待っていた夜は   作:厨二患者第138号

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第15話

 「そんじゃまぁ、状況の整理といこうか」

 

 時刻は深夜十一時ちょっと前頃。外套の男、アサシンと穂群原学園の女子生徒、美綴綾子の二人は公園のブランコに座っていた。

 

 性別も格好も人種も、何から何まで違う異色の二人が夜の公園に二人きり。それだけ聞けば危険な香りをさせる案件であるが、その空気は割と穏やかだった。少なくとも男の方は。

 

 「状況の整理って言っても、あたし何も知らないんだけど……」

 

 控えめに手を上げながら綾子は恐る恐る申告する。つい数分前までの緊張が抜けてないというのもあるが、夜の公園でしかも男性と二人きりという状況が彼女をよそよそしくさせた。

 

 「まぁそうなんだろうね。供給される魔力も弱々しいし、何より君は魔術師じゃないみたいだし」

 

 魔力、魔術師。この人は何を言っているのだろうか。少なくともそれらは日常会話で扱われるような言葉ではない。おとぎ話やゲームの中でしか聞かないような単語は、あまりにこの現代社会にはそぐわないのだ。

 

 しかし先程の神話の如き戦いを見てしまった手前、その非現実的(ファンタジー)な単語を笑い飛ばせるほど綾子は呑気ではない。彼女の何とも言い難い苦い視線を受けるアサシンは「そこからなのか」とやや驚いたように呟く。

 

 「……ならまずは自己紹介からだ。俺はアサシン。マスター、君の名前は?」

 

 少し考える素振りを見せた後、黒い外套の男はそう切り出した。正直助かった。やっと自分でも理解できる会話が出来そうだと、綾子は安心するように息をつく。

 

 もっともそれもあまり長く続かなかったが。

 

 「美綴綾子、できればマスターじゃなくて名前で呼んで欲しいかな」

 

 「それじゃあ綾子と。うん、この響きは君によく似合ってる」

 

 「―――へ?」

 

 それは不意打ちだった。プロレスで言うなら一対一の試合の最中に横から第三者が乱入してラリアットをけしかけてくるような、そんなレベルの不意打ちである。

 

 ましてや相手が二度も自分の命を救ってくれた男性なのだから、根が乙女である綾子の心に来ない(・・・)筈がないわけで。綾子はほんの少しだけ頬を赤く染めて、すぐさまぷいと顔を背けた。それを認めたアサシンは苦笑いしながら髑髏の仮面を取って素顔を晒した。

 

 「―――あ」

 

 先程は頭を下げていた上に、辺りが暗くて良く見えなかった。しかし今は月明かりに照らされ、真正面からこちらと向き合っているから彼の顔が良く分かる。

 

 十年前と全く同じ人相。特別引き立つ何かがある訳でない。良く言えば一般人である綾子にも親近感を沸かせ、悪く言えば何の面白みもない平凡的な顔つきだ。顔面偏差値を五十ぴったしで行く褐色の青年は、十年前から本当に何も変わってなかった。

 

 「お、よく見ればその杭、俺のじゃないか。一体どこでソイツを手に入れたんだ?」

 

 アサシンが注目したのは綾子が今も握っていた全長約四十センチの鉄製の杭。彼はソレを見て懐かしそうに微笑む。対して綾子の心の中は穏やかでなかった。さっきまでの高鳴りも、アサシンの発言で凍り付いていた。

 

 十年前、あの日の出来事を彼は忘れてしまったというのか? 彼にとってああいった(・・・・・)出来事は日常なのかもしれない。しかしそれでも、綾子にとっては一生の中でも特に特別な思い出なのだ。

 

 「……本当に、覚えてない?」

 

 綾子の口からは呻くような問いかけが零れた。それが少しだけ悲しさを帯びていたのを感じ取ったアサシンは、慌ててこめかみに指を当てて考え始めた。

 

 そうしてしばらくして。アサシンは何か思い出したようにはっと目を見開いた。

 

 「―――覚えてはないが、どうやら記録だけはあるみたいだ。それにその記録にある頃よりも幾分も大きくなってて、名前を聞いても全く気付けなかった。許してくれ」

 

 そう言いながら頭を下げるアサシンに、今度は綾子が慌てて取り繕った。

 

 「え? あ、えっと、その、別に気にしてなかったから! それに十年前も前の事だったし、忘れてても仕方ないというか……」

 

