如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第十話 【プラウダより愛をこめて】

-1-

 

 

『これより、大洗女子学園対プラウダ高校の試合を開始します!』

 

試合開始のアナウンスが場内に流れるのを私とエリカが聞いていた。

エリカが同行を申し出たのを私は意外に思っていたが、エリカは妹の最後の戦車道を見届けたいと言った。

一方で斑鳩は逆に最期を見たくないと拒否した。

当初の二人の意向が入れ替わる形だが、心変わりをしたという表現は似つかわしくないだろう。

根っこの部分の心境は変わっていない。

ただ、より深刻になったが故の変化と言える。

 

「…隊長、大洗は勝てると思いますか?」

 

エリカが私に聞いてくるが、それは質問というよりは懇願といった表現の方が正しいだろう。

大洗が敗北するとみほの戦車道は断たれてしまう。

しかし、エリカ自身も勝つ可能性は無いと理解している。

そんな現実を認めたくないから私に否定して欲しいのだ。

……それでも同時にこうも考えているに違いない。

大洗が廃校になれば戦車道はできなくともみほが帰ってくるのだと……。

私にはそれが解る。

……何故なら私も同じ心境だからだ。

 

「人員の質の差、それと戦車の質と数の差。

 どれを見ても圧倒的な差だ。

 大洗が勝利する事は限りなく難しいだろうが……結局の所はみほに勝つ気があるかどうかだ」

 

「……勝つ気が無いんですか?

 負けたら廃校なのに?」

 

「これまでの試合から察するにみほはその事実を知らないんだろう。

 みほは勝利を最優先事項だとは思っていない。

 勝つ事以外にもっと重要な物があると思っている。

 その事の是非自体は置いておくとしても、その思考のままでは絶対にプラウダには勝てない。

 ……逆に言えば形振り構わずに勝利を目指すのであればまだ可能性はあるが……」

 

しかし、それは結局の所は仮定に過ぎない。

人の性格や意思もその当人の能力の一部にしか過ぎない。

そこを違う形で仮定するのは"もっと強力な戦車が多数あれば……"だとか"もっと隊員が優秀だったら……"といった仮定と同じものだ。

試合の時にそこだけ都合よく変わるなど有り得ない事なのだ。

 

 

 

 

-2-

 

 

大洗の車輌が前進を開始すると一台の戦車がどうやら少し盛り上がった丘を登ろうとしてスタックした様だ。

……あれは今回で新しく増員された戦車であった筈だ。

確かに滑りやすい積もった雪の丘を上がるのは難しい事である。

だが、準決勝に進出した学校の錬度ではない。

準決勝で増員されたという事は、恐らく二回戦以降から戦車道に参加したのだろう。

つまり、初心者だらけの大洗の中で更に経験がないという事だ。

むしろ僅かな期間で雪道を自走させているだけで褒めるべきなのかもしれない。

……五台から増えただけでも微かに期待したのだが、これではともてではないが戦力としても期待できるかどうか……

 

そうしているとⅣ号から一人の小さな少女が降り、スタックしていたルノーB1に乗り込んでいった。

するとルノーB1はそれまでの動きとは見違えて、鮮やかな手順でスタックから抜け出して丘を超えていった。

 

「……っ!!」

 

横でエリカが息を呑むのが解る。

……なるほど、あれが冷泉麻子。

データとしては知っていたが、この目で見た事によってはっきりと彼女の異常性が理解できた。

素人目には"上手い"程度の感想しか抱けない単純な動きだっただろう。

しかし、一定以上の実力を持つ選手……つまり私やエリカには解る。

あの極僅かな動きの何と無駄の無く最小限で効率的でスムーズな事だろうか。

身体の一部の様な血肉が通った自然な動き。

まるで戦車を巨大な手がつかみ、おもちゃの車のように動かしたかの様な動きであった。

長い経験を詰み、戦車の動かし方を体に染み付かせたベテランだけ辿り着ける境地と言っても良かった。

それを今年度から始めた初心者がやってのけたのだ。

データには天才と記されていたが……なるほど、確かにこれはそう表現されてしかるべきものだ。

黒森峰にもスタックした状態から抜け出して丘を越える程度の事ができる操縦手は当然ながら幾人も存在する。

しかし、あそこまで自然かつ洗練された動きのできる人物となると果たして……。

 

「……いや、あいつなら」

 

「……?

