魔法少女RIRIKARUなのは ~Rを冠すは人か、それとも~ 作:koth3
フェイト・テスタロッサは、第九十七管理外世界のマンションに借りた拠点にいた。借り受けた部屋は高層ビル高くにあり、夜風が気持ちいい部屋だ。ただ、二人が住むには少々大きすぎるきらいがある。もう一人、二人いれば、ちょうど良い広さだ。
リビングの机を目一杯使いフェイトは、デバイス・バルディッシュの整備に力を入れていた。
リビングの窓や扉を閉め切り、埃や汚れが少しでも入り込まないようにし、作業を進める。
いくら春の夜とはいえ、部屋を締め切れば温度がじわじわと暑くなる。ちょっと手元を動かすだけで、息苦しさが増していく。すこしだらしないが、フェイトは首元を緩める。それだけで息がしやすくなる。
空中に投影されたウィンドウを閉じる。バルディッシュのシステム面のチェックは終わった。ウィルスや、バグは見当たらなかった。
これからハード面の作業に取りかかる。一度ハード面の整備を行えば、途中で席を離れるのが難しい。喉が渇かぬうちに、水を一杯飲んでおく。
「ん、よいしょ」
バルディッシュの外装を専用の道具で丁寧に剥がす。バルディッシュの表面に、虫食いのような穴ができる。フェイトの指が動く谷に、少しずつ穴が広がっていき、バルディッシュの骨組みが覗いてくる。
外した外装は指で軽く叩く。指先の感触と反響からひびが入っていないかを確認する。一つ一つの外装を確認し、問題ないとフェイトは判断した。。再び目視で傷がついていないかを確認してから、机の隅に外装を整理して並べていく。湾曲した金属のパーツが、蛍光灯の光を反射し、きらきら輝く。
「えっと、帯電バンド、帯電バンド」
帯電バンドを身体に巻き付け、むき出しになった基板を慎重に取り外す。
基板を触るときは細心の注意が必要だ。静電気、皮脂や水分、傷。基板の壊れる原因はいくらでもある。
基板の取り外しをするときは、いつもフェイトは一抹の不安を覚える。基板を壊してしまい、バルディッシュが動かなくなったらどうしようと。基板をつまむフェイトの指先が震える。意思の力で震えをねじ伏せ、基板を取り外していく。
全ての基板を取り外し終え、フェイトはソファーにぐたりと身を鎮める。息が苦しい。無意識に息を止めていたようだ。深呼吸を繰り返すうち、身体中から汗が噴き出してくる。それをタオルで拭い去り、さらにバルディッシュの奥に組み込まれている歯車やねじを取り出す。
小さな部品が机の上に幾つも転がる。所々汚れがついている。
汚れている部品を手に取る。
誰かと戦った後は、部品が重く感じる。それも激戦であればあるほど。
「ああ……」
部品の重さを掌で転がしながら、フェイトは瞼を瞑り、暗闇の中に一人の影法師を映し出す。昼間戦った少年がフェイトをにらみつけている。
目を開いても、その影法師は消え去らない。黒髪の、鋭利な目が特徴的な少年は、とても管理外世界の住人と信じられないほど強かった。魔法の腕はほとんど分からなかったが、容赦のない判断にはフェイトを持ってしても戦慄したほどだ。
つらつら少年のことを考えながらも、マルチタスクを活用し、掃除を進めていく。。汚れを拭き取れば、手際よくグリスを適量塗り込み、またバルディッシュの中に順序よく組み立てていく。金属のこすれる音が部屋にしばらく響く。
最後の外装をはめ込み、フェイトはデバイスフォームを起動させたバルディッシュを幾度か振るう。バルディッシュは重心のぶれもなく、異様な音もしない。フェイトが探査魔法を走らせても、異常は見つからない。
「終わった」
待機状態にバルディッシュを戻し、フェイトはソファーにどさりと座り込んだ。分解整備は細かな作業が多く、気疲れしてしまう。しぱしぱする目を押さえこむ。疲れが一気に溢れてきた。
ソファーで休んでいたフェイトのお腹がぐぅと鳴った。お腹に手を当てる。一度意識すると、空きっ腹がフェイトに抗議をしてくる。
時計を見れば、午後十時を過ぎている。コンビニで弁当を買うのは無理そうだ。仕方がないから、フェイトは台所に保存しておいた乾パンと、冷蔵庫から牛乳を取り出す。ソファに座り、カリカリと乾パンをかじり始める。
口の中は味気がない。元々フェイトは食にあまり興味をもたない方だが、それでも乾パンというのはまずく、あまり食べたいものではなかった。味がなく、硬くてぼそぼそしている。だからといってパンのように牛乳へ浸せば、ふやけたクッキーだ。保存食だからと多めに購入したが、その数は全然減らない。
「フェイト、またこんな時間に食べて! しかもこれまずいやつじゃないか」
まずさを我慢しながらフェイトがカリカリしていたら、ソファーの後ろからやって来たアルフが手を伸ばし、乾パンを取り上げた。片腕には、コンビニのレジ袋が提げられていた。
