如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第二話【試練】

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練習試合の結果を先に纏めようと思うのだが、私の貧弱なボキャブラリーと構成力ではアレをなんと纏めるべきなのか解らない。

様々な賞賛や驚嘆を含んだ故事成語、慣用句、四字熟語等が頭の中で浮かんでは消えるが、それらを全て纏めようとするにはこの余白は余りにも狭すぎる。

よって自然と表現するとしたら「筆舌に尽くしがたい」に成らざるを得ないだろう。

いや、そう言えばこの様な格言を知っているだろうか?

「テキストの短さ・シンプルさはそれの苛烈さを現す」

これに倣って端的に表現を纏めることにしよう。

 

西住家ヤバイ

 

 

 

-2-

 

まず練習試合は一年生同士の乱戦による物である。

20輌が決められたポイントから開始し、定められた範囲内で最後の一輌になるまで戦うというものだ。

これによって各々の戦車単体に対する能力を見定めるのだ。

組み分けとしてはまず各々が自由に声をかけ必要な人員を集めていく。

ただしそれぞれ一名は欠員させなくてはならない。そして必ず車長はいなくてはならない。

そしてその空いた枠に上級生が入る事となる。

無論、この上級生は一年生それぞれを評定する為に存在しており、戦車の中から直接各員の働き振りを見てそれを上に報告するのだ。

車長を上級者が担当しないのも当然の事で、戦車を人体に例えるならば仮に手足を他と入れ替えてもその人間のパーソナルアイデンティティーは維持されるであるだろうが、頭たる車長を入れ替えたのならば其れは別人といえる。

詳しくは「からだの部品とりかえっこ」という狂気染みた作品を参考にして欲しい。

まぁ他にも車長に上級生に対して臆する事無くどの程度命令をする事が出来るかも試しているのだが。

 

尚、個人競技となるので通信手に関連して別途特殊な取り決めがある。

それぞれの車輌はペアとなる相手がおり、この車輌を誤って撃破してしまうとその時点で失格となる。

特にスコアを共有しているわけではないので共闘する意味は薄い。

ただし互いの通信手はフレンドリィファイアを避ける為に場所の共有等の情報交換が必要となる。

また自車輌が収集した情報を相手に伝え、其れが撃破につながった場合は通信手の功績として判断される事になる。

練習試合の前日にこれらのルールが提示され、組み分けが開始された。

勿論、これがただの練習試合とは誰も思っていない。

選別は既に始まっているのだ。

一年生だけで80人。時が経つに連れて脱落者が出るので減っていくとはいえ総勢200人を超える。

この内、試合に出れるのは1/4以下。20輌出撃できる決勝でも1/3程度。

飢えて勝って自らの実力を示さなければ席は無いのだ。

 

篩にかけられている事を自覚した少女達は、網目から落とされぬ様に可能な限り大きな石とくっつこうと奔走した。

当然の成り行きとして、中学で優秀な実績を残している大きな石同士は異なる極を持つ磁石の如き引力を発生させて自然と繋がっていく事となる。

一方で無名であったり、さしたる実績も無い小さな石は大きな石とは同極を持つ磁石の如き斥力を発生させていた。

いや、此方の場合は磁石に例えるのは不適切であった。一方は離れようとしてはいるが一方は近づこうとしているのだから。

そして、小石同士は現時点では互いに見向きもせずに何とか大きな石達の間に滑り込めないかと東奔西走していた。

時折幸運な、いやそれもまた実力だろうか、気に入られたり媚が成功したり、はたまた他の要因を絡めてか潜り込めた小石も存在したが全体からすると極一部に過ぎなかった。

そして場が煮詰まりいよいよ小石だけが残されると、その中に残されていた妹様の姿が浮き彫りになっていた。

 

無論、これは妹様を排斥した彼女等からすると無理からぬ事であった。

妹様は…というより西住家はどうやら中学においては学校の戦車道活動は行わないようだ。

成人の各西住流門下生等に混じりもっとレベルの高い環境で腕を磨くそうだ。

率直に言ってしまえば中学戦車道などの御遊戯に付き合っている時間はないという事だ。

最初にこれを知った時は正直にいえば「何様」という感情が浮かばなかったと言えば嘘になる。

しかし、あの西住まほを知ってしまえば当然至極最もな事と納得せざるを得なかった。

確かにあの王者にとって中学生の戦車道などぬるま湯に等しいだろう。

まぁ詰まる所は妹様はその実力を判断できる実績が無かったのである。

とすれば第一印象で判断するしかない。

そしてある種の意志の強さが求められる戦車道においてあの自己紹介は…どう贔屓目に見ても高評価にはならないだろう。

 

最初の選別とあってこれは遊びではない。

比喩抜きで今後の3年間を左右しうるものだ。

そして黒森峰での3年間を左右するという事は戦車道人生そのものを左右する事になる。

当然、予断は許されない。甘えは許されない。

潜り込めた幸運な小石も他の石と比較すればというだけであって実力もある程度認められた上で潜り込めているのだ。

ましてや全くの不明で危険性が大きい存在を抱え込む余裕など無い。

もし、妹様が一人っ子で唯一の跡取りであったのならば、ここで恩を売るという選択肢もありえただろう。

特に己に自信があるものこそ此処で選別をドブに捨てても後から幾らでも追いつけると判断し、西住家当主に渡りをつける方が重要としてもおかしくは無い。

しかし、西住の明確な後継者は他に存在している。ここで妹様を選ぶ理由は彼女等に無いのだ。

 

