如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
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壇上で一人の少女が札を高らかに上げていた。
その少女をダージリンは良く知っていた。
彼女が黒森峰にいる時にも練習試合の度に何度か姿は見ていたからその時から興味は持っていたが、それが加速度的に上昇したのは大洗と練習試合をしてからとなる。
公式戦で無く練習試合との事なので車両数を調整していたので数の上では五分ではあったが、戦車道としては新興であり彼女以外は初心者らしく、勝利は確実な物だろうと思っていた。
その思いは実際に当日に姿を見た時に更に強くなった。
立ち振る舞いは勿論としてその奇抜な戦車を見た時は思わず絶句したものだ。
無論、そんな様子を表に出しては高貴とはいえないので決して態度には出さなかったが。
確かに練習試合では此方側が勝利した。
しかし、それは辛勝というべきであっただろう。
序盤は当初の予想通り聖グロの圧倒的優勢であった。
しかしそれは市街地に迷い込んでからは一挙に状況が変化した。
僅かな間に次々とあの少女の駆る戦車に打ち倒され、そして一騎打ちとなった所で辛くも勝利したのだ。
それだってタンク・ジョストとしては回り込まれて虚をつかれ、先に側面へと被弾したのだ。
勝ったのはチャーチルの装甲の厚さに助けられたからと言える。
無論、戦車の性能を活かして戦うのが戦車道ではあるが、あれではとてもではないが勝った気はしない。
……いや、そもそも勝利したという点に違和感があった。
後から彼女との立ち回りを思い返し、そしてその後の彼女との会話で得た印象を考えると……何処か奇妙な齟齬を感じるのだ。
……そう、まるで勝利する事が目的ではないような。
彼女の本当の戦い方はもっと別の所にあるのではないかと思えてしまうのだ。
兎も角も彼女との試合は非常に面白い物に感じたのは確かだ。
加えて、彼女自身にも言い様も無い魅力も感じる。
何とも不思議で……好ましい少女だった。
ふと騒がしさを感じてそこに視線をやるとサンダースが歓声を挙げているのが目に入った。
「……あらあら喜んじゃって」
「無理もありません。
初戦の相手が新参校となれば楽勝と思っても仕方がありませんから」
ダージリンの呟きに傍にいた彼女と同じ黄金色の髪巻き編み上げた少女……オレンジペコが反応した。
「本当……これだから強くても歴史が浅い所は困るわね。
……とてもではないけれど、私がサンダースの立場ならあんな風に手放しに喜べませんわ。
どんなに戦車と人員が劣っていても、あの西住みほが指揮を取るのですから。
こんな格言を知っているかしら?
『1頭の獅子に率いられた羊の群れは、1頭の羊に率いられた獅子の群れを駆逐する』」
「フランスの皇帝。ナポレオン・ボナパルトの言葉ですね。
……でも、ダージリン様。
サンダースの立場だったら喜べないというのは嘘ですよね?」
「……そうね。
また、みほさんと公式戦の舞台で戦えるのなら確かに私は喜んでいたでしょうね……」
実際、このトーナメント表では聖グロリアーナ女学院の行く末はほぼ固定されていると言ってもいい。
初戦と二回戦は危げなく勝ち、準決勝では黒森峰に敗れるだろう。
これがサンダースやプラウダが相手ならばそうは行かないだろう。
此方が勝つか、相手が勝つか、最後のその時まで解らない戦いが楽しめるだろう。
そういう意味では大洗と戦うのが一番楽しそうだ。
あんな車輛と人員で、もし西住みほが本気で勝ちに来たのならどういう戦いが行えるのだろうか。
「……でもこの会場で果たしてみほさんの実力に気づいている方がどれだけいるのかしら」
戦車道にある程度でも触れているなら西住の名を知らない物はいない。
それでも去年から話題に上るのは姉ばかりであり、妹の方は常にそれに隠れていた。
戦闘面でも解りやすく目立った功績は上げていないのだから、知っていても"優れた選手"という評価止まりだろう。
ダージリンとて知っていたのは黒森峰との練習試合の回数が他より多かったからに過ぎない。
同時に自分だけが彼女を知っているという事実が彼女の仄かな優越感を感じさせ、独占欲を満足させていた。
……実際、ダージリンの呟きは的中していた。
この会場で黒森峰以外だと西住みほを評価していたのは極僅かであった。
その何人かはそれぞれ畏怖であったり敬仰であったり期待であったり様々な視線を彼女に送っていた……。
その後、時が経ち、大洗とサンダースの試合の日。
ダージリンとオレンジペコは逸る気持ちを抑えて観戦の準備を整え、試合開始を今か今かと待ち構えていた。
「……あら、ふふふ」
そんな時、ふと視線を向けるとよく見知った人物が共を連れてこの試合を同じ様に観戦しているのが目に入った事に気づいた。ダージリンは思わず笑みを零した。
「相変わらず何時までたっても妹離れできない人ね……」
-2-
『ではこれより、大洗女子学園対サンダース大付属の試合を開始します」
ああ、妹様がパンツァージャケットを着て戦車の前に立っている。
この光景がまた見られるとは思わなかった。
しかし、着ているジャケットは私達の黒いそれとは違う。
黒森峰の物では無い……。
一体私は嬉しいのだろうか?それとも寂しいのだろうか?
