待っていた夜は 作:厨二患者第138号
あと自分の文章力の幼稚さに絶望不可避。
第11話
―――一月三十一日、時刻は午前七時半ごろ。
一歩、二歩と進んで三歩目で止まり、足を擦って下半身を盤石にする。床と密着した足からは慣れ親しんだ木材のひんやりとした感触が伝わってきた。腰を足踏みの上で安定させ、体幹を腰の中央へと
親指を弦にかけて、薬指でおさえる。そして人差し指と中指は触れる程度に添える。天文筋に弓の外側が当たるようにして、親指の付け根と小指の付け根を付けるような動作で弓を握った。
三重十文字を崩さないように弓を打ち起こす。角度は自身に最適化された五十度程である。
見据えた先にあるは射抜くべき黒と白の的。ゆっくりと、ゆっくりと、魂を込めるよう緩慢な動作で水平に弓を引く。体で引くのだ、決して指だけに任せない。
心を静かに保つ。「当たれ」という邪念や欲はどうしても生まれてしまう。だがそれを極限までなくして、射に備えることはできる。無心であることすら意識しない程の無心で、やごろ、矢を離すまで気を込める。
矢の発射。それは葉に溜まった滴が零れ落ちるような、そんなごくごく自然なように行われた。しかしそんな自然な流れであっても、弓と矢に込められた爆発的な感情と勢いは確かに的に届いた。
浮かれてはならない。まだ射法八節が終わっていないのだから。ただあるがままを受け入れて弓を倒す。その後は物見を戻して、穏やかな気持ちのまま静かに足を閉じる。その際、的に対しての感謝の気持ちを忘れない。
射手である美綴綾子は静かに残心を取った。
「やっぱり衛宮には程遠いねぇ、本当に。どうしたらこう、あいつみたいに上手く出来るかな」
「主将だって凄いです。殆ど図星に当たってたじゃないですか」
弓道場に備え付けられた女子更衣室にて。二人の女子生徒が袴から制服を着替えている。
弓道部主将である綾子はため息交じりにそう言うと、その横で後輩である間桐桜がふるふると首を振る。桜から見れば綾子も相当上手である。ただ綾子の言う彼、衛宮士郎は半ば反則染みてるくらいポンポンと的を射るので比べることが間違っているというか、最早一般の域ではないというか、そんな規格外なのである。
勿論桜がそのことを先輩である綾子には言えないし、ましてや桜より弓道を知る綾子からすればより明瞭にその差を実感していることだろう。しかし実感していても納得できる美綴綾子ではない。
元来、彼女の性格には武人の気質のきらいがある。だから目標となる存在がどれだけの高みにいようが、それは綾子の知ったことではないのだ。寧ろ目標が高ければ高いほど燃えるのが美綴綾子と言う女子生徒なのである。
「さて、着替えも終わったし頭を切り替えて勉学に励むとしますかねっと」
また、それと同時に驚くくらい切り替えの早い女子生徒でもある。着替えを終えた綾子はぐんと体を伸ばして背伸びをしながら、彼女の後輩である間桐桜の方を向いた。
「ところで間桐。ここ数日慎二の奴が落ち着きがないように見えるんだけど、最近何かあったりした?」
「いえ、特にないと思いますけど……」
「そっか」
慎二、フルネームを間桐慎二という。間桐、つまり間桐桜の兄であり、綾子と同学年の少し訳アリ男子高校生である。訳アリと言うのは簡単な話で、彼はすっごい性格の悪い秀才系ボンボンなのだ。因みにどうでもいい話だが先の話で登場した衛宮士郎の悪友でもある。
そんな実の兄である慎二を毎日間近で見ている桜が、綾子の感じた違和感などないと言うのだ。自分の懸念が気のせいだと分かった綾子はこの話をすぐに切り上げた。
「よし、それじゃあまた放課後にね。あ、それと機会があったら衛宮に弓道部に戻るよう間桐からも言ってやってよ。間桐も衛宮が戻ってきてくれた方が嬉しいでしょ?」
「え、そ、そんな……」
綾子のからかいに途端に赤面する桜。ご覧の通り、この後輩はその件の衛宮何某にほの字なのである。何にせよそれを先輩でもあり友人でもある綾子が応援しない理由がなく、でも面白いので時折こうして桜をいじっている。
自分がからかわれているなどとは露ほどにも思ってない桜は、ただ顔を真っ赤にしながらあたふたしている。控えめに表現しても美人と言っていい桜の恥じらいは見ているだけでも幸せになれそうだ。実際、もしこの場に美綴綾子の弟、美綴実典がいれば相当悶えたに違いない。二重の意味で。
「ん、青春を謳歌してるようで大変よろしい」