 隊長、何か言いましたか?」

 

「…いや、なんでもない。

 気にするな」

 

……そう、あいつならできるかもしれない。

本人は謙遜なのか自分を過小評価する傾向があるので認めないかもしれないが。

彼女なら冷泉麻子にも決して……!!

 

 

 

 

-3-

 

 

「……随分、大洗は好戦的な作戦ですね。

 確かに慣れない雪原フィールドで相手の方が実力が上。

 大洗にとっては長期戦は不利といえますが……」

 

「これは下策……だな。

 無論、みほに私の想像だにしない構想があるのかもしれないが……」

 

「元副隊長も積極的に進軍して猛火の如く攻める事もあります。

 いえ、むしろそういった戦法も得意としているといっていいでしょう。

 ……しかしこの突撃にはそういった苛烈さも周到さも感じられません」

 

果たして現実はその通りとなった。

大洗は猪武者の如く敵を追い、誘い込まれ、廃村の中で包囲され、一つの建物の中へと追いやられた。

入り口は一つしかなく、その入り口を囲うように半包囲網が敷かれ、正に追い込まれた鼠といった体であった。

徹頭徹尾みほらしからぬ行動であった。

 

「……あんな解りやすい釣りと伏兵に引っかかるなんて…」

 

「最初の攻めもそうだったが、それに輪をかけて最期の突撃は統制もとれておらず、無様だった……。

 ……やはり、これはみほの指揮ではないな」

 

「……というと?」

 

「恐らく、みほは慎重論へと傾いた作戦を提案した。

 だが、全国大会で二度連続で勝ち上がっていて調子に乗っていた事、それと恐らくだが開始前のプラウダの挑発もあったのだろう。

 他の隊員から積極的攻勢を提案され、押し切られる形でそれを承認したといったところか。

 ……いや、押し切られたというよりは負ける事を承知の上で採用したのだろう。

 勝利よりも試合を甘く見た事による敗北という経験を得る事を重要と考えたのだろうな……。

 たしかに新規参加の大洗の特質性と来年以降も視野に入れたのならばその選択も大いに理解できるが……」

 

「……でも大洗には来年なんてないじゃないですか!」

 

「……その事をみほは……いや、大洗の殆どが知らないんだ。

 あそこにいる生徒会長達しかそれを知らず、そして伝えていない。

 知れば萎縮するだろうとの考えだったのだろうが……それが結果的に裏目だったという事か。

 ……最初から知っていればみほももっと勝利を最優先して動いていたのかもしれないな…」

 

それは事前に私がみほに知らせていれば……という後悔を含んだ感情であった。

しかし、結局は結果論に過ぎず、振り返っても私がわざわざ妹に直接連絡を取って廃校に関する事を伝えた可能性は零だろう……。

 

場内のアナウンスと実況がプラウダから大洗への降伏勧告と3時間の猶予が与えられた事を示した。

……それはみほの戦車道が残り3時間ということを示していた。

 

「……またあのお子様隊長が舐めた態度を…!」

 

「いや、そうとは言い切れないぞ」

 

「隊長!?」

 

「勿論、あのまま攻めたとしても高確率で勝てたのは確かだ。

 しかし、低確率ではあるが取りこぼしたり逃亡を許したかもしれない。

 ……人は常に状況が変化する流動的な場では士気の低下や恐怖する事が無い場合がある。

 思考する時間と余裕がなく、一種の興奮状態でもあり洗脳状態とも言える状況だな。

 だが、時間を与えられ冷静に自らの状況を省みる事ができると、自分の現在の状況を段々と把握していき、苦しさや辛さと恐怖をしみじみと実感してしまう。

 大洗の戦車道は新設で経験の少ない初心者ばかりだ。

 それは何も直接的な戦車の運用や戦術的熟練ばかりではない。

 長時間の戦闘の経験もなく、またその為の用具を揃える為の費用や運用のノウハウに欠けている。

 この悪天候、気温の低下、追い詰められており敗北は必至という状況。

 食料の用意も防寒の対策していない中で3時間という待機時間。

 更に言えばその状況に追い込まれた理由が自分達が隊長の慎重論を取り下げさせて無謀な作戦を実行し、あまつさえ隊長の制止も聞かずに突撃したという事。

 士気など直ぐに底に落ちるだろう」

 

「……」

 