横目で隊長の姿を盗み見ると相変わらず直立不動で眼光鋭く一文字に口を固く結んで見守っている。

その姿は一見何時もどおりの凛々しい隊長であるが、よく見ればその視線は常に妹様を向いており、右手の人差し指は僅かにだが一定のリズムで揺れていた。

最も私自身は最初から見ていたので解るが、確かに周囲も彼女に声をかけなかったが妹様自身も周囲に声をかけようとしていなかったのだ。

いや、より正確に表現するなら終始一貫として一人に話しかけようとしては引っ込めるを繰り返していた。

その対象とはクリーム色に近い銀髪の生徒―――確か名前は逸見エリカといった―――である。

此方は妹様と違って極普通に何度か声をかけて回っていたが、健闘むなしく肘鉄砲を食らっていたのだ。

この逸見エリカという生徒は黒森峰の機甲科では珍しく中学はそれほど有名な学校ではなく、必然的に本人も実績を残していない完全な"小石"であったが故である。

我ながら良く覚えているなと感心したいところだが、妹様の前の番で自己紹介していたから印象に残っているだけだ。

そういえば妹様に助け舟を出していたのも彼女だった。

その縁を頼って妹様は声をかけようとしていたのだろうが、とすると妹様は別に良い成績を残すことに積極的ではないのだろうか?

そうなるとやはり戦車道に対しての意欲は少なく、半ば家に帰属する義務感によって動かされているのかもしれない。

 

しばらくして何かを悟ったのか逸見の方から妹様に話しかけていた。

会話の内容は聞こえないが・・・まぁこの状況なら編成を組もうという誘いに違いないだろう。

先ほどまでオロオロしながら顔に「どうしようどうしよう」と書いてあった妹様も話しかけられると安心したのか花が咲いたような笑顔になる。

可愛い・・・。隊長に似ている顔でああも朗らかに笑われると心に来る。

逸見自身も予想外の反応に面を食らったのか、それとも両手を握られてありがとうと言われたことに照れたのか顔が赤くなっているのが解る。

 

隊長の方を見てみると僅かに目を閉じ、ゆっくりとだが大きく息を吐いていた。

やはり中々組めない妹様を心配しておられたようだが、少しだけ疑問が残る。

最初は有力な一年生と組めない事を心配していたと思っていたのだが、ここで安心したという事は単にぼっちになる事を心配していたのだろうか?

という事は隊長も妹様がこの練習試合で実績を残す事を望んでいる訳ではないのだろうか。

すると言い方は悪いが隊長は妹様の戦車道自体には期待していないのかもしれない。

まぁ隊長が妹様の黒森峰入学を心待ちにしていたのは間違いないので、単に一緒の場で戦車道が出来れば満足なのだろう。

残された小石達も逸見と妹様が手を組んだのを見て触発されたのか―――或いは諦めたのか―――それぞれで組んでいく事にしたようだ。

当然、妹様の残りの枠も無事に埋まる事となる。

各々の車長に該当する物が編成者を紙に纏め、提出した所で今日の活動は終了となった。

 

-3-

 

「斑鳩、少し良いか?」

その日の活動終了後に私は隊長に呼び止められた。

ちなみに唐突であるから混乱する者もいるかもしれないが、この斑鳩というのは私の名前だ。

珍しい名前である事は自覚しているが、同級生からは「オセロ」と例えられ、もう一方からは「囲碁」という意味不明な評価を受けた事がある。

閑話休題。呼び止められた私は隊長室まで連れて行かれ、頼みがあると隊長に本題を切り出された。

「今度の練習試合なんだが・・・みほの編成では操縦手の枠が上級生担当となる。

 ついてはそれを斑鳩に任せたいんだが良いだろうか?」

・・・

・・・・・・

上級生の配置は隊長が決める事になっているのだから言い方は下品ではあるが良いも糞もないのだが。

いや、そんな事より妹様の車輌の操縦手を隊長から任される。これは非常に名誉なことではないか?

隊長にとって最も心配しているであろう妹様を任せてくれるのだから、これは信頼されているのではないだろうか?

 

当然の事だが私はお任せください!と快諾した。

隊長は「そうか、斑鳩が引き受けてくれると助かる」と言ってくださり、私の肩に手を置いて「妹を頼む」と告げられた。

さながらこれは王より姫の専属騎士に任命された様なものではないだろうか。

劉邦を守る為に身代わりに任命された紀信の様な信頼である。

いや、これだと火炙りだから縁起が悪いな。周苛ならどうだ?釜茹でにされてた。本当にろくでもないなあの酒飲み亭長。

兎も角もこの信頼は絶対に裏切れない。

可能な限り妹様を守ろう。

 

―――後から思うと身の程を全く弁えてない誓いであったが

 

 

 

 

 


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