魔法少女RIRIKARUなのは ~Rを冠すは人か、それとも~ 作:koth3
できうる限りブロック塀の上など通り夜闇に紛れることで、甲矢は誰にも見つからず孤児院の自室に帰還できた。
夜風に晒され冷たくなった脂汗をたっぷり吸い込んだシャツが肌に貼り付き気色悪いが着替えるようなこともせず、甲矢はベッドへと力なく仏倒しし俯せになる。ベッドの硬くなったバネのスプリングが軋む音が私物のほとんどない自室で虚しく木霊する。
疲労のせいで身体は鉛のように重い。少し動かすのも気力を振り絞る必要がある。億劫だったが仰向けになろうと、甲矢はうめき声を漏らしつつも体勢を変えた。それだけで身体の痛みがひどくなる。荒い息を吐く。息を吸えば多少は痛みもごまかせた。
だが痛みもさることながら身体にこもる熱は焦熱のようで、内側がじわじわと焼き尽くされていく錯覚を引き起こす。血が、肉が、骨が、神経が溶けてしまうかのような極熱。内にこもる熱に身体中が焼かれつくす。それは今まで味わったことのないほどの苦痛で、腸を抉られるようなものだった。
『ナノマシンは正常に稼働しているようですね』
「それはかまわないが、この痛みは、どうにかならないのか」
脳内に直接送られた言葉に気息奄々としつつ甲矢は力なく吐き捨てる。そして自身の胸元に視線をやった。
いつの間にか琥珀色の玉を飾ったペンダントが甲矢の胸元にあった。姿形こそ変えているものの、その玉はLAST-ARROWが変化したものだ。レイジングハートの待機状態を参考に、LAST-ARROWが有する能力の一つである擬態能力を駆使して持ち運びを簡易にしたらしい。
デバイスよりも遙かに高性能だとLAST-ARROWが自負するだけ有り、確かに非常に優れた性能だ。実際LAST-ARROWに予め教えられていた甲矢だが、それでもその機能を直接見たら驚かずにはいられなかったほどだ。
益体もないことを思い出しつつ甲矢が玉を掌に抱え、目線に合わせる。LAST-ARROWは細々と差し込む街灯の明かりを取り込み鈍く輝く。そして静かに断ずる。
『不可能です。現在あなたの身体を襲う痛みは、あなたに注入したナノマシンが身体を作り替えているからです。その熱は細胞レベルで肉体が作り替えられることにより発生するもの。どうにもできません』
「……」
LAST-ARROWのはっきりとした言い分に甲矢は何も返さず、額を腕で覆い隠した。鎮痛剤になるというならば、今なら麻薬だろうが何だろうが躊躇うことなく服用するだろう。幻痛だと分かっていても逃げたくなるような痛みだ。戦場で安楽死が望まれるわけを無理矢理に実感させられた。
ベッドに横たえた身体が一層沈み込む。泥のようにこびりつく疲労を無視し、LAST-ARROWへ語りかける。
「それで、あれは本当なのか」
『あれとは』
「……お前に触れた瞬間、俺の頭の中に様々な光景が広がった。まるでその場にいたかのように、その光景は俺の中に存在するようになった。覚えのない記憶だというのに触覚・聴覚・視覚・嗅覚・味覚すべてが本物のように浮かぶ。まるでその場にいたように。その場で生きていたように。だけど俺はそんな場所に行ったことはない。だって、そこは戦場だ」
『ええ。それらは須く本当にあったことです。あなたの資質を高めるために、私は私に記録されているすべてのデータをナノマシンを介しあなたへ移入しました。あなたがより優れた戦いを行うために。私たちR戦闘機は戦いのために生まれた機体。だからこそ戦うためならば何でもします。戦うことこそがR戦闘機とR乗りの存在理由で有り、存在意義。故に私たちは戦うのです。敵を討つために』
「地獄だな」
