如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか   作:てきとうあき

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間違えて【逸見エリカが西住みほを看病する話】の方に投稿してました。
御迷惑をおかけしました。


第十三話【例の雨を見たかい?】

-1-

 

 

8月15日 東富士演習場

第63回 戦車道 全国高校生大会 決勝戦

 

 

 

両校が整列して対面する中で、まほはじっとみほの顔を見ていた。

強い意志を秘めた眼差しで此方を直視する妹に、まほは期待と興奮と……そして僅かな寂しさを覚えていた。

 

今、妹は私に挑む気でいてくれている。

お姉ちゃんお姉ちゃんと私の後ろをついて来たかつての妹では考えられなかった事だ。

それが嬉しくて嬉しくてたまらなくて……もう自分の背で守られる存在ではないのだなと悲しかった。

 

礼が終わり、両者が背を向けて自陣へと帰っていく。

 

「……赤星、いいのか?

 妹様に色々言いたかったんだろう?」

 

「斑鳩先輩……いいんです。

 私達は"勝負"をしにきたんです。

 そういう馴れ合いは試合前にしてはいけません」

 

「そうか」

 

「心配せずとも試合が終わったら会いに行きますよ。

 その時は斑鳩先輩も一緒でしょう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「勝って御主人様にどうです!凄いでしょう!褒めて褒めて!って言いましょう!」

 

「そういう飼い犬っぽいのは逸見と浅見に任せるよ」

 

「私から見れば皆そうですよ。

 私も斑鳩先輩も……あの時にみほさんの戦車に乗っていた四人は……」

 

「……そうかもしれないな」

 

 

 

 

-2-

 

 

試合が開始し、黒森峰は予めサイコロで決められた地点へと特に問題無く移動していた。

ルート自体は大洗が開始後に即座に目的を持って移動し始めれば妨害が間に合うものだったので、運任せによってランダムに選出されたとはいえ実際に目的地に辿り着くまで黒森峰は極度の緊張に襲われていた。

無論、理屈的にはどんな洞察力を持ってもサイコロで決めた事を看破出来きる訳がないが、あの西住みほならやりかねない……という疑念を捨て切れなかったのだ。

だが、ここで無事に彼女達は目的地へと移動した事によって、相手が神や悪魔ではなくただの人間に過ぎないという事を再認識し、士気を上げる事に成功した。

目的地は右手視界内に一つの小さな山と前方遠くに丘がある以外は比較的視界が通っており、その山と丘もある程度の距離があるので奇襲や不意打ちの類は難しい、防御陣形を敷く上では有利な場所であった。

 

 

「……静かだ」

 

布陣して大分経ったが、大洗の姿はおろか音すらもしなかった。

時間を稼ぐ事は当初の目論見の一つであるので本来ならば歓迎する事である筈だが、ここまで動きが無いと聊か不気味でもあった。

ひょっとしたら向こうは持久戦を承知の上で揺さぶりをかけているのかもしれない。

みほが数の勝る相手が防御に専念した時に精神勝負を仕掛けてくるのは十八番であった事をまほは改めて思い出した。

 

「各自、3交代で全方位を見張れ。

 それ以外の車長はキューポラから顔を出す必要はない。

 車内で休んでいろ。

 何なら目を瞑っていてもいいぞ」

 

視界が通っているならば不意の奇襲は無い筈で、少なくとも常に自分の役割に対して気を張っている必要は無い。

数の利を生かして後退で休憩を挟み持久戦に挑む事こそが狙いなのだから。

 

『了解です。

 では隊長は休んでいてください。

 ……固辞しないでくださいね?』

 

「……解った、そうさせてもらおう」

 

一瞬だけその必要は無いと返しそうになったが、確かにこの試合での一番のキーパーソンは間違いなくまほである。

持久戦を覚悟しての作戦なのだから、肝心の隊長が集中を切らして疲労してもらっては元も子もない。

故に交代制の割り振りに関係なく、隊長には休める時には休んでもらうのが最も効率がいいのだ。

また、隊長が率先して休憩する事によって隊員も安心して休憩に入れるという面もある。

 

そうしてまほがキューポラから車内に戻ろうとした瞬間であった。

遠方から複数の砲撃音がこだました。

 

『砲撃音!複数!』

 

誰かが反射的に反応して警告を出す。

しばしの間をおいて、陣形から80m離れた所で爆煙と土煙をあげて、爆発音が近くの山との山彦となって響かせた。

 

『着弾!複数!