「一方でプラウダの方は強豪校でもあり学園の規模も大きい。

 普通の戦車道校の様に支援校も存在している。

 ましてや雪原は彼女達の得意なフィールドだ。

 体は慣れているだろうし、対策も万全だろう。

 なにより3時間と時間を区切ったのが良い。

 この状況でプラウダにとって懸念するべき点は大洗の不意の行動だ。

 単純にこの状態を維持する場合、隊員達は常に大洗の行動に気を配らなくてはならない。

 しかし、時間を区切って指定したのだからその間はその心配も無く安心して待機できる。

 勿論、その宣言は何の拘束力を持たないものだが、圧倒的有利な方からの"温情"である以上、それを破るのは心情的に大いに難しいし、弱者側の立場とはいえそれをしたのなら外部からの非難も免れないだろう。

 何より、みほの性格的にそれを無視するのはありえない。

 結果的にプラウダは伏兵からの臨時的な包囲網から、十分に時間をかけての完璧な包囲網へと移行する事もできる。

 仮に降伏せずに試合が再開したとしてもより有利な布陣から再開できる訳だ。

 尤も、大洗が降伏しないとは思えないがな」

 

「……あの小生意気な隊長がそこまで考えていますかね。

 強者からの余裕だとか、時間をかけて嬲ろうとかそういう理由からじゃないですか?」

 

「まぁそれは解らない。

 だが、真意はどうあれ少なくともより勝利を確実にする事のできる行動なのは間違いないだろう。

 しかし……」

 

「しかし……?

 まだ何かあると?」

 

私はエリカの疑問に無言で返した。

確証は無い。

いや、それどころか正気を疑うような話だ。

……もし、みほがその3時間で勝つ気を起こしたのなら…まだ可能性があるのかもしれない。

 

モニターの向こうで吹雪が強くなり、大洗が立てこもった建物を白く覆い隠していくのが見えた……。

 

 

 

 

-4-

 

 

時が経ち、ますます寒さが激しくなっていった。

建物の中までカメラが届くので大洗の様子が良く解る。

どうやらここに来て廃校の件を伝えた様だが、そのタイミングは最悪に近かった。

もっと早く伝えていれば無謀な作戦を実行しなかったのは当然として、この3時間の猶予の内でもギリギリまで伝えないべきであった。

案の定、伝えた瞬間は一種の思考麻痺状態になり、士気はあがり、偵察に出る行動力もあった。

しかし、時間を置けばまた再び現実を実感してしまい、折角盛り上がった士気もまた元通りに……いや、最悪の未来が待ち構えている事を察して前より更に悪くなってしまっている。

……これでは継戦の意思など無いだろう。

それでもみほは周囲に必死に声をかけるが……やはり無駄の様だ。

 

 

……ん?

みほが何かを決意した様な表情をして、前に躍り出てきたが何を……

 

「た、隊長!」

 

あれは……一体何を!

モニターには一人で踊るみほの姿があった。

 

「あの恥かしがり屋で引っ込み思案のあの子が……」

 

そうだ、逸見の言う通りだ。

黒森峰にいた頃は会議を始める時も前に出てくるのを恥かしがっていたし、全員の前で議事進行する時も戸惑っていたのだ。

勇気付ける為なのか盛り上げる為なのか、こんな風に人前どころからカメラに映って衆人環視の前でこんな事ができる子じゃなかった!

……そう、今までのみほなら考えられなかった事だ。

予想もできなかった事だ……!

 

いつの間にか、みほの周りに人が増えていた。

あれは……確かみほの車輌の搭乗員だ。

……みほを一人で踊らせまいと真っ先に隣に並んでくれたのだろう。

それを見て一人、また一人と人が増えていく。

そしつ先ほどまで震えて意気消沈していたのが嘘の様であった!

私はガタりと音を立てて立ち上がるとモニターを呆然と見続けていた。

 

ありえない!

あの状況からどうしてまた希望を持てる?

どうして絶望しない?

状況は最悪、戦力差は歴然、敗北の後には無残な明日が待っているというのに……!

 

 

"今までのみほなら考えられない事"

 

 

"私の予想もつかない事"

 

 

……まさか、まさか!

ここに来て!?