『地獄です。だから何だというのです。地獄に墜ちたことのない者の言葉なぞ、私たちからすれば途方もなく軽いものです。悲劇を、慟哭を知らず、美名を叫ぶ。天界に住む人間特有の傲慢さ。地獄の住人からすれば耳を傾ける価値もなく、見るも醜悪なものを晒して誇らしげにしているのです。そしてそれはあなたもそうです。たとえ記録を、記憶を覗いたところで、あなたは体験していない。同情する資格はありませんし、語る資格を有しません』
甲矢は緘黙し、ただLAST-ARROWの一言一言を粛々と聴いていた。全てを聴き終えると、目線を天井にやった。古くさい天井は所々がはげている。
瞳を閉ざす必要もなく天井を銀幕にして記憶が映しだされていく。どこまでも広がる暗黒を泳ぎ、四方八方から星々の光を受けながら、人々は戦い開ける。死と隣り合わせでいなければならないが故に感じる、アドレナリンの多量分泌による酩酊感。口の中に広がる鉄の味。そして果てる間際の冷え冷えとした世界。
そんなものに溺れながら人々は戦い戦い死んでいく。
それに想いを馳せることすら許されないのだろうか。
それは傲慢なのか。救いを想うことは。
であれば人はなぜ戦うのだ。蜘蛛の糸を自ら裁ち切り地獄に次々と飛びこむ。涯てることのない戦いへ。LAST-ARROWは言った。生存のため、生きるため戦うのだと。
だが戦いは生きるためだったとしても、あれだけの地獄を生き抜いてなお生き続けなければならない理由、それが分からなかった。死に物狂いで戦ったならば、安楽を望むのは人の性ではなかろうか。楽になることは生けないことなのか。
記憶は言う。生きろと。死に行くパイロット。回収されることなく宇宙を永劫漂うR戦闘機。それらすべてが叫び続ける。生きろと。
だが何のために生きるのか、甲矢には分からない。
まるで自分が風船のように軽い存在で、生きる、否、死ぬ価値すらないように感じてしまう。
「……ジュエルシードだったか」
『スクライアの一族により発掘された魔法具ですか。それがどうかしましたか』
「後二十個か」
『ええ。スクライアは二十一個のジュエルシードを発掘し、それを紛失しました』
「もし、もしジュエルシードを放置したらどうなる」
『わかっているはずですよ。私が知っていることは最重要機密の情報以外全て伝えましたから。それでも訊くというならば答えましょう。滅びます。この地球が存在する次元は。生きとし生ける命を巻き込み跡形もなく死に絶えるでしょう』
甲矢はその夜一度も眠ることなく、考えていた。
ジュエルシードのこと、魔法のこと、R戦闘機のこと、戦うこと、そして生きることを。
甲矢は太陽光を背に受けながら海鳴の街上空を飛翔していた。その手にはすでにLAST-ARROWが握られており、いつでも攻撃が放てるよう弾薬が装填されている。
飛び行く甲矢の眼下では街が滅茶苦茶となっていた。アスファルトは割れ寸断され、交通は完全に麻痺している。建物は倒壊して瓦礫と化しており、所々で火事が発生し真っ黒な煙が空へ幾筋も伸びている。非難する人の姿も見える。
それらの光景は地下から伸びた植物の根らしきものが原因となって起きた。
十秒前に、突如大地が揺れた。それは地震に似ていたが、初期微動もなく主要動もない地揺れだった。地震になれた日本人ですらあまりに唐突に、一度も経験したことがない揺れに混乱を起こすほどだった。人々はパニック症候群を勃発し、我先にと逃げ出し始め、あわや逃げ惑う人々に甲矢は蹴り飛ばされかけた。咄嗟にLAST-ARROWの機能を利用し、視認されない速度で上空に逃げたことで危機を回避した。
そして上空に飛んだことにより、甲矢からも何が起きたのかが分かった。
LAST-ARROWにより注入されたナノマシンにより強化された視力が、遙か遠くにそびえ立つユグドラシルを想起させる巨大な樹木らしきものが、際限なく成長を繰り返しているのを捉える。
