如何にして隊長を尊敬している戦車道に対して真面目な黒森峰女学園機甲科生徒達は副隊長の下着を盗むようになったか 作:てきとうあき
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『ね?戦車ってたのしーでしょ!?』
『……凄い!もうだいぶ上手くなったよ!』
『うん、もっともっと乗ろう!
一緒にね!』
『じゃあ……パンツァー・フォー!』
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何故、気づかなかったのだ!
もしみほに勝つ気があるのならば最大の障害が四強の中で一段抜けている黒森峰であるのは明白ではないか。
一回戦と準決勝でサンダースとプラウダに当たる大洗は抽選での引きが最悪だった?
何を寝ぼけていたんだ……!
大洗が優勝を目指す前提なら一番気にするべきなのは黒森峰なのだ。
それに比べればサンダースやプラウダと当たる事は些事に過ぎないといってもいい。
仮にそれに加えて聖グロと当たったとしても構わない。
重要なのは黒森峰とは錬度を上げる時間と作戦を考える猶予を稼げる可能な限りトーナメントの後半に当たるようになる事だ。
如何にみほとはいえ仮に一回戦で黒森峰と当たっていた場合、数の差はいまよりマシだとしても隊員の殆ど素人同然の錬度では危うかっただろう。
極端な話、それまでに強豪と当たるのはむしろ良い経験になる"練習試合"と言えるかもしれない。
その中では最良と言えるのは決勝戦で当たる事だ。
時期が一番遅いというのは勿論、予めどの戦場で戦うのか解っているのだから結果的に作戦を立てて準備する時間も、しやすさも大きく違う。
つまり、あの抽選では大洗は最も都合の良い、最良の引きだったのだ……。
何故、気づかなかったのだ!
……何故!
……当然、理由は解っている。
みほは細心の注意を払っていた。
サンダースでもプラウダでも。
みほは明らかに私にそうは感じさせない様に動いていた。
どうあっても優勝する。
必ず勝つ。
そんな意思は全く見られない戦い方。
特にプラウダではそれは顕著だった。
あの策も何もない様な猪突猛進の攻撃とその後の無謀な突撃。
勝利よりも他の者の意見を優先させた様にしか見えなかったのだ。
勝利を優先せず、敗北を覚悟して他の者に押し切られたか、次への経験とする為に。
その後の突如の方針転換も相まって、それまでは廃校の事実を知らず、そこから初めて勝利を目指したように。
いや……ひょっとしたら廃校の事実をその時に知ったのは本当かもしれない。
演技していたのはみほだけで他の者はそういう意図を一切知らされてなかったのかもしれない。
ともかくも、みほにはそういう羊の皮を被って装う意図があったのだ。
何の為に?
答えは明確だ。
みほは確信していたのだ。
いや、信頼していたとも言っていいのかもしれない。
姉なら絶対に自分の試合を見ているだろう……と。
恐ろしい才覚だった。
みほの常人離れした天才的な指揮官のそれは自分も知っていたつもりだった。
しかし、それは戦術的なレベルの認識でしかなかった。
試合の中でどう攻めるか、どう指揮するか、どう相手の狙いを読むか。
そういった一回の試合の中の駆け引きではなく、もっと広く高い視野をみほは持っているのだ。
まほとて西住流の後継者である。
兵法の類は収めており、『是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む』というのは百も承知のはずであった。
つまり、勝つ者は事前に勝利する為の準備を経てから勝負に挑み、負ける物はまず勝負に挑んでから勝とうとするという事である。
戦争のみならず現代においてビジネス等の面でも参考にされている『孫子』であるが、事前準備が物事の殆どを決めるというのは指揮する者にとって当然の心構えであった。
当然、まほもそれを心得ている心算であった。
十分に訓練を重ねて、戦車の整備を怠らぬようにし、相手の情報もしっかり収集し吟味して、作戦を立ててから挑む。
しかし、みほは更に一段階は外の視点で見ており、勝負の場を試合一回ごとではなく、トーナメント全体の視野として捉えていた。
故に、サンダースやプラウダよりも黒森峰を重視し、その為の布石を最初から打っていたのだ。
何たる戦略的能力だろうか。
私をはじめ、他校の隊長もトーナメント全体を気にはする。
ただそれも、せいぜいこの学校相手には余力を残し、こっちの学校相手には全力を出そうだとかのリソースの管理に留まる。
みほの様に先の相手の偵察を読み、騙し、思考を操作しよう等とは思わない。
明らかに視点が文字通り次元が違う。
カール・フォン・クラウゼヴィッツは戦争論でこう述べている。
『戦術は、戦闘において戦闘力を行使する方法を指定し、戦略とは戦争目的を達成する為に戦闘を用いる方法を指定している」
みほは類稀に見る前線指揮官であると同時に、戦略的能力に富んだ総司令官でもあったのだ。
何て……何て情けない姉なんだ……!
