如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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これにてIFの方も完結です。
ありがとうございました。



sakuさん(http://www.pixiv.net/member.php?id=298168)に表紙・挿絵としてこの小説仕様の絵のを頂きました。
ありがとうございました。


【もう、彼女の物】-後編-

-7-

 

 

年度が替わり、私は最上級生となった。

みほさんも転校して来て今ではすっかり聖グロリアーナの一員となっている。

黒森峰では特別扱いになるからと必要以上に周囲の前で隊長であるお姉さんからは接触をしなかったようだが、私はそんな事は一切考慮せず甘やかし、贔屓し、特別扱いをした。

率先して紅茶会に招待したし、昼餉は此方からクラスまで誘いに行った事もあった。

みほさんと共にする茶会は非常に楽しいものではあったが、そう長くは催せなかった。

 

「ごめんなさい、戦車道のお時間なのでこれにて」

「あ・・・そうですよね・・・。頑張ってください」

「・・・・・・ごめんなさいね。私が女王にきらきら光るコウモリさんの詩でも披露できたらこの茶会も永遠に終わらないのだろうけど・・・」

 

私がおどけた様に言うと、みほさんは曇らせていた表情をすこし明るくさせ、くすくすと笑った。

私との別れに憂いを覚えて曇るみほさんも大層可愛らしいが、やはり笑うみほさんも良い。

 

「ルイス・キャロルの不思議の国のアリスの気違いのお茶会ですね。

 女王に時間の無駄と言われ、時間が止まった終わりの無いお茶会」

「流石はみほさん。

 英国の誇る数学者でもあり詩人でもあり作家でもある偉人よ」

 

そして小児性愛者でもある。

ともかく、私はみほさんと別れる時、私はさりげなく戦車道の活動があるからと断っていた。

それによってみほさんが寂しそうな表情をする事を理解した上でだ。

みほさんはクラス内であまり親しい友人はいないようだ。

それもそうだろう。

私は自分で言うのもなんだがこの学校では有名人であるし、慕われてもいる。

言ってしまえば権力者だ。

新入生からすれば雲の上の存在とも言って良い。

そんな私が頻繁に、しかも私自ら接触を持とうとしているのだから周囲から畏れや嫉妬を受けてもおかしくは無い。

・・・・・・既に2年生から虐めの様な物を受けているらしい。

戦車道活動に属している者達によるものだ。

元々、独善的で自我が強く、新入生で私が目にかけていたオレンジペコやローズヒップにもちょっかいをかけていた者たちだ。

他校の戦車道から来た新参者で、今ではその戦車道すらやっていない者が私に可愛がられているのが気にくわないのだろう。

「馬鹿と鋏は使い様」という諺を知っているだろうか。

彼女等を排斥せずに残していたのはこういう時の為である。

みほさんにとって学校生活の通常時間では話せる相手がいなく、それ以外でも私がいなければ悪辣な先輩に虐められるかもしれない。

安心して楽しい時間は私と一緒にいる時だけとなったのだ。

 

私はこの2年生達の行動も監視させて、より直接的な行動を取るのを待っていた。

今までは見かければ口汚い言葉を投げかけたり、足を引っ掛けたりといった程度の嫌がらせであったが、その内直情的な行動を取るであろう事は簡単に予測できたからだ。

そしてついにその時がやってきた。

みほさんが2年生達に校舎裏の人気が無い所に連れて行かれたようだ。

今時に校舎裏は無いだろう。

私はそれを聞いた時、思わず吹いてしまった。

ゆっくりと動き、ある程度近づいたら丁度現場に辿り着いた頃には息が荒くなっているぐらいに全力で走って移動した。

辿り着くと4人ほどでみほさんを囲み、そのみほさんが泣いていた。

私は予想もしていたし狙っていた事でもあるが、私以外の人間がみほさんを泣かしている事をいざ目撃すると無性に腹が立った。

 

「貴方達何をしているの!」

 

私が叫ぶとビクリとして動きを止め、恐怖を浮かべながら此方を見た。

本当に愚かな人達だ。

仮にやるにしても、もっとバレない様にするぐらいの考えは無かったのだろうか。

 

「ち、違う!

 ダージリン様!

