魔法少女RIRIKARUなのは ~Rを冠すは人か、それとも~ 作:koth3
やせ細り、ごわごわした煎餅布団から、甲矢は身を起こした。ふと窓から差し込む陽光が目に突き刺さる。咄嗟に手で光をさえぎようと腕を上げた。
静電気のようなしびれが腕に走った。手の感覚が失われ、動かない。なのに鈍い痛みだけが脳髄に押し寄せてくる。
どこか冷静な思考がダメージの深さを推し量ろうとする中、甲矢は奥歯を噛み、布団に顔を押しつけ呻き声を押し殺す。おそるおそると腕を動かす。痺れはある。だが身動きはできた。布団から顔を上げた甲矢は、しばし押し黙り、じっと扉を凝視し、耳を澄ませる。
辺りの音が耳になだれ込んでくる。小鳥の鳴き声、時計の針が進む音、甲矢の他に厄介になっている孤児達の笑う声も聞こえる。
押し殺した痛みと精神的な疲労をのせ、ゆっくり息を吐く。肺へと空気がなだれ込む。一瞬だけ世界が白く染まる。どうやら息を止めすぎたようだ。鮮明な視界を取り戻すと、甲矢の身をむしばんだ痛みが多少治まる。
「フィジカルチェックを」
甲矢の言葉に呼応して、視界に人体をデフォルメした身体図が浮かび上がる。身体図にはナノマシンによりチェックされた甲矢の身体状況が表示されており、表皮・筋肉・骨・神経のいたる箇所にダメージを表すサインが見られる。回復を優先すべきだ。
しかし今は危急だ。動けるのならばと、身体のチェックを終えた甲矢は瞬きを行う。身体図が消えさった。
「休みすぎたか」
カレンダーを確認すれば、甲矢がジュエルシードを破壊してからすでに数日が経っていた。その間、念話による定時連絡によれば、なのは達はジュエルシードを見つけられていない。
今もこの海鳴には、世界を吹き飛ばす地雷が人知れずエネルギーを蓄えている。
動悸がはやまる。すぐさま正常な状態にナノマシンが修正を施す。しかし胸の上に重い球を乗せられたような苦しみは消えない。
行動を。
突き動かされるままに寝間着を脱ぎ捨てる。服を脱いだ際に己の二の腕が目に入り、動きが止まった。
甲矢はじっと己の身体を観察した。波動砲の余剰エネルギーの反射で焼け落ちた肌はすでに再生して元通りになっている。その下に、年齢に見合わない筋肉が発達していた。
数日前まで甲矢の身体は普通の子供だった。人より鍛えていたわけでも、特別筋肉がつきやすい体質というわけでもない。見慣れない筋肉をなでた。硬い。自分の身体ではないようだ。
甲矢は着慣れた草臥れた服でそれらを隠し、人目につかないように孤児院から抜け出した。
外は春真っ盛りだった。穏やかな日差しが降り注ぎ、潮風が鼻をくすぐる。近くの公園からは子供達の遊び声が聞こえてくる。母親らしき人々の話し声もする。楽しそうだ、誰もが。
甲矢は影から影を伝い移動する最中、幾度も彼らを見た。皆笑顔だった。甲矢は暗闇からのぞき込み、そしてすぐに顔を背けた。その光景を目にすると、何故か身体の痛みがぶり返してくる。
建物の影に隠れながら脂汗を滴らせ、甲矢はLAST-ARROWを握り締めた。丸い球体は冷たく、火照った身体には毒だった。
「search modeを」
『了解いたしました』
超音波・磁気・電圧をはじめ、さらには波動エネルギーがLAST-ARROWより放たれる。それらはただ物のありかを突き止めるのみならず、原子レベルでの情報収集をも行う。あっという間にスーパーコンピュータですら処理落ちする量となった情報がLAST-ARROWによって集められていく。
それがサイバーコネクトにより神経レベルでLAST-ARROWと同調している甲矢の脳内にも送られる。
頭の中が送られる情報で一杯になる。自分自身がCPUになったようだ。まだ十齢にも満たない脳髄が、性能限界を無視され酷使されていく。
