如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
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逸見エリカにとって西住みほが特別な存在であったのは疑い様ない事実であった。
あの最初の練習試合にみほの車両に搭乗した者にとってそれは全員に言えた事であったが、その中でも特にエリカはそうであった。
同室である事もあり、間違いなく黒森峰の中で……そう姉である隊長より最もみほと共に時間を過ごした人物であった。
元はエリカは頂点を目指していた。
あの敬愛し尊敬している隊長ですら、いずれ辿り着く事を目指していた目標でもあった。
しかし、あの練習試合以降、エリカはそれまでずっと胸に秘めていたその目標を忘れたかのように別の目標を目指して戦車道を歩み続けた。
それは公私どちらにおいてもみほを支える事である。
私生活においてはどこか抜けているみほを細かくサポートし、戦車道においてはみほの意図をできるだけ察し、そしてその指示を的確かつ柔軟にこなし、他の隊員により細かく率直に伝達する事を目指した。
また二年後には……いや、ひょっとしたら来年にもみほが隊長になる時に、自分が副隊長である様に……。
エリカは夢想していた。
黒森峰の黒いパンツァージャケットに身を包んだ西住みほが敵チームを迎える。
戦車道の場にいるからか、凛とした眼差しと姿勢で堂々たる態度で相手をみている。
その後ろには我等が黒森峰の精鋭が勢揃いし、我等が隊長の下知を今か今かと待っている。
そして自分はそのみほの僅か右後ろに付き従うのだ……。
その夢を実現させる為に、エリカは戦車道だけではなく様々な事を勉強した。
資材・財政の管理、他の高校への申請や訪問の為の必要事項、学校やお上に提出する書類の作成手順と提出方法。
戦車以外を操縦させるのに不安が残るみほの移動手段の為に飛行船、ヘリ、船舶、エアボート、輸送航空機等の免許も取った。
少しでもみほの負担を無くす為に、雑事に気をとられないように、そして少しでも頼りにされたくて、少しでも見てもらえる様に……
……しかし、その機会は一瞬の出来事で。
しかも、自分が原因となって奪い去られた。
-2-
黒森峰機甲科生達は敬愛する副隊長の事故と入院に極度の不安を感じ、そしてその副隊長が他校に……それも戦車道が存在しない学校へ転校を決断した事でまるで火が消えた釜戸の様に意気消沈していた。
それでも一応は訓練等の戦車道の活動を再開できたのだから流石は黒森峰と言うべきなのかも知れないが、それは自らの体に染み付いた習性と習慣が自動的に体を動かしているような物で、依然として精神は空白のままであった。
その中でいち早く立ち直ったのが逸見エリカである。
当初は最も落ち込んだ一人であったが、決勝戦後の夏休みが明けると黙々とそれでいて誰よりも熱意を持って戦車道を行っていた。
その様子に一人の生徒が食って掛かった。
「あなた!一番みほさんと仲良かったんでしょう!?
それなのにもう忘れてその態度なの?
もう悲しくないの!?もう忘れたの!?