 聞いて!」

 

愚者が叫ぶがそんな事を聞いてやる筋合いは無い。

私はみほさんの手を引き、ここから連れ出した。

 

「この事に関しては・・・覚悟していなさい」

 

それだけ言い残すと、彼女達は絶望の表情を浮かべた。

言っては何だが、この学園艦で最も影響力が強いのは私だ。

サンダースの様に下品な言い方をするならばクイーンビーと表現できるだろう。

そんな私に睨まれたらこの学園艦ではまともに生活できないと恐れているのだろう。

 

「何で・・・何でそんなどんくさいだけの子をダージリン様が!」

 

一人がそう叫ぶと、私はそのまま去るつもりであったが思わずといった様にみほさんの肩を抱き寄せた。

 

「貴方達と違って可愛らしい子ですから。

 比較するのも憚られるわ」

 

 

 

 

みほさんを人気が無く、しかし校舎裏の様に暗い場所ではなく明るい場所・・・庭園の隅へとつれてきた。

 

「ごめんなさいね・・・みほさん」

 

私は開口一番に謝った。

 

「私がここに誘ったのに・・・みほさんが悲しい目にあっているのに守れなかったわ・・・」

「そんな!ダージリンさんは悪くは無いですよ!」

「いいえ、この学園艦で起きた事は私の責任よ。

 ・・・もうみほさんには悲しい涙は流させないといったのに」

 

そう言いながら私はみほさんの目じりの涙を指で優しく拭った。

ああ、本当にみほさんは泣いてばかりだ。

その泣き顔すら可愛らしいのだから仕方が無いのだが。

 

「・・・でも、でも」

「みほさん。

 一度誓いを破った者としては不安かもしれないけど・・・

 もう一度誓わせて欲しいの。

 絶対にみほさんを悲しませない」

 

私がみほさんの手を両手で握りそう宣言すると、みほさんは顔を赤くしてしばらく呆然とした後にこくりとだけ小さく頷いたのだった。

 

それからみほさんの生活は激変した。

クラス内では消極的であったみほさんに積極的に話しかける生徒が出てきた。

接触して会話さえすればみほさんは良い人だからすぐに受け入れられた。

それを基点にクラス内で友人と呼べる人も増えていったようだ。

嫌がらせする人もほとんど皆無となっていった。

みほさんは私が何かしてくれたと思っているようだ。

勿論それは正しい。

しかしより正確に言うのならば・・・私が何かをしたと言うよりは何かをするのを止めたと言うべきなのだが・・・・・・。

ともあれ、この時からみほさんは周りの方と同じように私の事を「ダージリン様」と呼ぶ様になった。

 

 

 

-8-

 

「あのみほさん!みほさんは機動戦がお得意とお聞きになりましたわ!

 もし宜しければ私に機動戦について教えてくださいまし!」

 

また何時もの様に茶会をしているとローズヒップが唐突にみほさんに教えを求めた。

 

「え、ええ!私がですか?」

「はい!私はクルセイダーを任されて聖グロ一の俊足を誇っていると自負しておりますわ!!

 実際に速度では負けていませんわ!

 ・・・ですが試合となると今一活躍できないのですわ・・・」

「えーと・・・機動戦に置いては確かに速度と言うのは重要な要素です。

 しかし、あくまで要素の一つですので、ただ早いだけでは運動性が良いと言うだけであって機動性にはつながりません」

「・・・?運動性と機動性ってどう違うんですの?」

 

「運動性、即ちマヌーバビリティとは加速性能や最高速度や旋回速度などの足回りの性能を指します。

 一方で機動性、即ちモビリティはとはこれはどのスケールで戦場を見るかによって違ってくるのですが・・・

 一言で言えば『必要な時に必要な場所にいる』能力です。

 例えば戦闘機ならば最高時速や加速性能などさっき言ったのが運動性でこれは戦術能力に該当します。

 対して、燃料容量などの最大航行距離や長期的な航行速度が機動性です。

 離着陸に必要な加速距離の短さも場所を限定される事が少なくなるので重要ですね。

 また、故障率や稼働率などの信頼性も『必要な時に必要な場所にいる』のに直結するので立派な機動性の一部です。

 歩兵で考えると100m走や反射的な運動力等スプリント面が運動性。

 数十kmから数百km以上の距離をどれだけの時間で踏破できるか、山中や雪中を越えられるかが機動性ですね。

 まぁこれもスケールを落とせば運動性に関しては変わりませんが、機動性は変わってきます。

 一個の狭い戦場においてならより有利な場所を早く確保できるのが機動性になりますね」

 