視界が歪む。LAST-ARROWにより改造された甲矢の脳ですら、膨大すぎる情報量に耐えきれない。
限界を迎え、甲矢は膝をつく。頭が細胞レベルまで分解されそうな痛みに頭を抱える。脳内を巡る情報が甲矢の全てを上書きしていく。記憶のいくつかが闇にこぼれ落ちる。九条甲矢の好物はなんであったか。ケイ素だっただろうか。
鼻から熱いものが流れ落ちる。視界が赤く染まる中、ようやくジュエルシードのエネルギー反応を見つけられた。
すぐさま送られる情報をカットする。甲矢は立ち上がり、鼻をぐいと乱暴に拭い去る。
「出動だ、LAST-ARROW」
LAST-ARROWを杖形態に擬態させ、ジュエルシードめがけ甲矢は空を飛ぶ。
甲矢がジュエルシードの反応地点に駆けつけた時点で、すでになのはと金髪の魔法少女が海鳴市の公園にいた。ユーノと狼もそれぞれの魔法少女の傍らにいる。公園の中央でジュエルシードを前に、彼女たちはお互いにらみ合っている。
遙か上空から現状を認識した甲矢は、隼のように急降下を行う。
風がびゅうびゅうと耳を叩く。隕石のように甲矢が降下していく最中、強化された動体視力が、世界をスローモーションに見せる。魔法使いですらなしえない速度で地面に迫る。地面の砂粒が大きく見えてくる。激突間際に難なくクイックターンを行い、地上から十センチメートル程度の高さで停止した。甲矢の手にはジュエルシードが握られている。
エネルギーはそれほど高まっておらず、暴走の危機は少ないだろう。甲矢は人心地をついた。
にらみ合う四対の目が、甲矢を射貫く。誰もが目を丸くしている。
「甲矢君!? なんで!」
「高町、早く封印処理を。また暴走されると面倒だ」
なのはが甲矢に対し、強い口調で詰問する。レイジングハートをひしとつかみ、眉根を寄せ甲矢を瞠視する。その様はか細いながらも、なぜだか野に咲く花のように力強くもあった。
甲矢はなのはから視線を外す。顔を合わせぬように、なのはへと手に持つジュエルシードを渡そうとした。
ふと砂を噛む音が聞こえる。
音がした方へ甲矢は素速く杖を向ける。
金髪の魔法少女が今にも飛び出しそうな姿勢で甲矢を睨む。突きつけた杖を物ともせず、金髪の少女の敵意が甲矢の肌を刺す。
甲矢は視線と僅かな動きで牽制を試み、金髪の少女をその場に縫い止めた。素速く現状を確認すると、優先順位を脳内で決定する。
流れるような動作で甲矢は超高速電磁レールキャノンを少女へ放とうとした。
しかし金髪の少女の近くにいた狼が人間に変貌し、少女を抱え甲矢の杖先から逃れてしまう。射線を確保しようと杖先を再び向けるが、少女達はなのはを巻き込みかねない位置に飛び退っていた。
咄嗟に杖を上空へ向ける。
「アルフ!?」
「駄目だ、フェイト! アイツの魔法は危険すぎる!」
超高速電磁レールキャノンの威力は凄まじい。そもそも宇宙空間をはじめ、広大な空間でも使用でき、目標達成を阻害する障害を払いのけるだけの力を有するからこそ、R戦闘機に正式採用された兵器だ。絶大な威力を誇る超高速電磁レールキャノンを、考えなしに地上で放とうものならば、目標以外の多くのものを巻き込んでしまう。
視界の端に映るなのはの存在に、甲矢は攻撃を中断せざるを得ない。
甲矢とフェイトと呼ばれた少女のにらみ合いが続く。フェイトは甲矢の挙動に最大限の警戒を払っているようで、鋭いまなざしを向けてくる。
甲矢もまた、フェイトに対し警戒を払う。
フェイトのそばで牙を剥くアルフが甲矢を襲うことはないだろう。うなり声こそ上げているが、にらみつけている目に力はない。杖先を異常なまでに見詰めている。フェイトがいなければそのまま逃げてしまいそうだ。
過剰に怯えた存在は、もはや戦えない。記憶に刻み込まれた軍人達の記憶が甲矢にそうささやく。