 「いや、既知の間柄だったんだ。初対面にするような対応をされたら腹を立てても仕方がない」

 

 綾子のフォローを自ら積極的に潰していくアサシン。どうやら彼は綾子の思っている以上に、綾子を忘却していたことを恥じているらしい。だからアサシンは綾子が何をしようともしばらくの間、頭を上げてはくれなかった。

 

 「さて、反省もほどほどにして本題に入ろう」

 

 切り替えは速かった。何事もなかったようにひょいと頭を上げてそう言いだしたのだから、綾子はほんの少しだけイラッとした。

 

 「いやね。悪いとは思っているんだけど、俺には実感がないんだ」

 

 と、不機嫌になった綾子を見かねてアサシンはバツが悪そうにそう告げた。少し違和感を覚える言い回しだ。謝罪する前にも言っていたが、彼は覚えてない(・・・・・)のに記録がある(・・・・・)と言っていた。

 

 気づけば最初から違和感だらけだった。

 

 アサシンは最初、綾子とスーツの女の間に現れた。それは彼が戦闘中に行っていた瞬間移動とは違って、まるで何もいなかったところから現出されたかのように見えた。そして人を越えた力に加えて今の発言もある。彼は一体何者なのか、綾子ではてんで検討もつかない。

 

 「―――はっきり言ってしまうと、俺は死人なんだよ。いや、突き詰めていうと亡霊か」

 

 亡霊? 言葉通りの意味を受け取るならば、それは死者の魂の事を指すのだろう。しかし綾子の目の前にいる男は、確かな実体を持ってこの場にいる。その証拠にアサシンは綾子に触れて、この公園まで抱きかかえてきたのだ。

 

 とするならばアサシンの言には矛盾が生じるではないか。

 

 「じゃあ今あたしの目の前にいる貴方は何なの?」

 

 馬鹿げた話ではある。しかしそれを嘘だとは思えなかった。ここまで来てアサシンが綾子に対して嘘をつく理由が見当たらないからだ。

 

 ただ突拍子のない話であるのも事実。出来る限り周りの状況を知りたい綾子は、半ば不審がってはいるものの真剣な面持ちでアサシンの言葉に耳を傾けた。

 

 「最初にも言っただろう? 俺は君のサーヴァントだよ」

 

 それは最初にも聞いた。問題なのはそのサーヴァントという言葉の持つ意味である。正直な話、それなりには頭が働くと自負している綾子でも、まるで要領を得られない。

 

 「あー、こんな説明をされても分からないよな。簡単に言うと、俺は君の召喚に応じた過去の人間だ。そして俺みたいな奴が七人――――――」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 突然だが、どうやら俺はまた冬木の聖杯戦争に呼ばれたらしい。

 

 召喚に応じ現界したと思ったら、目の前に広がっていたのは男装麗人が物騒な顔つきで俺のマスターらしき日本産の女子高生を殴り掛かっている状況。他にも何回か召喚されたという記憶(・・)はあるが、初っ端から危機的状況だったというのはこれが初めてである。

 

 なんとかその場を凌ぎ、後から現れた大先輩の追撃も振り切ってみたものの、今回のマスターは魔術の存在すら知らないド素人ときた。この時点で俺の聖杯にかける願いは絶望的になった訳だが、それ以上に優先すべきは今俺の目の前にきょとんとこちらを見る少女だ。

 

 「……まぁ、つまり君は運悪く魔術師同士の殺し合いに参加してしまった訳だ」

 

 ホント、ご愁傷さまと言いたくなる。千年前の日本ならいざ知らず、現代社会と化した日本の女子高生に神秘による殺し合いの世界など少々刺激が強すぎる。

 

 ともあれ俺は俺の知る知識をマスター、つまり美綴綾子に教えた。出来れば安全な場所でしたかったが何処にキャスターの目があるか分からない。何が起きてもすぐに対応できるこの広い空間が好ましかった。そしたら魔術の反応にも気づける。

 

 綾子は存外、非日常を受け入れるのが速かった。勿論一般人としてはという注釈は入るが、それでも十分だ。彼女は聖杯戦争や魔術師、サーヴァントの説明を受けても多少驚くことはあれ概ね信じてくれた。理性的で、頭の良い子だと思う。普通であれば俺を頭のおかしい不審者と疑ってしかるべきだが、どうやら彼女にその気はないらしい。

 

