如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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第十二話【全力を尽くして隊長の為に勝て! と、彼女らに言ってあげてください!】

 -1-

 

 

「問題点としては資料の少なさですね。

 収集量が足りないというよりは、存在しているデータが少なすぎるんです」

 

「隊員はみほさん以外は戦車道選手としてのデータは無いに等しいですね……。

 趣味だとかぐらいしか乗ってない選手データを見たのは初めてです……。

 性格や気質は参考になるのですが」

 

「戦車戦にいたっては公式大会の三戦しかありません。

 至急、何としてでも公式大会の前にあった聖グロとの練習試合のデータが欲しい所です。

 もう、時間もそれ程ありませんし……」

 

「昨日の会議でプラウダ戦の検証で無駄な時間を食いすぎたの不味かったですね……

 時間はそれこそ金や宝石より貴重なのに…」

 

「……あれも重要な検証だったので……」

 

「一時間あまりもみほの踊ってるシーンをループしておいて何が重要な検証なのよ!」

 

「副隊長も止めなかったじゃないですか!!」

 

「……これも妹様の策略なのでは……恐ろしいっ……」

 

「話は戻しますが、この妹様の車輌の搭乗員……本当に初心者なんでしょうか?

 冷泉麻子についてはよく話題に上がりますが、他の隊員も凄いですよ」

 

「……このサンダース戦の五十鈴華という砲手。

 難易度もさる事ながら、決めないと敗退してしまうというプレッシャーのかかる状況でよくもまぁあんな長距離砲撃を一発で……

 停止できる時間的猶予もないから焦りそうなものなのに……初めての公式戦でこれってどういう肝の太さをしてるんでしょうね……」

 

「……特別目立つ場面はありませんがこの秋山優花里も戦闘機動の最中も優秀なタイムで装弾してますね。

 長時間の戦闘でも平均装填時間を落としてません……。

 何より、発射タイミングもずれていないという事は砲手との同調が完璧だという事です。

 無理な機動からの発射してるシーンを考えても車長・装填手・砲手・操縦手の連携……というより以心伝心ですね。

 人馬一体とはこの事ね……」

 

「……まるで去年の副隊長車ね」

 

「ば、バカ!しーっ!!しーっ!

 斑鳩に聞こえるでしょう!」」

 

「この武部沙織もアマチュア無線二級の所持者……。

 高校生でも取る人はいない訳でもないけど、これ絶対に戦車道始めてから取得しようとしてる筈……。

 期間的に養成課程講習会を通してじゃなくて国家試験で一発合格してますよね……」

 

「……決勝戦で当たったというのはよく考えると運が良かったですね……。

 それ以外ではルーレットでフィールドが決められて72時間前で提示されるから地形を見ての作戦立案もそれしか時間が無いし……。

 でも決勝戦に限っては戦車道の聖地の 東富士演習場編とその周辺と毎年決まっているからこうして決勝進出が決まった2週間前から準備が出来る……」

 

「しかし、土壇場で戦車が二台追加ですか……。

 戦力の増強という点でもそうですが、データが他以上に無いのが困ります。

 というか決勝戦前に戦車道を始めた選手を追加って非常識にも程がありますよ!」

 

あれから数日の間、学年と役職に拘る事無くどんな些細な事でも良いから意見を出すようにという隊長のお達しの下でこの会議室で様々な論議が出された。

中には奇妙奇天烈であったり、現実味が薄い提案や意見が出される事もあったが、誰一人それを咎める事無く馬鹿にする事無くどんな些細な件でも真面目に話し合った。

分担的な役割では選手の分析、過去のデータの収集と統計、レジュメの作成といった物から飲料や軽食の用意などのサポート的なものも行った。

考案して煮詰めた作戦に対して、兵棋演習にて大洗側の立場になって最善の対応策を考えて、それに対する回答も考えた。

この時、大洗側は神の視点での、つまり全体の場の情報をリアルタイムに知れる立場で複数人で知恵を出し合い意見を交わしながら演習を行ったが、妹様の立場で演習をするなら、再現性の問題でそれぐらいは必要だろういう判断であった。