地を蹴り、宙へ飛ぶ。
射角さえつけば、超高速電磁レールキャノンを放つことも不可能ではない。再び破壊の弾丸がその火を噴こうとする。
しかし――。
「それ以上の戦闘行為は止めてもらおう」
甲矢よりもさらに上に、一人の少年が現れた。肩に棘がついているのが特徴的な黒い服を纏っている。そしてなのは達とよく似たメカニカルな杖を片手に携えていた。
魔法使いだ。
甲矢は一瞬で判断を下す。
少年の頭上をとり、脳が命ずるまま、手に持つ杖を少年めがけてつく。
狙いは延髄。砕ければ死が待つ急所の一つ。
あと少しLAST-ARROWを突き出せば、少年は死ぬ。なんの感慨もなく少年を殺そうとしたとき、強化された目が、見上げているなのはの顔を入れてしまう。突如動きが強張る。なのはの顔を見ると、甲矢は動けなくなった。さび付いた歯車のように節々が強張り、それ以上動けなくなる。
身体には異常がないというのに。
「なんて速さだ!」
振り返った少年が甲矢から飛び退る。絶好の機会を逃してしまった。甲矢とLAST-ARROWならば再び不意を突くのは不可能ではないだろう。それでもなのはがいるこの場所で再び先程のような攻撃を行えそうにない。理論的ではない思考が先程から溢れ出す。
甲矢はナノマシンに命じ、何度もその思考を消していくが、消せば消すほどそれ以上の滅茶苦茶な考えが溢れ出してくる。
咄嗟に片手で頭を押さえつける。脳内に流れる血流が減少し、思考が鈍くなる。余計な考えは減った。
息を整える。落ち着いて、余計な感情を殺していく。
「動くな。君が持つそのロストロギアを渡してもらおうか」
少年に対する甲矢の回答は、音速を超える
衝撃波が甲矢の四方八方に放たれる。その衝撃波をも甲矢は飛び越える。つきだした掌から鈍い感触が伝わる。心臓を狙った掌底が僅かにそれ、少年の脇腹に食らいついていた。掌から伝わる肉が潰れる感触と、少年の内側から響く軽い音に、肋の一本を砕き、内蔵にもダメージを与えたのを確信する。そして、自らの手首の関節が外れたのも、認識した。
甲矢の予想以上に少年のバリアジャケットの防御能力は高いようだ。
吐き出された少年の血が、甲矢の頬に飛びかかる。甲矢は外れてぷらぷらと頼りなく揺れる手首をもう片方の手で掴む。手首の関節を苦悶一つ漏らさず入れ直す。すでに関節が外れた程度の痛みでは、苦しいと思わなくなっていた。
両手を動かせるようになった甲矢は、脂汗を垂れ流し、くの字に折れたままでいた少年を、拘束する。杖を取り上げ膝を使いへし折る。ユーノの情報から、魔法使いは杖がないと複雑な魔法が使えないということは知っていた。
杖が折れた瞬間、少年の抵抗が強まった。獣のような咆哮が少年の口から飛び出す。しかし甲矢は、淡々と燃えさかる少年を押さえ込んだ。少年の親指と人差し指の間を圧迫し、激痛を与える。
少年の呻き声が漏れるが、甲矢は消して力を緩めない。
「アークセイバー!」
飛来音。何かが高速で迫っている。
視界の端から金色の刃が迫り来る。フェイトの魔法のようだ。
フェイトの送る視線は、甲矢が持つジュエルシードへ一心に向けられている。
迫り来る魔法に対し、甲矢は少年を盾とし、直撃を避けた。刃が少年に食い込む。刃に込められたエネルギーが少年にダメージを与えながら膨張していることに気づき、甲矢は少年を蹴り飛ばしその場から離脱した。
小規模な爆発が起きる。顔と心臓をかばう。爆風にあおられはしたが、甲矢にダメージはない。精々聴覚が鈍った程度だ。魔力素の燃焼により、先程までいた空域では煙が立ち籠めている。火薬が燃えた後のような臭いが風にながされてくる。
「向こうから動いてくれるなら好都合だ」
杖を向ける。爆発の煙は納まっていないが、超高速電磁レールキャノンならば両者を一度に屠ることはできる。