 その理由は、彼女は一度四次の聖杯戦争で俺と会ったことがあるからだそうだ。確かに俺の脳には美綴綾子という少女の名が記録されている。ただその記録にある綾子の姿と今の綾子の姿は大分違う。いい意味で彼女は良い女性になった。特に体つきが。

 

 「……やっぱり、アサシンは本当に英雄さんだったんだ」

 

 俺の邪な考えなど全く知らない彼女は、「ふーん」と嬉しそうに微笑んだ。そのように面と向かって言われるとこそばゆい気持ちになる。俺としては抑止共の出来レースに乗って座に招かれた身の上だから、正直に言ってしまえばそこまで立派な物じゃあない。

 

 「ま、とは言ってもそう大した存在じゃないけどな。格で言えばさっきのランサーの方が―――」

 

 「でもあたし達にとっては敵なんでしょ?」

 

 敵、と彼女は強調して言った。それがどういう意味を示すか分からない綾子ではない筈だ。だから忠告するように、気持ち低めに告げる。

 

 「令呪の話はした筈だ。教会で俺にある命令をすれば、君はこの戦争に参加せずに済むんだぞ?」

 

 二重の意味で教会にはあまり行きたくないが、一般人の命には代えられない。ともすれば俺のすべきことは決まり切っている。

 

 彼女が無傷でこの聖杯戦争から生き延びるには、教会でマスターとしての権利を捨てればよい。可能性としては半々だが、今回の監督役がきっちり仕事をしてくれる人物であれば、綾子の事も面倒を見てくれるだろう。だから彼女は一言俺に命じればいい。『自害しろ』と。

 

 「そんな事出来る訳ないでしょ。あたしに人殺しになれって訳?」

 

 「人殺しじゃない。この身は元より亡霊の類だ。だからほら、死人が二度死んで誰かが助かるなら、それに越したことはないだろうさ」

 

 それが一番ベストな判断であると考える。魔術師ですらない女子高生と共に勝ち進めるほど、冬木の聖杯戦争は温くない。以前行われた第四次聖杯戦争では、どいつもこいつも一筋縄ではいかない英傑ばかりであった。

 

 しかし、だというのにも関わらず綾子は首を縦に振らなかった。いや、頭では理解していても納得はしてないのだろう。確かに人のカタチをしたモノに自害しろというのも酷な話ではある。だが彼女が生きるためにはそれしか道はない。

 

 「いいか、綾子。君は将来性のある素敵な女の子だ。対して俺は将来すらないただの亡者。だったら―――」

 

 「えーと、令呪をもって命ずる? アサシン、自害なんて絶対しないでねー」

 

 「え?」

 

 その時、目に見えない魔術的な拘束が内側から出現した。それは伝導体に流れる電子のように、瞬間的に俺の体全体に駆け巡った。要するに、これは令呪による制約だ。

 

 対魔力を持ち合わせてない俺にとってそれはあまりに致命的である。抵抗する間もなく、俺の身体は自分の意思とは関係なしに、自分で自分を殺すことができなくなってしまった。本来魔術師ではない綾子の令呪による強制力はそこまで高くない。しかしパスを繋いだことによって流れてくる彼女の感情は、呑気な発言とは裏腹に強すぎるまでに強い懇願の色が滲み出ていた。

 

 理由なんて知らないけれど、ここまで願われては令呪抜きでも死ねないじゃないか。

 

 「……全く、自分からハードモードな人生を選択するなんて。自覚してるか?」

 

 「でも守ってくれるんでしょ?」

 

 「――――――」

 

 俺の皮肉に、綾子は不敵笑ってそう返した。

 

 今どきの女の子は分からない。スカサハやジールの時もそうだが、本当に女性とは俺と同じ人類種なのだろうか。時たまそんな事を考えてしまう。

 

 だって、出会って一時間の関係にしては重すぎる信頼だろう、これは。しかしこれに応えなくては嘘だ。曲がりなりにも英雄を名乗るのであれば、一人の少女くらいは守って然るべきである。そんな師匠の声が俺の頭の中で響いた気がした。

 

 「―――謹んで承知した」

 

 さて、此度の戦も忙しくなりそうだ。

 

 




どうも、型月で一番好きなキャラは七夜志貴(メルブラ仕様)な中二病患者です(挨拶)

意外と綾子の口調が難しい。
皆さんの意見が欲しいので、どうか感想をください(感想難民)

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