 

 

 

 

-5-

 

 

「……大洗は降伏を受諾しませんでしたが…

 ここからどうするんでしょうか?」

 

「大洗が立て篭もっている建物の出口は一つしかなく、その出口から180度囲うようにプラウダが半包囲網を敷いている訳だ。

 必然的に大洗はこの包囲網の何処かを突破するしかない。

 足を止めての打ち合いは自殺行為だからな。

 偵察を出していた事はプラウダにもばれている。

 しかし、プラウダはそれを承知の上で陣形を変更していない。

 つまり、それを逆手に取ろうとしている訳だ。

 あえて陣の薄い所を作り、その向こうにまた横に伸びた包囲網を作る。

 そこで足止めされたところを突破された陣が後方から包み込む様に囲うことで全包囲網を形成するという作戦なのだろう。

 ……当然、みほはそれに気づいているだろう。

 私なら逆に包囲網の一番厚い場所に行く。

 砲撃は牽制に留めて、あくまですり抜ける事に集中してな。

 一番厚いという事はその後ろには何もない公算が一番高いという事だ。

 成功率は低いが……それでも現状では一番勝率が高い選択肢だ」

 

「…隊長、大洗は勝てると思いますか?」

 

それは試合開始時にも飛ばしてきたものと全く同じ質問だった。

その時は私は否定的な回答をしたが……

 

「……勝つかもしれない」

 

「……!!本当ですかっ!?」

 

エリカ自身も前と同じ様に肯定的な返事が返ってくるとは思っておらず、縋る様な、懇願の様な気持ちだったのだろう。

 

 

「今のみほは前のみほとは違うように見える。

 ……もし、そうなら。

 本当にみほがみほらしくあって、みほの戦車道をするのなら……」

 

 

プラウダなど、ものの数ではないだろう……。

 

 

 

 

 

 

-6-

 

 

「内部から砲撃だと!?」

 

足を止めての打ち合いは有得ないと断じていたが、大洗は建物内から砲撃を開始していた。

ルノーB1とM3が出口の左右に身を隠しながら砲撃をしており、時々内部の奥から他の車輌も砲撃しているようだ。

……これは、一体何が目的なのだ?

確かにある程度は耐えるだろうが、袋の鼠の上に数が違いすぎる。

数に蹂躙されて被弾してしまうか、いずれ建物自体が崩壊するだけだろう。

建物自体は朽ちているとはいえ、壁はある程度頑丈なようなので時間は稼げるが、逆に言えば時間しか稼げない。

本来、籠城とは援軍がいるからこそ有効な手段なのだ。

援軍の当てが無い籠城とはただ単にじわじわと死に至るまでの時間を引き延ばしているだけに過ぎない。

それが理解できないみほではない筈だ。

一体何を考えているんだ……。

 

「……隊長、何か妙じゃないですか?」

 

「……妙とは?」

 

「いえ、何だか大洗のルノーB1とM3の砲撃回数が少ないような……。

 あの広さの出口なら奥からでも、もう数輌が攻撃に参加できそうですし……

 更に言えばルノーB1とM3どちらも主砲と副砲の発射間隔が空き過ぎています。

 あれでは片方の砲を頼りに偏差射撃をする事も効果が薄くなります」

 

「……確かに……。

 主砲と副砲を交互に等間隔に撃っているように見える……」

 

籠城して数輌を撃破してから、薄くなった包囲網を突破する事も考えられたが大洗にはどうやら積極的攻勢に出る気が無いように見える。

つまり、本当に時間稼ぎだけしか意図していない様だ……。

 

「……ん?

 ルノーB1とM3の砲撃音……おかしいな」

 

「……え?

 言われてみれば……」

 

大洗とプラウダの多数の主砲の砲撃音が入り乱れているので気づかなかったが、よく耳を凝らしてみるとルノーB1とM3がぼやけて聞こえる。

……いや、これは……単体の発射音じゃない!

別種の砲撃が混じっている!

同時だったので気づかなかったが、これはルノーB1とM3の砲撃にあわせて別の戦車も砲撃しているのだ!

……だが、砲撃自体は一つしか発射されていない……どういうことだ?

 

「隊長!あれを!」

 

驚きの声を上げてエリカが指差す方向を見ると……

 

「っな!何だと!?」

 

大洗の車輌が"建物の反対側"からでてきた!

馬鹿な!あそこには出入り口も何も無い壁だったはずだ!