またこの場にいるのは全機甲科生ではないが、休憩を採りつつ交代する形とこの場にいない者は出席者に自分の考えや気づいた事をレポートに纏めて預けていた。

それは殆どはそのまま採用される事はなかったが、意見の多様性という点では大きく影響していた。

例えばあるレポートの一部において記されていたほんの一文が、他の議題において大きな閃きの一因になる事があった。

故に全員が例えレギュラーではない一年生のレポートであっても必ず全てに目を通していた。

集団的知性という言葉があるが、正にこの時、黒森峰は一丸となって打倒大洗に向かって走っていたのだ。

 

 

 

 

-2-

 

 

「……正直、私たちは袋小路にいます」

 

時が経ち、決勝戦まであと五日となっていた。

 

それはこの場にいる誰もが薄々と感じていた事であった。

 

「この数日間、我々は幾つもの作戦を立案してきました。

どれも過去の其れと比較しても類を見ない程の高水準です。

他の学校が相手ならこれまで以上の完勝を実現できるでしょうが…」

 

「……妹様相手では無駄だと」

 

無論、最初から無駄だと思っていた訳ではない。

彼女達はみほの悪魔じみた洞察力や推察力は承知の上で、それでも全員の集合知によってそれを上回るだけの奥行きのある作戦が立てられると思っていた。

 

「アーという作戦を考案し、それに対する解答や対処法を考え、そして更にそれに対する作戦ベーを考案する。

それを幾度も重ねて妹様の処理能力を上回る。

数の力と時間を活用した力技ならと思ったけれど……」

 

大洗には作戦立案能力を持つ者は西住みほ一人しかいない。

他は全て素人であるし、端末として命令を受けて行動する事はできても根本から戦略上で創造性のある行為はできないだろう。

一方で黒森峰には程度の差はあれど全員が戦車道に対して深い知識があり、こうして大なり小なり作戦構築の支援ができる。

この数の差と集合的知性によってみほの能力を上回る事が当初の意図であった。

 

しかし、どれだけ緻密で汎用性があり、柔軟で意外性に富んだ作戦が完成しても、「これが妹様に通じるか?」という疑問に対して彼女等は楽観的な解答は見いだせず、むしろ悲観的な想像しかできなかった。

如何なる内容だろうとみほには見透かされるとしか思えないからだ。

これを第三者が見ていればみほと戦った過去の試合の幻想を肥大化させているだけでトラウマになっているだけであり、現実的にそんな人間がいる訳がないだろうと批判しただろうが、もしそれを彼女達が聞いたら「素人は黙っとれ……」と返しただろう。

考えてみて欲しい。

例えば、非常に完成度の高い作戦ができたとして、それで演義の諸葛孔明だとかエルヴィン・ロンメルだとかハンニバル・バルカだとか孫武だとかヤン・ウェンリーだとかを相手に戦争をした場合、勝てる気がするだろうか??

読まれていたり、何処でひっくり返されたりという想像しか浮かばないだろう。

彼女達が陥っていたのは正しくそういう思考の迷路であった。

 

「つまり、我々はポーカーで此方のハンドを全て見透かしている相手に必死でレイズの額を動かし、表情と体の動作をいっそ滑稽なまでに演技してブラフ等で戦おうとしている訳だ。

喜劇だな」

 

「近い表現ですね。

実際、去年に妹様と模擬戦や練習試合をした時は皆必死に裏をかこうと様々な行動を取りましたが、全て見透かされていましたからね。

サトリ……ってあだ名が一時期ついていたのも解ります」

 

「しかし、それでは事前準備の全てが無意味という事になります。

かと言って何もしなければ確実に負けます」

 

「何をしても無駄だが、何もしなければ確実に負ける……という事か」

 

「……」

 

正しく袋小路であった。

まるで粘性と温度の高い液体で満たされた水槽の中に放り込まれた熱帯魚の様な錯覚を彼女達は覚えた。

 

「……今日の会議はこれまでとする。

 各自、今日はよく休んでおけ」

 

「隊長……いえ、解りました。

 解散!」

 

 

 

 

-3-

 

 

会議を行うようになってから、どの作業面を考えてもまほが一人で作戦を練っていた時よりも遥かに効率的であった。

また、まほの作戦立案能力を必要とする事柄以外……例えば資料の纏めや整理や過去の統計などの作業を他が分担してくれるのはまほの負担を大いに軽減してくれる物であった。

これによりまほは短くはあるが以前より睡眠や休息をとる機会が得られた。

シャワーを浴びて、一時の休息を得る為にベッドに入るとまほは一筋の涙を流した。

 