その程度の事を見抜けなかった事についてではない。
私はこの二週間必死にやってきたと思っていた。
努力し、今までに無い程集中し、勝利を渇望し、全てを捨てて、或いは全てを注ぎ込んで。
だが今となってはそんな事は恥かしくてとてもではない主張できない。
高々、二週間程度を必死になったぐらいで何をそんなに自慢げに誇れる?
本当に必死だったのなら、何故もっと前から準備しない?
何故もっと前から想定しない?
……何故もっと前から必死にならない?
そうであれば……つまり仮定でもいい。
みほが優勝を……自分に勝つつもりだと言う事態を想定したのならば、準決勝までのあれがみほの擬態だとちらりとでも頭に過ぎっていたかもしれない。
実際、みほは少なくとも私よりも遥かに勝利を目指し、専心し、そして必死だった。
ありとあらゆる手段を使って勝ちに来ていたのだ……それも遥か前から!
あの大会抽選会の日から……いや、あの実家で転校を決意した日からかもしれない。
……それどころかもっと……そう、あの日。
まだ、私たちが小さかった頃。
今よりもっと近く、なんのてらいもなく素直に私がみほを可愛がってやり、みほは私に甘えられた頃。
みほが私の戦車道を見たいと言ってくれて、そして私のそれを凄い凄いと褒め称えてくれた時。
『それと、お姉ちゃんと一緒に戦車道をする為に私も頑張る!』
そう、私の中の戦車道が本当の意味で始まった瞬間から、私に勝とうとしていたのかも知れない。
あの他人の心中を鋭く察する事のできるみほだ。
そしてあの優しい妹の事だ。
私自身が長年気づかなかった【みほと全力で勝負してみたい】という願いに気づいて、それを全力で叶えてくれようとしてくれたのだろう。
そこまでしなくとも妹ならもっと容易に私に勝てるだろうに、油断せず、慢心せず、兎を狩る時の獅子の様に全力を注いでくれたのだ。
何て姉思いの妹なんだろうか……。
そんな妹の思いに対して自分のこの体たらくが情けない。
失望されていないだろうか、見損なわれて無いだろうか……。
……いや、案外最初からそんなものだろうと思われていたのかもしれない。
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『……!
大洗が市街地に向かっているそうです!』
「市街地に……だと?」
(本来であれば)平地は黒森峰にとって有利なフィールドであるのに対して、市街地は大洗にとって有利なフィールドである。
建物が多く視界的遮蔽物が多い市街地では遭遇戦が多くなり、交戦距離の短さは平地の比では無い。
戦車の砲撃の貫通力は砲弾の速度に比例するので、必然的に交戦距離と密接な関係にある。
黒森峰の戦車の重装甲に大洗の戦車で撃破するには、かなり接近しなければならないが、視界の通る平地でこれを実行するのははかなり困難だろう。
しかし、市街地ならばそのアドバンテージが大幅に埋まる。
極端な話、曲がり角で接敵したのならその交戦距離はほぼ0になるのだ。
また、それ以上に全体がバラバラになりやすく敵も味方も位置の把握がしにくく、不意の接敵や裏周り等の奇襲もしやすい市街地はみほにとって得意とする戦場であると言える。
故に、その市街地での戦いは絶対に避けたかった。
だからこそ大洗には撃破不可能のマウスを置いたのだ。
イージス理論というものがある。
此方が相手に与える被害が極小だとしても、相手から此方に与えられる被害が0ならば確実に勝利できるというものだ。
如何にみほと言えども戦車の砲弾の速度が増したり、マウスの装甲が柔らかくなったりする訳ではない。
マウスが仮に大洗に有効打を与えられなかったとしても撃破出来ない以上、市街地から撤退するしかないのだ。
……しかし、そんな事はみほも知っている筈である。
「……市街地にはマウスがある。
大洗も何れ撤退するだろう」
『……そうですよね』
無論、それは事実に基づいた現実的予測である。
……それでもまほ自身も返答した黒森峰隊員も何処か信じきれてはいなかった。
いや、それ所かほぼ確実にマウスが撃破されるのだろうと予感していたのだった。
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「……撃破されたか」
その報告に私は些かも驚く事無く、まるで諦めが漏れたかの様な声で受けた。