「やめてぇーーーっ!」
だがなのはの叫びに、甲矢は超高速電磁レールキャノンを放つことはできなかった。
なのはが甲矢の射線に飛び出し、大の字になり後ろの二人をかばっている。
「もう、もうこれ以上はやめてよ。それじゃ、ただの暴力だよ」
立ちはだかるなのはの瞳からは一筋の涙が静かに流れていた。白光に照らし出される涙は水晶のように透き通り、日の光にくるまれたように温かだった。それがなんであるかを忘れてしまったが故に、甲矢にはそれがとても尊く見えた。
なのはと甲矢は向かい合ったまま、動かなかった。たたじっとお互いの目を見詰めていた。
その間に、飛び出してきたアルフがフェイトを抱え、転移した。咄嗟に杖を向けようとし、また腕が動かないことに舌打ちを漏らす。状況判断のためにも辺りを見渡す。戦域だった場所には傷だらけの少年だけが、残されている。力なく宙に浮かぶ姿に抵抗できるだけの余力がないと判断を下し、甲矢はLAST-ARROWを玉に戻す。
なのはにジュエルシードを渡そうと近づく。なのはから送られる咎めるような視線に、甲矢はそっぽを向いた。なのはにジュエルシードを手渡す寸前、二人の間にホログラムが立ち上がった。甲矢はバックステップで間合いをとるや、LAST-ARROWを突きつけた。突きつけた先に緑色の髪をした女性が映し出された。
額には白毫に似た結晶体がついている。女性の瞳には、隠しきれない驚きが溢れてしまっているのを、甲矢は見て取った。
【私は時空管理局のリンディ・ハラオウンと申します。時空管理局は魔法に対する警察組織のようなものです。申し訳ありませんが、私たちの指示に従い、お二人の持つジュエルシードを渡していただけないでしょうか】
リンディ・ハラオウンが、画面の中で頭を下げた。長い髪の毛が垂れ下がった。
ぼろぼろの少年が声を張り上げる。
「艦長!」
【クロノ・ハラオウン執務官。ただちにアースラへ帰還し、治療を受けなさい】
「しかし! ……いえ、分かりました」
有無を言わさぬリンディ・ハラオウンの口調に、少年は反論を述べようとした。しかし結局反論を口に出すことなく、力なく首を垂れさげる。拳を握り締め、甲矢をにらみつける。甲矢はそんな少年を一瞥し、すぐにリンディ・ハラオウンへ視線を戻した。
【大変お待たせいたしました。これからアースラに貴方達をご招待させていただきたいのですが】
なのはが何かを喋ろうと口を開けたが、甲矢はその口をふさいだ。LAST-ARROWをちらりとのぞき、再びリンディ・ハラオウンに鋭い視線を向ける。新たな鉄火場の臭いが鼻をつく。
「断る。時空管理局と言ったな、その証明はできるか。貴様らが管理局の名を騙る何らかの非合法組織ではないとまだ判明したわけではない。敵地かもしれない場所に赴く趣味はない」
【申し訳ありませんが、証明は不可能です。この地は管理外世界と呼ばれ、我々とテクノロジーが全く違います。同テクノロジー内ならば手段はあるのですが】
再びのにらみ合い。お互い表情を変えることはない。しばし押し黙った甲矢が再び口を開く。
「時空管理局所属巡航L級8番艦 アースラ」
紡ぎ出された言葉に、リンディ・ハラオウンの表情が一瞬固まる。甲矢はそれを見逃さなかった。
たたみかけるように続きを吐き捨てる。
「衛星軌道上にステルスと光学迷彩を用いて
【ま、待ってください! 我々に無秩序な破壊の意志はありません!】
「そうだろうな。無秩序な破壊は行わないだろう。もしその意志があるのならば、すでに俺たちめがけて幾つものレーザーが降り注いでいる」
なのはと、いつの間にか近寄っていたユーノの顔色がさっと青ざめていく。二人は空を仰ぎ見た。空は青く染まり、いくつかの雲がぷかぷかと浮いているだけだ。