樹木が巨大化すればするほど根らしきものも比例して伸びていき、地中から飛び出た部分が増え地上をなぎ払う災厄の軛と化している。
【高町、聞こえるか】
【う、うん。聞こえるよ】
脳内に存在するナノマシンを介し高町へすぐさま連絡をとる。
動物病院前での死闘を繰り広げた後、甲矢は高町と約束通り接触した。その際高町はジュエルシードの封印を自分が行うと宣言し、甲矢もまたそれに協力することにした。
実際高町は非常に強力な戦力だった。甲矢の能力はほとんどすべてが攻撃的なものばかりで、ジュエルシードを安全に処理することは不可能だった。封印魔法を使える高町の存在は、ジュエルシードの封印・回収作業において絶対的に必要なものだった。
故に今、甲矢は高町へと連絡を真っ先に行った。
ジュエルシードの暴走体を抑えることは甲矢にもできるが、ジュエルシード自体を押さえ込めるのは高町だけだから。
【今どこにいる】
【えっと、あのジュエルシードの近くにあるビルの屋上だよ。目の前に大きなスクリーンがあるところ】
【分かった、すぐ向かう】
ナノマシンによる連絡を絶ちきり甲矢は概観する。ビルの屋上に人影がある。逆光でくわしくは分からないが、非難するそぶりも見せないことから高町だと確信し、甲矢は風を切る。数秒も経たないうちに、高町のいるビルにたどり着く。すでに高町はバリアジャケットを纏っており、今すぐにでも戦える状況だった。
「またせた」
「ううん、でも、早くしないと街が」
そう言うや、高町は飛行魔法を発動し、暴走体へ猛進してしまう。
「なっ、待てッ」
いつもならば甲矢と高町は入念な戦術を立てて事に当たる。甲矢はLAST-ARROWから、高町は小動物改めユーノ・スクライアからジュエルシードの危険性を説かれている。故に封印作業に当たるに、その行動は慎重に行う必要があると知っていたからだ。
だからこそ今まではジュエルシードの暴走体各個に対策を立て確実に、そして安全に回収してきた。
だというのに今回に限り高町は策を立てず、端から見れば無鉄砲に回収しようとしている。
空を飛ぶ高町めがけ、根らしき部分が地中から襲いかかる。素早く的確に根へと照準を合わせ、甲矢がLAST-ARROWを通じて超高速電磁レールキャノン、通称バルカンを放つ。音速を悠々と超える弾丸は、人体よりも遙かに太い根をたやすく引き裂く。
半ばから千切れた根の先は、重力に引かれ落ち地響きをたてる。逃げ惑う人々の悲鳴が劈く。
だがそんなことを気にする暇はない。高町を根が次々に襲う。
それら全てを甲矢はバルカンで撃ち落としていくが、次第に撃ち落とすまでに時間がかかるようになっていく。甲矢の攻撃手段であるバルカン、その本質は超高速電磁レールキャノン、すなわち超高度な科学技術によって造られた兵器である。それも現在研究途中のレールガンを上回る破壊力を機関銃の如く連射するという恐ろしい威力を誇る兵器だ。たしかに戦場では頼りになるが、そのあまりの威力のため、市街地戦には全くもって向かない。被害を気にしないのであれば話は別だが、さしもの甲矢もそこまで非人道的な手段を執ろうとは考えていない。そのため、バルカンを放つにもよくよく狙いを定め、さらにはその攻撃が根を貫通した後、被害を出さないような状況でなければ撃つことができない。
そのため本来ならば鎮圧などたやすい敵であろうとも、甲矢は後手に回らざるを得ない。後手に回るのならば僅かなタイムロスが発生する。一つ一つならばまだしもそれが積み重なれば、必然タイムロスは膨大になってしまう。
その結果根一つに対する制圧射撃が遅くなり、その遅延が次なる敵の足止めにかかるまでの時間を遅らせる。援護射撃が遅くなればなるほど高町が危険にさらされてしまう。