何と自分は恵まれているのだろう。

何と素晴らしい隊員を持ったのだろう。

私は幸せな隊長だ……。

今まで私の戦車道ではみほしか見えてなかった。

それ以外は塵芥の如く価値のないものと思っていた。

……だが、今は違う。

みほに勝ちたい。

それまでは全力の覚醒したみほと戦えればそれで満足だった。

自分の充実感を満たしてくれればよかった。

しかし、今ではもう少し欲が出てきた。

……皆の為に勝ちたい。

私一人の為ではなく、皆の為に……!

 

まほは胸元から一枚の小さな小さな下着を取り出すと、月明かりに照らして見せた。

ボコの顔がプリントされた子供向けの下着を見ながら想い耽る。

 

みほはみほらしく自由に戦車道をしているが、同時にこれまでの西住流としての経験や時間を捨てている。

……私も捨てないと駄目か……。

…………形振り構わず、勝ちに行くか…!

 

 

 

 

-4-

 

 

「作戦が決まった!

これより概要を説明する!」

 

何時ものように会議を始める為に着席して待っていた機甲科生徒達はそう宣言する隊長を驚きの表情で見た。

 

「作戦はこうだ。

 我々の利点である数の利を最大限に活かす。

 その為にある地点に全員集合し、陣形を整える。

 それ以降は我々は一切何もしない。

 全車輛で一つの防御陣形を取る事はこれまでの会議で幾つかのパターンが提案されたが、この作戦では此方側は殆どの能動的行動を取らない!

 強いて言えば超低速で大洗がいると思われる方向に僅かずつ移動するだけだ。

 全方位に対する方陣を敷き、ひたすら向こうを待つ。

 発見したのならその方向に対する車輛だけが動かずに砲撃し、現れなければそれを維持し続ける!

 長時間になればなるほど此方が有利だ。

 此方の車輛が約三倍という事は物資も砲弾も人員も三倍あるという事だ。

 食料や飲料水を多く持ち込み、休憩や睡眠を交代してとる。

 その日の内の決着はみない。

 二日三日、いや一週間だって耐えよう!

 そうすれば技量や作戦など関係ない!

 必然的に人間の生物学上の限界を迎えて瓦解する!

 薄い紙でも幾重にも重ねれば、零されたワインも吸い尽くして止める様に!

 ……ただし、マウスだけは大洗が市街地に籠る事を抑制する為に市街地に置く。

 マウスの弱点である足回りの耐久性の無さでは演習場での運用は不安だからな。

 対して市街地ならば地面は舗装された道路だからな」

 

「……で、ではいっその事マウスをフラッグ車とする案を採用しては如何でしょうか?

 大洗の保有戦車では最も装甲の薄い後方からの砲撃でもマウスを撃破する事は不可能です。

 理論的に敗北する事が無くなります……」

 

「……いや、止めておこう。

 理屈に合わないが、何と無くみほならばマウスを撃破する可能性があり得るかもしれないと恐れてしまう…」

 

「なるほど……言われてみればそんな感じがしますね。

 ……それに此方も何と無くですが、フラッグ車は隊長がするべきな気もします。

 理屈には会いませんが」

 

そう言いながら彼女―――オセロは横にいた隊長車の操縦手の斑鳩の肩を叩いた。

それに対して斑鳩は神妙な顔でコクリとだけ頷いた。

 

「しかし、問題があります。

 この作戦も妹様に読まれていた場合どうしますか?

 確かにこの作戦は聞かされた私達でも対処法が思いつきません。

 ですが、妹様ならばこの作戦の予想がついていた場合、私達の想像も及ばない方法で対処をするかもしれません」

 

「その疑問は尤もだ。

 読まれていた場合、例えば我々が籠城するのに最適な場所へと動く最中に、それを予測して進行ルート上で叩いてくるかもしれない。

 故に私はある方法を取ることにした。

 そのポイントを私は明確には決めない!

 予め6箇所を選出し……その場所をダイスで決める!