甲矢はリンディ・ハラオウンへ静かに言った。
「良いだろう。貴方達が時空管理局であると信用しよう」
かくしてリンディ・ハラオウンの転移魔法により、甲矢たちは時空管理局の所属する巡航艦アースラへ出向くことになった。
転移魔法により移動した先では、リンディ・ハラオウンが待ち構えていた。転移された場所には大がかりな機械が設置されており、廊下に繋がるであろう扉が正面に見えた。どうやらここがアースラの入り口らしい。
リンディ・ハラオウンは甲矢達に対し、微笑みを絶やさず、彼我の年齢差など気にせず、礼節を持って応対した。
それが功を奏したのか、いまだ顔を強張らせていたなのはとユーノも、落ち着きを取り戻し、笑顔を浮かべる。甲矢は表情一つ変えることなく、リンディ・ハラオウンに返礼する。
儀礼的な挨拶を交わした甲矢たちは、艦長室へ案内された。
道中、甲矢は視線を感じた。辺りに目を見やれば、多くのクルー達が甲矢をにらみつけている。中には甲矢の視線に気がついたのか、舌打ちを漏らす者や、唾を吐く者もいた。甲矢はそれらを気にもとめず、歩く。
アースラの内装は、清潔で、簡素だった。華美な装飾などひとつも見受けられない。質実剛健という言葉がふさわしい。技術力が上がろうが、時代が変わろうが、軍艦というものは一様に似るらしい。
つらつらとやくたいもないことを考えていると、袖を引っ張られた。振り向けば、なのはがちょこんと袖を掴み、心配そうに甲矢を見上げている。
「甲矢君……」
甲矢は答えず、先を急ごうとする。しかし再び袖を引っ張られる。
「どうやら先程のクロノ・ハラオウン執務官はよっぽどの人徳者らしいな」
うらやましいことだ。甲矢は心の中でそう呟いた。
怯えるなのはを周りから隠すようにしながらリンディ・ハラオウンの後をついて行く。
しばらく歩いていると、リンディ・ハラオウンがある扉の前で止まった。扉につけられたプレートには、艦長室と銘打たれている。
「どうぞ」
艦長室はそれほど広くはなかった。十五歩も歩けば対面の壁にぶつかるだろう。部屋は整理整頓がされており、隅の観葉植物の香りか、清涼感のある香が漂う。
部屋の真ん中には机と椅子がある。机には羽根ペンとインク壺、写真立てが机の端と平行になるよう几帳面に置かれている。左手には本棚があり、甲矢の知識にはない文字体系が背表紙に書かれた本がずらりと並んでいる。ただ、それらは背表紙に書かれた文字がどれも同じだった。異なる点と言えば、精々書体が違う程度だ。甲矢の私見だが、航海日誌のように見受けられた。
「申し訳ありません。このような殺風景な部屋に」
「いいえ、構いません。それと敬語は必要ありません。私たちの文化圏では、先達は敬うのが常識です。また、我々は貴女方と敵対したいわけではありません。叶うならば友好的な関係が結ばれるのを願っております」
「そう。ならばお言葉に甘えて。私たちアースラは貴方達と敵対する意志はないわ。時空管理局の意志は、数多の魔法文明を護り行くこと。魔法のない世界を侵略することじゃないわ」
甲矢とリンディ・ハラオウンとが握手を交わす。掌に、女性特有の滑らかさが重なり、その下に硬い感触が感じられた。目の前にいる女性が、確かに船乗りであり、軍人であると甲矢は実感した。
リンディ・ハラオウンの手をじっと見詰める。彼女は不思議そうに甲矢を見た。
「なにかしら?」
「いえ。何でもありません」
甲矢の次になのはが握手を交わす。最後にユーノが握手をしようと手を伸ばした。しかしリンディ・ハラオウンは手を伸ばしながらも途中で止めてしまった。
「あら、貴方変身魔法を使っているの。できれば解除してもらえると助かるのだけれども」
「えっ? あっ、そうですね。忘れてました」