「アルフ」
「ほら、フェイト。食べる気になったは良いけど、こんなまずいもの、あんまり食べないでおくれよ。まだコンビニで買う食い物の方がマシだよ」
ぽんと、フェイトの手にコンビニのおにぎりが渡される。フェイトが好きな、ツナマヨだ。ぴりぴりとパッケージを丁寧に破る。海苔が破れないよう気をつけて包装を剥がし、一口食む。ご飯は冷たくて、海苔は歯にくっつく。綺麗に食べるのが難しい。でも、先程の乾パンより遙かに美味しい。それに冷たいのに、なぜだか暖かい。もそもそ食事を進めていく。
するとアルフが、ソファーに座るフェイトを後ろから優しく抱きかかえ、その頭をなでた。不思議に思ったフェイトが見上げようとする。しかしアルフはフェイトの動きを遮るように、抱きしめている腕の力を強めた。
「アルフ?」
「フェイト、必ず、私が守るからね」
泣き出しそうなアルフの声に、フェイトはおにぎりを机に置く。抱きかかえる腕に自らの手を重ねる。温かな感触が伝わる。
「大丈夫だよ、アルフ。私はここにいる」
「……うん」
アルフの抱きしめてくる力がさらに強くなる。痛いくらいだ。でも、嫌ではない。
フェイトは苦笑しながら、アルフのしたいがままにさせた。落ち着いたのか、少しずつアルフが腕にかけていた力が緩んでいく。フェイトは腕をやさしく叩く。
「今日は一緒に寝ようか」
「良いのかい?」
「今日はそんな気分なの」
残りの小さくなったおにぎりを口に放り込み、二人して寝る準備をする。
たまにはこういう日があっても良いだろう。フェイトは久方ぶりに笑みをこぼした。
二人してベッドに入り込み、瞼を閉じる。睡魔はすぐにやって来た。
窓から差し込む日の光に目を覚ませば、アルフの寝顔が目の前にあった。すうすうと眠るアルフの寝顔は、普段の快活さは全くなく、むしろ可愛らしい。しかしどうして一緒のベッドにいるのだろうか。
布団にくるまりながらうとうと考えていると、昨日、アルフと一緒に寝たことを思い出した。目を数回瞬き、ベッドからでる。手早く服を着て、バルディッシュを手に持つ。今日はジュエルシードの探索は休みだ。その代わり、すでに予定が決まっている。
「フェイト……」
アルフもようやく起きたようだ。寝ぼけ眼をこすりながら、フェイトを探している。その姿にフェイトは忍び笑う。笑い声に気がついたのか、アルフの頭にある犬耳がぴくりとフェイトに向いた。しっぽが布団の中でぱたぱた動いている。
「おはよう、アルフ」
「うん、おはよう、フェイト」
しばしの時間が過ぎ、フェイト達はマンションの屋上にいた。
フェイトの手には小さな白い箱がある。甘い香りがかすかに漂う。箱の中にはフェイトの選んだケーキが入っている。イチゴの乗ったショートケーキだ。
「母さん、喜んでくれるかな?」
「当たり前だろう、フェイトが必死になって選んだやつだ。喜ばないわけがないさ」
アルフの言葉に、フェイトは一つ頷くと、昨日整備したばかりのバルディッシュをデバイスモードへ移行する。バルディッシュも常と変わらぬ力強い声で、アルフの意見に同意した。
「ありがとう。じゃあ、始めようか」
意識を切り替える。ほのぼのとしていた雰囲気が消え去る。バルディッシュの石突きでコンクリートを軽く叩いた。マンションの屋上を囲むように金色の魔方陣が広がる。発動した結界魔法を、幾度か調べ、フェイトは満足げに頷いた。この結界魔法がある限り、ここらにはジャミングが行われる。ここでならば魔法を使ったとしても、敵対者から身を隠すことができる。
再び魔法を発動する。小さなサークルが生み出される。それは弱々しく今にも消え去りそうだった。また、輪は歪で、線の太さもばらばらだった。
リンカーコアからさらに魔力をはき出す。身体を駆け巡る魔力の鋭さを受け入れながら、フェイトは呪文を唱える。長い、長い詠唱だ。補助数式を打ち込み、術式を安定させていく。一小節唱えるたびに、サークルは濃く、また形を整えていく。
サークルが小さいながらも、目映く輝き真円をなしたとき、フェイトは高まった魔力を術式に注ぎ込む。
「開け、いざないの扉。時の庭園、テスタロッサの主のもとへ」
足下のサークルが拡大する。サークルは金色に輝く魔方陣となり、フェイトとアルフを包み込む。
強烈な閃光が魔方陣から発せられる。光に包まれ、辺りが見えなくなる。光が消え去ると、フェイトは第九十七管理外世界ではなく、時の庭園へいた。
転位した場所は、時の庭園でも広々とした場所だ。部屋は円形をしており、直径のみならず、高さもある。飛行魔法を使っても、天井に頭をぶつける心配はないだろう。しかし窓などは一切なく、どこか圧迫感を感じる。また建築材のせいか、それとも暖房器具の設置具合のせいか、この部屋は寒い。そういったこともあり、フェイトはあまりこの部屋が好きではなかった。