「なるほど・・・では私はどうすればいいのでしょうか?」

 

「見てみない事には解りませんが・・・戦争で全体図を俯瞰的に見ての話ならともかく、

 戦車道の試合などリアルタイムの一個の戦場での場合なら、機動性という点で一番重要なのは判断力とその判断を下すまでの速度です。

 より効果的に、そしてより早く行動に移せばそれだけ有効になります。

 折角、移動速度が高いのですから、本隊と一緒に動いてただ早く動き回るだけではもったいないです。

 先行して敵の陣地構築を邪魔したり、側面を突いてクロスファイアにしたり、偵察に出たり色々できると思います」

 

「な、なるほど!!凄いですわ!凄いですわ!」

 

ローズヒップが感動しているが無理も無い。

今まで聖グロにおいて機動戦に対して何かを教えれる人材は存在しなかった。

浸透強襲戦術の支援としてクルセイダー部隊がOGの要請もあって実装されたが、それの活用法は全てローズヒップを初めとする一年生達によって手探りで探すしかないのが実情であった。

だが、そこに明らかにノウハウを持った人間が現れ、しかも具体的な運用法を提示された。

当人にしてみれば暗闇の中で手探りで進んでいた所に、光明が差し込まれた様な物だろう。

 

「お願いしますわ!みほさん!

 どうか私達のクルセイダーを指揮して見本をみせてくださいまし!」

「え!!そ、それは・・・えーと」

「ローズヒップ無理を言ってはいけませんわ」

「あ、そ、そうですねダージリン様・・・

 ごめんなさい、みほさん無理を言って・・・」

「い、いえ!気にしないでください」

 

私に叱られ項垂れたローズヒップにみほさんが声をかける。

 

「私・・・今のままでは折角ダージリン様が目をかけて下さってるのにこのままではお荷物になってしまいますわ・・・

 そうなればダージリン様に迷惑がかかってしまいますの・・・。

 だから一刻も早く、ダージリン様のお役に立ちたかったのですわ・・・」

「ダージリン様の為に・・・ですか・・・」

 

場が無言になる。

何かを考えていたのか、または迷っていたのか。

みほさんがしばらく考え込むような顔をした後、真剣な表情をして私に言った。

 

「ダージリン様、私がクルセイダーの指揮を執ってローズヒップさんに見せてあげても宜しいでしょうか?」

「それは・・・此方としても願ってもいない事ですけど・・・よろしいので?」

「はい、これぐらいなら多分大丈夫です。

 それに・・・少しでも恩を返したいんです」

「みほさん!」

 

私は思わずといった様に声を上げた。

みほさんはそれを受けてビクリとし、何か出過ぎた事をしたのかと不安そうになった。

私はそんなみほさんに優しく笑いかけた。

 

「恩など考えないで頂戴。

 私と貴女は友人なのですから貸し借りで動いた訳ではありませんことよ。

 大事な友人である貴女だから動いたのです。

 ですからそんな寂しい事言わないで頂戴」

「・・・はい!」

「いい子ね。

 じゃあ友人である私とローズヒップの為にお願いしてもよろしいかしら?」

「はい!」

 

 

 

・・・勿論、今まで戦車道に関する話題をみほさんの前で禁じていたのにローズヒップが行き成りこのような事を言い出したのには理由がある。

私が彼女に

 

「みほさんは機動戦に知悉しているから聞いてみると良い。

 でも私がそう言っていたと知ると気が引けるからそこは内緒で自分から言い出したことにしましょう」

 

とだけ言ったのだ。

結果は・・・案の定である。

 

 

 

-9-

 

15対15の練習試合を行う。

なお、片方は15輌の内、クルセイダー小隊として5輌が配置され、その指揮はゲストとして西住みほが執り、小隊長であったローズヒップは西住みほ車の通信主となる。

 

その日の練習試合の内容が発表されると、一同は大きくざわめいた。

一小隊の指揮を部外者、それも戦車道から"逃げた"人間がするのだから面白い筈が無いだろう。

不満気な顔がいくつも見えたが、私は一考もしなかった。

内心はどうあれ、これは私からの指示である以上、表立っての反対の声は無かったのだ。

こうして練習試合が始まった。

 