ユーノはリンディ・ハラオウンの言葉に小首をかしげたが、すぐに大きく頷くと、何らかの魔法を使った。魔方陣が展開され、ユーノの体が光り出す。白く光るユーノの体は、みるみるうちにその外観を変えていき、光が収まると一人の少年がユーノのいた場所に立っていた。
ミルク色の髪を肩までにそろえ、民族衣装に身を包んだ少年は、知性に澄んだ瞳をしていた。
「ユーノ、なのか?」
「うん、この姿は初めてだったけ?」
さしもの甲矢も、フェレットが人型になるのは驚きを隠せなかった。眉間をつまみ解す。何度見てもやはりそこには少年がいる。
魔法を知った上で、一番の驚きだったかもしれない。
「じゃ、じゃあ私……」
なのはが甲矢の隣で口元をぱっと抑えた。それどころか顔を掌で隠してしまう。僅かに見える耳や頬は真っ赤だ。
なのはの唐突な変化の理由が分からず、甲矢は戸惑う。ただ、「見られた……」という言葉に、乙女の何かがあったのだと、納得した。
「それで、貴女方はジュエルシードがほしいと」
「そうね。私たちならばジュエルシードを適切に管理できる。時空管理局にはロストロギアを回収する任務もあるから、経験は豊富よ」
さてどうすべきか。甲矢は一瞬考えたが、自身が持つジュエルシードをリンディ・ハラオウンへ渡した。
「甲矢君?」
「専門家がいるならば、任せるのが一番だ」
ジュエルシードを受け取ったリンディ・ハラオウンが眉をひそめる。ジュエルシードがいまだに封印されていないことに気がついたらしい。封印を施す。
リンディ・ハラオウンの封印魔法には一切の無駄はなく、かけられた封印もなのはのかけた封印よりもしっかりしている。確かに言うだけのことはある。
甲矢は、なのはに回収したジュエルシードを出させた。青い宝石は、レイジングハートから飛び出し、宙をゆっくりと旋回する。
一つ一つ、リンディ・ハラオウンが丁寧に受け取っていく。
「ありがとう」
それらを回収したリンディ・ハラオウンが、一つ小さなため息を漏らした。
甲矢はただ静かにリンディ・ハラオウンの言動を観察していた。
それからはお互いジュエルシードに対し協力関係を結ぶことに同意し、細々としたことを話すと、また最初の部屋に戻り甲矢となのは地上へと帰還した。
「艦長、なぜ奴を解放したのですか!」
リンディは、艦長室の机をたたき抗議するエイミィ・リミエッタに対し、ただ静かに首を振った。
「私たちに彼を捕まえる権利はないわ」
「でも、クロノ執務管を!」
「確かにそう。彼はクロノを殺そうとした。でも、もし私が彼と同じ立場ならば、きっと同じことをしたわ」
エイミィが息を呑む。リンディの言葉が信じられないらしい。
だがリンディは艦長だ。公平な判断を下さなければならない。部下におもねるような行動は、自らの首を絞めることになる。だから突き放す。
「あの子はすべきことをし損なった。それがあの結果。最初に接触した際、時空管理局の名を明かすべきだった。そうすれば、不審な第三勢力ではなく、時空管理局を名乗る勢力となれた」
本当に残念なことだ。リンディは、心中で何度目か分からないため息をこぼす。息子のクロノは良くやっただろう。ロストロギアが封印されていない近くで戦闘行為など、絶対に止めなければならない。だから制止した。そこまでは良かった。ただ問題があったとすれば、相手の判断能力を読み違えたことだ。
それを責めても仕方がない。リンディであろうと間違えただろう。事前情報で日本という文化圏について調べ上げた。結果、平和な世界だと分かった。子供の労働年齢も高く、人を傷つけることを忌避する民族だと言うことも分かった。そんな前提からどうやれば子供が歴戦の軍人のような判断を下せると結論づけられるだろうか。