甲矢がどれほど奮闘しようが、撃ち落とされていくものの根は少しずつ高町に近づいていく。飛行魔法を活用し縦横無尽に飛ぶことと、甲矢の後方からの支援射撃とで、根による波状攻撃に晒されながらも高町はなんとか避けていた。
攻撃に晒され体勢を崩しているという無茶苦茶な状態であるが封印魔法を大樹の中心へと放つ。今までどんな暴走体をも封印してきた魔法だ。確固たる自信で放たれたであろうそれは鮮やかな桜色の光の塊となり暴走体へ迫る。
これで終わり。甲矢ですらそう確信した。
然れども今回のジュエルシードの暴走体はこれまでの暴走体と比べ別格だった。攻撃に使っていた根や、伸ばし続けていた根を重ね束ねることで分厚い楯を造りだすと、高町の封印魔法を凌ぎきった。
「そ、そんなッ」
すぐさま甲矢は飛び出した。一瞬で高町の元へ飛ぶやその軽い身体を担ぎ上げ、問答無用でビルのところまで下がらせた。
その間に分厚い楯はほどけ、先程まで二人がいた場所をらせん状に括られた根がいくつも穿ち抜いた。破城槌を思わせるその光景に二人は顔を青ざめた。
ひとたび食らえば風穴が穿たれることは想像に難くない。唾を今更ながらに呑み込むと、甲矢は高町の肩をつかみ激昂した。
「馬鹿ッ、なんであんなことした」
「だ、だって。だって全部、全部私のせいなんだもん。私のせいで」
顔をくしゃくしゃにゆがめ、高町なのはは涙ぐむ。必死になってこらえているのであろうが、その努力の甲斐なくとうとう堕涙してしまう。追い詰められたような泣き顔に、甲矢は身を強張らせる。
「まって、まってくれ、なのはのせいじゃないんだ。なのはだけのせいじゃ。僕も悪いんだ」
スクライアが甲矢を止めようと必死に叫ぶ。
感情が爆発してしまった高町より冷静なスクライアの方が事情を訊くに適していると判断し、甲矢は詰問する。
「どういうことだ」
「僕たちはさっきあのジュエルシードとすれ違ったんだ。でも僕たちは勘違いだって放置しちゃって……」
罵倒を浴びせかけようとしたが、すぐさまそれを飲み込んだ甲矢は、額に両手を押し当て顔を下に向ける。血が頭に上り、視界がチカチカと明滅するのを無視する。身体の震えを押さえ込み、血流で集まったナノマシンの作用により冷静になるのを一旦待つ。自らを客観視できるようになってから顔を上げる。
「過ぎたことを言っても仕方がない。今は兎に角ジュエルシードの暴走体をどうにかすることを優先しよう。悔やむのは、後だ」
「う、うん。でも」
「もし後悔しているというならば、さっさとアレを片付けるぞ。それが償いになってくれるだろうよ」
『それでどうする心算ですか』
LAST-ARROWが訊ねる。膨大な情報を蓄え、現存するスーパーコンピューターを遺物と言い張れる性能を持つLAST-ARROWだ。とうに最適解を導き出しただろう。その上で訊ねられた問いに甲矢は素早く答える。
「高町だけではあの楯を貫けないだろう。だとしたらあの楯を俺が相手取ることで囮となっている間に高町が封印を行うか、強力な攻撃で楯を貫いての強行突破しかないだろう」
「で、でも私の魔法は防がれちゃったよ。強行突破なんてできないよ」
「悪いが高町、弱音は受け入れない。俺ではジュエルシードに有効な手段がない。お前だけしかジュエルシードを御することはできやしない。泣き言を叫ぼうが、俺は無理矢理連れて行くぞ」
「……ううん、私がやらなきゃいけないんだよね。私がやるべきことなんだ」
そういった高町の顔は先程までと全く違った。
今し方までは泣きじゃくる女の子、そんな印象だった。だが今は違う。その顔は力強い意志で輝いている。たとえ壁にぶつかろうともそれを打ち砕き、前に進むという不屈の闘志で。