 方角8時!約80!』

 

『敵の姿は!?』

 

『……見えません!!』

 

『馬鹿な!?』

 

『8時の方向じゃないのか!?』

 

『発見できません!

 発射地点から我々に対して近い距離に落ちたのではなく、左右どちらかから砲撃して左右にずれたのかもしれません!』

 

「全員!8時の方向と4時10時の方向をよく探せ!」

 

まほはそう命令すると右手……つまり4時の方向にある山を双眼鏡で探し出した。

本来ならあれほど遠くの場所から砲撃するとは考えられないが、初撃とはいえ80mもずれた事からあそこから超長距離砲撃をしている可能性を考えたからだ。

そうしている間に再び砲撃音が鳴った。

しかし、山に反響する形で響くので、音の発生源の方向は非常に掴み難かった。

そして、またしばしの間をおいて今度はより近くに着弾した。

 

『着弾!複数!

 方角8時!約50!』

 

『「くそ!どこから撃ってきているのよ!』

 

『わ、解りません!

 いまだ発見できません!』

 

(……おかしい、何か違和感がある。

 一体なんだ……?何が……)

 

着弾の瞬間だけ双眼鏡から目を離し、砲弾が着弾した時の爆煙と土煙を見てまほは何処かに違和感を覚えた。

まるでボタンの掛け間違えを見たような、普段から見慣れているものと何処か違うようなそんな違和感と出会った。

 

3度目の砲撃音がし、また間をおいて着弾した。

 

『着弾!複数!

 ほ、方角3時!約30!』

 

しかし、それは先程の着弾地点とは黒森峰本体を挟んで反対側であった。

 

『先程とは逆の方向です!

 我々は挟撃を受けています!』

 

『敵の姿はいまだ見えません!』

 

『隊長!指示を!指示を!』

 

(……どういう事だ)

 

陣地を強いて動かないのだから挟撃、又は包囲される可能性は当然ながら最初から想定していた。

その場合でも全方位に対して方陣を敷く事で問題は無いと思われていた。

方陣とは戦車同士が斜め45度の角度で互いの頂点を接する形(◇◇◇といった様子)で連結する事により、敵の砲撃が戦車の弱点である装甲に対して垂直に着弾する事を防ぎ、また最も装甲が薄い後方を味方戦車によって庇いあう陣形である。

また防御能力だけでなく、どの方位に対しても必ず二輌以上が同時に攻撃を加えられるので斉射能力も高く攻撃能力に優れているのが特徴であった。

重装甲・重火力の戦車でこの陣形を組み、敵を蹂躙するのが黒森峰の得意戦術であった。

ましてや大洗の保有戦車は基本的に火力不足の傾向があるので、この陣形が組めたのならば挟撃・包囲された所で一定以上の距離があるのなら脅威ではなく、また少数である大洗がそれを為したのなら一方向あたりの戦車が少なくなり、必然的に火力密度も薄いものと鳴るのでどうとでも対処できるという公算であった。

しかし、それとて敵の姿すら発見できないのであれば話は別である。

見えない敵からの一方的な砲撃によって、しかも囲まれているという事実が黒森峰を恐慌状態にしていた。

 

「全員落ち着け!!!」

 

まほが今まで聞いた事がないような大声を上げると、反射的に隊員達はびくりと動きを止めた。

 

「いいか、敵の姿が見えないという事はそれだけ遠方にいるという事だ!

 ならば仮に被弾したところで撃破どころか損傷にもならない。

 敵は超長距離から一方的に砲撃を加える事によって此方の精神的動揺を誘っている。

 慌てるな悠々と構えろ!