微笑ましいものを見るように(事実微笑ましい)、綾子は顔を緩ませる。とはいえいつまでもこうしている訳にもいかない。そろそろ朝のHRが始まってしまうので、桜に断りを入れてから美綴は教室に急ぎ足で向かった。
「恋愛、か」
教室まで向かう途中、彼女はそんな言葉を呟いた。
道中である廊下はもうHR間近という事もあってか人気はない。各教室からは僅かに生徒らの楽しそうな会話が漏れるだけであって廊下は基本的に静かであった。
「あの人、今は何してんだろ」
それは美綴綾子という一人の少女の話。もう十年も前の出来事だ。それでも色褪せることなんて有り得ない。
十年前、綾子は怪物に襲われた経験を持つ。冗談とか作り話とかの類ではなく、事実として彼女はこの世のモノとは思えない冒涜的なナニカに命を脅かされた。そして、それと同時にとても人間とは思えない動きで彼女を救ってくれた存在がいた。
確か、その名を……
「アサシンさん」
明らかな偽名だが構わない。彼には彼なりの事情があって名を偽ったに違いないのだから。感謝をすることはあってもそのことに憤ったりはしない。ただ少し悲しいのがその件から一度も綾子はその『彼』と会ってないということだ。
容姿を見た限り外国人である可能性が高い。だからもしかすれば母国に帰って今も生きているのかもしれない。しれないが……。
よくよく考えてほしい。化け物というだけでも馬鹿馬鹿しい話なのに、その化け物を退治できるような存在がいるのだ。そんな半ば兵器といっても過言ではない人間が、果たして普通の生活を送れるのだろうか。少なくとも綾子はそうは思わない。
綾子の目から見た『彼』の殺しの技術は現実の代物ではなかった。多くの武術に精通する彼女が断言する。肉弾戦において『彼』を殺めることのできる人間なんて、この世には存在しない。それだけ強く、なによりも殺しが鮮やか過ぎた。
「だから心配なんてする必要はないんだけどさ」
それでもやはり心配だ。
化け物がいて、化け物を操る男が以前冬木市にいた。そして『彼』はあっという間もなくそれらを殲滅した。もしそういった外道を退治することが『彼』の仕事なのだとしたら、彼はいつも危険な目に遭っているという事になる。
ソレは頂けない。
できればもう一度会って、しっかり『彼』にお礼を言いたい。お礼を言って、少しでも恩返しがしたいのだ。それが美綴綾子の切なる願いであるから、お礼を告げる前に死なれてもらっては困る。
「誰を心配する必要がないの? 美綴さん?」
ふと、背後から声が聞こえた。
「ん、ちょっとした知り合いのこと。一度その人に命を助けてもらって。しっかりお礼を言いたいんだけど、今はどこにいるんだか」
振り返った拍子にそう言う。背後から、それも挨拶もなしに『穂群原学園において敵に回してはならない人TOP3』に入る美綴に話し掛ける輩といったら一人しかいない。
「おはよう遠坂。随分と遅い登校じゃない」
「ええ、おはよう美綴さん。最近徹夜が続いて碌に眠れないのよ」
「ふーん。穂群原学園屈指の優等生様が徹夜だなんて、教師が聞いたらびっくりするかもね」
髪をツーサイドアップにして束ね、赤いコートを着た女子生徒が居る。彼女の名は遠坂凛、変人が多い穂群原学園の中でもある意味異彩を放つ優等生である。もっとも、彼女とそこそこ付き合いが長くなれば、彼女が優等生の皮を被ったあくまであるとすぐに分かるが。
因みに、一応綾子とは友人の間柄はである。しかし本人はそこまで人付き合いが得意という訳ではなく、というよりも本人が人を避ける傾向にあるので友好関係としては並みである。
しかし、それでも友人である。だから遠坂に
「そうかしら、人間って一つや二つくらい隠し事があっても不思議じゃないわ」
威圧感を隠す気配すらなく、むき出しの殺意が籠った視線を綾子に向ける。それがおかしい。綾子には遠坂にそんなことをされる云われがない。
「それはどういう意味だい、遠坂? 少なくとも今の話に嘘なんてないよ」
綾子が遠坂の意図が分からず不思議そうに首を傾げると、逆に遠坂の方は顔をしかめる。何か変な事でも言ってしまっただろうか、綾子は今までの会話及びその前の独り言までも思い出してみる。しかしやっぱり心当たりなんてない。そもそも過去の出来事を思い起こしただけで、それは遠坂とは何の関係もない話だ。
「……アサシンって何?」
暫く考える素振りを見せた後、遠坂はそう尋ねてくる。その表情は未だに険しい。
これはやはり尋常ではない。遠坂の不自然な態度、そして何よりも美綴綾子のカバンの中にある大切な
「アサシンさんと知り合いなの?」