それとも……
私は右胸に手をやりながら、涙が滲んで来るのを誤魔化す様に頭を振った。
「隊長、この試合どう見ます?」
「……まずサンダースが有利なのは間違いない。
数の上でも5対10と倍離れている。
ランチェスターの法則で言えば戦力に4倍の差がある事になるな。
更に言えば第二法則の式で数だけではなく本来は武器性能や兵士錬度の係数がかかる事になる。
その点を考慮すれば戦力比はもっとかけ離れる事になるだろう……」
「…つまり大洗が危いと?」
「常識で考えればそうだな…。
だが、指揮しているのはみほだ。
御老人方の前ではああいったが……みほなら以前のままだとしても"この程度"の差ならひっくり返しす事も有り得るかもしれない……。
サンダースと当たったのは不運だが、一回戦で当たったのは不幸中の幸いだな……。
後は……みほが火力に負ける車輛の運用で最も得意とする交戦距離が近くなる市街地がフィールド内に無いのは不利だな。
森林の部分を活かせるかどうかだが……。
斑鳩、お前なら敵の倍の戦力があったらどう動く?」
「それは……やはり敵が固まるようなら包囲殲滅を。
敵が分散するなら各個撃破です。
それより細かく分かれる様ならそれぞれに有利な数をあてるという方法もありますが……」
「みほが相手なら戦力分散はしたくないな」
「その通りです。
かといって相手が細かく分かれても此方が固まって動いている場合、此方が包囲される危険性があります」
「つまりみほは細かく分かれるのがベター。
しかし、サンダースはみほをそれほど知りはしない。
つまり定石として各個撃破、またはそれぞれに有利な数を当てての全面攻勢を行う。
その結果、それを逆手にとってみほは分散したと見せかけて、敵を各個撃破行う。
といった感じになるか」
「予想するならそうなりますね」
ところが試合が始まると予想を覆す光景が眼前に広がっていた。
「これは……妹様が後手に回っている!?」
驚くべき事にあの妹様が事ある毎に先回りされ、後手に回っているのだ。
それも本来なら妹様が得意とする読み合いが重要な視界不良の森林内でだ。
「サンダースの隊長はあのいもう……いえ、副隊ちょ……み、みほさんを超える洞察力があるのでしょうか!?」
隊長の前で妹様と呼ぶのは憚れるが、なんと呼ぶべきなのか悩んでしまった。
……もう妹様は副隊長ではないのだ。
結果的にあの時に約束した呼び方で呼んでしまった……。
…私にはその資格はもうないのだがな……。
隊長はそんな私をちらりと見てから言った。
「別に妹様でいい。
私も驚いたが……タネは気づけば簡単だ。
上空を見ろ。
通信傍受機が打ち上げられている」
は!?
私が慌てて上空を見ると確かに不審な物体が打ち上げられているのが見えた。
き、きたねぇ!!
「反則じゃないんですか!?