 撃たせておけば相手の砲弾も減る!」

 

一喝から淡々と理論的に説明された事によって瞬く間に黒森峰生徒達の動揺は収まった。

言われてみれば確かにその通りである。

遠方から砲撃されても効果が無いからこそ一定距離内を視界に収められるここに陣地を敷いたのだ。

 

「……しかし、妙だな」

 

「何がですか?」

 

隊員の動揺を収めたまほが独り言ちると操縦席にいた斑鳩が反応したので、丁度良いと双眼鏡を見ながら相談の意味をこめてまほは答えた。

 

「砲撃音から着弾まで遅いと思わないか?」

 

「言われてみれば……しかし、それは長距離砲撃だからでは?」

 

「いや、それにしても遅すぎる気がする……。

 こんな距離の砲撃をそれほど見た訳ではないが……」

 

空気が震える音がまた遠くからした。

この時はまだ隊長からの一喝もあって黒森峰隊員達も落ち着いていた。

 

……しかし

 

『じ、陣形の一部に着弾!』

 

『ラ、ラングが一輌大破!』

 

『馬鹿な!!』

 

「狼狽えるな!

 全員!周囲をよく探索しろ!急げ!」

 

再び騒然として混乱とする隊員達を尻目にまほは必死に指示を飛ばしながら敵を探していた。

彼女達の様に騒いでいられる余裕など無いからだ。

完全に不可思議な現状であった。

視覚外……仮に山の木々に隠れ潜んでいたとしても、その位置からでも黒森峰の装甲を貫く事はまず無理だ。

それを解明するには敵の姿を見つけ、それをヒントにしなければならない。

故に今は敵を見つける事こそが最善なのだ!

 

(……いた!)

 

まほはついに山の中腹に潜んでいる八九式を発見した、

 

(……一輌だけなのか?

 では本当に全方位の包囲網を……?

 いや!)

 

よく見れば八九式戦車の車長はまほと同じ様にこちらを双眼鏡で覗いていた。

 

(どういう事だ?

 何故あちらも此方を双眼鏡で見続けている?

 長距離砲撃の結果の確認?

 いや、そもそもどうやって此方を撃破している?)

 

5度目の砲撃音が鳴った。

しかし、双眼鏡の向こうの八九式戦車は発砲しなかった。

 

(……!!)

 

それを見て咄嗟にまほは双眼鏡から目を離し、恐らく着弾するであろう場所に注目した。

果たして正にその場所、先程の着弾地点からまた陣形の中心の方にずれた場所に着弾した。

 

『ラングと……や、ヤークトパンターが大破!」

 

「……!!

 全員、全速で8時方向に移動を開始しろ!」

 

『た、隊長!?

 しかし、8時の方向には敵が!』

 

「違う!

 8時の方向には敵は最初からいなかったんだ!

 我々は挟撃も包囲もされていない!

 敵は最初から正面の丘の向こうにいたんだ!」

 

『お、丘の向こう!

 あ、有り得ません!

 射線が通らないじゃないですか!』

 

「いいから命令に従え!

 説明は後でする!

 次弾来るぞ!急げ!」

 

『は、はい!』

 

混乱していたので初動は遅れたが、いざ行動に移そうとすれば流石は黒森峰と言った所か、膨大な訓練によって身についた習性が身体を動かした。

しかし、車体重量が大きい重戦車は得てして速度の変化を苦手としている。

ましてや停止状態からの加速は大きな負担がかかる。

無論、平時なら黒森峰の優秀な操縦手によって万全に発進できただろう。

だが、元々は命令とマニュアル、そしてセオリーを忠実に実行する事には非常に長けていたが、突発的に起きるイレギュラーに対しての対処能力は低いのが黒森峰である。

今までに無い混乱と焦りが黒森峰のその精度を狂わせていた。

 

『ああ、履帯が!』

 

『え、エンジンが!』

 

『馬鹿!エンストなんて初心者でもあるまいし……!』

 

『……は、早く!遅いなこのドン亀!』

 

 

何とかこの場を離脱した時にはこの砲撃で更に四輌が走行不能となっていた。

 

 

 

 

-3-

 

 

「……何輌失った?」

 

『……被害は合計7輌。

 内訳はラングが4輌 パンターが2輌 ヤークトパンターが1輌です』

 

「……残り13輌。

 全体の1/3以上を失った訳か……」

 

『隊長、あれは一体何だったんですか?』

 

「……大洗は間接射撃を行ったんだ」

 