なにかががらりと変わった。全く同じ人間とはとうてい思えないほどに、高町は急速に円熟していた。
吃驚を覚えるがLAST-ARROWの言葉に甲矢は優先すべきことがあると意識を置き換える。
『具体案は』
「待て、その前に戦力分析だ。これから俺が言うことが間違っていたら指摘してくれ。敵対勢力はジュエルシード暴走体。特徴としては根のような部分を利用した高度な迎撃能力を有する。地下から現れる根は遠距離からならまだしも至近距離で唐突に現れたら迎撃するのに厄介だろう。また根を束ねることで強固な防御力を持つ楯を作り出す」
『主観的な意見は省きなさい。戦力を分析するということは、普遍的に情報を共有すること。客観的な事実しか認められません』
「分かった。気をつける。そして味方勢力は九条甲矢・LAST-ARROW・高町なのは・レイジングハート。戦域は海鳴市全域。ビルなどの障害物が有り、行動を阻害されやすい。さらには開け放たれた場所のため、隠れるのも困難だ。勝利条件は今までと同じようにジュエルシードの暴走体の破壊ないし封印。敗北条件としては高町なのはの戦闘不能。レイジングハートの損壊。海鳴市の存在を維持できなくなるほどのダメージが街に与えられること」
高町がつばを呑む。しかしその瞳は相変わらず力強く輝いており、弱音を吐く様子はない。それどころか暴走体を必ず封印すると言わんばかりの覇気を発している。
『なるほど。問題はありませんね。ではそれをなしえるための戦術は』
「二人だけだが長蛇の陣を組み、敵防衛兵器の群れを突破する。速力・火力共に優れる俺が先鋒となり敵の防衛ラインに鏃を撃ち込み穴を開ける。高町は俺の後を追随し、その穴から暴走体本体へ魔法を放つ」
『及第点と致しましょう』
高町へ目線をやれば一度静かにうなずき、甲矢の作戦に賛同した。
であればいつまで時間を無駄にしているわけにいかない。今もなお大樹は生長し、海鳴市に外傷を与えている。出来るだけ早く封印する必要がある。
ビルから二人が飛び立つと、作戦通りに高町が追いつける程度に抑えた速度で甲矢が先行し、その後ろを幾分離れて高町が飛ぶ。
近づく二人を敵と認識したのか、根が迎撃に迎えでる。
植物とはとうてい思えない柔軟性を見せつける根は、全方位からタイミングをずらし次々に襲いくる。時に薙ぎ、時に穿つ。空間そのものを圧殺せんとばかりの本数で。
避けることを許されない甲矢は迎撃せざるをえない。圧倒的数の差だというのに前進を止めず、迫り来る冷酷な死の鞭を相手に、臆することなく撃ち抜く。
だがそれは先程の焼き直しに過ぎず。時が過ぎれば高町の援護をしていたときのように追い込まれていくだろう。時間との闘いだ。僅かでも脚を緩めれば、待っているのは死だけだ。眼前僅か数メートル先を根が通り過ぎる。根に叩きつけられたアスファルトが砕ける。だがそれでも放たれた二つの矢は勢いを失うことなく突き進む。
迎撃、迎撃、迎撃――。
力尽くで防衛ラインに穴を穿ち突き進む二人。根の迎撃が激しくなる。先よりも根の数が増えている。
「しまッ」
真下という死角から根が生え、甲矢を食い破らんと襲い来る。すでに迎撃不能な距離。できることはただ一つ。祈ることだけだ。甲矢は奥歯を噛みしめ顔を歪める。
「ディバインバスターッ」
然れど甲矢が抱いた死という予想は高町なのはにより覆される。桜色の魔法が眼下の根をなぎ払い一掃する。強烈な攻撃は根の戦力を消耗させ、連携を崩させる。
これが最後のチャンス。甲矢は直感で理解した。
「全速だッ。ここで決めるぞ」
「うん」
さらに二人の速度が上がる。根を置き去りにした二人は鏑矢となる。