 

 

 

・・・・・・圧巻であった。

他の隊員は勿論、私も予想を遥かに上回る結果に驚きを隠せなかった。

『機を見るに敏である』とは正にこの事を言うのだ。

なるほど、確かにこれに比べればローズヒップが指揮していたクルセイダーはただ早いだけと称されても致し方ない。

今までの聖グロ内での練習試合は互いに浸透強襲戦術であるので殆ど正面からのぶつかり合いによって雌雄が決せされていた。

そこにクルセイダーが混じっても往々にして重厚な壁に入ったヒビの様に扱われ、その脆さもあっていればいる分だけ不利になるというのが実情であった。

実際に殆どのものが"15対10"のこの試合の結果の予想を共有していた。

 

みほさんはまず開始からクルセイダー小隊を全速で前進させた。

本隊指揮官は元々不利であるのに更に数を減らしてどうするのかと制止したが、みほさんには自由裁量権が与えられているので、彼女に対する命令権もないのでみほさんは一顧だにしなかった

これを受けて各自の結果の"予想"が更に強くなった。

10対15で互いの戦車の質は変わらず、両者の戦い方から言っても戦場になるのは複雑な地形でもない。

となればその戦力比は単純に100対225と2.25倍となる。

そう考えれば結果は火を見るより明らかである。

 

しかし、まずクルセイダー小隊は敵本隊の右側面の森林から砲撃を開始すると状況は僅かにだが確実に動いていった。

装甲面で優れるチャーチルやマチルダならば側面から砲撃を受けても距離があれば基本的には撃破される可能性は少ない。

それでも履帯に受ければ走行不能になりうるし、命中箇所によっては撃破しうるので無視はできなかった。

致し方なく砲塔を旋回させ、森林に狙いをつけて発射命令を出し砲撃を開始するも反応が一切無かった。

外から見ていた私には解るが、クルセイダー小隊は2回だけ砲撃をすると即座に移動を開始していたのだ。

即ち、敵本隊はもはや敵が存在しない森林に向かって砲塔を動かし、砲撃をしていたのだ。

それに気づいた敵本隊はその逃げっぷりと鬱陶しさにイライラを募らせながらも前進を開始した。

 

しばらくしてまた再び左方向から砲撃が開始された。

今回は二度目である事から反応が早く、全機が素早く砲塔を向けて攻撃を開始した。

同時に既に移動をしている事も考慮して砲撃そのものの回数は少なめに抑えられ、早々に様子見に移ったのだ。

しかしながらも散発的ではあるが砲撃が飛んでくるので、あの忌々しいクルセイダーを撃破してしまおうと砲撃が続行された。

この時点で敵本隊の指揮官は舐めていた。

元々、圧倒的に有利な編成なのだ。

とはいえ、舐めているとは言っても遊んだ判断ではない。

ここでクルセイダーを撃破してしまえば正真正銘の10対15となるので、その後の決戦の勝率が上げる為の判断であった。

つまりある意味では堅実で確実的な手段を取ったとも言える。

そうして見えないが確実にそこにいるクルセイダーに砲撃を加えていると、なんと逆側から砲撃が飛んできたのだ。

実は二度目の右側面からの砲撃は元から2輌しかしておらず、それに気を取られている間に3輌が左に回り込んでいたのだ。

挟撃を受けて敵本隊は完全に立ち往生してしまった。

流石に無視して進む訳にはいかず、かといってこのまま砲撃をしていても事態の打破の望みは薄い。

勿論、クルセイダーの砲撃で此方が撃破される可能性はより低いのだが、このまま現状を維持するのは非常に不味い。

事ここに至って数の差で楽勝であった筈の10輌の本隊が脅威となった。

この様な乱れた陣形で、浸透強襲戦術の陣形をしっかりととっているであろう本隊とぶつかればすり潰されるのは15輌の方である。

焦った指揮官は左右のクルセイダーを追う様に命令を出したが、当然ながら追われればさっと逃げるだけであり、追跡を諦めようとしたのならばまた追うだけである。

結果的にそれに釣られる様な形となり、陣形はますます広がり乱れていった。

 

なるほど・・・これがみほさんが指揮を執るクルセイダー小隊の戦い方か!