『間接射撃って……つまり曲射を!?』

 

「そうだ、射線の通らない丘の向こうから迫撃砲の様にな」

 

『待ってください。

 大砲の様に射角が取れない戦車では曲射弾道は不可能でしょう』

 

「曲射弾道と言っても45度以上の角度で発射する高射界である必要はないんだ。

 どちらかというと低射界によって擲射弾道をした方が発射から弾着までの弾道に対する影響が小さくなる。

 勿論、それでも通常の戦車はハルダウンの為に主砲を下に降ろす事はできても上にあげる事はそれほどできない。

 だが戦車乗りならそのハルダウンの為に必須の技術があるだろう」

 

『……ダグインですね』

 

ハルダウンとは戦車の車体を稜線などで隠しつつ砲塔だけ覗かせて待ち構える戦法の事である。

これにより戦車の大部分が遮蔽物に隠れる事によって被弾面積を減らすのが目的となる。

必然的に丘の手前で待ち構えるので車体は前方斜め上に持ち上がる形になるので、この状態から敵を狙えるように戦車は主砲が下を向ける事が出来る様になっている。

また、敵に対してそう都合が良く丘があるとは限らない(むしろ少数である)ので、戦車乗りは人為的に穴を掘ってそこに戦車を隠して砲塔だけ覗かせる技術が求められる。

これをdug in(日本ではタコツボという事も)と呼び、戦車兵にとって基礎技術であり最重要技術とも言える。

(戦車には必ずスコップが付属されているのはこの為である)

必然的に大洗も最優先でこれは練習してある程度は習得しているだろう。

 

「斜めに傾いた穴を掘ってそこに戦車を入れれば自然と戦車は傾いて上を向くので、十分な射角は確保できる。

 戦車道で使用できる戦車は第二次世界大戦時の物。

 その頃には戦車の天敵の対戦車ヘリは存在しない。

 必然的に上方の装甲はあまり防御性能を考慮されておらず、一番脆い訳だ。

 空から降ってくる砲弾は脅威だろうな」

 

まほはキューポラから戦車の天井をコンコンと叩きながらいった。

 

『し、しかし結局は曲射弾道です!

 車体に上方からぶつかるという事はその速度は自由落下運動による終端速度でしかありません。

 如何に天井装甲が一番薄いとはいえこれでは貫通に至りません」

 

「砲撃の着弾した瞬間を良く見たか?」

 

『……い、いえ』

 

「着弾した瞬間の衝撃と爆音が少ない。

 一方で爆煙と火柱は大きく上がっていた。

 あれはHEAT弾を使ったんだ。

 それも爆煙は横方向に広がる事無く、ある一点から綺麗に円周状に拡散していった。

 その事が横からではなく上から落ちる様に地面に着弾したことを示している」

 

『……黒森峰に成形炸薬弾を…』

 