「ただいま、戻りました。母さん」
部屋の奥まった場所にある玉座に座る、プレシア・テスタロッサに、フェイトは頭を垂れた。
二人しかいない部屋に沈黙が広がる。プレシアがアルフの存在を疎むので、フェイトとの座標をずらして転位するため、アルフはここにいない。
普段よりも寒々とした空気が部屋に満ちていく。
「それで、成果はどうなの」
「はい」
バルディッシュから苦労して集めたジュエルシードを取り出す。五つのジュエルシードがはき出され、プレシアの手に渡される。
プレシアはジュエルシードをじっと眺めていた。フェイトは大急ぎでケーキの箱を抱えた。
「それは、なにかしら」
プレシアがジュエルシードから目を離し、頬杖をつき、フェイトの持つ箱へ視線を移した。
ゆっくりと、幾度か失敗しながらも、なんとかフェイトは言葉を絞り出す。胸がはち切れんかりに心臓が鼓動を打つ。
「母さんに食べてもらおうと」
「そう」
プレシアが手招きをした。フェイトが微笑み、駆け寄る。プレシアの近くで立ち止まると、フェイトは頬をはたかれた。
茫然と、フェイトは立ち尽くす。はたかれた頬にそっと手を添える。痛みはなかった。
ふと、手が軽いのに気がついた。足下にケーキを入れた箱が落ちていた。中身がグチャグチャになり溢れ出していた。フェイトの瞳から涙が溢れ出す。
「そんな下らないことに時間をかけていたというの。ジュエルシードも五つしか集められていないじゃない」
プレシアは首を振り、ため息をついた。額に手を当てると、魔法を発動する。
立ち尽くしていたフェイトの四肢がバインドで拘束される。
「母、さん……!」
「フェイト、私はジュエルシードを集めるようにと言ったわ。なのに貴方はあれだけの時間が合ったというのに、この程度しか集められなかった。だから罰を与えるわ」
フェイトの身体が震える。逃げようとしても、バインドで縛られているせいで逃げることはできない。首を幾度も振り、嫌だと叫ぶ。だがプレシアは表情一つ変えることなく、デバイスから電気をおびた鞭を取り出して――。
フェイトは気がつけば、床に倒れていた。背中が焼けるように熱い。痛くて痛くて次から次へと涙がこぼれる。
「母さん……」
倒れ伏すフェイトの近くに落ちていたバルディッシュまで、尺取り虫のように這う。待機状態のバルディッシュを掴み、デバイスモードにし、斧の柄を杖に立ち上がる。
それだけで背中が引き裂けるような痛みが走る。苦悶の悲鳴が漏れる。
「フェイト!」
前のめりにくずおれたフェイトの身体が、抱きかかえられる。アルフが泣きそうな顔で、フェイトの様子を窺っているのが目に入った。
痛みを堪え、腕を持ち上げる。そっとアルフの目にたまった涙を拭う。
「アルフ……」
「またやられたのかい! どうして、どうしてだよ、あのババアは! フェイトはこんなにも頑張っているのに!」
アルフが回復魔法をフェイトにかける。
柔らかな光がフェイトを包み込む。背中の痛みが溶け出すように和らいでいく。
「ありがとう、アルフ。でも、母さんの悪口を言わないで。私がもっと頑張れば良いんだから」
「違うよ、フェイト。フェイトは必死に頑張っているよ」
アルフの口をそっと押さえる。フェイトは身体中の力を使い切ったように疲れ果ててしまう。それでもアルフの口元から手を下ろさない。
「お願い、アルフ。お願いだから、言わないで」
「フェイト……」
アルフは口を噤み、狼状態に変化し、フェイトの背中をなめ始めた。ざらざらとした舌が暖かく、そして優しかった。フェイトはとうとう嗚咽声を上げた。
回復魔法が終えた頃、フェイトはアルフに抱えられるように、時の庭園を後にした。
鞭で打たれた傷は癒えたが、体力の回復に数日かかってしまった。
その間にジュエルシードはすべて敵に回収されてしまった。どうやら時空管理局と少年達は手を組んだらしい。ジュエルシードを集めるためには、管理局と戦う必要がある。
なんとしてでも母の願いを叶えなければと思う一方、フェイトの頭はそれが不可能であると論理的な結論を導き出す。
どうすればいいのか分からず、フェイトは悲嘆に暮れていた。なんとしてでも、ジュエルシードを集めなければ。
その執念のおかげか、フェイトは奇計をひらめいた。
だが、ちくりとフェイトの胸が痛む。この策は人でなしのものだ。顔をしかめるのを堪えられない。
それでも首を振り、覚悟を決める。
「バルディッシュ、アルフ、行くよ」
もう引き返すことはできない。フェイトは最後の一線を自らの意志で踏み越えた。
原作とは時系列が変化していますが、フェイト視点のお話でした。