しかし、若干の好奇心を抱きながらもマウスを撃破した方法を聞きだすと流石の私も驚きの声を漏らさずにいられなかった。
「ヘッツァーを下に……」
驚くべき事にみほはマウスと相対するとすかさず車高の低いヘッツァーをマウスの下に潜り込ませて行動不能にし、横方向から挑発して砲塔を向けさせた後に八九式がヘッツァーを踏み台としてマウスの上に乗って砲塔を押さえ込んだと言うのだ。
そして砲塔が横を向いた事で露出された排気口を土手の上に登ったⅣ号が狙い撃った……。
なんとも常識離れした発想だ……。
今まで幾度と無く感じた事だが、みほの発想はやはり常人のそれとは距離的な意味ではなく高度的な意味で異なっていると言わざるを得ない。
距離が離れているだけなら時間をかければ凡人ですら何れ辿り着く。
しかし、空高くにあるようでは羽を持たない私達では幾万年経とうとも近づく事すら不可能なのだから……。
『……隊長、どうしますか?』
「……我々も市街地に行くしかないな」
単純に考えるのならば黒森峰の基本構想が持久戦である以上、市街地にマウスを配置する必要も無くこの状況は望ましい物の筈だった。
だが、黒森峰がどれだけ大洗に脅威を感じ、まるでチャレンジャーの如く立ち位置のつもりだとしても、外部から見ればたった八輌しかない初心者だらけの新参校と二十輌の重戦車を保有する常勝校の試合である。
この組み合わせで両者が別々のフィールドに構えて一切の接触をしようとしないで時間切れになった場合、間違いなく糾弾の対象となるのは後者であろう。
ましてや私は西住流の時期家元である。
―――撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心 それが西住流。
そんな決着を迎えてしまったのならば、私自身がこの西住流を否定する事になってしまう。
間違いなく西住流は非難され、私の立場どころか西住流そのものが危うくなるだろう。
……いや、それ所か日本の戦車道を代表する流派の後継者でもあり高校MVP選手率いる高校が、全国中継されている高校生全国大会の決勝戦でそんな寒い試合を見せたのなら、唯でさえ下火の戦車道そのものの息の根を止めかねないかもしれない。
優秀な隊員を持ち、豊富な戦車を持つ立場にいる事が西住まほの強さの一部でもあり、素人ばかりで保有戦車にも窮しているのが西住みほの弱さの一部でもあるなら、西住流の後継者等といった世間の立場に縛られているのも西住まほの弱さの一部でもあり、そういった重みも縛りも無いのが西住みほの強さの一部と私は捉えていた。
だから私は数の利を積極的に行かした作戦を打ち立てたし、一方でみほもこれまでは他の高校が採ったら正道ではないと非難されかねない作戦も"弱小校故の工夫"として好意的に見られる事を利用して積極的に採択した。
そして今ではみほはその私の弱みに積極的に付け込んでいるのだ。
無論、私もこの決勝戦ではそういった西住としての立場などを全て捨ててでも、形振り構わず勝ちたいと思っていた。
しかし、そういった事を抜きにしても此方から攻めざるを得なかった。
人にはそれぞれ"勝利"に対する価値観がある。
常在戦場を心がける戦士が、命の取り合いをする死合において奇襲や武器と暗器の使用、目潰しと言った物から嘘を交えた誘導等と言う"卑怯"とされる行為を容認して何でもありとしていても、人質をとって脅迫するといった行為は禁じ手としている様に。
例えばサンダースの隊長ならばルール上は問題なくとも通信傍受といった行為は邪道としたり、数に差があるのならば揃えた上での勝利という物に価値を置き、一方でアンツィオの隊長ならばデコイ等で欺いたとしてもそれは勝利の為の作戦と躊躇わない等だ。
そして、私の価値観で言えば8対20の差がありながら、完全にしてやられる形で半分近くも戦車を失い、撃破されないと思われていた超重戦車を撃破されているにも関わらず、互いに動きの無いまま試合が終わる等は決して許容できないものであった。
仮にそのまま制限時間を迎えて試合の上では引き分けとなっても、私の中でそれはみほに対して明らかな敗北であった。
そう、私は決勝戦の"試合"で勝利する事を目的としているのではない。
みほに勝つ事を目的としているのだ……。
その私の価値観を恐らくはみほも共有しているに違いない。