我々聖グロの本隊が固く火力もあるが足の遅い重装歩兵・・・そう、チュートンのエリートチュートンナイトの様な存在であれば、

あのクルセイダー小隊はモンゴルのエリートマングダイや弓騎兵の様な物だ。

本隊が戦場で決戦を繰り広げようとして集中している間に、後方の畑や生産施設を襲い、町の人を刈り取り兵站をズタズタに切り裂いて、気づけばいつの間にか泥沼のような状況にさせられるのだ。

戦場に出れば縦横無尽に動き回り、その速度を生かして周囲から攻撃してくる。

しかし迎撃しようとすれば手から水がするりと零れ落ちるように鮮やかに逃げいてく。

これは厄介だ。

この戦法を採られてしまえば聖グロの浸透強襲戦術は成す術が無い。

そしてその浸透強襲戦術の支援戦法としては強力無比となる。

 

そうして翻弄している間にみほさんチームの本隊が悠々と到着した。

その陣形は敵とは違い、これぞ聖グロと言わんばかりに美しく整えられている。

本隊からも砲撃が開始され、敵本隊は3方向から砲撃を受ける事になってしまった。

被害を出しながらも指揮官はクルセイダーを無視して陣形を整え、正面の本隊に集中する事を選んだようだ。

正しい。練習試合とはいえ片方の指揮官を任されたのだから彼女も有能な指揮官なのだ。

これが現状において最も勝率の高い選択だろう。

それを見越してか、クルセイダー小隊も何処かへと引いたようだ。

こうなると数は減ったがそれでもまだ数の上では敵本隊のほうが上である。

陣形さえ整えれば十分勝機はある。

クルセイダー小隊は後からどうとでもなると言う判断からなのだろう。

 

敵本隊が陣形を整え終わり、砲塔をすべて正面に向けていざ砲撃を開始せんとしその瞬間であった。

後方から5個の砲弾が飛んできたのだ。

敵指揮官もクルセイダーが引いた時点からこれはある程度予測していた様で、その上で無視するつもりであった。

ところが、砲撃を加えるだけではなく、5輌のクルセイダーが突っ込んできたのだ!

慌てて迎撃しようと砲塔を回転させるも元々その回転速度も遅く、また砲塔を正面に向けていたと言うことは真逆に向ける必要があり、最も時間がかかることになる。

当然、俊足クルセイダーに間に合う筈も無く、本隊の中に潜り込まれてしまったのだ。

今まで耳元で煩く飛び回っていた蜂は腹を皮を食い破り、臓腑の中で暴れまわる蛇と化したのだ。

流石にこの距離では撃破される可能性もあり、無視するわけにはいかなかった。

しかしながらそれでもクルセイダーの砲撃によって撃破される可能性よりも同士討ちによって撃破される可能性のほうが高い。

実際に1輌が同士討ちで撃破されると、砲撃をするわけにもいかず動転して車体と砲塔が定回らず動くばかりであった。

クルセイダーは所構わず撃っては暴れまわるだけで命中弾も出していなかった。

しかし、それだけで敵本隊は行動不全を引き起こしていたのだ。

 

そのまま敵本隊は本隊の砲撃で磨り潰されて終わった。

この試合でクルセイダー部隊は撃破どころか一発の命中弾すら出していない。

しかし、それでもなおこの試合において最も活躍したのがクルセイダー小隊である事は誰の目にも明らかであった。

もはや、聖グロリアーナ女学院戦車道隊員の中で彼女、西住みほを侮る者はいなくなっていた。

 

 

-10-

 

それからみほさんは時々ではあるが戦車道の活動に顔を出すようになった。

と言っても混じって活動をするわけではなく、あくまでゲストとして一緒にお茶を飲んだり、求められれば助言を出す程度であった。

そんなある意味冷やかしとも言えてしまう立場ではあるが、周囲からそれに対しての疑問の声は上がらず、むしろ好意的に―――特にクルセイダー小隊の者からは―――迎えられていた。

実力を示せばみほさんの親切で穏やかで心優しい人であり、そしてその助言も的確で自身の為になるのだから嫌うと言うのが難しい話である。

特にローズヒップはあれからみほさんの事をみほ様と呼び慕っており、その様子は良く懐く秋田犬や柴犬の様であった。

 

もう準備は上々だろう。

私はチェックメイトに向けて動きだした。

 

