魔法少女RIRIKARUなのは ~Rを冠すは人か、それとも~ 作:koth3
なのはが夜、自室のベッドにちょこんと腰掛けて髪を梳かしているいると、窓からこつこつとノックのような音が響いた。なにか風に飛ばされてきたのだろうかと窓へ目をやれば、そこには下弦の月を背にしたフェイトが空を飛んでいた。慌てて机の上に置いておいたレイジングハートを引っ掴み、デバイスモードへ変形した杖を両手で握り締め、先端を突きつける。するとフェイトは何故か首を大きく振り、突き出した両の掌までも首と同じ速さで横に振っている。
その様子に一切敵意が感じられなかった。なのはがおそるおそる窓を開けると、むっとした春の草いきれが流れ込んだ。風で煽られる髪を抑えながら、「どうしたの」と訊ねれば、フェイトは安堵らしきため息をこぼし、一通の手紙を懐から取り出した。
「これを」
受け取った手紙の表面には、『果たし状』と金釘流に書かれていた。顔をあげればフェイトが真剣な表情でなのはを見詰めている。ピジョン・ブラッドの瞳が、なのはを刺し貫く。金縛りに遭ったように、なのはの動きが止められた。
「明後日、午前十時、川沿いの海鳴公園で決着をつけよう」
ずっしりと手紙が重くなる。なのはが何も言えずにいると、フェイトは背を向けた。飛び立とうとしたその背に、とっさに手を伸ばしながら、なのはは叫んだ。
「待って、待って、フェイトちゃん!」
「何?」
振り返ったフェイトは、今にも折れてしまいそうだった。月光が逆光となりフェイトの顔を覆う。なぜか、その影の顔が泣いているように、なのはには見えた。
だからだろうか。かつてした質問を、再び繰り返した。
「ねえ、どうして、どうしてジュエルシードを集めるの? フェイトちゃん、辛そうだよ」
「そんなことない!」
フェイトは伸ばされたなのはの腕を払った。はたかれた手の甲が真っ赤に染まる。痛む手の甲をさすり、なのはは涙目でフェイトを見た。
フェイトは顔をはっとさせたが、すぐに苦々しげな表情に変わり、そして怒気を露わにした。
それは夜の静けさを破るほどだった。
「私は集めなきゃならないの。余計なことはしないで。余計なことは聞かないで」
「フェイトちゃん、私は」
「うるさい!」
耳を押さえ、フェイトは首を振る。なのはの言葉なぞ、けして聞き入れないというように。そしてなのはをにらみつけると、踵を返した。
「あっ、待って!」
フェイトの姿があっという間に小さくなっていく。黒々とした雲海に紛れて、消えてしまった。
なのはは、叩かれた手の甲より胸の奥が痛くて、蹲りながらレイジングハートを胸に押し当てた。
『マスター』
「大丈夫、大丈夫だから。ちょっとだけ、ちょっとだけこうさせて」
冷たいはずなのに、レイジングハートはどこか温かい。立ち上がったなのはは、涙をぐいと拭い去ると、くしゃくしゃに潰れてしまった手紙を開いた。
そこにはフェイトが語ったとおりのことが書かれていた。そして文面の最後に、『私と貴方の一対一で』と他の文字より明らかに力強く書かれていた。
しばらく手紙を前に考え込んでいたなのはだが、やにわに立ち上がり、バリアジャケットを纏うと、甲矢の住む孤児院へ向かった。
甲矢は孤児院の自室で椅子の背もたれを抱え込むように座り込み、目の前で正座して苦笑いをしているなのはへ白目を向けていた。
自室でジュエルシードの回収のためにも、フェイトとの接触方法についてを考えていたら、なのはがいきなりやってきて、窓を凄まじい勢いで叩いた。その音を不審に思った孤児院の人たちを誤魔化すのにも苦労したし、なによりこんな夜中にのこのこ男の元へやってきた馬鹿娘には当然の対応だ。
「それで、どうしたんだ」
結界をなのはに張らせ、周りにばれないようにしたうえで、甲矢は不機嫌丸出しの声で訊ねた。
なのはは「にゃはは」とごまかし笑いをしながら、一通の手紙を甲矢に渡した。受け取った甲矢が汚い文字に苦労しながらも、できるだけ素速く文面に目を通す。中身はあきれ果てたものだった。一対一の決闘など、受ける必要はない。
フェイト達の勢力は、前回の接触から鑑みれば不意打ちなどはするが、どちらかというと武力で事態を解決するのを好むということも分かっている。罠の可能性は低いだろう。
ならば承諾したふりをしておいて、罠か伏兵を用意すればいい。なのはと戦っているところを、その罠か伏兵で捕らえる。
「駄目だよ、甲矢君」
甲矢が結論を下したところで、なのははそれが分かっているかのように釘を刺した。
先程とは打って変わり、なのはの目には力が込められていた。その瞳に宿る真摯な光は、甲矢を突き刺し、苦悶一つ漏らさせなかった。
「お願い、甲矢君。私とフェイトちゃんだけで戦わせて」
なのはが頭を下げて頼み込む。その身体は小刻みに震えていた。見ているだけで痛々しいくらいに。しかし甲矢とて情に流されて簡単に頷くわけにはいかない。
「ジュエルシードの存在を考えれば、一人で戦うのを許すわけにはいかない」
青い宝石。滅びをもたらす遺産。それらの前に個人の理屈など、無視すべきだ。個人の都合で世界を滅ぼすわけにいかない。
だが、何故こんなにも胸が苦しいのか。身体には問題などないのに。
「きっとそういうと思っていた。甲矢君ならば、きっとそういうって。……ねえ、甲矢君。確かにジュエルシードは真っ先に回収しないといけないけど、そのためにフェイトちゃんを見捨てて良いの?」
「……どういうことだ?」
「フェイトちゃん、辛そうだった。苦しそうだった。なのにどうしてジュエルシードを集めるのかよく分からないの。でも、ね。さっき会ったとき、その背中が、甲矢君そっくりだった。だからなんとか止めなきゃいけないの」
なのはの瞳には一筋の涙があった。甲矢は視線をそらした。どうしても、なのはの目を見続けることができなかった。その涙が、甲矢の心を癒やすと分かったから。
沈黙が広がる。重苦しい空気が甲矢を責めるように、両肩にのしかかってくる。
「……駄目だ」
「甲矢君」
「罠や伏兵は控える。だけど、俺も審判役としてそこにいる。戦いには手を出さないが、それ以外には手を出す。それが最低条件だ」
「う、うん。それでいい。それでいいから、お願い」
なのはにそっぽを向いたまま、甲矢は手の仕草でなのはを追い払う。
甘いと甲矢自身分かっている。なのはに嘘をついて、罠でも伏兵でも用意すればいい。でも、そうする気には何故かなれなかった。