砲弾は大きく分けると運動エネルギー弾と化学エネルギー弾の二つとなる。

運動エネルギー弾は徹甲弾などの通常の砲弾で、弾頭自身の質量と速度等の運動エネルギーをもって対象に損害を与える砲弾である。

その特性から発射地点から目標に近ければ近いほど砲弾の着弾速度が増す(正確に言えば減らない)ので、距離によって威力が変わる。

一方で化学エネルギー弾は榴弾などの弾頭の爆発等によって対象に被害をもたらす弾頭の事である。

HEAT弾(成形炸薬弾)はその一種で弾頭が対象に接触すると連動して内部の信管が落ち、先端部の火薬が爆発する。

この火薬の裏には金属が漏斗状に敷き詰められており、モンロー・ノイマン効果によって超圧力で流体化した金属が一点に集中する形で噴流が作られる。

この一点に集中したメタルジェットは重装甲をいとも簡単に貫通し、内部に損害を与える。

特徴としては破壊力がその砲弾の速度に一切影響しない事である。

零距離から超高速で打ち込んだとしても、人が棒の先にくくりつけて突き刺したとしても効果は変わらない。

つまり、黒森峰の重装甲の戦車に対して非常に効果的という事なる。

故に全体的に火力不足な対大洗に限らず、黒森峰にとってどんな相手でもHEAT弾は尤も警戒する必要がある要素であった。

しかし、同時に尤も警戒の必要性が無い要素でもあった。

というのもHEAT弾は対策が簡単かつ安価で、装甲としては貧弱極まりない薄い追加装甲を一枚間隔をとって追加すればそれだけで大きな対策となるからだ。

先述した様にHEAT弾はメタルジェットが一点に集中してこそ装甲に穴を穿ち、内部に侵入する事ができる。

しかし、空間を空けてもう一枚装甲があるとそこにメタルジェットが集中し、それを貫通しても僅かな距離を進むだけで拡散してしまうからだ。

メタルジェットのシャワーは人間が浴びれば大惨事になり、だからこそ内部破壊として効果的なのだが、戦車の表面装甲に浴びせた所で何の被害も与えない。

簡単に言えばウォーターカッターは近距離で集中して当てるから金属も斬れるのであって、距離を離して間に物を挟んで拡散させるとただの水しぶきになるようなものである。

戦車の多くは外部に予備のチェーンや履帯をぶら下げたり、予備燃料タンクや搭載用バスケットを設けたりしているがこれだけでもHEAT弾に効果的な防御になるほど容易なのだ。

当然、黒森峰も空間装甲や爆発反応装甲によって対策しているので本来なら考慮に値しないし、その程度の事は西住みほも承知していると思っていたのだ。

 

ところが、全くの想定外の方法によって考慮外の天井装甲にHEAT弾を受けてしまったのだ。

当然、天井装甲に対策などとっていようも筈がなく、重装甲であるヤークトパンターも一溜まりも無く撃破されてしまった。

 

『……撃破された事は解りました。

 しかし、最大の謎が残っています』

 

「大洗がどうやって長距離からの曲射弾道を成功させたかだろう?」

 

『そうです。

 戦車砲なんて物を弾道を計算して当てれるのならば、この世にコンピューターなんて存在していません』

 

「勿論、その場で発射地点と目標地点の関係から弾道を計算できるなんて事が人間にできる筈もない。

 発射地点と目標地点の距離関係や高度差等をその場で測量することができず、目視や感覚で調整するしかないからな。

 また電子演算機無しでできる訳がない。

 ……だが、予め発射地点と目標地点を固定していたのならどうだ?」

 

『……固定?』

 

「つまりもう既に決まったアーという地点とベーという地点がある。

 アー地点からベー地点に命中させようとした場合、まず互いの地点のデータを取り、弾道学で計算する。

 測量も計算もじっくり計算すればいい。

 そしてそれに基づいてアー地点から発砲する。

 当然、精度が足りないから命中しない。

 だがこちらも時間をかけて微調整し、何発も打ち続けて命中を出せばいい。

 そして一度命中すれば、次からは同じ場所と同じ角度で同じ砲弾を打ち出せば同じ箇所に命中する訳だ。

 実際には風向等で誤差は出るが……射程が数十kmのカノン砲や榴弾砲ならいざ知らず、恐らく数km程度の砲撃だろうからな……。

 しかも低射界で戦車砲だから直進力も高く風などの影響も受けにくい。

 おまけに……」

 

まほは軽く人差し指を舐めてから空に向かって立てた。

 

「風は無風に近い。

 夏なのに湿度もかなり低いだろう。

 理想的状況だな」

 

風向が弾道に影響を与えるのは当然として、湿度も砲弾の火薬の燃焼速度に影響を与えるので、初速度に対して影響を持つ。

 

「そして山の中腹に敵の八九式が双眼鏡で此方を見ているのを確認した。

 恐らく、あれが着弾観測員をしていたんだろう。

 最初に遠方に、そして次にそれより近くに、そして次には反対側に着弾したな……」

 

『……挟叉修正射撃!