程なくして学園内で私に元気が無い、悩んでいるという噂が広まった。

実際に私は如何にもそうでございますという表情や態度を作っていたし、心配そうに聞いてくるみほさんには「大丈夫よ」と答えはしたが否定はしなかった。

そして私は「申し訳ないけれど・・・」中座し自室で休むと伝えて戻った。

恐らく、みほさんはアッサムにでも事情を聞くだろう。

そしてアッサムはそれに答えるように言っている。

OGや支援団体も注目している大事な試合があるが、悪い偶然が重なり、指揮菅クラスの人間が軒並み家の事情があってどうしても出られない。

その試合において無様な展開を見せれば責任者である私の立場が非常に不味い事になり、今後の戦車道において予算の問題や活動の自由さに大幅に制限がかかりうる事も。

そう、そう言う事になっている。

と言っても嘘ではない。

ちょっと過剰表現があり、またそういう状況にわざわざしたという事だけ伏せているだけだのだから・・・。

 

しばらくの間、私と同じ様にみほさんも元気がなくなっていた。

最もそれは苦しんだり悲しんだりという様子ではなく、何か迷っている様であった。

私はみほさんが何を迷っているのかは当然理解していたので、大人しく待った。

・・・みほさんの性格を考えれば答えは解りきっているのだから焦る必要は無いのだ。

 

 

「私を戦車道に参加させてください!」

 

何時も通り茶会にみほさんを呼ぶと、着席する前に私に向かって彼女は言った。

その目には迷いも不安もなく、揺れる事の無い眼差しは私の目をしっかりと見据えていた。

嗚呼。この瞬間を待っていた。

あの時、あの練習試合で貴女を見てから。

貴女が私だけを見てくれる事を・・・。

 

「・・・いいの?みほさんはそれで?

 同情とかそういう事で無理にしようとしているなら・・・そんな事はみほさんにしてもらいたくはないわ」

 

焦っては駄目だ。確かに針には引っかかった。

しかしここで慌てて竿を引っ張ってはならない。

落ち着いて、ゆっくり確実に寄せるのだ。

 

「いいえ!私は確かに戦車道はやりたくありませんでした・・・。

 ・・・でも、でも!オレンジペコさんやアッサムさんにロースヒップさん・・・それにダージリン様と一緒にやる戦車道ならきっと楽しいと思えると思います。

 だからここ聖グロリアーナでやる戦車道なら私やりたいです!」

 

私は無言で立ち上がり、ふらふらとみほさんに近寄るとそっと抱きしめた。

 

「・・・ありがとう、みほさん。

 私も貴女と戦車道ができるなんて嬉しいわ」

 

「ふふふ、ダージリン様は前に私に泣き虫だって言いましたけど、ダージリン様も泣き虫さんですね」

 

どうやら自分でも気づかぬ内に泣いていたらしい。

みほさんは前に私がしたように、その指で私の目じりを拭ってくれた。

私はそうされてから表情を見せまいと彼女の肩に頭を乗せる形で抱きつき、そんな私の背中をみほさんは優しく撫でてくれた。

 

・・・この涙は仮初ではなく本物の涙だ。

しかし、みほさんが思っている理由とは違う涙だが。

私が顔を見せまいとしたのも純粋なみほさんは照れていての事だと思っているだろう。

だが、それも違う。

今の・・・私の笑っている貌を見せる訳には行かなかったからなのだ。

 

 

 

次の日から早速みほさんを副隊長においての訓練が開始された。

浸透強襲戦術はある面では西住流のそれと行動原理は似ているので、みほさんは驚くべき短時間で副隊長として過不足の無い指揮を見せるようになった。

練習試合の当日も、まったくあやうげなく勝利した。

副隊長としての全隊への指揮もさる事ながら、クルセイダー小隊を今までにないくらい有効活用したのだ。

余談ではあるが、自身を使いこなしてくれる主人に巡り合えた事もあって、ローズヒップはますます優しい主人に傾倒していったのも付け加えておく。

私はみほさんを褒めるのでもなく賞賛するのでもなく、感謝を表明した。

ありがとう。助かったわ。貴女のおかげよ。貴女の友人である事を誇りに思うわ。

恐らく、みほさんは戦車道に対する賞賛などに価値を感じていないのだ。

それよりは自身の行動に対しての感謝や、己を必要されていると感じたいのだ。

それによって自身の存在の承認欲求を満たしたいのだ。

また、ひたすら甘やかした。

子供を教育するとき、叱るも褒めるのも丁度良い配分があるそうだ。

今まで西住家にあってきっと厳しく育てられたに違いない。

だから私がひたすら甘やかし、バランスを取ってあげているのだ。

その甲斐もあってみほさんの本来の戦い方とは真逆の浸透強襲戦術を受け入れて行った様だ。

いや、より正確に言うならば戦車道の戦い方など本質的にはどうだって良いのだろう。

これをすれば感謝され必要とされるから喜んでやるのだ。

 