 運任せだ!

 これなら予測も何も無い!」

 

場は騒然とした。

あの隊長が……運任せなど!

これまで常に運任せという言葉とは対極に戦ってきた隊長が……!

 

「私のこれまでの戦い方は常に全てを予測し、筋道立てて、詰め将棋の様に理論的に動かしてきた物だ!

 いや、それがずっと私の生き方だった……」

 

戦車道に限らず、まほはずっとその能力と気質によって生きてきた。

そして、それが故にまほは人生に飽いており、そうではない物をみほに求めていたのだ。

 

「だから、だからこそ!

 私は16年間、その生き方をみほに見せてきた!

 ずっと一緒だったみほに……そんな生き方しか見せてこれなかった……

 だからこそ……だからこそ!みほを騙せる!

 みほの裏をかくにはこれしかない!!」

 

そして、みほに求めていた物を一端ではあるものの、みほに勝つ為に自ら見出したのだ。

それ自体は小さな事だろう。

しかし、まほの過去の16年間という"枠"から踏み出したという一点においては限りなく大きい物であった。

 

機甲科生徒たちはそこに今まで以上の覚悟を感じた。

無論、これまでも強い覚悟をもって挑んでいたのは承知していたが、今までの人生で固定化されていた"己"という者を逸脱してまで勝とうとする隊長にとてつもない気迫を感じたのだ。

 

「そ、それならその後はどうしますか?

 常にそのままでいられるという保障はありません。

 何処かで状況が変化して新たな判断が求められる事もあると思いますが……」

 

「決めていない!」

 

まほは大声できっぱりと宣言した。

 

「その後の事は一切決めていない。

 その場で状況に応じて判断する!

 命令が無い場合は各自、個々の判断で行動しろ!

 単独で動くも、複数で連携をとるも、私に指示を伺うも自由だ!

 諸君らは今までの会議で様々な作戦や行動パターンを身に着けている。

 それがそのまま活かせる事もあれば一部ずつを応用して新たな判断もできる事もあるだろう!

 黒森峰はよく上からの言うことにただ従う事が上手いだけのロボットだと批判される事もあった……。

 私たちはその批判を否定せず、むしろその錬度と精度の高さこそ誇りだと思っていた……。

 だが!これまでの会議によってお前達は自分達で幾つもの作戦を考え、検証し、改善していった!

 お前達は十分な個人での応用力や判断力を持っている!」

 

そしてまほは一瞬だけ息を吸い、言い切った。

 

「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するぞ!!」

 

それを聞いて場はざわざわとざわめき始めた。

しかし、そこに困惑や戸惑いはなく、むしろ今までの黒森峰では考えられなかったこの"作戦"に興奮を覚えているようであった。

自分達が考える。

自分達が動く。

自分達で判断する。

今までできなかった事、考えもしなかった事を隊長から"お前達は出来る"と言われ、新しい能力が身についていると言われたのだ。

 

試してみたい!やってみたい!

 

彼女達は気づいてなかった。

……それは、去年にみほの車輌に乗った時、彼女から色々指示され教えられた時と同種の興奮であった。

 

「……要するに行き当たりばったりという事ですかな?」

 

一人の生徒が隊長に聞く。

台詞だけ見るとまるで呆れているかの様に問い詰めている様であったが、その顔には隠しきれない興奮が浮かんでいた。

その質問にまほは全員をゆっくりと見渡した後ににやりと笑いながら返した。

 

「そうだ!」

 

場を歓声が支配した。

黒森峰が訓令戦術を採用した瞬間であった。

 

 

 

 

-5-

 

 

―――第63回 戦車道 全国高校生大会 決勝戦が間もなく始まる!

 

 

              -了-

 

 

 

 

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『Tell 'em to go out there with all they got and win just one for the Gipper.』

 (「全力を尽くしてジッパーのために勝て! と、彼らに言ってあげてください」)

 

    映画「Knute Rockne All American(邦題:クヌート・ロックニー・オール・アメリカン)」(1940)より

 

 

 

 

 




マウスが大洗の保有戦車(三突 Ⅳ号 ポルシェティーガー等)では撃破不可能という点には聊か疑問がありますが、原作ではそういった事を前提とした動きをしていたのでそういう事にしています。

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