だからこそみほは市街地に篭る事ができるのだ。
……だからと言って、もはや私がみほに勝利する事などできよう筈もなかった……。
しかし、このまま待っているだけの無様な敗北はしたくは無かった。
……それでも自ら死地に飛び込んで嬲り殺されるだけであるから、まだマシというレベルの差でしかないが……。
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市街地に入ると案の定我々は見事なまでの奇襲によって幾つかのグループに分断された。
そこまでは概ね予測通りであったが、それ以降の展開は私の予想を超えていたのだ。
『此方11号車!すいません、やられました!』
また撃破報告の通信が入った。
……おかしい。手際が良すぎる。
無論、みほには超人的な先読み能力があり、こういう場ではそれが最大限に活かされる事も知っている。
だが、先程から入る撃破報告とそれまでの状況説明を聞く限り、明らかにおかしい。
例えば曲がり角で曲がった瞬間に待ち構えていた様に即座に砲撃されたり等だ。
中には路地を走っていたら砲撃音が2度鳴り、片側のある程度の階層があるアパートが崩落してきたと言う事もあった。
予め砲弾を打ち込む事によって準備をしていたのだろうが、建物を指向性を持たせて狙った方向に倒壊させるには幾つかの専門的な知識と技術がいる。
これに関しては恐らく冷泉麻子が関わっているのだろうが、それでもタイミングが良すぎる……。
感が良いというレベルの話ではない……。
「……っ!」
私は思い立って双眼鏡を手に取り、市街地から少し離れた所に目をやった。
……やはり!
「誰か一輌、K-13の山の中腹部に向かえ!
そこに敵の八九式がいる!
大洗は八九式が町を見下ろす形で観測し、情報を伝えていたんだ!
まるで航空機におけるAWACS(空中警戒管制機)の様に!!
我々の動きは読まれていたんじゃない!
丸見えだったんだ!
撃破出来なくてもいい!追い散らすんだ!」
『り、了解!』
市街地に篭るとなれば唯でさえ保有戦車の数が少ない中で一輌が行動不能になったのだから全台が篭ると思っていたが……。
ましてや、戦車を偵察車どころか観測機として扱うとは……。
だが、判明さえしてしまえば止める事はできる。
恐らくは接近した段階で逃げるだろうから撃破できないが、観測に集中させる事はできない筈だからだ。
……唯一つだけ気になったことがある。
八九式のキューポラから身を乗り出して双眼鏡で見ていた人物。
……あれはみほの車輌の通信手である武部沙織ではなかっただろうか?
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『……八九式を撃破しました』
「本当か!」
その不意の報告に私は喜色を浮かべた。
本来なら黒森峰が八九式程度の撃破でここまで喜びを露にする事は無かっただろう。
だが、この様な現状においては大洗の貴重な戦力を一輌でも削れた事は非常に大きい。
「よく撃破した。
逃げる間も与えずに見事な奇襲だったのか、それとも退路を塞いだ上だったのか。
兎も角、よくやった!」
『いえ、それが……その、逃げようとしなかったんです』
「……?
どういう事だ?」
『ですから、私たちが姿を現して明らかに気づいていても一切動こうとしなかったんです。
砲撃を加えるまで微動だにしないで……』
「……待て。
ちょっと待て。
八九式は?
白旗が出た八九式はどうしている?」
『……変わりません……。
以前、継続して双眼鏡で市街地を見ています。
私たちの目の前で……』
「……ああっ!!!」
戦車道は戦争ではない。
だが実際の戦闘状態を仮定して、もしカーボンがない当時の実戦であったなら走行不能になっていただろうという状態になると内蔵された判定装置が競技続行不能と判定して白旗を出す。
同じ様に戦争ではないが実戦と仮定して行われるスポーツにサイバイバルゲームという物がある。
BB弾を発射する玩具銃で打ち合うこのゲームでは弾が当たれば死亡と判定されて以降ゲームへの参加権を失う。
ところが、死亡としたにも関わらず通信または声を上げて敵の情報などを味方に教えるという、通称"ゾンビチャット"という反則行為がある。
「……くっ」
『ど、どうしますか?
