの方が都合がいいからな。

 

「お、これは?」

 

 手の中に違和感を覚えれば、鍵のような杖が握られていた。しかし解っちゃいないな。竜王の杖といえば決まっているのさ。

 鍵のような杖に力を注いでやれば木製の、竜の頭を模した杖に変わる。うん、これで完璧だな。

 

 ひとり得心しながら振り向いてみれば、いつもの無表情をどこへやったのか喜色満面に顔を染めたザジと、頬を引きつらせて乾いた笑い声をあげる超の顔が見えた。

 

 ま、とりあえず口直しに肉まんでも食うか。

 

 

 

○●○

 

 

 

 いい感じの玉座を見つけて座る俺のそばには三人の人影がある。

 

 ひとりはザジ、これまで見てきたはずの無表情を廃品回収に出したかのように嬉しそうに笑ってら。もうひとりは超、ぶつぶつと呟きながら難しい顔で頭の中を整理しているんだろうさ。そして最後の一人は京都で見た、マネキンみたいな白髪の少年。

 

 いや、ちょっと前まではもう少し人がいたんだがな、なんかしらんが襲い掛かってきてよ。しかしザジって結構強かったんだな。黒く染まった爪を伸ばして褐色長髪の男の首をズバッとやっちまうし。

 

 まぁ俺も頑張ったぜ。ちっちゃい女? をひとのみよ。そいえばそいつもネギ少年に似ていたな。いやー血縁者多いなアイツ。

 

「戴冠、おめでとうございます」

 

 口を開いたのはザジだ。

 

「へいへい……お前はさ、俺が何なのか最初から分かっていた訳か?」

 

「はい。貴方は可能性の芽でした」

 

 難しい表現だな、俺にはさっぱりだわ。

 

「ご存知かと思いますが私は魔族です。魔族というのは実に難儀な生き物でして、私のように高位な存在でないと子を為すことも出来ず、永劫の中をただ生きることしかできないのです」

 

「死なないってことか」

 

「はい。人間界に召喚されても高位の魔法使いが使う魔法、もしくは魔を刈る剣士の秘儀を使われない限りただ魔界に帰還するだけです。そして退屈な日々をただ、ただ、繰り返してゆくのです」

 

 そらつまらんな、退屈だわ。酒飲んで、メシ食って、酒飲んで、メシ食って……まぁ普段俺がやっていることだが、それだけってのは確かに退屈かもしれねぇな。

 

「そんな時、貴方が生まれたのです。貴方は魔族の王と為りえる存在として、我々を導いてくれる存在として、我ら魔族の悲願の末に生まれたのです」

 

「それじゃあなにかネ、お前たちが竜崎サンを生み出したとでも言いたいわけかネ?」

 

 口を挟んだのは超だった。じとりとした視線を微笑みで受け流し、ザジは続ける。

 

「いえ、私たちだけではありません。超さんのような人間の想いも束ねて生まれたのです」

 

 ザジはふわりと俺の前で回ると中等部の制服はどこへやったのか、道化師のコスプレをしていた。物語を語るように、ザジはからかうような口調だった。

 

「退屈なこの世界、残酷なこの世界、悲しみが跋扈するこの世界。もしも我らの生に意味を与えてくれる存在がいたならば、語り草となり退屈を癒すでしょう。もしも純粋な悪として君臨する存在がいてくれたならば、やがて希望が世界を覆いつくすでしょう。もしも強く在り続ける存在がいてくれたならば、あらゆる迷いを吹き飛ばしてくれるでしょう」

 

「それが竜崎サンなのかネ」

 

「王の行軍は我ら魔族の導となり、魔の脈動は人間の世界に光をもたらし、竜の強さはあまねく不安を打ち消すことでしょう」

 

 ……意味わかんね。だが聞いてりゃどいつもこいつも人任せだなぁおい。

 

「貴方がその導として目覚めたのは麻帆良にいたことが大きく影響しているでしょう。彼の者の予知夢を感じ、魔を認識し、その身に秘めた可能性を花開かせたのです」

 

 つまり俺が『魔法先生ネギま!』という物語としてこの世界が進むかもしれねぇ可能性を垣間見て、見事に俺の魔王としての可能性が育ったわけだ。

 

 ……あぁ、だから竜王の姿な訳か。魔王といえば『りゅうおう』ってのは確かにイメージにあったからな。闇と氷の支配者『ゾーマ』も確かにそうだが、初めてってのがやっぱり影響してんのかね?

 

「何でも構わないけれど、僕が言いたいことはただひとつだよ」

 

 言葉を発したのは白髪の少年。マネキンみたいなその眼にまるで人間のような意思を乗せた強い口調だった。

 

「僕は世界を救うために生み出された。それを違えるならば僕は――」

 

 拳を握るその姿を見て、俺はふと疑問に思ったことを尋ねてみることにした。

 

「超は未来から来たんだよな。お前の生きた時代で、俺は何をした?」

 

「いなくなったネ。ネギ坊主たちと魔法世界に入った後にここ、オスティアを塵に変えて。手記――朝倉が描いた手記によれば『飽きた、俺はメシ食って酒飲むだけにする』と言って、それ以降ぱったりネ」

 

 おいおい、よくもそんなヤツに未来を賭けようとしたな。超も意外にギャンブラーってことか。

 

「それでも竜崎サンは誰よりも強く誰よりも自由だった。竜である貴方が生き留まり続けてくれていたならば、人と人が争うことなど出来なかったはずネ」

 

 監視装置ってことか。まぁそんなヤツが介入してくるかもしれないんだったら仲良くしてる方が正解なのかもしれねぇな。核ミサイルかコロニーレーザーみたいだな、俺。

 

「決断をしていただきたいのです」

 

 ザジは俺をまっすぐと見た後、超、白髪少年と視線を移してから口を開いた。

 

「我ら魔族を率いてくださるのか、世界を救うために奮闘するのか、揺らがぬ力の象徴として君臨し続けるのか」

 

 そんなこと急に言われてもな。うーむと首をひねっていると、ふとポケットに違和感を感じた。

 

 ――あぁ、なるほど。俺の存在理由は最初っから決まっていた訳だな。

 

「ところでお前らはさ、ゲームはやるタイプか?」

 

「僕は触ったことないよ」

 

「そんな暇なかったネ」

 

「私も詳しくは」

 

 マジか……まったく駄目だわこいつら。ゲームは素晴らしいね、暇つぶしにもなるし人生を教えてくれる。そのせいで俺のテストは低空飛行なんだがな。

 

 俺はポケットに入っていた携帯ゲーム機を取り出すと、画面を見せるようにしながら先生にでもなった気分で口を開く。

 

「勇者が魔王を倒せば世界は平和になるもんなんだよ」

 

 ま、『破壊神を破壊した男』とか呼ばれるようになるヤツが出てくるかもしれねぇがさ、それ以降は人間の気の持ちようってやつだろ?

 


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