 あの子!戦車で艦砲射撃をするつもりなの!』

 

「この東富士演習場から我々が陣を敷くであろう地点をリストアップし、それに対応する発射地点を選別し、事前にその条件で砲弾がその地点に命中するよう計算と訓練をしていたという訳だ。

 他の試合会場ならば試合の発表は試合日の72時間前だから間に合わなかっただろう。

 しかし、決勝戦は東富士演習場だ。

 準決勝終了からの2週間でも不可能ではない。

 少なくとも大洗には冷泉麻子がいるのだからな!」

 

冷泉麻子。

その名が出た瞬間に僅かだが斑鳩はぴくりと反応した。

 

「……私達は冷泉麻子の事を天才とは認識していたが、それの活用範囲も戦車道に限定して考えていた。

 せいぜい、その天才性によって土壇場で砲手や通信手を担当してくるかもしれないといった程度で、最大限に考慮しても第二の隊長を兼任してくるかぐらいだった。

 だが、みほはその能力を余す事無く活用した!

 戦車道だけではなくその頭脳を!

 データどおりの天才ならば地点の測量データさえあれば弾道を短期間で計算する事も容易い事だろう……。

 高校生ができる事ではないがな……」

 

それを聞いて斑鳩はかつて冷泉麻子から聞いた話を思い出した。

 

『西住さんはそういった人の能力を把握して見極めるという点において天才なのだと思う。

 実戦ではギリギリ達成できる事を、練習ではギリギリ達成できない事を指示した。

 そしてそれの基準が引き上げられる度に私は今までの人生で決して味わえなかった達成感と共に成長というものを感じた。

 今までの私の人生は灰色と表現するのが的確だったのだろう。

 惰性で生きていたに過ぎず、普通の人が感じて当たり前の事すら私には無かったのだから。

 しかし、西住さんはそんな私の人生に目的と意義をもたらせてくれた。

 なにより、私という人間の能力を余すことなく最大限まで活用してくれた。

 そして更に私の能力を限界以上まで引き出してくれようとしている。

 ……私が今までで一番楽しかった時、充実感を得た時、……それは西住さんの指示が『麻子さん』と私の名前を呼んだだけの時であり、そして私がそれに含まれた意図を全て把握して実行に移せた時だ……』

 

(……そうか、嬉しいだろうな冷泉。

 自分をそんなに理解してくれて活用してくれる人に出会えて。

 解るよ……私にも。

 私には決して出来ない役割を与えられて、そして褒められて感謝されて……。

 きっと幸福だったに違いない。

 羨ましいよ……。

 でも同時に祝福もしている。

 良かったな……冷泉。

 でも、だからこそお前と勝負したいんだ……

 しなくてはならないんだ……)

 

 

『で、ですが、一先ずはそれを看破した事ですし問題はなくなりましたよね?

 七輌やられた事は大きいですが……』

 

「エリカ、お前はまだ解っていない。

 この事態の最大の問題点を」

 

『……え?』

 

「いいか、この手法はさっきも言ったように我々が陣を敷く地点をリストアップしないと成り立たない。

 予めその地点に対しての計算と訓練をしなくてはならないからな。

 ……思い出してみろ。

 我々がどういう手法であの地点に防御陣形を敷く事を決めたか」

 

『……あっ…  ああああァっっ!!』

 

それはエリカだけの叫び声ではなかった。

会話には入ってなかったが、通信を聞いていた全ての隊員が驚愕と悲痛と……そして絶望的な叫び声をあげた。

 

 

 

「……そう。

 我々があの場所をサイコロで決めた事もみほには読まれていたんだ……」

 

 

               -了-

 

 

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『Have You Ever Seen the Rain?』

 (訳「雨を見たかい」)

 

Creedence Clearwater Revival【Have You Ever Seen The Rain】(1971)より

 

 




*注釈
「Have You Ever Seen the Rain?」の日本でのタイトルは「雨を見たかい」となっているが、"rain"の前に"the"がついているのでこの場合は「あの雨」だとか「例の雨」という表現になる。
これにより当時ベトナム戦争の最中であったアメリカではこの「例の雨」を米軍によるベトナムへの絨毯爆撃や砲弾の比喩であり、反戦歌であるという認識が広まった。
一部ではアメリカでは放送禁止処分になる程であった。
ただし、後に作詞作曲者であるジョン・フォガティ自身が否定し、これはベイエリアで見られる虹の雨の事だと主張している。





真面目に考えると多分突っ込みどころが満載ですが、原作も原作で戦車が空を飛んだり片輪走行したり、ジェットコースターのレールを走ったり、水切りしたりしているのであまり深くリアリティを追求しなくとも良いかなと…

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