抗議しますか?』
「……無駄だ。
何のルールにも触れていない
問題ない行為だ」
【日本戦車道連盟が定める戦車道試合規則。
4-06
競技続行不能の判定が下った後は、以後一切戦車の操作をしてはならない。
競技者は審判員の指示があるまで待機し、指令があり次第速やかに指示に従う。】
戦車道のルールではこう記されている。
白旗が上がった後は戦車の操作はできないが、通信をする事は事実上許されている。
実際、戦車道においてはこの行為は極普遍的に行われていた。
例えば単純に怪我は無いか?といった安否の確認のやり取りもあれば、一歩踏み込んで撃破の後に「××で○○にやられました」だとか「そちらに向かっています!気をつけて」という情報のやり取りをする事もある。
殆どの者はこれに対して疑問に感じていないし、もっと言えば意識もしていなかった。
……だが、この様に最初から撃破される事を前提として観測と情報の共有に専念させるなどという発想は誰一人持ち合わせていなかった。
無論、それはその事自体を思いつかなかったというのもあるが、仮に思いついたとしてもリスクに対してメリットが薄すぎるのだ。
何せ貴重な戦力の戦車を一台犠牲にして見れるのは視界が通る範囲だけなのだ。
移動しながら戦う戦車道に置いてはそんな動けなくなった戦車の視界から戦場が外れるなど簡単に起きる。
だがみほは戦場を面積としては狭い市街地に限定し、高度があり全体を見下ろせる山に置く事によってこの戦法を凶悪なまでに有効な物にしている。
今や大洗の戦車たちは第二次世界大戦時の戦車であるにも関わらず、実質的にC4Iシステム(Command Control Communication Computer Intelligence system 簡単に言えば全車両の情報の共有と指揮官の意思決定とその伝達の有機化と効率化を目指したシステム)を摘んでいるような物だ。
その為に大洗では最も情報処理と通信技術に優れている武部沙織をフラッグ車から降ろし、八九式に乗せているのだ。
……あのみほ相手に?市街地で?此方の戦車の動きを全て把握される?
……恐ろしいまでの念の入れ様であった。
こんな情けない姉に対しても決して油断せず、手を抜かず、僅かでも敗北する確率を下げようとしてきている。
どこまでも周到な策を張り巡らせている。
私が気づいただけでもかなり仕込があった。
恐らく、私たちが気づかなかった仕込みもある筈だ。
失敗した仕込みも、用意しながらも使わなかった仕込みもあった筈。
みほはかなりの数の仕込みを用意してこの状況を作った。
『……体当たりや砲撃で無理やり動かすのは…』
「馬鹿を言え。
戦車道試合規則の5条で競技続行不能者への攻撃は禁止行為と定められている。
失格になるぞ!
撃破する前に気づけたのならば体当たりで邪魔をする事もできたのだろうが…白旗が出たのなら我々に干渉する術は無い……」
『……で、では試合途中で乗員が戦車を乗り換えている事に関してはどうでしょうか?
フラッグ車の通信手が別車輛で通信手をしているというのは前代未聞です!』
「……確かにルール的にはグレーの領域だな。
"つい二週間前"までは」
『……どういう事でしょうか?』
「忘れたのか?
プラウダ対大洗の最初の部分を思い出せ。
新しく参加したルノーb1がスタックした時、フラッグ車の操縦手の冷泉麻子が乗り換えて操縦していただろう」
『……ああっ!』
「私を含めてそれを目撃していた誰もがそれを疑問視しなかった。
弱小校の急遽参加した初心者の操縦だ。無理も無いだろう。それを経験がある操縦手が助けようとするのは当然だろう……と。
つまり、あの時にみほは確認すると共に"乗員は乗り換えても問題ない"という前例を作っていたんだ……この時の為にな。
実際にそれを受けて思いついたのかプラウダも副隊長に戦車を乗り換えさせている。
今後、撃破後の通信も含めてルールの改正が行われるかもしれないが、少なくとも本大会では問題は無いんだ……」
一瞬の静寂を置いて、ぼそりと通信先の隊員がこぼした。
『……我々はどうしたらいいんでしょうか?』
「……各自、自由に最善と思う行動をしろ……」
私にはそれだけしか言えなかった。
何故ならどうしたらいいかなど私にも解らなかったからだ。
-7-
『此方8号車!撃破されました!』
次々と通信される味方の撃破報告を私は絶望の気持ちで聞いていた。
残存している味方の数は私を除いてたった三輌となり、もはやこのまま磨り潰される様に敗北を待つだけであった。
