如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
-1-
西住家本邸。
西住まほは家元でもあり実母でもある西住しほに呼び出されていた。
和風の家に相応しい襖と畳が敷き詰められた、かつてみほが母親に戦車道を止めると宣言したこの広い部屋でまほは母親と対面していた。
「……上手く立ち回ったものね、まほ」
「何の事でしょうか」
「有力者にも分家にも働きかけてみほの進退の安定を図り、その存在を認めさせた。
まったく見事なものね」
「私からは何もしていません。
向こうから呼び出されたので、応対したまでの事です」
「……本来なら跡取りとして腹芸ができる事は喜ばしい事なのでしょうけど。
兎も角、一度止めると宣言しておきながら目の届かない所に行ったのを良い事に勝手をするなど許されない。
貴方は外堀から埋めて安心したのかもしれないけれど本丸である私は決して許さない」
「確かにみほが義理を欠いていたのは認めます。
ですが、何故そこまで固執を?
みほには戦車道の才覚があるのは御存知の筈です。
戦車道に復帰したのならそれは西住流にとっても喜ばしい事なのでは?」
しほはふぅっとため息をひとつ吐いてから言った。
「貴方、みほを死なせたいの?」
「……それはっ!」
「まほ、貴方ももう解っている事でしょう?
あの子は危うい。何をするか解らない。自分の身すら軽んじている。
……いや、ひょっとするとあの子にとって自分の命もチップの一つなのかもしれない。
それも他人の命と同じ天秤に載せられる程度の重さでしかないチップに……。
貴方の知ってのとおり戦車道は絶対に安全な競技ではない。
それもそうよね。武道ですもの。
柔道ですら過去30年間で100を超える中学・高校生の死亡事故がある。
学生野球もかなりの死者がでている。
ましてや戦車道においてはもっと危険なのは貴方の知ってのとおりよね?
そういった事故に直面した時、あの子は我が身も省みず、もっと言えば自分の命よりも他人の命すらも優先する。
そうはならない様に私が長年かけて"矯正"したのに貴方は学園艦にいる事を良い事にそれを外した。
……尤も、これに関しては私も同罪ね。
ひょっとしたらって期待もあって黙認していたのだから。
でもその結果が去年の決勝戦。
私は決意したわ。
徹底的に西住流のそれを叩き込むか、又は戦車道そのものをやめさせるか。
みほを守るにはそれしかないと思ったから。
ところがみほは戦車道を止めると行って安心させたのも束の間、直ぐに戦車道を再開したわ。
これを聞いた時の私の心境が貴方に理解できる?無邪気にみほが戦車道を再開して喜んでいただけの貴方が。
怒りもしたわ。親心の解らない、親不孝者めと。ここまで私が身を案じているのにそれを平気で無視し、裏切るのだから。
不安にもなったわ。今この瞬間にもまた危険な事をしているのではないかと」
「……」
それはまほも確かに考えもした事だ。
しかし、甘く、軽く見ていた事も間違いない。
決勝戦のあの日とみほが別れを告げたあの日に死ぬほど後悔したのに、みほがまた戦車道に戻ってきたという事実がまた淡い期待を抱かせ、危機感を喪失させていた。
「……まぁそれはもういいの。
あともう少ししたらそんな心配も無くなるのだから」
「……それはどういう意味ですか?」
「文科省は予算の削減・効率化の為に学園艦の規模縮小を立案し、既に実行に移しているの。
特別な成果を挙げていない人数も減少傾向にある学園艦を対象に廃艦する事になっている」
「……まさか!」
「そう、大洗はその対象。
今年末に廃艦が決定している。
……ただ、どうやら学園の生徒会長が直接交渉して、戦車道にて優勝したのなら廃艦を撤回するという約束を取り付けたらしいわ。
それでみほも殆ど無理やり戦車道に参加させられたようね」
それを聞いたまほの心中では複数の異なる感情が沸きあがり、奔流となって渦巻いていた。
みほに無理やり戦車道をさせた事への怒り、復帰させてくれた事への感謝。
そして戦車喫茶で見た大洗の友人と楽しそうにしていた妹。それが廃艦になる事で消えてなくなる事。
「大洗が廃艦になったらみほは黒森峰に連れ戻すわ」
「……それは徹底して西住流を叩き込むということですか?」
もしそうであるならば勘当されるといった最悪の結果よりはマシなのかもしれない。
少なくとも一緒に戦車道ができるのだから……。
「いいえ、戦車道はさせません。
普通科に入らせます」
「お母様!それは!」
「そして卒業次第、この家に連れ戻し、外に出しません。
一生、私の目の届く範囲内にいさせます。
もう二度と勝手な真似はさせない。
自由にさせない。
私の傍にいさせる」
そう言い切ったしほの表情にまほは言い知れぬ悪寒を覚えた。
何故なら、しほのその瞳に怪しげな光が灯り、何ともいえない色の炎がちらついていたからだ。
「本来なら黒森峰にもいさせたくないのですが、高校くらいは卒業させてあげましょう。
それにあそこなら私の目も届く。
卒業したらこの家から出さない。自由に外出もさせない。
外に出る時は私が家を離れる時だけ。
菊代もきっと喜ぶわね。
みほがいなくなってから一番気に悩んでいたのも菊代だったから。
……そうね、みほには西住流家元の補佐役だとかそういう役職を与えればいい。
実力はあるし見せているのだから師範代にしても問題はないでしょうから」
しほはまるで明るい未来像を語るように楽しげであった。
それを聞きながらまほは戦慄していた。
そうだ、何故母がみほを理解していないと思っていたのだ。
この世の誰よりも、自らの腹を痛めて血肉を分けて文字通りみほが生まれた時から傍にいたのが母ではないか。
私が愛している様に、母もみほを愛していたのだ。
……私以上に!