暴走体は止まらぬ二矢を防ぐために先刻よりも分厚い楯を作り上げる。高町の砲撃魔法すら防ぎきった防御力を誇る楯をさらに頑強にしたものだ。高町の魔法では貫くことは絶対に出来ない。とはいえここまでくれば後は甲矢がただバルカンを楯めがけて撃って足止めすれば良い。被害が出ないように制限してきたこれまでと違い、バルカンは本来の連射を浴びせかける。バルカンを防ぐために、先程まで二人を邪魔した根すら楯に加わっていく。幾十、幾百もの層でできた重厚な楯。さしもの超高速電磁レールキャノンといえども、それら全てを撃ち抜くことはできやしない。
だがそれで構わない。楯を押さえ込むことこそが甲矢の仕事。その間に高町が本体へ封印魔法を行う。それが作戦だ。
「きゃあッ」
だがどれほど策を練ろうとも、時に簡単に覆されることもある。そう、たとえばたった一つの伏兵で。
すべての根は防御に回った。そう思っていた。しかしたった一本だけ、地下に潜り隠れていた根があった。それが高町の真後ろから襲いかかる。
砲撃魔法を主体とする高町は有り余るパワーを擁する代わりに小回りが利かない。いまさら後方へ攻撃をすることはできないだろう。であれば、このままならば高町は根の攻撃を無防備な背で受けなければならない。そうなれば間違いなく高町は死ぬだろう。
急速に変わる戦況、敗北の瀬戸際となった現状を打破しようと甲矢の脳がフル回転する。なんとしてでも高町を落とすわけに行かない。であればどうするべきか。
思考が切り替わる。否、思考が強制的に変えられていく。
余計な考えは消え去り、ただ勝利のために思考が限定される。楯を無力化しつつ高町が撃墜されるのを防ぐ。ただそれだけを為す機械へと変貌する。
バルカンを撃つのをやめる。この状況でバルカンは役に立たない。だから武装を変える。
LAST-ARROWが震える。搭載している武装が切り替わる。
撃ち抜く。その意志と共に放たれたのはバルカンと比べれば遙かに遅い弾だった。それが楯めがけて進むやいなや、高町と背中合わせの位置へ甲矢は最高速度で飛ぶ。
「そのまま行けッ」
返答はない。高町はただ前を見据え飛ぶ。一切の恐怖を抱えることなく。
その信頼に応えなければならない。自由を失った思考の片隅で、甲矢はそれだけを考えていた。
甲矢が根へ狙いを定める。その瞬間、先程撃ち込んだ弾が楯の表面に接触した。轟音と爆炎が広がる。焦げ臭い黒煙が立ち籠めるが、高町なのはによってすぐに吹き飛ばされる。黒煙があった場所には何もなく、その先にある暴走体は無防備な腹を見せつけていた。
甲矢が武装を再び切り替えバルカンで最後の根を撃ち抜く。高町が暴走体の核であるジュエルシードを封印魔法で撃ち抜く。目映い閃光が広がり、光が消え去るころには、暴走体の姿はどこにもなかった。
封印に成功した。二人は勝利した。
三度同じビルの屋上に降り立つ。一挙に疲労が押し寄せ、二人は互いに背中を預けるようにへたり込む。甲矢に至っては無理矢理に使わされた普段使わない脳の代償か、ひどい頭痛まで覚えていた。
誰も何も語らない。そんな時間が過ぎていく。気がつけば、太陽は沈みだし夕日が差していた。
高町がぽつりと呟く。
「私ね、今までジュエルシードを集めるのはユーノ君のお手伝いだって思ってたんだ。落とし物を捜す手伝いだって。でも、それじゃだめなんだね。それは私の、私がジュエルシードを捜す理由じゃないんだって気づいたの。……うまく言葉にできないや。でも、私はもうこんなの見たくない。だからこうならないようにジュエルシードを集めるよ」
立ち上がり埃を払うと、高町は別れを告げて去って行った。
残された甲矢は屋上の手すりに身体を預け、沈んでいく夕日をずっと眺めていた。
「高町、お前は凄いよ……」
ただ一人夕暮れの世界に取り残されて。