あれからしばらくしてみほさんを副隊長に正式に任命した。

殆ど反対はでなかったが、数少ない例外もみほさんの車輌に一回乗せれば解決した。

こうして私があの日に望んだ物は全て現実で叶えられたのだ。

 

 

-11-

 

 

みほさんが聖グロリアーナで戦車道を続けると言うことは、黒森峰との練習試合にも出ると言うことだ。

かつて身を包んでいた黒森峰のパンツァージャケットとは真逆のカラーリングの聖グロの其れを身にまとい、副隊長として私の傍に侍るみほさんを黒森峰の面々に見せ付けるのは今までに無い快感を感じさせた。

何人かが・・・そう、みほさんのかつての乗員の方々が私を強く睨んでくるのが見える。

私はそれを受けて、まだ震えているみほさんに優しく声をかけた。

 

「みほさん、お辛いのなら無理しなくていいのよ」

「い、いえ!やります!少しでもダージリン様に恩を返したいんです!」

 

ああ、なんて健気で可愛いんだろう。

本当に、本当に手に入れて良かった。

一生大事にしよう。ずっと傍にいて欲しい。

我慢できなくなった私はみほさんの腰を左手で抱え寄せ、右手で頭をそっと優しく撫でた。

 

「そう、みほさんは本当に良い子ね・・・」

 

そして、その所有権を主張する様に黒森峰の方をちらりと見て、「彼女はもう私の物」と意味を込めて笑ってやった。

騒然とする彼女等を背に、みほさんの腰にまわした手をそのままに自陣へとエスコートした。

そう、もう彼女は私の物なのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……本当に?

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に彼女は私の物なのだろうか?

主導権は私にあるのだろうか?

もし・・・もし仮にだ。

私が彼女にさようならと告げたとしよう。

・・・恐らくは悲しむだろう。残念がるだろう。

しかし、それだけではないだろうか。

泣いてくれるかもしれないが、そのままいずれ諦めて去るだろう。

そしてその悲しい気持ちは他の誰かの元でやがて癒えるだろう。

彼女を受け入れてくれる先は幾らでもあるだろう。

私はただ黒森峰の代替として一番早くなっただけではないのか?

 

では、では私は?

もし彼女に別れを告げられたら?捨てられたら?

最初は余裕ぶって「冗談かしら?」と強がるだろう。

しかし、それが本気であると気づいたら、恐らく形振りを構わない。

足元に縋り付き、どうか捨てないで欲しいと泣いて懇願するだろう。

そこまで考えた時点でゾクっとする。

彼女に・・・捨てられる?

考えただけでも恐ろしい。

先程の黒森峰の心境が今初めて本当に解った。

私はなんて恐ろしい事をしてしまったのだろう。

良心の呵責ではない。

人間は他人に何かを為す時、それが自分の身にも起こるのではないかと本能的に恐れてしまう。

・・・嫌だ。嫌だ!

もう彼女無しでは耐えられない。

あんな風にはなりたくない。

彼女抜きの人生など耐えられない。

何でもするから!一番じゃなくてもいい!

こんな偉そうな立場じゃなくてもいい!

ペットとしてでも構わない!

私は今後、どれだけ余裕ぶっても、年上風を吹かせても、立場が上であるかの様に振舞っても、心の奥底では彼女を恐れなくてはならなくなった。

彼女から捨てられない様に媚びなくてはならない。

彼女に飽きられない様に細心の注意を払わなくてはならない。

・・・彼女の為に生きなくてはならない。

 

う、うふふふふふふ。

何がもう私の物だ。

思い上がりも甚だしい。

 

とっくには私は・・・・

 

 

 

 

        『もう、彼女の物』

 

            了

 


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