この薄情者!!」
周囲が止めるのも振り払ってエリカを糾弾する彼女にエリカは激怒する事も呆れる事も見下げる事もせず、淡々と言った。
「……みほにとって一番辛い事ってなにかしら?」
「……辛い事?」
「このまま黒森峰が腐って朽ちてゆくのが一番あの子にとって辛いんじゃないの?」
「……!!」
ハッとした様に固まる彼女にエリカは続けた。
「あの子が一番安心するのは黒森峰が立ち直る事じゃないの?」
彼女のみならず周囲はエリカのその言葉を飲み込むとゆっくりと吟味した。
そうだ、人一倍責任感が強かったあの西住みほが現状の黒森峰の境遇を聞けば、自己の責任と思い込むのは間違いない。
逆に立ち直れば、きっとあの心優しい西住みほの事だ。
安心すると共にきっと自分の事のように喜んでくれる筈だ。
「来年、優勝して黒森峰は大丈夫だって言ってあげたくないの?」
そうだ、皆で優勝旗を手にしてあの西住みほに見せてやりたい。
なんなら中央に連れてきて優勝旗を持ってもらいたい。
他校に行こうとも、他の制服に身を通そうと西住みほは何時までたっても自分達の副隊長なのだから。
エリカはボロボロと泣き出した彼女をそっと抱きしめた。
「……ご、ごめんなさい!わたし……」
「いいのよ。貴方もあの子を思って言ってくれたんだから。
それなら私が怒る事はないわ」
その日から黒森峰は以前の様に……いや、以前以上の士気と熱意を持って戦車道を歩み始めた。
全員が共有する目標に向かって。
その後しばらくしてエリカが副隊長に就任したが、反対の声は一切上がらなかった。
-3-
年度が替わり、今年の大会が始まる。
2015年5月5日、第63回 戦車道 全国高校生大会の組み合わせ抽選会がさいたまスーパーアリーナにて行われようとしていた。
抽選を引くのは代表者であるのが通例であるから隊長である西住まほとその付き従いで逸見エリカもこの場所を訪れていた。
と言っても主役はまほであるからエリカがこの場でする事はない。
エリカに行って来ると声をかけるとまほは壇上に歩を進めた。
去年度のMVP最優秀選手に選ばれ、眉目麗しく、その凛とした立ち振る舞いは戦車道女子の体現そのものでもあり、間違いなく一番注目を浴びるだろう。
場内にざわめきと僅かな歓声が上がり、幾多ものフラッシュが炊かれまほの姿を何度も点滅させた。
その多大な視線の数をまほはまるで柳のように受け流し、粛々とクジを引いて掲げた。
その数は13。
それを見てエリカは思わずククク…と笑みを零した。
13人目の招かれざる客ロキ。13番目の天使サタン。悪魔のダース。
ゴルゴタの丘でイエス・キリストに荊の冠をかぶせて殺した13番目の男。
いっそ不吉で縁起が良い。
黒森峰に相応しいだろう。
(それに……)
ブロック表に目を遣せば初戦は知波短学園だ。
あの突撃しか能が無い連中ならば敵でもなんでもない。
試合ではなく鴨撃ちの場と化すだけだろう。
二戦目に恐らく来るだろう継続高校には練習試合では思いもよらず苦戦もしたし、あのみほが評価した事もあって全くの余裕とは行かないだろうが、練習試合ではなく出す車両も選手も全力を出す公式戦ならばまず大丈夫だ。
準決勝もまず間違いなく聖グロリアーナ女学院が相手になる。
此方は継続高校以上に鉄板と言える。
決して聖グロリアーナ女学院の錬度と戦力を侮っている訳ではない。
むしろ四強と言われる中でも屈指だろう。
単純に聖グロが得意としている……というよりは固執している浸透強襲戦術が黒森峰と相性が悪いのだ。
より正しく言えば黒森峰がというより西住まほがと言うべきだろう。
複雑な数式とも言えるような浸透強襲戦術は確かに脅威だが、現状の材料から全てを計算し予測できる能力を持つ西住まほとは致命的に相性が悪い。
当然、それは聖グロにも解っている事だが、誇りと伝統を重視する校風・OG・後援者等々の要因によってそれを捻じ曲げて勝つよりはそれを全うして負ける方が良いと考えているのだ。
以前のエリカならそんな誇りとやらは鼻で笑い飛ばしていただろうが、今ではその気持ちも良く解る。
……いや、実際には黒森峰は聖グロのそれを笑い飛ばせるような立場ではない事に気づいたというべきか。
ともかくも準決勝まではまず心配はないといえる。
そして懸念するべき四強の残りの二つは別ブロックに固まっており、決勝まで当たる事はない。
エリカは黒森峰がこの高校戦車道界では最も強い存在だと信じている。
それは自己贔屓による過大評価ではなく、現実的に(少なくとも本心では)誰もが認める事だろう。
しかし、「常に強い馬が勝つ。だが、いちばん強い馬が勝つとは限らない」というのは往々にして真理である。
その実証が去年だろう。
確率は低いが常に何%かは負ける可能性がある。
故にその機会が二回ではなく一回になるこの組み合わせは黒森峰にとって最良の数字を引いたと言える。
『次、大洗女子学園』
会場に流れるアナウンスを聞いてエリカは思考の海から戻された。
聞いた事の無い学校名だ。
今となっては少しマイナーになりつつもあり、戦車を揃えて維持するのにも決して安くない費用がかかる戦車道では新規参入する学校は非常に珍しい。
故に去年に大会に参加しなかった学校の名前を聞く事に若干の驚きを感じたのだ。
それでも戦車道を歩む者のとしては新しくこの世界に入ってきた新人達を歓迎する気持ちもあった。
誰だって自分が本気で打ち込んでいる世界の人口が増える事は嬉しく思うだろう。
「……え?」
しかし、そんな気持ちも壇上に上がった大洗女子学園の代表者の姿が目に入るまでであった。
「……みほ?」
間違いない。
姉と違い、平時では頼りないあの子らしくクジを引いた後も会場からの歓声や注目におろおろしている姿はエリカの知っているみほの姿そのものであった。
-4-
「……」
「……」
会場を後にした私は隊長と無言で歩いていた。
そっと隣を歩くまほの姿を見る。
その表情にも立ち振る舞いにも些かの動揺も見られなかった。
しかし、反応に一切の変化が見られない事がむしろ隊長の内心を如実に表しているのではないだろうか?