抗議しましょう!」
「……お前、黒森峰が大洗とサンダースの試合にどの立場から抗議するんだ…。
大洗に感情移入しすぎだ」
「…いや、まぁ……しかし……」
「それに通信傍受はルールに記載されていない。
用具の使用に関してのルールは、使用してよい物が記されているのではなく、使用を禁止する物が記されている。
故に記されていない用具は使用してもルール違反にはならない。
グレーではあるし、戦車道は武道であるから礼節がなっていないと批判する者もいるだろうが……サンダースの校風や支援者の気風的には合理性を好むからそれは余り問題にならないだろう。
今大会の後にルールに記載されるかもしれないがな」
「でもそれじゃあ大洗は……!」
「だからお前は……まぁいい…。
私が気づいたんだ。
みほも気づいてるに決まっている」
気づかなかった私が言うのもなんだが……第三者として神の視点が見れる隊長と当事者で限定された視野しか持てない妹様では難易度が違いすぎるだろう。
……しかし、それでも確かに妹様なら気づいてそうではある。
「みほは……表に出さないから意外に思われるが、実は根幹の部分では自信家だ。
と言うよりは……己の判断を信じることが出来る才を持っている。
自分の計画と現実が剥離した時、自分の能力不足を疑うのではなく、何かが異常だと考える。
そう考えたのならあとは推察して感づくだろう。
気づいた以上、裏の読み合いだ。
しかも、相手が勝負の土台に乗った事にサンダースは気づいていない。
イカサマの種がバレているのにそれに気づいていない。
みほ相手に無防備すぎる事この上ない。
結果的に通信傍受は裏目にでるだろうな」
なるほど……。
……しかしこの人本当に妹様の事になると嬉しそうかつ自慢げに話すよな……。
なんというか妹様の事になると早口になるというか……。
その後、隊長の予言は的中した。
明らかに妹様は通信傍受を逆手に取った動きをしている。
それでいてまだバレたとは相手に思わせないギリギリの行動を巧みに取っていた。
それは神の視点から観戦している私をしても「本当に通信傍受に気づいているのだろうか?」と疑ってしまうほどの功名かつ大胆な動きであった。
その上でサンダースのあらゆる行動が大洗にとって都合良く動いてる。
元々、妹様の読みは勿論の事、相手の行動を誘導する事すら卓越していた人だ。
部隊の僅かな動きでかなり自由に相手の思考を操作してくる。
妹様の性格に反して、実は戦車道の試合においての性格はかなり意地が悪い。
そういえば黒森峰にいた頃によく浅見が持ってきたボードゲームを遊んでいた時も読み合いや駆け引きが必要とするゲームでは妹様の独壇場だった事を思い出す……。
チャオチャオにおいてはダイスの嘘は常に見破られ、此方は妹様の嘘を一切見破れなかった……。
ポーカー等その尤もたるものだ。
尤も、カタン等の交渉を必要とするゲームも皆妹様からの"交渉"を断れない物だから此方もやはりゲームになっていなかったが……。
それでもゲーム上とはいえ妹様に貢ぐ感覚は非常によかったが……。
そんな妹様が相手の通信傍受という手段を得たのだ。
サンダースはまな板の上の鯉に等しい。
そうしてサンダースが一輌二輌と撃破していく中で、ついにフラッグ車を半包囲網の中に引きずり込み、キルゾーンへと誘導する事に成功した。
しかし、そこで試合は終わったと思ったがそうはならなかった。
圧倒的優位の場にも関わらずどの車輛も命中させる事が出来なかったのだ。
「……戦車だけではなく人員の質の低さが出ましたね。
黒森峰ではあそこで外したらその日は夜まで帰れませんね」
「……妙だな」
「と言いますと?」
「みほならば人員の質も考慮して作戦を立てる。
あそこまで絶好の機会を演出しておきながら錬度が足りなくて成功しませんでした等とお粗末過ぎる……。
ひょっとしたら勝利よりも経験をつませる事を優先しているのかもしれん」
そう言った時の隊長の表情は何処か寂しそうだった。
「……まぁ先を見据えて今の内に経験を…というのは有りかもしれないな。
尤もサンダースはそんな事ができるほど余裕のある相手ではないと思うが」
その後はサンダースのフラッグ車を追う大洗本隊とそれを追うサンダース本隊という実に独創的な構図となっていた。
些か変則的ではあるが、FCSが無い第二世代戦車による追跡戦である。
互いに動いている間はまず当たらない。
つまり追いすがってある程度の余裕を持って射程内に捕らえたら静止し、射程圏外に出る前に撃つという事になる。
大洗はそれをしてフラッグ車を狙いたい。
しかし、それをする為に停止すると後方の長射程のファイアフライに射撃の猶予を与えてしまうというジレンマに陥ってる。
手元のファイルをめくり、データを参照するとファイアフライに乗っているのは去年から活躍していた中々腕の良い名砲手だ。
静止したのならばまず撃破されるといっても良い。
……この状況を打破する可能性のある一つの方法を私は考えていた。
妹様は指揮においても指導に関しては天才的な才覚を持っている。
だが、それに加えて戦車単体の指揮力も凡人とは逸脱している。
それを支えている要素の一つに常人離れした敵の射撃の先読み能力があった。
理屈の上ではこうである。
人間はそれまで蓄積された経験を元に瞬時に"理屈には表せない"判断を行えるらしい。
例えばサッカーやバスケットボール等の球技において、一流の選手は相手に対面すると、相手が動く前にパスをだす瞬間が解るらしい。
実際、パスの動作を見てから反応してはとても間に合わず、パスカットを得意とする選手を分析すると総じて相手選手が動く前にそうだ。
これはその選手が積み重ねてきた膨大な経験から無意識に統計を取り、対面してからパスを出すまでの時間の平均を相手の視線や体勢等から調整して"直感"という形で察する。
要は……対戦型のアクションゲームに慣れているプレイヤーが何となく相手が"ジャンプしてくる"や"技を振ってくる"瞬間が解るような物か。
当然、妹様にも膨大な経験と知識がある。
各戦車の主要砲弾重量を押さえ、平均的な装弾時間を熟知し、その上で状況から察する。
……だが、妹様のあれはそういった理屈では説明がつかない程の精度を持っていた。
まるでエスパーか何かの様に相手の思考を読み、殺気だとかそういう非現実的な感覚を分厚い金属越しに感じているとしか思えない。
超感覚と第六感を持って心の目で見ているのだろうか?