「……解るわよね、まほ?
そう遠くない将来、貴方が家元を継ぐのよ?
……つまり、家元補佐という役職をみほに与えたら、家元となった貴方がみほの面倒を見るのよ?
…………決して目を離すことなく、その身の傍に常に置いてね…」
それは正に悪魔の取引でもあった。
-2-
隊長から詳細を聞いたその日の夜、私はベッドに寝転びながら天井を眺めつつ妹様のことを考えていた。
いや、正確には妹様と家元の関係をである。
私は妹様は母親の愛情を受け取っていなかったのではないかと考えていた。
囲碁が言っていた事を思い出す。
妹様は愛に飢えていたが故に、無自覚に周囲に愛を振りまくのではないかと。
誰もが最初に与えられる、無条件かつ打算無き純粋の愛である親からの愛を受けていなかったが故に……。
これを聞いた時、私は合点がいったように納得してしまった。
妹様と幾度も会話を重ねたが、母親である家元に関する話題が一切出てこなかったからだ。
しかし、同時に囲碁はこう言った。
親の愛は無償の愛。この世で最も純粋な愛。
であるならば……母親という物の習性として子に愛を注ぐというシステムがあるのならば。
あの妹様を愛さないでいられるだろうか?
自らの血肉を分けて腹を痛めて生んだという、この世の誰よりも妹様に最も長く最も身近にいた存在が?
あの妹様を?
……だからこそ家元の言は本気なのだろうと解る。
つまり大洗が負ければ妹様が黒森峰に帰ってくるということだ……。
しかし、戦車道はできない。
もう妹様から指示される事もないし、彼女の戦車道も見られない。
……だけど、見知らぬ他人と一緒にしている所を見るぐらいなら……。
そういう考えが一瞬だけ脳裏を過ぎったが慌てて頭を振って打ち払う。
あの時の妹様を思い返してみろ。
サンダースに勝利して、一緒にいた友人達に抱きつかれて、心の底から嬉しそうで楽しそうな妹様を……。
どうして妹様のあんな幸せそうな笑顔を壊す事ができるだろうか。
……いや、結局は同じ事だ。
卑しい事に私は自分の手を汚さずに心の奥底で抱いている薄暗い願望が満たされる事に安堵しているのだ。
……大洗がプラウダに勝てる訳が無い。
その事実が私を様々な感情をもたらしていた。
……何故なら、妹様の幸せの維持を願っている事も私の紛れも無い願いであるし、それ以上に妹様と戦ってみたかったのだ。
そう、私は妹様と戦ってみたかったのだ!
あの冷泉麻子が駆る妹様の戦車と、隊長の戦車を操りながら勝負してみたかったのだ!!
思い返せば黒森峰に妹様がいた時も、最初の練習試合で妹様の操縦手を務めてから私はずっと妹様と相対した事は無かった。
……雲が動いたのか、寝転ぶ私をカーテンの隙間から月の明かりが一筋射し込んで照らした。
私は徐に胸元を漁り、何時かのように白金の布を月光に照らした。
もし妹様と勝負ができれば、結果の如何に関わらず私はこれを必要としなくなる気がする。
だが、その機会は二度とないのだろう……。
-了-
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『My precious.』
(「愛しいしと」)
映画「The Lord of the Rings: The Two Towers(邦題:ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔)」(2002)より