「……あっ」
そんな中で視界に一軒の店が入ると、私は思わず声を零してしまった。
『戦車喫茶』
それは去年に私と同じ様に副隊長として隊長と一緒に抽選会に赴いたみほから土産話として聞いた店であった。
『帰り道で戦車喫茶という店を見つけたの。
面白いなぁ珍しいなぁって見てたらお姉ちゃんが寄りたいのか?って聞いてきてね。
そんなに物欲しそうな目で見てたのかなって恥ずかしくなっちゃって。
そうしたらお姉ちゃんは「私が寄りたいんだ。付き合ってくれないか」って笑いながら聞いてきてね。
それで好きなものを食べるといいって言ってくれてね。凄く美味しかったの。
呼び出し音も戦車の砲撃音だし、ケーキもドラゴンワゴンが運んできてくれて面白かったなぁ』
みほは嬉しそうに、楽しそうに語ってくれた……。
『今度、エリカさんも一緒に行こう!』
「……寄りたいのか?エリカ」
私ががぼうっと見ていると隊長が声をかけてきてくれた。
「……」
「……私が寄りたいんだ。付き合ってくれないか」
黙っている私をどう思ったのか。
ひょっとしたらあの時のみほと同じ様に恥ずかしがっていると思ったのか、笑いながらそう私に言ってくれた。
そう、笑いながら。
そこに決して疲れたような自嘲するような笑みではなく……そう、昔にみほと一緒にいた頃に良く浮かべていた笑顔がそこにあった。
「……はい!」
私は久しぶりに心が躍るのを自覚した。
……何かを楽しいと感じたのは久々だ。
そう思いながら隊長と一緒に戦車喫茶の入り口をくぐる。
なるほど内装は確かにみほが昔語ってくれた通り中々面白い。
「好きな物を食べるといい」
「いいんですか?」
「ああ、普段からエリカは頑張っているからな。
これぐらいはさせてくれ」
「……はい!ご馳走になります!」
隊長が私の頑張りを労ってくれる。
誰よりも認めて欲しかった人が認めてくれている
その事実が私の心を更に軽くさせてくれた。
奥の席に着席し、隊長が注文を決めたのを確認してテーブルに置かれている戦車の形をした呼び出しボタンを押す。
これもみほが言った通り、ドカンとおおきな戦車の砲撃音が鳴った。
直ぐに定員が来て注文をとり、程なくして戦車の形をしたケーキをドラゴンワゴンが運んできた。
これもみほの話通りだ。
「面白い店ですね」
「ああ、私はこういった店には疎い物で去年に来た時はこれが普通だと思ったんだが、どうやら違うようでな。
別の店に行った時に少し恥を掻いてしまった事もあった」
「……それは…」
思わずその様子を想像してしまい、私はついクスクスと笑ってしまった。
無礼だったかと思ったが隊長も同じ様に笑ってくれた。
「だがケーキの美味しさも特別だった。
さぁ、食べよう」
そう言われて私は隊長と同じようにフォークでケーキを口に運んだ。
確かに美味しい……。
これもみほの言ったとおりだ……。
涙が滲んでくる。
何故だろうか。
楽しい筈なのに。
嬉しい筈なのに。
隊長と一緒にこんな所に来て二人で雑談をしながらケーキを嗜む。
普段なら舞い上がってもおかしくないくらいなのに。
それでも私は心の何処かで思っているのだ。
一緒に来たかったのは隊長ではなくみほだったんだ……と。
そんな私に隊長は何も言わないでくれていた。
多分、何となく私のこの本音も察しているのだろうと解った。
その上で私をそっとしておいてくれている事に感謝した。
そろそろ帰ろうかという隊長の言葉で席を立ち、入り口付近のレジに進もうとした時であった。