「彼はクロノをジュエルシードを狙う不埒な輩としか認識していなかった。管理局法と照らし合わせても、捕縛できる道理はないわ」
「善意の敵対……ですか」
「そう。彼らは知らなかった。だから執務管を攻撃したところで、法を犯したわけではない。ただロストロギアを守ろうとしただけ」
それでもなお、ここが管理世界ならばリンディの採れる手段はいくらでもあった。しかしここは地球。管理外世界だ。まかり間違っても、時空管理局の法が通用する場所ではない。無理を押し通せば、リンディ・ハラオウンを邪魔と思う政敵が、これ幸いにと糾弾に走るだろう。そんな隙を晒すわけにいかない。
「ならばデバイスを没収すべきでした! それならば可能です。チャンベル事件の判例でも」
興奮しているエイミィの口元を抑える。リンディは疲れ切った身体を椅子に預けた。
他言無用と言い含め、一枚の紙を取り出し、エイミィに読ませる。
それはサーチャーにより分析した、九条甲矢のパーソナルデータと、彼の持つ武装についてのデータが記されていた。
文字を追っていたエイミィの瞳孔が、とある箇所で立ち止まる。身体を振るわせながら、最後まで読み切った。
「なんですか、これ。彼がデバイスを持っていないって!!」
「言葉通りよ。信じられない。そう、信じられないわ。私の頭がおかしくなければ、九条甲矢は、デバイスを所有していない。あれは、兵器。純然たる科学技術による質量兵器よ」
エイミィが顔を青ざめる。リンディもその事実を知ったとき、めまいを起こしたほどだ。
質量兵器。忌むべき存在。かつて数多くの次元世界をむしばんだ兵器達。ボタン一つでありとあらゆる破壊を撒き散らす悪夢。それが凝縮したようなものが、九条甲矢の持つ兵器だ。
「艦長、即刻彼を捕縛すべきです。ここが地球で、我々の法が通用しないというのは分かります。ですが、これは余りにも危険です! レールガン、それにミサイル。なによりも、時空管理局のテクノロジーを持ってしても、武装を隠蔽できる技術力。危険すぎます」
それができればどれほど良かっただろうか。痛む頭を抱えたくなる気持ちを押し殺し、リンディはエイミィに訊ねる。
「どうやってかしら。アースラの最大戦力であるクロノは完膚なきまでに倒された。例え私がでたところで、彼は冷静に対処を重ねるでしょう。彼を止めるには、私は実戦を離れすぎている。私という鎖では、ドラゴンを止めることはできない」
恐ろしい。科学技術、判断能力、なによりどんな環境においても動じない精神力。九条甲矢の脅威は、知れば知るほど大きくなり、心を膿ませる。恐怖に駆られ、拘束できればどれほど楽だろうか。しかしそれを選択してしまえば、リンディをはじめとしたアースラのクルー達は、殺されることだろう。九条甲矢の手により。
机に置いた写真を手に取る。若い頃のリンディが幼いクロノを抱きかかえている。そのとなりには笑顔を浮かべたクライドの姿が。すでに亡き夫に、リンディは手を重ねる。
「負けちゃ駄目よね」
独りごちた言葉が消える。リンディは立ち上がると、艦長を示すコートを羽織る。
「行くわよ、エイミィ。今優先すべきことは九条甲矢ではなくロストロギア、ジュエルシード。そこをはき違えないで」
「……はっ」
苦いものがあるだろう。腸が煮えたぎっているだろう。それでもそれらを飲み込み敬礼を返すエイミィに安堵を覚え、リンディは微笑んだ。
頭の痛い事態ばかりだが、部下は格別に優秀だ。彼らと一緒ならばこの苦難も乗り越えられるだろう。
ブリッジへ向かうリンディの足取りは軽かった。
予定じゃかっこいいクロノだったはずなのにどうしてこうなったorz。あっ、別にアンチという訳じゃありませんからね。
本当どうしてこうなったんだろうか。でも甲矢ならばこうしちゃうんだよなぁ。