それとも戦車道は戦車を使うが武道であるのだから、良く聞く"拍子"を読んでいるとかそういうのだろうか?
ともかく、妹様ならばファイアフライの射撃を回避し、次弾が発射される前にフラッグ車を撃破することも可能だろう。
……しかし、それをするには各員の錬度が必要だ。
発射準備を整える装填手、それに余裕が無い状態で焦らず集中して一発で仕留めれる砲手。
何より、妹様の指示で回避するには操縦手の技量が必要となる。
単純な技量だけでは駄目だ。
妹様の下で長時間操縦し、妹様の癖を知り、妹様の指示に即座に対応できるようにし、人馬一体とならなければならない。
私はそれが出来た。
私が一番上手く妹様の戦車を操れた。
私が最も妹様の無茶振りとも言える指示を的確にこなせた。
私だけではなく浅見も、赤星も、逸見も……私達四人組は妹様と共にいる事によって最強の戦車でだった。
もし妹様と共にいるのが私たちならばそれくらい難なくこなせただろう。
しかし、目の前で妹様が駆るⅣ号の操縦士は大洗の例に漏れず、四月から戦車道を始めた初心者だという。
それでもこの僅かな期間であのⅣ号戦車はかなり動けている。
約一ヶ月の経験で公式大会の場で他と比べて遜色なく操縦できているのだ、妹様の教えもあるのだろうが中々素質があるのだろう。
だが、妹様のその閃きの様な回避をするには一ヶ月程度の時間では絶対に不可能だ。
…よほどの天才でもなければ……だ。
それこそ何の経験もないのに座席に座ってマニュアルを見ただけで操縦し、実戦を行って敵を撃破できるような天才が。
……しかし、そんなアニメや漫画の様な天才など荒唐無稽すぎる。
非現実的だろう。
-3-
『大洗女子学園の勝利』
「……まさか、そんな!!」
ファイアフライが主砲を発射した瞬間……いや、その瞬間の僅か前にまるでそのタイミングが解っていたかの様に停止し回避した。
当然、偏差射撃をしていただろうファイアフライの砲弾は速度を維持していたのなら本来Ⅳ号がいただろう位置に突き刺さった。
そして次の砲弾が発射されるまでの僅かな時間でⅣ号がサンダースのフラッグ車を仕留めたのだ。
確かにプレッシャーのかかる中で逃走するフラッグ車を見事打ち抜いた砲手は驚嘆に値する。
だが……あの回避を成功させる操縦手は……何者なんだ!!
戦車道の初心者がたった一ヶ月でできる事じゃない。
どれだけ密度の高い訓練をしたのか。
どれだけ妹様の教えが良かったのか。
……どれだけ妹様と一緒にいたのか…。
「……大洗は勝ったが……この様子ではみほはまだ以前のままだな。」
「……そうですね」
私は隊長への返答を上の空で返しながらⅣ号戦車を降りて抱き合いながら喜びを露にする妹様を見ていた。
……今、妹様と一緒にいるのは私達ではない。
別の四人が妹様と共にある。
手元の各主要校のメンバーのデータが纏められたファイルをめくる。
開かれたページには眠たげな表情の小柄な少女の写真が載せられていた。
妹様の傍にいる一人と同じ顔。
冷泉麻子……。
それがあの操縦手の名前か……。
-了-
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『May the Force be with you.』
(「フォースと共にあらん事を」)
映画「Star Wars(邦題:スター・ウォーズ)」(1977)より
別の場所で描いてもらった斑鳩の絵です
【挿絵表示】
サイトーカッコウさん(@smnk_BB https://www.pixiv.net/member.php?id=7877577)から頂きました。
【挿絵表示】
┣ルヱン1Tさん(@Toluene1T https://www.pixiv.net/member.php?id=15629471)から頂きました。