店内の雑多とした声の中で、微かに聞きなれた声を聞いた気がした。
幻聴かと思いながらその方向に視線をやると、そこには、みほが、いた。
私の知らない制服を来て、私の知らない子達と、
私が知っている笑顔……あの決勝戦前日に小梅と浅見と斑鳩先輩と一緒に鍋をつついていた時の笑顔を浮かべて私と一緒に来ようと約束したこの場所に……
「副隊長……?」
気づけばふらりと足動いていた。
「ああ、元……でしたね」
私に気づいて此方をあの子が見る。
何でそんな目で私を見るのだ。
「無様な戦いをして西住流の名を汚さないようにね」
私の口は止まらない。
傍にいた二人が立ち上がってあの子を庇う。
本当に……誰にも好かれる子だ。
「無名校の癖に……。
この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないのが暗黙のルールよ」
それ聞いて茶色のウェーブがかかった方の子が「貴方達と戦ったら絶対に負けないんだから!」と言って来た。
この制服を着た私達にそれだけの啖呵を叩けるのだ。
本当に戦車道を見た事も聞いた事も無い初心者なのだろう。
「……ふん、頑張ってね」
それを最後に私たちは店を出る。
視界の端には最後まで俯いているあの子の姿があった。
-5-
帰路へと歩く二人は戦車喫茶に入店する前のように無言であった。
「エリカは……」
そんな中で先に口を開いたいは隊長であった。
「申し訳ありません!
黒森峰副隊長であるに関わらず、あの様な見苦しい態度を見せてしまい……」
「エリカは……人が団結する上において最も必要な物は何だと思う?」
隊長の前でみほにアレだけの嫌味を言ったのだ。
先程の態度を叱責されるかと思った所に思いもよらぬ質問をされてエリカは戸惑った。
「人は必ず排他的な要素を外に持って集団を作る。
小は所属する組織、住んでいる地域、同じ趣味や好み等。
大では人種や国家。
自分と共通するカテゴリーを持つ者同士で集団を形成し、更にその中で小カテゴリーを築いてより濃い関係の集団を形成する。
同じ国に住む者に他国人より親近感を覚え、その中で更に同じ学校に所属する者を、更に同じ科、同じ学年、そして同じクラスといった具合に。
その中で最も人が団結する上で必要な物は……」
「敵……ですね。
共通する敵を持ってこそ人は強固に団結できます」
「そうだ、ましてや出会って間もない間柄なら特に必要だろう。
殊更に敵対心を煽り、共通した目的意識を持たせるような敵が……」
「……」
「敵から庇ってくれる様な友達がみほにいて良かった……。
……みほの為にありがとう。
辛い事をやらせてしまったな……」
「…………」
駄目だ、堪えなければ……。
こんな所で隊長に涙を見せたくはない。
しかし……見抜かれてしまった。
あんなみっともない子供染みた心を。
そして…気づいてくれた。
私の真意を。
「……みほは戻ってきてくれたんですね」
「……ああ、そうだな」
隊長は私の頭を一撫でし、私達は再び歩き出した。
……ただ、一つだけ気になった点がある。
隊長の返事が何処か躊躇を感じられた。
……だとするならば、いったいどういう事だろうか?
隊長にとって……まだみほは戻ってきていないのだろうか?
-了-
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『I'll be back.』
(「また戻ってくる」)
映画「The Terminator(邦題:ターミネーター)」(1984)より