カメラが変わり、建物の背後が映し出されるとそこには……。

 

「……ああっ!」

 

建物の後方の壁の端の一部がぽっかりと倒壊しており穴が開いていた。

丁度、横に広い六角形の様な形で空けられた穴は、そのそれぞれの角においても円形の穴が開いていた。

それを見て私は全て察した。

戦車の砲撃でまず六角形のそれぞれの角に該当する部分に穴を開ける。

その後、その角と角を繋ぐ辺に該当する部分に等間隔で穴を開け、最後に中央部分に砲撃を加えて穴を開けたのだ。

それを可能な限り敵に気づかせないように、敵に対しての砲撃には一台で発射頻度が高くなる双砲塔のルノーB1とM3を用いたのだ!

ルノーB1とM3の砲撃音に合わせて他の戦車が砲撃をする事によって砲撃音が重なり、誤魔化せる!

実際に戦闘をしているプラウダにとっては自身達の砲撃音が間近にある事によってまず気づかない!

……だからルノーB1とM3の主砲と副砲の発射間隔が空いていたのか!

 

壁があるから通れない、出入り口は一つだけという固定概念に囚われていた!

無ければ作ればよいというのは言われてみれば当然の発想ではないか!

 

プラウダは建物の正面を囲うように半包囲網を敷いていた。

当然ながら建物の後方は完全にフリーだ。

四台が脱出していってもルノーB1とM3は継続して砲撃を行っている。

足止め……いや、プラウダからみれば状況はほぼ変化していない。

つまり、これは欺瞞だ!

プラウダからみれば建物の内部や後方は死角なのだから大洗が脱出した事には気づけない。

勿論、時間が立てばルノーB1とM3以外の砲撃が無いのだから違和感を覚えるだろうが……。

プラウダはフラッグ車を遠くを隔離する戦法を取っている。

本来なら確かにそれは安定と言ってもよい選択だったかもしれない。

大洗の戦力は全て建物の内部にいて閉じ込められていたのだから。

だが、大洗の戦力は野に放たれ、それにプラウダは気づいていない!

 

それでも普通ならこの広大なフィールドに潜んだフラッグ車を見つける事は困難の筈だ。

……しかし、相手はみほだ。

読み合いと駆け引きには悪魔の如く天性の感性を見せてくる天使。

そのみほにフラッグ車を本隊から離して隠すという戦法は……!

 

……しばらくして、プラウダが何かがおかしいという事に気づいたのか、徐々に包囲網を縮めてきた。

そしてそれに合わせてルノーB1とM3が引っ込み、新しく作られた脱出口に後退する。

二台が戦車の方向を内部に向けたまま建物の外に出たあたりで、内部の様子に気づいたプラウダの戦車が数台、建物の中に入ったタイミングで……

 

ルノーB1とM3の主砲と副砲から"四つの砲撃音"が鳴り、"四つの砲弾"が、"四つの残った柱"に吸い込まれていった!

 

事前に壁に穴を開ける作業と平行して行われていた建物の支柱を破壊する作業。

それによって残された最後の四つの支柱が破壊され、元から古く、外部からの砲撃によって損傷していた建物は支えを失って崩壊していった……。

戦車道ではカタストロフと呼ばれるフィールドの構造物や自然物を破壊する事によって利用する魔術師の神業。

建物は平屋であり、瓦礫の量や重量は大した事は無い。

戦車が撃破判定になることはないだろう。

しかし、瓦礫に埋もれた事によってそれらを除去するまでは動けない。

何よりプラウダの心理的ショックは計り知れないだろう。

袋小路に追いつめたと思っていた敵が幻のように消え、混乱している内に衝動的に追いかけたらその建物が倒壊したのだから。

指揮系統はズタズタになり、上から末端まで混乱しているようで右往左往している。

状況が掴めず、冷静な判断ができない。

物理的な意味でも心理的な意味でも大洗は貴重な時を稼ぐ事に成功した。

プラウダの隊長がなんとか冷静さを取り戻し、状況把握と現状の問題に気づいて慌てて単独でいたフラッグ車に逃げるように通信を飛ばしても……

 

 

『プラウダ高校フラッグ車!走行不能!』

 

 

……もう遅い!

 

 

 

 

       -了-

 

 

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『From Russia with Love』

 (「ロシアより愛をこめて」)

 

    映画「007 From Russia with Love(邦題:007 ロシアより愛をこめて)」(1963)より

 

 

 

 

 




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