「いいから質問に答えて」
質問をする暇すら与えられてないらしい。遠坂は変わらず綾子を睨み付ける。ただ心なしか、少しだけ無表情になったように綾子は思えた。
「……十年前、悪い奴らに絡まれて危なかったところをその人に助けてもらっただけよ」
「ああ、十年前か」
嘘は言っていない。
美綴の警戒交じりの言葉は遠坂の殺気を収めた。そのことに安堵しつつも綾子は一つ気になった。
「ねぇ遠坂。もしかしてアサシンさんのこと知ってたりするの?」
「いえ、私は知らないわ」
「じゃあどうしてそこまで『彼』のことを?」
「だってアサシンだなんて明らかに渾名じゃない。気にならない筈がないでしょ?」
一瞬、遠坂の目が光ったように見えた。背筋にゾクッと冷たいものが走る。
何かを言おうと思った。だが口からは言葉が出なくて、代わりにカバンの中のお守りがブルブルと伝わってくる。カチカチと音が鳴る。それが自分の歯同士がかち合って鳴っている音だと気づく。しかしそれを止めることが出来なかった。止めようと思っても、身体がまるで言う事を聞かない。
間違いない。今、遠坂に何かをされた。
「それじゃあ、美綴さん。そろそろHR始まるから早くね?」
ふざけるな。動けないのはアンタが何かをしたからだろうが。そう言いたいのに、言えない。歯のかち合う音が脳に響き、それと同じく何故かお守りが震える。
動けるようになったのはそれから数分後の事だ。その時には歯とお守りの震えは収まっていた。
HRはもう既に始まっていて担任からは注意を受けた。普段の行いが
あまりにも頭にきたので、問い質してやろうかと思ったのだがやはり止めておいた。それは危険であると、なんとなしに感じたからだ。もしここで遠坂に先程の話をしたものならばきっと良くないことが起こる。根拠のない直感ではあるが、この時の判断は間違っていなかったと後に知ることとなる。
☆
―――時刻は午後八時半ごろ。
その時、美綴綾子は弓道場の出入り口の鍵を閉めていた。この弓道場は校長の意向なのか、高校生が使うには立派過ぎる上に無駄に広い。だから少し掃除をするにしてもかなり時間が掛かってしまうし、部長として部活終わりの最後の見回りをする綾子にとっては地味に頭を悩ませる問題だった。
今はその見回りが終わり、弓道場の鍵を職員室に返したところだ。掃除の行き届いてない場所を発見してしまったためいつもより帰る時間が遅くなったしまったが、後は速やかに帰宅し家族と一緒に晩御飯を頂いてから、趣味の乙女ゲーを攻略して寝るのみ。それは綾子が高校生になってから殆ど変わらない生活サイクルである。
「それにしても、結局アレは何だったんだ」
今朝の遠坂との邂逅。あの時、自らの身に起きた不自然が一体何だったのかが分からない。しかし一つ分かることがある。それはあの不自然は美綴綾子が一般的な営みを続ける上で、全く知る必要のないモノだという事だ。
ならば無理に考えることもないだろう。遠坂とはあくまでも友人。それ以外の事は求めはしないし、それ以外のものにはならないでほしい。遠坂だって少なからず綾子と同じことを考えてるだろう。
だから、この話はこれでおしまいだ。
「……ふぅ、今日は冷えるねぇ、こりゃ」
帰宅の途中、綾子は自身の手に温かい息を吹きかける。こんなことなら手袋でも持って来ればよかったと、今更ながら後悔する。ニュースで今日は暖かい日だと聞いてすっかり油断してしまった。
季節は当然ながら冬である。彼女の住まう冬木市の冬季は基本的に温暖だが、それでも寒い日は寒い。今日はそう言う日だった。
家に到着するまであと数十分、耐えられない寒さではない。綾子はコートのポケットの中に手を突っ込みながら、気を少しだけ引き締めて急ぎ足で帰路を急ぐ。その行動が彼女、美綴綾子の運命を大きく変えた。
―――近くで、まるで金属が何か大きな質量と激突したかのような、そんな爆発的で不快な音が響いた。
危機感を覚えた。人間は己の身に危険が及ぶかもしれないと認識した時、その脅威から自身を遠ざけるためにあらゆる手段を講じる。故に、綾子は音の聞こえた
「なに、あれ」
青い衣装の男が何か棒状の何かで、ローブの女性が放った赤い閃光を弾いていた。
どうも、呼符一枚でマーリン当てました(挨拶)
なんかものすごく評価が上がっててびっくりしました。
総合評価も七百から二千五百まで上がってますし、読者の皆さんには下げた頭が上がりません。
この場を借りて感謝を、ありがとうございます!
でも文章能力だけは残念なことに変わりない模様。