周囲にはもはや味方の姿は無く、単機で市街地の中を私は駆けていた。
如何にみほの指示があってもみほ以外の戦車にやられるつもりは無い。
しかし、そんな事はみほも承知しているのだろう。
どれだけ敵を探し回っても大洗の車輛は見つからず、私を徹底的に避けて他の車輛を狩にきているのだ。
これも僅かでも敗北する可能性を下げる為の戦法なのだろう。
このままフラッグ車である私を取りに来てもまず問題はないだろう。
しかし、じっくりと周囲を刈り取ってから私に取り掛かればより勝利は堅実な物となる。
そうしていると路地の奥の曲がり角で一台の戦車……Ⅳ号の姿がちらりと見えた。
Ⅳ号は一瞬だけ私に姿を見せた後、曲がり角の奥へと消えていった。
私がすかさず追って角を曲がると、先程と同じ様にちらりと姿を見せてはまた曲がり角を曲がっていった。
みほの意図は明らかだ。
ついにフラッグ車である私を撃破する事にし、チェックメイトをかける為に私を誘い込んでいるのだ。
今までの巧妙にその意図を隠していたみほの行動と違って、その意図は明らかであるが、これは隠したり誤魔化したりする必要が無いからだろう。
もはや黒森峰に勝機があるとすればそれは大洗のフラッグ車を倒すしかない。
それがどんなにか細く、その先に罠が待ち構えているのが明白であっても、私はⅣ号を餌にされれば食らいつくしかないのだ。
何度も路地を曲がり、Ⅳ号との距離が徐々に縮まっていく。
決勝前に何度も何度も地図を見て、幾つもの作戦を立てて検証したからⅣ号の向かっている先とその意図が解る。
この先には廃校となった大きな小学校がある。
出入り口は一つだけであり、そこに引きずり込まれたらそう易々と脱出はできまい。
……つまり、私はその閉鎖空間の中でみほと大洗の他の車輌と戦うのだ。
みほ以外の戦車の単体の戦闘力は問題ではない。
言ってしまえば全車輌と同時に戦ったとしても難なく勝つだろう。
しかし、みほとのタンク・ジョストの場にいるとなると話が違ってくる。
みほは彼女達のあらゆる行動を布石としてまるで手足の如く使ってくるだろう。
時にはピンポイントのタイミングで砲撃を放たせ、時にはここしかないと言うタイミングで壁にし、その影を囮とさせるのだ。
実力が伯仲した者同士の真剣勝負では僅かな出来事が勝敗を別けるが、その出来事を人為的に幾らでも作ってくるのだ。
まるでみほの脳波によって自由自在に動き、全方位から攻撃を仕掛けてくる無人兵器の様に……。
当然、勝ち目など無い。
しかし、そうするしかない。
これで終わりなのだ。
夢にまで見て、ついに実現した本当のみほとの戦いは……。
みほはそれを全身全霊をかけて舞台を整えてくれたと言うのに私のなんという無様な事か。
Ⅳ号が廃校の入り口をくぐり、私もそれに続く。
少し間をおいて大洗の残りの車輌も入ってくるだろう。
ここで私は無残にも磨り潰されて終わるのだ。
嗚呼……もっと…もっとみほとは熱い戦いがしたかった。
負けるにしても、もっと……こう実りのある、後悔のない戦いが……。
……そして私はそれを為せなかった事を一生後悔しながら生きていくのだ……。
『ッガ ガガピ……そげ!急げ!』
そう絶望していた時、どこからか通信が入った。
その声には既に諦めと絶望しかなかった私と違い、希望と勝利への意欲があった。
誰だ?
一体……誰が?
『【やろうぜ、勝負はこれからだ!】ってね!』
『あ!私もその映画好きですよ!
……これから逆転する訳ですから実に合ってますね!』
『うおおおおおお!やってやります!!!』
通信から三人の声が聞こえる。
……これは、私以外の残っている三輌の……
「……エリカ、赤星、浅見…?」
振り返ると廃校の唯一の進入口を3つの影……2台のティーガーⅡとパンターが塞いでいた。
-了-
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『Open the pod bay doors please, HAL.』
(「進入口を開けろ、ハル」)
映画「2001: A Space Odyssey(邦題:2001年宇宙の旅)」(1968)より
デフォだと評価1か10を入れる場合、一言コメントが必要だったんですね
解除したので一言なしでどちらも入れれるようになったと思います。
前話では沢山の感想と評価をありがとうございました。
おかげで凄く励みになります!